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第39話 エクソダス 人族編

第39-4話 エクソダス

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○人族の転移
 塔は伸ばしっぱなしで、エレベーターの周囲の居住スペースで私達は会議を始めました、
「現在、サクシーダ、スペイパルなどの小国は、送り込みが終了しました。残るは、大国3つとその周辺になりました」
 メアが横に置いたホワイトボードに大国の周辺地図とその横に進捗率をグラフにして整理して張っています。あ、私はお腹が痛くなってきました。
「もう面倒になりました。一気にやりましょうかねえ」私はお腹をさすりながら言いました。
「あんた急に投げやりねえ」
 アンジーが置いてある机に肘をついて顎をのせて言った。アンジーも投げやりな態度ではありませんか?
「ブレンダの地道な地下活動のおかげで、全員から同意を得られましたから、遺跡のエネルギーを使って3都市一気に移します」
「大丈夫でしょうか」アスターテさんが不安そうです。
「理論上はな。これまではそれほどの負荷はかかっていないし、遠距離の都市も送り込んでいる。不安要素は、その範囲の大きさと建築物の質量じゃな」コゾロフさんが考えながら言った。
「分割して再充填をすると時間効率が悪いのですよ」
「確かにな。質量や距離が違っても再充填にかかる時間は、あまり変わらなかったからなあ」
「充填効率が悪いのでしょうかねえ」 アスターテさんが言い、コゾロフさんも同意している。
「で、コゾロフさん。なんで女性の姿なのですか?」ブレンダがいぶかしげに見て言った。
「あ?ああ、男ばかりだと華がないからなあ。気分を変えようと思ったのだがいけなかったか」
 コゾロフさんじゃなくて、女の時はアナスタシアさんでしたっけ。彼女はシャツの上からノーブラの胸を少しだけ持ち上げながら言った。
「いけません」紫がキッパリと言った。
「そうか」コゾロフさんならぬアナスタシアさんがしょげている。
「最近作業がルーチン化してつまらないですからねえ」私は首を回しながら言いました。
「そうなんじゃよ。面白くない」アナスタシアさんも同意した。
「そういう理由で一気にやろうとしていませんか?」キャロルが私を睨んでいます。
「自給率が低い3国ですから一気に移さないといずれかで餓死者がでそうなのですよねえ」
 私もちょっとは考えているのですけどね。
「それもあるなあ。生きたまま移動させて、結局餓死するというのもなんであろう?」
 アナスタシアの顔でじじいしゃべりとかモーラとかぶりませんか?
「パープルどう思う?」アスターテさんが紫に尋ねる。
「今回の発案者はどうなの」結局私にお鉢が回ってくる。
「人族をテストに使うようで悪いのですが、魔族の移動の時のマージンを考えると、ここでテストしておきたいのですがねえ」
 私は首を左右に動かしながら言った。だいぶ肩が凝っています。あとでアンジーにマッサージしてもらおう。
「人をテストに使うとか相変わらずブレないわねえ」
 紫はあきれて顔をひきつらせている。
「魔族を最後にしようと思ったのは、魔族の総数が不明で建物の量が不明、遺跡の耐久性の問題、先に魔族を送り込むと、惑星の方で混乱を招きそうだと思ったからです」
 私は指を折って原因を挙げる。
「それに遺跡だって恒久的に稼働できるわけではないのですよ。先に魔族を送って遺跡がオーバーロードしていたら、こんなに早く移住出来ていないのですよ」私は続けてそう言った。
「確かにそうだわね」
「それならば、当初の想定より早く進んでいて、移住スケジュール的には余裕があるのではありませんか」パムが聞いてきた。
「1か月は待たせることになると、食料の供給が問題になりますし、そこで故障したら、色々とねえ」
 私は頭を抱えた。
「故障は大丈夫だろう。まあ、多分と言わねばならんが」アナスタシアさんは、紫やブレンダに睨まれているのに依然としてコゾロフに戻らない。
「ハイランディスとロスティアもしくはロスティアと公国の2国分を送る事にして、今回はやや広めの所をテストで送りませんか?」
 アスターテさんが妥協案を提示してくる。
「建物を含めて送りたいので、ハイランディスとビギナギルとフェルバーンをエリアにして送りましょうか」
 私は、その結論にようやく到達して、ちょっと嬉しくなりました。さすがに思考能力が落ちてますねえ。
「フェルバーンに新しく城塞都市もできているし、それがよいのではないか?」アナスタシアが言った。
 私はすぐ3国に飛んだ。

