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第32話 DT英雄に滅ぼされる

第32-3話 元魔王と勇者達

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○ 元魔王アモン
 到着した里の入り口に獣人が立っている。その姿を見てエーネがぶつかるように飛びついて抱きしめる。
「エーネ久しぶりだねえ。元気にやっていたのかい?」
「はい。パンシアさんも元気そうで何よりです」
 エーネは、ユーリ達に見られていたので、恥ずかしそうに離れた。
「あ、バンシアさんお久しぶりです」
 ユーリは馬車で近づいてから、御者台を降りて頭を下げる。
「ああ、あの時の娘さんかい。久しぶりだねえ。元気にしていたかい?まあ、あんたの噂はこの世界に響き渡っているから、殺されてはいないとは思ったけどね」
 そう言って笑っている。
「そちらの獣人は、ああ、孤狼族の捨てられた姫さんだね。初めまして、私はバンシア。黒豹族のはぐれ者さ」
 レイが来るまで待っていて、挨拶をした、
「初めまして、レイです。僕が捨てられた姫ですか?」
 レイは、歩き出しながらそう言った。ユーリは手綱を取り、一緒に歩き始める。
「ああ、獣人族の中ではそう呼ばれているのさ。捨てられたわけではなく自分が捨ててきたと言いたいのだろうけど、そういう話になっているよ」
「一族がそう言っているのは仕方が無いことだと思います」
「でも、あんたが一度だけ里に戻った時のいきさつは、すでに知られているのだけれどね」
「どういうことでしょうか」
「里を出てから一度里に戻ったろう?その時にあんたを追っかけていた者がいたのさ。つけられていたの気づいていたんだろう?」
 パンシアは、そう確認している。
「知っていました。でも、里に着くまでにはまいたはずです」
 レイが自信を持ってそう言った。
「だが、戻ってくるだろうからと、あそこの平原に残っていたのさ。ここを通るだろうってね。それでその時の戦いも見られていたのさ」
 パンシアは笑って言った。
「そうでしたか。それは失敗でした」
「まあそんなものだよ。だから捨てられた姫は最強の称号に今はなっているんだ。さて、俺との世間話が長くなっちまった。エーネ。両親が待っているぜ」
「行ってきます」
 エーネはそこから館を目指して飛んで行った。
 ユーリは、疲れたクウの手綱を引きながらゆっくりと歩いてその後を追う。レイも隣を歩いている。
「急がなくても良いのかい?」横を歩きながらバンシアが言った。
「両親との再会は邪魔しませんよ」
「そうだよなあ。エーネとは一緒に暮らしているのだろう?」
「はい。でも一番仲が良いのはキャロルですが」
「ああ、こちらに顔を出した時に一緒に来ていた子だね。でも最初の頃は一緒だったのだろう?」
「年齢が近かったせいもあるのでしょうね。実際私の家ではレイの方がずっと一緒に居ましたね」
「娘さんからは、姫さんの話をたくさん聞かされたが、あんたはそうじゃないのかい」
「私は、どちらかと言うと自分の境遇に重ねていて、守ってあげたいと思っていただけだったような気がします。レイのように素直に遊べなかったので」
「複雑だねえ」
 そうして歩いて行くと、大きな家が見えてくる。
「ユーリさんレイさん」エーネが元魔王夫婦と一緒に迎えてくれた。

