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第2章 御前試合と幸運を呼ぶ猫(6話)

【1】

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 ドン、ドン、ドドドン。

 瓦屋根が並ぶ街並み。晴天に鳴り響く号砲花火。ナンチャテードの国は朝からお祭り騒ぎだ。

 今日は御前試合ごぜんじあいの大会が行われる日。各地から訪れる猛者達が、真剣勝負に挑むのだ。会場には出店も並び、多くの見物客で賑わう。

 だがこの大会が、まさかあんな結果になろうとは……。

 *

 御前試合大会の会場は、街の中ほどに有る広場。準備も着々と進んでいる。掲示板には、試合のトーナメント表が張り出された。早くも集まった見物人達が、掲示板に群がる。

「何だ? この手配書てはいしょ……『二人組の泥棒』だってよ。この人相書にんそうがき、まるで子供の落書きだぜ。あはは」

「おいおい、そんな事よりトーナメント表見ろよ! やっぱり前回優勝の金剛こんごうさんが優勝だろうな」

「いやいや優勝は銀河ぎんがさんだろ? 何てったって英雄様だぜ?」

「あー、でも銀河さん確か前回は不戦敗してたよな? 猫耳族は気まぐれって言うからなぁ。今回も出ないかもしれないぞ?」

 そんなやり取りを横目に、近くの店のバイト娘はせっせと商品を並べている。エプロンには『おみやげ』の文字。饅頭や煎餅の箱を並べ終えると、次は猫耳帽子や猫耳カチューシャなどなどなど……。

「店長、ここ土産物屋なのに……こんなに猫耳グッズ置いて大丈夫なんですか? 売れ残るんじゃ……」

「大丈夫なのね。試合で銀河さん大活躍! 売れ売れなのね!」

 土産物屋の店長は、常に猫耳帽子を被る程の熱狂的な銀河ファンである。ポッチャリお腹のお爺さんだが、クリクリした目は妙に愛嬌が有る。推しの応援うちわを片手に、朝からウキウキそわそわ。

 バイト娘は今日一日、店長が頼りにならない事を悟る。そう言う自分も、試合が気になってしようがないのだが……。気もそぞろに手を動かしていると、ミスに気付く。

「あ! やば。ここに入れる『伝説の刀』仕入れとくの忘れてた」

『伝説の刀』と言うのは、子供達に人気のオモチャの刀だ。バケツを縦長にした様な筒に、何本か立てて陳列しているのだが……。その筒が空のままだった。

「仕方ない。代わりにコレでも入れておこう」

 バイト娘は咄嗟に、棒状の別の商品を突っ込んだ。筒には『伝説の刀』と思いきり表記されているが、空のまま放置するよりは増しだろうと考えた。

「バイトちゃん、何か言ったのね?」

 店長に見付かりそうになり、慌ててごまかすバイトちゃん。

「あー……いや、えーっと。銀河さん、ちゃんと試合出ると良いですねって……あは」

 *

「出ないぞ」

 ここは試合会場から離れた所に有る一軒家。猫耳族の少年、銀河の住み処。周囲には別の民家もなく静かだ。小さな家だが、住み心地は良さそうだ。開放的な縁側からは、室内の様子が良く見える。

「んなっ……何だって?!」

「だから今日の御前試合は出ないぞって」

 大げさなアクションと共に驚きの声を上げた客人に、銀河は淡々と返す。客人と言うのは、先輩のサムライ草薙くさなぎ。室内だが、ゴーグルサングラスは外さない。

「いや銀河、この前は『出る』って言ってたじゃないか!」

 畳の上で胡座をかいていた草薙は、立ち上がって銀河に迫ろうとした。だが目の前のちゃぶ台にコーヒーが置かれ、座り直す。

「ブラックで良いよな。コレ飲んだら帰れよ」

「あ、お構い無く。……あのなぁ銀河。気まぐれも大概にしろよ。今日の試合、お前を待ってる人は大勢いるんだぞ? 殿だって楽しみにして……。あとコレ、ブラックじゃなくて、俺の好きなカフェオレだ! ……って聞いてるのか銀河!」

 一気に捲し立てた草薙だったが、銀河の姿が見当たらない。どうも目が霞むと思ったら、庭から煙が流れ込んで来るではないか。焦げ臭い匂いが漂う。火事かと慌てて外を見た。

「お魚、焼いとるーーっ!?」

 いつの間にか庭では銀河が、七輪で魚を焼き始めていた。パタパタと団扇で七輪を扇ぐ、その表情の何と幸せそうな事か。長い尻尾は、リズムをとって揺れている。

 魚の様に口をあんぐりさせた草薙が、何とか次の言葉を紡ぎ出そうとした途端。

 ドカッ!

