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第38話 エクソダス 魔族編

第38-7話 魔族の説得(肉体言語)3

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○第5戦
「4戦すべて勝利していながら、結果としては、次の試合を棄権して、相打ち扱いとはなあ。こればかりは想定していなかったねえ」私の所にルシフェルが来て言った。
「思いのほかおぬしは慕われているのう。例え死んでもおぬしに負担をかけたくないとなあ」
 モーラまでがそんな事を言いました。
「それはお互い様でしょう。ただ、私の家族のほうが一枚上手ですよ。相手を殺さないのです」
「なるほどな。手を抜いていたというのですか?」ルシフェルが不満そうだ。
「いいえ、相手の度量を見極めてのち、最上の選択をする。相手が自分の死を覚悟して最後の攻撃をするのなら、それさえも見極めて死なせない。それが私の家族の目標とする「不殺」です。死を封じるので封死(ふうじ)でしょうか。それは相手にとっては不本意かもしれませんが、生きていればこそ浮かぶ瀬もあるのですよ」
「そういうことか。やはりあんたの部下・・いや家族は違うねえ」ルシフェルが感心している。
「はい、誇らしくて素敵で大好きでとても愛している家族です」
「しかし、勝ってはいないでしょ?」ルシフェルが負け惜しみを言う。
「そうですね。勝っても次の戦いで負けるのが悔しかったのでしょう。みんな負けず嫌いですからねえ」
「次の者の負担を少しでも減らそうとは思わないのですか」ルシフェルが納得していません。
「ベストの状態で1対1なら誰にも負けないと、家族をそう信じているのでしょうねえ。少なくとも私はそう思っていますよ」
 私は胸を張ってそう答えた。
「なるほどね。では、最後はこの男に出てもらうよ」ルシフェルがいやらしい笑みを浮かべて、中央の席の後ろの観客席から一人の男が現れた。
「アモンさん・・・元魔王様ですか」
「ああ、念のために言っておくが、彼は志願してきたのだよ。「自分は魔族の一員であるし、一度離れたとは言え魔族であることには変わりは無い。今回のこの案に乗ることで里を離れることになる。私は一度離れた身であるが故にそのつらさを知っている。だからこそ自分の意志でなく離れなければならないその無念をここでみんなに変わって示したい」とそう言っているのさ」
 私はルシフェルとともに中央の司会席にいるアモンさんのところに向かった。
「残念ですがそれは無理ですね。アモンさんの心はすでに折れている。魔族領を逃げ出した時に一度、妻と娘を殺された時に一度、魔族をけしかけ、娘が生きている事を知った時に一度、襲撃をやめさせて魔王の座を力ずくで引きずり下ろされた時に一度。そして腹心の部下の行動に、何度も折れているのです。そんな方にもはや戦意など残っているわけがない。むしろここで戦ってあえて私に敗れ私の案に乗らざるをえなくするかもしれません」
 私は座っているアモンさんを見下ろしながらそう言った。
「私があなたのお先棒を担いで破れるというのか。ありえん」アモンさんは私を見上げながらそう言った。
「なおのこと、娘の前で破れてみせれば効果的ではありますね」
「よくもそんなゲスな事まで考えられるな」アモンさんは悔しそうに言った。
「私は一番ゲスな人間のひとりですからねえ」私は薄ら笑いでそう返した。
 私は、家族の中の5人目を再考するとして、一度席に戻り、皆さんにアモンさんが相手であることを話し、戦いたいか聞いた。するとエーネが手を上げる。
「エーネさん行きたいでしょうが、我慢してくださいね」
「はい、でも私では父にかなわないのは十分承知しています。私が戦って、負けてしまえばディー様の望みが叶わなくなってしまいます」エーネが残念そうに言った。
「私は、アモンさんがそう思ってはいないと思うのですがねえ」
「そうなんでしょうか」
「ただ、彼の名誉は回復されなければなりません」
「どういうことですか?」
「他に戦いたい人はいますか?」全員が首を横に振った。
「では、私と言う事でちょっと行ってきます」
「あんた本当に戦うつもりなの?」アンジーが悲しそうに私を見た。
「とりあえず何とかしますね」
「頼んだぞ」モーラがそう付け加える。

○観衆へ
 私は中央にいるアナウンサーからマイクを奪った。
「さて、戦う前にひとつお話をしましょうか」
「話などいらない。早く戦いましょう」横でアモンが私の邪魔をしようとしています。
