上 下
9 / 12
第2章 御前試合と幸運を呼ぶ猫(6話)

【4】

しおりを挟む
「へぇ~、面白いなソレ。初めて見た」

 頬の血を手の甲で拭いながら、銀河は言う。口元は笑っているが、眼光は鋭い。

 べには自らの顔の前で、扇子をバサリと開いて見せた。扇子の端から、不敵な笑顔が半分覗く。良く見ると、扇子の先には幾つもの刃物。扇子の骨一本一本から、細く鋭いやいばが飛び出していた。

「こいつの名は『紅燕べにつばめ』。れっきとした……」

 したり顔で説明し始めた紅の言葉は、途中で断たれた。草薙の高ぶった声が、横入りして来たからだ。

「あれは! かつて忍が使っていたと言う暗殺武器の仕込み扇子! 初めて見た!」

「え? 茜も初めて見たッス。忍なのに」

 銀河も珍しい物が見れたと、興味深げに頷く。

「なるほど、れっきとした武器って訳か。なら手加減する必要も無いんだな? けど、仕込み武器って一発で仕留めないとダメなヤツじゃね? 種が解ってたらコッチも対策出来るし」

「いちいち煩い坊やだね。せっかく見せてやったってのに。あんたは、かただっ……たたき棒で肩でも叩いてな!」

「かただったたき棒?」

「かっ、噛んだだけだよ煩いね! こっちも手加減無しで行くよ! 喰らいな、紅燕の舞い!」

 顔を真っ赤にしていかる紅。力強く足を踏み出し、ギュンと一気に突進した。風と風とが、勢い良くぶつかり合った様な衝撃。

 ヴァッ!

 直後、高々と華麗に宙を舞ったのは猫耳少年の姿。銀色の髪が煌めいて、その美しさに観客達は見惚れた。赤熊しゃぐまの女の頭上を軽々と飛び越え、その背後に軽やかに着地する。

「あの程度、銀の字には軽くかわせるわい。……ん? あのネエちゃん様子が変じゃな」

 数秒遅れて紅が膝を突いた。右肩を左手で押さえてうずくまる。「くっ……」と苦しそうに呻いたきり動かない。

「あの一瞬で右肩に強打を一撃」

 進行役の水鏡は見逃さない。だが、茜が訂正する。

「二発入れたッス! 伝説の肉球ッス!」

「三発な! 秘技『猫パンチ!』なんつって。肩こり、ほぐせたか?」

 更に訂正したのは銀河本人。肩叩き棒で自分の肩を、ゆっくりポンポンポン。片足立ちで、余裕の笑顔だ。

 「愛刀無し」と言うハンデが有るにも関わらず、銀河はこの余裕。二人の能力差は歴然。紅の右肩には、くっきりと肉球の痕。しばらく利き手は使えないだろう。頃合いを見極めるのも進行役の務め。水鏡は紅に歩み寄る。

「紅殿、まだ試合を続けますか?」

 無言のまま肩を震わす紅。その顔を覗き込んだ水鏡は、ヒッと口元を押さえた。およそ美女の顔とは思えない程、物凄い形相。痛みと悔しさを噛み潰すかの様に、ギリギリと歯を鳴らしている。