○元魔王夫婦
 ユーリは、近づいてきたエーネと元魔王夫婦にまず挨拶をした、
「お久しぶりです元魔王様、奥様」
 ユーリは頭を下げた。
「お久しぶりですね、ユーリ様、来ていただいてありがとうございます」
 元魔王夫婦は頭を下げた。
「元魔王様、そしてエーネ。さっそくで悪いけど、当面の問題を片付けなければなりません」
 ユーリの言葉に元魔王夫婦とエーネは頷いた。
「先ほどディガートから聞きました。この国の王様とお知り合いだとか」
「国王が私のことを憶えていてくれれば大丈夫かと。でもどうなんでしょう。とりあえず会うきっかけはありますので、それを有効に使いたいと思います」
 ユーリはそう言ってレイを見る。
「では、まず食事と・・お風呂でもどうですか」
「お風呂ですか。ああ、そういえば、元魔王様もうちのお風呂に感動していらっしゃいましたね」
「ええ、あれほどではありませんが、みんなで入られる銭湯のようなものを作りました。それとは別に家にも作りましたよ」
「では、ご相伴にあずかります」
 そして、その里の皆さんと楽しく食事をした。聞かれた事は、自分の事家族の事そして、あるじ様の事。本当に噂には尾ひれがついて大変な人にされていたので訂正するのが一苦労だった。そして今回の神託の話もしておく。注意して欲しいと。
「そのような事が進んでいるのですね。DT様はどうするつもりでしょうか」
「そもそもまだ兵が攻めてくる様子もありませんので、でもあるじ様なら戦わずにすむ方法をなにか考えておられると思います」
「これまでのお話を聞いても想像もつかない方法で切り抜けてきていますからねえ」
 元魔王様は頷いています。
 そして、お風呂である。家風呂のほうに招かれ、奥様とエーネとユーリとレイが入っている。
「このお風呂は素敵ですね。作った方の個性が出ています」
「見よう見まねでは、単なる模倣でしかないと工夫したようです。ですが、やはりDT様の作られたお風呂にはかなわないと申しておりました」
「あるじ様のこだわりは、かなりのものですから。あれを超えるのは難しいと思いますよ。やはり、元の世界で色々見ているそうですから。でも、このお風呂も遜色ないできだと思います。あるじ様が見たら喜ぶと思います。もしかして、ここにも結界が張ってあったりしますか?」
「いいえ、そんなものは張っていませんよ。なぜそんなことを?」
「うちの場合は、風呂場が秘密の話をする場所になっているのです。ここもそうなのかと」
「そもそも秘密の話をしなければならない状況なのですか?」
「そういえば、どうしてお風呂場に結界を張るようになったか聞いていませんでした。色々な事件に巻き込まれている時には、誰かが聞き耳を立てている可能性があるので、家族全員で話し合う時には、お風呂に入りながら話をするので、てっきりそういうものなのだと。そんな事が起こっているのはうちだけですよね」
 ユーリが笑って言った。
「大変なご家庭ですねえ」
「そうだ、結界と言えば、奥様が結界を張られていると聞きました。大変ですね」
「ええまあ。でもどうしたのですか」
「食事の前に元魔王様、アモン様にお話を聞きそびれてしまったのです。それは、高位の魔族には破られてしまうと。本当でしょうか」
「ええそうですけど、どうしてそんなことを」
「この里が襲われるとしたら、兵士と高位の魔族が結託して襲ってくるという可能性もあるわけですよね」
「そんな。想像もしておりませんでした」
「失礼しました。後はアモン様にお聞きします。というのも、2人がのぼせてしまったようですから」
「あらまあ」

○結界
 翌朝早くからユーリは大剣を振っている。後ろの気配に気付き、左足を軸にして回転する。そこには元魔王アモン様がいた。
「おはようございますアモン様」
「おはようございますユーリ。昨日はよく眠れたかい?」
「はい、よく眠れました」
「ベッドで寝ていなかったみたいですが」
「旅先では、剣を抱いて床で寝ていることもあるのです」
「どうして・・・そんなにこの里は危険ですか」
 アモンさんは少し怒っているようだ。
「はい、夜襲を想定していました」
「夜襲ですか?」
「はい、結界を破ってアモン様と奥様とエーネを殺しに来るかもしれません」
「この結界は、決して破られたりはしないよ」
 本当に怒っているようだ。
「そうかもしれません、でも、高位の魔族なら入ってこられるのですよね」
「まあ、妻のシュトリよりも格が上であれば結界は見えるし、気にせず入れるが」
「格が上の人は何人いますか」
「それは・・・袂を分かったけれども、さすがに部外者には言えない」
「そうですか。他の方がいる時には話せませんでしたが、アンジー様からは最悪のシナリオを聞かされています」
 ユーリが今回の事は、もしかしたらそちらにも迷惑をかける事になると手短に話した。
「なるほど、であっても高位の魔族が現魔王を無視して独断専行など考えられませんね。その前提は考えすぎです」
「そうあって欲しいものです」
「それでしたら、名前は明かせませんが、両手の指の数程度であるとだけお話ししておきましょう」
「そうですか。少し安心しました」

