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一章 大黒家争乱編
十六話
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大黒の家から出た純は、近くのビジネスホテルで戦いの準備を整えていた。
「今言った物を全て持ってホテルまで来い。万が一遅れたら五体のどこかが切り落とされると思え」
電話で大黒家にいる自分の部下に自分の武器を送ってもらうように連絡した後、ベッドに寝転びながら昔のことを思い出す。
大黒真と大黒純は血の繋がった兄妹ではない。真は別の陰陽師の家系の子供であったし、純に至っては一般家庭で生まれた子供だった。その二人が何故同じ家で育つことになったのか。それは大黒家の歴史が関係している。
大黒家とは何百年か前までは栄華を誇ったが、何代も能力に恵まれない子どもしか生まれなかった結果、今では没落貴族と揶揄されることもある家系である。
上昇志向の強い大黒家前当主、大黒秋人は、『今のままではダメだ、大黒家は過去の栄光を取り戻さなければならない』と大黒家に大きな改革をもたらすことにした。
秋人はまず自分の子供には見切りをつけ、方々から身寄りのない子どもを集めた。家柄は気にせず、伝手を全て使い、集められるだけの子供を大黒家の養子とした。真も純もその時に集められた子供の一人である。陰陽師としての才能が開花するのは十歳までと言われている。そのため秋人はある程度自分の意思で動ける五歳から十歳までの年齢の子供を集めた。
百人を超える子供を集めた秋人は、子供たちを男女に分け、それぞれを一つの部屋に閉じ込めた。そしてこう言った。
『武器は用意してある。術も好きなだけ使っていい。全てを殺し、最後に一人残っていたものだけがそこから出られる。じゃあ、期待しているよ』
それはいわゆる蟲毒と呼ばれる方法だった。
一人はそこで結界の才能に目覚め、他の子供たちが全員死ぬまで自分で作った結界の中に閉じこもった。最後の一人とはどちらが先に餓死するかの勝負となったが、閉じ込められてから一切動かなかった子供と戦い続けた子供では後者の方が先に力尽きるのは当然のことだった。
そんな男の方とは対照的に女の生き残りは、死にたくないという一心で周りの子供を積極的に殺しまわった。
一般家庭の出ながらも、地頭が良く、他の子供たちがどうやって術を発動させているのかを見ただけで理解し、死体に身を隠して陰から命を奪っていった。命を奪うことに対する躊躇の無さこそがその子供の生き残った要因である。
男は当時十歳、女は六歳での出来事だった。
秋人はその結果に大いに喜んだ。そして生き残った子供二人に今までの名前を捨てさせ、男には『真』、女には『純』という新しい名前を付けた。
二人とも特別な才能があったのは確かだが、特に純の方が陰陽師の大家と比べても遜色ない程の力を発揮した。そのため、男は跡継ぎ、女は他家とのパイプ繋ぎと考えていたが、純を当主に据えることにした。
その後、秋人の悪行はすぐに白日の下にさらされ、協会に出頭することになった。しかし大黒秋人という男は陰陽師としての力には恵まれなかったが、世渡りの才能はあった。事前に協会で力を持つ幾人かと強い繋がりを作っておき、自分が捕まった後の段取りまできちんと組んでいた。
結果、秋人は一週間もしない内に釈放され、大黒家へと帰ってきた。
そして、真と純の二人は対外的にも大黒家の人間として扱われるようになった。
秋人は帰ってきた後、真と純に陰陽師としての基礎教養をつけさせるため、事件の後ずっと部屋でうずくまっていた二人を強制的に学校へ通わせることにした。
二人が学校へ通うようになった時には大黒家の噂は広まっており、真も純も周りから人殺しとして扱われるようになった。
すでに四年間その学校へと通っていた真は、少ないながらも味方がいた。噂を気にせず、近くにいてくれる友達が残っていた。しかし編入したての純はそうもいかない。
幼い時ほど人は相手の痛みが分からない、そのため子供はどこまでも残酷になれる。
人を殺した、それがどういう事なの分からなくとも純が何か悪いことをしたのは理解している。そしてクラスメイトは純に攻撃を始めた。
