102 / 106
98.バニラがりんごと番う時 side光琉
しおりを挟むそれにしても異様に疲れた……、自分でも神経がすり減っているのを感じる。会場を出てからも、妙に頭の中が騒がしくて、こんな時は強めの酒で、記憶を消し去りたい気分になる。
「どうする? 須藤の車置いてく?」
「あー、そうだな、うちまで行くか」
先に誠人の家へ寄り、車を駐車場へ止めると長谷部の車へ乗り込んだ。
「それにしても、この辺りいいよね」と周辺に空きの土地は無いのかと尋ねて来るのを聞き。
「やめてくれ、俺の店を潰す気か」
「この辺りならケーキショップもいいかなと思ってさ」
「ま、悪くはないな」
確かに、この辺りは美容院やネイルサロンなど、女性を中心としたショップが多いので、長谷部の言うように、ケーキショップなどあれば流行るだろう。
目の付け所は悪くないな、と感心していると、ふと笑みを零して、長谷部は誠人の方へ頭を少し傾けた。
「それに、昔は喧嘩ばかりだったけど、今なら上手く付き合っていけると思わない?」
そんな風に言われて、確かに、今ならお互いの距離を上手く量れるだろうし、妙な勘繰りや下手な駆け引きもしないだろう。きっと、それは恋愛とは呼べないが仕事仲間の延長として、やっていける気がした。
「お前なら、いくらでも良い男捕まえられるだろ、何も中古品に手を出さなくても」
「ンー、中古の方が価値があって高いの知らないの?」
「人をヴィンテージ扱いするなよ」
くつくつと誠人は微笑した。それに釣られることなく、長谷部は真剣な表情と口調で「失わないと価値に気が付かないもんなんだよな……」と呟く。
「俺さ、須……、誠人と別れてすぐ、違う男と付き合って、あー、こいつじゃない、って、すぐに別れて、それの繰り返しだったよ」
昔のように、『誠人』と下の名を呼ぶ長谷部に、別れを切り出したのは長谷部からだったことを思い出して、少しだけ胸がざわつく。
承諾したのはお互いのためだったし、今更、思い出して後悔するような出来事には感じなかったが、二度と同じ思いはしたくないと思う。
「過去は過去だろ、今はその日が楽しければいい」
「……そう思ってたけど、なんかなぁ……、あの子を見て取られたくないって思った」
「いやいや、取る取らないじゃなくて、そもそも海翔の方だって、その日限りを楽しむタイプなんだよ」
「あ、知らないフリするんだ? あんなのどう見たって俺を見て嫉妬してたのにな」
長谷部の言っていることを認めたら、自分の中のブレーキが壊れそうで嫌だった。それをズバズバ言われて、誠人は一気に面白くない気分になる。
軽く舌打ちして「他の男の話するなんて余裕だな?」と長谷部の太腿に手を置いた。びくっと一瞬、筋肉が硬直するのが分かり、そのまま上へと手を這わせ腰骨を撫で上げた。
「ちょ、運転中! 事故る」
「余計な話しするからだろ、ほら、しっかり前見てろ」
「あの子の代わりに抱こうとするから、ちょっと意地悪したくなったんだよ」
「……代わりなんて扱いするわけないだろ」
長谷部の拗ねた様な言葉を聞いて、海翔の代わりなんているわけがない、と思わず本音を零しそうになる。
少し間が空き、その間に誠人はホテルに予約を入れた。今日は休日で、しかも長谷部が相手なら、泊りがけになることを想定して、慣れ親しんだシティホテルへ予約を入れた。
「あそこのホテルなら、あとでカツサンド食べたい」
「あー、あれな」
昔からルームサービスで、よく頼んでいた食べ物の話題に、ほっこりしながら、目的の場所に辿り着くと、長谷部を駐車場に残して誠人が先にフロントへ向かう。
金子の所で働いていた頃は、よくここのホテルロビーで待ち合わせをしていたので、少し懐かしい気分になった。
まだ駆け出しの料理人で、貧相な家に住んでいたから、声も出せず不完全燃焼なセックスになりがちだったことから、結果、ホテルを使うようになった。
取った部屋はダブルベッドの中層階の部屋で、先に部屋に入ると、長谷部に部屋番号のメッセージを送った。ほどなくしてインターホンが鳴る。
「先にシャワー浴びていいぞ」
「……部屋開けるなり、それ?」
「ヤリに来たんだから当然だろ」
「違いない」
長谷部は「じゃ、お先に」と言ってバスルームへ移動した。少々不満な様子だったのを察して誠人は、ルームサービスでシャンパンを頼んだ。
長年の付き合いから分かる僅かな表情の変化を見て、ご機嫌を取る方法を実行した。シャワーを終えて長谷部がバスルームから出て来る。
シャンパンが乗ったワゴンが見えた瞬間、満面の笑みを浮かべてグラスを手に取ると「やった」と子供のように喜ぶ。
「それ飲んで待ってろ」
「うん」
素直な返事を聞き、誠人もシャワーを浴びることにした。慣れないスーツを着たせいか、首当りに汗がこびり付いてる気がして、何度も首を擦る。
シャワーを終えて部屋へ戻れば、浮かない顔した長谷部に「電話鳴ってた」と言われ、着信を確認する。
「あー……、徹か、珍しい……」
「なに、なに、何処かの子猫?」
「違う、そっちじゃない方……」
誠人は確認だけするとポンと携帯をテーブルの上に置いた。
「いいの?」
「どうせ大した用事じゃない、そんなことより、美味いか?」
「美味しいよ、誠人も飲めば?」
「ああ――」
渡されたグラスを取ろうとしたが、誠人の携帯が鳴り画面を確認すると徹だった。
「は……、しつこいな……」
「出てあげたら? って言うか、そんなに頻繁に連絡取る仲?」
「いや、滅多に取らないな」
それなら、急用なんじゃないの? と指摘されて、それもそうだなと誠人も思う。それでも、長谷部の潤んだ瞳を見れば、既に昂り始めているのは明らかで、身体を満たしてからで良いのでは? と欲望を先行させようと、頬に手を伸ばした。
34
お気に入りに追加
381
あなたにおすすめの小説

