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第5章
9.
しおりを挟む人は、弱い生き物だ。
直視できない現実を目の当たりにして、逃げだした俺のように。
総てをなかったことにしようとした、美咲のように。
だけど美咲の母親もまたずっと苦しんでいたんだと思うと、彼女に対する嫌悪感がほんの少しだけ薄れたような気がした。
もう大丈夫だからと美咲が擦れた声で言ったのは、陽が傾きかけた頃だった。
「お父さんも、戻ってきてくれたし…」
戻ってきた美咲の父親は憔悴しきった様子で、さっきはすまなかったと頭を下げた。
――動揺して、つい取り乱してしまって…
父親がどこまで知ってるのかはわからないけど、突然こんな事態になれば無理もないと思う。
「……大丈夫か?」
そう尋ねると、彼女は小さく頷いた。
「……あたしね、お父さんに全部、話してみようと思ってる」
「……美咲、」
「もう、そうするしかないかなって」
「………」
「優しい人だから…きっと、わかってくれると思う。時間は掛かるかもしれないけど…」
それにね、と美咲。
「あのひとの意識が戻った時…海斗くんがいたら混乱するかもしれないし…」
「………」
その時、美咲ちゃん!という聞き慣れた声が廊下に響いた。
「……裕太?」
「あたしが電話したの」
美咲が立ち上がりながら言う。
「海斗…大切なひとがいるって、言ってたじゃない?」
ほんとは裕太くんから聞いてたの、と美咲。
「でも海斗、優しいから…つい甘えちゃって 」
「……けど俺、結局なんにも、」
「ううん…、海斗がいてくれなかったら、あたし何してたかわからない」
「………」
「でも、もう大丈夫。一緒にいてくれて、ありがとう」
彼女はふわりと微笑むと、落ち着いたら連絡するねと言った。
「……裕太、」
「………」
目の前に立った次の瞬間、ガッという鈍い音と共に吹っ飛ばされた。
「いッ…てぇ、」
「……おまえにはいろいろ言いたいこと、あるけど」
裕太は俺の顔を見ずに言った。
「……あいつんとこ、行ってやれよ」
「………!」
弾かれたように顔をあげる。
「さっさと行けよ、」
「……あぁ、」
頼むな、とその背中に声を掛けて立ち上がった。
病院を出てから、携帯の充電が切れていることに気づいた。
「やっべ…」
慌ててコンビニで充電器を買う。
着歴に残るのは、ユカリさん、可奈さん、裕太、実家、バイト先…心配してくれてたんだろう。
だけどミケの番号はない。
すぐに電話したけど、出なかった。
寝てるのかもしれないと思って今度は実家にかけると、ツーコールで出た。
無断外泊に怒り狂う母親をなんとか宥めて電話を切る。
と同時に、今度は電話がかかってきた。
「可奈さん?」
『海斗くん?!今どこにいるの?!』
慌てたような可奈さんの声。
「すみません、迷惑かけて…」
『そう思うなら、連絡くらい入れなさいよっ。で、ミケは?そこにいるの?』
「いやそれが、いま電話したんすけど繋がらなくて…」
『ちょっ…、あんたなんでそんなに呑気なわけ?電話ならずっと繋がらないわよっ』
「……は?」
『あの子ずっと電話に出ないの!家にも行ったけど、誰もいないし』
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……それって、どういう
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