九尾の狐、監禁しました

八神響

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一章 大黒家争乱編

二十六話

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「……お前たち、いつまで寝ているんだい。妖怪へと成り下がったそいつは大黒家の恥だ、即刻、即刻殺してしまえ」

 秋人は床に転がっている従者たちを急かす。

 変化の際に生じた霊力の暴発を受けた従者たちは、ダメージは残っているものの何とか体を起こし、再び複数人で大黒へと向かっていった。

「ふぅー……」

 しかしそんな精彩に欠いた従者など、今の大黒には物の数にも入らない。

 大黒は有り余る霊力を木刀の表面に細く鋭く纏わせ、向かってくる従者の首を正確に裂いていった。

 為す術も無くやられた従者たちを見て秋人は不快そうに顔を歪める。

「おいおい、理想の展開にならずにご機嫌斜めか? そんなに文句があるなら自分でかかってこいよ」
「……その余裕がいつまで続くか見ものだね。お前たち、九尾は私が見ておく。だからもう全員で殺しに行きたまえ」

 秋人の命令と同時に残りの従者が一斉に動き出す。

 大黒はすかさずホルダーから護符を四枚取り出し、ハクの元へと投げつける。

「生成!」

 そしてハクを強固な結界で覆うと、従者たちに目を向けて木刀を構えなおす。

「本当ならハクをあんな風にしたお前たちには地獄の苦しみを与えてやりたいが、さすがに余裕が無いからスパッと殺してやる! 感謝しろよ!」

 大黒は叫びながら従者の攻撃を躱していく。

 多対一ではあるものの、大黒家程度に仕えている従者はそこまで練度が高くない。

 タイミングをずらし、相手の攻撃に相手の誰かが重なるように移動し、隙をついて一人ずつ首を落としていく。

 一人、また一人と命を取られ、残された者には焦りと怯えが見え隠れし始めた。

 腰の入っていない突きや雑に放たれる術、殺意が恐怖に飲み込まれて従者の勢いがどんどん落ちていく。

 大黒は床に落ちている頭を拾って攻撃の合間に投げつけたり、避けきれない攻撃を防ぐ盾にしている。

 そんな大黒の非人道的な戦い方が従者たちをさらに及び腰にさせ、もはやまともに動ける者はいなくなっていた。

「はっ! 臆病者どもがっ!」

 大黒は返り血を浴びながら、動きの止まった従者たちの首を残らず刈り取る。

 そして全て殺し終えたことを確認すると、最後に秋人を殺すため道場の床を蹴った。

「ひっ……!」

 従者が蹂躙される様子を呆然と眺めていた秋人は、砲弾の様に突進してくる大黒を見てやっと自分が命の危機にさらされていることに気付く。 

「これで終わりだっ! 自分の無力を呪いながら死ねっ!」

 木刀の間合いまで詰めてきた大黒は秋人を殺すため、木刀を振り切ろうとした。

 だが、それよりも一瞬だけ、秋人が叫ぶ方が早かった。



「こ、こいつを殺せえええええええー! 豊前坊ぶぜんぼうー!!」
「…………っ!!」

 危機を察知した大黒は咄嗟にその場から飛び退き、道場の入り口まで後退する。

 それから一秒もしない内に、雷鳴のような音が轟き、鼻が異常に長い山伏の格好をした大男が天井を破って表れた。

 先ほどまで大黒がいた位置に降り立った大男は、秋人、ハク、大黒を順繰りに見てゆっくりと口を開いた。

「珍しい顔ぶれだな」

 何でも無い言葉のはずだが、大男が発した言葉は重いプレッシャーとなって大黒を襲う。

 大黒はそのプレッシャーに負けないように声を張って大男の名前を呼ぶ。

「出来ればお前が出てくる前に片を付けたかったよ、豊前坊!」


 彦山・豊前坊天狗。

 英彦山にある神社で祀られている豊前坊は、九州天狗の元締めとされている。

 正しい心を持って自らを信仰する人間には繁栄を与え、驕り高ぶった人間には厳しい鉄槌を下す。そんな神にも近い存在と言われている豊前坊だが、大黒家の祖先によって調伏され、今では大黒家に代々受け継がれていく式神に身を落としている。

 しかしその力は式神になる前と何ら変わっておらず、高い霊格は話すだけで人を慄かせ、安土桃山時代の剣客、毛谷村六助けやむらろくすけにも伝授した剣術は無類の強さで大黒家に立ちふさがる敵を薙ぎ払ってきた。

 落ちぶれながらも未だ大黒家が陰陽師の大家の末席にいられるのは、この豊前坊の力によるものだ。

 豊前坊は大黒家の式神として力を誇示することの他に、大黒家跡継ぎの剣術指南役としての役目も請け負っており、大黒や純も豊前坊から剣を教わった過去がある。もっとも大黒は早々に稽古から逃げ出したのだが。


「うむ、久しいな真。どうやら己はお主を殺さねばならぬようだが、その前にやることがある。しばし待っておれ」

 大黒の言葉に豊前坊は厳めしい顔で頷き、腰にさしている鞘から日本刀を抜いた。

 大黒はその動作に不穏なものを感じ、急いで豊前坊との距離を詰めた。

 そして、どうにか豊前坊が切ろうとしたものと刀との間に体を滑り込ませることに成功した。

「ふざけてんなよ豊前坊……! 先にご主人様の命令を遂行しろよ……!」

 大黒はハクを囲っている結界に背中を付け、豊前坊に結界を斬らせないように木刀で鍔迫り合いを演じていた。

 秋人の命令を無視してハクを殺そうとした豊前坊に異を唱えたのは大黒だけではない。秋人もまた、突発的な豊前坊の行動に声を荒げて糾弾する。

「そ、そうだっ! 何をやっている! 九尾はまだ殺しちゃ駄目なんだっ! 殺すのは真だけでいい!」

 しかし豊前坊は顔色を変えることなく、自分の行動の正当性を主張する。


「己からすればこれより優先する事項は無い。九尾の狐は生きているだけで世に破滅をもたらす。ならば殺しておける内に殺しておかなかければ」
「駄目だ! まだそいつには利用価値がある! これは命令だっ、九尾は殺すな!」
「……命令ならばやむを得ないか」

 豊前坊はしぶしぶ刀を引くと、目の前の大黒を庭の方へと蹴り飛ばした。

「がっ……!」

 刀に気を取られていた大黒はその攻撃をまともに食らい、庭まで一直線に飛ばされた。


 庭にある石にぶつかりようやく地に足をつくことが出来た大黒は、蹴られた部位を左手で抑えながら蹲る。

(ヤバい……! 酒呑童子の拳くらいきく……! 人間のままだったら今の一撃で上半身と下半身がおさらばしてた……!)

 その身に受けた一撃から改めて豊前坊の脅威を認識している大黒に、豊前坊の声が降りかかる。
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