○会談
 ユーリとレイは、パンシアさんとディガートさんと共に結界を抜けて、オリオネアの王城に向かった。
 ユーリは、国王に謁見を申し入れて、幸いなことに兵士達が覚えていたので、王への謁見を許可された。
「此度は何用があって私に謁見を申し入れたのか」
「はい。ここから北東の森の中にある他種族の里についてお聞きしたい」
「何を聞きたいのか」
「あの地域は、あなたの領土ではありません。里が出来てそこには他種族が生活していて、そこは侵していけない他国です。あなたは自国の領主の不正も糾弾できるほどのお方だ、そのような愚行はおやめください」
「自国の領主の不正については私に裁量権があるからできる。他国であれば、こちらの領土を侵犯しているのだから何とかしないと国民が困るからな」
「何も国民は困っていませんでしょう」
「これから困るかもしれない。領土を調べて見つかったのだからそこは私の領土内に勝手に作ったものと判断したのだ。ましてや他国から来た流れ者に、たかだか領主の不正を暴かれて恩を売られたと思われても困る」
「お話しを変えないでください。今回領地を調べた時にその話をしてもいませんでしょう。交渉もせずにいきなり税を取るという話もおかしくないですか」
「ならば戦争をしようじゃないか。そうすれば奪えるだろう。あなたが噂の姫騎士ならば、逆にわしの国が滅ぼされるかもしれぬな。勝負しようではないか」
「なるほど、どうしてもあの森が欲しいのですね」
「別に欲しいわけではなくて、あそこはわしの国じゃ」
「そなたらが私の国に仕えるというのならば話は別だが」
「残念ながら私達はすでに他の方に仕えておりますので」
「それは残念だ。おぬしらならあの森と見合うと思ったのだが」
「どうしますか?」
 ユーリは困り顔でパンシアの顔を見る。
「最初から話が通るとも思えない相手だったからね。まあ交渉が出来ただけでも良かったと思うよ」
「すいません」
 領主との会談は、やはり不調に終わった。とりあえず、拉致されたりせず城からは解放されました。
 帰り道にユーリが 
「やはり従属か撤退かになりますね。どうして人は他人の物を欲しがりますか。黙って暮らさせてくれれば良いのに」
「度しがたいです」レイがそう呟く。
「さて、相手は次の手を打ってきますね。争いは避けられなさそうです」
「この場合、守る方は、いつ襲ってくるかわからないので、疲弊します。注意していないと」
「兵糧攻めは大丈夫ですか?」
「里内で食料は確保できるようにしてある。それは大丈夫だよ」
「そこが一番気になるところでした。安心しました」
 ユーリは里に戻り、アモンさんに報告をして、レイやエーネと共にしばらくはここにいることにした。
 なお、家族には脳内通信で状況を伝えています。

○勇者達の寄り合い
 さすがに困惑している勇者達は、それぞれの国王に了解を取り、勇者達で集まって相談していた。
「やはり我々が言って一度話をしようと思うのだが、どうだろうか」
 イオナがそう言った。
「しかし神には滅ぼせと言われているのですよ。話し合いで解決がつく問題ではないと思いますが」
 ライオットがそう言った。
「しかし、勇者はできるだけ人を殺さない。理由があれば殺すことも可能だが、今回の相手は、人間でしかも世の中に害をなしていないのだ。勇者そもそもの行動原理からは逸脱していると思うのだが」
 ジャガーがそう言い返す。
「そうだ、私は一度賢者様もとい魔法使いのDT様に一度お会いしたい。そもそも辺境の魔法使いがDT様だと決めつけるのは早計ではないのか」イオナがそう言っている。会って指示されたい気持ちがあるのだろうか。
「神が、DT様が言っているこの世界の創造主ならばこの命令も妥当なのではありませんか」
 パトリシアが言った。
「今の我々では、全員が束になって戦いを挑んだとして、うまくいって相打ち、最悪の場合我々の全滅で終わる」
 デリジャーが珍しくしゃべった。
「だからと言って、俺たちの力じゃ太刀打ちできないから勝手に戦えば良いと言って逃げる訳にもいくまい」
 忍者のダイアンが反論する。
「ああ、負けるとわかっていてもだ。先頭に立って戦わない訳にはいかない。だが、一度は話をしてみたい。DT様のお気持ちを聞きたいのだ。その上で平行線ならあきらめるしかないであろう」
 イオンはすでに会うことに決めている感じだ。
「殺し合いだぞ。殺されるのを黙っている訳がないだろう」
 ユージはそう言っている。反対ではないがあえて会う必要はないという感じだ。
「わかった。私は独断でDT様に会いに行ってくる」イオンが言った。
「私も行くつもりだ」ジャガーが言った。レティが頷く
「そうですか。ならば3勇者が一緒に行かないわけにはいきませんね」ライオットが同意している。
「結局行くのではないか」
「違いますよ、行きたくはないのです。これ以上会ってしまうと情に流されそうだからです」
「そんなものでよく勇者がやっていられるものですね。腹を括りなさい」フェイがそうたしなめる。

