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第1章 森の魔物と幻の怪鳥(4話)

【4】

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「殿!」

 緊迫した声が殿の屋敷で響いた。側近の水鏡は、廊下を足早に移動中。ロングスカートのスリットから太股がちらりと覗く。曲者対策として施された幾つかの仕掛けを慣れた様子でヒラリとかわし、殿の部屋の前にたどり着いた。

「殿、大変です。銀河が……」

 水鏡が部屋に入ったのは障子からではなく、その隣の壁だと思われる場所。背をピタリとつけると、壁板ごとクルリと反転する仕掛けだ。

 それはさておき。水鏡は抱えていた風呂敷包みを殿に受け渡す。何やら深刻な様子だ。

「銀河が、ちゃんとお仕事して来ました」

「何だ銀の奴、せっかく来たのに顔出さなかったのか……けどまあ俺は分かってたよ。銀はやる時はやる奴だからね~」

 殿は最初残念そうに口をすぼめたが、直ぐに満足げな表情に変わった。更に得意げに続ける。

「立て札を抜くと『まもの』が現れる仕掛け、上手く行ったろ? 本当はボールやドミノを使って、もっと凝りたかったんだけどね。設置役の草薙がムリだって言うからさ~」

 そして水鏡から受け取った風呂敷包みを、勢い良く開く。

「お帰り~! 玉子たまこ~!」

 殿が満面の笑みで「たまこ」と呼んだのは、彼自身が作ったカラクリおもちゃである。上半身が鳥で、下半身が車輪付きの箱。彼は自分の作品を、まるで我が子の様に愛おしむ。役目を果たして帰還した『玉子』との、感動の再会である。

 上機嫌な殿を尻目に、水鏡は疑問を口にする。風呂敷包みを渡しに来た時の銀河の様子が、どうにも気になる。こそこそと裏門から訪れ、まるで見られる事を警戒するようだった。そして荷物を届けると、そそくさと逃げるように立ち去る姿。

「それにしても銀河の様子が何か変だったのが気になります。頭からボロ布を被って……顔色も悪かったような……。ケガでもしていないか、家まで様子を見に行かせましょうか?」

「た~ま~こ~!」

 聞こえるように言葉にした水鏡だったが、殿は聞いていなかった。大事なカラクリおもちゃの異変に気付いた殿。うなだれたかと思うと、白く長い髪を振り乱して水鏡に訴えかける。

「ちょっ、見てくれよ水鏡。何なに~? 何なのさコレ~! 銀の嫌がらせ?」

「あ、そうそう、その虫。本物の魔物で、毒が有るから素手で触らな……」

「触らないで」と言うのが一足遅かった。カラクリおもちゃに縛り付けられていた毛虫を、殿が指先でつまみ上げていた。

「け?」
「あ……」

 この毛虫こそ、銀河が捕獲して来た本物の魔物ケケケムシである。銀河に削ぎ落とされた毛が、すっかり元に戻っていた。

 水鏡が何処からともなくトングを取り出す。いつの間にか、『封印』と書かれた壺も抱えている。手際良く本物の魔物を封印する側近の横で、殿はただ固まっていた。

 カラクリおもちゃ、玉子がカタカタと震え出す。

「コー………けけけけけけけけ」

 *

 街の端に古びた神社が有る。苔むした石段を上り、色あせた鳥居をくぐると小さな社殿に辿り着く。

 普段は無人の社殿の中に、こっそりと入り込もうとする人影が有った。頭から大きなボロ布を被り、巻き付ける様にして全身を覆い隠している。人目を気にしているのか、キョロキョロと周囲を見渡す。

 社殿の中には、ご神体と思われる鳥の像が祀られている。その祭壇以外に何もなくガランとした空間。天井には蜘蛛の巣がかかり、余り手入れがされていないことが伺える。

 被っていたボロ布を外し、姿を露にしたのは猫耳少年の銀河だ。だが一つ可笑しな事が有る。銀色の髪が異常なほど長く伸びているのだ。三角耳も隠れる位の毛量は、ただ事ではない。