「ということで、ロスティアと公国の移住まで1か月かかります。その間に備蓄をお願いします」
「しかたないわね」女王は私の言葉にあきらめたようにつぶやいた。
「意趣返しということではないわよね」女王が私をジト目で見た。
「王よ」イオンがたしなめる。
「気持ちはわかりますが、我々は合理性でしか動いていませんよ。先ほど話したとおり、転移のリスクをできるだけ排除した結果です」
「魔族を移住するためにでしょう?」
「ええその通りです」
「そこで作業をやめてしまえば・・」女王はニヤリと笑って言った。
「王!」さすがのイオンも王の言葉に怒りを表した。
「そういう事を考えるのであれば、あなたは最後の最後までここに残ってもらいましょうか」
 私は疲れていたのでそう答えた。
「この世界の最後まで残った国家・・それもいいわね」女王は投げやりに言った。
「王!」イオンはいい加減にしろとばかりに怒鳴った。
「冗談よ。そんなことをしたら、次の世界でも魔族と付き合えなくなってしまうわ。 お父様が言っていたのよ。「わしが間違えたのは、魔族と敵対した事だ」ってね。私にとっては憎き魔族でも、お父様にはそうではない。そういう事よ。今回は間違えたくはないわ」
「・・・」
「では私はこれで失礼します」
「DTさん。あなたはこの移住が成功したらその後はどうするつもりなの?」女王が私に声をかける。
「どうと言われましても、これまでの生活を続けていきますよ。それがこの移住の目的ですから」
「相変わらずブレないのね」
「では」私はその場から消えた。
「王、いや妹よ、今の質問はどうしたのですか」
「国の面倒を見るのが面倒になったから押し付けようと思ったのだけれどダメみたいね」
「確かにあの方ならば可能かもしれませんが・・・・」
「しれませんが?」
「あの方は賢者ではあっても、支配者にはならないお方です」
「確かにこれまで何回会っても、覇気は感じないものね」
「常に我々の師でしかないのです。ああ、先生でしたか」
「そうなのね」女王はガッカリして言った。

 そして、塔への魔力の充填が終了してすぐに、ハイランディスとフェルバーンとビギナギルを転移した。
「成功しました無事に3か所分散させて移動完了です。問題ありません」メアが報告を受けてそう言った。
「これでフェルバーンも独立が可能になりましたね」パムが嬉しそうにそう言った。
「ああ、そういう事もありましたか」私は今更気付いて苦笑いしている。
「考えてなかったのですか?」パムが驚く。
「そんな些末な事は後で考えなければ、ねえ」私は誤魔化そうと必死です。
「そんな事を考えられないほど余裕がありませんか。大分お疲れではありませんか」パムが心配そうだ。
「余裕がないというより、早く終わらせたいのですよ」
「それが余裕が無いということではありませんか?」
「そうかもしれません。いやそうなのか?いや違う」私は言葉の違いで悩んでしまう。
「パム、変なことでこやつを動揺させるな」モーラが私の動揺するさまを見てため息をつく。
「はい、疲労は少しありますが、通常の作業には問題ないレベルです」メアが冷静に告げる。
 メアの言葉にその場の皆さんは、私が飽きてしまって、やる気がないと判断したようです。実際そうなのですよ。

