九尾の狐、監禁しました

八神響

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二章 混ざり怪編

七話

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(夢……か。昔の夢を見るなんていつぶりだ。過去なんて捨て去ったつもりだったけどまだ未練があるのかね、俺は)

 目を覚ました大黒は、天井を見つめながら先程まで見ていた夢の事を考える。

(それとも子どもが近くにいてノスタルジックな気分にでもなってたか)

 そして大黒は上半身を起こし、夢の原因かもしれない存在へと目を向ける。

 大黒が目を向けた先には小さな膨らみがあった。大黒と同じ布団の中にいるそれは、昨日から大黒の家に居着いた磨という少女だ。

 大黒はすやすやと眠っている磨を見て、困ったような笑みを浮かべる。

「ヤバい絵面だよなぁ、兄妹でもない年の差男女が同じベッドにいるなんて……」

 磨が住むにあたって、唯一自分の意思を見せたのは寝る場所だった。

 初めの内は廊下でもベランダでも良いと言っていた磨だったが、そんなことを大黒とハクが許すはずもなく、当然の帰結としてハクの部屋で一緒に寝るという提案が出された。

 しかしその提案を聞いた瞬間、磨は大黒の腕から手を離さなくなった。

 どれだけ諭しても大黒から離れる気配の無い磨に根負けして、結局磨は大黒と共に夜を過ごした。

 大黒はその時の事を思い出しながら、磨を起こさないように静かにベッドから降りた。

(あの時のハクは可哀想だったなぁ……。避けられすぎて涙目になってたし。しかし磨は何がそんなに嫌だったんだ……? 俺ならハクと寝れるなんて状況、一も二もなく飛び付くのに)

 首をかしげながら大黒がリビングに入ると、焼き魚と味噌汁の匂いが食欲を刺激してきた。

「おはよう、今日も美味そうな匂いがしてるな」
「おはようございます。今日は早いですね、いつもなら後5時間は寝てるでしょうに」

 キッチンで朝御飯の準備をしていたハクは、料理をしたまま振り返らずに返事をする。

「5時間って……、もう9時だぞ。さすがの俺だって昼過ぎまで寝たりはしないさ」
「何を言っているんですか。一昨日起こしに行った時は『ゴールデンウィークの初日なんだからまだ寝かせてくれ。俺はしばらく冬眠するんだ』なんて文字通り眠たいことを言っていたのに」
「……っかしぃなー。そこまで頭の悪いことをいった覚えが無いんだけどなぁ……」

 大黒は額に手を当てて渋い表情をする。

「ところで幼子と同衾した気分はどうですか? ……なるほど、やはり有頂天のようですね」
「何も言ってないのに勝手に結論を出さないでくれ。後、同衾なんて危険すぎるワードも使わないでくれると助かる」

 大黒は心底冷たい目線を送ってくるハクに冷や汗を垂らしながら懇願する。

 しかしハクはというとそれには何も答えず、大黒から顔を背ける。

「な、なんかいつもより冷たくない? 微妙に殺気すら感じる気がするんだけど……」
「気のせいでしょう。……いえ、貴方と話す時はいつも殺意を抱いていますからあながち気のせいではないかもしれません」
「恐るべき真実っ!」

 大黒は日常が常に死と隣り合わせだったことに戦慄する。

 そして今の発言は冗談だったとしても、現在感じている殺気は気のせいでは無いことに気づいた大黒は、思わず思い当たった原因を口に出してしまう。

「分かった、ハクってば磨に嫉妬してるんだな。全く、そんなに俺と一緒に寝たかったのかー。言ってくれればいつでもこの家のベッドを1つにしたのに」
「…………貴方の目にも見えているように、私の手には包丁が握られています。その事を念頭に置いてもう一度発言してみてください」
「すいません、調子に乗りました」

 大黒の的外れな予想に対して返ってきたのは、鈍く光る刃物による脅迫だった。

 そんな殺気と凶器が揃っているハクを相手にしてしまったら、大黒に謝る以外の選択肢はなかった。

「……いいでしょう。私も八つ当たりが過ぎました。……そうですね、白状しましょう。私は嫉妬しています、もちろん磨にではなく磨に選ばれた貴方に」

 平身低頭といった様子の大黒を見てハクも溜飲が下がったのか、素直に自分の心情を吐露し始める。

「……選ばれた、なんて感じでもなかった気がするけどな。あれはどっちかって言うと……」
「分かっています、私が避けられていたということは」

 目を逸らして言葉を濁した大黒の代わりに、ハクがその言葉の先を紡ぐ。

「不思議だよな……、客観的に見てもハクを避ける要素なんて無いと思うけど」

 大黒はハクを上から下まで見回しながら言う。

 同年代くらいの容姿、同性、見目麗しい、等の、磨がハクを見て思いそうなことを並べると印象が悪くなることなどあり得ないように思える。

 いくら大黒に助けられたからといって、どちらと寝るかを選べと言われたら、ハクを選ぶのが自然だ。

 しかし、そうはならなかった。その事が大黒にとっては不思議でしょうがなかった。

「確かに客観的に見れば私が選ばれる可能性の方が高いでしょう。ですが、それはもういいのです。私だって子どもに嫌われる経験は初めてじゃありません。……ショックはショックでしたが」

 ハクはゆっくりと包丁を置いて、一旦言葉を区切る。

「……? じゃあなんで嫉妬なんてしてるんだ?」
「端的に言うのなら、私を避けた先が貴方だったことです。正直、貴方以外であればこんなに濁った気持ちにならなかったでしょう」
「そ、それはやっぱり俺の事を特別に思っててくれて……!」
「ええ、貴方みたいな人としてどうかと思う人間に負けたのだと思うと腸が煮えくり返りそうです。そのくらいには特別に思ってます」
「オッケー! この話は止めよう!」

 期待していたのと180度違った答えを聞かされ、大黒は強引に話を打ち切ることにした。

 ハクとしてもそれ以上大黒を詰る気はなかったようで、料理を再開しながら違う話題を振ってきた。
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