 そうして3勇者は、一度各国に戻り、機を見て城を抜け出してお忍びで・・・まあ、バレていますけれどね。それぞれ違うルートでファーンを目指す。
 最初にビギナギルに到着したのは、ユージのパーティーだ。人の往来は多いが、妙にピリピリしている。そして、勇者一行を避けるように歩いている。
「どうしたのでしょうか。妙に避けられている気がします」パトリシアが雰囲気に何かを感じたようだ。
「いや、確実に避けられているぞ」デリジャーが小さい声で言った。
「これは、宿屋に泊まらずに野営の方が良いかもしれませんね」ライオットがそう言って誰とも視線をあわせずに足早に歩いている。
「必要な物資を調達したらここから出た方がよさそうだ」サヨリナがそう言って剣に手をかけている。
「その方が良いです」
「くそー。俺たちは勇者だぞ。なんでこんな目で見られなきゃいけないんだ」ユージが悔しそうに言った。
「この街では、我々が勇者として有名ではないし、この地方ではDT様の方が慕われているのでしょう」ライオットがそう言ってユージを諫めている。
「ここの地方では、DT様の方が正義で我々の方が悪なのかもしれないですね」
 パトリシアがそう言うと全員黙ってしまった。

 ジャガー達は、ハイランディスから山道を進んでいた。ビギナギルまでは、その方が早いと思ったからだ。
「どうも監視されているなあ」手綱を持ちながらジャガーが言った。
「ええ、見られているのがわかるわ。憎しみの視線のような気がします」
「私達の事をー知っているの?ー変なのーここは来たことがないはずなのにー」レティがそう言いながら怯えている。
「そうね、ここは走ったことがないはずだから、憎しみの気持ちで見られるはずがないのだけれど」フェイが首をかしげている。
「私達を食べるつもりなのでしょうか」バーナビーもちょっと怯えている。
「そういう感じでもないわねえ」
「もしかしてー勇者だとバレてるー?」レティが驚いたように言った。
「まさか!勇者だと知って、DT様に仇なす者と認識されているのかしら。こんな所にまでDT様を知っている人たちがいるの?でも、そうかもしれないわね。あの方は色々な所を飛び回っていらっしゃったから」
「ああ、どんな人たちとも。いや獣人や魔族なんかとも必ず食事を共にしていたと聞いている。やはりあの人はすごいなあ」ジャガーはのんきにそう言った。
「今回の事、あの方なら何か手があると思っているのは私だけかしら」
「滅せよか。どう滅すれば、生きていてくれるのだろうか」
「生きていれば、もっとこの世界も変わると思うのだけれど」
「なんとかするんじゃないー?エルフィの旦那様だからー」
「そうあって欲しいわね」
 ジャガー達は、その地域を抜けてビギナギルに到着して、先行したユージ達と同じ雰囲気に遭遇して、早々に野営に切り替えたのだった。

