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第四章:燃えつきろ! 男女大競演舞会編
最終話:ようこそトレビアン
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【お願い! お姉さまっ!】
まもなく、トレビアン側の演説が始まる。
雛菊は立ち上がり、ステージに用意された講壇へと向かおうとした――そのときである。
一人の生徒に呼び止められた。
「あの、お、お姉さまっ! 雛菊お姉さまっ!」
その子は市松人形のような髪型をした、小柄で可愛らしい女の子だった。
「あ……。舞っ!」
真実が市松人形の子の名前を呼ぶ。
新村舞。真実の妹――つまり雛菊にとっては末端妹の女の子である。
「あなた、こんなところにいったい何しにきたの。わきまえなさい!」
真実の叱責に、舞は子犬のように首を縮める。
いきなりやってきて、姉の姉である雛菊お姉さまに末端妹であるあなたごときが声をかけるとはなにごと? しかもこんな大事な時に――と、真実は厳しく舞をたしなめようとした。
しかし、雛菊はそんな真実を片手で制す。
「いいのよ。真実」
「え。しかし……」
真実は食い下がるが、雛菊がちらりと一瞥するとそれ以上は何も言わず、唇を噛み締めて一歩後ろへと下がっていった。
真実を下がらせ、雛菊は舞に視線を戻した。
「なにかしら、新村舞さん」
「……あ。私なんかの名前を?」
「可愛い妹たちの名前はすべて覚えているわ。私はあなた方の姉ですからね。で、どうしたの?」
雛菊お姉さまに名前を知ってもらえていたことに感激する舞だったが、すぐに気を引き締めて要件を述べた。
「あ、あの……。私、保望の人たちのことが好きです。どうか、追い出すようなことはなさらないでください」
その一言にはさすがに我慢ができなかったのか、真実は再び前に進み出て舞を叱った。
「こ、こら。舞。あなた何を言い出すの……」
「真実さん!」
雛菊の叱責に、真実はさすがにシュンとなって、今度こそ大人しく後ろに引き下がった。
その様子を見て舞は、『可哀想なお姉さま。、私も、あとできっと大目玉を喰らっちゃいそうだけど……』と、内心でガクガクと震えるのだったが。しかし、それでも今は、とにかく雛菊お姉さまに思いを伝えることこそが大事だと思い、
「雛菊お姉さま……。お願いします」
と、重ねて雛菊に訴えた。
舞の強い眼差しを受けながら、雛菊は深い深いため息をついた。
「さっきのヒゲ男といい。まったく、どいつもこいつも……」
そして彼女は――はしたないと思われるので誰にも聞かれないような――小さな小さな舌打ちをして、
「考えておくわ」
と言った。
そして妹達に背を向けて、雛菊はステージの方へと向かっていく。
「……考えておく?」
舞はその後ろ姿を眺めながらきょとんとして、姉の言葉を繰り返した。
ここからステージまでの短い距離を進む間に、いったい何を考えておくというのだろう?
私の思いは届いたのか、それとも最初から歯牙にもかけられていなかったのか――。
舞は固唾を飲んで、雛菊の動向を見守りつづけた。
【暴走の雛菊】
「あーテステス」
雛菊は壇上に立つと、何の前置きもなくマイクに手を触れた。
そして少し投げやりな口調で、遠くを見つめながら演説を始める。
「私――、実は男アレルギーなんです。だから好きだとか嫌いだとかそんなの関係なく、男と同じ屋根の下で過ごすなんてこと考えられません」
最初から真っ向否定の姿勢に会場はざわめく。
さらに戦々恐々とする保望の生徒達に向かって、雛菊はこう断言した。
「男なんて大っ嫌い! 死ねと言いたいくらい」
一般人がイメージする清楚な雛菊の姿からは程遠い、いささか過激すぎる発言に、その場の皆が戸惑いをおぼえた。
「男なんてうぜぇです。変態です。その……あのときだって。あのときだって……」
雛菊は昔のことを思い出したのか、急に言葉を詰まらせる。
そして、瞳にぶわっと涙を浮かび上がらせたかと思うと、
「う~……ぐすっ。ご、ごめん。ちょっとだけタンマ」
と言って、ボロボロと涙をこぼしながら舞台袖の方へと走り、幕の中へと消えていった。
その様子を見て、さすがのいちこちゃんも驚いて、
