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kotori

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はじまり

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「だから、アヤちゃんの本命は戸倉(トクラ)なんだって」
「……マジっすかああ?」

うわ何それ、結構ショックなんですけど…。

「何おまえ、狙ってたの?」

ハイボールを飲みながら、桑原さんがにやりと笑う。

「いや別に、そういうワケじゃ…」

ほんとはちょっと、気になってたけど…。
ちらりと隣りのテーブルを見ると、後輩の戸倉は女の子たちに囲まれていた。

……モテ男め…



うちの忘年会は毎年営業と総務の合同になる。
会社の近くにある居酒屋は、一年前からの予約で貸し切り状態だ。

「そういや高野さん、名古屋の支店に移動になったって?」
「え、あいつんとこ二人目生まれたばっかだよなぁ?」

ほどよく酒がはいった同僚達は、各々で盛り上がっている。

「あぁ、もうこっち酒ねぇぞ!」
「え―っ、戸倉くん彼女いないの―?」
「部長、水割りでいいっすかぁ?」



そして、えんもたけなわという雰囲気が漂ってきた頃。

「そろそろだな」
「おうおう、今年もやんのか―?」

すっかりできあがった総務部長が、にやりと笑った。

「去年の借りは返してやらぁ」
「ったく懲りねぇなぁ。おい中沢ぁ!出番だ!」
「はぁ―?また俺っすかぁ?」
「よし、今年は蒔田(マキタ)!おまえでいく!」

いきなり肩を掴まれてぎょっとする。

「……え"ぇ?!俺ぇ?!」
「頑張れよ蒔田!負けた方がここの会計持ちだからな!」
「げっ、マジっすか?!」

何それ責任重大じゃん!

「年末恒例、営業vs総務の嵐を呼ぶ野球拳!今年は同期対決だ―!」
「マキちゃん、頑張って―!」
「中沢、てめぇ負けんなよ―!」

飛び交う野次と、お馴染みの音頭。
こうなるともう引くに引けない。

「…っしゃあ!!」
「くっそおお!!」
「おら、脱げ脱げ―っ」

そしていつしか、周囲の盛り上がりは最高潮に。

「~~部長っ、助けてくださいいい!」

あっという間に上半身を剥かれた俺は、既に半泣き。

「えー、俺もちょっと見たいし―」
「男を見せろ蒔田ぁ!」
「ちょっ、セクハラぁぁぁ!!」

だいたい男の裸とか見て何が楽しいんだ!!