「いいえ、そうはいきません。あなたは嘘を言っているのでそれは正しておきたいと思います」
「私が嘘をついているとは、一体何が言いたいのですか」
「ここにいる魔族の皆さん。よく聞いてください。彼が魔王城に戻りルシフェルを退け、人間の街を襲撃しろと言った時には、すでに魔族は街を襲っていたのですよ」
 私の説明に観衆はザワザワとざわついている。
「もう一度言います。彼が人間の街を襲撃しろと命令した時には、すでに魔族は人間の街を襲っていたのです」
「そんなことはない。私が命令して襲撃は失敗したのだ」
「どうやって各地に魔族を配置しておけたのですかねえ。あなたはあの日、あなたの住んでいた隠れ里から魔王城に戻ったのですから」
「あらかじめ配置してあった魔族にあとは命令をするだけだと言われましたが、確かに変ですね」ようやく違和感に気づくアモン。
「妻を殺された怒りというのは恐ろしいものですね。さて、あらかじめ誰が配置していたのでしょうか。ねえ、ルシフェル様?」
「なるほど。私を疑っているのですか」ルシフェルはそこで私の意図を理解したようです。
「はい。副官の暗殺者さんでは、兵士の配置まではできませんから、あなたしかいません。そしてあなたは、戦力を温存しているはずなのにどうしてそのような愚挙をされたのでしょうか?」
「私としては、好機だと思ったからですかねえ」どうしてそこで疑問形で答えるのでしょうか。
「まあそうでしょうねえ、内部から切り崩すにはそれが一番ですから」
 私はそう大声で叫んだ。さすがに観客も私の説明に静かになる。
「そうだったのですか」
「まあここまで来てしまえば、ばれたからと言ってどうなるものでもありませんしねえ」ルシフェルは開き直っている。そうです。別に次の世界に行ってしまえば、あなたのもくろみなどどうでも良くなりますね。でもね、アモンさんの名誉はここで回復しておく必要があるのですよ。魔族全体のためにね。
「さて、ここでアモンさんにお尋ねします。まだ私と戦いたいですか?元々この戦いには意味はないのですよ。魔族の力を誇示したいだけなのですから。そもそもこの戦いに勝ったからといって魔族がここに残るという選択肢はないのです。それともこの世界にたった一つの種族として住んでいられますか?自分たちで食糧を自給し、衣類を作成し、武器を作って生活できるのでしょうか。魔族も一度便利に暮らしてしまうと、他の種族と共に暮らしていかなけらばならないと思いますがどうでしょうか?魔族だけの世界に面白みがあるとでも?」
「そんなことはない。他の種族などいらない。我々だけの世界でいいのです。おまえは、いつもいつも、私を、私たちをたぶらかそうとする」
 アモンは頭を左右に振って、私の言葉を頭から振り払おうとした。
「たぶらかそうとなどしていませんよ、事実を語っているだけです。むしろ目を背けているのはあなたでしょう」
 私の言葉にがっくりと肩を落とすアモン。
「あなたは、私の死に場所さえ奪うのですか」
「ええ、私の所にあなたの娘、エーネウスさんがいる限りは、彼女に悲しい思いはさせません。あなたにはどうあっても生きていてもらいます」
「あなたは、とことんエゴイストだ」アモンは私を睨み、唇を噛みながらそう言った。
「あなたにはまだ役目があります。魔族を統率するという役目がね」
「それを私にやれといいますか。とらわれの身である私に」
「ルシフェル達の陰謀に巻き込まれただけですよ」
 そこで、私は観衆に問いかける。
「さて、残り1戦どなたか私と戦いたいと名乗り出る方はいませんか?」
「・・・」
「いなければ、不戦勝と言うことで私の勝ちになりますが。よろしいですか」
「それは嫌だわ。戦わずに負けるのは私の主義に反するわ。それに私は約束を守る女だもの」
 その声は空から聞こえた。いつの間にか空には魔族がひとり現れた。
「どちら様ですか?」私は遠くてよくわからないその人に声を掛ける。その人は、闘技場の中央に降り立ち、司会者のいる席に向かって歩いてくる。女性で美人でナイスバディだ。私のその心の声に反応して私達のベンチあたりから怒りの波動が私に伝わってくる。おお、久しぶり。
 私はその顔には見覚えがあった。
「お久しぶりです。お名前を教えてもらえますか?」
「カーミラ・ロード・ツェペシュよ」彼女はにこやかに笑って私の事を舐めるように見た。

○エーネの怒り
 名前が観衆に聞こえると、誰もが口をつぐみ異様な空気に包まれた。さらにアモンは露骨に嫌な顔をしているし、エーネが私の所に走って駆けつけた。
