小説主人公の悪役令嬢の姉に転生しました

みかん桜(蜜柑桜)

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事件の結末②

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 中天に高く日が昇り、時刻は正午に差し掛かる。
 辺りは至る所に焼け焦げた木々や陥没した穴に砕けた岩、散乱した布や柵の木材が散らばる広い空間だった。
 闇の森の中にポッカリ空いたこの空間は、ある二つの出来事により作られた場所だ。
 一つは、聖光教会による闇の主討伐軍の野営地として切り開かれたこと。
 そしてその後に、闇の主による大規模儀式魔法で空より降り注いだ流星雨によって、野営地とその周囲が破壊し尽くされたこと、だ。
 
 そのとき、俺は此処に居なかった。
 俺───つまり、“追放者グラー・ノロッド”のオークであり、疾風戦団の“料理番”であったガンボンが、だ。
 
 
 傭兵団や山賊豪族、そして疾風戦団等、金銭で雇われ、地下洞窟の探索を請けた者達は、この野営地の周りにそれぞれで小規模な野営地を作って居た。
 この闇の森に万に近い軍勢と、貴族や元老院議員等お偉方の豪華な幕舎等々を設置するに足る広さを切り開くのはかなりの労力だ。
 そして彼ら連合軍は、雇われ連中の為にその労力や資材を費やすことはしない。
 お前達の陣営はこのあたりに作れ、と大まかな区画だけ指定され、各々で設営したのだ。
 中でも、疾風戦団は特に連合軍の野営地から離れた、あまり利便性の良くない場所に野営することになった。
 一つには雇われ兵の中では少規模だったこともあるが、戦団の討伐隊隊長を務める“善良な”エリス・ウォーラーの判断にも依る。
 疾風戦団は戦働きを専門とする傭兵団とは違い、個々に特異な技能を持つエキスパート集団だ。
 下手に余所の貴族や傭兵達と関わり、手の内を知られても良いことはない。
 
 そしてその些か外れの場所は野営地を設営するには不向きでな場所で、この任務に参加した30人近くの戦団員総勢でも手間取った。
 エリスはその労をねぎらい英気を養う為にと、持ってきた酒と食料を多めに振る舞い、結果追加の食料を購入する必要が出た。
 俺は同行した料理番の一人として、その追加食料の買い出し調達に出ていたのだ。
 もっとも近い集落でも荷馬車で半日かかるし、そこでももう他の傭兵団やらが買えるだけのものを既に買い占めていた。
 その為俺と数人の戦団員達でより遠い街や集落へ買いに行ったり、また狩猟をして獲物を狩ったりとして、およそ一週間程闇の森の野営地を離れて居たのだ。
 
 それ、が起きたときのことは覚えている。いや、「思い出して」居る。
 夕刻に近い時間帯。宿を取るべく立ち寄った宿場の通りで見上げていた、紫に染まる空。その空に、美しく輝く幾つかの光点が瞬き、流れ……そして雨となり遠く闇の森へと降り注で行く。
 それは美しく幻想的で、同時に儚く切ないような、そんな光景であった。
 茫然と、俺たちはその光景を眺め、また魅入られていた。
 誰かが小さく、「綺麗……」と呟やき、俺もそれに心の中で同意していた。
 一通りその流星雨を眺めていたときに、別の一人が「野営地の方じゃないか?」と口にした。
 ざわざわとした胸騒ぎ。その不安は次第に大きく強くなる。
 
 俺達は予定を切り上げ、大急ぎで荷馬車を走らせ野営地へ急いだ。
 途中、闇の森へと近づくにつれて、恐慌に駆られ、又大怪我を追った豪族とその私兵達や傭兵達とすれ違った。
 誰かがその人の波の中、戦団員の一人チーフスカウトのサッドを見かけたようだったが、多数の人混みに紛れ確認し話を聞くことは出来なかった。
 
 一昼夜を駆け抜けて、辿り着いた連合軍野営地の有様は悲惨なものだった。
 この場所にこうしてやってくると、そのときの様子がまざまざと思い返される。
 焼け焦げ、四散した肉の塊に、大きく陥没した幾つもの穴。木々はへし折れ、焼かれ、火の手も上がって居る。
 幕舎はその殆どが倒壊。生き残り達は右往左往して、治療や救助もあまり進んで居ないようだった。
 驚いたことに、後に聞いたところではこれだけの破壊の後であるにも関わらず、この場この時点での死者はさほど多くはなかったという。
 