「イオン様、私は逃げ出したいです。ご恩のあるあの方と戦わなくてはならないなんて、死ぬことは厭いませんが、あの方が私達を殺したことをきっと悔やまれるでしょう」
 サフィーネがつらそうにそう言った。
「私もだ。だがどうすれば良いんだ」
「あいつが死んでせいせいするわ。とか言いたいが、このまま死んでもらっても困るんだよねえ。俺がこの手で殺すまでは生きていてもらわないと。イオン様、何かいい手はないものですか」
「捕まえろとか、幽閉しろとかではなく。滅せよだからなあ。どう解釈しても殺すことになりそうだが」とサヨリナが言った。
「とりあえず私は会いたい。これがお互い最後の会話になるとしてもだ」
 そうして、ファーンの隣のベリアルに到着した。しかし、ここでもイオン達を待っていたのは冷たい視線だった。
「早く出ましょう。この雰囲気はまずいです」
「ああ、私達が勇者一行であることがわかって、一層雰囲気が悪くなったようだ。ここの町もDT様は、親身になってお世話をしておられて信頼されているのだろう」
 そう言って、イオン達はその町を出て野営するのであった。
 結局、ファーンにも入るのをやめて、3勇者のパーティーが合流したのは、訓練に使用した河原だった。
「どうでした、ベリアルの様子は」
「我々を見る目が恐かったぞ」
「ビギナギルもそうでした」
「はい、ハイランディスからの山道もたぶん魔族や獣人達なのでしょう、同じような視線を向けられていました。さすがにファーンには私達が勇者だと知られていますので入れませんでした」
「DT様は、この地方では慕われておるのだな」
 そこに強い羽ばたきの音と共にドラゴンが遠くの空に突然現れ、遠くで小さな人影になり、こちらに近づいてくる。
「モーラ様」そう言って一同がそこに跪く。
「そういうのは、やめてくれと言ってもやらざるをえないのだったか」
「はい、後々何かが起きるかもしれませんので」
「よい、頭を上げて立て」
 そうして、全員が立つ。
「せっかく来たのだが、あやつはおらん。そして、こう伝えてくれと言われている」
「はあ」
「6国の間にある平原にて時を改め対峙したい。1ヶ月後くらいにこちらから出向くから、こちらまで進攻するのは、無駄足になるからやめておくようにとのことじゃ」
「戦うつもりになられましたか」
「いや、あやつは「そこに来た兵士達と話し合いをしたい」と言っておる。もっとも決裂前提じゃろうがな」
「そうでしたか」
「念のため言っておくが、あやつは兵士には容赦ないからな。自分で判断できずにただ付き従う衆愚だと。もちろんその中には兵士という労働の対価を得ていて仕方が無いと思っている者もおるじゃろうが、死と天秤にかけるほどの額をもらってはいないだろう。だから、決してうかつな行動はしないよう釘を刺しておくことだ。頼んだぞ。それでもそやつらは命令に従わざるを得ないのだろうがな」
「やはり私達とは、戦うつもりですか」
「愚王に付き従う馬鹿勇者ならそうなるであろうな。とりあえず覚悟はしておけ」
「わかりました」
「それから各国の王様に言っておけ。自分で戦うなら相手になってやると、あやつは言っておる。先陣を切らない王など要らない。先陣を切ろうとして誰かに止められるほどの器ならまだしも。と言っておる。この話、国王に直接言っておけよ。特にイオンおぬしはじゃ」
「イオン様が言えなくても私が代わりに言います」サフィが言った。
「頼んだ。それと、この辺の町は、すでに臨戦態勢じゃ。町に出入りすると何をされるかわからんからな。わしらが用意した食料を持って帰るがよい。わかったな」
「さすがにそれはないでしょう」
「ああ、おぬしらがこちらに来た時には、ビギナギルの者達もベリアルの者達もおぬしらが勇者であることは、誰も知らなかったから、感づいていたものの手は出さず買い物はできたろう。じゃが、ファーンはそうはいかん。以前の特訓の時に顔が知られておるからな。軍隊が来る前に少人数のうちに潰しておこうと、皆が待ち構えておる。もっとも、おぬしらがやられるとは思ってはいないが、戦えば、女子どもを含め、町民全員を殲滅するまで戦うことになるぞ。ビギナギルとベリアルには、すでに連絡が行っているらしいから、そこでの補給も無理じゃ。まあ、街道はわしが見張っているから手は出させぬから安心せい」
「町に入ったら襲われると断言なさいますか」
「ああ、わしの縄張りじゃ、そのくらいは気配でわかるぞ。なので」
 馬車に乗ったメアとエルフィが近づいてくる。
「皆様お久しぶりです」メアが御者台から下りてお辞儀をする。エルフィも荷台から顔だけだして挨拶をする。いつもの明るさはない。
「エルフィ。ちゃんと挨拶なさい」メアに言われて苦笑いをしながらお辞儀をするエルフィ。
「こんにちは~」乾いた挨拶だ。メアもモーラもびっくりして見ている。
「この馬車に乗っている食料をお持ちください」
 メアの言葉にエルフィが荷馬車の後ろから荷物を下ろす。急いでいるのか扱いがぞんざいだ。
「エルフィさんどうしましたか。丁寧に下ろしてください。食料が傷みます」
 メアに言われてエルフィが渋々丁寧に下ろし出す。
「ずいぶんと嫌われたものですねえ」
 フェイが寂しそうに言った。ユージ、ジャガー、ユーが荷馬車を近づけて、その荷物を受け取る作業をしている。
「残念ですが、今の我々にも余裕はありません。何が起きるのか不安でたまらないのです」
 メアがすまなそうに言った。
「具体的な日時はあとから連絡するが、おぬしらが戻らないと始まらないのでなあ、連絡は、2週間後くらいになるぞ、その平原と接する他国にも連絡をしておけ。3国だけでは話にならないと言っておるのでなあ」
「わかりました」
「近況を聞きたいが、この周りにも町の人々やこの周りに住む魔族やら獣人達が監視していてなあ。わしが見えるところで親しくするわけにもいかないのじゃ」
「ここは襲われますか?」
「暴徒はおらん。しかし、刺客は出るかもしれぬ。十分注意せい」
「ここで訓練したときに十分注意していましたよ。逃げる準備もできています」
「ああそうだったな。気をつけて」モーラは、荷物を下ろしたエルフィが荷台にあがり、メアが手綱を握っている隣に軽く飛び上がって座った。そして、馬たちが旋回をして元来た道に戻っていく。
「会えませんでしたねえ」
「避けられていますか」
「あの方は、あの方自身が会おうと思わない限り、会えない方ですから」ライオットは、そう言った。
「そういえば、男湯で怒らせたよなあ」
「ええ、散々でした」
「私達は、今すぐここを出発します」フェイが言った。ジャガーとレティとバーナビーがびっくりしている。
「フェイさん、危険ですか?」
「わかりません、私の中の危険を知らせる声が急げと言っています」
「ふむ、であればそうしよう。私達もすぐ出立する」イオンもそう言った。
「私達も急ぎましょう」ライオットが言った。そばに忍者が立っている。
「カーン、何か見たのか?」
「わからない。でも、森の中も町の方もどうも不気味だ」
「そうか、馬の休憩は十分ではないがしかたあるまい。急ごう」
 そうして、勇者の3パーティーは、急いでそこを出立した。

