九尾の狐、監禁しました

八神響

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二章 混ざり怪編

十六話

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「大丈夫だって。少なくともこっちから仕掛けることはないし、向こうから来られても無理はしないから。ていうかあの野郎が生きてるということより、ハクの存在を知っている人間が生きてるってのが何よりも問題なんだよな」

 大黒は純の様子には気づかず、顎に手を当てて思考に没頭し始める。

「九尾を討伐した手柄が欲しいあの野郎がそこら中に吹聴するとも思えないけど、その協力者には話してるだろうし……。そうなるとそこから他のところに広がる可能性も出てくるんだよな……。九尾が転生したって噂自体は前からあるわけだし、信じる陰陽師も多そうだ。最悪協会が直接動いてくるかもしれない、協会総出で責められたらいくら結界を補強しようが焼け石に水だよなぁ……。いっそ京都から出ていくか? でも行く宛があるわけでもないし……」
「兄さん!」

 ぶつぶつと言葉を出しながら、これからどうしようかと思案していた大黒。しかし純が大声で呼びかけてきたことにより、集中が途切れ、ハッと純の顔を見る。

 そして純は自分を見ている大黒の顔を両手で掴んで、真正面から目を合わせる。

「『過去のことを考えすぎても仕方がないし、未来のことを考えすぎてもきりがない。結局俺たちは現在(いま)の連続を生きるしか無いんだから、現在さえ見てりゃあどうにでもなるさ』と、昔私に言ってくれたことを覚えていますか?」
「……ああ、言ったような気もするな。確かお前が当主になることが正式に決まった日だったっけか」
「ええ、色々無駄なことを考えて雁字搦めになっていた私の心を救ってくれた言葉です」
「そんなに大層なことは言ってないと思うんだけどな」

 そう言って大黒は目線を切ろうとするが、純がそれを許さなかった。

 逸らされかけた目線を再び自分に合わせた純は、そのまま自分の額を大黒の額にくっつけた。

「私にとっては大層なことだったんですよ。そしてその時の経験から言わせてもらいますが、今の兄さんは考えすぎです」
「……………………」
「現在を見失うというのはとても怖いことです。現在を見失って、体や頭が現在起こっていることに対応できなくなると、いくら先のことを考えていても無意味になります。現在すべきことはなにか、現在したいことはなにか、考えることはそれだけでいいと兄さんが私に教えてくれたのです」
「現在、すべきこと……」
「そうです。……私は、兄さんならどんな困難も乗り越えることが出来ると信じていますが、それは心配しないということではありません。この話題を出したのは私ですし、危険に備えるのはもちろん大事ですが、それで現在を見失ってしまえば兄さんだって足元をすくわれることが出てきます。…………どうか、私にこれ以上兄さんを心配させないでください」

 そうしないと兄さんより先に私の心がダメになっちゃいます、と困ったように笑って純は大黒の顔から手を離す。

「はあー……、世話になりっぱなしな上に諭されるなんて兄として立つ瀬がないな。本当にお前はよく自分を裏切った兄にそこまで尽くせるな」

 大黒はバツが悪そうに純から目を逸らす。

「私を大黒家に置いていった事を言っているのなら、そんなのは裏切った内に入りませんよ。兄さんはもっと早く家を出たかったでしょうに、私がちゃんとするまで見ていてくれたことにむしろ感謝しているくらいです」
「強いなぁお前は……。俺はお前と再開することが会った日には、もっと恨み言を言われるものだと思ってたってのに」 