 戦団の野営地へ向かった俺達は、そこでエリス・ウォーラーに現状を確認した。
 幸にもというべきか、連合軍野営地本陣から離れた位置に野営地を設営していたことで流星雨の直撃は免れており、そこでの被害はなかった。
 しかし流星雨は本陣にだけ正確に降り注いだわけではない。幾つかの流星は本陣周辺の闇の森各所にも墜ちていたらしい。そこには疾風戦団の担当している探索区域も含まれており、この時点で消息不明の団員も居た。
 俺───“追放者グラー・ノロッドのオーク、ガンボン”は、その場に居た団員達に手当たり次第に話を聞く。
 何より第五班───戦乙女クリスティナの消息を。
 
 三日待機して、戻って来た中にクリスティナは居なかった。
 第五班は弓士のリタを除き全て消息不明。特にタルボットとクリスティナは、得体の知れぬ“怪物”との交戦中、その“怪物”と共に流星雨による地割れへと飲み込まれ、遺跡の奥深くへと墜落したという。
 討伐隊隊長を務めるエリス・ウォーラーは、自らの娘カイーラも又消息不明であるにも関わらず、聖光教会が非公式ながら本討伐戦の終了を宣言し、またリッカルド将軍含めた連合軍がもはや軍として機能する状況では無いことを考慮して、この野営地を引き払うことを決定した。
 
 しかしエリス・ウォーラーはその後討伐隊を二つに分け、一隊は本拠地へと帰還をさせるが、怪我の少ない志願者を中心にした残りを闇の森近郊で、集落に程近い場所にあった古い砦の跡へと移動させ、そこに臨時の拠点を築いた。
 何故か? 捜索隊を組織するためだ。
 これは決して、エリス・ウォーラーが娘を助けたいという個人的理由から行ったわけではない。
 疾風戦団の“掟”の一つとして、団員同士は共通の任務中には可能な限り助け合うことになっているからだ。
 そこが、ただの組合ギルドや傭兵団との大きな違いだ。
 お互いが背を預けるにたる同朋であるという信頼。
 それが疾風戦団をより強い戦士団としている───と。
 
 これらの事柄、あらましを、俺は今ハッキリと思い出して居る。
 そして俺、“追放者グラー・ノロッドのオーク、ガンボン”は、捜索隊に志願し、リタ等と共に新たな捜索隊に加わり、闇の森へと舞い戻った。
 舞い戻り……一度は“死んで”しまったのだ。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 今、この荒れ果て焼け焦げた野営地の跡地を見ながら、俺は大きく息を飲む。
 両手両足は縄で縛られ、歩くことは出来るが肩幅以上には開かない。
 腰にも縄が巻かれており、その先にはセロン。俺と共にユリウス達ゴブリンの襲撃で捕虜になってしまったダークエルフの若者だ。
 両者を繋ぐ縄の端を、1人のホブゴブリンが握り締めている。さながら数珠繋ぎにされた犬のようだ。豚面だけど。
 豚面、と言えば俺のタカギのブーだけども、実はタカギも今回の捕虜の返還に含まれている。なので俺が作ったブー籠に入れられたまま、これまた別のホブゴブリンが抱えて付き従っているのだ。本に……本豚は至って暢気にプギプギお昼寝中だが。
 
 期日は指定内最長の五日後。
 その間俺とセロンと、仔地豚のタカギは、あてがわれた部屋の中でほぼ監禁状態で過ごした。
 部屋の外には見張りのゴブリン達が付き、それまでのある程度の自由行動は認められなくなった。
 五日目───つまりは今日の朝になり、賢者セージが俺に対して申し訳なさそうな態度で縄をかけると、連れ出されそのままこの場所へと来たのだ。
 
 この場に居るのは、俺とセロン、そしてその二人ともう一匹を見張るホブゴブリン。
 賢者セージ、銀ピカさんの腹心二人。
 その他三十名程のホブゴブリンに───ユリウスさんだ。
 開けた一帯へと入る前に、賢者セージがその盲目の目で周囲をつぶさに観察し、
「正面の木立の奥におよそ100前後……数人ずつ疎らに散開しての配置の様です。
 側面、背後には、私の観える範囲に伏兵はおりません」
 とユリウスさんに報告。
 賢者セージは盲目だがその代わりに「魂」そのものを観ることが出来る。
 これは言い替えれば、遮蔽物を無視して生命の存在を関知できる、体温感知のサーモグラフィーのようなものだ。
 