「さて、残りの国を一気にいきましょう。遺跡の準備をお願いします」
「今回の稼働時に大きい方の遺跡が稼働しておったのだよ。多分、転送範囲から転送時のエネルギー量を独自に判断して稼働させるようになっておるのだろうな」
「では、今回の転移では大きい方の遺跡が稼働すると言う事ですか?」
「ああ、そうなるな」
「では、前回は勇者パーティーに遺跡を護衛してもらわなかったのですが、今回は、遺跡の護衛をお願いしましょう。まだ魔族が襲う可能性がでてきましたからと」
 そうして、各遺跡に人を配置した。連絡員として、家族がひとりずつ遺跡に張り付いた。
「遺跡への充填は完了しました。念のため周囲を確認してください」
「全遺跡に問題はありません」
「ではスタート」
「地上からは建物周辺とそこにいた人が消えました」
「ちょっと見てきてくれますか?」
「ああ行って来る。おぬし顔色がひどいぞ。大丈夫なのか?」
「大丈夫ですから。早く確認を」私は少しだけめまいがしていました。
「とう。首チョップ」
 アンジーが私の首に手刀を入れました。アンジーの手刀は痛くはありませんでした。しかしそれはどうやら睡眠魔法だったようです。
「ガクリ」私はそこで深い眠りについた。
「睡眠不足よ。モーラ早く行って確認して来て、こいつを安心させて」
「まったく。研究バカは・・・禿げるぞ」
「まったくだわ」私はアンジーの膝枕で寝ています。
「ブレンダ使って悪いのう。頼むわ」
「おまかせください。それに悪いとか言わないでください。寂しくなります」
「家族とはいえおぬしに頼りきりでなあ」
「家族ですか・・・」
「ああ、すでにわだかまりもなかろう?」
「あ、ありがとうございます。ぐすん」
「泣かんでいい。本当にうちの者たちは泣き虫でなあ。あやつのせいかのう」
「そうかもです。ぐすん」
「うまくいっていれば、次は天界と魔法使いの里の上物、そして魔族ね」
「大丈夫だったみたいです。現地にいたドラゴンさんたちが上空から確認していました」
 ブレンダが戻って来て報告してくれた。
「ああ、そういえば魔力量の少ないドラゴンに完熟飛行させていたからなあ」
「もどったぞ」
「こっちも起きたわよ」
「おはようございます。あっちはどうでしたか」
「問題ない。生活もそのまま出来そうじゃ」
「では勇者たちを転移させます。遺跡の防衛をお願いしていましたから」
 私は、起き上がってそう言った。
「魔族の時はどうするのじゃ」
「魔族に防衛してもらいましょう。呪いのせいでお互い殺し合う事はないでしょうから」
「そうだな。遺跡の充填は進んでおるのか?」
「天界も魔法使いも魔族も自分たちのためだから必死になっているわ」
「ついでに本体遺跡の充填も急ぎましょうか」
「そうね」
 ブレンダが、勇者達を回収してくれたので、私はすっきりした頭で、実際に人がいなくなった場所を見て歩いた。土ごと運ぶという荒業だ。ほとんどの都市の後は、土がえぐれてなくなっている。もしかしたら転移先の城塞都市は基礎が深かった分盛り上がっているかもしれない。
「勇者たちが、戻る前に転移した後の土地を見て歩きたいと言っています」
「見てもらってください。集合は中原にしますか?」
「ロスティアの跡地で皆さん見ているみたいです」
「では私も向かいますか」
 私は歩きながら、ゴッソリと土が無くなって黒々とした深い穴になっているのを見て、ものすごく寂しくなっていました。その気持ちを振り切ってロスティアに飛んだ。
「皆さんお揃いですね」私が声をかけると、
「DT様」イオンがそう言った後に全員が跪いて頭を下げている。
「どうしたのですか?とりあえず立ってください」私はイオンを筆頭に皆さんに立ってもらう。
「人族のためご尽力いただき本当にありがとうございました」全員で私に頭を下げる。
「まだ終わったわけではありません。転移先で数年過ごすまでは気は抜けないのです」
「それにしても土地のまま転移するなど発想がすごすぎます」ライオットがそう言った。
「それは偶然がうまく作用しただけです。遺跡が見つからなければ、人だけしか転移できなかったかもしれませんでしたよ」
「遺跡が見つかっていなかった最初のお考えでも、同じようにされるつもりだったとお聞きしております。どこまで人のため。いいえ、この世界のために尽くされるのですか」イオンがそう言い始めました。
「尽くしているわけではありません。私は自分の周りの人と共に安心して暮らしたかっただけです」
 私は、いつも言っている本音を繰り返しました。
「その中に私たちも入っていたのですね」フェイが微笑みながらそう聞いてきた。
「ファーンやビギナギルだけあっても生活は成り立たないのです。そういう事ですよ」
「ありがとうございました」再び全員で頭を下げる。
「さて、あなた達がいないとあちらの世界は、早晩戦争まみれになりそうですからね。早く行って、皆さんの仕事をしてください。皆さんは勇者なのですから」
「わかりました。我々の役目を務めあげます」
「では、まず俺様勇者のチームはハイランディスでいいですか」
「はい」
 全員がそう答え、私はその場で彼らの下に魔方陣を描いて空間を開いていく。
「絶対あんたを越えて見せるぜ」ユージが言った。
「その意気です」
「勇者というのは難しいものですね」ライオットが言った。
「これまでやってこられたじゃあありませんか」
「アンジー様にもお伝えください、ありがとうございますと」パトリシアが言った。
「わかりました。でも、次に会った時に自分でも伝えてくださいね」
「パム様にまた会えますか?」ダイアンが不安そうに言った。
「大丈夫ですよ。また会えます」
 デリジャーは杖を上げ、サヨリナ剣を上げて私に挨拶をした。
 そして、彼らの足元に空いた穴から惑星に転移させる。