「お前ーー」エーネが噛みつく勢いでカーミラの所に行こうとする。追い付いたキャロルがエーネを止めている。
「あら、久しぶりねえお嬢ちゃん」
「久しぶりだと!いい加減消えてしまえ」
「あらひどい言いようねえ。私あなたに何かしたかしら」
「忘れたのか!父を何度も誘惑し、乗ってこないとなると今度は母親を狙い殺しにかかった女」
「こればっかりはねえ。私は欲しいと思ったモノは、どんなものでも手に入れたい方なのでね。私が手に入れたい、欲しいと思った男でこれまで落ちなかったのは、今のところあなたのお父上とこの男だけなのよ」
 カーミラはそう言って、わざとアモンと私をそれぞれ指さした。
「どうやら私にもあらがえないほどの怒りというのはあるようです」
 エーネはその怒りを角と羽と尻尾を服から現し、そして大きく広げる事でその怒りのオーラを観衆にさえ見える形で表現している。体もゴスロリ衣装がはち切れんばかりになっている。
「この姿をお見せすることになるとは、醜い姿をお許しください」
「どうして醜いと言いますか?レイにもパムにも同様に変化した姿があります。どうしてそう考えるのでしょうか」
「ありがとうございます。しかし、この女とは決着をつけなければなりません。例え私が死のうとも」
「エーネ。その怒りは私が代わりに受け止め、相手に向かってぶつけますので心を抑えてください」
 私は、エーネの言葉に込められた怒りを脳内通信でも受け止めてそう言った。 
「ディー様の冷静な言葉の中にある怒りを私は感じました。お願いします。どうか懲らしめてください」
「殺さなくても良いのですか?」
「ディー様。あなた様に殺させるなど私にはできません。ですが相応の罰をお与えください」
 エーネは普段の姿に戻った。
 そして、アモンはルシフェルと共に席に移動し、エーネとキャロルも私達のベンチに戻った。
 私とカーミラは開始線に向かう。
「その前に前回お会いした時のおつりをお渡ししますね」
 私は服のポケットから小銭を出して、カーミラに渡す。
 渡されたカーミラは手に小銭を握ってポカンとした。
「あ、あははは。なによそれ」腹を抱えて笑っている。
「真面目な話ですよ。お金の貸し借りは、後々問題になりますから」私は真剣な顔で言った。
「人間というのは不思議ね。お金に縛られているわよね」
「ええ、確かにそうですね。でもね、お金もそうですが、他人から奪うなんてそんな下品なことはできませんよ。知性ある者ならば特にね」私は蔑んだ目でカーミラを見た。
「奪うことが下品ですって・・・」私の目を見ても妖しい笑いをしている。
「言葉が足りなかったですかねえ。人の物を奪うとか下品な人のすることですよ。思考が幼すぎます」
「だったらなんだというの」ちょっと下品と言われてムッとしたようです。
「奪われる者は、決して屈服しないと思いますよ。その心の内まではね」
「私のしもべたちは私に従順だわ。今はいないけどね」
「従順だからってあなたに心酔して従っているって思うなんて子どもですね。その人達は決して心からあなたに従ってはいませんでしたよ。悔しさにいつか滅ぼそうと歯がみしていたと思います。このくそ汚い心根の吸血の化け物めとね」私はあえて化け物を強調しました。
「私の前でよくそんな事が言えるわねえ。本当に死にたいのかしら」

○吸血鬼との一戦
「別に死にたくはありませんがね。あなたが手を上げて戦うと宣言しました。そして戦う理由もできました。でも私はあなたが強いことがよくわかります。そして、あなたもあえてこのようなところで強さを誇示する必要もないはずです。戦う気になったのはなぜですか?」
「私もこのような場所で戦いたいとは思っていないのだけれど、きっとこの機会を逃すとあなたは戦ってくれなくなるような気がするのよ。色々と理由をつけてね。そして、私もこれまで私が気に入った人間とは戦ってはこなかったのよ」
「そうですか、あなたのような美しい方に気に入っていただいてうれしいとは思いますが、嫌なものは嫌です」
「それにね、これまでの人間たちは、みんな私の魅了を受けて私のものになっていたから、戦えなかったとも言えるのよ」
「ああなるほど、困りましたねえ。これからでも魅了にかかれば戦わなくてもよろしいですかね?」
「それは無理でしょう?だって、魅了にかかるという事は、私のものになるということだから、少なくともあなたの周りにいる子たちはそれを許さないでしょう。そうよね?あなたたち」私は、彼女らの殺意を背中に感じて私に向けられたものではないのに背中に震えが走った。こわ!!
