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ともだち
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『定期演奏会を見に来る学生は必ず制服を着用すること。我が校の品位をおとしめることのないよう行動すること』
マユにもらった招待状には、そんなルールが記載されていた。
過去に、私服で来た生徒たちが帰りに繁華街で遊んで補導され、結構な問題になったせいらしい。
休日に制服を着て、普段は足を踏み入れることのない市民ホールに来るなんて、なんだか現実味がなくて、夢でも見ているみたいだった。
受付で招待状を出すと、ステージがよく見える前方の席に案内された。
周りにいるのは、おそらく部員の家族や知り合いで、制服姿の私たちはすごく浮いていた。
収容人数一〇〇〇人ほどのホールは満席で、ざわざわ、がやがやと、形容しがたい騒がしさで満ちていた。少し声を張らないと、隣に座ったユータとも会話がままならない。
「すごい人だね。なんかこっちまで緊張しちゃう」
ああ、と答えるユータは、どこか退屈そうにスマートフォンをいじっている。その隣のコーヘイも所在なさそうに、受付で渡された薄いパンフレットをぺらぺらと何度もめくっては眺めていた。
ステージの上には、ずらりとパイプ椅子が並んでいた。あそこで演奏するってどんな気持ちなんだろう。私には想像もできない。
開演を知らせるブザーが鳴って、会場の照明が落とされた。
ホールに満ちていた騒がしさが消え、こそこそ、ひそひそ、という新しいざわめきが暗闇を漂い始める。
ステージの上から、がたがた。パイプ椅子が動く音。
影が動いて、かさかさ。これはたぶん楽譜をめくる音。
いろんな音が混じり合ってさざ波のようだ。なんだか心地よくて、目を閉じたら眠ってしまいそう……。
そのとき、ぱっと点いたライトが一筋、暗闇を切り裂いてステージに向かった。その光の中で立ち上がったのは――マユ。
フルートを手に、少し緊張したような顔が、ゆっくりと客席を見渡した。
マユと目が合った、ような気がした。マユの目が私、コーヘイ、となぞっていく。
そして、最後にユータにぴたりと止まった。ふわり、と笑顔が浮かんだ。
わずかに息を吸う仕草のあと、マユはゆっくりとフルートを構えた。生まれる、音。
マユから生み出された音が、暗闇に漂うざわめきを打ち砕いて、会場を駆け巡り、みんなの視線と心を絡め取ってステージへと導いていく。
思わず目を細めてしまうほどの光があふれ、ステージ全体が照らし出されると、音楽になって、わっと客席に押し寄せてきた。
マユのソロパートなんてほんの数秒だった。けれど、隣に座ったユータの体が強ばったのが分かった。コーヘイが息をのんだ音がかすかに聞こえた。
スポットライトの中で演奏するマユと、暗い客席にいる私。
うらやましい。憎らしい。苦しくなる。
それなのに、私は誇らしかった。
マユの友達でよかったって、そう思った。
マユにもらった招待状には、そんなルールが記載されていた。
過去に、私服で来た生徒たちが帰りに繁華街で遊んで補導され、結構な問題になったせいらしい。
休日に制服を着て、普段は足を踏み入れることのない市民ホールに来るなんて、なんだか現実味がなくて、夢でも見ているみたいだった。
受付で招待状を出すと、ステージがよく見える前方の席に案内された。
周りにいるのは、おそらく部員の家族や知り合いで、制服姿の私たちはすごく浮いていた。
収容人数一〇〇〇人ほどのホールは満席で、ざわざわ、がやがやと、形容しがたい騒がしさで満ちていた。少し声を張らないと、隣に座ったユータとも会話がままならない。
「すごい人だね。なんかこっちまで緊張しちゃう」
ああ、と答えるユータは、どこか退屈そうにスマートフォンをいじっている。その隣のコーヘイも所在なさそうに、受付で渡された薄いパンフレットをぺらぺらと何度もめくっては眺めていた。
ステージの上には、ずらりとパイプ椅子が並んでいた。あそこで演奏するってどんな気持ちなんだろう。私には想像もできない。
開演を知らせるブザーが鳴って、会場の照明が落とされた。
ホールに満ちていた騒がしさが消え、こそこそ、ひそひそ、という新しいざわめきが暗闇を漂い始める。
ステージの上から、がたがた。パイプ椅子が動く音。
影が動いて、かさかさ。これはたぶん楽譜をめくる音。
いろんな音が混じり合ってさざ波のようだ。なんだか心地よくて、目を閉じたら眠ってしまいそう……。
そのとき、ぱっと点いたライトが一筋、暗闇を切り裂いてステージに向かった。その光の中で立ち上がったのは――マユ。
フルートを手に、少し緊張したような顔が、ゆっくりと客席を見渡した。
マユと目が合った、ような気がした。マユの目が私、コーヘイ、となぞっていく。
そして、最後にユータにぴたりと止まった。ふわり、と笑顔が浮かんだ。
わずかに息を吸う仕草のあと、マユはゆっくりとフルートを構えた。生まれる、音。
マユから生み出された音が、暗闇に漂うざわめきを打ち砕いて、会場を駆け巡り、みんなの視線と心を絡め取ってステージへと導いていく。
思わず目を細めてしまうほどの光があふれ、ステージ全体が照らし出されると、音楽になって、わっと客席に押し寄せてきた。
マユのソロパートなんてほんの数秒だった。けれど、隣に座ったユータの体が強ばったのが分かった。コーヘイが息をのんだ音がかすかに聞こえた。
スポットライトの中で演奏するマユと、暗い客席にいる私。
うらやましい。憎らしい。苦しくなる。
それなのに、私は誇らしかった。
マユの友達でよかったって、そう思った。
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