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第31話 DT独りでお出かけ
第31-3話 最狂最悪の敵
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○第2ラウンド
ジョーは、愛情と憎悪の入り交じったなんとも表現のしようのない微笑みを私に向ける。
そして、私にとっての第2ラウンドが始まった。
彼女は、私が向かおうとする扉の前に立ち、私は、正反対にあるここまでたどって来た扉の前に立つ。
「あなたと私の愛の語らいにルールなどないわよね」
「私としては死にたくないのですけど。あと、あなたを殺したくもないですけど、ダメですかねえ」
「まだ、そんな生ぬるいことを言っているのかしら。私も研究しているのよ。あなたのことも私の力もね」
「確かに、前の時も努力家でしたねえ」
「だからそんな生ぬるい事を言っていると本当に死ぬわよ。では、始めましょう」
「始めるなんて言っている時点でそれがルールなんですけどね」
彼女はその言葉に反応せず。私を見て右手に持ったタクトのような棒を私に向ける。彼女にとってあのタクトは魔法をイメージするときの必須アイテムなのだろうか。
などと考えていると私の頭の周囲に私の頭と同じくらいの大きさの光球が数個発生する。そして、その光球は一瞬で私の頭に襲いかかる。私は、それをかわそうとするが、体がすでに動けなくなっていた。私は、動かせる指を使ってワイヤーのネットを作り、その光球を受け止めて跳ね返そうとした。しかし、分裂をしてワイヤーをすり抜け、私の頭の上に張ったシールドにぶつかり爆散する。その破片が粉になって私の周りを静かに落ちていき、床の上に積もっていく。
「これは?」
私はそう思いながらも次々と光球は現れるため、それを防ぐしかなく、しかしその光球はシールドを破壊しながら、本当に少しずつ私の周囲に降り積もっていく。
「どう?きれいでしょ?あなたのワイヤーには、前回散々な目にあって、こりごりしたから今回は使う前提でこういう趣向にしてみたの。どう?」
本当に嬉しそうにジョーは言った。
「そういう対策の仕方もあるのですねえ。まるで詰め将棋のようです」
私はついつい感心してしまいます。そんな場合ではないはずなのに。
「そうね。こうなってしまうとほとんどあなたは詰みだわ。でも、あなたの魔法はここからでしょう?」
そう言いながらも、床に積もった光球の細かい粒子は、一様に光り出し、それぞれが魔方陣を形成し、さらにその光った魔方陣が大きな魔方陣を形成し始める。
「ここまでは私のターンね。ねえこのまま終わるのかしら」
残念そうにジョーはそう言った。
「そうですねえ。壮大なちゃぶ台返しをしたいのですが何もありません。でもこうしましょう」
私は指を鳴らし、光球が作った小さな魔方陣の光を消し、黒い魔方陣に変化させる。そして、床にできた大きな魔方陣に穴を開ける。
「すばらしいわ。やっぱりあなた素敵。濡れちゃう。でもね残念。それも想定済みよ」
穴を開けられた大きい魔方陣は、床の上をゆっくりと回転を始め、白い光から赤い光へと徐々に色を変えながら、その穴を塞ぎ始める。そしてすべての黒い穴をふさぎ、赤い色の魔方陣となり、私の周囲に巨大な炎の壁を作って回り始める。
「ちなみに、さっきの魔法使いのようにはいかないわよ。風や重力に反応して、その位置を変えながらあなたに向かっていくの。そして、あなたを焼き尽くすまで消えないの」
お互いの姿は、炎の壁によって見えなくなっている。しかし、彼女のその声から、恍惚の笑みを浮かべている様が容易に想像できる。
「さすがに凄腕の魔法使いですねえ」
私は指を鳴らし、その魔方陣を一瞬で消す。
「あらさすがねえ、最初から床にワイヤーを這わしていたのね。魔方陣ができる前から仕込むなんてさすがねえ」
「だから始めましょうなんて言うからですよ。その前から始まっていましたよねえ」
私は、指を鳴らす真似をして、私の周囲に彼女が張ったワイヤーを視覚化する。彼女も炎の壁で見えなくなったあと、私の周囲にワイヤーを張り巡らしていたのだ。