 その頃私は、地下室にいました。
「核爆弾は、さすがに作れませんねえ」
「あんた、何するつもりよ」地下室に下りてきたアンジーが言いました。
「この世界を破壊してしまえば、全て終わるなあと思いまして」
「気持ちはわからないでもないけどねえ」
 アンジーはそう言いながら、机に置いてあった大量の紙をパラパラとめくる。
「これ、メアの設計図じゃない。今更見てどうするの」
「ああ、ここに引き上げてきただけで目を通してはいませんよ。実際、アスターテさんがいるのですから。私が憶える意味はありません」
「返さなくても良いの?」
「全て憶えているそうですよ」
「なるほど、そういう情報交換は、ここからあそこの地下室に転移して行っているわけね」
「ああ、たまに地下室をのぞきに来ていましたか」
「あんたが地下室に籠もり始めるとろくな事が無いから時々様子を見に来ていたわよ。それに魔力切れして倒れているかもしれないし」
「アンジーは、いつも私のこと心配してくれているんですねえ。ありがとうございます」
「ばっ、馬鹿なこと言ってないで、白状しなさい、何する気なのよ」
「とりあえず、宣戦布告をうまくやる方法ですかねえ」
「話す気は無いようね」
「話せないこともこれからたくさん出てきそうです」
「仕方が無いわねえ」そう言ってアンジーは地下室から出て行った。


Appendix
 キャロルがビギナギルへ
「ビギナギルからキャロル、あなたに依頼です」
「なんでしょうか」
「辺境の魔法使いを倒すために派兵された時に、まっさきに略奪されるのはわが街なので、 防衛戦に加わってくださいと言っていますが」
「わかりました、ビギナギルに向かいます」
「そのような事にはならないとは思いますが、その気に乗じて何か起きるという事はありますから、街の人たちのためにお願いしますね」
「わかりました。何かありましたら無線機で連絡をお願いします」
「何もない事を祈っていますよ」
 キャロルはテンに乗って寂しそうに旅立っていった。
「行かせて良かったのか?」
「わかりません。今回は私が主役らしいので、冷静に考えられないのです。とりあえず危険を分散したいのです」


続く
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