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第2章 御前試合と幸運を呼ぶ猫(6話)

【3】

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 御前試合会場は歓声に包まれている。拍手や口笛、太鼓の様な物を叩く音。自然と人々の胸も高鳴る。

 四角く区切られた試合場に、猫耳少年は軽やかに足を踏み入れた。対戦相手の手前に、見知った人物が立っている。殿の側近の女性、水鏡みかがみだ。

「遅かったですね銀河。この試合、殿も楽しみにしてるんですよ。殿は近頃、気落ちされてます。どうか楽しませて上げて下さい」

 水鏡は銀河に声をかける。スレンダーな身体に、タイトなロングスカート。頭には目深に被ったバンダナ。今日の彼女は軍配ぐんばいを手に、御前試合大会の進行役を務める。

 試合場が良く見える位置に天幕が有り、その中にチラりと殿の姿が見える。はっきりとは見て取れないが、どことなく沈んだ様子が伺えた。

 第一試合を闘う二人がようやく揃った所で、進行役の水鏡が声を張り上げる。聴き易く良く通る声が、会場に響いた。

「両者前へ! 御前試合大会、第一試合。銀河殿 対 べに殿! 一対一の真剣勝負、始めて下さい!」

 沸き上がる歓声の中、睨み会う両者。どちらもまだ動かない。まず口を動かしたのはべにと呼ばれた女性。

「随分遅かったじゃないか猫耳の坊や。あたしの不戦勝かと思ったよ。英雄の銀河が猫耳だったとはね。どんな『いぶし銀』かと思いきや、こりゃ『かつお節』がお似合いだねぇ」

 草薙や茜、金剛も試合場の周りに陣取り見物している。「銀河の良きライバル」を自負する金剛は、女が吐いたイヤミに眉をしかめた。

「何じゃ、あのネエちゃん。銀河のこと知らんのか? しかも『猫耳族』を馬鹿にしとるような口振りじゃ」

 隣に立つ草薙は、不精髭の顎をさすりながら何やら思案顔だ。

「それにしても、銀河の対戦相手……。何処かで見た様な気がするんだが……。まぁ、あの手の挑発は銀河には効かないだろうな」

「かつお節だとー!? ……おお! かつお節は旨いよな!」

 怒ったかと思いきや、逆に嬉しそうに笑顔で応える銀河。草薙の予想通り、銀河は飄々と受け流す。調子が狂ったのか、紅は口調を荒げた。

「きーーっ! かつお節が旨いって話じゃないよ! ……って言うか、あんた。それ何持ってんだい?」

「ん? ああ、これか?」

 問われて銀河は、握っている物を天にかざした。得意気な顔で胸を反らす。ポーズを決めると、キラキラした瞳で堂々と言い放った。

「『伝説の刀』だ!」

「おおおー!」

 つられて周りも盛り上がる。

「何が『伝説の刀』だい。ドヤ顔で言った所で、どう見てもただの『肩叩き棒』じゃないか!」

 銀河が愛刀の代わりに手にしていたのは、先ほど土産物屋で買った肩叩き棒だった。しかも肩を叩く先端部分は、『猫の肉球』を模した可愛らしい形になっている。

 ありきたりな肩叩き棒ではあるが、何故か『伝説の刀』として売られていた物だ。土産物屋のバイト娘は「あれはウチの商品だ」と、嬉しそうに周囲に触れ回っている。

「愛刀はどうしたんだい坊や。そんな棒切れで闘おうってのかい? あたしが初出場だからって、舐められたもんだねぇ」

(んふ、ふふふふ。この勝負、あたしの勝ちだねぇ。英雄に勝てば、あたしの名声も一気に爆上がりだよ。んふふ)

 もてはやされる未来を夢想し、紅は内心ほくそ笑む。一方で銀河は、愛刀を盗まれた事が殿にバレないかヒヤヒヤ。

(『猫徹ねこてつ』を盗まれたなんて殿にバレたら、やっぱ俺クビだよな……まさに肩叩き……)

 そんな二人を見守る人々の中から、不意におじさんの声が届く。

「紅おじょう! 頑張れですじゃ!」

 いつの間にか草薙の横に現れた初老の男。小柄なので長身の草薙と並ぶと、まるで子供の様。だけど顔は、丸眼鏡に出っ歯のおじさんだ。猫耳帽に似た動物耳の帽子を被り、更に首には蝶ネクタイ。どうにも胡散臭さが漂う。

