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59.バレンタイン
しおりを挟むウインザム帝国西部に位置する鉱山地帯。
この地を支配しているのは、帝国を構成する六つの種族がひとつドヴァル。
男女ともにやたらとゴツゴツしたいかり肩、なのに下半身が上半身に比べるとひと回り半は小さい。逆三角形の図面に足をつけたような体型が特徴的ながらも、手先は器用にて、資材の精製および各種加工製造に優れた技術屋集団として名高い種族。
廃坑となって久しい場所。
地下へと続く坑道を、やや速足にて歩いていたのはドヴァル族の男。
最高評議会のメンバーのうちの一人であるケダル。
彼は技術屋集団の中にあっては異色の存在。商才に長け、聖魔戦線を利用し軍需用品を扱うことで、立身出世を遂げた人物。
すでに老境へと差し掛かる年齢、充分に財も稼いだし、栄達も成した。
皇帝の退位に合せて最高評議会のメンバーも総入れ替えとなることだし、これを期に楽隠居としゃれこめればよかったのだが、彼の性分がそれを許さない。ケダルは老いてなお双眸の奥にギラついたケモノを飼い続けている野心家であった。
ケダルは焦っていた。
戦争が終わったことで、彼の商いが斜陽となることは明白であったから。
一度でも坂を転げ落ちはじめると、あとはあっという間。そのことはこれまでの商いにて、競い蹴落としてきた連中が証明している。
だからこそすみやかに事態の打開策を講じる必要がある。
そのために彼が考え出したのは、外需を求めること。
つまり軍需用品の輸出である。
第七十九次聖魔戦線こそは停戦となったが、ノットガルド全域ではまだまだ各地で紛争が続いており、世界大戦が止む兆しはない。商機がそこいらに転がっている。これを逃す手はない。
だがそこで障害となるのが、帝国の法。
はるか昔より魔族との聖戦の中核を担ってきた帝国は、いついかなるときにも戦時下に移行できるようにと、軍需用品の外部流出を厳しく管理している。そのせいで大っぴらに輸出が出来ない。正式に許可を求めたところで、審査が通るのにはずいぶんと時間がかかる。しかも種類や量の制限もかなり課せられるので、これでは商売が成り立たない。競合となるベスプ商連合に太刀打ちできない。
法律を変える必要がある。だが猶予はあまりない。
だからケダルは自分の息のかかった者を次期皇帝へと据えることで、この難局を乗り切ろうと画策する。
そんな矢先のことだ。
彼に声をかけてきた人物がいた。
聖クロア教会より派遣されていた軍を率いていたラドボルグ将軍である。
ラドボルグはケアルに手を組むことを持ち掛ける。
「こちらの頼みをきいてくれるのならば、次期皇帝選定において全面的に協力することもやぶさかでない」
聖クロア教会はウインザム帝国にて国教に指定されている。
その影響力は絶大にて、教会の後ろ盾が得られるとあっては、ケダルに申し出を拒む理由がない。頼みとて聞けばたいしたことでもなかったので、両者は手を組むことになった。
地下へと続く坑道。
ずんずん降りていくと、ふいに視界が明るくなって、ケダルはおもわず目を細める。
すでに掘り尽くされて放棄されてあった場所。
そのまま朽ちるにまかせて忘れさられるはずだった地の底にて、現在、多くの者らが発掘作業に従事しており、かつて以上のにぎわいとなっている。
「ほぅ、ずいぶんと作業が進んだようだな。ラドボルグ殿」
背後からケダルが声をかけると「おかげさまで」と応じたのは巨躯の騎士。
ふり返った顔の瞼は閉じられたままだが、これはいつものことなのでケダルは気にしない。
「それはそうと、こちらの頼みは大丈夫なのか? ベルの娘に逃げられたと聞いたが……」
ベルとは星読みの一族の長ベル・ルミエール。
ウインザム帝国建国以来、数多の助言にて国の進むべき道を示してきた一族。特別な権限こそは与えられていないものの、その影響力は大きく、皇帝や最高評議会とて無視できない。
ゆえにベルの娘であるノノアの身柄を抑えて、自分たちにとって都合のいい発言をさせようという魂胆。
だが肝心の娘に逃げられたと聞いて、こうして地下深くにまでケダルはやってきたのである。
あわてるケダルに「なにも心配はいらない」と断言するラドボルグ。「他の一族の身柄は抑えてあるから、どのみち彼女は我々の要求を呑むしかない。それにうちの精鋭が動いている。娘もじきに捕えられるだろう」
これを聞いて安心したケダルは、「くれぐれも頼んだぞ」と言い残し、すぐさま地上へと帰って行った。
その姿が完全に見えなくなったところで「俗物めがっ」と吐き捨てたラドボルグ。
そこへひょこひょこと近寄ってきたのは猫背の小男イブニール。
「旦那、星読みの神殿に残してきた分体の反応がさっき消えた。何者かに殺られちまったみたいだ」
「そうか。ならばおおかた強力な助っ人を連れて、娘が戻ってきたのだろう」
「強力な助っ人?」
「アルチャージルに滞在中のグリューネからの情報によると、数日前、現地に傷だらけの白い飛竜が飛び込んできたらしい。白い個体は非常に珍しいから、逃亡していた娘のモノとみていいだろう。それと前後して以前より何度か我らの邪魔をしてくれた女も姿を消したとか。偶然にしては出来過ぎている。おそらくはその女と娘が接触したとみて間違いあるまい」
「そいつはまた面倒なことに……。どうする旦那、探し出して始末するかい?」
「いらぬ。どうせ向こうの狙いは母親であるベル・ルミエールだ。放っておいても勝手に近づいて来る」
「ベルにはジョアンが見張りについているんだったな。なんならオレもそっちに混ざって網を張ろうか?」
ジョアンとは第八の聖騎士のこと。第六の聖騎士であるイブニールと二人して、この度の帝国での仕事のために駆り出されている。
いくら分体とはいえ自身の片割れを倒されて、借りを返したいと意気込むイブニール。
だが彼の提案にラドボルグは静かに首を横にふる。
「おまえには引き続きここの警護を頼む。我らの目的はあくまで発掘される品と娘の身柄の確保のみだからな」
第二の聖騎士よりそう言われて、しぶしぶ矛をおさめるイブニール。
その時、発掘現場に「出たっ! ついに青い心臓が出たぞ!」という作業員の声が響き渡った。
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