「あらバレていたのねえ。せっかくあなたを切り刻んで、あなたの家に送り届けるつもりだったのに」
私の周囲にあったワイヤーが色々な角度から移動してきて、私を切り刻もうとする。とりあえずシールドでしのいでいるが、じわじわとシールドの層を破壊しながら進んでくる。
「それもあなたの十八番よねえ。いろいろな属性の層を兼ねてシールドを作る。でも、わかってしまえば、魔法属性を何層も重ねて攻撃をすればいいだけなのよねえ」
「これはやばいですね」
私は指を鳴らして、彼女の足下に魔方陣を描く。
「やっと私に手を出してくれるのねえ。待っていたわ」
魔方陣は、光り始めて下からライトを当てているように、彼女を浮かび上がらせ頭の方に影ができる。
「すごいわ、攻撃の仕方が陰険ねえ。下の魔方陣で光属性の攻撃をして、その光で天井に出来た上の影から闇属性の攻撃をするなんて。発想がひねくれているわ。普通、足下に影を作ってそこから闇属性の攻撃でしょう?」
嬉しそうにジョーがそう言った。
「そんな単純な攻撃では、簡単に見破られますからねえ。なので、これもフェイクですよ」
私はそう言って、彼女の左の横腹にできた小さな影から黒い針を作り出し、彼女を全方位から攻撃する。しかし、光属性の魔法ではじかれる。
「いいわ!そう!こういう戦いがしたいのよ。私はもうビショビショよ」
ジョーはそう言いながら本当に股間に手を這わしている。
私は、だんだん楽しくなってきている自分を反省しながらも、ついつい彼女と話をしながら攻撃している。しかし、私のシールドもそろそろ限界だ。私は、指を鳴らすふりで、そのワイヤーを切断する。
「ええ?そのワイヤーを切れるの。魔法属性を重ねて丹念に撚り混んだワイヤーを切ったの」
「だから、そのワイヤーで私のシールドを切っていたのでしょう?原理は同じですよ」
「一瞬で切ったわよね。私はあなたのシールドを一枚ずつしか剥がせていないのに」
「線と面の違いですよ。線で面を切断するには時間がかかりすぎます」
「確かにそうだわ。やっぱり頭の差は出るわねえ」
「あなた。それだけの知識を持っているのですから。あんな環境に生まれなかったら・・・」
「あんな環境って・・・あなた覗いたのね、私の頭を。見たのね・・・私の過去を」
彼女の楽しそうだった顔が、一瞬で凍り付き、そして驚き、悲しい表情になった。
「あれはあなたが私に見せようとしていたわけではなく、無意識に見せていたのですね。すいません。覗くつもりではなかったのですが、断片的に見えてしまいました」
私は、攻撃が止まった事を不審に思いながらも、話を続ける。
「それでもあなたの態度は変わらないのね」
タクトを持った手がだらりと下がり、うなだれて彼女は呟く。
「今のあなたが全てでしょう?もっとも前の戦いの時にあなたがしていた話では、この世界に来てから殺しすぎているようですが、そちらは私には見えませんでしたからねえ」
私は、彼女の様子がおかしいのに気づいても、近づきがたい雰囲気にその場に立ちすくむ。
「わかったわ。これで最後にする。あなたは私の過去とともに消えて。私は生き残って全てをリセットして生きていく事にするわ」
突然彼女は、微笑んでいる顔を上げてタクトを持ち上げて私に言った。
「リセットして生きるのですか」
私はちょっとだけ手を上げて応戦の構えを取る。
「ええ、私の元の世界での過去を知っているあなたを殺して、魔法使いの里で全ての記憶を消してもらう。封印ではなくて記憶を消去してもらうわ」
彼女は吹っ切れたような顔をした後になぜか少しだけ悲しい顔になった。
「私を殺すのはやめてもらえませんかねえ。それに記憶を消したら魔法使いとしての知識も無くなりますよ。封印で良いのではありませんか」
私は彼女の表情を見てもどう解釈して良いのかわからず、とりあえず説得してみる。
「人を殺した事を精算するわ。そして過去を知る者を殺すことで過去も精算する」
そう言って彼女はタクトをまた振り上げる。
「言っていることが滅茶苦茶ですよ。やめてくれませんかねえ」
