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二章 混ざり怪編
二十二話
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――――――キィ
「!」
だが、木刀が鵺を貫く直前に背筋に悪寒が走った大黒は即座にその場にしゃがみこんだ。
その頬には一筋の切り傷があり、そこから血が流れ落ちたことを認識した大黒は勢いよく鵺から飛び退いた。
「お兄さん!?」
「鬼川もすぐにそいつらから離れろ!」
背後から大黒の気配が消えたことに鬼川は一瞬狼狽したが、大黒の指示通り即座にその場から脱し、大黒のそばへと駆け寄った。
「どうしたんすか? 逃げるなんてお兄さんらしくないことして」
「お前は俺の何を知ってるんだよ。よくわからない攻撃からはまず逃げるっていうのが俺の基本スタンスだ」
大黒は乱暴に頬の血を拭うと、自分が受けた攻撃についての疑問点を鬼川に説明し始めた。
「鵺は本来、獣の体からなる圧倒的な機動力と不気味な鳴き声に自分の霊力を乗せて相手の力を奪うって形で敵を殺す妖怪だ。動けもしない状況からこっちに切り傷を与えてくるなんて芸当を出来るはずがない」
「はー……、つーかその前に圧倒的な機動力なんてのは感じねぇし、力を奪われてる感覚もねぇんすけど」
「だからおかしいってずっと言ってるだろ。…………俺は昔、正真正銘間違いなく鵺と断言できる妖怪と戦ったことあるけど、その時は手も足も出なかった。こんな悠長に話す間がない相手なんだよ、本来はな」
「ゆーても今お兄さんが生きてるってことは、そん時の鵺はどうにか倒したんすよね? じゃあそれよりも弱いあいつらなんて多少変な攻撃してきても気にせず殺せるんじゃないすか?」
鬼川は未だに自分の攻撃で痺れ続けている二体を指差して気軽に言う。しかし大黒は静かに首を振って鬼川の言葉を否定した。
「倒せてなんかいない。俺の家から少し離れた所にちょっとした山があるのは覚えてるか?」
「? ああ、なんか登山ビギナーにはちょうどよさそうな感じのあれっすか?」
「そう、それだ。あそこには俺が京都に引っ越してきた時に緊急用として作っといた仕掛けがいくつかあってな、前に戦った鵺はその内の一つに今も封印されてる」
「あぶねぇ! 大黒家との往復にあそこ通るんすけど!」
日常に思わぬ危機が潜んでいたと知った鬼川は、背筋に冷たいものを感じながら叫ぶ。
「そうだな、ハクを助けに行くときにも思ったよ。あ、ここ通るんだなって」
「じゃあその時忠告くらいはしといて欲しかったすねぇ!」
「いや封印、というか結界で閉じ込めてるだけだけど、その結界が壊されたら俺も分かるからさ。言うのは壊されてからでいいかなって」
「壊されてからじゃ遅いっすねぇ! つーかそんなもんは当主にでも処理させりゃいいでしょ!」
「ちょっとそれも考えたことはあるけど、もしかしたら何か使い道もあるかもしれないと思うと残しておきたくて」
「部屋の片付けじゃねぇんすから! ……まあ、いいっす。これからはあの道使わないようにするんで。それで? 結局お兄さんは目の前の二体はどう倒すつもりなんすか?」
鬼川は呼吸を整えて現状について大黒に質問する。
鬼川にとっては本当の鵺がどうこうという話よりも、今自分たちの前にいる相手にどう対応するのかという方が重要で、冷静になってようやくそれを思い出せた。
「まずはあいつらが何なのかって所からだ。妖怪には迂闊に倒すと呪われたりとか、倒すことがきっかけで発動する能力を持つ奴がいる。だから妖怪と戦う時は相手の正体を把握することが大前提だ」
「面倒っすねぇ……」
「面倒でも死にたくないならそうするしかない。そんなわけで改めて聞くけど、鬼川のそれってなんだ?」
大黒は鬼川の腕を見ながら言う。
大黒の言葉が曖昧になったのは鬼川が何をしているのか一見して分からなかったためである。
陰陽師が自然の力を使う時は基本的に五行符と呼ばれる札を使用する。霊力を五行符に込め自然の力に変換する。木火土金水のどれを使うときでもそれは変わらない。
人間よりも自然に近い妖怪は札を使う必要もなく直接霊力を変換出来るが、人間は札を使わないと著しく効率が落ちる。それが陰陽師にとっての常識であった。
そして鬼川が腕に纏っているのは明らかに雷。雷は五行では『木』に属する力のため、木行符を使えば発生させることは出来る。
しかし鬼川が札を使用している様子はない。手袋に札が仕込んである可能性もあったが、そんな気配もない。
そのため、幼い頃から陰陽師として育てられてきた大黒は、鬼川がどうやって雷を再現しているのか皆目見当がつかなかった。
「何って言われても……見ての通り雷っすよ雷。むしろ雷以外の何物でもないじゃないっすか」
「それはそうなんだけども、なんでそんな事ができるのかが気になるっていうか……もしかしてその手袋が呪具だったりするのか?」
「いーえ、これはただの防護手袋っすよ。あたしの手が焼けないようにするための。……当主に最初これを見せた時も同じような反応されたんで気持ちは分かるんすが、今お兄さんが聞くべきなのはあたしは何が出来るのかってことじゃないんすか。グズグズしてるとあいつらの痺れも抜けちゃいますよ」
鬼川の言う通り、痺れで動きが止められていた二匹の鵺は徐々に体の自由を取り戻し始めていた。
