九尾の狐、監禁しました

八神響

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一章 大黒家争乱編

二十五話

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 ダダダダッ! と廊下を走る音がする。

 その音を鳴らしている人物、大黒は目標の道場に到達すると、渾身の力を込めて扉を蹴破った。

 ドガン!! と大きな音を立てて扉を吹き飛ばした大黒は、秋人の従者達の後ろにいるボロボロのハクを見つけ獰猛な笑みを浮かべる。

「想像はしてたけど、いざ目の前にすると思ってた以上に頭にくるな……! おい! いるんだろくそ野郎! 落とし前付けてやる! 隠れてないで出てこいよ!!」

 大黒が感情に任せ大声で叫ぶと、道場の側面にある扉が開かれ、そこから従者二人を連れた秋人が顔を出した。

「……見ない内に随分と汚い言葉を使うようになったね。でも帰ってきてくれて嬉しいよ。久しぶりだね、真」
「よくそんな心にも無い事を言えるなぁ、本当は予想以上に早く俺が来て苛々してるくせに。てゆーか俺を殺せってジジイに言ってたんだろ?」

 大黒は唇を吊り上げて秋人を挑発する。

 だが秋人は余裕を崩さず、つかつかと歩いてハクの近くまで移動する。

「行き違いがあっただけで、歓迎の気持ちは本心だよ。九尾の狐を私に献上してくれた真には直接お礼を言いたいと思ってたからね。でも思ってたよりも到着が早かったっていうのは事実だね、もう少し落ち着いてから話したかったよ」
「落ち着いてからってのはハクを殺してからって意味だろ? もしそうなってたら俺はこんな話もせずにお前を殺しにかかってたよ。良かったな、ほんの少しでも生き永らえて」

 今でも血管が沸騰しそうなくらいの怒りを抱えている大黒だが、まだギリギリ状況を判断する理性は残っている。

 もしもハクが殺されていたら、後の事は考えずに秋人と従者の群れに襲い掛かっていただろう。

 そんな大黒の主張を秋人は鼻で笑う。

「ふっ、よくこの状況でそんなことが言えるね。この人数を相手にどうにか出来ると本気で考えているのかな」
「思ってるさ。愛の力は偉大なんだ、お前たち程度じゃあ俺の愛は止められない」

 大黒の言葉を聞いて秋人は笑みを消して、異物でも見るような眼を大黒に向ける。

「……まさかとは思っていたけど、本当に真は九尾の狐をそういう目で見ていたんだね」
「変な言い方すんなよ。それじゃあ俺が変質者みたいだろ」

 その言葉には秋人ではなくハクが反応した。

 ハクは大黒が来たことを半分安堵、半分驚愕の気持ちで見守っていた。

 そして、こうなったらもう流れに身を任せようと大人しくしていたのだが、今の大黒の言葉には物申したくなり、拘束された状態でもごもごと口を動かす。

(変質者みたいというか、そのものです。どうして貴方は妙な所で自分を勘違いしているのですか)

 と、そんな事を伝えようとしながら大黒を見る。

「ハ、ハク。そんな情熱的に見つめられたら恥ずかしくなってくるんだけど……。あ、場所が悪いってだけで、家に帰ったらいくらでもその愛を俺にぶつけてくれていいんだけどな!」

 しかし、もちろん大黒には伝わらず、大黒は気持ち悪く相好を崩すだけであった。

(そういう所ですよ!)

 ハクはもががー! と言いながら体を仰け反らせる。

「………………」

 そんな二人のやり取りに秋人は嫌悪を滲ませていた。

「さて、そんな訳でそろそろハクを返してもらうぞ。くそ野郎」

 対照的に大黒はすっきりした顔をして秋人に木刀を突き付ける。

 それがさらにまた、秋人の嫌悪を加速させる。

「……気持ち悪いね。どこで育て方を間違ったんだろう、まさか真がそんな風になるなんて。何だか純も暴れているみたいだけど、あれもきっと真から悪い影響を受けたんだろうね」
「親面すんじゃねぇよ、そっちの方が気持ち悪い。俺も純も自分で考えて、自分で良しと思う事をやってるだけだ。それをお前なんかに否定される謂れは無い」
「そうかい、もう何を言っても無駄みたいだね。お前たち、真を殺せ。出来るだけ手っ取り早くね、純も大人しくさせないといけないことを忘れないように」 

