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第2章 御前試合と幸運を呼ぶ猫(6話)

【2】

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 街の中ほどに有る広場。あちらこちらに立ち並ぶのぼりには『御前試合』の文字。緩やかな風を受けハタハタと、はためいている。スタッフが駆け回る傍らで、子供達に風船を配る熊の着ぐるみ。

 会場の準備もほぼ整い、集まった見物人達は大会の開始を待ちわびていた。

「ねぇ、お殿様もう天幕の中にいらしてるのね。最近お元気が無いって本当かしら?」

「何でも屋敷に泥棒が入ったとか。試合を見て元気になって下さると良いわね」

「あっ、ほら、あそこに参加者が集まってるわよ。え? 待って。銀河さんがまだ来てないわ」

「うそぉ! 試合開始時刻もうすぐなのに間に合うの?」

 以前国を救った英雄にして、人気者の銀河。彼がまだ現れていない事に、気付いた見物人達がざわざわし始めた。

 *

「ぜはー、ぜはー」

 銀河の家から街中へ駆けてきた草薙。荒い息を吐きながら立ち止まった。膝に手を乗せ、乱れた呼吸を整える。

 泥棒を追って先に発った銀河達を、草薙はすっかり見失っていた。街中に入り建物も増え、もうどの道を行けば良いのか分からない。

 堀にかかった橋。民家に挟まれた細い路地。商店街の方向に向かえば、試合会場の広場までは最短距離だ。

「くそっ。流石に猫耳族と忍者には追い付けん……」

「おっちゃん、引いてる引いてる! 今だ、行け!」

 嘆きかけた草薙は耳を疑う。だいぶ先に行っていると思っていた少年の声が、何故か斜め後ろから聞こえて来たのだ。

 猫耳少年は、堀で釣りをしている男性に絡んでいた。草薙はサングラスをこすり二度見する。

「……」

「よっしゃ! おっちゃん釣れたな、大物だぜ!」

「お魚に夢中ーーっ!?」

 釣り人とはしゃぐ銀河の姿に、思わず声を上げる草薙。刀を盗まれたサムライ当人が、全くもってお気楽過ぎる。

「銀河お前、泥棒を追わずに何してんだ! 御前試合だってもう直ぐ始まる……」

「銀さま見付けたッス!」

 草薙の声を遮るように現れたのは、忍者娘の茜。なるほど、さては泥棒捜索を茜に任せて自分はサボっていたな……と草薙は考えた。

「『お福さん』が居たッス!」

「いや、『お福さん』って誰ーーっ?!」

 草薙は、お笑い芸人の如くツッコミをかます。もう訳が解らない。茜が指差す先を見ると、ちょこちょこ歩く猫の姿。ハチワレとマロ眉柄が特徴の、何とも幸福感溢れる顔の猫だ。愛らしい猫に、草薙も思わず目を細めた。

 銀河は草薙の元へ駆け寄ると、簡単な説明をしてやる。

「何だ草薙、知らないのか? 『お福さん』……あの猫の耳を触ると幸運が訪れるっつう噂なんだぜ」

 そこで草薙は気が付いた。笑いかけてくる銀河の瞳が、いきいきと輝いている事を。明らかに、泥棒よりもあの猫を追う気満々だ。

「待て銀河……」

 だが既に遅し。銀河と茜は、そろって猫を追いかけまっしぐら。堀にかかる橋を渡り、一目散に消えて行った。

「おい銀河! 刀はどうすんだ! 御前試合は? ……って言うか、何だその都市伝説ーーっ!」

 一人叫ぶ長身の青年を、道行く人がじろりと睨む。ペコペコと頭を下げながら、草薙も慌てて二人の後を追った。

 草薙の気苦労をよそに、銀河と茜は『お福さん』を追って右左みぎひだり。商店の屋根の上を走ったり、民家の縁の下を這ったり。駆けながら人とぶつかりそうになっても、銀河は難なく飛び越える。

 楽しそうに猫を追いかける猫耳少年。その様子を呆気にとられながら見守る人々。

 そうしてついに猫と最接近した銀河。お福さんの耳めがけ、飛び付く様に手を伸ばした。

 *

「店長……まだ銀河さん来ませんね。このままじゃ不戦敗になるかもって、みんな騒いでますよ」

 土産物屋のバイト娘も、心配そうに周囲を見やる。銀河ファンである店長も、気が気でないに違いない。そっと店を振り返ると、そこに店長の姿は無かった。

「え? あれ?」

「バイトちゃん、見て見て。風船もらっちゃったのね」

 近くで熊の着ぐるみが配っていた風船を、子供達に紛れてもらう店長。無邪気に笑いながら店に戻って来る。

 パーンッ!

