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「再会」の入学式
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「千佳ちゃん、今日は遅かったのね」
玄関のドアを開けた瞬間、待ち構えていたように粘っこい声が私にまとわりついてきた。
「ママ、ごめんなさい。ちょっと道に迷ったせいで電車に間に合わなかったから」
「そうなの? やっぱりあんな遠くの学校じゃないほうがよかったんじゃない? 高校なんてこの近くにもあるんだから……」
瑞希ほどではないけれど、私の家から星山高校までもそこそこ時間がかかる。私が進学先としてそこを選んだとき、ママは猛反対した。なんとか説得したけれど、その代わりにたくさんの条件を付けられた。
門限は六時。寄り道は禁止。買い食いも禁止。学校に着いたら連絡。終わったら連絡。きっとこれから条件はどんどん増えていくのだろう。
「だけど私、どうしてもあの高校に行きたかったから」
「そう、そうね。千佳ちゃんはとっても頭がいいから。でもママ、心配なのよ。きっとこれから毎日、千佳ちゃんが学校から帰ってくるまで生きた心地がしないわ。ママが千佳ちゃんから目を離すと、また大変なことに……」
「やめて」
強く遮ると、ママは慌てて視線をあちこちにさ迷わせたあと、ぱちん、と手を叩いた。
「ああそうだ。もうすぐ桜田先生が来るんだものね。千佳ちゃん、今日はね、パウンドケーキを焼いたの。先生もお好きだって言ってたし、きっと喜んでいただけるわ」
「そうだね。私、着替えてくる」
私は二階にある自分の部屋に向かった。背中に、ママの視線がべったりと張り付いているのが分かる。それを断ち切るように、私は勢いよくドアを閉めた。
制服を脱いでハンガーに掛ける。ピンクのレースカーテン、イチゴ柄のベッドカバー、白いファーのラグ、ずらりと並んだイヌ、ネコ、クマ、パンダ、サルのぬいぐるみ。私の部屋は五歳のときから時間が止まっている。そんな歪な子供部屋に、藍色の制服はひどく不釣り合いだった。
ベッドに寝転がって、天井を見上げる。白い天井。昔の家はもう少しくすんだ白だったな。今のこの家はやけに白すぎて嘘みたいだ。
「ふじわらはるか」
ずっと胸に抱き続けていたその名前を口にした。
遥がしたように、唇を舐めてみる。かすかにハンバーガーソースの味がした。それは、ママには秘密の味。嘘の味。
大丈夫。私、ちゃんとできるよ。チー。
目を閉じて、そう報告をする。
****
沢野知花。それがチーの本当の名前。
彼女が私の幼稚園に転園してきたのは四歳のときだった。
同じ名前を持った私たちはすぐに仲良くなった。いつも手をつないで一緒に遊ぶ私たちを見た人たちは「双子みたい」と口をそろえて言った。
私がチーを真似たのか、チーが私を真似たのか、それとも、もともとそっくりだったのか、私たちは嗜好も仕草も外見も似通っていて、私たち二人の母親でさえも、ぱっと見ではどちらがどちらか判別できないほどだった。
いつも一緒にいた私たちは、いつしか名前を分け合うようになった。
チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。
そうやって笑い合う。くだらなくて、楽しい毎日だった。
そんなチーが、突然消えた。
波が、世界が、チーをさらってしまったから。
チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。
名前を分け合った私たちは、半分を失ったままじゃ生きられない。
だから、私はチーのすべてを引き継がなくちゃいけない。私の中に、チーを納めて、チーが生きるはずだった未来を生きる。
そうでもしないと、私は生きられない。生きていちゃいけない。
