九尾の狐、監禁しました

八神響

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二章 混ざり怪編

三話

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「全く、ハクは恥ずかしがり屋だなぁ」

 大黒はエレベーターに乗ると、家を出る前のハクとのやり取りを思い浮かべて独り呟く。

 ハクからしたらあれは本気の拒絶だったのだが大黒はそれをただの照れ隠しと認識していた。

 お互いに理解を深めながらも関係が中々進展しないのは、こういった大黒の性格が原因であった。

「ふふんふーんっ」

 そうとは知らない大黒は呑気に鼻唄を歌いながら階下へと着いたエレベーターから降り、マンションから出ていこうとした。

 しかし、オートロックの扉の向こうにいる人間を見ると怪訝そうに眉をひそめた。


 そこにいたのは一人の少女。しかもそれは大黒も知った顔であった。

 体育座りをして、微塵も動く気配の無いその少女は誰かを待っているように見える。

「うーん……」

 関わればきっと面倒事に巻き込まれる。少女にどのような背景があったとしてもそれは確かだ。

 そう大黒は直感したのだが、それでも見て見ぬふりをすることはできなかった。


 そして大黒が扉から出て少女に近づくと、少女も大黒に気づいたようで『あ……』と小さく声を上げる。

「えーと……、昨日の子、だよな? こんな所で何してるんだ?」

 大黒は少女の前にしゃがみ込み、 ここにいる理由を尋ねる。


 少女は昨日大黒が野槌から助けた子供で、大黒の見間違いでなければ昨日から服も変わっていない。

(つまりは家に帰ってないってことだよなぁ……、もしかして昨日からずっとここに座ってたりしたのか? 親は何やってんだ)

 大黒はあまりよくない想像をしながら少女が話し出すのを静かに待っている。

 その間少女は言葉を探すように口を開け閉めしていたのだが、自分の中で考えがまとまったのかゆっくりと言葉を発し始めた。

「私、の名前は佐藤磨さとうとぎ。あなたにお願いがあって、ここで待ってたの」

 無表情のまま淡々と話す少女からは見た目よりも大人びた印象を感じられ、大黒は一瞬そのギャップに戸惑う。

「…………お願いか。それを聞くのは吝かじゃあないが、なんで俺なんだ? あんなことがあったんだ、普通近寄ろうなんて思えないだろ」
「むしろあんなことがあったからよ。昨日、私を助けてくれたあなたならきっと私を助けてくれると思って。だからあの後、ここまであなたを追いかけてきたの。開かない自動ドアに邪魔されて、ここより先へは行けなかったけど」
「開かない自動ドア……、まあ間違ってはないな」

 オートロックを奇妙な表現で言い表す少女は、感情を感じられない瞳で大黒を見る。

 助けてほしい、と少女は言った。だがどうにも少女の話し口からはその熱意が見えてこない。

 それはそんな風になるまで感情が擦り切れてしまった故なのか、それともいま語ったことが全て嘘だからなのか、大黒にその判別はつかなかった。


「それで、お願いだったな。正直警察にでも行ったほうがいい気もするけど……」
「警察はいや。警察はきっと私をちゃんと見てくれないもの」
「確かにそのあたりは対応してくれた相手によるだろうなぁ。お役所仕事的な警察にあたったら話を聞いてくれるかも微妙だし」
「ええ、だからあなたがいいの。あなたじゃないと、だめなの」

 本来なら少女の意見を無視してでも警察につれていくのが最適解だ。少女本人からの頼みとはいえ、親の了承もなしに成人男性が未成年の少女と繋がりを持つのは現代社会ではあまり良しとされていない。

 それを踏まえて上で、大黒は少女の頼みを聞くことに決めた。

「子供相手に無理強いなんてするもんじゃないしな……。分かったよ、俺に出来ることなら何でもするさ。ただ、俺に出来ることはそんなに多くないぞ?」
「ありがとう……。大丈夫、そんなに難しいお願いじゃないはずだから。……私のお願いは、私をあなたの家に置いてほしい。ただそれだけよ」
「…………」

 消え入るような声で少女から発されたお願いに大黒は思わず渋い顔になる。

 身元不明の少女を家に置くというだけでも相当重い罪を背負うことになる上に、大黒の家にはすでに先客がいる。

 それも監禁中の少女というとても人様にはお見せできない先客が。

 当たり前のことだが、ハクが大黒の家にいるということを知る人間は少ないほうがいい。情報とはどこから広まるのか予想がつかない。しかも一度広まってしまうと手がつけられなくなるため、そうならないように情報の元栓はしっかりと締めておかないといけない。

 今の所、ハクのことを知っているのは大黒とハク以外では大黒家の関係者だけである。その大黒家の関係者に関してはきっちりと始末をつけたため、今以上に情報が広がることはないと言える。

 だがこの少女にハクのことが知られた場合、少女の交友関係を一切知らない大黒ではどう対応すればいいのかが分からない。少女に口止めしたところで、年端もいかない子供が口を滑らせないとは限らない。

 しかし少女をこのまま放っておくわけにもいかず、どうしたものかと悩んでいると少女が大黒の服の袖を掴んできた。


「お願い……、他に行く所がないの。ご飯もいらないし、横になって寝る場所もいらないわ。本当にただ、部屋の隅にいさせてくれればそれだけで……」
「……あー、分かった。分かったよ」

 そうして懇願してくる少女の手を振り払うことなど、大黒にはできなかった。

 大黒はため息をつくと、少女の手をとって立ち上がる。


「居心地の良さを保証できるかは分かんねぇけど、普通の暮らしは保証するよ。それでいいなら俺もこれ以上とやかく言わないさ」
「……ありがとう。この恩は一生忘れないわ……」
「いいよ、別に忘れても。子供の頃の恩なんて次の日には忘れてもいいんだ、恩を感じる気持ちだけ持ち続けてりゃそれで十分だよ」

 言いながら大黒は少女の手を引き、マンションの中へと入っていく。


 その背中に少女はもう一度だけ『ありがとう……』と小さく伝えた。
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