机に落書きをしたり、虫の死骸をロッカーに詰めたり、上靴を隠したりとクラスが一丸となって純をいじめた。
担任はいじめを窘めるどころか、子供たちを扇動し、最初は純をいじめていなかった子どもさえをもいじめに加担させた。
その仕打ちを普通の子供が受けたなら一月とかからずに登校拒否に陥るだろう。だが、純は普通の子供ではない、大黒家での経験は純の中にあった普通を壊すには十分だった。
落書きをされたところで命が脅かされることは無い。
人間の死体すら見慣れているのに虫の死骸くらいで動揺をしない。
地下にいた頃は靴どころか服すらぼろぼろだった。
このように考える純にとって、小学校で行われているいじめは何一つとして害にはならなかった。
幸い、毎日いじめられても表情一つ変えない純に不穏なものを感じ取ったのか、クラスメイトのいじめがそれ以上にエスカレートすることは無かった。
しかして子供たちのいじめは日常化し、純もそれをただ受け流すだけの日々が続いた。
純はそれらを攻撃とは認識していなかったため、家でも普段と違う様子を見せることは無かった。
真が純に学校の事を聞いても、純はそっけなく『別に』と答えるだけだった。
だから真も純がクラスに溶け込んでいるとまでは思わずとも、何かされてはいないのかと考えていた。
だが二人が学校に通い始めてから二か月後、真は純の現状を知る。
それはただの思い付きだった。自分もようやく事件から立ち直れてきたし、純の様子を少し見にいってみよう。そんな軽い気持ちだった。
もしかして友達の一人くらいは出来ているのではないか、そんな淡い希望は一瞬にして崩れ去った。
当たり前のようにクラスメイトが純の人間としての尊厳を踏みにじり、純も当たり前のようにその行為を受け入れている。
誰が見ても異常な状況を、誰も異常に思っていない。
それを見た真は純をその場からすぐに連れ出し、どうして今まで何も言ってくれなかったのかと純に詰め寄った。しかし、それでも純は暗い瞳で『言う必要がなかったから』と言うだけだった。
そこでやっと真は自分の考えの甘さに気付いた。小学校に上がる前からあんなことに巻き込まれた純が、小学生のいじめくらいで動じるはずがなかったのだ。
純が何もないと言っても、それを額面通りに受け取るべきではなかった。
二か月経って、真はようやくそこに辿り着いた。
とりあえず純にこれ以上何かを言っても、今すぐ認識が変わりはしない。あの地下での経験から得たものはそんな簡単に拭い切れるものではない。
そう思った真は純の周りから変えていくことにした。
いじめをなくし、純に出来るだけ普通の学校生活を送ってもらう。
そのためにまず、真は純のクラスの担任を脅迫することに決めた。クラスメイト全員に自分が働きかけることは不可能、だったら教師に動いてもらうしかないと考えてのことだった。
そこからの真の行動は早かった。純がいじめを受けていると知った日の夜に、秋人の財布から金を盗み出し、裏社会に精通している友人の実家の伝手で拳銃を購入。
真が担任に相対するための武器として拳銃を選んだのには理由があった。
陰陽師が相手取るのは主に妖怪である。そのため妖怪に効果の薄い拳銃などといった現代的な武器は陰陽師にとって身近なものではない。妖怪相手に使えるように改造された拳銃もあるのだが、伝統を重んじ、格式ばったのが好きな大多数の陰陽師は歴史の浅いそのような武器を毛嫌いしている。
つまり、陰陽師は拳銃という武器に耐性がない。刀を向けられることは慣れていても拳銃を向けられることには慣れていない。そして真は純の担任もそのタイプだと判断し、武器に拳銃を選んだ。呪術や体術で劣る相手に言う事を聞かせるにはそうするしかないと判断した。
次の日の放課後、素性がばれないように簡単な変装を済まし、生徒が少なくなってきた時間を見計らって、背後から担任に拳銃を突き付けた。真の目論見通り担任は典型的な陰陽師だったので、一発の威嚇射撃で腰を抜かし、軽く脅すだけで何でもはい、はい、と返事をして従順な態度をとった。
真が担任に伝えたことは三つ。クラスで行われている大黒純へのいじめを止めさせること、その後も目を光らしていじめが再発しないようにすること、それが改善されない限り自分はいつまでも担任の命を狙い続けること。