 レイフがガヤンの召喚獣を通じて伝えてきた要求は捕虜の返還。
 しかしユリウスさんは、ここをきっかけにして本格的な戦争へと持ち込もうとしている。
 そしてその可能性については、当然レイフ達ダークエルフも考慮しているだろう。
 だからお互い、伏兵を配置しつつ、相手方のそれを警戒する。
 実際、今ここには雄牛兜も黒髪ロングさんもヤンゴブさんも居ない。
 アジトの守りに残されているのか、そうでなければ別働隊としてどこかに配置されているのだろう。

「ふん……その程度か。
 だが他にも何かしら備えては居るだろうな。流石にここに来て未だ油断してる程間抜けじゃあるまい」
 ユリウスが不敵な表情で口元を歪める。
 その横顔に、俺は何かを言いたくて口を開く。開きかけて、しかし何を言えばよいか分からずに、まるで陸に上げられたら魚のようにパクパクとしては押し黙る。
 このまま───このまま行けば、遂にユリウスさんとレイフは対面する事になる。
 レイフは……分からない。分からないが、レイフがこんな無茶をしても捕虜の返還等と言うことを要求してきたのは、間違い無く俺を救うためだろう。
 勿論もう一人、セロンという捕虜も居る。居るが、それでもやはり、俺のうかつな行動がレイフに無茶をさせているのは確かなのだ。
 無い知恵絞って考えた俺の脱出計画が上手く行っていれば、もっと別の展開があったかもしれない。
 しれないがしかし───事は既に動いてしまった。
 決して望ましいとはいえない方向へと。
 
「動きました」
 賢者セージのその声が、俺の意識を現実に引き戻す。
 示す先に、幾人かの姿がある。
 この茂みからは2、300メートルほどあるだろうか。
 そこに、ローブを纏った8人ほどの姿があり、彼等が担ぎ上げた御輿の上にはさらに一人───レイフの姿がある。
 彼等はゆっくりとこちらへ進んで来る。
 見たところ他に姿はなく、見るからに無防備だ。
 程なくして野営地跡のほぼ中央近くにまで来ると、一行はそこで止まる。
 辺りの様子を窺っているのか、こちらが来るのを待っているのか。しかし彼等に怯えや戸惑い等の空気は無い。
 
「どう“観る”?」
「申し訳ありません、魂の周りに多くの魔力の流れがある為、まだ詳しくは観えません」
「ククク……成る程、用心深く魔装具で守りを固めているか……」
「最も多くの魔力の守りを受けているのは、やはり輿の上に座って居る者です。しかし……攻撃に関する魔力はあまり帯びて居ない様です」
「ふむ……」
 その様子を暫く観察し思案してから、ユリウスさんは配下へと指示を出す。
賢者セージ、お前は護衛を置いてここで待機だ。何かあれば【伝心】を使え。
 カナン、行くぞ」
「はっ!」
 銀ピカさんと俺達を捕縛しているホブゴブリン二人を従えて、ユリウスさんが中央に向かって威風堂々、何者をも恐れぬ足取りで進んでゆく。
 
 ◆ ◆ ◆
 
 焦土と化した野営地跡は、文字通りに凄惨な有り様を晒していた。
 それを暗雲と稲光が渦巻いて照らしている、ともなればおどろおどろしく忌まわしいと感じるのだろうけども、今は昼過ぎ。
 風吹き荒ぶ、ということもない、秋と言えまだ麗らかな日差しの元では、何か妙に牧歌的で穏やかな空気に包まれてしまう。
 
 中央には縄を掛けられたままの俺。そしてセロンと仔地豚のタカギ。
 それを挟む格好で対峙しているのは、ケルアディード郷のダークエルフ達と、数日前に彼らの使節団を襲撃し、俺達を捕虜として捕らえたゴブリン達。
 一方は、ちょうど四本の長い棒を井桁状に重ねた上に椅子を取り付けたような輿に乗り、八人のローブを纏ったダークエルフ達に担がれたレイフ。
 もう一方は、捕虜である俺達の腰縄を握り、仔地豚のタカギを入れた籠を持った二人のホブゴブリンと、銀ピカさんを従えた“ゴブリンロード”の、ユリウスさん。
 この両者が共に、俺同様に別世界からの生まれ変わりだという事を明確に知っているのは、少なくとも今この場この時においては、俺しか居ない……ハズだ。
 
 まず最初に口火を切ったのはレイフの方。
 レイフは最初に軽く、俺の方へと視線を送る。いや、送ってきたような気がする。
 俺はそれを受けて心の底から情けなく申し訳ない気持ちになる。
 その表情からはレイフの考えていることを読みとることは出来ない。
 しかしこの状況……レイフが危険を冒してまで「捕虜の引き渡し」等を申し出、今この場に身を晒しているのは、俺の不注意さの招いたことだ。
 俺が捕まらなければ、或いは……。そのことを考えずには居られない。
 