王冠にかける恋【完結】番外編更新中
毬谷
BL
完結済み・番外編更新中
◆
国立天風学園にはこんな噂があった。
『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』
もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。
何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。
『生徒たちは、全員首輪をしている』
◆
王制がある現代のとある国。
次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。
そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って……
◆
オメガバース学園もの
超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

花いちもんめ
月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。
ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。
大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。
涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。
「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭

花婿候補は冴えないαでした
いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。
本番なしなのもたまにはと思って書いてみました!
※pixivに同様の作品を掲載しています

幸せになりたかった話
幡谷ナツキ
BL
このまま幸せでいたかった。
このまま幸せになりたかった。
このまま幸せにしたかった。
けれど、まあ、それと全部置いておいて。
「苦労もいつかは笑い話になるかもね」
そんな未来を想像して、一歩踏み出そうじゃないか。

【完結】嬉しいと花を咲かせちゃう俺は、モブになりたい
古井重箱
BL
【あらすじ】三塚伊織は高校一年生。嬉しいと周囲に花を咲かせてしまう特異体質の持ち主だ。伊織は感情がダダ漏れな自分が嫌でモブになりたいと願っている。そんな時、イケメンサッカー部員の鈴木綺羅斗と仲良くなって──【注記】陽キャDK×陰キャDK
【完結】もう一度恋に落ちる運命
grotta
BL
大学生の山岸隆之介はかつて親戚のお兄さんに淡い恋心を抱いていた。その後会えなくなり、自分の中で彼のことは過去の思い出となる。
そんなある日、偶然自宅を訪れたお兄さんに再会し…?
【大学生(α)×親戚のお兄さん(Ω)】
※攻め視点で1話完結の短い話です。
※続きのリクエストを頂いたので受け視点での続編を連載開始します。出来たところから順次アップしていく予定です。
あなたは僕の運命の番 出会えた奇跡に祝福を
羽兎里
BL
本編完結いたしました。覗きに来て下さった方々。本当にありがとうございました。
番外編を開始しました。
優秀なαの兄達といつも比べられていたΩの僕。
αの父様にも厄介者だと言われていたけど、それは仕方がない事だった。
そんな僕でもようやく家の役に立つ時が来た。
αであるマティアス様の下に嫁ぐことが決まったんだ。
たとえ運命の番でなくても僕をもらってくれると言う優しいマティアス様。
ところが式まであとわずかというある日、マティアス様の前に運命の番が現れてしまった。
僕はもういらないんだね。
その場からそっと僕は立ち去った。
ちょっと切ないけれど、とても優しい作品だと思っています。
他サイトにも公開中。もう一つのサイトにも女性版の始めてしまいました。(今の所シリアスですが、どうやらギャグ要素満載になりそうです。)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる