九尾の狐、監禁しました

八神響

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二章 混ざり怪編

三十二話

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「集大成ねぇ……、やっぱり追われてる間もずっと研究は続けてたってことか?」
「もちろんさ! そうじゃないと逃げた意味がないからねっ! 陰陽師を半妖に作り変える、その目的は八年前から一切変わってないよ」

 藤は人差し指を立てて、誇らしげに胸を張る。

 半妖。人間と妖怪が交配した時、極稀に生まれる人間と妖怪の性質を持った生き物。

 親となった妖怪と同じような霊力量、身体能力、特殊能力を生まれながらに持ち、人間と同じように精細な霊力のコントロールが可能なハイブリッド。それが半妖である。

 半妖として生まれ落ちた者は、人間と妖怪のどちらかの要素だけが濃く出るということはなく、どちらの要素も全て受け継いで生まれてくる。

 そのため半妖は、人間はもちろん、親となった妖怪の同種よりも遥かに優れた能力を持っている。

 また半妖は、その優れた能力だけではなく、人間と妖怪の間に生まれた平和の象徴としての意味も持っており、つい二十年前までは陰陽師や妖怪に混ざって仲睦まじく暮らしていた。


 しかし今の陰陽師界隈では、半妖のことは口にするのもタブーとなっており、ましてや半妖の研究など許されるはずもない。


「しかしお前も物好きだなぁ。あんな連中放っておけばいいのに」
「そうもいかないさ。さっきも言った通り、僕は人間は皆進化のために努力していると信じている。でもね陰陽師だけは例外だ。彼らは少し他の人とは違う力を持っているからと言って、今の自分達の地位に胡座をかき、過去にばかり囚われて先のことを考えようとすらしない。術の研鑽をしてる陰陽師はまだいい、でもそんな陰陽師はごく一部。精々統霊会に所属している人間か傭兵くらいのものだろう。だから僕が彼らを進化させてあげるんだ」
「半妖にさせて?」
「そう! あんなにも素晴らしい理想像があるのにそれを目指さないなんて怠慢だ。半妖こそが陰陽師が目指すべき形なんだよ。過去にちょっと事件を起こしたからって、それらを全て禁忌扱いする。なんとも陰陽師らしい、自己防衛の事しか考えてないのが丸わかりだ。彼らに必要なのは自己改革だと言うのに。だからこそ僕が彼らを変えてあげるんだ。僕が動かないと、陰陽師は早晩滅びる。それを避けるためにももっと頑張らないと」
「ふーん……、まあ俺に迷惑がかからなければ何でも良いけど」

 藤の主張。それは大黒にとって理解の出来るものではなく、そもそも根本から思考回路が違うのだろう、と諦めを前提に話を聞いていた。

 だから昔なら話を掘り下げることもなく、余計な茶々を入れることもなく、全てを聞き流して適当に相槌を打つだけで終わっていた。

 しかし今、藤は自分のすぐ近くで活動している可能性がある。陰陽師協会から追われていて、危険な研究を続けている藤がまだしばらく京都にいるとしたら、大黒としては気が気ではない。

 そのため少しでも藤の近況を把握しておこうと、いくつか質問をすることにした。

「改めてお前が何にも変わってないってことはよく分かった。半妖に対する熱もそのままみたいだし。それで聞いときたいんだけどお前はその計画に俺を巻き込む予定があったりするのか?」
「いや? 君はもう陰陽師じゃないんだろう? だったら対象外さ。というよりもそこまで無差別に動く気もないしね。陰陽師の中でも進化する気のない者や自ら半妖に進化したい者だけを半妖にするつもりだよ。陰陽師のままだったとしても君はそのどちらでもない」
「じゃあ何でお前はここにいる? 今も逃げ回ってるだろうにわざわざ俺の前に姿を現す必要がどこにあったんだ?」

 旧友と話しているという気分は捨て、危険人物との会話をしているという風に思考を切り替えた大黒。

 そんな大黒に鋭い目で睨みつけられ、藤は目尻に涙を溜めていく。

「僕は悲しいよ……。君は一体いつからそんな疑り深くなったんだい? 偶然君を街で見かけたから久しぶりに話したくなった。それ以外に僕がここにいる理由なんて何も無いというのに……」
「そういう普通の考え方をしてる奴は、何の予告もなしに妖怪をけしかけてきたりしないし、隠形で近づいてきたりもしないんだよ」
「それは僕の成長を君に見て欲しかったというだけの可愛い乙女心じゃないか」
「そんな殺伐とした乙女心があるか。こっちは死ぬかと思ったんだぞ」
「僕が人間を殺さないということは君もよく知っているだろう? 安全面には配慮していたさ」

 ぬけぬけと言う藤に、大黒は苦虫を噛み潰したような顔をする。

 藤は人間を殺さない。生きてさえいれば人間はいくらでも進化すると藤は確信しているからだ。

 協会からの追手を殺すこともないし、半妖の研究に人間を使うこともない。それが藤の信条であった。

 そして追手を殺しもせずに、八年もの間逃げ続けることが出来たのは藤の隠形の腕があってこそ出来た芸当である。

 藤は幼い頃から人並み外れた好奇心を持っていたのだが、その好奇心は他人からは理解のされない分野に対しても発揮されていた。

 人間にこそ手を出さないものの、それ以外の生き物には容赦がないし、他人からするなと言われたことも平気でしてしまう。

 そしてそれらは他人の目があったら実行に移しづらいものだ。だからこそ藤は人目に触れないようにする技術として隠形を極めた。

 藤が何をしていようと、他人はそれに気付かない。陰陽師であろうと、藤の隠形を見破ることは容易くない。本人だけではなく、使用する術にまで隠形をかける事ができる。

 藤がその境地に達したのは今より十年前、藤が小学六年生の時である。今ではその隠形がさらに磨かれ、真横に座られていても気配に気づけないほどになっている。

「お前が人を殺さないのは知ってるが本人の口から言われると釈然としないな……。危害自体は加えられたわけだし」
「君ならあれくらい大丈夫だと思ってたんだよ。実際大した怪我もせずに殺しきったじゃないか」
「やったのは俺じゃなくて、純だけどな」
「まあ、そうだね。僕も遠くから見ていたけどあの子の成長は僕の比じゃない、もしあの子が水盛にいたら僕はこんなに簡単に逃げおおせてないだろうね」

 藤は冷や汗をかきながら、口元を歪める。
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