「ひ、雛菊さんはどうしたの?」
「さあ……」
宇奈も唖然とした様子で肩をすくめる。
その場の誰もが黙って様子を見守った。
すると舞台袖の中から、なにやら雛菊の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「男なんてっ! 男なんてっ! 死ねっ! 死ねっ! くぬっくぬっくぬっ!」
………………………………。
「よっぽど男とのイヤな思い出があるのね」
いちこが気遣わしげに真実に声をかけると、
「お、男アレルギーも精神的なものらしいですよ……」
と、真実は言いにくそうにこたえた。
そんなやりとりを眺めながら、宇奈だけは場の空気もわきまえず、
「ははは! ヒナちんって可愛いなぁ」
と、お腹をかかえて大爆笑をしていた。
【玄武姫はがんばる】
しばらくして、雛菊は何事もなかったかのようにステージに戻ってきた。
「――失礼。ってくらい男の人がダメなんです」
会場の空気は微妙極まりなかったが、そんなことは気にもとめず、雛菊は演説を続ける。
「こほん」と咳払いをし、「さて」と何かを吹っ切ったのか、雛菊は堂々たる姿勢で壇上に両手をついた。
「ここは伝統誉れ高い聖トレビアン。乙女達の集う神聖な学び屋。下劣な男達がまたいで良い敷居ではありません」
先程の失態などなんのその。保望の男子達に辛辣な言葉を浴びせる雛菊。
保望の生徒達は歯ぎしりを禁じ得なかったが、しかし、雛菊の次の言葉にはその場の誰もが驚いた。
「……が、おそらく性別の問題なんて些細なものなのでしょう。心が乙女なら、どなたでもトレビアンに通う権利がある、と今の戦いを見て思った次第です。あくまでも心が乙女ならば、の話ですが」
その言葉の意味を、俺は、すぐには理解することができなかった。
「なあ、アキラ」
「ん?」
「あの人、いま、なんて言ったんだ?」
「私たちでもトレビアンに通う権利はある、って意味じゃないの?」
「そうなのか……」
やっぱり、そうとしか受け取れない発言だよな。
……もしかして俺たちは許されたのか?
そして雛菊は最後にこう締めくくり、演説を終えたのだった。
「私の男アレルギーは快方へと向かわせる所存です。以上」
「雛菊……」
「お姉さま……」
トレビアン側のみんなも、その他の面々も、その場にいる誰もが黙っていたが、やがてどこからともなく拍手の音が聞こえてきて、そしてその音はまたたく間に大歓声となって会場を包み込んだ。
★ ★ ★
演説から戻ってきた雛菊は、いちこの元へと向い、
「理事長兼詩天王筆頭の園田いちこさん。いかがだったかしら」
と言った。
「いいんじゃないかと思います。では、明日からはそういう方向で行きましょうか」
いちこはいつものように柔らかな微笑みを返し、ゆったりとした動作でティーカップを手元に置く。
「男性アレルギー、がんばって直してくださいね」
「直せますかね」
「直せますよ」
いちこの言葉に雛菊は苦笑を浮かべ、そして、疲れきったようにぐったりと自分の席へと腰を下ろした。
「はぁ。しばらくはキツそうですけれどね……。ジンマシンが」
気が滅入ったようにつぶやく雛菊に、今度は宇奈がこっそりと近づいてきて、
「いいとこあるじゃん」
と囁いた。
雛菊は「ふん」と言ったままそっぽを向いたが、聞こえないような小さな声で「ありー」と言ったのを、宇奈は聞き逃さなかった。
「どういたしまして」
と言って立ち去る宇奈には目もくれず、雛菊はずっとそっぽを向いたまま、しばらくその場で体を休めた。
【最後のサプライズ】
戦いは終わった。
競技場の撤収作業もあらかた終わり、俺とレイ、そしてシオンちゃんとアキラと横峯センパイの五人は、トレビアン詩天王筆頭の園田いちこと一緒に校内を歩いていた。
「長い放課後になっちゃいましたね。みなさん、お疲れさまでした。とっても良い戦いでしたわ」
「い、いえ……それほどでも」
俺は頭をかく。ほかのみんなもそれぞれ恐縮しているようで、いちこちゃんはその様子を楽しそうに眺めながら、
「わたくし、ずっと前からあなた方には親近感を覚えていましたの。明日から同好の友となれてうれしいですわ」
「同好の友?」
俺は首を傾げて聞き返した。同好の友? いったい何のことだろう?