「いいえやめないわ。だからお願い死んでちょうだい」
そう言って彼女は、真剣なまなざしで私に魔法を撃ってくる。その攻撃に殺意は乗っていない。ただ闇雲に私に向かって魔法を撃っている。元々が火の属性だからか、その威力はすごい。そして氷、水、雷、風の魔法も混ぜて攻撃してくる。
そういえば彼女は、氷の城まで作っていたし、今では水の魔法も威力は弱いが使えているようだ。そして、変則的な魔法式を構築して雷撃も使えているし、風も起こしている。だが、攻撃全てが投げやりだ。単に知っている魔法を順番に撃っているだけだ。しかし、その攻撃は、徐々に威力を増していて、防御が厳しくなってくる。
「シールドに割いている魔力がまずい」
実のところ変化球の方が対処はしやすいのだが、こんな風に魔力量の勝負になると、こちらはかなり分が悪い。私の属性は重力。魔力量で無理して属性の違う魔法を強力なものにして使っている。そして今の魔力量では、シールドを解除して攻撃に転じられるほどの余裕はなく、相手の攻撃を防御するので精一杯だ。相手の魔力量はほとんど満タン。私は、さきほどブラックホールを作って魔力のほとんどを使っていて、いつ枯れるかわからない状態なのだから。
そしてついに彼女は、私に超特大の超圧縮した火球を作り、私にぶつけようとしてくる。それさえも殺意を感じないのだ。さらに生き残るための防御をする感じでもない。さっきの言葉とは裏腹に心中する気満々にしか思えない。
攻撃がやんだことで、私もシールドを解除して彼女に近づく。
「来ないで!来たらこれをぶつける」
そう言いながらも火球は、それ以上大きくなっていない。むしろ勢いが落ちている。
「いや、そんなものこの距離でぶつけようとしなくても爆発すれば同じでしょう」
私はそう言って彼女に近づく。彼女はイヤイヤをしながら後ろに下がり、壁にたどり着いてしまう。
「やめて!来ないで!もう私を困らせないで。お願い。いいえお願いします」
火球は、彼女の心のように徐々にしぼみ、やがて消失した。
「お願いだからそばに来ないで。私をこれ以上苦しめないで」
彼女は、壁に背をつけたままずるずると座り込む。
「先ほどまでの落ち着きはどうしたのですか。ちゃんと説明してください」
「できるわけ無いでしょ。恥ずかしいからよ」
「恥ずかしい?」さきほどまであれだけの痴態をさらしておいて今更ですか。
「今更よ!!」
おや、私の心の声が聞こえていますか。日本語がわかる転生者なら前は聞こえていました。でも、今は無理なはずですが。
「あなた。その通信機のスイッチ入りっぱなしよ。あなたの心の声がはっきり聞こえてきているわ。なんなのよそれ。私にあなたの心の声を聞かせて何の意味があるの」
彼女はそう叫んで両耳を手で塞いで震えている。
そういえば、家族に何かあったら連絡をとれるようにしていたのですが、それがあだになりましたか。
「そうよ。あなた、私の過去を知っていたのに私に対する対応が全然変わらないじゃない。どうしてなのよ」
彼女は私を見上げて涙を流しながら叫んだ。
「ああ、あなたの育ちを断片的に見ましたが、ゆがんでしまったのも仕方が無いなあと思いまして」
「それは同情?哀れみ?」
彼女はちょっとだけ冷静に聞き返した。
「別にどちらも感じませんねえ。だって、あなたの置かれた状況に実際自分がなってみないと、それが同情するべき事か哀れむべきものかなんてわかりませんよ」
「そういう事なのね。だからなのよ。あなたに過去を知られて、今までの自分を保てなくなっただけよ。恥ずかしくて」
「それで、過去を知る私を殺してしまえばと思ったわけですか」
「でも、それもできなくなったの。もしかしたらあなたが私の唯一の理解者かもしれないって思ったの。で、いっそのこと死んじゃおうかなって。でも一緒に死んだら、それも悲しいなと思って。今は心がごちゃごちゃなのよ。だからあんたなんか嫌い。大っ嫌い」
彼女は再び下を向いた。
「そうですか。嫌いですか。とりあえずこの勝負引き分けと言うことで、私はこの先に用事があるので先に進んでも良いですか?逃げても良いですか?」
