九尾の狐、監禁しました

八神響

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一章 大黒家争乱編

十八話

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 先に動いたのは大黒、木刀で純の喉を突きあげようと、腕を曲げて勢いをつける。

 木刀が体に触れる瞬間、純は結界の衝撃から立ち直り薙刀で木刀を払う。そして、お返しとばかりに薙刀で大黒の鳩尾を狙ってくる。

「……!」

 大黒は半身になってそれを躱すが、自分の体の勢いに負けてたたらを踏んでしまい、その場に転倒する。

 純は追撃しようと薙刀を振り上げたのだが、振り下ろされる前に大黒は立ち上がり、走って純から距離を取る。

(あぶねぇっ、早くもゲームオーバーになるところだった! ああもうっ! 左腕が無いせいでバランスは取りづらいし、肋骨とかも痛いし、足も疲れたままだしっ!)

 大黒は心の中で泣き言を唱えながら、公園に植えてある木の真下まで移動する。

 そこで追いかけてきた純の方を振り返り、木刀で純に殴り掛かる。

 純も薙刀でそれに応戦し、二人は鍔迫り合いの形で膠着する。

「純さぁ、何で鞘を外さないんだ? 外したら俺の木刀なんて一刀両断して、もう決着ついてたのに」

 片腕の大黒は純に力負けしないように全力で体重を前にかけ、酷く前のめりの格好で純に問いかける。

「これは殺し合いじゃないのでしょう? いえ、殺し合いだとしても私は兄さんを殺す気は毛頭ありませんし。それなのに刃を出してたら斬りかかり難くなるだけです」
「はあっ、はあっ、そりゃ、お優しいことで」

 大黒はこの短時間の攻防だけでも軽い息切れを起こしている。

 当然だ。昨日は自分の限界を超えた戦いをした結果、大怪我を負っているし、今も体術以外は封じたとはいえ、純は体術でも大黒を上回っている。

 バッドコンディションでの自分より強い相手との戦い。そんな神経を研ぎ澄ませる戦いをしていたら体力だってすぐ尽きる。

 この鍔迫り合いが終わったらもう体勢を立て直すことは出来ない、そう思った大黒は展開を早めることにした。

「ふぅー……。なあ、純。俺がこの公園に細工をしたのが結界だけだと思うか?」
「…………」

 大黒の言葉に嘘が無いことを感じ、純は素早く辺りに視線を巡らせた。

 その純を見て、大黒は叫ぶ。

「下を見てみろっ!!」
「!」

 大黒の言葉を聞いた純は反射的に下を見たが、そこには何の変哲もない地面があるだけで、仕掛けがある気配は無かった。

「一体何を……」

 訳が分からず大黒に目を戻そうとした純は、頭上からがさっという音を聞いた気がして横へと跳んだ。 

 そして先ほどまで自分がいた位置に薙刀を向けると、そこには見知らぬ男が地面に刀をさした状態で立っていた。

「おや? まさか避けられるとは。さすがは旦那の妹御ですねぇ」

 その男は白鞘に入った刀を地面から引き抜くと、隣にいる大黒に親し気に話しかけた。

「俺の妹とか関係なく、あいつ単体で凄いだけだよ。はぁ……、今ので仕留められれば楽だったんだけどな」
「面目ねぇ、あっしもまだまだ修行が足りなかったようで」
「いやいや、俺がもっと引き付けられてれば……」
「あの」

 純は二人の会話に割り込み、時代錯誤な格好をしたその男へ問う。

「貴方は兄さんとどういう関係ですか」
「どういう関係、かぁ……。旦那はあっしの命の恩人でしてね、その義理を果たすためにもここに立たしてもらってます。まさか昨日の今日で呼ばれるとは思っていやせんでしたが……、旦那も因果な人生を送っていそうですねぇ」
「おいおい、命の恩人はこっちの台詞だ。刀岐がいなかったら俺の命は昨日で終わってたんだから。さすがにこんなすぐ呼ぶのは気が引けたけど、不幸はいつも俺の事情関係なく寄って来るからなぁ…」
「あれ? あっし旦那に名乗りましたっけ?」
「あんたほどの有名人知らない方が珍しいだろ、昨日は自己紹介する暇も無かったから言わなかっただけで」

 自分を蚊帳の外にして再び二人で話し始めた彼らに、純は少し語気を強めて話に割って入る。

「兄さんは刀岐、と言いましたが、貴方はもしかして刀岐貞親ですか?」
「おお、妹さんにまで知られてるとはあっしも捨てたもんじゃありませんねぇ」
「……なるほど、貴方なら兄さんの窮地を救ったというのも事実なのでしょう。其のことには御礼申し上げます。ですが、」