「王女様のチームはロスティアへ」
「あちらの世界で待っております」イオンが言い。
「また会いましょう」
「これまでも色々と私達の為にありがとうございます。これからもまた・・・」サフィが言った。
「これからはもっと気楽な付き合いになるといいですね」私が答え、
「はい」とサフィが頷く。
 そして、ユーは不満そうな顔をジョアンナは笑って空間から惑星に転移していった。

「最後にジャガーさん達。マクレスタ・チェイス公国でいいですか?」
「はい。DT様、今は何も言いますまい。再会した時にまた」ジャガーが言った。
「DT様。お待ちしています」フェイが続ける。
「天界も間もなくそちらに移動します。またお母さまにもお会いできますよ」
「ありがとうございます」
「DT~またね~」レティは手を振って、バーナビーもお辞儀をした。
「はい、待っていてください」
 そうして勇者チーム3組は新しい世界に飛んで行った。

○次の段取りと魔法使いの里
「で、次の段取りは?」アンジーが戻って来た私に向かって尋ねる。
「天界はアンジーにおまかせします。メアに一緒に行ってもらいますから、面積の違いの補正はしてくれます」
「あっさりねえ」
「もうルーチンワークになってしまうとつまらなくて」
「あんた飽きっぽいものね。でも本当は気になっているのでしょう?あの男が」
「ばれちゃいましたか。魔族の時が心配で、その対応のシミュレーションで頭がいっぱいなのですよ」
「なるほどね。魔法使いの里はどうするの?」
「そっちは紫さんにおまかせですよ」
「あんたは何を?」
「お悩み中です」
「何を?」
「秘密です」
「その顔は悪だくみねえ」
「自分自身に頑張ったご褒美が欲しいかなと」
「私たちに迷惑かけないようにね」
「そうします」

「紫さん」
「なにかしら」
「作業は順調ですか?」
「心配してくれているのかしら」
「ええ、少しは」
「大丈夫よ。一部の野良魔法使い達が文句を言っているけど」
「それはまずくないですか?」
「赤がなんとかしているみたい」
「みたい?」
「邪魔をしないように説得しているようだわ」
「文句を言っているのは「里は必要ない派」の人たちなのでしょう?」
「そうなのよ。それに魔力量が多い人たちだからねえ、充填には欠かせないのよ」
「なるほど」
 そうして、どちらの里の上物も無事転送した。しかも小規模実験場の上空に持ってきて転移させた。
「さて、本体遺跡の充填も完了しましたが、魔族の移転は2回に分けざるを得ないですかねえ」
「建物は簡素だが魔族の重量が問題です。遺跡の起動1回分では難しいかもしれません」
 アスターテさんがそう言ってメアを見た。メアが頷いている。
「遺跡の転移キャパシティーは人間を想定しているからな」コゾロフさんが言った。
「残っているのは?」
「魔法使いと天使と魔族ですよ」
「ドラゴンはすでに転移済なの?上物ってあったの?」
「始祖龍様が個人的に作った建物がありましたが、当初の面積では足りないから、転移させずに作り直すと言っていましたので。あと都市のそばにあるそれぞれの神殿もすでに移転済みです」
「そう言えば、私達の家はどうなっているの?最近見ないけど」
「私たちの家も転移しましたが、実は場所を覚えていないのですよ」
「メアが覚えているのでしょう?」
「多分」