「私の心の整理ができるまでは、生かしておいてあげる。だから先に行きなさいよ」
彼女は、両手で顔を覆い、そして肩が震えている。
「ありがとうございます。では失礼します」
「早く行っちゃえ!ばかぁ」
私がそばを離れたのを感じたのか、下を向いたまま叫んでいた。
そうして、彼女との戦闘はあっけなく終了した。
私は彼女を残して、荷物を背負って検問の前に立つ。しかし、前回来たときには通してくれたその入り口は、
「一度通った者は、二度と通れません。お帰りください」と冷たい返事を返す。
「やはりそうですか。しかたがないですねえ」
私は、その入り口に向かってそうつぶやくと、また、なけなしの魔法を使って、空間を広げて、その先の曲がり角のところに空間移動する。そこにもマーカーを密かに置いておきました。ええバレないように。
「本当は、ここに直接飛んでも良かったのですが、あそこを通してくれるか、確かめたかったんですよねえ。そんな事をしなければ、こんな事にはなっていないのですが。とほほ」
私はそうつぶやいて、角を曲がり、転がっている石の中の椅子に座っている彼に近づく。しかし、前回とは違い石化は解けない。
「やはり、あそこの通路を通らないと石化は解けないのですねえ。石化解除の魔法を教えてもらっていて良かったです」
私は彼の石像の前に立って呪文を唱える。彼の足下に魔方陣ができて、彼の石化が下から上に解除されていく。
「おや、ずいぶんと早い来訪者が・・・ああ、あなたでしたか。それにしても服がぼろぼろですが、何かあったのですか?」
ボンヤリと私を見ながらアスターテさんが言いました。
「まあ、ここに来るまでに色々と意地悪されましてねえ。原因が逆恨みなのですが、しつこくて」
「そうでしたか、苦労が絶えませんねえ。それで私に何か用事ですか」
「助けに来ました・・というよりは、ここから無理矢理連れ出して、私の考えに協力させようと思ってここに来ました」
「ああそういうことですか。ここから出ろというのですね」
「代わりにこれを置いていこうと思います」
私は背負っていた荷物をドサリとそこに置く。
「私の代わりですか」
「人間を模して作ってありますが、所詮は作り物です」
私はそう言いながら、袋から取り出して椅子に座らせる。
「これはすごいですねえ。ほとんど人だ」
「人の成分ではできていますが、しょせんは作り物ですよ。あなたのようにホムンクルスを作れるわけではありません」
「最初は人間の元を使って娘の体を作ろうと思ったのですが、できませんでしたからねえ。それにしてもこれだけ精巧にできているなら、人の魂も定着させられそうですがねえ」
アスターテは、しげしげとその人間を模したものを見続けている。私はかまわず石化を始める。
「急ぎましょう」
私は、その人型を石化が完了した後に言った。
「ところでどこから出るのですか?」
「ここの前の部屋にひとり置いてきぼりにしたので、その子を連れて移動します」
私は、彼の腕をつかみ、指を鳴らす真似をする。一瞬でそこからかき消え、彼女のいる部屋に戻る。そこには、ぼーっと座り込んでいる彼女がいた。
「おや、可愛いお嬢さん。こんなところにどうしたのですか?」
アスターテが声を掛ける。
「ほっといてよ。私はここで考え事をしているの」
彼女は一瞬アスターテさんの顔を見て横を向いた。
「失礼ですが、お嬢さんここは危険だ。彼と一緒にここを出ませんか」
「変なおじさんも一緒なら行きたくないわ」
彼女は私とアスターテさんを見比べて、アスターテさんを見て言いました。ひどくないですか?
「失礼しました。私は、ブリュネー・アスターテというしがない魔法使いです。変なおじさんと呼ばないでくださいね」
アスターテさんはちょっと傷ついたようだが、そこは紳士的な態度は変えない。
「ブリュネー・・・アスターテ・・・。お師匠様の旦那さん。あ、元だけど」
ジョーは、ハッとしてアスターテを見上げる。
「ああ妻を、もとい元妻をご存じでしたか」
ちょっと困惑した表情のアスターテさんです。なにかまずいことでもありますか?
