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聖夜(2)
しおりを挟むそして間もなく、日付が変わろうとする頃。
「先輩、」
「おう、お疲れ。もう終わったのか?」
「はい、さっき」
自販機の前にいた先輩は、確かに少し疲れた顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
「?何が、」
「忙しそうなので」
「あぁ、まぁいつもの事だし」
先輩は笑いながら言う。
「そっちも大変だったろ。さっき中沢がグチってた」
「………」
「先に帰ってろよ、俺もうちょい掛かるから」
「……先輩、」
「んー?」
「一緒にイルミネーションを見ながら、帰りませんか?」
なんとなく思いついただけだったし、断られるかもと思ったけど。
先輩はふわりと笑った。
「いいな、それ」
そして買ったばかりの缶コーヒーを俺に渡すと、とっとと終わらせるからと言って戻っていく。
「ええなぁ、仲良くて」
しばらくその場に突っ立ってると、どこからともなく現れた中沢さんがにやけた顔で話しかけてきた。
「あ、おまえ今舌打ちしたやろ」
「してません」
「ふぅーん、まぁええわー」
ほないいクリスマスをな~と言って、まだ仕事が残ってるのか中沢さんもフロアの方へと戻っていった。
毎年この季節になると、なんだか気分が重たくなる。
街を彩るイルミネーション、流れてくる明るい音楽。
道行く人々の幸せそうな表情が、やたらと目についた。
「こら、走らないの!」
「ねー、サンタさんくるかなぁ?」
「いい子にしてたらねー」
すれ違った親子の会話。
酔って騒ぐ若者の姿や、手を繋いで歩く恋人たち。
いつもの何気ない風景なのに。
今ここにいる自分が、なんだか場違いのように思えてくる。
ーー葵、
ふと、懐かしい声が聞こえたような気がした。
あの時、あのひとは少し照れ臭そうに笑っていた。
ーークリスマスだから
渡された紙袋の中に入っていたのは、あたたかそうなマフラーだった。
「神崎くん!」
「……あ、」
実際に聞こえた声に、我にかえる。
振りかえると、スーツの上にダウンを着込んだ中沢さんが駆け寄ってきた。
「お疲れさまです」
「悪い、すっかり遅うなってもうて」
「いえ、」
ここまでずっと走ってきたのか、額にうっすらと汗をかいている。
「あー店、もう閉まっとるかなぁ」
「……あの、」
「ん、」
「今日は、俺の部屋で飲みませんか」
「ええけど…神崎くん、酒飲まへんのちゃうん?」
「親戚が、御歳暮にビールを送ってきたんです。だから…」
「そうなん?」
嘘だった。
御歳暮をくれるような親戚なんていない。
「じゃあケーキ、買ってこか!」
「ケーキとビールって…」
「あとチキンな、クリスマスやし。こういうんは気分が大事やで!」
「………」
思わず吹きだすと、中沢さんは不思議そうな顔をした。
「どないしたん?」
「……いえ、」
クリスマスの夜が更ける。
街は光に溢れ、行き交う人々は皆幸せそうに見えるけど。
先程まで抱いていた疎外感は、もうなかった。
end.
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