担任がその全てを了承したのを確認すると、真は担任に後ろを振り向かないように念を押しながらその場を去った。
それから真は頻繁に純のクラスを見に行き、担任が約束を守っているか確認していた。すると真が思ったよりも早く事態は収束した。担任が腐心したのもあるだろうが、どうやら生徒も何を考えているのか分からない不気味な純にどんな形でも関わりたくなかったようだった。
なんとかなったと真が胸を撫で下ろしていた一方、純は急になくなったいじめに戸惑っていた。
純にとっては学校に来たらいじめられるのが普通になっていた。それが突然なくなるというのは純の日常が壊されたも同然の事だった。
以前、自分の日常が破壊された時は恐ろしいことが起こった。それがまた起こるのではないかといじめがなくなった後の純は戦々恐々としていた。
いじめられることよりもその方が純の精神に影響を与え、純は現状を変えようと事情を知っていそうな担任を脅迫することを決めた。血が繋がらないとはいってもやはり兄妹、どことなく思想が似通ってきていた。
もっとも純は真と違い、陰陽師としての才能に溢れていて、当時でも一教師を上回るくらいの力があった。そのため同じ脅迫でも純は正面からいくことを選んだ。
そして担任に起こったことを知ったのだがその時点ではそれを真の仕業だとは思っていなかった。純にとって真とは家で見かける自分と同じ境遇の人間というだけで、特に何かしらの感情を抱く相手ではなかったからだ。
自分が秋人に期待されていることは分かっていたし、きっと大黒家が手をまわしたんだろうとその時の純は考えた。
だがそれからも純に危害を加える人間が出るたび、その人物は暗躍した。そんなことが何回も続くうちにさすがの純も正体が気になるようになった。
正体を暴くために純は初めて呪術を自分で開発した。その場に残っている攻撃的な思念を特製の呪体に覚えさせ、呪体にその思念を持っていた相手の体を拘束させるという呪術である。
脅迫があった場所でその呪術を行使すると、蛇型の呪体は真っすぐに大黒家へと這っていった。そして自室で寛いでいた真に蛇が絡みついたことで純は自分が今まで誰に守られていたのかを知った。
真は自分に何が起こったのかを理解できず慌てていたが、純が呪術と呪術を使った動機を話すと納得し、脅迫について自供した。
純は義理の兄の行いを知ると、その行いの理由を聞いた。さらに、もし秋人に自分を守るように命令されているのなら、自分は守られたいとも思っていないし止めてほしいと伝えた。
それらの言葉に対しての真の返答は一言、
『俺は俺がやりたくてやってただけだ』
真はその言葉に自分の感情のすべてを込めたのだが、純にはいまいち伝わらず、もっと細かく話すように迫られた。
真の言い分はこうだった。
『お前にとって俺は兄じゃないのかもしれないけど、俺にとってお前は妹……たった一人の家族なんだ。妹が幸せに過ごせるように努力するのは兄にとっては当然なんだよ』
真も純も本当の家族はもういない。だからといって自分たちをあんな目に合わせた大黒家の人間を家族と思うこともできない。そんな中で真には純の存在だけが家族を感じられるものだった。
だからどれだけ自分が危ない目にあっても純を守ろうとするし、純が自立出来るまでは面倒を見るつもりだった。純が、これからの人生を幸せに過ごせるように。
真の言葉を聞き、純は忘れていた本当の両親の事を思い出した。
昔は確かに両親から愛を受けていた。だが、その事を考えると今を耐えられなくなる。純は本能的にそれを感じ取り、過去の記憶に蓋をしていた。それが真の行動と言葉によりこじ開けられた。
気が付けば純は泣いていた。
恐怖、困惑、絶望、憎悪、悔恨、そして安堵。
今まで気づかないようにしていた様々な感情が一気に噴き出し、おろおろしてる真の前で純は普通の小学生のようにわんわんと泣き続けた。
しばらくして泣き止んだ後、純は真の事を『兄さん』と呼んだ。
その日から二人は兄妹になったのだ。
「ずっとあのままでいれると思ってたんだけどなぁ……」
純は額に手を当てながら呟く。
そして過去に浸っていた自分に喝を入れるように自分の両頬を軽く叩いた。
「今まで兄さんに幸せを貰ってたんだから今度は私の番だ。……待っててね兄さん、私がきっとそこから救い出してみせる」
