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もう一人の転生者

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「私ね、前世では事務職だったのよ。本当は料理が趣味で自分の店を開くのが夢だったんだけどね」
「料理が趣味なのですか?」
「えぇ。前世を思い出してからお店を出したいってお父様にお願いしたのに、王女だからダメって言われて」

 王女様の趣味でお店を開くって、税金をなんだと思ってるの? 前世で払っていた側のはずなのに呆れるわ。

「でも諦められなくて。元婚約者に相談したら、他国の貴族に嫁げば王女の私の方が身分が上だし言うこと聞いてくれるって言われて」
「な、なるほどです」

 ん? これって元婚約者の方、上手いこと言って王女との婚約をなかったことにしようとしてない?

「近隣国だとうちと食べてるものがそう変わらないけど、離れた国なら食文化が違うし人気店になりますよって。それで何ヶ国かピックアップしてくれた国を見てビックリよ! 前世大好きだった小説の舞台になっていた国と同じ国名があったもの」

 しかも中々帰ってこれない距離の国に追い出そうとしてるし。

 あれっ? 漫画じゃなくて小説? えっ、もしかしてあの漫画、原作小説が……あったわ。そう内容変わらないだろうと思ったのと、絵が好きだからと原作には手を出さなかったんだった。

「もう震えたわ。慌ててお父様に留学したいってお願いしたの。でもそんな離れた国に行かせたくないって中々許可してくれなくて…」
「……遠いですものね」
「でも元婚約者が任せてって言ってくれたわ。彼って私のことが大好きだから何でもしてくれたの」

 いやぁ、離れられるまたとない機会を無駄にしないよう、動いただけにしか聞こえないけどね。

「第三王子殿下との婚約は…?」
「お父様が動いてくれたわ。それまで交流が少なかったけど婚姻を気にって仲良くしましょうって」
「友好関係を結んだのですね」

 無理やりねじ込んだのね。にしても王族を動かすだけの頭脳を持つ公爵令息を、王族に取り入れられなかった損失に気付かないなんて大丈夫?

「ここからが重要よ」
「はい」
「私、ライナスと結婚したいの」
「…………は? 失礼しました。お兄様とですか?」

 第三王子殿下は?

「殿下の元婚約者は協力してくれてるわ」
「えっ!」
「あなたさっきから、は? とかえっ! とか失礼よ」
「申し訳ありません」
「まぁいいわ。今日だけ許してあげる。だからあなたも私がライナスと結婚できるよう協力しなさい」



 疲れた。あれから2時間位たったかしら? 本当気軽に会いたいなんて言うんじゃなかったわ。お手洗いに行ってくるって…もう解放してよ。

 それにしても彼女、王女として教育を受けてきてるはずなのに身につかなかったのか、今は前世が強く出てしまっているのか、考えるのが苦手みたいだった。面倒には変わりないのだけど、うまく立ち回れば何とかなりそう?

 それよりこれからも定期的にお茶会に呼ばれるなんて考えただけで憂鬱。

 今のうちに王女の話をまとめると…

 転生に気付いたのは12歳で、その頃は異世界転生に喜んでいただけ。一通り楽しんだあとにお店を開きたくなっておねだりが始まり、小説の世界だと気付いて留学を希望する。

 カフェテリアの料理長になった理由は2つあって、1つは前世の夢を叶えるため。もう1つはライナスお兄様の近くにいたいから。

 元々小説でも好きだったお兄様が、漫画化された際カッコよすぎてガチ恋し、主人公のナターシャを自分に置き換えて読んでいた。

 実物が存在してると知り、何としてでもお兄様と結婚したいと思う。ただお兄様に悪印象を抱いてほしくないからと使えるコマを探し…そこで目を付けたのが第三王子のご婚約者様である伯爵令嬢。

 お兄様と運命的な出会いをするためにもまずはこの国に来る理由が必要。だから気弱だと情報を得た伯爵令嬢に転生以外の話をして協力を求めた。
『第三王子にこの話をしたら王子をあなたに返さないって言ったら、迷わず協力するって』
 って…それって脅迫じゃない。

 ナターシャを使ってお兄様とニーナ様の婚約を解消させ、その後お兄様と運命的な出会いをする予定だそうで。それが上手くいくよう私に動けとか…。ナターシャにも思ったけど、私妹だよ? もっとうまく使えばいいのに。

「ごめん、お待たせ」
「いえ」
「協力する気になった?」

 選べるんかーい。待たせてごめんとか、ちょいちょい日本人らしい振る舞いをしてくるよね…協力するとは言わずそう思わせるような言い方でこの場を乗り切ろう。

「上手く動く自信がありません」
「そもそもナターシャが上手くいってないのも、ニーナが悪役令嬢になってないのもあなたのせいだと思うのよ」

 正解。ニーナ様が悪役令嬢になってないのは私のせいよ。

「私ですか…」
「だって本来あなたはいないはずだから」
「っ!!」

 なんでここにいるの、の理由を教えてくれるのね。

「安心して、多分生きてるわ」
「………」

 いやいや、まさかの死亡説! 単純に物語に存在してなかっただけだと思ってた。

「漫画では存在すらしていなかったけど、小説では出てくるのよ。えぇっと名前なんだっけ? 侯爵家の医師がライナスの妹を攫うの。その医師は学生時代からライナスのお父さんに憧れていて、自分が侯爵夫人になるためにエレナを誘拐するの。返してほしければ私と結婚しろってね」

 っ!!! 嘘でしょう!? 

「でもその途中で医師が馬車で事故死するのよ。盗賊に会うんだったっけな? どちらにせよエレナは生きてるけど、誘拐されたエレナを見つけることができずに物語が進むのよ」
「………」
「ほら、誘拐だから家紋がついてる馬車ってわけでもないし、どこの誰か分からないでしょ? 悲しみを抱えた侯爵家を救うのも、妹の事なんて忘れろと言ってくる傲慢な婚約者から逃げたいライナスを助けるのも主人公の役目。シスコン設定だったから、幼い妹に似て感情豊かな主人公にライナスは惹かれるの。だからてっきりあなたも転生者だと思ったのよねぇ」

 ちょ、ちょっと待って。全然話が入ってこない。まさかあの女医が関係していたなんて…確かにあの人おかしかったし、前世を思い出していなかったらその可能性もあった…よかった…あの時思い出せて…。

「同じ作者の小説で、他国の貴族だった少女が森で冒険者に拾われて幸せに生きる物語があってね。その少女は拾われる以前の記憶がないから新しく名前を付けられるんだけど、エレナじゃないかって読者はみんな予想していたの」
「そ、そうですか…」
「作者は想像に任せるってコメントを返していたけど。だから安心して? あなたは多分生きてるわよ」
「…………」

 その後、恐らく私が主人公の話を永遠としていたけど、全く頭に入ってこなかった。ここは漫画や小説とは似て非なる世界だって思っているし、私はここでちゃんと生きている。だから関係ないって分かってるけど、誘拐とか記憶喪失とか、他国の冒険者に拾われるとか…。

「じゃあよろしくね」

 お兄様とかニーナ様とか、第三王子とかサナ様とか、正直今は何も考えたくない。



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