「おぶっ」

 突然、何かが草薙の顎にぶつかった。何故か目の前に畳が、垂直に立っている。

「?!」
「銀さま! 曲者くせものッス!」

 畳をはね上げて、床下から突然人が現れた。帽子の赤い色が目に飛び込む。帽子と同じ赤色のショートパンツを履いたその少女は、『くのいち』のあかねであった。

 彼女はケムシの魔物の一件以来、すっかり銀河に懐いてしまっている。見習いから正式に忍者となった今は、自称「銀さま付きの忍」だ。

 茜は庭の向こうの草むらを凝視している。直ぐそばで顎を押さえ悶絶している青年には、目もくれない。次の瞬間、茜の手から手裏剣が放たれた。

「くらえっ、星手裏剣ほししゅりけん!」

 だが手裏剣は、木の幹に突き刺さった。ガサガサと音を立てて、人影が遠ざかって行く。茜の手裏剣術は未熟なようだ。

「う……逃げられたッス。……! まさか泥棒?!」

 痛む顎をさすっている草薙の横をすり抜けて、茜は家の中を確認する。もしも曲者が泥棒なら、何か盗まれたかもしれない。

  庭に居る銀河は……と言うと、何も気にする様子もなくのほほんとしている。熱々の焼き魚に食らい付こうと、一人で格闘していた。その目の前に、何処からかヒラリと紙切れが落ちて来た。文字が書かれている。

「!?」

「おい銀河! 何がどうなってる?!」

 状況の変化に付いて行けない草薙。銀河は紙切れを拾うと、くしゃりとポケットに突っ込んだ。

「うひゃにゃぎ、まだいひゃのか……熱っ、うまっ!」

「食いながらしゃべるな!」

 そこへ、室内から茜が慌てて飛び出して来た。

「銀さまの、かっ、刀が無くなってるッス! 今持ってないッスよね? 床の間の刀掛けに無かったッス! 曲者に……ぬぬぬ、盗まれた?! 泥棒ッス!」

 茜の報告に大声で答えたのは、銀河ではなく草薙だった。刀の持ち主よりも取り乱している。目の色を変えて、裸足のまま庭に飛び出した。

「んなぁにぃーーっ! あの名刀『猫徹ねこてつ』が盗まれただとーーっ!」

 草薙は刀剣に詳しい。並々ならぬこだわりを持つ、いわゆる「刀剣オタク」だ。

「殿の屋敷に入った泥棒と同じ奴かもしれん。銀河、早く泥棒を追いかけろ! ……ん?」

 だがまた、銀河を見失う。

「にゃーにゃー騒ぐなって草薙。まぁ、匂いを追えば何とかなんだろ」

 頭上から降って来た声。銀河はいつの間にか屋根の上。三角耳をピンと立て、遠くを見ている。魚の尻尾をくわえたまま。

「にゃーにゃー? ……っていつの間に屋根の上に。……匂いって銀河お前、犬みたいな事……」

「それより草薙。俺が刀盗まれた事、殿には言うなよ」

「お? おう。サムライの威厳を守る為だな?」

「いや……。殿にたまわった刀を盗まれたなんてバレたら、俺クビだから……」

 くわえていた魚の尻尾が、ポロリと落ちる。自分で口にした「クビ」と言う言葉に、うなだれる銀河。

 茜が、曲者の逃げた方角を見詰めながら呟いた。

「あの曲者……頭の上に耳が有るように見えたッス」

「頭の……上? まさか銀河と同じ猫耳族か?」

「はっきり見てないから、わかんないッスけど」

 猫耳族は希少種である。この国で銀河以外の猫耳族は、何年も見た事がない。もし猫耳であれば、それだけで目立つ存在だ。

 屋根の上でうなだれていた銀河は、ゆっくり立ち上がる。

(街の方角に逃げたか……)

「よし、とりあえず行くか!」

 言うと同時に、屋根の上から跳ぶ。銀髪がふわりと輝いた。太陽の光を纏い、空を駆ける。まるで猫のように軽やかに、しなやかに。

「茜も行くッス」

 くのいち茜も続いて走り出す。銀河には劣るが、忍者と言うだけあって動きは素早い。木や屋根を伝い、飛んだり跳ねたり。あっと言うまに遠ざかって行く。

 置いて行かれたのは草薙。直ぐに二人を追おうとしたが、焦ってブーツが履けない。

「ま、待て俺も……。くそっ、ブーツがっ」

 銀河の愛刀『猫徹』を盗んだ泥棒は、既に街の雑踏の中。三人は泥棒を捜しに、街の中へと入って行く。

「あっ! あれはっ!?」

 茜が叫ぶ声を、草薙は遠くに聞いた気がした。


つづく
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