――わたし、はるかが、だいすきなの。
遥と星山高校で再会を約束したのはチーだ。遥が今日「ちか」と呼ぶはずだったのは、私じゃなく、チーのほう。
チーが大切にしていた約束と初恋は、私がちゃんと引き継ぐから。
だから――許して。
****
チャイムの音に、ふっと意識が現実に戻ってくる。いつの間にか少し眠っていたらしい。
「まあまあ、先生。いつもありがとうございます。今日はね、パウンドケーキを用意したんですよ。よろしかったら先に少し召し上がりません?」
「お誘いはありがたいんですけど、まだ仕事もしてないのにそれはちょっと……」
「そんな堅いことおっしゃらずに。さあ、どうぞ」
ママったら、またやってる。
ドアの向こうから聞こえる声に苦笑する。ベッドから飛び降りると、その勢いのまま部屋のドアを開けた。
「先生、待ってたんですよ。一緒に新しい教科書見てほしくって」
「千佳ちゃん、そんないきなり……。桜田先生に失礼よ」
「いや、熱心なのはいいことですよ。じゃあ予習も兼ねて、ざっと目を通そうか」
階段を上りながら、私たちはママに気付かれないように、こっそりと笑みを交わした。
「あー助かった。ぴーちゃん、サンキュ」
しっ、とたしなめてから、ドアを細く開けてママがいないかを確認する。しっかりとドアを閉めて、今度ははっきりと笑い合った。
「もう瑛輔くん。そんなビジュアルで気弱すぎ」
「それとこれは関係ないだろ。人間性の問題だよ」
私の四歳上である瑛輔くんは、シルバーアッシュのツンツン頭をがりがりと掻いた。
卑猥な英単語が羅列された穴だらけの長袖Tシャツに赤いレザーパンツ。そんなパンキッシュなスタイルに似合わず、有名大学の医学部の優秀な学生である彼は、総合病院の院長の一人息子という、輝かしい将来が確約された存在でもある。
R製薬という製薬会社に勤める私の父と彼の父親が仕事を通じて仲良くなったのが縁で、三年前から瑛輔くんは私の家庭教師をしている。
あとでママから知らされたことだけれど、こんなふうに(主にビジュアル面で)奔放な瑛輔くんを心配した病院長が父に「人様の人生に責任を持つことを知ってほしい」と、頼み込んだらしい。
初めて瑛輔くんがこの家に来たときの、ママの愕然とした顔を思い出すと、今でもおかしくて仕方ない。
長い金髪を後ろで結わえ、あちこち鋲が打ち込まれたジャケットに膝小僧が丸出しになるダメージジーンズ、歩くたびにじゃらじゃらとぶら下がったチェーンが鳴る、そんなスタイルで現れた青年が、
「初めまして。桜田瑛輔です。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
と、うやうやしく菓子折りを差し出すというカオスな状況だったからだ。ママはさり気なくパパに「あんな人と千佳ちゃんを二人きりにするなんて」と抗議していたが、パパは「彼は優秀だから」と答えるだけだった。
その通り、瑛輔くんは家庭教師として超一級の人物だった。もともと私の成績も悪くなかったが、星山高校の新入生代表になれたのは瑛輔くんのおかげだ。いつの間にかママもすっかり瑛輔くんがお気に入りだ。
だけど、瑛輔くんの本当の価値は私を「ぴーちゃん」と呼んだことだ。
「籠の中の鳥。だからぴーちゃん」
嘘が通用しない、本質を見抜く人。
瑛輔くんと一緒にいるこの時間は、ときおり見上げる青空のように、私の心に風を通してくれる。
そして、今では兄のような瑛輔くんを、私は今回の共犯者に選んだ。
「ぴーちゃん、今日入学式だったんだろ? ちゃんと見つかったのか、例のやつ」
「もちろん」
ひゅーっと瑛輔くんが口笛を鳴らした。
「初恋の引継ぎねぇ。やっぱり、俺は賛成しないけどな」
「ほっといて。瑛輔くんはアドバイスだけくれればいい。男心は私より分かるでしょ? あとは私がやる」
瑛輔くんがまた頭を掻く。
「その歳で男を騙そうなんて、ぴーちゃんもひどい女だね」