純がそう呟いた時には、もう夜の帳は下り始めていた。
「今言った物を全て持ってホテルまで来い。万が一遅れたら五体のどこかが切り落とされると思え」
電話で大黒家にいる自分の部下に自分の武器を送ってもらうように連絡した後、ベッドに寝転びながら昔のことを思い出す。
大黒真と大黒純は血の繋がった兄妹ではない。真は別の陰陽師の家系の子供であったし、純に至っては一般家庭で生まれた子供だった。その二人が何故同じ家で育つことになったのか。それは大黒家の歴史が関係している。
大黒家とは何百年か前までは栄華を誇ったが、何代も能力に恵まれない子どもしか生まれなかった結果、今では没落貴族と揶揄されることもある家系である。
上昇志向の強い大黒家前当主、大黒秋人は、『今のままではダメだ、大黒家は過去の栄光を取り戻さなければならない』と大黒家に大きな改革をもたらすことにした。
秋人はまず自分の子供には見切りをつけ、方々から身寄りのない子どもを集めた。家柄は気にせず、伝手を全て使い、集められるだけの子供を大黒家の養子とした。真も純もその時に集められた子供の一人である。陰陽師としての才能が開花するのは十歳までと言われている。そのため秋人はある程度自分の意思で動ける五歳から十歳までの年齢の子供を集めた。
百人を超える子供を集めた秋人は、子供たちを男女に分け、それぞれを一つの部屋に閉じ込めた。そしてこう言った。
『武器は用意してある。術も好きなだけ使っていい。全てを殺し、最後に一人残っていたものだけがそこから出られる。じゃあ、期待しているよ』
それはいわゆる蟲毒と呼ばれる方法だった。
一人はそこで結界の才能に目覚め、他の子供たちが全員死ぬまで自分で作った結界の中に閉じこもった。最後の一人とはどちらが先に餓死するかの勝負となったが、閉じ込められてから一切動かなかった子供と戦い続けた子供では後者の方が先に力尽きるのは当然のことだった。
そんな男の方とは対照的に女の生き残りは、死にたくないという一心で周りの子供を積極的に殺しまわった。
一般家庭の出ながらも、地頭が良く、他の子供たちがどうやって術を発動させているのかを見ただけで理解し、死体に身を隠して陰から命を奪っていった。命を奪うことに対する躊躇の無さこそがその子供の生き残った要因である。
男は当時十歳、女は六歳での出来事だった。
秋人はその結果に大いに喜んだ。そして生き残った子供二人に今までの名前を捨てさせ、男には『真』、女には『純』という新しい名前を付けた。
二人とも特別な才能があったのは確かだが、特に純の方が陰陽師の大家と比べても遜色ない程の力を発揮した。そのため、男は跡継ぎ、女は他家とのパイプ繋ぎと考えていたが、純を当主に据えることにした。
その後、秋人の悪行はすぐに白日の下にさらされ、協会に出頭することになった。しかし大黒秋人という男は陰陽師としての力には恵まれなかったが、世渡りの才能はあった。事前に協会で力を持つ幾人かと強い繋がりを作っておき、自分が捕まった後の段取りまできちんと組んでいた。
結果、秋人は一週間もしない内に釈放され、大黒家へと帰ってきた。
そして、真と純の二人は対外的にも大黒家の人間として扱われるようになった。
秋人は帰ってきた後、真と純に陰陽師としての基礎教養をつけさせるため、事件の後ずっと部屋でうずくまっていた二人を強制的に学校へ通わせることにした。
二人が学校へ通うようになった時には大黒家の噂は広まっており、真も純も周りから人殺しとして扱われるようになった。
すでに四年間その学校へと通っていた真は、少ないながらも味方がいた。噂を気にせず、近くにいてくれる友達が残っていた。しかし編入したての純はそうもいかない。
幼い時ほど人は相手の痛みが分からない、そのため子供はどこまでも残酷になれる。
人を殺した、それがどういう事なの分からなくとも純が何か悪いことをしたのは理解している。そしてクラスメイトは純に攻撃を始めた。
机に落書きをしたり、虫の死骸をロッカーに詰めたり、上靴を隠したりとクラスが一丸となって純をいじめた。
担任はいじめを窘めるどころか、子供たちを扇動し、最初は純をいじめていなかった子どもさえをもいじめに加担させた。
