トリニティ・ロンド

清谷ロジィ

文字の大きさ
上 下
5 / 6
ともだち

しおりを挟む
『定期演奏会を見に来る学生は必ず制服を着用すること。我が校の品位をおとしめることのないよう行動すること』

 マユにもらった招待状には、そんなルールが記載されていた。
 過去に、私服で来た生徒たちが帰りに繁華街で遊んで補導され、結構な問題になったせいらしい。
 休日に制服を着て、普段は足を踏み入れることのない市民ホールに来るなんて、なんだか現実味がなくて、夢でも見ているみたいだった。
 受付で招待状を出すと、ステージがよく見える前方の席に案内された。
 周りにいるのは、おそらく部員の家族や知り合いで、制服姿の私たちはすごく浮いていた。
 収容人数一〇〇〇人ほどのホールは満席で、ざわざわ、がやがやと、形容しがたい騒がしさで満ちていた。少し声を張らないと、隣に座ったユータとも会話がままならない。

「すごい人だね。なんかこっちまで緊張しちゃう」

 ああ、と答えるユータは、どこか退屈そうにスマートフォンをいじっている。その隣のコーヘイも所在なさそうに、受付で渡された薄いパンフレットをぺらぺらと何度もめくっては眺めていた。
 ステージの上には、ずらりとパイプ椅子が並んでいた。あそこで演奏するってどんな気持ちなんだろう。私には想像もできない。
 開演を知らせるブザーが鳴って、会場の照明が落とされた。
 ホールに満ちていた騒がしさが消え、こそこそ、ひそひそ、という新しいざわめきが暗闇を漂い始める。
 ステージの上から、がたがた。パイプ椅子が動く音。
 影が動いて、かさかさ。これはたぶん楽譜をめくる音。
 いろんな音が混じり合ってさざ波のようだ。なんだか心地よくて、目を閉じたら眠ってしまいそう……。
 そのとき、ぱっと点いたライトが一筋、暗闇を切り裂いてステージに向かった。その光の中で立ち上がったのは――マユ。
 フルートを手に、少し緊張したような顔が、ゆっくりと客席を見渡した。
 マユと目が合った、ような気がした。マユの目が私、コーヘイ、となぞっていく。
 そして、最後にユータにぴたりと止まった。ふわり、と笑顔が浮かんだ。
 わずかに息を吸う仕草のあと、マユはゆっくりとフルートを構えた。生まれる、音。
 マユから生み出された音が、暗闇に漂うざわめきを打ち砕いて、会場を駆け巡り、みんなの視線と心を絡め取ってステージへと導いていく。
 思わず目を細めてしまうほどの光があふれ、ステージ全体が照らし出されると、音楽になって、わっと客席に押し寄せてきた。
 マユのソロパートなんてほんの数秒だった。けれど、隣に座ったユータの体が強ばったのが分かった。コーヘイが息をのんだ音がかすかに聞こえた。
 スポットライトの中で演奏するマユと、暗い客席にいる私。
 うらやましい。憎らしい。苦しくなる。
 それなのに、私は誇らしかった。
 マユの友達でよかったって、そう思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

それは片想い

あず
恋愛
あなたのはどんな片想い? 色んな形 色んな感情 叶わないからせめて嘆かせて。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

一夜の男

詩織
恋愛
ドラマとかの出来事かと思ってた。 まさか自分にもこんなことが起きるとは... そして相手の顔を見ることなく逃げたので、知ってる人かも全く知らない人かもわからない。

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

大人な軍人の許嫁に、抱き上げられています

真風月花
恋愛
大正浪漫の恋物語。婚約者に子ども扱いされてしまうわたしは、大人びた格好で彼との逢引きに出かけました。今日こそは、手を繋ぐのだと固い決意を胸に。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

処理中です...