「はい、パープル・クロックワークさん。私のお師匠様です」
目を輝かせてジョーは言った。
「そうでしたか。どうです?変なおじさんではなくなったでしょう?」
「でもお師匠様から聞いた話だと十分怪しい人だと思いますけど」
今度はジト目でアスターテさんを見るジョー。
「そうでしたか。それでもこの部屋から一緒に外に出るには、十分な理由になりませんか?」
「わかりました」そう言ってジョーは立ち上がる。
「知り合いなんですか?」
「正確には違いますが、妻を挟んで関係者のようです」
「私のお師匠様の元旦那さんです」
「とりあえず、ここを出ましょう」
私達は、階段を下って最初の部屋に戻り、外につながる扉を出て、再び降り出した雪の中に降り立った。私は2人の手を握り瞬間移動した。到着した場所は、真っ暗な部屋です。私は立ち上がって手探りで明かりのスイッチをつける。まぶしい光に慣れて部屋の中を見渡すと、そこはセリカリナの地下室だったのです。
「ここに飛んできたのですか。もしかしてあの球をお持ちなのですか?世界に10個しかないあの球を。いや、もしかしてあの球を使わずに飛ぶ魔法を持っていらっしゃるのですか」
アスターテは私を見てビックリしている。
「ええまあ。球を見せてもらった時に覚えたのですが」
「あなたってやっぱりすごい人だったのね。これは、私が勝てる訳もないわね。あの戦闘の時に使われていたら私もどこかに飛ばされていたとのね」
彼女はそう言った。
「そんなことはありません・・・・ああだめそうです。ここで私は電池切れです。あなたの愛しい紫さんは、今は、ファーンと言う辺境の町のそばに住んでいるはずです」
それだけ言って、私はそこに倒れ込んだ。そして意識が遠のいた。
○そうして
意識が戻った私は、ベッドに寝かされていて、周囲を見渡すとそこは知らない部屋だった。周囲を見渡した後、上半身だけ起き上がり、頭を左右に振ってから、ベッドから立ち上がったが少しふらついた。かなり長く寝ていたのだろう。
「あ、起きたのね」そう言って、扉の向こうから女性が近づいてくる。私を見て少し顔を赤らめたのは、ジョーだった。普通の服を着ているせいか、ずいぶんと雰囲気が変わっている。
「ここはどこですか。あれから何日たっていますか」
私は、問い詰めるように彼女に尋ねる。
「あの地下室の近くの空き家よ。2日間も寝ていたわよ。それより体は大丈夫なの・・ですか?」
「あ、ああ大丈夫です。彼はどこにいますか?」
「とりあえず居間に行きましょう。食事を用意します」
その言葉に、強烈に空腹を感じている事に気付きました。エルフの森の騒動の時以来の空腹感です。そして、今ならその空腹感が、魔力がすっからかんだから感じるものなのもわかります。そして、目の前の彼女だ。本当にあの彼女かと言うくらいの変貌ぶりです。どうしたのでしょうか。
すでに用意してあった料理を温め直してくれたらしく、すぐに食事を持ってきてくれて、すぐに食べられました。柔らかい温野菜と柔らかい肉。そして、おかゆ状の米に似た何かを出され、マナーとか気にせず一気に食べました。そのそばでは、彼女が明るく微笑みながら私の食べる姿を見ています。食事を終え、彼女が食器を片付け、お茶を持ってテーブルに戻ってくる。
「2日間の事を教えてください」
「何もないわよ。地下室からあなたを連れ出したら、そこにはお師匠様が立っていて、この家まで連れてきたわ。お師匠様と元旦那様には、私の知っているこれまでの事を話して、お師匠様にはしばらくここにいなさいと言われただけ・・・です」
「私の家族には何か伝えたのでしょうか」
「あなたがあそこにお忍びで行ったのは知っていたから教えていないわよ。瀕死な訳でもない、ただの魔力切れだも・・・ですもの」
彼女はなんとか丁寧語を使おうと苦労していますが、語尾だけになっているのが少しおかしかったです。
「いや、恥ずかしいところをお見せしました」
「よくあそこまで保った・・保ちましたね」
「ええ、あなたと最後まで戦っていたらどうなっていたかわかりませんでしたよ」
「それを言わないでくださいよ。まあ、もう少しここにいてね!ダーリン」
ジョーが嬉しそうにそう言った。
「そうもいかないのです。ブリュネーさんと話をして今後のことを詰めておかないと」
「あなた何をするつもりなの。もしかして神と戦うの?」