その仕打ちを普通の子供が受けたなら一月とかからずに登校拒否に陥るだろう。だが、純は普通の子供ではない、大黒家での経験は純の中にあった普通を壊すには十分だった。
落書きをされたところで命が脅かされることは無い。
人間の死体すら見慣れているのに虫の死骸くらいで動揺をしない。
地下にいた頃は靴どころか服すらぼろぼろだった。
このように考える純にとって、小学校で行われているいじめは何一つとして害にはならなかった。
幸い、毎日いじめられても表情一つ変えない純に不穏なものを感じ取ったのか、クラスメイトのいじめがそれ以上にエスカレートすることは無かった。
しかして子供たちのいじめは日常化し、純もそれをただ受け流すだけの日々が続いた。
純はそれらを攻撃とは認識していなかったため、家でも普段と違う様子を見せることは無かった。
真が純に学校の事を聞いても、純はそっけなく『別に』と答えるだけだった。
だから真も純がクラスに溶け込んでいるとまでは思わずとも、何かされてはいないのかと考えていた。
だが二人が学校に通い始めてから二か月後、真は純の現状を知る。
それはただの思い付きだった。自分もようやく事件から立ち直れてきたし、純の様子を少し見にいってみよう。そんな軽い気持ちだった。
もしかして友達の一人くらいは出来ているのではないか、そんな淡い希望は一瞬にして崩れ去った。
当たり前のようにクラスメイトが純の人間としての尊厳を踏みにじり、純も当たり前のようにその行為を受け入れている。
誰が見ても異常な状況を、誰も異常に思っていない。
それを見た真は純をその場からすぐに連れ出し、どうして今まで何も言ってくれなかったのかと純に詰め寄った。しかし、それでも純は暗い瞳で『言う必要がなかったから』と言うだけだった。
そこでやっと真は自分の考えの甘さに気付いた。小学校に上がる前からあんなことに巻き込まれた純が、小学生のいじめくらいで動じるはずがなかったのだ。
純が何もないと言っても、それを額面通りに受け取るべきではなかった。
二か月経って、真はようやくそこに辿り着いた。
とりあえず純にこれ以上何かを言っても、今すぐ認識が変わりはしない。あの地下での経験から得たものはそんな簡単に拭い切れるものではない。
そう思った真は純の周りから変えていくことにした。
いじめをなくし、純に出来るだけ普通の学校生活を送ってもらう。
そのためにまず、真は純のクラスの担任を脅迫することに決めた。クラスメイト全員に自分が働きかけることは不可能、だったら教師に動いてもらうしかないと考えてのことだった。
そこからの真の行動は早かった。純がいじめを受けていると知った日の夜に、秋人の財布から金を盗み出し、裏社会に精通している友人の実家の伝手で拳銃を購入。
真が担任に相対するための武器として拳銃を選んだのには理由があった。
陰陽師が相手取るのは主に妖怪である。そのため妖怪に効果の薄い拳銃などといった現代的な武器は陰陽師にとって身近なものではない。妖怪相手に使えるように改造された拳銃もあるのだが、伝統を重んじ、格式ばったのが好きな大多数の陰陽師は歴史の浅いそのような武器を毛嫌いしている。
つまり、陰陽師は拳銃という武器に耐性がない。刀を向けられることは慣れていても拳銃を向けられることには慣れていない。そして真は純の担任もそのタイプだと判断し、武器に拳銃を選んだ。呪術や体術で劣る相手に言う事を聞かせるにはそうするしかないと判断した。
次の日の放課後、素性がばれないように簡単な変装を済まし、生徒が少なくなってきた時間を見計らって、背後から担任に拳銃を突き付けた。真の目論見通り担任は典型的な陰陽師だったので、一発の威嚇射撃で腰を抜かし、軽く脅すだけで何でもはい、はい、と返事をして従順な態度をとった。
真が担任に伝えたことは三つ。クラスで行われている大黒純へのいじめを止めさせること、その後も目を光らしていじめが再発しないようにすること、それが改善されない限り自分はいつまでも担任の命を狙い続けること。
担任がその全てを了承したのを確認すると、真は担任に後ろを振り向かないように念を押しながらその場を去った。