  出っ歯男は、やたら長細い筒の様な物を振り回しながら紅を応援している。その様子を目にした銀河は、何か気になったのか男を凝視したまま声を上げた。

「あ! あいつ!」

「な、何だい? ねず吉はあたしのおともだよ。何か文句でもあんのかい?」

「ネズミみたいな顔だな! そっか名前もネズミみたいなんだな」

 ねず吉のネズミ顔を、草薙も隣からじっと見下ろす。そして突然叫んだ。

「あーーっ! そうか! 思い出したぞ。お前ら、手配中の泥棒だろ!? 人相書きにそっくりじゃないか!」

 懐から取り出した手配書を「ばーん」と示す。掲示板に貼り出された物と同じ物だ。男女二人の人相が描かれているが、子供の落書きの様にクオリティーが低い。


「ちょっ……、誰だいそれ! あたしゃ、そんな顔してないよ!」

 だが誰もが気が付いた。むきになって否定する女の顔が、人相書きそっくりだった事に。

 草薙は、ねず吉を問い立てる。そう言えばこの男の帽子……、茜が見た『頭の上に耳』と言う情報とも合致している。

「おい、その長細い筒は何だ?」

「応援用のメガホンですじゃ」

「そんなバカ長いメガホンが有るか! その筒の中に何か隠してるだろ? 例えば刀。盗んだ刀を隠してるんじゃないのか?」

 それを聞いた銀河が、眉をつり上げる。猛烈な勢いで、ねず吉に詰め寄った。

「おい、ねずみち! お前が俺の刀を盗んだのか!?」

 草薙は「あっ!」となったが、遅かった。「刀が盗まれた事は内緒にしてくれ」と銀河自身が言っていたはずだ。なのに自分の口から漏らすとは。慌てて銀河に目配せする。

 気付いた銀河は、ダラダラと汗をかき始めた。天幕の中で見守る殿を、目だけで確認する。

(今の殿に聞こえたか? いや、ここからじゃ声は届いてないか……。バレた? バレてない? どっちだ? あーーっ解んねぇ!)

 ねず吉と共に『泥棒』として疑われた紅が反論する。

「ちょいと、言いがかりはよしとくれよ。あたしらは刀なんか盗んじゃいないよ。それとも何だい。証拠でもあんのかい?」

 話を全て聞いていた進行役の水鏡。だが怪しい二人を直ぐに捕える事はしなかった。草薙にだけ小さな声で伝える。しばし様子を見るようだ。

 試合場の内外でダラダラ続く問答に、痺れを切らしたのは僧兵の金剛だった。ネズミ顔の小男が持っていた長細い筒を、突然奪い取る。

「主ら、いつまで喋っとる! 『伝説のメガホン』だか何だか知らんが、とっとと試合始めんか!」

 バキッ!

 言うと同時に、筒を真っ二つにへし折った。

「キエェェェ!」

 奇声を上げたのは刀剣オタクの草薙。筒の中に名刀『猫徹』が隠されていると思い込んでいたからだ。青ざめた顔で、半々に割られた筒を金剛から取り上げる。中身が空だった事を確認して、安堵の溜め息をついた。突如メガホンを破壊されたねず吉は、気の毒ではある。


 水鏡に試合開始を促され、何事も無かったかの様に再び対峙する銀河と紅。

「そんじゃ、まぁ、始めるとすっか。ど・ろ・ぼ・う・さんっ!」

「ええい、お黙り! あたしから行かせてもらうよ!」

 右手に持った閉じたままの扇子を、銀河目掛けて刺すように繰り出す。一突き二突き三突き。金剛が感心して呻く。

「ほほう。あのネエちゃん、案外良い動きをしとる。じゃが……」

 だが女の攻撃は少年に届かない。軽いステップで全てかわされた。銀河の方がうわ手なのは明白だ。それを承知で、銀河が不利になるよう刀を盗んだのかもしれない。

 紅はクルリと身体を一回転させ、横から銀河を打撃する。被っている赤熊しゃぐまが、髪の様に華麗になびいた。

 ガッ!

 紅の扇子の攻撃は、銀河の肩叩き棒に阻まれる。グイグイと互いに牽制し合う二人。

「……いやさ、それって扇子だろ? 武器になんねぇんじゃね?」

「ふんっ。肩叩き棒なんか武器にしてる奴に言われたかないね。……まぁ見てなよ」

 シャッ!

 少年の顔を何かがかすめた。銀色の髪が数本切れて、ハラリと落ちる。いつの間にか銀河の頬に、赤く細い線が浮かび上がっていた。

 反射的に後ろへ跳び、相手と距離を取る銀河。観戦していた茜と草薙が同時に叫ぶ。

「銀さまの顔に傷が出来てるッス!」

「んなっ、まさか、あれはーーっ!」


つづく
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