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好きになってくれる人
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放課後になるとすぐに、マユは部室にすっ飛んで行ってしまった。「じゃあね」なんて言う間もないくらいの速さ。
同じクラスの私でさえそうなのだから、隣のクラスのユータなんか今日一日、口もきいてないかもしれない。
ユータのことを想うと、胸が甘く疼く。
また今日も一緒に帰れるかな。
どんどんと人がいなくなっていく教室で、私はあの声を待ってぐずぐずしていた。
「ユータなら数学の補習で居残りだけど」
教室の入り口から声を掛けてきたのはコーヘイだった。見透かされていたみたいで顔が熱くなる。
「別に待ってたわけじゃないし。今、帰ろうと思ってたの」
誤魔化すように勢いよく立ち上がった。あっそ、とコーヘイはどうでもよさそうに言った。
「じゃあ、一緒に帰ろうぜ」
吹奏楽部の演奏は、今日も校舎に響き渡っている。
この前よりぎこちなさが薄れて音が力強くなったし、滑らかな流れに、思わず一緒になって口ずさんでしまうくらい。
昇降口で靴を履き替えると、今日はすんなりと足が入った。まるで買ったばかりのときと同じようにフィットしている。
うん、いい感じ。
「何にやにやしてんの。けっこう気持ち悪いぞ、その顔」
「ちょっと。仮にも女の子に向かって失礼じゃない?」
「仮にもって自分で言ってんじゃん」
「うるさい!」
私がコーヘイの肩を、ばしん、と叩いたのと同じタイミングで、トランペットが高らかに鳴った。あまりにもピッタリだったので、思わず二人で笑ってしまう。
コーヘイはいつも無表情で口が悪い。でも、一緒にいると気が楽だ。
風に吹かれて歩道を滑る落葉のカサカサと吹奏楽部の演奏が混じり合って、不思議な音楽になる。それに合わせた軽快な足取りで校門をくぐった。
「マユ、頑張ってるみたいだな。ま、そのせいでユータは不機嫌だけど」
「いつものことでしょ。演奏会が終わればきっと元通りだよ」
「でも、限界もあるんだぜ」
そう言って、コーヘイはちらりと私を見た。コーヘイはときどき、こんなあいまいな物言いをする。そのときの、私の心の奥底まで見透かすような目はちょっと苦手だ。
「ハンバーガーでも食ってこーぜ」
「別にいいけど」
コーヘイとなら、二人でいるところを見られても全然平気だ。誤解されることもないし、されたとしても、そんなのあり得ないと笑い飛ばせる。
「アカリのおごりな」
「はぁ? 意味分かんないんですけど」
「ユータにはコーヒーおごったのに、俺はダメなの?」
一瞬、間が空いて、コーヘイがふっと笑った。
「冗談だって」
「そういうの、笑えないから。――そういえばコーヘイ、聞いたよ。また告られたんだって?」
私は、さり気なく話題を変えた。しかも、コーヘイが嫌がる話題に。
高校に入ってからコーヘイは急にモテるようになった。口が悪くて無表情だけど優しい、なんて理由らしいけど、私にはよく分からない。
コーヘイは、そのことを私たちにからかわれるのをすごく嫌がった。
だけど、私だって今、ちょっと嫌な気分にさせられたから仕返ししたっていいよね。そんな言い訳をして、私は冷やかすようにコーヘイを肘で突いた。
「四組の白川さんって、けっこう可愛い子だよね。どうすんの? 付き合っちゃうの?」
「んなわけねーだろ」
わずかに尖ったコーヘイの声に、私はびくりと身を縮めた。なに怒ってんのよ、と呟くと、コーヘイも気まずそうに私から視線をそらした。
カサカサ。カサカサ。落葉が私たちを追い越していく。
「お前だって、いつまでそうしてんだよ」
「え?」
「ユータのこと。あいつ、悪いやつじゃないけど、ずるいからな。それに、もしあいつらが別れたとして、そのあとで、お前はユータと付き合えんの?」
「……なによ、それ」
私は顔を伏せて足を速めた。とたんにローファーが足を締め付ける。ずきん、ずきんと痛みが脈を打つ。今日はずっと調子よかったのに。
「待てって」
コーヘイに強くつかまれた腕が、じんと痺れた。
「俺、アカリのこと好きだ」
「えっ」
「たぶん、初めて会ったときからずっと。お前はユータのことばっかり見てて気付かなかっただろうけど」
コーヘイはこんなときでも無表情だ。その言葉が本当かどうかさえ疑ってしまうくらい。
「……そんなこと、言わないでよ」
か細い声は、自分の声じゃないみたいだった。
ユータはマユが好きで、マユはユータが好き。私はユータが好きで、コーヘイは私が好き。
そして、ユータと私のたった一度のキス。
私たちは仲良し四人組。ずっと、いつまでも変わらない。
あのオレンジ色の夕陽に見守られて交わした青臭い約束は、どこに行ってしまったんだろう。
吹奏楽部の演奏はもうとっくに聞こえない。聞こえるのは、落葉のカサカサだけ。
「悪かったな」
見上げると、いつもの無表情が、叱られた犬みたいにシュンとしている。初めて見るその顔に、不覚にも笑ってしまう。
仕方ない。許してあげる。だって、私たちは仲良し四人組だから。
私は、どんどん歪になっていくバランスをなんとか保っていたくて必死だった。