「まず初めに、捕虜引き渡しの為の会見を受けてくれたことに、感謝の意を表する」
 妙に形式ばった様な物言いで、右手を軽くあげたレイフが言う。
 ユリウスさんはそれを受け、
「構わん。ダークエルフにもお前の様な勇敢な者が居ることを知れたからな。
 とは言え、それが無謀な蛮勇ではないと証明出来るかどうかが、目下の問題ではないか?」
 
 レイフが魔法を学んでいる、ということは聞いている。しかしその目的は、ダークエルフ郷での町づくりを中心とした生活環境の向上だとも聞いている。
 所謂純粋な戦闘能力としての魔法の腕がどれほどなのか。俺は全く知らないし分からない。
 しかしどう考えても、あの規格外なチートスキル───食べたもののもつ能力を自分のものにして自由自在に使うことが出来るという能力───を持つユリウスさんに、レイフが勝てるという絵図は浮かんでこない。
 ここにレイフの母親であり、ケルアディード郷の氏族長のナナイが来ていたのなら別なのかもしれない。だが交渉役として来たのは、以前死にかけて甦生したときの後遺症で、杖が無ければ巧く歩くことも満足に出来なくなっているレイフなのだ。
 何故、そのレイフがここで矢面に立たねばならないのか───。そのことを俺は訝しみ、また同時に最悪の結末を恐れている。

「私はケルアディード郷氏族長、ナナイ・ケラーの子、レイフ。
 今回の捕虜受け渡しに関する交渉の全権を担っている。
 また、私は脚が些か不如意であるため、輿の上からの交渉となるがご了承願いたい」
 続けての、これまた慇懃無礼とも言える程の形式的で丁寧な物言い。この流れにはユリウスさんもやや表情を変え、ふ、と小さく笑いを洩らすと、
「面白いもんだな。人間が“邪悪で呪われた種族”と蔑むダークエルフの方が、ウッドエルフなんぞよりっぽど礼儀正しく、きちんとモノを観ているようだ」
「世の風聞など必ずしも当てにならぬのは、貴公自身が証明なさっておられるのでは?」
「さもあらん」
 ニヤリと不敵に笑うユリウスさん。
 
 一見すると、思いの外に和やかに会見が進んでいるかにも見えるやり取りだ。
 けど、俺は全くそんな風に思えない。
 色々と、いや、あまりに不自然だ。
 
 俺は正直、決して勘が鋭いとか観察力があるとかそういうタイプではない。
 それは「向こうの世界の俺」にしても、「追放者グラー・ノロッドのオーク、ガンボン」にしても、多分あまり変わらない。
 俺がこのやりとりに不自然さを感じるのは、レイフの言葉遣いや態度……というよりも、その目に、だ。
 ほんの二週間程度。それでレイフのどれほどのことを知れたと言えるのか。しかしけれども、今のレイフには何か得体の知れない……いや、何とも言い難い決意のようなものが秘められている───そんな気がする。
 
「だが───」
 ユリウスさんが言葉を継ぐ。
「俺の知ってる限りでは、ケルアディード郷の“外交官”は、氏族長の妹では無かったか?
 それがここに同席していないというのは、俺達を“外交相手”としては見做さない、という意味と受け取られても良い……ということなのかな?」
 その言葉───いや、“挑発”に、レイフの輿を担いでいるローブ姿のひとりが反応する。
 外交官であり、ユリウスさん達ゴブリンの襲撃を受けた使節団の団長をしていた氏族長ナナイの妹、マノン。
 俺の最後の記憶では、崖を背に陣を組み、その中でアランディ隊長に守られているところまで……だ。
 共に捕らわれてしまったセロン以外が、あの襲撃後どうなったのか? 助かったのか、それともそうでないのか。俺は全く知らない。
 
「叔母は生憎体調を崩している。
 私が交渉役をしているのはその名代でもあると考えて頂いて構わない」
 その言葉を信じるならば、少なくとも生きてはいる……とも言える。しかしそれも真実かどうかはここでは分かりようもない。
 分かりようもなく、悩みようも無いそのことに、俺が意識を持って行かれていると、レイフが引き続き言葉を繋げる。
 
「では、捕虜受け渡しの諸条件を決める……その前に」
 ここで、レイフはエルフ語を使うのを止めて、こう続けた。
 
「ユリウス、ガンボン、そして、僕。
 
 この三人 ───僕ら三人にしか出来ない話をしようか」
 
 はっきりとした、明瞭な日本語で、そう言った。
 
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