「たぶん魅了にかかったあなたは、その子たちと戦って、彼女たちに押さえつけられ、彼女たちはその間に私を殺しにかかるでしょう。そんな無駄な、無益なことをしたいのかしら?」
「それにしてもお互い戦えばただでは済まないとわかっているのに戦いたいのですか?」
「私のものにしたいというのが本音なのよ。魅了が効かないなら力づくでね。説得したって私になびかないでしょう?」
「まあ、なびいたら後が怖そうですし、私のストライクゾーンからは、ちょっとはずれていますからごめんなさい」
「好みのボディは変身できるわよ。気にしないで」
「では、はっきりと言いますね。ごめんなさい残念ですが好みではありません。特にあなたの性格が大嫌いです」
「はっきりしているわねえ。でもそこも気に入っているのよ。やっぱり屈服させたいわ」
「あら、逆効果でしたか。どうも女心はわかりません。こういう場合ははっきり言ったほうがいいと習ったんですがねえ。」
「そんなの人それぞれでしょう。私はあなたの全てを手に入れたい。それだけよ」
「それは無理ですね。これまでの間、色々な人と色々な経験と気持ちを重ね合わせてきています。それは大切にしたい」
「そうね。だからこそ欲しいわね」
「私は、こちらに来るときに記憶を封じられていました。また記憶をなくしたり、心をいじられたりするのは絶対嫌ですからね」
「もういいでしょう。始めましょうか」
 カーミラのその一言で、その場の気温が一気に下がった。震え上がるほどに。
 しかし、2人ともしばらくは動かない。いや、お互い高速で魔法を詠唱している。それぞれの魔法を互いの魔法で無効化して、さらに魔法攻撃を加えている。何百回何千回の魔法が構築され、発動し、無効化され、また詠唱され、構築され、発動して、無効化されている。2人の立っている空間には、プラズマが発生して空中をスパークが飛び交い。細かい霧が発生している。
 空は、いつの間にか曇り。雲の色がどんどん暗くなっていく。その黒雲の中にもスパークが稲妻が飛び散っている。

「アンジー、あやつはどう戦うつもりで魔法合戦を仕掛けているのじゃ?」さすがのモーラも状況を計りかねている
「とりあえず、どの位の魔法を使えるのか試しているのじゃ無いかしら」
「そんなに回数はいらんじゃろうが」
「そうね、稲妻だって氷だって風だって多様なのはわかるでしょう?土壁だって堅いのから砂の壁までたくさん種類があるように」
「細分化した魔法をぶつけていると」
「こんな高速で魔法をぶつけ合うのなんて見たことも無いからね。たぶん単純なぶつけ合いじゃあ無いと思うのよ」
「なるほどのう。その意味はなんじゃ?」
「やはり相手の練度の低い魔法であれば、相手も無効化出来なくて突破も可能じゃないかしら。ほら」

 雷撃が吸血鬼を襲う。カーミラの頬に傷を付ける。しかし傷はすぐに癒え、カーミラは霧のように消えて、蝙蝠に変化して空中に逃げ、逃げた空中に本体を再構築していく。
「さすがねえ魔法使い。でも私には効果が無いわよ」
「確かにそうですが。何分私は魔法使いなので、こういう戦い方しかできません」
 そう言って今度は、炎や水、地上に近くなった時には、土の槍、そしてかまいたちを発生させるなど多様な攻撃に転じる。しかし、吸血鬼はその攻撃を霧になり蝙蝠になり変化を繰り返して躱していく。
 魔法による攻撃が一段落する。
「あらもうお終いかしら」カーミラは首をかしげている。
「そうですね、炎にあぶられても問題なさそうですし、水にも流されない、土にも金属にも固められない、風で吹き飛ばすこともできない、氷で固めることもできない。闇属性なのに光も効かないとは恐れ入りました」
「あらもう降参?ではこちらから行くわよ」
 そう言って吸血鬼は、何も無い空間から鋭い針を作り出して打ち出してくる。しかも高速だ。
 私はシールドを作って防ぐものの瞬く間にヒビが入り簡単に砕かれてしまう。しかし、私も何層にもシールドを重ねて厚みをつけてしのいでいる。徐々に針の大きさが太く長くなり、シールドの破壊の速度が早くなっていき、シールドの生成が間に合わなくなっていく。そしてついに太い針がシールドを突き抜け頬をかすめる。しかしそこで攻撃がやむ。
「おや、押し切ってきませんか。攻撃の絶好のタイミングなのに」
