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30.花火大会③ side光琉
しおりを挟む『シーラ、ここからは戦場の周りを旋回する。その間にどうするか決めてくれ』
眼下にレティ河の流れが見えた頃、ナーガがどこか苦しそうな声で告げる。
「どうしたのです? 戦場の真ん中には下りられないのですか?」
様子のおかしいナーガを訝しみ、シーラは彼の調子が悪いのかと心配した。
『あの場に穢れがある。我が一族の誇りに呪いを掛け、邪悪な法とした物体がある。それが我らに不穏な気を放ち、思考を遮ってくる』
「何ですって?」
『穢れ』と聞いてまず思い出したのは、元の世界のルドガーの姿だった。
あれを思い出し、全身からザッと血の気が引く。
同時に頭に思い浮かんだのは、「竜樹の呪い」という単語だ。
それは後ろにいるルドガーも同じだったらしく、シーラに声を掛ける。
「宮殿にあった竜樹の欠片が、あの呪い師に何らかの術を掛けられ、運ばれたのではないか?」
「その可能性が高いですね」
悔しそうに顔を歪め、シーラが唸る。
あの呪い師は確かにシーラたちに協力すると言い、ダルメアに不審に思われないよう少し宮殿に身を置いてから姿を消すと言った。
約束を守ったとしても、宮殿に滞在している間ダルメアに新たな命令を下されたとしたら――?
それは互いに不可避の状況であり、仕方がない事だ。
今さらあの呪い師を探し出し、「どういうつもりだ」と詰め寄ってもお門違いなのだろう。
ならば、今できる最善の方法を採らなければ――。
「私が禊をする事により竜樹の呪いが解けたのなら、きっとその呪いに手を出せるのも私だけです」
「シーラ!」
彼女の言葉にルドガーが悲鳴に似た声を上げた。
ナーガは先ほどから戦場を遠巻きにした空域を、円を描いて飛んでいる。
ナーガが飛んでいる場所がギリギリの距離らしく、そこより内側にいる竜たちは皆苦しんで鳴き、やたらめったらな飛び方をしていた。
シーラは竜たちのそのような姿を見るのが辛い。心が引きちぎられそうだ。
それは恐らく、彼らを相棒としているガズァルの竜騎士たちも同じ気持ちなのだと思う。
視線の先でも竜同士がぶつかり合い、けたたましい鳴き声を上げ鋭い爪で互いにつかみかかっている。
危うく地上に落下しそうになる者もいれば、自らの鱗に牙を立てむしっている者もいる。
上空でそのような混乱がある一方、地上ではセプテアの魔導舞台が火や雷、または氷の礫を飛ばしていた。
レティ河沿いの大地は陥没、あるいは隆起し、美しかった風景は失われていた。
投石機から火を纏った巨石が投げられ、あちこちから何かが燃える匂いが漂っている。
――戦場だ。
自分たちの親が、祖父母が、先祖が、代々大切に守ってきた平和を、ダルメアという身の程をわきまえない者のためにぶち壊された。
シーラの胸の奥に言いようのない感情が生まれ、激しい悔しさと共に涙が零れ落ちそうになる。
(この戦場にいる一人一人にだって、家に帰れば待っている家族がいるのに……)
騎士や兵士という誇り高い仕事をしていても、誰が好きこのんで命を差し出したいと思うだろう。
自ら命を捧げるに値すると決めた主君のためならともかく、自分の名を覚えているかどうかすらも分からない者の見栄のせいで、名前も知らない者同士が殺し合っている。
「私が……、私が止めなければいけないのです。この愚かしい戦争を、歪んだ歴史を、時空を越えた私が……」
体を、目に見えない炎が包んでいるかのようだ。
身も心も焦がしそうな思いに囚われていた時――、背後から力強い腕に抱き締められた。
「……っ」
ビクッとして現実に気持ちを引き戻すと、胸の前で交差された手がトンとシーラの肩を叩いた。
それから、安心させるようにトン、トンと何度も肩を撫でる。
「落ち着け。いつもの冷静な君に戻るんだ。確かにこの愚かしい戦争を止めるのは最大の目的だ。しかし闇雲に突っ込んで行動し、それが上手くいくかと言えば答えはノーだ。胸一杯に息を吸い込んで、吐いて。頭を空っぽにしてからもう一度ゆっくり考えるんだ」
耳元でルドガーの穏やかな声がし、シーラは目を閉じた。
上空の切れそうに冷たい空気を吸い込み、体を包むルドガーの温もりを感じる。
ナーガの力強い羽ばたきを感じ、空を支配する美しい生き物に祈りの言葉を呟いた。
「……私は、地上に降りて歌います」
やがて呟かれた言葉は、シーラの根源となるものだ。
シーラに特別な力はない。あるのはこの身に流れるカリューシアの血筋。
そして先祖代々伝えられた竜の言葉。そして彼らとの絆。遠い記憶で結ばれた約束。
「彼らに私の歌声が届くか分かりません。ですが、届くまで歌ってみせます」
「分かった。私は君を守ろう」
眼下にレティ河の流れが見えた頃、ナーガがどこか苦しそうな声で告げる。
「どうしたのです? 戦場の真ん中には下りられないのですか?」
様子のおかしいナーガを訝しみ、シーラは彼の調子が悪いのかと心配した。
『あの場に穢れがある。我が一族の誇りに呪いを掛け、邪悪な法とした物体がある。それが我らに不穏な気を放ち、思考を遮ってくる』
「何ですって?」
『穢れ』と聞いてまず思い出したのは、元の世界のルドガーの姿だった。
あれを思い出し、全身からザッと血の気が引く。
同時に頭に思い浮かんだのは、「竜樹の呪い」という単語だ。
それは後ろにいるルドガーも同じだったらしく、シーラに声を掛ける。
「宮殿にあった竜樹の欠片が、あの呪い師に何らかの術を掛けられ、運ばれたのではないか?」
「その可能性が高いですね」
悔しそうに顔を歪め、シーラが唸る。
あの呪い師は確かにシーラたちに協力すると言い、ダルメアに不審に思われないよう少し宮殿に身を置いてから姿を消すと言った。
約束を守ったとしても、宮殿に滞在している間ダルメアに新たな命令を下されたとしたら――?