大黒もそんな鵺の様子を見て、自分の好奇心には蓋をすることに決め必要最低限のことだけを鬼川に聞くことにした。
「!」
だが、木刀が鵺を貫く直前に背筋に悪寒が走った大黒は即座にその場にしゃがみこんだ。
その頬には一筋の切り傷があり、そこから血が流れ落ちたことを認識した大黒は勢いよく鵺から飛び退いた。
「お兄さん!?」
「鬼川もすぐにそいつらから離れろ!」
背後から大黒の気配が消えたことに鬼川は一瞬狼狽したが、大黒の指示通り即座にその場から脱し、大黒のそばへと駆け寄った。
「どうしたんすか? 逃げるなんてお兄さんらしくないことして」
「お前は俺の何を知ってるんだよ。よくわからない攻撃からはまず逃げるっていうのが俺の基本スタンスだ」
大黒は乱暴に頬の血を拭うと、自分が受けた攻撃についての疑問点を鬼川に説明し始めた。
「鵺は本来、獣の体からなる圧倒的な機動力と不気味な鳴き声に自分の霊力を乗せて相手の力を奪うって形で敵を殺す妖怪だ。動けもしない状況からこっちに切り傷を与えてくるなんて芸当を出来るはずがない」
「はー……、つーかその前に圧倒的な機動力なんてのは感じねぇし、力を奪われてる感覚もねぇんすけど」
「だからおかしいってずっと言ってるだろ。…………俺は昔、正真正銘間違いなく鵺と断言できる妖怪と戦ったことあるけど、その時は手も足も出なかった。こんな悠長に話す間がない相手なんだよ、本来はな」
「ゆーても今お兄さんが生きてるってことは、そん時の鵺はどうにか倒したんすよね? じゃあそれよりも弱いあいつらなんて多少変な攻撃してきても気にせず殺せるんじゃないすか?」
鬼川は未だに自分の攻撃で痺れ続けている二体を指差して気軽に言う。しかし大黒は静かに首を振って鬼川の言葉を否定した。
「倒せてなんかいない。俺の家から少し離れた所にちょっとした山があるのは覚えてるか?」
「? ああ、なんか登山ビギナーにはちょうどよさそうな感じのあれっすか?」
「そう、それだ。あそこには俺が京都に引っ越してきた時に緊急用として作っといた仕掛けがいくつかあってな、前に戦った鵺はその内の一つに今も封印されてる」
「あぶねぇ! 大黒家との往復にあそこ通るんすけど!」
日常に思わぬ危機が潜んでいたと知った鬼川は、背筋に冷たいものを感じながら叫ぶ。
「そうだな、ハクを助けに行くときにも思ったよ。あ、ここ通るんだなって」
「じゃあその時忠告くらいはしといて欲しかったすねぇ!」
「いや封印、というか結界で閉じ込めてるだけだけど、その結界が壊されたら俺も分かるからさ。言うのは壊されてからでいいかなって」
「壊されてからじゃ遅いっすねぇ! つーかそんなもんは当主にでも処理させりゃいいでしょ!」
「ちょっとそれも考えたことはあるけど、もしかしたら何か使い道もあるかもしれないと思うと残しておきたくて」
「部屋の片付けじゃねぇんすから! ……まあ、いいっす。これからはあの道使わないようにするんで。それで? 結局お兄さんは目の前の二体はどう倒すつもりなんすか?」
鬼川は呼吸を整えて現状について大黒に質問する。
鬼川にとっては本当の鵺がどうこうという話よりも、今自分たちの前にいる相手にどう対応するのかという方が重要で、冷静になってようやくそれを思い出せた。
「まずはあいつらが何なのかって所からだ。妖怪には迂闊に倒すと呪われたりとか、倒すことがきっかけで発動する能力を持つ奴がいる。だから妖怪と戦う時は相手の正体を把握することが大前提だ」
「面倒っすねぇ……」
「面倒でも死にたくないならそうするしかない。そんなわけで改めて聞くけど、鬼川のそれってなんだ?」
大黒は鬼川の腕を見ながら言う。
大黒の言葉が曖昧になったのは鬼川が何をしているのか一見して分からなかったためである。
陰陽師が自然の力を使う時は基本的に五行符と呼ばれる札を使用する。霊力を五行符に込め自然の力に変換する。木火土金水のどれを使うときでもそれは変わらない。
人間よりも自然に近い妖怪は札を使う必要もなく直接霊力を変換出来るが、人間は札を使わないと著しく効率が落ちる。それが陰陽師にとっての常識であった。
そして鬼川が腕に纏っているのは明らかに雷。雷は五行では『木』に属する力のため、木行符を使えば発生させることは出来る。
しかし鬼川が札を使用している様子はない。手袋に札が仕込んである可能性もあったが、そんな気配もない。
そのため、幼い頃から陰陽師として育てられてきた大黒は、鬼川がどうやって雷を再現しているのか皆目見当がつかなかった。
「何って言われても……見ての通り雷っすよ雷。むしろ雷以外の何物でもないじゃないっすか」
「それはそうなんだけども、なんでそんな事ができるのかが気になるっていうか……もしかしてその手袋が呪具だったりするのか?」
「いーえ、これはただの防護手袋っすよ。あたしの手が焼けないようにするための。……当主に最初これを見せた時も同じような反応されたんで気持ちは分かるんすが、今お兄さんが聞くべきなのはあたしは何が出来るのかってことじゃないんすか。グズグズしてるとあいつらの痺れも抜けちゃいますよ」
鬼川の言う通り、痺れで動きが止められていた二匹の鵺は徐々に体の自由を取り戻し始めていた。
大黒もそんな鵺の様子を見て、自分の好奇心には蓋をすることに決め必要最低限のことだけを鬼川に聞くことにした。
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