「だまされないわよ。何か狙っていたでしょう」
「わかりますか」
「わざとシールドの生成を遅らせたわね」
「違いますよ。同じタイミングでシールドを生成していただけで、そちらの攻撃力が大きくなって間に合わなくなったのです。私の魔法詠唱速度の不足ですねえ」私は頬の傷を指でなぞり、指についた血を舐めた。

 周囲では、モーラ達がなにやら話している。
「あれはどういう意図があるんじゃ?」
「まあ、どうみても時間稼ぎでしょ?」アンジーはブレンダを見る。
「たぶん最初の攻撃は、相手の詠唱速度や威力を測って、次の攻撃は、相手がどんな形態になれるのかから考察していたのだと思います。最後は単なる時間稼ぎでしょう」
 ブレンダが顎に手をあてながら、私とカーミラの戦いを見ながら呟いている。
「相手の形態ですか」パムが尋ねる
「それって、蝙蝠になったり霧になったりする~」エルフィ
「どういう理屈なのかを調べているのね?」アンジー
「火、水、土、風、氷全てを使ってすべて躱されています。いったいどういう理屈なのでしょうか」
 ブレンダが首をかしげている。
「あやつがよく使っているじゃろう。空間を開いておるように見えるがなあ」
「そうなの?」
「はい、攻撃されたときに空間をゆがめているような気がします」エーネが目を細めながら言った。
「霧状になった時にも同時にやっているという事なの?」
「氷漬けにしたときにわずかながら隙間を作って出てきたような気がします」
「わかるものなの?」
「氷にできるわずかな影に違和感がありませんでしたか?」ブレンダもそう言った。
「つまり空間を作ってそこを使って出てきていると」
「はい。ディー様は、そこに気づいたのか、でかい氷の中心に彼女を閉じ込めました」エーネが言った。
 しかし彼女は、氷の塊から出てきました。氷を壊すこと無く。

 私の魔法攻撃を見切ったカーミラは、かわしつつ物理攻撃。つまり蝙蝠を差し向けたり、その影に氷柱や岩塊を混ぜたりして私に攻撃をしてくる。
 私は、風や炎、雷撃により粉砕している。一度はチャンスと見たのか接近戦に転じたが、私が直前で拘束魔法をカーミラにかけ、カーミラは一瞬拘束されたが、蝙蝠になって霧散して、今度は私を取り囲もうとした。私は自分の周りにシールドを張りつつ、炎の魔法で蝙蝠を焼こうとしたが、一部は灰になったが、距離を取って集合してカーミラに戻った。お互い手の内を見せずに単調な戦いになる。

「ハズ様が反撃ですね」
 ブレンダが嬉しそうだ。どちらかというとどんな攻撃をするのかワクワクしている感じです。
「さて、防御するのも飽きましたので攻撃に移ります」私はそう言って右手を前に左手を腰に引いた、いつもの姿勢を取った。
「いいわよ」相変わらず上空に浮かんでいるカーミラ。私は重力魔法を使って、土の板の上に乗って空中に浮かぶ。
「あら浮かべるのねえ」余裕のあるカーミラ。
 私は土の板を移動してそのままカーミラに接近する。カーミラの右手が動き私を貫こうとする。そこには私の残像があり、私はいない。
「あら?」カーミラはすかさず目をつぶって気配を読み、私が後ろにいると気づいて後ろを振り向く。
 しかし背中を向けたカーミラを残像が手を動かしてカーミラの背中に雷撃の魔法を打ち込む。その衝撃にカーミラは振り向いて驚いた。
「残像が動く?」しかしカーミラは再び振り向いて気配のあった方に範囲を広げた炎の魔法を打ち出した。
「残念ですねえ私はそこにはいませんよ」私は正面にあった残像の所にすでに移動していた。
「面白い趣向ね。でも攻撃が効かないわよ」カーミラは嬉しそうに笑っている。
「でもこういう趣向もありますよ?」私は、カーミラの足元に空間を開いて、足に爆炎魔法を打ち込む。カーミラの足は黒焦げになるがすぐに元に戻る。
「そうなんですよどうしたら攻撃が当たるんでしょうか」
 私はそう言って地上に戻った。カーミラも上空ではまずいと思ったのか地上に降りてくる。
「あなたは空間を操れるのだったわね。忘れていたわ」
「忘れたままでいて欲しかったですがねえ」
「私もやっと本気が出せそうだわ」カーミラの目が真剣になった。両手を前に出して、大きな炎の魔法を打ち出す。私は同じ規模の炎を作り、それを対消滅させる。おお恐わ!