 自分に全幅の信頼を寄せてくれている妹にこれ以上情けない姿を見せられないと思った大黒は、おもむろに立ち上がって部屋から出ていった。

 そして数分ともせず部屋に帰ってきた大黒の手には黒く小さな箱が握られていた。

「それは……?」
「今の俺がすべきことってやつだよ。玄関先で言ってた純へのプレゼントだ」

 純は箱の詳細を尋ねるが、大黒は答えを言わずそれを純の前に差し出した。

 大黒から箱を受け取った純は、恐る恐る箱を開け中の物を見ると驚愕に目を見開いた。

「に、兄さん。これって……!」
「見ての通りだよ。色々なことに対するお礼に、純に必要そうなものを買ってきた」

 椅子に腰掛けた大黒は気恥ずかしそうに笑う。

 箱の中に入っていたのは、銀色に光ってウェーブを描いているシンプルな指輪。

 箱の形状を見てもしかしたらと思った純だったが、まさか大黒が自分に指輪を贈ってくれるわけがないと考え、一瞬でその想像を打ち消した。

 しかし自分の手にあるのは紛うことなき指輪であり、大黒から指輪を贈られたという事実は純を歓喜と戸惑いに打ち震えさせた。

「え、あ、え、う、えっと……!」
「落ち着いてくれ。何を言ってるのか全然伝わってこない。……その指輪は俺がバイトしてる骨董店で売ってた古い呪具だ。着けている者へのあらゆる呪いを弾く破魔の指輪。扱いに気をつける必要のあるタイプの呪具じゃないが、結構貴重で強力なものだから失くさないようにしてくれ」

 純の動揺がしばらくは直らないと見た大黒は先に指輪の説明をする。

 だが、その説明を聞いて純の動揺はさらに大きくなった。

「あ、あらゆる呪いからってそんなの一級レベルの呪具じゃないですか! 一体どこからそんな貴重なものを!」
「だからバイト先からだって。そこは普通の店主がやってる一般人向けの店なんだけど、たまーにそういう呪具が転がり込んでくるんだ。陰陽師じゃない人からしたら普通の指輪だし、従業員割引もあってそこそこ安くしてもらったから気兼ねなく受け取ってくれ」

 大黒は殊更に軽く言うが、指輪を持つ純の手の震えは止まらない。

 陰陽師協会が認識している呪具には、扱いの危険度や効果の強力さによって四つの等級が定められている。

 まず一番数が多いのが、陰陽師であれば誰でも扱うことが出来るがそれほど強力ではない第三級指定呪具。

 次に少々扱いは難しいが効果が強力な第二級指定呪具があり、現存している呪具の内95%がこの二つの等級のどちらかである。

 残りの5%、その内4%は非常に扱いが危険だが誰にも解呪できない程の力を持つ第四級指定呪具が占めている。

 そして最後の1%が純の言う一級レベル、陰陽師でなくとも持つだけで効果があり、第四級と同じくらいの力を持つ第一級指定呪具。一つでも所有していたら陰陽師としての家の格が数段は上がる国宝級の代物である。

 そんなものをポンと渡され、従業員割引をしてもらって手に入れた等と聞かされてはさすがの純でも言葉を失ってしまうのは無理からぬことであった。

「ほ、本当に私がもらってもいいんでしょか。むしろ兄さんの方がこれから必要になってくるのでは……」

 そうしてやっと出てきたのは逡巡の言葉。

 そんな、どこまでも自分を心配してくれる献身的な妹に大黒は思わず吹き出してしまう。

「ははっ、純らしい気遣いだな。でも俺のことばっかり言ってられないだろ。純はもう名実ともに大黒家の当主になったんだ。そこら中から恨みを買ってる大黒家の当主にな。だったらこれくらいの物は持っといてもらわないと、どの口がって思うかもしれないが俺だって純が心配なんだよ」
「兄さん……。……ありがとうございます、一生大切にしますね」

 大黒の心遣いにとうとう純も指輪をもらう覚悟を決める。

 それと同時に純は箱から指輪を取り出し、スッと大黒に差し出す。

「お願いがあります。どうか、兄さんの手で私に指輪をはめてくれませんか?」
「ああ、お安い御用だ。つける指はどうする? 効果が高そうなのは右手の中指とかだろうけど」

 大黒は指輪を受け取りどこに指輪をつけるかを問う。

 その質問に純は少しだけ考えて微笑みとともに答えを出す。

「では、左手の小指にお願いします」
「了解」

 そっと取られた手に優しく指輪がはめられる。

 純は指輪がはめられた左手を右手でぎゅっと握りしめ、涙を浮かべながら再度自分の気持ちを大黒に伝える。

「本当にありがとうございます……! 私、兄さんの妹で本当に良かった……」
「大げさだ。……俺こそ普段からありがとな。落ち着いたら、リビングに戻るか」
「はい。でももう少しだけ、もう少しだけ余韻に浸らせてください……」
「……はいよ」

 他に誰もいない兄妹だけの時間。

 それが続いたのはそれから五分だけだったが、その時間は二人の心の深い所をじんわりと暖めてくれた。
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