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一章 大黒家争乱編
十五話
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純が家から出ていったことを告げる玄関の扉が閉まる音を聞いて、大黒はやっと緊張を解いた。
昨日の疲れも取れていない大黒は体力の限界を感じ、その場に横たわってしまう。
のそのそとクローゼットから出てきたハクは、少しでも大黒の気分が晴れるようにと、大黒の頭を自身の膝へと乗せた。
「……貴方はこれで良かったのですか」
「良かったんだよ。ハクは殺させず、純の手綱も握ることが出来て、俺も死ななかった。これ以上の結末は無いだろ」
「でも貴方はこれで完全に元の場所に帰ることは出来なくなりました」
人間に式神契約を結ばせることも、妖怪と恋仲になることも陰陽師の間では禁忌とされていることだ。
妖怪との関係については最悪口八丁で誤魔化すことが出来るかもしれないが、契約については確たる証拠があるため言い逃れが聞かない。
「元の場所、ね。そもそもそんな所は無かったよ、強いて言うならハクの近くこそが俺の帰る場所だなっ」
「あのですね……」
ハクは真面目に答えようとしない大黒に苛立ち、キツめの言葉を投げかけようとしたが、大黒の表情を見て、言葉を止めた。
(そんな寂しそうな顔をされたら何も言えなくなってしまうじゃないですか……)
「おいおい、黙っちゃってどうしたんだよ。いつもなら何か突っ込んでくれるのに、もしかしてあれか、俺の横顔に見とれたか」
「…………」
「……冗談だよ。いや、本当に後悔は無いんだ。昔から陰陽師って人種は嫌いだったし、ハクと会ってなくても縁は切ってたと思うし」
ハクの視線に耐えきれず、大黒はハクが聞きたがっている自分の心の内を曝け出していく。
「ただ、完全に捨てたと思ってたものがいきなり目の前に現れたことに今更困惑してただけさ」
「……妹さんは貴方にとって特別な存在だったのですか」
「まあ、そうだな。俺があの世界で唯一捨てたくないと思ったのが妹の存在だったからなぁ。でも、俺はもう、一度あいつを捨てたんだ。どうでもいいガラクタと大事にしてた宝物を一緒くたにしてゴミ箱に入れた。俺がどう思ってようと捨てたことには変わりがない。これからやることはそれの焼き直しってだけだからハクが気にすることは何も無いさ。俺は、俺がやりたいことをやってるだけなんだから」
大黒はまるで自分に言い聞かせるようにして言葉を重ねる。
その様子が痛々しくて、痛々しくて、ハクは何も言えずにいた。
果たして、そこに後悔は無かったのか。今からでもやり直したいとは思わないのか。
そんなことを聞いてしまいそうになるが、聞いたところで大黒が意見を覆すことは無い。それが分かっているからハクも口を閉ざしてしまう。
そうやって空気が重苦しくなるのを避けたかったのか、大黒は必要以上に明るい声で話題を切り替える。
「それはもういいとして、俺が不安なのはあいつに勝てるかってことなんだよなぁ」
大黒の心情を察して、ハクも意識を新しい話題へと移行する。
「信じがたいですが貴方は酒呑童子にも勝ったのでしょう? 腕を無くしたとはいえ遅れはとらないでしょう」
「いやー、言ってなかったけど酒呑童子討伐には協力者がいたんだよ。しかもそっちが強かったおかげで倒せただけで俺はほぼ何もしてなかったし」
「……貴方がどのような方法で勝利したのか気にはなっていましたが、なるほど、そういう訳だったんですね。貴方の妹さんの陰陽師としての実力は如何程のものなんですか?」
「妹はあんなんだけど陰陽師とか戦闘の才能は図抜けててさ。俺が知ってる三年前の時点でも学生であいつに太刀打ちできるやつはいなかった」
いわゆる天才ってやつだよ、と大黒は肩を竦めながら呟く。
「それはまた……、ですが勝負を挑んだということは勝算があるのでしょう?」
「無い訳じゃないな。そのためにそろそろ準備を始めないと」