「……そうだよ。私、嘘つきだから」
「とりあえず、出会うことはできたわけだから、後は気付かれないように気をつけないとな」
「それは大丈夫。さ、少しは瑛輔くんに仕事させなきゃね。そろそろママがお茶を持ってくるころだから。ママご自慢のパウンドケーキは私が瑛輔くんのぶんも食べてあげる」
「いつもすみませんね」
瑛輔くんは他人が作ったものは苦手で、自分の家族や家政婦さんが作ったものかレストランで出てくるもの、それに既製品以外ほとんど口にしない。
そのくせ、はっきりノーを言えないだけでなく「おいしかったです」なんてお世辞まで言っちゃうから、ママのような手作り至上主義の人を喜ばせ、あれもこれもと押し付けられてしまうのだ。
瑛輔くんが帰って、ママと二人きりの夕食を済ませた私は、パンパンになったお腹をさすりながらベッドに横たわっていた。さすがにハンバーガーのセットと二人分のパウンドケーキを入れた後だとキツい。
ベッドのマットレスの下に手を差し入れて、隠していたノートを引っ張り出す。黒い厚手の表紙は、角が擦れてぼろぼろになっていた。
チーがいなくなって初めてのお正月、私はお年玉でこのノートを買った。六歳の子どもにはずいぶんと大人びたデザインだったけれど、一生持ち続けなければいけないものだからと、店で一番丈夫そうなものを選んだ。
これには、私が知ってるチーのすべてを書き込んである。話したこと、何が好きで何が嫌いで何に怒って何に泣くのか。笑いかた、話しかた、仕草や癖……。このノートはチーそのものだ。
本当はもっと大切にしまってあげたいけど、ママはときどき勝手に私の部屋に入るから隠しておかなくちゃ。ごめんね、チー。
表紙を開くと、一ページ目に五歳の私がシャープペンシルで書き込んだへたくそな文字が並んでいる。何度も指でなぞったせいで、ずいぶん薄くなってしまった。
『ふじわらはるかと、せいざんこうこうで、あう、やくそくをした』
この約束、ちゃんと守れたよ。
チーを嘘つきになんかさせない。嘘つきは、私だけ。
玄関のドアを開けた瞬間、待ち構えていたように粘っこい声が私にまとわりついてきた。
「ママ、ごめんなさい。ちょっと道に迷ったせいで電車に間に合わなかったから」
「そうなの? やっぱりあんな遠くの学校じゃないほうがよかったんじゃない? 高校なんてこの近くにもあるんだから……」
瑞希ほどではないけれど、私の家から星山高校までもそこそこ時間がかかる。私が進学先としてそこを選んだとき、ママは猛反対した。なんとか説得したけれど、その代わりにたくさんの条件を付けられた。
門限は六時。寄り道は禁止。買い食いも禁止。学校に着いたら連絡。終わったら連絡。きっとこれから条件はどんどん増えていくのだろう。
「だけど私、どうしてもあの高校に行きたかったから」
「そう、そうね。千佳ちゃんはとっても頭がいいから。でもママ、心配なのよ。きっとこれから毎日、千佳ちゃんが学校から帰ってくるまで生きた心地がしないわ。ママが千佳ちゃんから目を離すと、また大変なことに……」
「やめて」
強く遮ると、ママは慌てて視線をあちこちにさ迷わせたあと、ぱちん、と手を叩いた。
「ああそうだ。もうすぐ桜田先生が来るんだものね。千佳ちゃん、今日はね、パウンドケーキを焼いたの。先生もお好きだって言ってたし、きっと喜んでいただけるわ」
「そうだね。私、着替えてくる」
私は二階にある自分の部屋に向かった。背中に、ママの視線がべったりと張り付いているのが分かる。それを断ち切るように、私は勢いよくドアを閉めた。
制服を脱いでハンガーに掛ける。ピンクのレースカーテン、イチゴ柄のベッドカバー、白いファーのラグ、ずらりと並んだイヌ、ネコ、クマ、パンダ、サルのぬいぐるみ。私の部屋は五歳のときから時間が止まっている。そんな歪な子供部屋に、藍色の制服はひどく不釣り合いだった。