 純は言葉の途中で鞘を取り外し、薙刀の刃を露出させる。

「そこにいるということは貴方は私の敵です。失礼ながら殺させていただきます」
「えーっと、あっしは殺しは無しだって聞いてたんすけど……」

 刀岐は冷や汗を垂らしながら、事前に聞いていたこの戦いのルールを確認する。

「それは私と兄さんの間でだけの決めごとです。式神契約がかかっていない貴方にまで適用されませんっ」

 言うが早いか純は刀岐に向かって駆け出し、刀岐の体を両断しようと薙刀を横に振り抜く。

 刀岐は受けるのは間に合わないと思い、体を横に傾けてそれを避けた。

 刀岐という対象を見失った薙刀はそのまま刀岐の後ろにあった木を切り倒してしまった。

「こりゃあ本気ですねぇ……」
「悪い……、こういう妹なんだ」

 切り倒された木を見て純が本気で自分を殺しに来てることを悟った刀岐に、大黒は目を伏せながら消え入りそうな声で謝る。

 そして二人で純を挟撃したが、大黒の木刀は柄で、刀岐の刀は刃で受け流される。

 純は大黒を石突で打突し遥か後方に吹き飛ばすと、大黒が立ち上がるまでに刀岐の息の根を止めようと猛攻に出る。

「ぐ、が……!」

 大黒は鳩尾をおさえて、地面をのたうち回りながら二人の戦いを観察する。

 純は足、手首、鳩尾、胴体、首、と隙さえあれば刀岐の五体を切り落とそうと薙刀を振り続けている。

 刀岐は純の攻撃を防ぐので手一杯になり、中々攻勢に出られていない。

 純と刀岐、互いに幼少期から天才と呼ばれ、今に至るまでその才能を磨き続けた者同士だが、実践経験の数には圧倒的な差があり、同条件下での戦いであれば刀岐が純に負ける要素は一つも無い。

 しかし現在の状況は対等からは程遠い。 

 純は刀岐を殺すことが出来て、刀岐は純を殺すことが出来ない。

 自分を殺しに来る相手を殺さずに制圧するのにはとてつもない実力差がいる。奇しくもそれは大黒が酒呑童子に強いろうとした戦術と同じであった。

 ほぼ全ての能力に置いて刀岐は純の上を行くが、それが実行できるほど二人の実力は離れてはいない。 

 結果、刀岐は防御に徹するしかなくなったが、刀岐に防御に徹されると純は刀岐を殺しきれない。

 何度も剣を交わすが、お互いに決定打が無く、徒に時間が消費されていく。

(俺はもちろんだけど刀岐だって昨日の疲れが残っているはず、時間は俺たちに味方をしない。こっちの体力がある内に決着をつけねーと……) 

 ようやく痛みから解放されてきた大黒は、鳩尾をさすりながら立ち上がる。

 動きに支障が出ないことを確認した後、二人の戦いに加わろうと背後から純に忍び寄っていく。

 刀岐との斬り合いに集中しているように見えた純だったが、まだ周りは見えているようで、背後から近付いていた大黒に回し蹴りをお見舞いする。

「つぅっ……!」

 大黒は脛でそれを受け止めようとしたが、受け止めきれず地面に転がる。

 ただでは転ぶまいと、大黒は足で純の足を挟み転ばそうとするが、純はひょいっとジャンプして軽く躱す。

 大黒をあしらっている間にも純は刀岐に対する猛攻を止めておらず、大黒の攻撃は多少純の意識を逸らす程度の役にしか立っていなかった。

(足手纏いと空気の中間ぐらいの存在だな今の俺はっ!)

 それでも何とか純に手傷を与えようと、大黒は跳ね起きて純に木刀を振るう。

「せー、やっ!」

 純は意識を八割刀岐、二割大黒に向けて、攻撃と防御を同時にこなす。

 時には突いて、時には振り上げ、時には受け止め、時には払う。

 拮抗した状況に先に耐えきれなくなったのは大黒たちの方だった。

「はぁっ……! はっ……!」
「……っ!」

 息遣いが激しくなってきた大黒を見かねた刀岐は刀を腰に戻して、回避に全神経を集中させる。 

 そして完璧に薙刀を躱し、純の横をすり抜けると、大黒を抱えて純から距離を取った。

 公園の端まで着いたところで刀岐は大黒を下ろし、二人は同時に息をつく。
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