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残業(2)
しおりを挟むどうしていつも、そんなに哀しそうな眼で俺を見るの。
俺はしあわせなのに。
あなたの傍で、あなたに触れて、あなたを感じて。
ただあなたを想うことだけが、俺の生きる理由になって。
あなたに想われることだけが、俺の存在に意味を与える。
「……どうしたんですか、」
情事の余韻からなかなか抜けだせないまま、ぼんやりと尋ねる。
すると部屋の入り口を見ていた彼は何でもない、と言った。
「もう遅いし、送ろうか」
腕時計を見ながらあなたは言う。
「……いいです。まだ電車、あるし」
いつの間にか床に落ちていた眼鏡を拾いながら答えた。
「辛くないか?」
優しい彼は、いつも俺の身体を労ってくれる。
「平気です。それより、早く帰らないと」
「………」
もっと一緒にいたい、なんて我が儘は絶対に言わない。
彼を困らせたくはないし、自分の立場はわきまえてるつもりだ。
「先に出てください」
「……葵、」
名前を呼ばれ、不意に抱きしめられる。
……あぁ、ほら
あなたの匂いに包まれて、あなたの温度を感じて。
それだけでもう、充分なんだ。
だから多くは望まないし、求めるつもりもない。
だけどやっぱり、あなたが帰っていく姿はあまり見たくないから。
パタンと音をたてて閉まるドア。
急に、部屋の温度が下がったような気がした。
「………」
身なりを整えた後、俺はそれを手に取った。
度が入ってない伊達眼鏡。
これはファインダーだ。
薄い硝子越しに見る世界はすべて現実だけど、真実じゃない。
少なくとも、俺にとっては。
――葵、
少し擦れた、あなたの声。
笑った時の目尻の皺。
ささくれだった手の感触。
出会ってから、そう短くもない時が流れて。
あなたは少し歳をとって、俺は学生ではなくなって。
その間にファインダー越しの景色も、だいぶ変わってしまったけど。
でもそれでも、耳元で囁かれる言葉は。
――あいしてる、
あの頃からずっと変わらないんだ。
そしてこれから先どんなに時間が流れても、何があっても、それだけは変わらないでいて欲しいと。
俺はただ、願っている。
end.
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