○天界の移動
 天使たちの転移は簡単だった。縄のような光のひもをつけてあちら側の空中に浮かぶ島にリンクさせてから転移を開始する。
 転移も地面にあけた穴に飛び込むだけ。一人が移動した後それにつながって一人ずつ消えていく。 惑星にはガブリエルがいて一人ずつ確認している。順調にしかも確実に転移を続けている。
「意外に順調ですねえ。拍子抜けしています」
「あんたねえ。私の苦労を話してあげましょうか」
「簡単にお願いします」
「地上にいた天使が厄介だったのよ。屁理屈で教義を捻じ曲げているからそれを丁寧に矯正していったのよ。骨が折れたわ」
「さすが口撃の天使」
「うるさい。でもね、病んでいる天使が一番大変だったのだけどね」
「それは大変でしたね」
「それについては、感謝していますよ」
「ガブリエル様。もう全員終わったのですか?」
「本当にあなたを地上に降ろしたのは不覚でした。私の目の届かないところでいつの間にか地上に降ろされていましたからねえ」
「私はせいせいしていましたよ。教義にも腐った天界にもいたくなかったので」アンジーがなぜか嬉しそうにそう言った。
「もしかして、地上に降りたのはわざとですか」ガブリエルがアンジーをジッと見て言いました。
「残念ながら作為的にはできません。誘導したところがありますが」アンジーはとぼけた顔で言います。
「正直ですねえ。ああ、残らなければならない人たち以外は全員移動しましたから」
「ご苦労様です」
「本当に魔族も転移させるのかい?」ガブリエルが笑いながら言いました。
「今更聞きますか?全種族といったでしょう。嘘は言いませんよ」
「このまま閉じれば私たちの天下だなあと思ったので」
「いや、魔族の反抗軍の人達はすでに送られているのですから、放置すればまずくはありませんか?」
「それくらいなら支障はないでしょう」ガブリエルは涼しげにさらりと言った。
「念のため言っておきますが、天界の位置は今のところ動かせませんし、あまり高さも維持できませんから、空を飛べる魔族が攻撃できますよ。蹴落とされたら、天界に戻れない天使がたくさんでますよ。さらに全種族を敵に戦いますか?」
「ちゃんと考えているんだねえ」ガブリエルが感心している。
「あなたではなく見えざる手の手下の動きが気になりますので」
「次は何をすればいいのかな」ガブリエルが言った。おもにアンジーに向かって。
「ミカエル様の捜索をお願いします」アンジーがきっぱり言った。
「ああ、連絡はついていたよ。私の事は無視していいとね。話の感じではもう新しい世界に行っているようなのですよ」
「わかりました。あと何組か残っていますが、あの方が一番気になっていましたから」
「それはすまなかった」
「魔族の転移を一気にやりますので充填よろしくお願いしますね」

○残りたい者達
 最後まで残留を希望した者達もいた。それでも私は、寝食を共にして説得をしました。根負けをして移動する人がほとんどでしたが、最後に残ったのはドワーフの長老たちでした。
「どうしてもここに残らせたくないのか」
「塔を破壊に来た人達も殺していません。次の世界に行ってもらいました。死にたかったら新しい世界の肥やしになって死んでくれと私は言いました」
「なるほどな。ここに残っても意味はないと」
「この世界が壊れた時に死んでいても生きていても、その死体はどこにもいかず、たださまよい続けます。何もない空間をただ漂うだけです。あなたの死体は消滅もしなければ灰にもならない。ただ漂うだけです。それでも良ければここにいてください」
「死ぬこともできぬのか」長老は私を寂しげな目で見て言った。
「死にはしますが、死体はどこにもいかないでしょうね」
「そうか。今ここで死体になったらどうするのじゃ?」
「わかりません。持って行って欲しいのなら一族の人たちと相談してください」
「おぬしは何もしないと」
「はい。一族なりあなたの近しい人の考えでお好きにどうぞ」
「冷たいのう」すねるような感じで長老が言った。
「私としては、次の世界に渡って新しく生きていく一族を見守りませんか?」
「見守れと?」
「はい。見ているだけでいいのです。口を出す必要もないのです。一族の中で楽しそうに遊んでいる孫やひ孫を眺めていればいいのですよ」
「そうか。何もしなくていいのか」
「なんなら旅に出ても良いのですよ。なにせ広いですよ。実際見たでしょう?人や魔族に出会う事なんてほとんどないのですから」
「仕方がない。ひ孫たちのお守りのために行くか」長老は寂しげにしかし、嬉しそうにそう言った。
「長老 ! 」周囲の者達が叫んだ。泣いている者もいる。
「おぬしたちもわしにかまうな。もういいのじゃ。最後まで付き合ってもらってありがとうな。最後まで付き合うならわしと共に新しい世界に行ってくれ。話し相手がいないのは寂しいのでな」
「わ、わかりました」
 私はそっとその場所を離れた。パムもついてきた。
「ぬし様ありがとうございます。 もう何と言っていいかわかりません」パムが泣いている。
「あなたが泣いてあげる必要はありませんよ。あなたの憎き敵でしょう」
「はい。それでも言わせてください。ありがとうございました」
「まだ仕事は残っています。大仕事がね」
 その後、気が変わらないうちにと、ドワーフの最後の人達はすぐに新しい世界に転移した。