「今日は、コーヘイのおごり」
ハンバーガーショップの前で私がそう言うと、コーヘイは困ったように頭をかいて、マジかよ、とこぼした。
同じクラスの私でさえそうなのだから、隣のクラスのユータなんか今日一日、口もきいてないかもしれない。
ユータのことを想うと、胸が甘く疼く。
また今日も一緒に帰れるかな。
どんどんと人がいなくなっていく教室で、私はあの声を待ってぐずぐずしていた。
「ユータなら数学の補習で居残りだけど」
教室の入り口から声を掛けてきたのはコーヘイだった。見透かされていたみたいで顔が熱くなる。
「別に待ってたわけじゃないし。今、帰ろうと思ってたの」
誤魔化すように勢いよく立ち上がった。あっそ、とコーヘイはどうでもよさそうに言った。
「じゃあ、一緒に帰ろうぜ」
吹奏楽部の演奏は、今日も校舎に響き渡っている。
この前よりぎこちなさが薄れて音が力強くなったし、滑らかな流れに、思わず一緒になって口ずさんでしまうくらい。
昇降口で靴を履き替えると、今日はすんなりと足が入った。まるで買ったばかりのときと同じようにフィットしている。
うん、いい感じ。
「何にやにやしてんの。けっこう気持ち悪いぞ、その顔」
「ちょっと。仮にも女の子に向かって失礼じゃない?」
「仮にもって自分で言ってんじゃん」
「うるさい!」
私がコーヘイの肩を、ばしん、と叩いたのと同じタイミングで、トランペットが高らかに鳴った。あまりにもピッタリだったので、思わず二人で笑ってしまう。
コーヘイはいつも無表情で口が悪い。でも、一緒にいると気が楽だ。
風に吹かれて歩道を滑る落葉のカサカサと吹奏楽部の演奏が混じり合って、不思議な音楽になる。それに合わせた軽快な足取りで校門をくぐった。
「マユ、頑張ってるみたいだな。ま、そのせいでユータは不機嫌だけど」
「いつものことでしょ。演奏会が終わればきっと元通りだよ」
「でも、限界もあるんだぜ」
そう言って、コーヘイはちらりと私を見た。コーヘイはときどき、こんなあいまいな物言いをする。そのときの、私の心の奥底まで見透かすような目はちょっと苦手だ。
「ハンバーガーでも食ってこーぜ」
「別にいいけど」
コーヘイとなら、二人でいるところを見られても全然平気だ。誤解されることもないし、されたとしても、そんなのあり得ないと笑い飛ばせる。
「アカリのおごりな」
「はぁ? 意味分かんないんですけど」
「ユータにはコーヒーおごったのに、俺はダメなの?」
一瞬、間が空いて、コーヘイがふっと笑った。
「冗談だって」
「そういうの、笑えないから。――そういえばコーヘイ、聞いたよ。また告られたんだって?」
私は、さり気なく話題を変えた。しかも、コーヘイが嫌がる話題に。
高校に入ってからコーヘイは急にモテるようになった。口が悪くて無表情だけど優しい、なんて理由らしいけど、私にはよく分からない。
コーヘイは、そのことを私たちにからかわれるのをすごく嫌がった。
だけど、私だって今、ちょっと嫌な気分にさせられたから仕返ししたっていいよね。そんな言い訳をして、私は冷やかすようにコーヘイを肘で突いた。
「四組の白川さんって、けっこう可愛い子だよね。どうすんの? 付き合っちゃうの?」
「んなわけねーだろ」
わずかに尖ったコーヘイの声に、私はびくりと身を縮めた。なに怒ってんのよ、と呟くと、コーヘイも気まずそうに私から視線をそらした。
カサカサ。カサカサ。落葉が私たちを追い越していく。
「お前だって、いつまでそうしてんだよ」
「え?」
「ユータのこと。あいつ、悪いやつじゃないけど、ずるいからな。それに、もしあいつらが別れたとして、そのあとで、お前はユータと付き合えんの?」
「……なによ、それ」
私は顔を伏せて足を速めた。とたんにローファーが足を締め付ける。ずきん、ずきんと痛みが脈を打つ。今日はずっと調子よかったのに。
「待てって」
コーヘイに強くつかまれた腕が、じんと痺れた。
「俺、アカリのこと好きだ」
「えっ」
「たぶん、初めて会ったときからずっと。お前はユータのことばっかり見てて気付かなかっただろうけど」
コーヘイはこんなときでも無表情だ。その言葉が本当かどうかさえ疑ってしまうくらい。
「……そんなこと、言わないでよ」
か細い声は、自分の声じゃないみたいだった。
ユータはマユが好きで、マユはユータが好き。私はユータが好きで、コーヘイは私が好き。
そして、ユータと私のたった一度のキス。
私たちは仲良し四人組。ずっと、いつまでも変わらない。
あのオレンジ色の夕陽に見守られて交わした青臭い約束は、どこに行ってしまったんだろう。
吹奏楽部の演奏はもうとっくに聞こえない。聞こえるのは、落葉のカサカサだけ。
「悪かったな」
見上げると、いつもの無表情が、叱られた犬みたいにシュンとしている。初めて見るその顔に、不覚にも笑ってしまう。
仕方ない。許してあげる。だって、私たちは仲良し四人組だから。
私は、どんどん歪になっていくバランスをなんとか保っていたくて必死だった。
「今日は、コーヘイのおごり」
ハンバーガーショップの前で私がそう言うと、コーヘイは困ったように頭をかいて、マジかよ、とこぼした。
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