 秋人は手を振って従者に命じる。

 それに応じて数人の従者が刀を、槍を、札を、それぞれの武器を持って大黒の命を奪いに来る。

 それでもまだ動こうとしない大黒を見てハクは焦燥感に駆られる。

(ま、まさか無策でここまで来ていませんよね? 私よりも疲弊して見えるその状態でそんな無謀なことはしませんよね……?)

 ハラハラしているハクを置いて状況は進んでいく。

 ハクの周りにもまだ従者は残っている。しかも未だに拘束されている身なので、迂闊に動くことも出来ず、凶刃が大黒を刺し貫こうとしている様を見ていることしか出来ない。

 そして従者の刀が大黒の喉に当たろうとしたその瞬間、大黒の体が内側から破裂した。

「「「「…………!?」」」」
「…………あー、ぎりっぎり間に合ったみたいで良かったー。どうにも悪運だけはまだ残ってるみたいだな」

 破裂したかのように見えた大黒は額の汗を拭いながら呑気に息をはく。

 その異常な様子の大黒に、一番取り乱したのは秋人だった。

 秋人は震える指で大黒を指しながら、ヒステリックに叫ぶ。


「な、何だその姿は……!」
「何だって言われてもな、イメチェンだよイメチェン。大学生にはよくある話だろ?」
「そんな外面的な話をしているんじゃないっ! 何で……! 何で、お前から妖気が出ているんだ!!」
「……うっせーなぁ、人間生きてれば妖怪になることの一回や二回普通にあるだろ?」

 秋人の叫びに大黒はおどけたように笑う。

 だがその姿は秋人の指摘通り、普通の人間のものではなくなっていた。


 目は金色に光り、体は薄い霊力の膜に覆われている。そして何より、無くなったはずの左腕が新たに生えていた。

 大黒は霊力で輪郭を形作られた歪な左腕の動作確認をしながら、不思議そうに自分の体を見る。


「変な感覚だな……、でもこれならハクを取り戻すのに苦労はしなさそうだ」
「………………なるほど、とうとうお前は人間であることすらやめたという訳だね」

 平静を取り戻した秋人の声には隠す気もない軽蔑の感情がこもっていた。

 そしてハクは、

(貴方は、そこまでするのですね。私のため、ひいては自分のためにそこまでのものを捨てられるとは……。それにしてもまた、見たことのない変わり方をしたものです)

 人間が妖怪に成る現象は、様々な場所で確認されている。

 嫉妬や憎しみの感情が行き過ぎた、遠い先祖の血に目覚めた、狐憑き、など要因は多岐に渡る。

 ハクも何度か妖怪へと変わった人間を見たことがあった。しかし、大黒の変化の仕方はそのどれとも違っていた。

 大黒が妖怪に成った原因は、大黒家に来るまでの道中で純に渡された薬にある。

 薬の名前は妖化薬、文字通り生き物を妖怪に成り果てさせる効果を持つ。

 純は人間を蛙に変えてしまう呪いを開発していたのだが、その過程で出来たのが妖化薬であった。

 妖化薬を飲んだ者は膂力と霊力が爆発的に増大し、霊的攻撃にも耐性が付く。だが、臨床試験が十分でないため薬を飲んでどれくらいの時間が経てば効果が表れるのか、また、どのような副作用があるのかが分かっていない。

 そのため純は妖化薬を大黒に渡すことを渋っていたのだが、ここで大黒が死ぬことを避けるために泣く泣く薬を渡した。

 大黒も妖化薬が危険な薬であることは聞いていたのだが、ハクを取り戻すために迷いなく飲むことを選んだ。


 そして今、とうとうその効果が表れた。
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