いちこちゃんは恥ずかしそうに口元をおさえて、
「あら、気づいていませんでした? 実は、わたくしもあなた方のお仲間なのですよ。この学校唯一の男の娘、でした♪」
「えええええええええええっ!」
俺は叫び、シオンも叫び、アキラも叫び、レイも叫んだ。
だた一人、横峯センパイだけは「あら?」と頬を押さえていたずらっぽい笑みを浮かべている。
こ、ここにきてとんでもないサプライズをっ!
いちこちゃんが男の娘だったなんて……。
信じられないっ。
「ほ、ホントですかーーーーーっ!」」
「うふふふ。なーんてね?」
いちこちゃんは舌の先をペロっと出して、
「嘘ですよ、う・そ」
と言った。
うそ……?
「ぷ。くくくく……。いちこちゃん。人が悪いですよ」
横峯センパイはおなかを抱えて笑い出す。
「嘘かよーーーーっ!」
まったく、次から次へと……油断がならない。
ここに来てからずっとこうだ。いつも驚かされて、気を休める暇もない。しかも、もはやこの学校では何が起こっても不思議ではない空気がプンプンとするからタチが悪いのだ。
たとえば目の前のこの才女が男の娘だとしても、まったくもって違和感がないから――。
ていうか。
いちこちゃん。……ほんとに女の子なんだよな?
「ふふふふふふふ……」
いちこちゃんは不敵に笑う。
その笑顔を見て、おれは背筋がぞっとした。
【うらぁ~♪】
競技場からの長い道を歩いてようやく校門へと到着し、いちこちゃんはゆったりとした動作で俺たちにお辞儀をした。
「改めまして、ようこそ、聖トレビアン女学院へ。明日からよろしくお願いしますね」
そして身悶えするようなアニメ声で、手を振りながら、
「では、うら~♪」
と、彼女は俺たちとは反対方向へと去っていった。
俺たちも遠ざかるいちこちゃんに手を振ってトレビアン流の別れを告げる。
「うら~っ!」
暮れなずむ夕陽を背景に。
こうして俺たちは改めて、晴れて聖トレビアン女学院の生徒として迎え入れられることとなったのであった。
もちろん女子高生として。
……。
これから先も苦難は続きそうだ……。
――了――
まもなく、トレビアン側の演説が始まる。
雛菊は立ち上がり、ステージに用意された講壇へと向かおうとした――そのときである。
一人の生徒に呼び止められた。
「あの、お、お姉さまっ! 雛菊お姉さまっ!」
その子は市松人形のような髪型をした、小柄で可愛らしい女の子だった。
「あ……。舞っ!」
真実が市松人形の子の名前を呼ぶ。
新村舞。真実の妹――つまり雛菊にとっては末端妹の女の子である。
「あなた、こんなところにいったい何しにきたの。わきまえなさい!」
真実の叱責に、舞は子犬のように首を縮める。
いきなりやってきて、姉の姉である雛菊お姉さまに末端妹であるあなたごときが声をかけるとはなにごと? しかもこんな大事な時に――と、真実は厳しく舞をたしなめようとした。
しかし、雛菊はそんな真実を片手で制す。
「いいのよ。真実」
「え。しかし……」
真実は食い下がるが、雛菊がちらりと一瞥するとそれ以上は何も言わず、唇を噛み締めて一歩後ろへと下がっていった。
真実を下がらせ、雛菊は舞に視線を戻した。
「なにかしら、新村舞さん」
「……あ。私なんかの名前を?」
「可愛い妹たちの名前はすべて覚えているわ。私はあなた方の姉ですからね。で、どうしたの?」
雛菊お姉さまに名前を知ってもらえていたことに感激する舞だったが、すぐに気を引き締めて要件を述べた。
「あ、あの……。私、保望の人たちのことが好きです。どうか、追い出すようなことはなさらないでください」
その一言にはさすがに我慢ができなかったのか、真実は再び前に進み出て舞を叱った。
「こ、こら。舞。あなた何を言い出すの……」
「真実さん!」
雛菊の叱責に、真実はさすがにシュンとなって、今度こそ大人しく後ろに引き下がった。
その様子を見て舞は、『可哀想なお姉さま。、私も、あとできっと大目玉を喰らっちゃいそうだけど……』と、内心でガクガクと震えるのだったが。しかし、それでも今は、とにかく雛菊お姉さまに思いを伝えることこそが大事だと思い、
「雛菊お姉さま……。お願いします」
と、重ねて雛菊に訴えた。
舞の強い眼差しを受けながら、雛菊は深い深いため息をついた。
「さっきのヒゲ男といい。まったく、どいつもこいつも……」
そして彼女は――はしたないと思われるので誰にも聞かれないような――小さな小さな舌打ちをして、
「考えておくわ」
と言った。
そして妹達に背を向けて、雛菊はステージの方へと向かっていく。
「……考えておく?」
舞はその後ろ姿を眺めながらきょとんとして、姉の言葉を繰り返した。
ここからステージまでの短い距離を進む間に、いったい何を考えておくというのだろう?