「ええやん、別に減るもんやないし」

にやにや笑いながら中沢が言う。

「減るわ!!俺はおまえと違ってまだ恥じらいってもんがあんだよ!」
「あぁん?男なら捨ててまえそんなもん!!」
「捨てられるかあ!!」

と、その時。
ぐい、と手を引かれた。

「蒔田さん、顔色悪いですよ」
「え?」

半泣きのまま振り返ると、そこには戸倉が立っていた。

「向こうでちょっと休んだ方がいいです」

戸倉は俺の手を引きながら言う。

「え?え?」
「おいおい、なんだよ戸倉ぁ」
「邪魔すんなよ、盛り上がってんだからさぁ」
「………」

戸倉の冷ややかな一瞥に、その場がし―んと静まりかえる。

「……と、戸倉?あの…」

上司もいる場で、さすがにこの空気はマズイんじゃ…てゆうか、うん…もう脱いじゃおうかな…!
とりあえずなんとかしようと、体を張る覚悟を決めた矢先。

「はぁ―い!じゃあアタシが代わりにやりま―す!」

そう言って立ち上がったのは、入社一年目の橋本まどか。

「え、えぇ?!いや、女子は…」
「え―、ダメなんですかぁ?」
「いや、ダメってゆうか……君、嫌じゃないの?」
「アタシ、じゃんけんで負けたことないんです―」

ニコニコ笑いながらまどかは言う。

「だから先輩、覚悟しといてくださいねぇ~?」

再び盛り上がる彼らを尻目に、俺と戸倉は部屋を出た。





「お、おい戸倉、」
「………」

廊下に出ると、戸倉はようやく俺の腕を放した。

「……あとで服と鞄、持ってきます」

そう言うと、戸倉は着ていたジャケットを俺の肩に掛ける。

「あ、あぁ…、サンキュ…」
「………」

戸倉はなぜかすごく不機嫌そうだった。

……まぁ、こいつはいつもムスッとしてるけどな…



「……てか、珍しいよな。戸倉が二次会まで来るのって」

店の外で、戸倉が呼んでくれたタクシ-を待ちながら言う。

「飲み会とか、あんまり好きじゃないんだろ?」

今までこういった場所で、戸倉の姿を見たことは殆どない。
来てもすぐに帰ってた気がする。

「……そうですね。でも、蒔田さんが結構飲んでたから」

ぽつり、と戸倉は言った。

「……へ?」
「……蒔田さん、酒を飲むといつも以上に無防備になるし」
「……俺?」

無防備って…そりゃ少しは、羽目を外すこともあるけど…。

……てゆうかそれと戸倉が飲み会に参加するのに、なんの関係が…

「タクシー、来ましたよ」
「……え、あぁ。てゆうかさ、マジ帰んの?おまえと飲みたがってた女の子、いっぱいいたみたいだけど」

そりゃあもう、羨ましいほどにな。

「………。別に、どうでもいいです。それより早く乗って下さい」

……どうでもいいって勿体ねぇな…そして恨まれるのは俺なんだけど…



「………」
「………」

タクシーに乗ってからは、お互いに無言だった。
部署が違うから共通の話題とかあんまりないし、普段からそんなに仲がいいわけでもないし。

「具合、悪くないですか?」

不意に戸倉が言った。

「……や、それは平気だけど…」

……なんか、眠たくなってきた…

そういや今日はやたらとペース早かったし…。
てゆうかそうか…アヤちゃんは戸倉が好きなのか…。

「……蒔田さん?」

そりゃそうだよな…こいつ、男の俺から見ても格好良いし…。

「……わりぃ…着いたら、起こして…」
「着いたらって…、」

……俺にもいつか、春は来るのか…

「蒔田さん、」
「………」

俺を呼ぶ戸倉の声は、だんだん遠くなっていった…。





ちょうど同じ頃。
中沢は居酒屋のトイレにいた。

「ちくしょ―…」

……どんだけ勝負強いんだ、あの女…

土下座して、なんとか全裸だけは勘弁してもらったものの。

……あ―、カッコ悪…

まぁ酒の席だし、盛り上がってたからそれはそれでいいんだけど。

「つーか、戸倉の野郎…」

あまりにあからさまな敵意を向けられて、思わず吹きそうになってしまった。
普段は無表情で、何考えてんのかいまいちわかんない奴だけど。

……あいつも可愛いとこあるやん

いいネタみっけ、とニヤついたその時。
ばたんと個室のドアが開いて、中から人が出てきた。

「………」

……こいつ確か、営業の…

隣りの部署なのに、名前も覚えてないくらい印象が薄い奴。

「おい、大丈夫か?」
「……………きもち、わる…」

そいつは真っ青な顔をして、口を手で抑えていた。

「ちょっ、ちょお待て」
「……吐く…」
「待て待て、吐くならこっちやで」

そう言って、個室に戻らせる。

「……っ、」
「もー、飲めへんのやったら無理して飲むなや―」

前屈みになっているそいつのネクタイを緩めてやりながら言う。
するとそいつは、苦しそうに息をしながら言った。

「……大人なら、飲まなきゃ駄目だって…」
「………」

……誰や、そんなこと言った奴…

「……大人なら、そういう時はちゃんと断りぃ」
「………」
「ほら、吐けよ」
「………やだ…」
「吐いたら、楽になるから」
「………」

……ったく、

溜め息をついて、無理矢理口に指を突っ込んだ。

「……っ!」
「噛むなって、大丈夫やから」

げほげほと咳き込む後輩の背中を撫でる。
そして俺も昔はこんなんだったなぁと、少し懐かしくなったりした。



店員に用意して貰った水を手にトイレに戻ると、そいつは洗面台で顔を洗っていた。

「おう、楽になったか」

ほれ、とコップを差し出す。

「……ありがとうございます」

そう言って顔を上げたそいつを見て、俺は唖然とした。

「……え?」
「……あ、」

俺の表情に気づいたそいつは、慌てて顔を拭くと傍に置いてあった眼鏡をかけた。

「……おまえ、」
「……ご迷惑をおかけしました」

そいつは失礼しますと早口で言い、そそくさとトイレから出ていく。

「……マジで?」

俺はぽかんとしたまま、しばらくその場に立ち尽くしていた。



出会ってはいた。
だけど、知らなかった。

それは、タクシーの中で。
居酒屋のトイレで。

運命の歯車は、ほんの些細なきっかけで動き出す。
当の本人達も気づかないうちに。


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