ベッドに寝転がって、天井を見上げる。白い天井。昔の家はもう少しくすんだ白だったな。今のこの家はやけに白すぎて嘘みたいだ。
「ふじわらはるか」
ずっと胸に抱き続けていたその名前を口にした。
遥がしたように、唇を舐めてみる。かすかにハンバーガーソースの味がした。それは、ママには秘密の味。嘘の味。
大丈夫。私、ちゃんとできるよ。チー。
目を閉じて、そう報告をする。
****
沢野知花。それがチーの本当の名前。
彼女が私の幼稚園に転園してきたのは四歳のときだった。
同じ名前を持った私たちはすぐに仲良くなった。いつも手をつないで一緒に遊ぶ私たちを見た人たちは「双子みたい」と口をそろえて言った。
私がチーを真似たのか、チーが私を真似たのか、それとも、もともとそっくりだったのか、私たちは嗜好も仕草も外見も似通っていて、私たち二人の母親でさえも、ぱっと見ではどちらがどちらか判別できないほどだった。
いつも一緒にいた私たちは、いつしか名前を分け合うようになった。
チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。
そうやって笑い合う。くだらなくて、楽しい毎日だった。
そんなチーが、突然消えた。
波が、世界が、チーをさらってしまったから。
チーとカー。私たちは二人で一人。一人だと半分。
名前を分け合った私たちは、半分を失ったままじゃ生きられない。
だから、私はチーのすべてを引き継がなくちゃいけない。私の中に、チーを納めて、チーが生きるはずだった未来を生きる。
そうでもしないと、私は生きられない。生きていちゃいけない。
――わたし、はるかが、だいすきなの。
遥と星山高校で再会を約束したのはチーだ。遥が今日「ちか」と呼ぶはずだったのは、私じゃなく、チーのほう。
チーが大切にしていた約束と初恋は、私がちゃんと引き継ぐから。
だから――許して。
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チャイムの音に、ふっと意識が現実に戻ってくる。いつの間にか少し眠っていたらしい。
「まあまあ、先生。いつもありがとうございます。今日はね、パウンドケーキを用意したんですよ。よろしかったら先に少し召し上がりません?」
「お誘いはありがたいんですけど、まだ仕事もしてないのにそれはちょっと……」
「そんな堅いことおっしゃらずに。さあ、どうぞ」
ママったら、またやってる。
ドアの向こうから聞こえる声に苦笑する。ベッドから飛び降りると、その勢いのまま部屋のドアを開けた。
「先生、待ってたんですよ。一緒に新しい教科書見てほしくって」
「千佳ちゃん、そんないきなり……。桜田先生に失礼よ」
「いや、熱心なのはいいことですよ。じゃあ予習も兼ねて、ざっと目を通そうか」
階段を上りながら、私たちはママに気付かれないように、こっそりと笑みを交わした。
「あー助かった。ぴーちゃん、サンキュ」
しっ、とたしなめてから、ドアを細く開けてママがいないかを確認する。しっかりとドアを閉めて、今度ははっきりと笑い合った。
「もう瑛輔くん。そんなビジュアルで気弱すぎ」
「それとこれは関係ないだろ。人間性の問題だよ」
私の四歳上である瑛輔くんは、シルバーアッシュのツンツン頭をがりがりと掻いた。
卑猥な英単語が羅列された穴だらけの長袖Tシャツに赤いレザーパンツ。そんなパンキッシュなスタイルに似合わず、有名大学の医学部の優秀な学生である彼は、総合病院の院長の一人息子という、輝かしい将来が確約された存在でもある。
R製薬という製薬会社に勤める私の父と彼の父親が仕事を通じて仲良くなったのが縁で、三年前から瑛輔くんは私の家庭教師をしている。
あとでママから知らされたことだけれど、こんなふうに(主にビジュアル面で)奔放な瑛輔くんを心配した病院長が父に「人様の人生に責任を持つことを知ってほしい」と、頼み込んだらしい。
