52 / 82
二章 混ざり怪編
二十話
しおりを挟む
「動物が混ざりあった姿ももちろん有名だが、鵺の最大の特徴といえば鳴き声なんだ。ヒョー、ヒョー、と消え入りそうな、どこか人を不安にさせるような鳴き声。それが鵺の鳴き声だ、だからあんな人間みたいに笑うのはおかしすぎる」
「ふーん? まあそういう奴もいるってだけなんじゃないっすかね? 人間だって色んな話し方する奴いるし」
「そういうレベルの話じゃないんだよ。鬼川の例えで言うなら、人間が犬の言語使って話してるようなもんだ」
「なるほど、そりゃ変っすね」
大黒の説明に納得した鬼川は、懐から肘まで覆える真っ黒な手袋を取り出しそれを装着する。
その手袋はぴっちりとした素材で作られているようだったが、腕の動作を妨げる程のものではないようで、鬼川は掌や肘をスムーズに動かして準備運動をしている。
「それは?」
「戦闘準備っすよ。変なのは分かったっすけど戦わないなんて選択肢もないし。少なくともそいつを安全な所まで逃がす時間くらいはあたしが作るんで」
鬼川は大黒が右手で抱えている磨を顎で指し示す。
「……いいのか?」
「さすがのあたしもそれくらいの空気はよむっすよ。もう完全に関わらせないことは無理にしても、遠ざけるくらいはしときたいでしょうし……ってもういねぇ!」
先程までは隣に神妙な顔をした大黒がいたのだが、たった一瞬目を話した隙にその場から姿が消えていて、鵺とは反対方向に走り去っていた。
その大黒の背中を見て、鬼川はため息をついて煙草に火を付ける。
「ぷはぁー……、納得してからの行動が早すぎる……。そこら辺はさすがに兄妹か……。じゃ、まあ気持ちを切り替えてやってやっかぁ。さあ来いよ、暫定鵺。狭い箱なんてとっととぶっ壊してあたしと遊ぼうぜ」
そんな鬼川の言葉に呼応するように、鵺は爪に渾身の力を込めてとうとう結界を突き破った。
「ひっ、ひひっ、ひひひひひひひひひひ!」
「元気いいなぁ。いいぜ、あたしも楽しくなってきやがった……!」
「……なんか酒呑童子みたいなこと言ってるなぁ。あいつも戦闘マニアだったのか……」
背後から聞こえてくる楽しげな鬼川の声に、大黒は走りながらも呆れた声を出す。
大黒にとって戦闘はあくまで自分の目的を果たす手段の一つ。むしろ避けられるなら出来るだけ避けたい事柄だった。
勝利したときの快感がないといえば嘘になるがそれよりも敗北した時のことを考えてしまうと、鬼川のように戦闘を楽しむなんてことは出来そうにもない。
だからこそ大黒の声には呆れの他に、自分には出来ないことをしている人間への多少の尊敬の念も混じっていた。
そして無事に帰ったらお礼に何かを奢ろうかと考え始めた大黒へ、腕に抱えられている磨が話しかけてきた。
「ねえ、あの人を置いてきてよかったの?」
突如現れた鵺への疑問でも無く、鵺に対する大黒と鬼川の慣れた対応への疑問でもなく、磨から出てきたのは鬼川を心配する言葉。
どこまでも自分を気にかけない磨の将来を改めて不安に思いながら、大黒は鬼川を置いてきた理由について話す。
「ああ、多分大丈夫だ。ちょっとの不確定要素はあるけど、それくらいじゃ鬼川は負けないと思う。なんせあの純が選んだ従者だし、こんな危機は何度も乗り越えてきてるはずだからな。……それよりもゴメンな磨、なんの説明もしないまま振り回しちゃって」
「……いいの。あなたが何も知らないことを私に望むなら私はそのとおりにするわ。私はそれに少しの不満も抱かない」
「……そうしようかと思ってたけど、こうなったら全部知っていて貰うほうが磨にとっても安全だ。家に帰ったら全部話すよ、この先磨が生きていくためにな」
「…………」
幸せに生きてほしい、大黒が磨に望むのは究極的に言えばそれだけだった。
子供が幸せに生きられる世界を望む大黒。見知らぬ子供の幸せさえ願える大黒にとって、知っている子供である磨の幸せを思うのは至極当然のことだった。
しかし磨は、諸事情からそういった感情を向けられることに慣れていない。
だから大黒の言葉になんと反応していいか分からず、どうにも落ち着かない気持ちになっていた。
その気持ちから目を逸らすように視線を背けた磨の目に、そこにはいないはずのものが見えてしまい思わず声を上げた。
「あ」
「え、どうしたんだ……あ」
つられて磨が見ていた方向に視線を向けた大黒も思わず声を上げ、二人揃って固まってしまう。
「ふーん? まあそういう奴もいるってだけなんじゃないっすかね? 人間だって色んな話し方する奴いるし」
「そういうレベルの話じゃないんだよ。鬼川の例えで言うなら、人間が犬の言語使って話してるようなもんだ」
「なるほど、そりゃ変っすね」
大黒の説明に納得した鬼川は、懐から肘まで覆える真っ黒な手袋を取り出しそれを装着する。