 ふと、その顔の横に筒が現れた。紅のお供のねず吉が持つ、長いメガホンだ。先ほど金剛の馬鹿力で半分に壊されたが、いつの間にかテープで補修してある。

「紅おじょう……ゴニョゴニョゴニョ……」

 ねず吉は紅の耳にメガホンを向け、何やらコソコソ話し始める。それを見た草薙は、あの筒は本当にメガホンだったのか……と今になって納得した。水鏡は訝しげに注意する。

「そこ! 何をしているんです? 場外からの助太刀はルール違反です。反則負けにしますよ」

「んふっ。んっふふふ。やるじゃないか、ねず吉」

 物も言えなかった紅が、打って変わって笑い出す。立ち上がって振り向くと、左手で真っ直ぐ銀河を指差した。

「良~く、お聞き。猫耳の坊や。あんたの大切な……『すばる』と『流星りゅうせい』……とやらを預かった! 無事に返して欲しくば、おとなしく負けを認めるんだねぇ」

 会場はざわめきで埋め尽くされる。人質を取った上での脅迫だろうか。観客からブーイングの嵐が巻き起こった。忍者娘の茜が、しょげた様子で抗議する。

「卑怯ッス! やっぱり銀さまの家に入った曲者だったッス。茜がもっとちゃんと家の中確認してれば……ううぅ」

 僧兵の金剛も怒り心頭だ。

「そうじゃ卑怯だぞ! 正々堂々と勝負せぃ! ……ところで『昴』と『流星』とは誰じゃ? 銀の字の妹御か?」

 そこで金剛が妄想したのは、囚われの猫耳少女二人。後ろ手に縛られ、助けを求め泣いている。

「こりゃいかん。『お兄ちゃん助けて!』と泣いとるに違いない」

「いや銀河に妹はいないはずだ。確か数年前に祖母を亡くしてから独りだと……。もしかしたら人じゃなくて、宝物ほうもつかもしれん。代々伝わる名刀か? 異国の宝剣か?」

 猫耳少女を救い感謝される……そんな妄想が一瞬で破れた金剛。その横で草薙もまた、別の妄想を膨らませる。

 一方。余裕を取り戻した紅は、もてはやされる未来を夢見てニヤケ顔だ。こんな卑怯な勝利では、実現しそうもない夢だが。

「ショックで声も出ないかい? さっさと『負けた』とお言い! そうか……確認が先だねぇ。見せておやり、ねず吉」

 ねず吉は大きな風呂敷包みを取り出した。そこで「おや?」と思った者は多い。人質二人にしては、その風呂敷包みは小さ過ぎるのではないか。

 パサリと開いた包みの中から現れたのは、ケージに入った小動物が二匹。大きさはモルモット程度だが、見たことも無い様な珍獣だ。


「えええ?! 何だいその変な生き物! ネズミ? サル? イヌ? モモ?」

 紅の疑問に答えたのは茜だった。自称「銀さま付きの忍」茜。用も無いのに勝手に銀河の家を訪れる事しばしば。銀河の暮らしにも馴染んでいたため、この謎の生き物の正体も知っていた。

「銀さまが飼ってる『キミボシ』ちゃん達ッス!」

「あれが! あれが『公星きみぼし』! 初めて見ました!」

 いつも冷静な水鏡が、珍しく高揚している。茜に続いて流暢に解説し出した。

「通称『公星』と書いて『キミボシ』……正式名称を『ジャンジャカジャン・ハムタロー・スターライト』! ネズミの仲間。動きは素早く、暗くて狭い所に潜り込むのが好きな生き物」

「もう、どうでも良いわ!」

 やたら詳しい水鏡に、紅がつっこむ。

「ちょいと何してんだい、ねず吉。モモタローだか何だか知らんけど……そんな妙ちくりん誘拐しても、人質にはなりゃしないよ!」

 脅迫は失敗だと、お供の男を責め立てる紅。ところが、そこまで押し黙っていた銀河が、絞り出すように声を漏らした。

「ずばりゅ~……りゅ~ぜ~……」

 生気せいきが失せた顔には涙と鼻水。ペタンと垂れた耳に、だらりとぶら下がる尻尾。肩を落とした姿は、いつも飄々としている銀河からは想像も出来ない。胸の鈴飾りが、動揺で小さく揺れた。

「効果抜群ーー?!」

 脅迫は物の見事に成功していた。高笑いする女。一変して、力無く膝を突く少年。先程とは真逆の状況になり、会場にどよめきが起こる。

 そんな時、別の事に気を取られている人物が居た。ねず吉の直ぐ側で、風呂敷包みの中身を見ていた草薙である。

 包みの中から現れたのは、『キミボシ』が入っているケージだけではなかった。近くで見たら一目瞭然。『何か』がケージを抱える様に持っているのだ。その何かとは、箱形のロボットの様なカラクリ人形だった。

 草薙はその人形が何物か知っていた。懐から取り出した紙に、描かれている絵にそっくりである。その紙は殿から渡された物。盗まれたカラクリ人形の捜索願。


(お団子ヘアー、パッチリおめめ、おちょぼ口、白エプロン。間違い無い、この人形……盗まれた殿のカラクリ人形。こいつら、やっぱり泥棒だ。水鏡は「もう少し様子を見ましょう」って言ってたけど……。充分な証拠だろコレ)

 そんな草薙の確信は露知らず 、泥棒女の紅は悦に入っている。

「んっふふふ。形勢逆転だねぇ坊や。あたしはまだ、左手でも闘えるよ。けど、あんたが攻撃して来たら……あのハム……モモタローがどうなっても知らないよ」

 銀河は項垂れたまま立ち上がったものの、足下がふらふらだ。紅は相手が弱った今がチャンスと、仕込み扇子を構えた。降参しないのなら、攻撃して止めを刺すのみ。

「今度こそ喰らいな! 紅燕の舞!」

「銀さま危ないッス!」

 ジャキーン!