私の思いは届いたのか、それとも最初から歯牙にもかけられていなかったのか――。
舞は固唾を飲んで、雛菊の動向を見守りつづけた。
【暴走の雛菊】
「あーテステス」
雛菊は壇上に立つと、何の前置きもなくマイクに手を触れた。
そして少し投げやりな口調で、遠くを見つめながら演説を始める。
「私――、実は男アレルギーなんです。だから好きだとか嫌いだとかそんなの関係なく、男と同じ屋根の下で過ごすなんてこと考えられません」
最初から真っ向否定の姿勢に会場はざわめく。
さらに戦々恐々とする保望の生徒達に向かって、雛菊はこう断言した。
「男なんて大っ嫌い! 死ねと言いたいくらい」
一般人がイメージする清楚な雛菊の姿からは程遠い、いささか過激すぎる発言に、その場の皆が戸惑いをおぼえた。
「男なんてうぜぇです。変態です。その……あのときだって。あのときだって……」
雛菊は昔のことを思い出したのか、急に言葉を詰まらせる。
そして、瞳にぶわっと涙を浮かび上がらせたかと思うと、
「う~……ぐすっ。ご、ごめん。ちょっとだけタンマ」
と言って、ボロボロと涙をこぼしながら舞台袖の方へと走り、幕の中へと消えていった。
その様子を見て、さすがのいちこちゃんも驚いて、
「ひ、雛菊さんはどうしたの?」
「さあ……」
宇奈も唖然とした様子で肩をすくめる。
その場の誰もが黙って様子を見守った。
すると舞台袖の中から、なにやら雛菊の泣き叫ぶ声が聞こえてきた。
「男なんてっ! 男なんてっ! 死ねっ! 死ねっ! くぬっくぬっくぬっ!」
………………………………。
「よっぽど男とのイヤな思い出があるのね」
いちこが気遣わしげに真実に声をかけると、
「お、男アレルギーも精神的なものらしいですよ……」
と、真実は言いにくそうにこたえた。
そんなやりとりを眺めながら、宇奈だけは場の空気もわきまえず、
「ははは! ヒナちんって可愛いなぁ」
と、お腹をかかえて大爆笑をしていた。
【玄武姫はがんばる】
しばらくして、雛菊は何事もなかったかのようにステージに戻ってきた。
「――失礼。ってくらい男の人がダメなんです」
会場の空気は微妙極まりなかったが、そんなことは気にもとめず、雛菊は演説を続ける。
「こほん」と咳払いをし、「さて」と何かを吹っ切ったのか、雛菊は堂々たる姿勢で壇上に両手をついた。
「ここは伝統誉れ高い聖トレビアン。乙女達の集う神聖な学び屋。下劣な男達がまたいで良い敷居ではありません」
先程の失態などなんのその。保望の男子達に辛辣な言葉を浴びせる雛菊。
保望の生徒達は歯ぎしりを禁じ得なかったが、しかし、雛菊の次の言葉にはその場の誰もが驚いた。
「……が、おそらく性別の問題なんて些細なものなのでしょう。心が乙女なら、どなたでもトレビアンに通う権利がある、と今の戦いを見て思った次第です。あくまでも心が乙女ならば、の話ですが」
その言葉の意味を、俺は、すぐには理解することができなかった。
「なあ、アキラ」
「ん?」
「あの人、いま、なんて言ったんだ?」
「私たちでもトレビアンに通う権利はある、って意味じゃないの?」
「そうなのか……」
やっぱり、そうとしか受け取れない発言だよな。
……もしかして俺たちは許されたのか?