そう言うと大黒は名残惜しそうにハクの膝枕から離れて、十二時間後の勝負のために動き出すことにした。
昨日の疲れも取れていない大黒は体力の限界を感じ、その場に横たわってしまう。
のそのそとクローゼットから出てきたハクは、少しでも大黒の気分が晴れるようにと、大黒の頭を自身の膝へと乗せた。
「……貴方はこれで良かったのですか」
「良かったんだよ。ハクは殺させず、純の手綱も握ることが出来て、俺も死ななかった。これ以上の結末は無いだろ」
「でも貴方はこれで完全に元の場所に帰ることは出来なくなりました」
人間に式神契約を結ばせることも、妖怪と恋仲になることも陰陽師の間では禁忌とされていることだ。
妖怪との関係については最悪口八丁で誤魔化すことが出来るかもしれないが、契約については確たる証拠があるため言い逃れが聞かない。
「元の場所、ね。そもそもそんな所は無かったよ、強いて言うならハクの近くこそが俺の帰る場所だなっ」
「あのですね……」
ハクは真面目に答えようとしない大黒に苛立ち、キツめの言葉を投げかけようとしたが、大黒の表情を見て、言葉を止めた。
(そんな寂しそうな顔をされたら何も言えなくなってしまうじゃないですか……)
「おいおい、黙っちゃってどうしたんだよ。いつもなら何か突っ込んでくれるのに、もしかしてあれか、俺の横顔に見とれたか」
「…………」
「……冗談だよ。いや、本当に後悔は無いんだ。昔から陰陽師って人種は嫌いだったし、ハクと会ってなくても縁は切ってたと思うし」
ハクの視線に耐えきれず、大黒はハクが聞きたがっている自分の心の内を曝け出していく。
「ただ、完全に捨てたと思ってたものがいきなり目の前に現れたことに今更困惑してただけさ」
「……妹さんは貴方にとって特別な存在だったのですか」
「まあ、そうだな。俺があの世界で唯一捨てたくないと思ったのが妹の存在だったからなぁ。でも、俺はもう、一度あいつを捨てたんだ。どうでもいいガラクタと大事にしてた宝物を一緒くたにしてゴミ箱に入れた。俺がどう思ってようと捨てたことには変わりがない。これからやることはそれの焼き直しってだけだからハクが気にすることは何も無いさ。俺は、俺がやりたいことをやってるだけなんだから」
大黒はまるで自分に言い聞かせるようにして言葉を重ねる。
その様子が痛々しくて、痛々しくて、ハクは何も言えずにいた。
果たして、そこに後悔は無かったのか。今からでもやり直したいとは思わないのか。
そんなことを聞いてしまいそうになるが、聞いたところで大黒が意見を覆すことは無い。それが分かっているからハクも口を閉ざしてしまう。
そうやって空気が重苦しくなるのを避けたかったのか、大黒は必要以上に明るい声で話題を切り替える。
「それはもういいとして、俺が不安なのはあいつに勝てるかってことなんだよなぁ」
大黒の心情を察して、ハクも意識を新しい話題へと移行する。
「信じがたいですが貴方は酒呑童子にも勝ったのでしょう? 腕を無くしたとはいえ遅れはとらないでしょう」
「いやー、言ってなかったけど酒呑童子討伐には協力者がいたんだよ。しかもそっちが強かったおかげで倒せただけで俺はほぼ何もしてなかったし」
「……貴方がどのような方法で勝利したのか気にはなっていましたが、なるほど、そういう訳だったんですね。貴方の妹さんの陰陽師としての実力は如何程のものなんですか?」
「妹はあんなんだけど陰陽師とか戦闘の才能は図抜けててさ。俺が知ってる三年前の時点でも学生であいつに太刀打ちできるやつはいなかった」
いわゆる天才ってやつだよ、と大黒は肩を竦めながら呟く。
「それはまた……、ですが勝負を挑んだということは勝算があるのでしょう?」
「無い訳じゃないな。そのためにそろそろ準備を始めないと」
そう言うと大黒は名残惜しそうにハクの膝枕から離れて、十二時間後の勝負のために動き出すことにした。
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