初めて瑛輔くんがこの家に来たときの、ママの愕然とした顔を思い出すと、今でもおかしくて仕方ない。
長い金髪を後ろで結わえ、あちこち鋲が打ち込まれたジャケットに膝小僧が丸出しになるダメージジーンズ、歩くたびにじゃらじゃらとぶら下がったチェーンが鳴る、そんなスタイルで現れた青年が、
「初めまして。桜田瑛輔です。ふつつかものですが、よろしくお願いします」
と、うやうやしく菓子折りを差し出すというカオスな状況だったからだ。ママはさり気なくパパに「あんな人と千佳ちゃんを二人きりにするなんて」と抗議していたが、パパは「彼は優秀だから」と答えるだけだった。
その通り、瑛輔くんは家庭教師として超一級の人物だった。もともと私の成績も悪くなかったが、星山高校の新入生代表になれたのは瑛輔くんのおかげだ。いつの間にかママもすっかり瑛輔くんがお気に入りだ。
だけど、瑛輔くんの本当の価値は私を「ぴーちゃん」と呼んだことだ。
「籠の中の鳥。だからぴーちゃん」
嘘が通用しない、本質を見抜く人。
瑛輔くんと一緒にいるこの時間は、ときおり見上げる青空のように、私の心に風を通してくれる。
そして、今では兄のような瑛輔くんを、私は今回の共犯者に選んだ。
「ぴーちゃん、今日入学式だったんだろ? ちゃんと見つかったのか、例のやつ」
「もちろん」
ひゅーっと瑛輔くんが口笛を鳴らした。
「初恋の引継ぎねぇ。やっぱり、俺は賛成しないけどな」
「ほっといて。瑛輔くんはアドバイスだけくれればいい。男心は私より分かるでしょ? あとは私がやる」
瑛輔くんがまた頭を掻く。
「その歳で男を騙そうなんて、ぴーちゃんもひどい女だね」
「……そうだよ。私、嘘つきだから」
「とりあえず、出会うことはできたわけだから、後は気付かれないように気をつけないとな」
「それは大丈夫。さ、少しは瑛輔くんに仕事させなきゃね。そろそろママがお茶を持ってくるころだから。ママご自慢のパウンドケーキは私が瑛輔くんのぶんも食べてあげる」
「いつもすみませんね」
瑛輔くんは他人が作ったものは苦手で、自分の家族や家政婦さんが作ったものかレストランで出てくるもの、それに既製品以外ほとんど口にしない。
そのくせ、はっきりノーを言えないだけでなく「おいしかったです」なんてお世辞まで言っちゃうから、ママのような手作り至上主義の人を喜ばせ、あれもこれもと押し付けられてしまうのだ。
瑛輔くんが帰って、ママと二人きりの夕食を済ませた私は、パンパンになったお腹をさすりながらベッドに横たわっていた。さすがにハンバーガーのセットと二人分のパウンドケーキを入れた後だとキツい。
ベッドのマットレスの下に手を差し入れて、隠していたノートを引っ張り出す。黒い厚手の表紙は、角が擦れてぼろぼろになっていた。
チーがいなくなって初めてのお正月、私はお年玉でこのノートを買った。六歳の子どもにはずいぶんと大人びたデザインだったけれど、一生持ち続けなければいけないものだからと、店で一番丈夫そうなものを選んだ。
これには、私が知ってるチーのすべてを書き込んである。話したこと、何が好きで何が嫌いで何に怒って何に泣くのか。笑いかた、話しかた、仕草や癖……。このノートはチーそのものだ。
本当はもっと大切にしまってあげたいけど、ママはときどき勝手に私の部屋に入るから隠しておかなくちゃ。ごめんね、チー。
表紙を開くと、一ページ目に五歳の私がシャープペンシルで書き込んだへたくそな文字が並んでいる。何度も指でなぞったせいで、ずいぶん薄くなってしまった。
『ふじわらはるかと、せいざんこうこうで、あう、やくそくをした』
この約束、ちゃんと守れたよ。
チーを嘘つきになんかさせない。嘘つきは、私だけ。
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