ジョーは真剣な顔で私にそう尋ねる。
「私にはそんな力はありませんよ。それに、なぜか神を名乗る方も直接私を殺しもしませんので、かなり自由にさせてもらっています」
そこで、扉を叩く音がした。
「どちら様ですか」
「私よ、ああ私達よ」
「お師匠様」
駆け出した彼女が扉を開けると、パープル・クロックワークと、ブリュネー・アスターテさんが中に入ってくる。
「起きたようですね」
「はい、色々ご迷惑をおかけしました」
私は立ち上がってお辞儀をする。まだ少しふらふらしている。
「いえいえ、こちらこそ救出していただいてありがとうございます」
「ええ、本当に。昨日から話を聞かせてもらっていたけど、戻ってこられるような場所ではないのに、本当に無理矢理連れて帰ってきたのですね。ありがとうございます。それと娘の事も色々とお世話いただきありがとうございました」
「ああ、私にも正体を明かすのですね」
「娘にも話すつもりです。この人もようやく帰ってきましたので」
「家族で暮らせますねえ。よかったです」
「それは違います。あの子の家族はあなた達なのですから」
「しかし、せっかく親子そろったのですから」
「私達は、親子でなくなってからお互い長く離れて暮らしていたのよ。今更家族だなんて言われてもお互い違和感だらけだわ」
「残念ですが、父親と名乗りはしましたが、実感もないですねえ。そもそも娘が中にいると知りながら、自分のメイドとして扱うようなひどい父親ですので。それに、本人も望まないと思いますよ。絶対に」
「そうでしょうかねえ」
「100年単位の話ですから。それよりも、私のことを利用するためと言っていましたが、一体私に何をさせたいのですか」
「天文にお詳しいと前に聞きましたので、その関係の調べ物をしていただきたいのです。とりあえずは、石化していた期間のこの世界の出来事、知識、増えた魔法などを憶えてください。それからになります。ただ、こちらに戻られたことは、誰にも見つからないようにお願いしますね」
「わかりました。元々引きこもり気味でしたので問題ありません。それにそういうのもおもしろそうなので」
アスターテは子どものように笑って言った。
「本当に子どものままねえ。あそこに作った地下室なんてその最たるものじゃない」
紫はそう言ってため息をつく。家族にすれば、みんなそんなものですね。
「やはり地下室は男のロマンですよねえ」アスターテさんが私に同意を求める。
「いやまったく」私は相づちを打たざるを得ません。
「あなた達は・・・本当にねえ、どこに行っていたかと思えば、石になっていたとか笑えるわねえ」
「そういえば、お前、どうしてあのタイミングで地下室にいたのだい?DTさんが倒れる時には、ファーンにいると言っていたのに」
「それは、この街の移転の話の時に、DTさんがここを発見して誰かが来ていたと言うから。まあ、荒らされないようにこの地下室に仕掛けをしておいたのよ。これだけ私達があちこち動き回っていたら、その隙に誰かが盗みに入るのではと思ったからね」
「パープル。いや紫、仕掛けをしていたにしても、さすがにファーンからここにすぐには、来られなかっただろう」
「それは、ねえ」紫さんが私を見る。
「DTさん、あんた謀ったのか」
「まあ、女性からの依頼ですから、断るわけにも行きませんでしたから」
「男の友情は・・・」
「夫婦の愛情の方が上だと思いますよ」
「そうですか。色々と面倒をかけましたね」
「今は、地下室にお住まいですか?」
「あ、ああ、だが寝る場所がなのですよ」
「わかったわ、私の家にいらっしゃい・・・と言いたいところだけれど、ジョーが私の家にいらっしゃい」
「お師匠様。私をここに、DT様と一緒にいさせてください」
「DTさんが起きるまでは、ここにいてもいいですとは言いましたが、これからあなたと少しお話ししなければなりません。少なくともDTさんが帰られるまではね」
「そんな殺生な。私の望みを叶えさせてください」
「だめに決まっているでしょう。私はDTさんと家族のことを最近知りました。そして、DTさんが家族と、そういう関係になっていない事も知っています。そしてDTさんは、あなたのような人が軽々に手を出してはいけない存在なのです。それに、無理矢理関係を持ったりしたら、DTさんの家族に地の果てまでも追いかけられ、追い詰められて、あなた殺されるわよ」