そして雛菊は最後にこう締めくくり、演説を終えたのだった。
「私の男アレルギーは快方へと向かわせる所存です。以上」
「雛菊……」
「お姉さま……」
トレビアン側のみんなも、その他の面々も、その場にいる誰もが黙っていたが、やがてどこからともなく拍手の音が聞こえてきて、そしてその音はまたたく間に大歓声となって会場を包み込んだ。
★ ★ ★
演説から戻ってきた雛菊は、いちこの元へと向い、
「理事長兼詩天王筆頭の園田いちこさん。いかがだったかしら」
と言った。
「いいんじゃないかと思います。では、明日からはそういう方向で行きましょうか」
いちこはいつものように柔らかな微笑みを返し、ゆったりとした動作でティーカップを手元に置く。
「男性アレルギー、がんばって直してくださいね」
「直せますかね」
「直せますよ」
いちこの言葉に雛菊は苦笑を浮かべ、そして、疲れきったようにぐったりと自分の席へと腰を下ろした。
「はぁ。しばらくはキツそうですけれどね……。ジンマシンが」
気が滅入ったようにつぶやく雛菊に、今度は宇奈がこっそりと近づいてきて、
「いいとこあるじゃん」
と囁いた。
雛菊は「ふん」と言ったままそっぽを向いたが、聞こえないような小さな声で「ありー」と言ったのを、宇奈は聞き逃さなかった。
「どういたしまして」
と言って立ち去る宇奈には目もくれず、雛菊はずっとそっぽを向いたまま、しばらくその場で体を休めた。
【最後のサプライズ】
戦いは終わった。
競技場の撤収作業もあらかた終わり、俺とレイ、そしてシオンちゃんとアキラと横峯センパイの五人は、トレビアン詩天王筆頭の園田いちこと一緒に校内を歩いていた。
「長い放課後になっちゃいましたね。みなさん、お疲れさまでした。とっても良い戦いでしたわ」
「い、いえ……それほどでも」
俺は頭をかく。ほかのみんなもそれぞれ恐縮しているようで、いちこちゃんはその様子を楽しそうに眺めながら、
「わたくし、ずっと前からあなた方には親近感を覚えていましたの。明日から同好の友となれてうれしいですわ」
「同好の友?」
俺は首を傾げて聞き返した。同好の友? いったい何のことだろう?
いちこちゃんは恥ずかしそうに口元をおさえて、
「あら、気づいていませんでした? 実は、わたくしもあなた方のお仲間なのですよ。この学校唯一の男の娘、でした♪」
「えええええええええええっ!」
俺は叫び、シオンも叫び、アキラも叫び、レイも叫んだ。
だた一人、横峯センパイだけは「あら?」と頬を押さえていたずらっぽい笑みを浮かべている。
こ、ここにきてとんでもないサプライズをっ!
いちこちゃんが男の娘だったなんて……。
信じられないっ。
「ほ、ホントですかーーーーーっ!」」
「うふふふ。なーんてね?」
いちこちゃんは舌の先をペロっと出して、
「嘘ですよ、う・そ」
と言った。
うそ……?
「ぷ。くくくく……。いちこちゃん。人が悪いですよ」
横峯センパイはおなかを抱えて笑い出す。
「嘘かよーーーーっ!」
まったく、次から次へと……油断がならない。
ここに来てからずっとこうだ。いつも驚かされて、気を休める暇もない。しかも、もはやこの学校では何が起こっても不思議ではない空気がプンプンとするからタチが悪いのだ。
たとえば目の前のこの才女が男の娘だとしても、まったくもって違和感がないから――。
ていうか。
いちこちゃん。……ほんとに女の子なんだよな?
「ふふふふふふふ……」
いちこちゃんは不敵に笑う。
その笑顔を見て、おれは背筋がぞっとした。
【うらぁ~♪】
競技場からの長い道を歩いてようやく校門へと到着し、いちこちゃんはゆったりとした動作で俺たちにお辞儀をした。
「改めまして、ようこそ、聖トレビアン女学院へ。明日からよろしくお願いしますね」
そして身悶えするようなアニメ声で、手を振りながら、
「では、うら~♪」
と、彼女は俺たちとは反対方向へと去っていった。
俺たちも遠ざかるいちこちゃんに手を振ってトレビアン流の別れを告げる。
「うら~っ!」
暮れなずむ夕陽を背景に。
こうして俺たちは改めて、晴れて聖トレビアン女学院の生徒として迎え入れられることとなったのであった。
もちろん女子高生として。
……。
これから先も苦難は続きそうだ……。
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