○魔族の移動
 勝敗が決し、それでも一部の魔族やあの試合に不満が募った者達が、魔王城で騒ぎを起こしている。
 曰く「俺も戦わせろ。全員でかかれば、あんなやつらなんとか倒せる」とか、「あんなやつら、闇討ちにしてこの移住をなかったことにしてやる」とか言い出しているらしい。
「どうしますか?」側近がアモンに尋ねる。すでにルシフェルは手を引いて、アモンが魔王に返り咲いている。
「私たちが話しても納得しないでしょう。あの方に来てもらいますか」アモンは側近に言った。
「これから連絡します」
 ホットライン用の通信装置は家から外されてエーネが持っていた。
「どうして私に連絡をしますか?もう直接来られるのではありませんか」
 エーネは面倒なのかぞんざいに言った。
「魔族の交渉の窓口はエーネウス様となっておりますので」側近は淡々と答える。
「確かにそうですが」通信装置を持って、エーネは私の所に来た。
「少しお待ちください、魔王様に変わります」
「ああ、魔王城が囲まれてしまっていてね、暴動が起きそうなんだ。彼に鎮圧してもらえないかなあ」
 何とも事の重大さとは相反する軽い口調だ。
「連絡は取りますが、 魔王としての資質を問われますがよろしいですか?」
「ああ、しばらくは大丈夫だと思うが、説明を聞いても理解していない者も多くてね、頼んでくれないか」
「じゃあそう伝えます」
「ああ、ちょっと待て。エーネ、お前は元気にしているのか?」
「ええ、魔王様に文句を言うくらいには元気ですよ」
「私に文句ですか?」
「昔のお父様ならこれ位はちゃんと治められていたと思います。本当に幻滅しました。とお父様にお伝えください」
「私に伝えろと」
「はい。この声の方はきっと私の父ではありません。きっと父の声を出している偽物です」
「わかりました。治めるよう魔王様に伝えます」
「よろしくお願いします」
「はあ」
「お疲れさまでした」
「本当に昔のお父様とは思えないヘタレぶりです。娘として悲しくなりますです」エーネが頭を抱えている。
「これでダメならあなたが魔王になったほうがいいですかね」
「私はやりませんよ。ルシフェル様に戻って来てもらってください」エーネはそこだけはキリリと答えた。
 そして数日後、暴動は鎮圧したと鼻高々に娘に連絡してくるアモンであった。
「嘆かわしい」とエーネは眉間に指を当てて言った。
「やっと鎮圧しましたか。それでは魔族にかかりましょうか」
「優男の襲撃が心配ですね」ブレンダがそう言い、パムが同意している。
「対策はもう取っていますよ」
「どうするつもりなのかな」コゾロフさんが聞いてくる。
「現れた時に彼を次の世界に転送させます」
「なるほど、あやつはこちらの世界にはこられないのか。おぬしやるなあ」モーラが納得して頷いている。
「遺跡の方は3週間ほどで魔力は充填できました」アスターテさんが首をかしげている。
「どういう理屈ですか?大きいものを送ったほうが充填期間が短いなんて」
「70%までは充填期間を早めるようです。そのあとは同じ時間がかかるようですね」
「どういう発想でしょうか。理解できませんね」
「70%あれば発動できるのじゃろうな」コゾロフさんが思い出したように言った。
「前の災害の時は?」
「移転させて浮かせておくことができなかったのではないかな。ちなみに記録では65%充填時に起動しているなあ」
「そんなに微妙なのですか?」
「わしに聞くなよ。その時そこにいたわけではないのだから」
「そうですけど。すいませんでした」
「おぬしのあせる気持ちもわかるがな」
 コゾロフさんが私のフォローをしてくれてます。ああ、余裕が私にはない。