「それでも、それでもいいです」
「ずいぶん物騒な話をしていますが、関係というのは、その」
「そうです男女の関係のことです」
「お願いしますDT様、お情けを・・それできっと吹っ切れますから」
「残念ですが勘弁してください。私がそれを了解したと知ったら、多分私の身も危ういので」
「そうですか」
「ごほん、ではパープルとジョーが一緒に暮らして、わしとDTさんが一緒にここにいると言うことで良いかな」
「私も明日には、旅立とうと思っています」
「まだ、魔力が回復していないでしょう?」紫さんが私を心配そうに見る。
「それについては、少しだけなんとかできますから」
「魔力を吸収する素材を作れると彼女が言っていましたがそうなの?」
「ええ、効率はあまり良くないですが、可能な素材を開発しました。それを、メアさんに着てもらっています」
「そういえば、うれしそうに言っていたわねえ。私のためのオーダーメイドの服だとワンオフだと」
「ほかの家族にも着てもらっていますよ。もっとも用途は違いますが」
「私は、それをあの男から聞きました。相手の攻撃してきた魔法を服に充填して相手に反撃することができると」
「それは、レイに着てもらっている服ですね。獣人は獣化すると魔法が使えませんから、魔法を撃たれ放題なのですよ。かわいそうじゃないですか」
「エリスからも聞いていたけど、あなた本当に危険な人なのねえ。しかも、既存の魔法知識でも開発できるところが微妙ね。単純にあなたの発想力が元になっているのね」
「ここのルールにはあまり抵触しないようにしているつもりですよ」
「あの空間魔法はどう説明するのかしら」
「あの10個の転移魔法の球を作った魔法使いがいるのなら、この世界には他にも空間魔法が使える魔法使いがいてもおかしくないですよね?それに、私が空間転移の魔法を使ったところは、誰にも見られていませんし」
「そうねえ、使った証拠はないわねえ。まあそういうことにしておくわ」
そうして、パープルとジョーは帰っていった。
「一応ジョーは通り名なだけで、本名はあるの。それは、次に会ったときに教えるわね」
ウィンクをしてジョーは家を出て行った。
「ここに到着して、あなたが眠ったままになってからは、ずーっとあなたのそばを離れなくてねえ。私と紫もここにいたのだが、本当にそばから離れなかったのですよ。まあ、紫から彼女のことを少し教えてもらったので、警戒の意味をこめて一緒に見守っていたのですよ。しかし、何もしませんでした。紫によると、記憶を封印して里に戻されてからは、おとなしい、いい子だったらしいのです。前世に起きたことがなければ、こちらに来ることはなかったのでは、とも紫は言っていましたな」
「はあ」
「それで、私に頼まれて欲しいことを先に話していてもらいましょうか」
「ああ、そうですね、実はですね」
私達は、この世界の秘密を知る者同士として、この世界の問題点の意見交換をした。
「なるほど、神と名乗る者はかなりあせっているということですね」
「はい。ですから我々も急がなければならないでしょう」
「面白そうですのでその提案に乗ります。もっとも、私の存在が知られたのかどうか、しばらくは様子を見ることにしますが」
「よろしくお願いします。あとメアさんには」
「しばらくは隠しておく方が良いでしょう。私も心の整理をしたいという部分もあります」
そうして朝方まで話して私はその街を去った。
翌日の朝、その家の扉が突然開かれ、「DT様、私の名は・・・」ジョーが家に入ってきて自分の名前を告げようとした。しかしそこには、ブリュネーしか残っていなかった。
「ああ、もう行ってしまわれたのですね」
ガックリと肩を落とすジョー。
「そうだ。あの人は誰にも言えない運命を自ら背負ってしまったからねえ」
「運命を自ら背負う?背負わされるではなくてですか?言い回しが変ではないですか?」
「そうですね。ですがそうなのです。あなたも手伝いたければ、そばにいたいと思うのならば、自分の魔法をさらに高みに向かって磨きなさい」
「そうすればそばにいられますか?」
ジョーは悲しげにアスターテさんを見つめる。
「わかりません。ですが、そうしなければ近づくことさえできないでしょう」
「名前を・・・・教えたかったのに」
そう呟いて、すでにいなくなった扉の方を見つめるジョーだった。
続く