「あーっ、うざっ。何なんだよ毛虫ヤローの毒! 髪が伸び続けるって可笑しいだろ。こんな姿、殿に見られたら絶対笑われるっての!」

 伸び放題の髪を、両手でぐしゃぐしゃしながら喚く銀河。とりあえず誰にも見られてはいないが、いつまでもこのままでは何も出来ない。そこへ、もう一つの影が社殿の中に入って来た。

「銀さま、銀さま! お薬買って来たッスよ! ありゃ、更にモッサリしたッスね」

 銀河に続いて社殿に入って来た見習い忍者の茜。買って来たと言う薬を手渡す。

「そうそうコレな。……って、コレ育毛剤!」

 ノリつっこみをする銀河に、茜は「間違えたっス」と肩を竦めて舌を出す。

 数刻前この社殿の中で銀河が目覚めた時、側に居たのは茜だけだった。茜は恩人の為に何か出来ないかと、なけなしの金で薬を買って来たのだ。その薬は役に立ちそうにないが、銀河は気持ちだけ受け取る事にした。

「ところで、あのお婆ちゃん……何処行っちゃったッスかね?」

 森の中で倒れた銀河を引きずる最中、茜の目の前に不意に老婆が現れた。銀河が背負って運んだ、かの老婆である。その老婆が今度は逆に銀河を背負い、この神社まで送り届けてくれたと言う。

「あの婆ちゃん、やっぱりすげぇな。突然現れたり消えたり。あんな小さな体で俺の事運んでくれたり。しかも腰痛なのに。スーパーくのいち婆ちゃんだな。あ、お前、会ったら礼言っといてくれよ」

 そんな人、忍の仲間に居たかと首を傾げる茜。銀河は愛刀を握り、伸び続ける髪と格闘中。苦戦しているようだ。切り捨てられた髪の山を見て、茜が呟いた。

「何か……この、毛の山から銀さまの分身が作れそうッスね」

 余談だが、この小さな神社。「銀色の長い髪の神様が現れる」と言う噂が広まり、多くの人で賑わうようになる。

 銀河が頬の汗を拭きながら「ふぅ」と一息つく。

「ん? 何で俺こんな所擦りむいてんだ?」

「な、何でッスかね?」

 茜は急に、口笛を吹きながら御神体を磨き始めた。

 するとその時。銀河の目の前に突然何かが降ってきた。天井からブラリとぶら下がる蜘蛛。

「ひっ!」

 思わず声を上げた銀河。茜が見たらマズイのではないかと、チラリと様子を伺う。毛虫であれだけパニックになったのだ、蜘蛛も含め虫が苦手なのだとしたら……。

「ふふん。銀さま、ただの蜘蛛にビビリ過ぎッスよ」

 どうやら要らぬ心配だったらしい。茜は小馬鹿にしたように笑う。ぶら下がる蜘蛛を、素手で掴み外に放り投げた。

「蜘蛛は平気なのかよ。……ってかビビってねぇし。何かムカつくな、その笑顔」

「くもももももも」

「ん? お前、何ふざけて……いや、……まさか?!」

 *

 ナンチャテードの国は今日も平和である。

「魚~、魚~。魚はいらんか~」

 魚屋のオヤジが道行く人々に声をかける。

「おいおい魚屋のオヤジ……だよな? いったいどうしちまったんだ。頭にけが……毛がフッサフサじゃねえか!」

「おう。それが森の中で魔物に襲われたんだが全く怪我もなく、気が付いたら何故か禿げ頭に毛が生えて来てよ。いやぁモッサモッサで邪魔なくらいなんだがよ~」

 魚屋のオヤジは「困った困った」と自分の頭を叩きつつも、ニヤケ顔。

 まさか魔物の毒で髪が伸びるとは、誰も思いもしない事だろう。

 母親に連れられて歩く子供が、ふと魚屋の屋根の上を指差して言った。

「あ、屋根の上にお婆さんが居る!」
「やぁね、この子ったら何言ってるのかしら。誰も居ないじゃない」

 笑い合う街の人々。その上空を、不思議な鳥が優雅に羽ばたいていた。


第1章 森の魔物と幻の怪鳥
おしまい

【オマケ】
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