それは互いに不可避の状況であり、仕方がない事だ。
今さらあの呪い師を探し出し、「どういうつもりだ」と詰め寄ってもお門違いなのだろう。
ならば、今できる最善の方法を採らなければ――。
「私が禊をする事により竜樹の呪いが解けたのなら、きっとその呪いに手を出せるのも私だけです」
「シーラ!」
彼女の言葉にルドガーが悲鳴に似た声を上げた。
ナーガは先ほどから戦場を遠巻きにした空域を、円を描いて飛んでいる。
ナーガが飛んでいる場所がギリギリの距離らしく、そこより内側にいる竜たちは皆苦しんで鳴き、やたらめったらな飛び方をしていた。
シーラは竜たちのそのような姿を見るのが辛い。心が引きちぎられそうだ。
それは恐らく、彼らを相棒としているガズァルの竜騎士たちも同じ気持ちなのだと思う。
視線の先でも竜同士がぶつかり合い、けたたましい鳴き声を上げ鋭い爪で互いにつかみかかっている。
危うく地上に落下しそうになる者もいれば、自らの鱗に牙を立てむしっている者もいる。
上空でそのような混乱がある一方、地上ではセプテアの魔導舞台が火や雷、または氷の礫を飛ばしていた。
レティ河沿いの大地は陥没、あるいは隆起し、美しかった風景は失われていた。
投石機から火を纏った巨石が投げられ、あちこちから何かが燃える匂いが漂っている。
――戦場だ。
自分たちの親が、祖父母が、先祖が、代々大切に守ってきた平和を、ダルメアという身の程をわきまえない者のためにぶち壊された。
シーラの胸の奥に言いようのない感情が生まれ、激しい悔しさと共に涙が零れ落ちそうになる。
(この戦場にいる一人一人にだって、家に帰れば待っている家族がいるのに……)
騎士や兵士という誇り高い仕事をしていても、誰が好きこのんで命を差し出したいと思うだろう。
自ら命を捧げるに値すると決めた主君のためならともかく、自分の名を覚えているかどうかすらも分からない者の見栄のせいで、名前も知らない者同士が殺し合っている。
「私が……、私が止めなければいけないのです。この愚かしい戦争を、歪んだ歴史を、時空を越えた私が……」
体を、目に見えない炎が包んでいるかのようだ。
身も心も焦がしそうな思いに囚われていた時――、背後から力強い腕に抱き締められた。
「……っ」
ビクッとして現実に気持ちを引き戻すと、胸の前で交差された手がトンとシーラの肩を叩いた。
それから、安心させるようにトン、トンと何度も肩を撫でる。
「落ち着け。いつもの冷静な君に戻るんだ。確かにこの愚かしい戦争を止めるのは最大の目的だ。しかし闇雲に突っ込んで行動し、それが上手くいくかと言えば答えはノーだ。胸一杯に息を吸い込んで、吐いて。頭を空っぽにしてからもう一度ゆっくり考えるんだ」
耳元でルドガーの穏やかな声がし、シーラは目を閉じた。
上空の切れそうに冷たい空気を吸い込み、体を包むルドガーの温もりを感じる。
ナーガの力強い羽ばたきを感じ、空を支配する美しい生き物に祈りの言葉を呟いた。
「……私は、地上に降りて歌います」
やがて呟かれた言葉は、シーラの根源となるものだ。
シーラに特別な力はない。あるのはこの身に流れるカリューシアの血筋。
そして先祖代々伝えられた竜の言葉。そして彼らとの絆。遠い記憶で結ばれた約束。
「彼らに私の歌声が届くか分かりません。ですが、届くまで歌ってみせます」
「分かった。私は君を守ろう」
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