 アモンの取り計らいで、コゾロフさんとアスターテさんとメアを連れて魔族領内を見せてもらう。
「意外と魔族の数が多くないですね」メアが周囲を熱感知で走査して魔族の数を確認している。
「建物は魔王城以外は、意外に質素です」アスターテさんがチェックを行っている。
「確かに面積は広いが、集落は魔王城の回りに集中している。この面積なら2回でやるほどではないなあ」
 コゾロフさんも集落の位置から転移させる面積を試算している。
「面積、質量、魔族の重さも実際の試算レベルをかなり下回っているぞ、これは1回でいけるわ」
 コゾロフさんがそう言った。3人の計測結果を基に試算した結果問題ないとの結論に至ったようです。

 そして、魔力を充填してくれた、魔族、天界、ドラゴン、魔法使いの皆様に頭を下げる。
「ご協力をいただいた皆様には新しい世界へとお移りください」
「失敗したらどうするのだ」
「また戻ってきてもらいます。もっとも失敗したら遺跡も壊れていますからその必要もなくなっていると思いますが」
「確かにそうか。だがわしは残って魔族領が消えるのをみたいぞ」
 始祖龍様が妙に見たがっている。ドラゴンの皆さんは、中原にまとめて私とブレンダで送り込んで、意外に簡単に終わりましたからねえ。
「かまいませんよ」
 そして、ガブリエル、ルシフェル、始祖龍様、紫、赤は残ろうとした。
「そうはいきません。次の世界でお仕事が待っています」水と風が始祖龍様の両脇に立つ。
「そうか・・ 残念じゃなあ」始祖龍様は肩を落としている。
「当然お二人にも天界に行ってもらいますからね」ルミネア様がにこやかに笑いながら言った。
「仕方ありませんね。じゃあ行きましょうか」ガブリエルがルシフェルに言った。
「そうしましょう。ではアンジーあとはお願いしますね」ルシフェルがアンジーに言った。
「お二人ともいいからとっと戻りなさいよ。イテッ」 どこからか小石が二個落ちてきたようです。
「アモン様、魔族領にお戻りください」
「君たちが裏切らないとはいえないので、ここで見ていてもいいかい?」
 アモンは笑いながら言った。もちろん目は笑っていない。
「その考え方をしていただいてありがとうございます。そうでなければ、怒鳴っているところでした。決して人を信じないようにしてくださいね」
「褒められてもねえ。ねえ愛娘よ」
「そうです。ディー様は意地悪です」エーネが口を尖らせて私に言った。おおカワユス。
「さて、起動シーケンスはコゾロフさんにお願いします。きっちり10分後に」
「おい、どこに行く」コゾロフさんがビックリしている。
「ちょっと野暮用です」
 私はそこから消えた。しばらくしてから魔族領の端に降り立った。
『アンジー、モーラ聞こえますか?』
『消えた時にどこかから惑星に行って戻って来たのね』
『その話はあとで、今魔族領の端にいます。起動してください』
 私は足元の箱に声をかける。
「お待たせしました。作業を再開。起動開始しました」
「優男をこちらに送り込んだのですか?」
「『彼は命令がないと何もできません。しかも人を殺したりもできないのです。自分の手ではね』」
『あと1分・・・30秒・・・10秒・・・2・・・1・・・ゼロ』
 魔族ごと土地が建物が持ち上がる。私はその下に空間を開く。
「『結構な面積ですから厳しいですが、これで最後です。全力でいきましょう』」
 空間は断裂され、きれいにその下に次の世界が広がっている。
「誤差どのくらいですか?」
「いや、適当に降ろせばいいじゃないですか。もう少し下に空間を広げてください」
「わかりました座標を少し下げますね」
「もう降下が始まっています。そのままですと、空間が閉じる時に魔王城の鐘楼部分が引っ掛かっています。空間座標をもう少し上にしないと切れてしまいます。はいOKです。これで作業は終了です。お疲れさまでした」
「そちらもお疲れさまでした。撤収できますか?」
「ハズ様の所に戻りますからそのままでいてください」
「寝っ転がっていますので踏まないでくださいね」
「お望みでしたら、踏みつけますが」
「勘弁してください」
 自分の家はもうない。塔で家族全員がようやくそろった。