それから真は頻繁に純のクラスを見に行き、担任が約束を守っているか確認していた。すると真が思ったよりも早く事態は収束した。担任が腐心したのもあるだろうが、どうやら生徒も何を考えているのか分からない不気味な純にどんな形でも関わりたくなかったようだった。
なんとかなったと真が胸を撫で下ろしていた一方、純は急になくなったいじめに戸惑っていた。
純にとっては学校に来たらいじめられるのが普通になっていた。それが突然なくなるというのは純の日常が壊されたも同然の事だった。
以前、自分の日常が破壊された時は恐ろしいことが起こった。それがまた起こるのではないかといじめがなくなった後の純は戦々恐々としていた。
いじめられることよりもその方が純の精神に影響を与え、純は現状を変えようと事情を知っていそうな担任を脅迫することを決めた。血が繋がらないとはいってもやはり兄妹、どことなく思想が似通ってきていた。
もっとも純は真と違い、陰陽師としての才能に溢れていて、当時でも一教師を上回るくらいの力があった。そのため同じ脅迫でも純は正面からいくことを選んだ。
そして担任に起こったことを知ったのだがその時点ではそれを真の仕業だとは思っていなかった。純にとって真とは家で見かける自分と同じ境遇の人間というだけで、特に何かしらの感情を抱く相手ではなかったからだ。
自分が秋人に期待されていることは分かっていたし、きっと大黒家が手をまわしたんだろうとその時の純は考えた。
だがそれからも純に危害を加える人間が出るたび、その人物は暗躍した。そんなことが何回も続くうちにさすがの純も正体が気になるようになった。
正体を暴くために純は初めて呪術を自分で開発した。その場に残っている攻撃的な思念を特製の呪体に覚えさせ、呪体にその思念を持っていた相手の体を拘束させるという呪術である。
脅迫があった場所でその呪術を行使すると、蛇型の呪体は真っすぐに大黒家へと這っていった。そして自室で寛いでいた真に蛇が絡みついたことで純は自分が今まで誰に守られていたのかを知った。
真は自分に何が起こったのかを理解できず慌てていたが、純が呪術と呪術を使った動機を話すと納得し、脅迫について自供した。
純は義理の兄の行いを知ると、その行いの理由を聞いた。さらに、もし秋人に自分を守るように命令されているのなら、自分は守られたいとも思っていないし止めてほしいと伝えた。
それらの言葉に対しての真の返答は一言、
『俺は俺がやりたくてやってただけだ』
真はその言葉に自分の感情のすべてを込めたのだが、純にはいまいち伝わらず、もっと細かく話すように迫られた。
真の言い分はこうだった。
『お前にとって俺は兄じゃないのかもしれないけど、俺にとってお前は妹……たった一人の家族なんだ。妹が幸せに過ごせるように努力するのは兄にとっては当然なんだよ』
真も純も本当の家族はもういない。だからといって自分たちをあんな目に合わせた大黒家の人間を家族と思うこともできない。そんな中で真には純の存在だけが家族を感じられるものだった。
だからどれだけ自分が危ない目にあっても純を守ろうとするし、純が自立出来るまでは面倒を見るつもりだった。純が、これからの人生を幸せに過ごせるように。
真の言葉を聞き、純は忘れていた本当の両親の事を思い出した。
昔は確かに両親から愛を受けていた。だが、その事を考えると今を耐えられなくなる。純は本能的にそれを感じ取り、過去の記憶に蓋をしていた。それが真の行動と言葉によりこじ開けられた。
気が付けば純は泣いていた。
恐怖、困惑、絶望、憎悪、悔恨、そして安堵。
今まで気づかないようにしていた様々な感情が一気に噴き出し、おろおろしてる真の前で純は普通の小学生のようにわんわんと泣き続けた。
しばらくして泣き止んだ後、純は真の事を『兄さん』と呼んだ。
その日から二人は兄妹になったのだ。
「ずっとあのままでいれると思ってたんだけどなぁ……」
純は額に手を当てながら呟く。
そして過去に浸っていた自分に喝を入れるように自分の両頬を軽く叩いた。
「今まで兄さんに幸せを貰ってたんだから今度は私の番だ。……待っててね兄さん、私がきっとそこから救い出してみせる」
純がそう呟いた時には、もう夜の帳は下り始めていた。
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