 仕込み扇子を一閃させる紅。やいばは銀河の肩叩き棒を捉える。次の瞬間、肩叩き棒の先端が折れた。肉球の様な物が、ゆっくりと宙を飛んで行く。居合わせた人々の目に、そんな奇妙な光景が映った。


つづく
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最弱賢者の転生者 ~四度目の人生で最強になりました~

木嶋隆太
ファンタジー
生まれ持った職業によって優劣が決まる世界で、ロワールは僧侶という下級職として生まれた。下級職だったため、あっさりと死んでしまったロワールだったが、彼は転生した。――最強と呼ばれる『賢者』として。転生した世界はロワールの時代よりも遥かに魔法のレベルが落ちた世界であり、『賢者』は最弱の職業として知られていた。見下され、バカにされるロワールだったが、彼は世界の常識を破壊するように大活躍し、成り上がっていく。※こちらの作品は、「カクヨム」、「小説家になろう」にも投稿しています。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

旦那の真実の愛の相手がやってきた。今まで邪魔をしてしまっていた妻はお祝いにリボンもおつけします

暖夢 由
恋愛
「キュリール様、私カダール様と心から愛し合っておりますの。 いつ子を身ごもってもおかしくはありません。いえ、お腹には既に育っているかもしれません。 子を身ごもってからでは遅いのです。 あんな素晴らしい男性、キュリール様が手放せないのも頷けますが、カダール様のことを想うならどうか潔く身を引いてカダール様の幸せを願ってあげてください」 伯爵家にいきなりやってきた女(ナリッタ)はそういった。 女は小説を読むかのように旦那とのなれそめから今までの話を話した。 妻であるキュリールは彼女の存在を今日まで知らなかった。 だから恥じた。 「こんなにもあの人のことを愛してくださる方がいるのにそれを阻んでいたなんて私はなんて野暮なのかしら。 本当に恥ずかしい… 私は潔く身を引くことにしますわ………」 そう言って女がサインした書類を神殿にもっていくことにする。 「私もあなたたちの真実の愛の前には敵いそうもないもの。 私は急ぎ神殿にこの書類を持っていくわ。 手続きが終わり次第、あの人にあなたの元へ向かうように伝えるわ。 そうだわ、私からお祝いとしていくつか宝石をプレゼントさせて頂きたいの。リボンもお付けしていいかしら。可愛らしいあなたととてもよく合うと思うの」 こうして一つの夫婦の姿が形を変えていく。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

勇者と魔王、選ぶならどっち?

Red
ファンタジー
 私、樹神御影《こだまみかげ》は現在地元の高校に通う17歳の女子高生だ。  ……いや、だったという方が正しいかな。  ある日、見知らぬ家の見知らぬ部屋で目覚め、見覚えのない女性が母だと名乗り、王宮に行き王様にあって来いと言われ……って、私が勇者!?何の冗談よ!!  見知らぬ街、見知らぬ人々、訳の分からない自分設定……ここは、私は……一体どうなってるの?  混乱する私の前に女神を名乗る妖精が現れて、私に勇者としてこの世界を救えといいだす。  ここは異世界で、魔王の所為で人類が滅びの危機にあり、それを救えるのは勇者のみ……混乱しながらも理解する自分の状況だけど……何で私が勇者なのよ?  世界を救う?冗談じゃないわ。  私は私よ、元の世界に帰れないのなら、この世界で自由を謳歌することに決めたわ。  もしそれを邪魔するというなら、神でも悪魔でも魔王でも相手になるわよ!……でも怖いから来ないでね。  これは勇者として異世界に召喚された女子高生の物語。  少女は世界を救事が出来るのか?

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

処理中です...