○最後の抵抗者 ホムンクルスについて
 風が強く吹く大地。 何もない荒涼とした風景。 強い風は男のマントをはがそうとするように強く吹き付けている。しかしその男は動かない。
 私は、その男の前に突然現れた。
「なぜ魔族の転移のこの時に、何も仕掛けてこないのですか」
 私はその男に尋ねた。そこにいたのは、ジャミロ。優男が薄笑いを浮かべて立っていた。
「私もね。色々疲れたのですよ。神からは何も指示がなく、すでにほとんどの種族が次の世界に移動してしまい、残る魔族をこちらに残せば、神の意志どおりになると思ったのですが、私のその言葉に神は答えてくれないのです。
 案を巡らそうにも、貴方たちの方が一枚上手で、私に策はもうありませんでした。神からはこれまでは色々とアドバイスをもらえていたのですが・・・」彼はそこでうなだれた。
「いつから答えてくれなくなったのですか?」
「今更ですが、魔族の側近をそそのかした時以降ですね。あの失敗がついに私を見放した時なのだろうと思います。情けない話ですが、これだけ負け続けたら神はあきれもするでしょう」
 視線もうつろに彼は乾いた笑いを浮かべる。私にはゴーレムは神のものと言っていましたが虚勢だったのですね。
「遺跡の解明が終わった頃ですね。あなたは、あなたを作りそそのかしたのが神だと本当に思っていますか?」
「今更何を言い出しますか。私を作る知性、先見性、そして私に与えてくれた知識。どれをとってもこの世界の者たちを凌駕しているでしょう?」彼は頭をあげて私を見る。
「聞き方を間違えました。この世界を作った者があなたを作った者だとして、それが神だと思っていますか?」
「神ではないと言いたいのか。だとしたら一体何者なのだ?」彼はちょっと怒っているようだ。
「この世界は平面で、私の知っている宇宙空間に浮かぶ板状のものだと思っています。もっともそれを確認しようとして高く飛び上がりましたが、途中で遮られて全体を俯瞰する事は出来ませんでしたが」
「どうしてそう思う。いや知識としてあるのか」
「ここは本当に小さな箱庭なのですよ。そこを使って神とやらが、色々な種族を加えて試行錯誤している。私には神とは思えないのです。しかも自分ではその箱庭に育ったものを殺さない。何かのルールに縛られている。いや自らを何かのルールに縛ってこの箱庭で研究をしていたのではないのでしょうか。その上で廃棄をするまでの間、監視をし続けたのではないかと」
「私は捨て駒か」優男は、そこで力が抜けて倒れるように膝をついて、大地に両手をついた。
「きっとこの世界すべてが捨て駒だったのですよ」私は彼に手を差し伸べる。
「そういう言い方もできるか」彼はそう言って私の手を取った。一瞬にして風景が変わる。
「何をした。もしかしてここは新しい世界じゃないのか?私を転移したのか」
 優男は、驚きとそして怒りが入り交じった顔で私を睨む。
「お見込みのとおりです。やっとあなたを連れてくることができました」
「戻してくれ、と言っても戻しそうにないな」彼は立ち上がって私の手を強く放した。
「残念ですがそれはしません。戻りたければどうぞ」
「戻れるだと?」
「住んでみて納得できなければ戻っても良いと、私は皆さんに言っています。帰りたければ一通り見て歩いてから声をかけてください。そのドアはそこにあります」
 私が指さした場所は、前の世界の中原のような風景で、強い風が吹いているその中にポツンと扉だけが置いてあった。
「何から何までご親切なことだな」彼は吐き捨てるように言った。
「皆さんには冷たいと言われましたけどね。もしかして皮肉ですか?」
「確かにそうも取れるな。そこまでする必要があるのか?」彼は少しだけ優しい顔になって私に問いかけた。
「私なら、そうして欲しいと思っただけですよ。一度でいいですから世界を飛び回ってください。魔素はあまり使えませんが、あなたなら可能でしょう」
「そうさせてもらうよ」
 彼はそこから消え、私も元の世界に戻った。

続く

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