「客席に当たりますからやめてくださいね」
「大丈夫よ、その辺はルシフェルとアモンが何とかしてくれるわ」カーミラは次の魔法を撃とうとする。
「わかりました。でも勝負を急ぎましょう」
 私は指を鳴らして空間を開いてカーミラをいくつもの方向から様々な魔法で攻撃をする。もちろんすでに設置したのだ。しかいカーミラは、それを自分の周りに攻撃魔法を体から発生させてしのいでる。まるで体の周りから発火しているように見える。それでも自分の体との距離が近いところに攻撃されれば、さすがに防ぎきれない。一度に攻撃を排除してもすぐに攻撃が再開される。動いて逃げようとしても、動こうとする方向から攻撃され、逃げられずに攻撃が当たる。私は、風を水を炎を氷を使って空間から攻撃を繰り返す。しかしどれも決定打にはならない。ついには蝙蝠になって空中逃げた。
「欲しいあなたが欲しいわ。ここまでされたのは初めてよ。まだいけるわよね。なら、次のステップに移行しましょうか。あまり見せたくない姿だけど」カーミラはそう言って、魔族の姿に変化する。魔力のオーラで体に陽炎が立っているように一瞬だけ見えた。
 さすがに私もかなり危険な相手なのを感じて、膨大な魔力で練り上げた炎の魔法をぶつける。しかし、簡単に砕いた。
「無駄よこの体の時に魔法はほとんど効かないわよあきらめて私に殺されなさい」
「殺す気ですか」
「殺して私の眷属にする。こんなに能力が高い魔法使いなら、眷属にして一生そばにいてもらった方が私にとっては好都合だわ」人相が変わっているカーミラ。残虐さしか残っていない表情では魅力も台無しですねえ。
「それは勘弁して欲しいですねえ」私はため息をついてカーミラに拘束魔法を重ね打ちして地上に引っ張り降ろした。さらにカーミラの前進に魔方陣を発生させる。カーミラは拘束魔法などものともせず、右手を動かしてその魔法に触った。指は簡単に切られて落ちた。しかしすぐ再生している。
「空間断裂の魔法を置いてあります。無理して動かないでくださいね」
「あは、あはははは。すごいわねあなた」カーミラはそう言って、再び違う魔方陣にゆっくり触ろうとする。
「依然戦った人から教わりましたからねえ」私は何をするのか目を凝らす。
「でもね、魔法自体を無効化することもできるのよ」カーミラはそう言ってその魔方陣を粉々にした。
「魔力で魔法陣をつぶすのですか。それもすごいですねえ」私はそこで指を鳴らす。拘束魔法のままそこに沼を作り少しだけ沈める。
「私の足元を泥沼にして身動きをとれなくしたのね」余裕がまだあるカーミラ。
「足に力を込められなければ暴れられないでしょう?」
「そんなの飛べばいいじゃない」そう言ってカーミラは羽を広げた。
「ではお飛びください」
「なぜ?羽が切られているの?どうして羽が復活しない?」カーミラに動揺が走る。しかし、すぐに魔法を地面に打ち込んで拘束魔法と沼を爆散させた。
「おや今度は魔法攻撃ですか。無効化も出来るし魔法攻撃も出来る本当に万能ですねえ」
「そうよならこれを受け止めなさい」カーミラは私にかなりの高速の針を数十本打ち出す。しかし、その針はカーミラの背中に深々と突き刺さる。
「空間をまげて私の攻撃を私の後ろから出すとか相変わらずすごい真似をするわねえ」針は全て体から浮かび上がり地面に落ちた。
「これまであなたと戦っている間に周囲にそれなりに仕掛けをしましたから」私は淡々とそう言った。
「じゃあすべて焼き払いましょうか」カーミラは自分の指から炎を巻き上げ会場全体を炎で覆った。私はシールドを張るので精一杯でした。
「これで周囲に張られたあなたの罠は一掃されたかしら?」カーミラはニコリと笑った。ちょっと不気味ですね。
「罠は一掃されましたが、その攻撃の間にようやっと仕掛けができました」
 私は両手を広げてみせる。そして私は広げた指を少しだけ握り込む。カーミラの皮膚にワイヤーが食い込んだ。
「なにかしらこのワイヤーみたいなのは。ええ?体が霧にできないわよ」ようやくカーミラから余裕がなくなった。
「ええ、最初の攻撃のであなたの霧状になる大きさを測っていまして、その大きさ以下の繊維を這わせたワイヤーです。しかも空間魔法を使おうとしても阻止する魔法付きです」
「そんなものをいつの間に」
「以前お会いした時からどうやって戦うか考えていたのですよ。もしかしたら私の家族に卑怯な真似をしてくるのでは、とかシミュレーションしていまして、まずはあなたの霧状になるのを阻止することから始めないとならなかったのですよ」
「最初に魔法で攻撃してきたのは、そのためだったのね」動こうとしても関節から何から拘束されていて全身をギブスで固めたような感じになっている。もちろん動いて細切れにもなりません。
「はい。どのくらいの大きさまで小さくなるのかとどうやって逃げ出すのかを見させていただきました。なにしろ今日初めて戦うので」
「なるほどね」
「ここでやめておきませんか?」
「いまさら何を言うのかしら」
「まだ色々策をお持ちなのはその余裕からわかりますが、これ以上お互い手の内をさらすのは、得策ではないかと思います」
「私のプライドがそれを許さないと言ったらどうするのかしら」
「あなたは優しい人ですから、そんなことを言いませんよ。だってこのまま戦ったらきっと私を殺すどころか世界が破滅してしまいますから」
「あなたはそこまで見切っているのね」
「いいえ、あなたの底がわからなくて怖いから逃げ出したくて私は提案していますよ」
「あなたのその曲がらないスタンスは、守るものがあるかないかなのでしょうねえ」カーミラはそこで睨んだ。
「はい。私はこの世界も大好きなのですよ。もちろんあなたも含めてですよ」
「神にでもなったつもりなの」
「いいえ、私は、私が好きな人達と私を好きでいてくれる人達を守りたい。そのついでにこの世界も守りたいのです。神なんてものは、知らない人なので好きかどうかもわかりませんね」
「順番がはっきりしているのね。邪魔者なら死んで欲しいとか思わないのかしら」
「死んで欲しいからと言って、いちいち手を下していったら世界は滅亡してしまいますよ。それじゃあ世界は回らないのですよ」
「よくわからない理屈だけど、わかったわ。この勝負私の負けよ。ここで終了します。全力を出し切っていなくて残念ですけどね」私はその言葉を信じてワイヤーを緩めた。カーミラはそこで普段の姿に戻った。
「ありがとうございます」私は頭をさげる。
「戦いがこんな形で終了して、白けてしまったのでは周りは納得しないでしょう?せっかくだから最後に一撃だけ試してもいいかしら」カーミラはそこでニヤリと笑った。
「私に受けきれますかねえ」
「大丈夫ちゃんと蘇生してあげるから」
「蘇生の時に何かしないでくださいね」
「さあどうかしらね。さて行くわよ」
 彼女は、かなり高く飛び上がって、空中に静止して、頭上でその炎を作り始める。かなりの大きさになった時にその形を変え、先端が矢じりのように尖って、さらに長く伸びている。まるで矢のようだ。しかい尖った矢じりは、ドリルの形になっている。そう、ドリルこそ男のロマン。しかし、その炎はとてつもなく大きく長くなっていく。
「なんちゅうデカさだ」モーラがあんぐりと口を開けている。もちろん観客も全員空を見上げながら口を開けている。
 そして、長くなった巨大ドリルを地上にいる私めがけてやり投げの要領で投げる。空中でステップ踏まないでくださいね。
 私は、その様子から事前に何枚も自分を中心に魔方陣を形成して、さらに黒い霧の時と同じく重力シールドを形成した。その炎のドリルの矢の衝撃をまず受け止める。さらにその後方に複合盾を生成し、炎自体の圧力に対抗する。氷の層が解け水の層が蒸発し、土の層が溶け、風の層が霧散する。その繰り返しで何とか抑えているが、厚かった盾がどんどん減っていく。
「防壁が破られました。残り一枚ですよ!」エーネが叫ぶ。
「最初の3枚だってかなりの厚さだったのに!」エルフィが叫ぶ。
「それも保ちそうにないわね。どうするの!」アンジーが私に叫んだ。
「このままだとまずいぞ。どうするのじゃ」モーラが叫んだ。
 私は、まだ余裕があることをモーラ達に教えるため手を振る。
「おやそれでもこちらに手をつき出して、手を出すなと言っているようですよ」ブレンダが笑っている。
「何か策があるのじゃな」
 私は、最後の防壁の裏に重力シールドを再度構築して、最後の防壁を破壊して炎が重力シールドに到達したその時に傾きを一気に変え、その炎を反射させた。さらにその炎を2つに分割して、空に逃がした。
 その時カーミラは、力を使い果たしたのか地上にゆっくりと降りて膝をついているのが見えた。
 私も全ての炎を反射した段階で膝をついた。モーラ達が駆け寄ってくる。
「大丈夫か」
「ええ、一時的に魔力を消費したのでちょっと疲れただけです。彼女もそうだと思いますよ」
「そうか、それにしてもどうやって反射したのじゃ」
「重力をあやつれるので、光であれなんであれ質量を持つものは軌道を変えることができます。特に今回の攻撃は炎でしたから何とか反射できました。これが違う属性なら危なかったかもしれません」
「なぜ2つに分けたのじゃ、わざわざ分ける必要はなかろう」
「上空から見ている人たちへの嫌がらせですよ」
「ああ、天界と魔法使いの里が来ていたのか」
「はい。物見遊山な人たちですね。わざわざ直接見に来るなんて」
 私は、彼女の所に行き、膝をついている手を取って立ち上がらせる。
「とりあえず、あなたの力はわかったような気がするわ。まだ底が知れないけど。あなたの言うとおりお互い全力で戦ったらこの世界は壊れてしまうわね。私はそれでも良いのだけれど、あなたはきっとそれを阻止するわねえ」
「ええ、私の家族は絶対に守り通します。たとえこの世界が壊れても」
「そこは、世界を守って家族もでしょう?世界がなくなってもいいの?」
「はい、それは別にかまいませんよ。なんとか手段を探して家族と一緒に逃げ出します」
「まあいいわ。この世界から次の世界に移るまでは、さすがにやめておくわね」
「いやいや、次の世界に行ってもおやめください」
「あはは。そうね。そうするわ」
 そうして盛大な花火を上げて魔族との戦いは終了し、魔族もおとなしく従うことになった。
「結局、おぬしは世界統一王者となってこの世界を支配したようなものじゃないか」
「まだ戦っていない人たちがいますよ。天使とか魔王とか。なので王者ではありません」
「しかし、全世界に顔を見られたであろう。誰もおぬしに逆らえんじゃろう」
「ええ?魔法使いの里がこの試合を全種族に見せていたのですか?」
「おぬし、聞いていたであろう。まさか知らなかったとは言うまい?」
「まさか本当にやっているとは。冗談だと思っていたのですが」
「だいぶ派手にやったではないか」
「残念ながら私の姿は知られていませんよ。私達全員の顔や姿には、モザイクを入れておきました。ついでに声も変えていますからね」
「ああ、そういうことか。いろいろこざかしいのう」
「さすがに覇王になってしまうといろいろ困りますから」

Appendix
「しかし、声を変えても話し方で、モザイクをかけても雰囲気だけでバレていると思わないのでしょうか。詰めが甘いよねえ」ガブリエルはそう呟いた。

「さすが辺境の魔法使い様ですねえ」
「ああ、これはすごいものを見た。魔族でさえも敵ではないのか」
「私としては、もう一度お手合わせ願いたいものだ」
「これは無理だ。勝てないな。諦めたくはないが、今はまだ無理だ」
「それにしてもどうして魔族と5番勝負なんかを?」
「最初の方に何か言っていましたが、勝った方の言う事を聞くとか」
「ならば人は魔族に勝利したのではありませんか?」
「どうもそうではない気がします」

続く




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