 店長が手にしていた風船が突然割れた。どこからともなく現れた猫が、風船に飛び付いたのだ。

「よっしゃ! 触っ……」

 更にそこに現れたのは猫耳少年。銀河は、幸運を呼ぶ猫『お福さん』の耳に手を伸ばした……はずだった。

 ところが彼が飛び付いたのは、土産物屋の店長の頭。猫耳帽子がスルリと脱げて、毛が一本の禿げ頭が現れる。「触れた」と一瞬喜んだのは、『猫耳帽子』の耳であった。

「おぁ? じいちゃん誰? はっ! まさか、お福さんが人間になった?」

「ほ?」

 目を丸くする二人。銀河の少し後にやって来た茜が、残念な報告をする。

「銀さま……お福さん、どっかに逃げちゃったッス」

「てててて、てんちょ……銀河さんが! 本物の銀河さんですよ!」

 土産物屋のバイト娘が、有名人を目の前にして興奮気味に声を上げた。すると、周囲の人々も銀河の存在に気付き始める。

「あ、銀河さんだ! おい皆、銀河さんが来たぞ。試合に間に合ったぞ」

「良かった。銀河さん試合に出るのね。私、楽しみにしてたの」

 この国を救った英雄が、満を持しての登場だ。人々が放って置く訳もなく、銀河到着の報は瞬く間に会場中に広まった。

「ぜはー、ぜはー。何だかんだで結局、試合会場にたどり着くとはな……」

 草薙も、やっとの思いで銀河達に追い付いた。陣羽織の襟元をパタパタさせて、上がった体温を下げようとしている。その背後から音がした。

 カランコロン。

「がっはっは。やっと来たか銀の字。今日は逃げなかったな。決勝で闘うのを楽しみにしてるぞい」

 下駄を鳴らして現れたのは、髭もじゃの大男。白い頭巾を被った僧兵で、手にしているのは錫杖しゃくじょうではなく薙刀なぎなただ。前回の御前試合大会で優勝したと言う金剛である。

「よっ、金剛のおっちゃん」

 銀河は手を上げて挨拶を返す。二人は面識が有るようだ。そこへ草薙が割って入る。

「それが金剛、聞いてくれよ。銀河のヤツ試合には出……」

「おっちゃんこそ、俺と当たるまで負けんなよ! あと前回は別に逃げた訳じゃねぇからな」

 草薙の声をかき消すように銀河の声が被さった。

「そうそう。銀河と当たるまで負けるなよ……って、銀河おまっ……また試合出る気になったのか? あ、いやしかしお前今、丸腰……」

 金剛と笑い合っていた銀河の姿を、不意に見失う草薙。視線を巡らすと、土産物屋で饅頭の箱を手にしている銀河を発見した。店の主は嬉しそうに接客中だ。

「お土産、物色しとるーーっ!?」

 銀河は振り返ると、先輩に対してニッコリと笑う。

「あ、草薙。お金貸して」

「何を買う気だーーっ!」

 草薙が叫んだその時、コツコツと靴音を立てて試合場に上がる人物が居た。グラマラスな体型の女性だ。

 乗馬ズボンの様な物を履き、その裾はブーツの中に仕舞われている。右肩やへそを露出した姿は、ややセクシーな印象も有る。そして最も特徴的なのは頭。『赤熊しゃぐま』と呼ばれる赤い毛で出来た被り物を被っていた。

「今回の銀河さんの初戦の相手か! 知らぬ顔だが美人だな」

「何言ってんだいアンタ! あれが美人? ケバいだけでしょ!」

 そんな夫婦の会話が聞こえて来た。見物客達が「あれは誰だ?」と、どよめく。どうやら第一試合の出場者らしい。

「ちょいと! あたしの対戦相手はまだなのかい? とっとと試合場に上がってくれないかねぇ?」

 喧騒の中、赤熊の女と猫耳少年の目が合う。女は紅蓮の唇に、妖艶な笑みを浮かべた。

 銀河も挑戦的な視線を向けたまま、ニヤリと笑うと一人呟いた。

「さっきから、な~んか匂うんだよな……」

「何? 匂うって、まさか本当に……。さっき言ってた曲者の匂いがするのか銀河? この会場に刀泥棒が居るんだな?」

 相変わらず刀の事となると必死な草薙。だが彼が納得出来る返事は無かった。代わりに目が合ったのは、忍者娘の茜。どこで買って来たのか、かつお節たっぷりの焼きそばを頬張っていた。旨そうな匂いを漂わせて。


つづく
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