魔法師ミミと雨の塔

にゃっつ

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【2】

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 大魔法師イナバは、ナアのベッドで眠っている。駆け付けた医師によると、どうやら心臓が悪いらしい。安静にしていれば大丈夫だと言われた。だが無理をすれば命に関わるから、絶対に無理をさせないようにと念を押された。

 医師が去っても、ミミは口をつぐんだまま。椅子にちょこんと座って動かない。小さな少女の身体が、更に小さくなったように錯覚する。肩がわずかに震えていた。目の前で倒れる祖父の姿を見て、ショックを受けたのだろう。

「ミミ、お腹すいたろ? ミミが好きなスープを作ったから、一緒に食べよう」

 ナアの優しい声が、静かに空気を揺らす。押し殺していたミミの感情が、途端に溢れだした。

「どうしようナアさん……おじいちゃん、死んじゃうの? ミミ……うっ……うわああん」

 ミミの目から大粒の涙がボロボロとこぼれた。ナアがミミの頭に手を添えようとした、その時。

 バチバチッ!
 ボワン!

 静電気が走った様な感覚があったかと思うと、予想外の事態が起きた。突如ナアは姿を消し、見知らぬネコが出現する。

「あ! ナ……ナアさん?!」

 我に返ったミミが目にしたものは、ネコに姿を変えたナアだった。二人は目を丸くする。

 ミミはまだ魔法の力を制御出来ていない。感情の高ぶりと共に力が暴走。ミミの意識とは関係なく、『獣化魔法』が発動してしまったようだ。

 戸惑うミミに、どこか冷静なネコは「ニャア」と語りかける。テーブルの上に乗り、先ほど自分が用意したスープを前足で示す。「落ち着いて。まずはスープでも飲んで」と促しているようだ。身体はネコだが、思考は人間の時のままらしい。

 ミミは泣きながらスープを飲んだ。

 *

 ふと、ミミは意を決したように立ち上がる。祖父は眠ったまま。例え起きていても、負担をかける訳にはいかない。

「ミミがナアさんを元に戻さないと!」

 だけど『人化魔法』なんて、どうしたら良いかさっぱり解らない。そもそも『獣化魔法』だって偶然出来たようなものだ。もっと魔法の勉強をしておけば良かったと、ちょっと後悔した。

 そこで閃いたのが『人面草』だ。あの花を使って薬を作る事なら、自分でも出来るかもしれない。

「ごめんねナアさん。大事に育てた『人面草』使わせてもらうから!」

 窓辺でニコニコ咲いている『人面草』の鉢を、「よいしょ」と抱え込むミミ。ネコの姿のナアは焦ったように首を振る。だがミミを止めることは出来ないと悟ると、前足を額にあて溜め息をついた。

 いつもナアの側で、薬作りの様子を見ていたミミ。てきぱきと机の上に乳鉢やフラスコなどを用意する。家の中から必要な道具を揃えるのは、そう難しい事ではなかった。

(あとは絵本の通りにやれば……)

 最初はただ、そわそわしていたネコ。だがミミの健気な姿に心を動かされたのか、自らも薬作りに加わる。身振り手振りで作業方法を指南したり。本を開いて、前足で大事な箇所を教えたり。

 完成した液体を、瑠璃色の瓶に入れ栓をする。

「やった! 出来た! ナアさん、やったよ。これで元に戻れるよ!」

 ところが、ナアは首を振った。窓に近付くと、そこから見える『雨の塔の番犬』を指し示す。

「え?」

 完成した薬を自分ではなく、あの犬に使えと伝えているのだ。先ほどミミ自身が言った願いではあるが、塔には登るなと止めたのはナアだ。

「ニャニャア!」

 ミミが困惑していると、ネコのナアが突然大きな声で鳴いた。明らかに様子がおかしい。前足で窓をカリカリと、ミミに何かを伝えようとしている。気付いたミミは窓から外の様子を見た。

 赤く染まる空に、もうもうと昇る黒煙。騒ぎの声も聞こえて来る。商店街の辺りに火の手が見えた。

「か、火事?!」

 ミミは不安な表情を浮かべる。

 ドンドンドン!