その手袋はぴっちりとした素材で作られているようだったが、腕の動作を妨げる程のものではないようで、鬼川は掌や肘をスムーズに動かして準備運動をしている。
「それは?」
「戦闘準備っすよ。変なのは分かったっすけど戦わないなんて選択肢もないし。少なくともそいつを安全な所まで逃がす時間くらいはあたしが作るんで」
鬼川は大黒が右手で抱えている磨を顎で指し示す。
「……いいのか?」
「さすがのあたしもそれくらいの空気はよむっすよ。もう完全に関わらせないことは無理にしても、遠ざけるくらいはしときたいでしょうし……ってもういねぇ!」
先程までは隣に神妙な顔をした大黒がいたのだが、たった一瞬目を話した隙にその場から姿が消えていて、鵺とは反対方向に走り去っていた。
その大黒の背中を見て、鬼川はため息をついて煙草に火を付ける。
「ぷはぁー……、納得してからの行動が早すぎる……。そこら辺はさすがに兄妹か……。じゃ、まあ気持ちを切り替えてやってやっかぁ。さあ来いよ、暫定鵺。狭い箱なんてとっととぶっ壊してあたしと遊ぼうぜ」
そんな鬼川の言葉に呼応するように、鵺は爪に渾身の力を込めてとうとう結界を突き破った。
「ひっ、ひひっ、ひひひひひひひひひひ!」
「元気いいなぁ。いいぜ、あたしも楽しくなってきやがった……!」
「……なんか酒呑童子みたいなこと言ってるなぁ。あいつも戦闘マニアだったのか……」
背後から聞こえてくる楽しげな鬼川の声に、大黒は走りながらも呆れた声を出す。
大黒にとって戦闘はあくまで自分の目的を果たす手段の一つ。むしろ避けられるなら出来るだけ避けたい事柄だった。
勝利したときの快感がないといえば嘘になるがそれよりも敗北した時のことを考えてしまうと、鬼川のように戦闘を楽しむなんてことは出来そうにもない。
だからこそ大黒の声には呆れの他に、自分には出来ないことをしている人間への多少の尊敬の念も混じっていた。
そして無事に帰ったらお礼に何かを奢ろうかと考え始めた大黒へ、腕に抱えられている磨が話しかけてきた。
「ねえ、あの人を置いてきてよかったの?」
突如現れた鵺への疑問でも無く、鵺に対する大黒と鬼川の慣れた対応への疑問でもなく、磨から出てきたのは鬼川を心配する言葉。
どこまでも自分を気にかけない磨の将来を改めて不安に思いながら、大黒は鬼川を置いてきた理由について話す。
「ああ、多分大丈夫だ。ちょっとの不確定要素はあるけど、それくらいじゃ鬼川は負けないと思う。なんせあの純が選んだ従者だし、こんな危機は何度も乗り越えてきてるはずだからな。……それよりもゴメンな磨、なんの説明もしないまま振り回しちゃって」
「……いいの。あなたが何も知らないことを私に望むなら私はそのとおりにするわ。私はそれに少しの不満も抱かない」
「……そうしようかと思ってたけど、こうなったら全部知っていて貰うほうが磨にとっても安全だ。家に帰ったら全部話すよ、この先磨が生きていくためにな」
「…………」
幸せに生きてほしい、大黒が磨に望むのは究極的に言えばそれだけだった。
子供が幸せに生きられる世界を望む大黒。見知らぬ子供の幸せさえ願える大黒にとって、知っている子供である磨の幸せを思うのは至極当然のことだった。
しかし磨は、諸事情からそういった感情を向けられることに慣れていない。
だから大黒の言葉になんと反応していいか分からず、どうにも落ち着かない気持ちになっていた。
その気持ちから目を逸らすように視線を背けた磨の目に、そこにはいないはずのものが見えてしまい思わず声を上げた。
「あ」
「え、どうしたんだ……あ」
つられて磨が見ていた方向に視線を向けた大黒も思わず声を上げ、二人揃って固まってしまう。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活
XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
とある高校の淫らで背徳的な日常
神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。
クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。
後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
僕が美少女になったせいで幼馴染が百合に目覚めた
楠富 つかさ
恋愛
ある朝、目覚めたら女の子になっていた主人公と主人公に恋をしていたが、女の子になって主人公を見て百合に目覚めたヒロインのドタバタした日常。
この作品はハーメルン様でも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる