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第32話 DT英雄に滅ぼされる
第32-6話 英雄対魔法使い
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○ 平原にて
その平原は、土地が痩せているのか、風が強いせいなのか木が育ちにくい環境にある。大部分が土の上に申し訳程度に草が生えている。
周囲を見渡しても遠くに山が見えるだけ。山裾からは森があり、それさえもかなり遠くにあるだけで、ただただ平野が続いている。
その平原は6国からほぼ等距離にある。もちろん各国と平原は山に阻まれていて、道はそれぞれの国から峠を通ってこないとならない。
しかし、各国はいずれも手を出せずにいる。 平野が広大すぎて誰もそこに城や砦を築けない。
各国への流通はたやすいが、いつ戦争が起きてもそこが戦場となることがわかりきっていて、誰もそこで商売を始めようとはしない。
その平原を制する者は、一帯の国を平定する者と噂されるようになった。
隣接する中で大国にあたる3国は、魔族領に隣接し国力を魔族に回さざるを得ず、小国である3国は、囲まれている他の小国、都市国家などをけん制しつつ国政を維持しており、その平原を制圧するだけの武力を持たない。
分割の案も出たが広大な面積故、活用方法が多岐にわたることから話は平行線に終わり、いつからか空白の平原と呼ばれるようになった。
仮にここに遺跡でもあったなら取り合いになっていたかもしれない。それくらい価値のない平原だ。
その日は、早朝から各国から派兵されて粛々と集まってくる。それぞれの国に続く道から現れ、事前に打ち合わせていたのだろうか、指示もないのにある一方を空けて次々に整列していく。 これもある程度想定していたのであろう。軍の規模も国に合わせた人数が派兵されているようだ。
辺境の魔法使いが立つ予定の場所から見て、左から順にロスティア、マクレスタ、デューアリス、カロリンター、ヨルドムント一番右端にハイランディスが整列している。
全軍整列後、3国の軍の先陣に勇者たちが現れる。ロスティアには王女勇者一行が、マクレスタには俺様勇者一行が、ハイランディスには不死身勇者一行が、それぞれ軍師らしき兵士の元に到着し、何か打ち合わせをしてそこに椅子を用意して座っている。
早朝から各軍は整列していたが、時間指定もないため、勇者達は軍に休憩するよう促し、 伝令たちがその他の軍にも連絡して、その場に座り込んだ。そして日が中天にかかる頃には交代で携帯食を食べている。
「あの方は、時間にうるさい方でした。早朝かと思っていましたがお見えにならず。昼には必ずお見えになると思っていましたのにどうしたのでしょうか」
「何か問題があったのかもしれませんね」
「妨害か?」
「確かに。あの方の信用を失墜させるため・・・今更必要もありませんね」
「そうだな。だが何かあったのは間違いなかろう」
「遅い!いったいDT様はどうしたというのだ」
「DT様はそのような方ではありません。きっと何かあったのでしょう。そうですよね英雄様」
「はい、昨日お話ししたとおり、お会いした時には、そのようなそぶりはありませんでした」
「彼の性格から早朝だと思っていたので寝ないで待っていたのだが」
「今~休んでおいたほうがいいかもよ~変な事態になったら困るし~」
「ジャガーは寝ていたほうがいいかのしれませんね」
「そうしたいが、さすがに眠れないとは思う」
しかし、中天を過ぎ、昼食を交代で取り終えてもまだ辺境の者は現れない。軍お抱えの魔法使いが軍師たちに何かを話している。
軍師から勇者それぞれに連絡があり、ようやく兵士たちが立ち上がる。
「やはり何かあったのですね」
「しかも全く別な町で何かが起きているらしいです」
平原に強い風が吹き始め、上空に黒い影が現れ、軍のいない空白の場所に滞空している。その姿は遠目からでもよくわかる。ドラゴンである。そのドラゴンはゆっくりと降下して、そして降り立った後に消えた。
「ドラゴンが送ってきただと」
「良く見えませんがそうみたいです。 横には魔族がいます」
「どういう事だ。立ち合い人か」
「そうなのでしょうか」
その場所には、一人の男と2人の子供が立っている。男はゆっくりと前に進み、少し距離を近づけたのち、歩みを止めた。
勇者達や兵士達がその姿を黙って見ていると、その後ろに徐々に黒い影が集まってくる。 遠目にその者たちが、人族、獣人、エルフ、ドワーフなど様々な種族が入り混じっていて、その男の後ろに集合している。
「どういうことだ、いったいどこから現れたんだ」
「一人で来ると言っていたではないか」
様々な声が飛び交う。不安と動揺がその声から聞き取れる。
そして、その男は大音量でこう言った。
「アーテステス」
○ カラオケ機能付きマイクによく似ているマイクを持つDT
私は手に持ったマイクを使って周辺に話し始める。
「あーあーマイクテスマイクテス、イッツアファインテュデイ」
その言葉は周囲に響き渡る。ええ、闇の魔法使いが使った音響爆弾の応用です。
「聞こえていますね」
全員が耳を押さえるほどに大音量のようだ。すこし音量をさげましょう。私は後ろを振り向いてマイクで言った。
「まず、私の味方をしようとしている方々。やめてください。この戦いに参加しようとしているのであれば、この戦いに意味はないです。手を出さないで下さい。どんな事があっても決して前に出てこないように。できれはもう少し後ろに下がってください。急いで」
その言葉に後ろいた集団はしかたなく後ろに下がって行った。
私は、再び前を向いて言った。
「皆さん、大変遅れたことをお詫びします。余計な邪魔が入って、寄り道をせざるを得ませんでした。誠に申し訳ありません」私は丁寧にお辞儀をした。
「そして、そちらの3勇者の方々を擁する兵士の皆さん。よく聞きなさい。私の話を聞き終える前に攻撃をしてきたら、私はピンポイントでその人を攻撃します。いいですか、やったらやり返される。それは当たり前のことです。死にたくなかったら自分の中に沸き起こる衝動を少しは我慢しなさい。あと、軍から話の途中で狙撃するように指示が出ていたとしても、私が打ち返して撃った人自身が死ぬだけなので話が終わるまでは止めておくようにお願いします」
「さて、私は辺境の魔法使いを「騙る」者です。ええ、辺境の魔法使いと言われて、名前も示されず、辺境にいる魔法使いだと一括りにされて、誰彼かまわず皆殺しにされたら困るので出てきました。
本当は、あの神の宣託の後、都会に引っ越してもよかったのです。引っ越した後、私は辺境にはいたことありませんといえば良いのですから」
ここで兵士達がざわつき出す。
「いいですか、今回の神の宣託とやらは、抽象的すぎてあまりにもうさんくさいのです」
「ですから、城中で聞いたとされる神託ですか?そんなものくそ食らえですよ」
「何かを信じることはたやすいのです。でも、自分の見たものや聞いたものと照らし合わせて少しは疑問を持ちなさい。そうでなければ人として生きているとは言えませんよ。
そして兵士さん達、あなたたちは、国の税で雇われて食べさせてもらっているのでしょうけれど、それは国を支えてくれている市民を守るという正しい事をしているからであって、悪い事をして食べさせてもらっているわけではありません。
仮にあなたが、何も知らず盗賊に養われていたとしても、それが正しくない事だと気付いたらそれを諫め、その手伝いを指示されても、悪いことが嫌だったら袂を分かっても良いではありませんか。
人は間違っていたら正しい方向に進み直すことが出来ます。もちろんそれまでに人を殺し、人に迷惑をかけていたら、相手の人たちや家族に殺されてもそれまでの人生だったとあきらめるしかありませんが、贖罪が許されるのなら、その罰を受ける覚悟を持って生きてください。
私の疑問はもう一つ。そもそもなぜ直接勇者に神託しなかったのでしょうか」
そこで突然私の前にスリーピースの男が現れる。
「何をしに来たのでしょうか」
「あなたの記憶の最後の封印を解除しろとの神の指示です。まあ、鍵はルシフェルさんが持っていたのですけど、やっと使わせてくれるそうですよ」
「なるほど、ルシフェルさんの意趣返しですね。あなたはわざわざ来る必要は無かったのではありませんか?」
「そりゃあ、あなたの苦しむ姿を目の前で見たかったですし、周囲の人にも見せたかったので。それでは失礼して」
彼は、魔方陣を展開してそれを私に向けて投げつけ、その魔方陣は私の頭から足の先までゆっくりと降りていく。
私は目をつぶっていたが、目を見開きこうつぶやいた。
「ああそうですね、確かにこんな世界はいらない」
「そうですよ、それこそが神が求めていた言葉ですよ。さあ、ここにいる者達から全て消し去ってください」
「では、人類を、そしてこの世界の全てを抹殺しましょう」
「そうです、そうです、そう来なくては」
「まずは、目の前のあなたから」
「私は関係ないでしょう?」
「いいえ、この世界の全てを抹殺するのなら、真っ先に目の前にいるあなたから抹殺しないとおかしいでしょう?私はあなたには色々と恨みがありますので」
「残念ながらそれは勘弁してください。では失礼」
彼はそう言ってとっとと消えていなくなった。
私は持ち上げていた手を下ろして、
「でもね、今の家族は守りたいのですよ」
「なので、家族以外のこの世界そのものを破壊しましょう」
私は、あえてマイクを入れっぱなしで全ての会話を垂れ流していました。
「破壊するつもりであれば、それは我々が阻止させていただきます」
イオンがそう叫び、勇者達がゆっくりと私の所に向かって進んでくる。後ろにはキャロルがまるで従者のように付き従っているのが見えた。
「キャロル・・・そうですか。やはり来てくれましたか」
○前日の話
3勇者が打ち合わせをしている夜にキャロルは、そこに案内された。
「おやあなたはどこかでお会いしていますね。顔を覚えています。でも名前が思い出せません」イオンがそう言った。
「確かに。どうして名前がでてこないのだ、記憶にもやがかかっているような気がする」ジャガーもそう言った。
みんながキャロルを見てそう言っている。しかし、フェイだけがキャロルに近付き耳元でそっと話し出す。
「私にその魔法は効きません。どうやら周囲の皆さんには、あなたの存在があやふやに見えているのですね」
「フェイさんそのとおりです」
「あなたもあの方と戦うのですね」
「そうなると思います」
「あの方もそれを知っているのですね」
「はい」
「ならば何も言いません」フェイはキャロルから少し離れて横に並んだ。
「私はあの辺境の魔法使いに近しい者です。皆さんともお会いしたことがあります。今は魔法で記憶を曖昧にしていることをまずお詫びします」キャロルは一礼した。
「そして、ここにいる勇者の皆さんにお願いがあります。私は、あの方に復讐しなければなりません。理由は誰にも言えませんが」
「あの方が復讐されるようなことをしているというのですか」
「それは言えません。そして、あなた達は勇者です。勇者は人のための勇者。そうですね」
「そうです」
「そして人を殺してはいけないのですよね」
「ただし正当な理由があれば人を殺せますよ」
「今回のこの事が正当な理由だと思いますか」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「やはり皆さんそう思っていらっしゃるのですね?私は勇者ではありませんので、あの方を殺せます」
「復讐すると言われましたが、どうしてそのような事に」
「あの方から最近事実を知らされました。そして、その事を理由に私を殺せと。強い殺意を持って私を殺して欲しいと。そうあの方に言われました」
そう言ったキャロル。周囲の人には、顔が見えないはずなのに涙を流しているのがボンヤリと見えている。そして剣の柄を握りしめる。
「なるほど。あの方は最初から死ぬつもりだったのか。で、あなたは協力して欲しいと言われるがどうしたらよいのだ?」
「皆さんのお力であの方の魔力を削いで欲しいのです。あの方を殺すつもりで全力で」
「私達ではとうてい叶わぬとは思うが」
フェイがそこでこう強く言った。
「そうでしょうか。この子の想いを遂げさせ、あの方の気持ちを汲むのなら、戦うしかないのではありませんか?」
フェイは言った後周囲を見回す。
「いずれにしても我々が戦う事は最初から決まっていた。そして今気付いたが、気持ちはすでに負けていたような気がする。ここにあの方を倒す理由を持った子が現れ、その手助けをして欲しいと言われ、加勢をしない訳にはいかなくなった。しかも相手は死ぬ気でいる。我々が負けても大義名分がつく。そういう事かな」
「殺してはいけません。勇者の名に傷がつきます。あの方への最後の一撃は私がします」
「そのためにあなたが送られてきたとも取れるな」
「一つだけあの方から伝言があります」
「何を私達に伝言するというのか」
「特訓の成果とその後の成長具合を見たいので、制限なしに全力で殺しにかかって攻撃なさいとの事です。もちろん殺してもいいからとの事です」
「あの方は相変わらずだな。ならば弟子としてその成長具合を見てもらおうか。あの方自身の体でな」
「はい」
「私達も加勢します」
「当然いきますよ」
「ありがとうございます。もちろん私一人では無理です。しかし皆様の連携を乱すのも問題でしょう。ズルいと思われるかもしれませんが、手を出さず後ろに控えています」
「構わない。連携の特訓は我々3組で行っていた。私達があの方を殺しても文句は言わないで欲しいが、それでよろしいか」
「かまいません。手加減は無用なのは皆さんの方がご存じでしょうから」
「確かに無理はありそうだ。して名前を呼ぶときにはなんと呼べば良いか?」
「あまりにも過大な名前ですが「英雄」とお呼びください」
「そうか、あなたはそういう役回りなのか。よろしく頼むよ「英雄」」
「ありがとうございます」
○勇者との戦闘
「さて。皆さんお久しぶりです。お元気そうで何よりです。私を殺さなければこの世界が滅亡されると言うことがハッキリしましたので、是非とも皆さんにはこの世界のために頑張って私を殺してくださいね」
そう言って私は一礼した。
「あなたは自分の過去を知って、この世界にも絶望したというのですか」
「そうですね。こんな無駄な諍いを繰り返しているような野蛮な世界ならひと思いに壊してしまいましょう」
「説得は出来ませんか」
「今は無理ですね。私を殺す以外には世界を滅亡から救う道はありませんよ」
「わかりました。私達の力では無理かもしれませんが、その片腕片足片目でももぎ取ってご覧に入れましょう」
「その意気です。もう話すのも飽きました。行きます」
私は指を鳴らして自分の周りにシールドを張った。それが開始の合図だ。
周囲から魔法の波状攻撃、弓による物理攻撃が降り注ぐ。私の張った魔法のシールドを削りに削ってから近接戦にもちこむつもりなのだろう。
私に向かって走っていたジャガーが一瞬消え、私の目の前に現れると、魔法のシールドにスピードを乗せたストレートパンチを打ち込む。その破壊力のある打撃の衝撃は壁を壊さないが、反対側まで衝撃波が貫通していく。ジャガーの後ろから剣士タイプが現れて、周囲からシールドを貫くように場所を入れ替えながら、お互いにシールドにつけた傷に丁寧に攻撃を重ねていく。
「さすがに多対一というのはしんどいですねえ」
私はそう呟きながら。反撃を開始する。全員を鎖で縛った後で火炎の全体攻撃をする。拘束を外せたのはジャガーとフェイのみ。それ以外は直撃して全員の動きが一瞬だけ止まる。
フェイの回復魔法と状態異常解除の魔法を受け、拘束は解け、さらに全員の傷が治っていく。その間はジャガーが私のシールドを連打で破壊し続け、ついにシールドにヒビが入る。しかし、私は指を鳴らしてジャガーを一瞬にして黒焦げにする。
ジャガーが復活する間、忍者が上空からナイフでけん制して時間を稼ぐ。ナイフによる攻撃でついにシールドが破壊されて私は防御を失う。魔法による一斉攻撃。火雷氷全ての魔法攻撃が私を襲う。当然私はそれらを反射してそれを相手に返していく。馴らす指が痛くなってきました。
勇者たちは互いに目で合図して私を囲み三方向に散開して視界から消える。私はシールドを再構築する暇がなく、勇者の物理攻撃を手に作ったシールドで防御して、もう一方の手で魔法攻撃を打つ。イオンは私の真後ろから飛び上がり、真上から剣を振り下ろす。左手で爆炎の魔法でイオンを撃って、爆風で天に吹き飛ばす。しかし、攻撃が全部は通らずイオンは後方に着地した。
一度引いたジャガーが私に向かって真っ直ぐ走ってくる。私の視界ぎりぎりにユージが同じように走ってくる。私の視線がユージを一瞬みた瞬間、ジャガーの鉄拳が私の右腕のシールドにぶつかる。シールドにヒビが入って私の体勢が崩れる。そこにユージの剣が迫る。
私は、自分を中心にして地面に風の魔法陣を構築して二人を遠くまで吹き飛ばす。そこに雷撃の魔法が撃ち込まれる。私のフードはボロボロになり、魔法使いに対して雷撃の魔法を撃って沈黙させる。すかさずフェイが回復魔法を撃とうとしたところに私は雷撃を落とし、フェイも沈黙をする。さらに全体回復魔法を撃つ詠唱に入った魔法使いも闇の魔法で覆い、身動きできなくする。
残る女剣士2人は、ためらいなく私に突進をしてくる。その剣士の目が私の後ろに一瞬動いたのを見て、私は右手を後ろに出して爆炎魔法を無差別にうち、後ろから迫る忍者が火だるまになった。それでも女剣士たちはこちらに迫る。風の魔法で吹き飛ばして、後ろから迫る3勇者をまとめで吹き飛ばした。
全員が地に這いつくばるのを見て、私はため息をつく。いつの間にか私の前には、見慣れた綺麗なブロンドの可愛い女の子が立っていた。
Appendix
『どこまで本気で戦っているのでしょうか』後ろで見ていたエーネが頭の中で呟く。
『あれは、あやつがジョーと一対一で戦った頃の感じだな』
『ジョーって最近改心した人ですよね。その人と戦った時と言われましても』
『そうかエーネは知らんな。あやつがエルフィまでを隷属した時に執拗に狙ってきた魔法使いがおったのじゃ』
『はあ』
『あの時のあやつは魔法使いに毛が生えた程度の新米でな。ファーンを守るために必死になって戦った。その時の戦い方じゃな』
『どんな戦い方ですか』
『自分の持っている魔法をすべて使い、自分の全ての魔力を全て出し切って何も残さない戦い方じゃ。詠唱はその時、指を鳴らす仕草に連動させていたからどうしても遅くなっていたし、シールドの構築は練度も精度も甘くて、すぐ壊れるような物しか作れなかった。稚拙でつたなかったが、あやつは必死だった。村を背にして、相手の攻撃を全て跳ね返す、という強い意志をあの時は感じていた。あの時と全く同じ戦い方じゃ』
『今回はどうしてそんな戦い方をしたのでしょうか』
『おそらくは、自分自身を試したかったのだろうか。あの時の能力のままなら、はたして成長した勇者達に勝てたのか?と思っているのではないか』
『良くわかりません』
『あやつの気持ちなど推し量る事なのできぬ。元々変な思考の持ち主だからな。今回は、自分が死ぬためにどんな方法を取るのが一番良いかを選択した結果なのだろう』
『私は、あの方が勇者達に声を掛けた時に、勇者達への強いあこがれと、その後のため息での失望は、どこから湧き出たものなのでしょうか』
『なんだわかっているではないか。記憶がないから勇者になれなかった。ならなくてよかったとも思っているが、なぜか寂しさを感じていて、でも実際の勇者はまだ成長途中。 歯がゆいのかもしれないな』
『そういうものなのですか』
『あやつの感情だけは、わしにはよくわからんよ。あいつの話は正論が多いが、あやつの考え方が、ねじ曲がっていて一周回っているんだよ。一見正論を吐いているのだが、考え方や考える過程はおかしいのだよ』
『よくわかりません』
○キャロルとの戦闘
「お待ちしておりました。もしかしたら来られないのではないかと心配していましたが、やはり「英雄」というのは、運命に縛られているのですねえ。ですが、人は死にませんよ。なかなかね。ですから頑張って殺してみてください」
私は少しずつキャロルから距離を取る。
「これくらい離れていないと、あっという間に距離を詰められそうですからね」
私はそう言って、キャロルに向き直る。
「はい。ですがお互いのため一撃で仕留めます」
キャロルは鞘に収めたままの剣を握りしめ、目を閉じて思い出にひたっているようだ。
「そうはいきませんよ。先程までと違い、これからは無味唱なのでいつでも魔法を打てますよ」
「では、勝負です」キャロルは剣を抜き、いつも通りの構えを取る。
「いきますよ」
私は、両腕を前にのばして指を鳴らす構えを取る。その段階で英雄は消えた。立っていた場所には私の打った指弾が足元にめり込んでいる。
「詠唱は構える前からしていますよね」
「手の内は読まれていますか」
「後ろに歩いて戻った時に事前に罠を仕掛けているだろう事は想定済みです」
罠をかわしながらジグザグに走り、その回避予測先に私も細かい氷塊を打つ。しかし速度が違いすぎて、到達する頃にはすでにその場所にはいない。
しかし、英雄も直線で一気に距離を詰めようとしているが、何重もの罠が仕掛けられていて進めなくなり、迂回せざるを得ず、さらに回避しつつ回り込むように迫るが、そこにも罠が張られていて、後退せざるを得ない。
観客は何が起こっているかさえよくわからないまま、2人の間に土壁ができ、それが壊され、水が巻き上がり、竜巻がおき、氷が降り注ぎ、周囲に飛び散っている様子を見せられている。それでもやっと起き上がった勇者達は、キャロルの速度域と私の魔法の発動速度を見て呆然としている。先程の戦いなど児戯に等しかったのだと。
少し離れたところにモーラとエーネが立っている。
『あやつの罠は相変わらずえげつないのう』
『はい、軽い罠をかわす前提で仕込んでいます。回避する方向のその先まで読んでいますね』
『にしても、かわすほうもあれだな。反射的にかわしているようなのに体勢が崩れないな。動きに余裕がある』」
『反射スピードに肉体がちゃんとついていっていますね。キャロルは本当に人なのですか?こんなの初めて見ましたよ』
『おお、ちゃんと見えているのか。まあ、魔族ならこれくらい見えているか』
『はい、上級魔族ならきっと見えています。しかも、速度がユーリさんと遜色がない』
そして、互いの魔法を撃つ速度と人の動く速度が次第に上昇して、残像でさえ見えなくなりつつある。
『このまま行けば、DT様を殺すのでしょうか』
『ああ、シナリオ通りならな』
『死体はどうするのですか』
『3国の隊長達が見守っている。そやつらに見分させてから燃やす。灰は、わしらが弔うつもりじゃ』
『燃やしても大丈夫なのですか』
『あやつはマジックと言っておったぞ』
『マジック。手品ですか。魔法ではなくて種があるのですね』
『たぶんな』
『あ、倒されましたよ』
『刺されたか。まあそうじゃろうな。爆散させちゃあ死体も残らん』
『キャロルが・・いや、英雄が勇者さん達を呼んでいますよ』
『さて行こうかのう』
続く
その平原は、土地が痩せているのか、風が強いせいなのか木が育ちにくい環境にある。大部分が土の上に申し訳程度に草が生えている。
周囲を見渡しても遠くに山が見えるだけ。山裾からは森があり、それさえもかなり遠くにあるだけで、ただただ平野が続いている。
その平原は6国からほぼ等距離にある。もちろん各国と平原は山に阻まれていて、道はそれぞれの国から峠を通ってこないとならない。
しかし、各国はいずれも手を出せずにいる。 平野が広大すぎて誰もそこに城や砦を築けない。
各国への流通はたやすいが、いつ戦争が起きてもそこが戦場となることがわかりきっていて、誰もそこで商売を始めようとはしない。
その平原を制する者は、一帯の国を平定する者と噂されるようになった。
隣接する中で大国にあたる3国は、魔族領に隣接し国力を魔族に回さざるを得ず、小国である3国は、囲まれている他の小国、都市国家などをけん制しつつ国政を維持しており、その平原を制圧するだけの武力を持たない。
分割の案も出たが広大な面積故、活用方法が多岐にわたることから話は平行線に終わり、いつからか空白の平原と呼ばれるようになった。
仮にここに遺跡でもあったなら取り合いになっていたかもしれない。それくらい価値のない平原だ。
その日は、早朝から各国から派兵されて粛々と集まってくる。それぞれの国に続く道から現れ、事前に打ち合わせていたのだろうか、指示もないのにある一方を空けて次々に整列していく。 これもある程度想定していたのであろう。軍の規模も国に合わせた人数が派兵されているようだ。
辺境の魔法使いが立つ予定の場所から見て、左から順にロスティア、マクレスタ、デューアリス、カロリンター、ヨルドムント一番右端にハイランディスが整列している。
全軍整列後、3国の軍の先陣に勇者たちが現れる。ロスティアには王女勇者一行が、マクレスタには俺様勇者一行が、ハイランディスには不死身勇者一行が、それぞれ軍師らしき兵士の元に到着し、何か打ち合わせをしてそこに椅子を用意して座っている。
早朝から各軍は整列していたが、時間指定もないため、勇者達は軍に休憩するよう促し、 伝令たちがその他の軍にも連絡して、その場に座り込んだ。そして日が中天にかかる頃には交代で携帯食を食べている。
「あの方は、時間にうるさい方でした。早朝かと思っていましたがお見えにならず。昼には必ずお見えになると思っていましたのにどうしたのでしょうか」
「何か問題があったのかもしれませんね」
「妨害か?」
「確かに。あの方の信用を失墜させるため・・・今更必要もありませんね」
「そうだな。だが何かあったのは間違いなかろう」
「遅い!いったいDT様はどうしたというのだ」
「DT様はそのような方ではありません。きっと何かあったのでしょう。そうですよね英雄様」
「はい、昨日お話ししたとおり、お会いした時には、そのようなそぶりはありませんでした」
「彼の性格から早朝だと思っていたので寝ないで待っていたのだが」
「今~休んでおいたほうがいいかもよ~変な事態になったら困るし~」
「ジャガーは寝ていたほうがいいかのしれませんね」
「そうしたいが、さすがに眠れないとは思う」
しかし、中天を過ぎ、昼食を交代で取り終えてもまだ辺境の者は現れない。軍お抱えの魔法使いが軍師たちに何かを話している。
軍師から勇者それぞれに連絡があり、ようやく兵士たちが立ち上がる。
「やはり何かあったのですね」
「しかも全く別な町で何かが起きているらしいです」
平原に強い風が吹き始め、上空に黒い影が現れ、軍のいない空白の場所に滞空している。その姿は遠目からでもよくわかる。ドラゴンである。そのドラゴンはゆっくりと降下して、そして降り立った後に消えた。
「ドラゴンが送ってきただと」
「良く見えませんがそうみたいです。 横には魔族がいます」
「どういう事だ。立ち合い人か」
「そうなのでしょうか」
その場所には、一人の男と2人の子供が立っている。男はゆっくりと前に進み、少し距離を近づけたのち、歩みを止めた。
勇者達や兵士達がその姿を黙って見ていると、その後ろに徐々に黒い影が集まってくる。 遠目にその者たちが、人族、獣人、エルフ、ドワーフなど様々な種族が入り混じっていて、その男の後ろに集合している。
「どういうことだ、いったいどこから現れたんだ」
「一人で来ると言っていたではないか」
様々な声が飛び交う。不安と動揺がその声から聞き取れる。
そして、その男は大音量でこう言った。
「アーテステス」
○ カラオケ機能付きマイクによく似ているマイクを持つDT
私は手に持ったマイクを使って周辺に話し始める。
「あーあーマイクテスマイクテス、イッツアファインテュデイ」
その言葉は周囲に響き渡る。ええ、闇の魔法使いが使った音響爆弾の応用です。
「聞こえていますね」
全員が耳を押さえるほどに大音量のようだ。すこし音量をさげましょう。私は後ろを振り向いてマイクで言った。
「まず、私の味方をしようとしている方々。やめてください。この戦いに参加しようとしているのであれば、この戦いに意味はないです。手を出さないで下さい。どんな事があっても決して前に出てこないように。できれはもう少し後ろに下がってください。急いで」
その言葉に後ろいた集団はしかたなく後ろに下がって行った。
私は、再び前を向いて言った。
「皆さん、大変遅れたことをお詫びします。余計な邪魔が入って、寄り道をせざるを得ませんでした。誠に申し訳ありません」私は丁寧にお辞儀をした。
「そして、そちらの3勇者の方々を擁する兵士の皆さん。よく聞きなさい。私の話を聞き終える前に攻撃をしてきたら、私はピンポイントでその人を攻撃します。いいですか、やったらやり返される。それは当たり前のことです。死にたくなかったら自分の中に沸き起こる衝動を少しは我慢しなさい。あと、軍から話の途中で狙撃するように指示が出ていたとしても、私が打ち返して撃った人自身が死ぬだけなので話が終わるまでは止めておくようにお願いします」
「さて、私は辺境の魔法使いを「騙る」者です。ええ、辺境の魔法使いと言われて、名前も示されず、辺境にいる魔法使いだと一括りにされて、誰彼かまわず皆殺しにされたら困るので出てきました。
本当は、あの神の宣託の後、都会に引っ越してもよかったのです。引っ越した後、私は辺境にはいたことありませんといえば良いのですから」
ここで兵士達がざわつき出す。
「いいですか、今回の神の宣託とやらは、抽象的すぎてあまりにもうさんくさいのです」
「ですから、城中で聞いたとされる神託ですか?そんなものくそ食らえですよ」
「何かを信じることはたやすいのです。でも、自分の見たものや聞いたものと照らし合わせて少しは疑問を持ちなさい。そうでなければ人として生きているとは言えませんよ。
そして兵士さん達、あなたたちは、国の税で雇われて食べさせてもらっているのでしょうけれど、それは国を支えてくれている市民を守るという正しい事をしているからであって、悪い事をして食べさせてもらっているわけではありません。
仮にあなたが、何も知らず盗賊に養われていたとしても、それが正しくない事だと気付いたらそれを諫め、その手伝いを指示されても、悪いことが嫌だったら袂を分かっても良いではありませんか。
人は間違っていたら正しい方向に進み直すことが出来ます。もちろんそれまでに人を殺し、人に迷惑をかけていたら、相手の人たちや家族に殺されてもそれまでの人生だったとあきらめるしかありませんが、贖罪が許されるのなら、その罰を受ける覚悟を持って生きてください。
私の疑問はもう一つ。そもそもなぜ直接勇者に神託しなかったのでしょうか」
そこで突然私の前にスリーピースの男が現れる。
「何をしに来たのでしょうか」
「あなたの記憶の最後の封印を解除しろとの神の指示です。まあ、鍵はルシフェルさんが持っていたのですけど、やっと使わせてくれるそうですよ」
「なるほど、ルシフェルさんの意趣返しですね。あなたはわざわざ来る必要は無かったのではありませんか?」
「そりゃあ、あなたの苦しむ姿を目の前で見たかったですし、周囲の人にも見せたかったので。それでは失礼して」
彼は、魔方陣を展開してそれを私に向けて投げつけ、その魔方陣は私の頭から足の先までゆっくりと降りていく。
私は目をつぶっていたが、目を見開きこうつぶやいた。
「ああそうですね、確かにこんな世界はいらない」
「そうですよ、それこそが神が求めていた言葉ですよ。さあ、ここにいる者達から全て消し去ってください」
「では、人類を、そしてこの世界の全てを抹殺しましょう」
「そうです、そうです、そう来なくては」
「まずは、目の前のあなたから」
「私は関係ないでしょう?」
「いいえ、この世界の全てを抹殺するのなら、真っ先に目の前にいるあなたから抹殺しないとおかしいでしょう?私はあなたには色々と恨みがありますので」
「残念ながらそれは勘弁してください。では失礼」
彼はそう言ってとっとと消えていなくなった。
私は持ち上げていた手を下ろして、
「でもね、今の家族は守りたいのですよ」
「なので、家族以外のこの世界そのものを破壊しましょう」
私は、あえてマイクを入れっぱなしで全ての会話を垂れ流していました。
「破壊するつもりであれば、それは我々が阻止させていただきます」
イオンがそう叫び、勇者達がゆっくりと私の所に向かって進んでくる。後ろにはキャロルがまるで従者のように付き従っているのが見えた。
「キャロル・・・そうですか。やはり来てくれましたか」
○前日の話
3勇者が打ち合わせをしている夜にキャロルは、そこに案内された。
「おやあなたはどこかでお会いしていますね。顔を覚えています。でも名前が思い出せません」イオンがそう言った。
「確かに。どうして名前がでてこないのだ、記憶にもやがかかっているような気がする」ジャガーもそう言った。
みんながキャロルを見てそう言っている。しかし、フェイだけがキャロルに近付き耳元でそっと話し出す。
「私にその魔法は効きません。どうやら周囲の皆さんには、あなたの存在があやふやに見えているのですね」
「フェイさんそのとおりです」
「あなたもあの方と戦うのですね」
「そうなると思います」
「あの方もそれを知っているのですね」
「はい」
「ならば何も言いません」フェイはキャロルから少し離れて横に並んだ。
「私はあの辺境の魔法使いに近しい者です。皆さんともお会いしたことがあります。今は魔法で記憶を曖昧にしていることをまずお詫びします」キャロルは一礼した。
「そして、ここにいる勇者の皆さんにお願いがあります。私は、あの方に復讐しなければなりません。理由は誰にも言えませんが」
「あの方が復讐されるようなことをしているというのですか」
「それは言えません。そして、あなた達は勇者です。勇者は人のための勇者。そうですね」
「そうです」
「そして人を殺してはいけないのですよね」
「ただし正当な理由があれば人を殺せますよ」
「今回のこの事が正当な理由だと思いますか」
「・・・・」
「・・・・」
「・・・・」
「やはり皆さんそう思っていらっしゃるのですね?私は勇者ではありませんので、あの方を殺せます」
「復讐すると言われましたが、どうしてそのような事に」
「あの方から最近事実を知らされました。そして、その事を理由に私を殺せと。強い殺意を持って私を殺して欲しいと。そうあの方に言われました」
そう言ったキャロル。周囲の人には、顔が見えないはずなのに涙を流しているのがボンヤリと見えている。そして剣の柄を握りしめる。
「なるほど。あの方は最初から死ぬつもりだったのか。で、あなたは協力して欲しいと言われるがどうしたらよいのだ?」
「皆さんのお力であの方の魔力を削いで欲しいのです。あの方を殺すつもりで全力で」
「私達ではとうてい叶わぬとは思うが」
フェイがそこでこう強く言った。
「そうでしょうか。この子の想いを遂げさせ、あの方の気持ちを汲むのなら、戦うしかないのではありませんか?」
フェイは言った後周囲を見回す。
「いずれにしても我々が戦う事は最初から決まっていた。そして今気付いたが、気持ちはすでに負けていたような気がする。ここにあの方を倒す理由を持った子が現れ、その手助けをして欲しいと言われ、加勢をしない訳にはいかなくなった。しかも相手は死ぬ気でいる。我々が負けても大義名分がつく。そういう事かな」
「殺してはいけません。勇者の名に傷がつきます。あの方への最後の一撃は私がします」
「そのためにあなたが送られてきたとも取れるな」
「一つだけあの方から伝言があります」
「何を私達に伝言するというのか」
「特訓の成果とその後の成長具合を見たいので、制限なしに全力で殺しにかかって攻撃なさいとの事です。もちろん殺してもいいからとの事です」
「あの方は相変わらずだな。ならば弟子としてその成長具合を見てもらおうか。あの方自身の体でな」
「はい」
「私達も加勢します」
「当然いきますよ」
「ありがとうございます。もちろん私一人では無理です。しかし皆様の連携を乱すのも問題でしょう。ズルいと思われるかもしれませんが、手を出さず後ろに控えています」
「構わない。連携の特訓は我々3組で行っていた。私達があの方を殺しても文句は言わないで欲しいが、それでよろしいか」
「かまいません。手加減は無用なのは皆さんの方がご存じでしょうから」
「確かに無理はありそうだ。して名前を呼ぶときにはなんと呼べば良いか?」
「あまりにも過大な名前ですが「英雄」とお呼びください」
「そうか、あなたはそういう役回りなのか。よろしく頼むよ「英雄」」
「ありがとうございます」
○勇者との戦闘
「さて。皆さんお久しぶりです。お元気そうで何よりです。私を殺さなければこの世界が滅亡されると言うことがハッキリしましたので、是非とも皆さんにはこの世界のために頑張って私を殺してくださいね」
そう言って私は一礼した。
「あなたは自分の過去を知って、この世界にも絶望したというのですか」
「そうですね。こんな無駄な諍いを繰り返しているような野蛮な世界ならひと思いに壊してしまいましょう」
「説得は出来ませんか」
「今は無理ですね。私を殺す以外には世界を滅亡から救う道はありませんよ」
「わかりました。私達の力では無理かもしれませんが、その片腕片足片目でももぎ取ってご覧に入れましょう」
「その意気です。もう話すのも飽きました。行きます」
私は指を鳴らして自分の周りにシールドを張った。それが開始の合図だ。
周囲から魔法の波状攻撃、弓による物理攻撃が降り注ぐ。私の張った魔法のシールドを削りに削ってから近接戦にもちこむつもりなのだろう。
私に向かって走っていたジャガーが一瞬消え、私の目の前に現れると、魔法のシールドにスピードを乗せたストレートパンチを打ち込む。その破壊力のある打撃の衝撃は壁を壊さないが、反対側まで衝撃波が貫通していく。ジャガーの後ろから剣士タイプが現れて、周囲からシールドを貫くように場所を入れ替えながら、お互いにシールドにつけた傷に丁寧に攻撃を重ねていく。
「さすがに多対一というのはしんどいですねえ」
私はそう呟きながら。反撃を開始する。全員を鎖で縛った後で火炎の全体攻撃をする。拘束を外せたのはジャガーとフェイのみ。それ以外は直撃して全員の動きが一瞬だけ止まる。
フェイの回復魔法と状態異常解除の魔法を受け、拘束は解け、さらに全員の傷が治っていく。その間はジャガーが私のシールドを連打で破壊し続け、ついにシールドにヒビが入る。しかし、私は指を鳴らしてジャガーを一瞬にして黒焦げにする。
ジャガーが復活する間、忍者が上空からナイフでけん制して時間を稼ぐ。ナイフによる攻撃でついにシールドが破壊されて私は防御を失う。魔法による一斉攻撃。火雷氷全ての魔法攻撃が私を襲う。当然私はそれらを反射してそれを相手に返していく。馴らす指が痛くなってきました。
勇者たちは互いに目で合図して私を囲み三方向に散開して視界から消える。私はシールドを再構築する暇がなく、勇者の物理攻撃を手に作ったシールドで防御して、もう一方の手で魔法攻撃を打つ。イオンは私の真後ろから飛び上がり、真上から剣を振り下ろす。左手で爆炎の魔法でイオンを撃って、爆風で天に吹き飛ばす。しかし、攻撃が全部は通らずイオンは後方に着地した。
一度引いたジャガーが私に向かって真っ直ぐ走ってくる。私の視界ぎりぎりにユージが同じように走ってくる。私の視線がユージを一瞬みた瞬間、ジャガーの鉄拳が私の右腕のシールドにぶつかる。シールドにヒビが入って私の体勢が崩れる。そこにユージの剣が迫る。
私は、自分を中心にして地面に風の魔法陣を構築して二人を遠くまで吹き飛ばす。そこに雷撃の魔法が撃ち込まれる。私のフードはボロボロになり、魔法使いに対して雷撃の魔法を撃って沈黙させる。すかさずフェイが回復魔法を撃とうとしたところに私は雷撃を落とし、フェイも沈黙をする。さらに全体回復魔法を撃つ詠唱に入った魔法使いも闇の魔法で覆い、身動きできなくする。
残る女剣士2人は、ためらいなく私に突進をしてくる。その剣士の目が私の後ろに一瞬動いたのを見て、私は右手を後ろに出して爆炎魔法を無差別にうち、後ろから迫る忍者が火だるまになった。それでも女剣士たちはこちらに迫る。風の魔法で吹き飛ばして、後ろから迫る3勇者をまとめで吹き飛ばした。
全員が地に這いつくばるのを見て、私はため息をつく。いつの間にか私の前には、見慣れた綺麗なブロンドの可愛い女の子が立っていた。
Appendix
『どこまで本気で戦っているのでしょうか』後ろで見ていたエーネが頭の中で呟く。
『あれは、あやつがジョーと一対一で戦った頃の感じだな』
『ジョーって最近改心した人ですよね。その人と戦った時と言われましても』
『そうかエーネは知らんな。あやつがエルフィまでを隷属した時に執拗に狙ってきた魔法使いがおったのじゃ』
『はあ』
『あの時のあやつは魔法使いに毛が生えた程度の新米でな。ファーンを守るために必死になって戦った。その時の戦い方じゃな』
『どんな戦い方ですか』
『自分の持っている魔法をすべて使い、自分の全ての魔力を全て出し切って何も残さない戦い方じゃ。詠唱はその時、指を鳴らす仕草に連動させていたからどうしても遅くなっていたし、シールドの構築は練度も精度も甘くて、すぐ壊れるような物しか作れなかった。稚拙でつたなかったが、あやつは必死だった。村を背にして、相手の攻撃を全て跳ね返す、という強い意志をあの時は感じていた。あの時と全く同じ戦い方じゃ』
『今回はどうしてそんな戦い方をしたのでしょうか』
『おそらくは、自分自身を試したかったのだろうか。あの時の能力のままなら、はたして成長した勇者達に勝てたのか?と思っているのではないか』
『良くわかりません』
『あやつの気持ちなど推し量る事なのできぬ。元々変な思考の持ち主だからな。今回は、自分が死ぬためにどんな方法を取るのが一番良いかを選択した結果なのだろう』
『私は、あの方が勇者達に声を掛けた時に、勇者達への強いあこがれと、その後のため息での失望は、どこから湧き出たものなのでしょうか』
『なんだわかっているではないか。記憶がないから勇者になれなかった。ならなくてよかったとも思っているが、なぜか寂しさを感じていて、でも実際の勇者はまだ成長途中。 歯がゆいのかもしれないな』
『そういうものなのですか』
『あやつの感情だけは、わしにはよくわからんよ。あいつの話は正論が多いが、あやつの考え方が、ねじ曲がっていて一周回っているんだよ。一見正論を吐いているのだが、考え方や考える過程はおかしいのだよ』
『よくわかりません』
○キャロルとの戦闘
「お待ちしておりました。もしかしたら来られないのではないかと心配していましたが、やはり「英雄」というのは、運命に縛られているのですねえ。ですが、人は死にませんよ。なかなかね。ですから頑張って殺してみてください」
私は少しずつキャロルから距離を取る。
「これくらい離れていないと、あっという間に距離を詰められそうですからね」
私はそう言って、キャロルに向き直る。
「はい。ですがお互いのため一撃で仕留めます」
キャロルは鞘に収めたままの剣を握りしめ、目を閉じて思い出にひたっているようだ。
「そうはいきませんよ。先程までと違い、これからは無味唱なのでいつでも魔法を打てますよ」
「では、勝負です」キャロルは剣を抜き、いつも通りの構えを取る。
「いきますよ」
私は、両腕を前にのばして指を鳴らす構えを取る。その段階で英雄は消えた。立っていた場所には私の打った指弾が足元にめり込んでいる。
「詠唱は構える前からしていますよね」
「手の内は読まれていますか」
「後ろに歩いて戻った時に事前に罠を仕掛けているだろう事は想定済みです」
罠をかわしながらジグザグに走り、その回避予測先に私も細かい氷塊を打つ。しかし速度が違いすぎて、到達する頃にはすでにその場所にはいない。
しかし、英雄も直線で一気に距離を詰めようとしているが、何重もの罠が仕掛けられていて進めなくなり、迂回せざるを得ず、さらに回避しつつ回り込むように迫るが、そこにも罠が張られていて、後退せざるを得ない。
観客は何が起こっているかさえよくわからないまま、2人の間に土壁ができ、それが壊され、水が巻き上がり、竜巻がおき、氷が降り注ぎ、周囲に飛び散っている様子を見せられている。それでもやっと起き上がった勇者達は、キャロルの速度域と私の魔法の発動速度を見て呆然としている。先程の戦いなど児戯に等しかったのだと。
少し離れたところにモーラとエーネが立っている。
『あやつの罠は相変わらずえげつないのう』
『はい、軽い罠をかわす前提で仕込んでいます。回避する方向のその先まで読んでいますね』
『にしても、かわすほうもあれだな。反射的にかわしているようなのに体勢が崩れないな。動きに余裕がある』」
『反射スピードに肉体がちゃんとついていっていますね。キャロルは本当に人なのですか?こんなの初めて見ましたよ』
『おお、ちゃんと見えているのか。まあ、魔族ならこれくらい見えているか』
『はい、上級魔族ならきっと見えています。しかも、速度がユーリさんと遜色がない』
そして、互いの魔法を撃つ速度と人の動く速度が次第に上昇して、残像でさえ見えなくなりつつある。
『このまま行けば、DT様を殺すのでしょうか』
『ああ、シナリオ通りならな』
『死体はどうするのですか』
『3国の隊長達が見守っている。そやつらに見分させてから燃やす。灰は、わしらが弔うつもりじゃ』
『燃やしても大丈夫なのですか』
『あやつはマジックと言っておったぞ』
『マジック。手品ですか。魔法ではなくて種があるのですね』
『たぶんな』
『あ、倒されましたよ』
『刺されたか。まあそうじゃろうな。爆散させちゃあ死体も残らん』
『キャロルが・・いや、英雄が勇者さん達を呼んでいますよ』
『さて行こうかのう』
続く
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