 突然、玄関の戸を叩く音がしてミミはビクリとした。男性の声が、扉の向こうから聞こえてくる。

「こちらに大魔法師は居られますか? お願いです。至急『雨の塔』の装置を稼動させて下さい! 商店街の火事の勢いが思いの外強く、消防団のポンプだけでは止められません!」

 大魔法師イナバが薬師ナアの家を訪れている事は、イナバの家の家政婦にでも聞いたのだろう。だが大魔法師が倒れた事を知っているのは、まだミミとナアと医師だけだ。

 ミミは扉を開けると、男性に告げる。

「おじいちゃ……大魔法師は今……」

 そこまで言って一度口をつぐむ。そして意を決した様に、再び口を開いた。真っ直ぐな瞳は、心強さを感じさせる。

「大魔法師は今直ぐ塔に向かうと言ってます」

「君は大魔法師のお孫さんの……そうか、良かった。よろしく頼みます!」

 男性は深々とお辞儀をすると、直ぐさま駆け出して行った。おそらく消防団の一員なのであろう。ポンプぐるまを引く仲間と合流すると、火事場へと戻って行った。

「ニャア」

 ミミが嘘をつく様子を見ていたナアが、心配そうに鳴く。

「ナアさん! ミミ、『雨の塔』に行って来る! 早く雨の装置を動かさないと!」

 ナアが止める間もなく、ミミは家を飛び出して行った。ネコの姿では止めようがない。閉ざされた扉を、前足でカリカリするも意味はなかった。「イナバを起こそうか」と一瞬考えたが、そうすると絶対に無理をさせてしまう。

 幼いミミを、一人で行かせて大丈夫なのか……。ナアは悶々と考えながらウロウロする。ミミを追いかけようにも、自分の家から出ることがこんなに難しい事だったとは。

 ナアは窓に移動した。窓なら開けられるかもしれない。何より、この窓からは塔の様子が良く見える。

 そこには早くも塔の前に到着したミミの姿が有った。ナアは心の中で「頑張れ」と呟く。ところが次の瞬間、目を疑う事態が起こる。

 *

 塔の入口前で、大きな犬と対峙しているミミ。『人化』の魔法薬が入った瓶を、小さな手に握りしめている。恐ろしい形相で睨み付けて来る犬に、たじろがない子供は居ない。

 狼の様な番犬の首には、水晶玉がぶら下がっている。それは大魔法師によって着けられた魔法具なのだと言う。

 この水晶玉には三つ魔法が込められている。一つは塔の入口を開ける事が出来る魔法。もう一つは犬を操る魔法。残りの一つは……大切なものを守る魔法。

 ガルルルル!

 番犬の唸り声に、ミミは凍り付く。この犬を人に変えようと、最初に考えたのはミミである。だがその考えは揺らいでいた。自らの手で作った貴重な薬は一つ、つまり一人分しか無い。

(やっぱり、この薬はナアさんに使いたい)

 ミミは決心すると、番犬に話しかけた。恐怖心を押さえ込むように、必死で大声を出す。

「番犬さん、お願い! そこを通して! 町が火事で大変なの! 塔に登って雨の装置を動かさないと!」

 だが魔法がかかった番犬に、少女の声は届かない。ミミがゆっくりと足を踏み出した時。

 ガウガウガウッ!

 番犬は牙をむき出し、少女に吠えかかった。

(噛まれる!)

 ミミは目をつむった。すると、その時。

 バチバチッ!
 ボワン!

 再び静電気が走った様な感覚。またもやミミは、無意識に魔法の力を発動させてしまったようだ。

 ミミは恐る恐る目を開けた。目の前では変わらず番犬が唸っている。それどころか大きな犬は、更に巨大化しているではないか。ミミが地面に落としてしまった魔法薬の瓶までもが大きく……。

(え?!)

 まさかの事態にミミは愕然とした。少女の姿は、小さなウサギの姿に変わってしまっていた。犬が巨大化したのではなく、ミミ自身が小さくなってしまったのだ。無意識に使った『獣化魔法』で、自分自身を動物の姿に変えてしまった。

 青ざめるウサギ。

(えええええ?!)


【3】につづく
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