ジョーは、愛情と憎悪の入り交じったなんとも表現のしようのない微笑みを私に向ける。
そして、私にとっての第2ラウンドが始まった。
彼女は、私が向かおうとする扉の前に立ち、私は、正反対にあるここまでたどって来た扉の前に立つ。
「あなたと私の愛の語らいにルールなどないわよね」
「私としては死にたくないのですけど。あと、あなたを殺したくもないですけど、ダメですかねえ」
「まだ、そんな生ぬるいことを言っているのかしら。私も研究しているのよ。あなたのことも私の力もね」
「確かに、前の時も努力家でしたねえ」
「だからそんな生ぬるい事を言っていると本当に死ぬわよ。では、始めましょう」
「始めるなんて言っている時点でそれがルールなんですけどね」
彼女はその言葉に反応せず。私を見て右手に持ったタクトのような棒を私に向ける。彼女にとってあのタクトは魔法をイメージするときの必須アイテムなのだろうか。
などと考えていると私の頭の周囲に私の頭と同じくらいの大きさの光球が数個発生する。そして、その光球は一瞬で私の頭に襲いかかる。私は、それをかわそうとするが、体がすでに動けなくなっていた。私は、動かせる指を使ってワイヤーのネットを作り、その光球を受け止めて跳ね返そうとした。しかし、分裂をしてワイヤーをすり抜け、私の頭の上に張ったシールドにぶつかり爆散する。その破片が粉になって私の周りを静かに落ちていき、床の上に積もっていく。
「これは?」
私はそう思いながらも次々と光球は現れるため、それを防ぐしかなく、しかしその光球はシールドを破壊しながら、本当に少しずつ私の周囲に降り積もっていく。
「どう?きれいでしょ?あなたのワイヤーには、前回散々な目にあって、こりごりしたから今回は使う前提でこういう趣向にしてみたの。どう?」
本当に嬉しそうにジョーは言った。
「そういう対策の仕方もあるのですねえ。まるで詰め将棋のようです」
私はついつい感心してしまいます。そんな場合ではないはずなのに。
「そうね。こうなってしまうとほとんどあなたは詰みだわ。でも、あなたの魔法はここからでしょう?」
そう言いながらも、床に積もった光球の細かい粒子は、一様に光り出し、それぞれが魔方陣を形成し、さらにその光った魔方陣が大きな魔方陣を形成し始める。
「ここまでは私のターンね。ねえこのまま終わるのかしら」
残念そうにジョーはそう言った。
「そうですねえ。壮大なちゃぶ台返しをしたいのですが何もありません。でもこうしましょう」
私は指を鳴らし、光球が作った小さな魔方陣の光を消し、黒い魔方陣に変化させる。そして、床にできた大きな魔方陣に穴を開ける。
「すばらしいわ。やっぱりあなた素敵。濡れちゃう。でもね残念。それも想定済みよ」
穴を開けられた大きい魔方陣は、床の上をゆっくりと回転を始め、白い光から赤い光へと徐々に色を変えながら、その穴を塞ぎ始める。そしてすべての黒い穴をふさぎ、赤い色の魔方陣となり、私の周囲に巨大な炎の壁を作って回り始める。
「ちなみに、さっきの魔法使いのようにはいかないわよ。風や重力に反応して、その位置を変えながらあなたに向かっていくの。そして、あなたを焼き尽くすまで消えないの」
お互いの姿は、炎の壁によって見えなくなっている。しかし、彼女のその声から、恍惚の笑みを浮かべている様が容易に想像できる。
「さすがに凄腕の魔法使いですねえ」
私は指を鳴らし、その魔方陣を一瞬で消す。
「あらさすがねえ、最初から床にワイヤーを這わしていたのね。魔方陣ができる前から仕込むなんてさすがねえ」
「だから始めましょうなんて言うからですよ。その前から始まっていましたよねえ」
私は、指を鳴らす真似をして、私の周囲に彼女が張ったワイヤーを視覚化する。彼女も炎の壁で見えなくなったあと、私の周囲にワイヤーを張り巡らしていたのだ。
「あらバレていたのねえ。せっかくあなたを切り刻んで、あなたの家に送り届けるつもりだったのに」
私の周囲にあったワイヤーが色々な角度から移動してきて、私を切り刻もうとする。とりあえずシールドでしのいでいるが、じわじわとシールドの層を破壊しながら進んでくる。
「それもあなたの十八番よねえ。いろいろな属性の層を兼ねてシールドを作る。でも、わかってしまえば、魔法属性を何層も重ねて攻撃をすればいいだけなのよねえ」
「これはやばいですね」
私は指を鳴らして、彼女の足下に魔方陣を描く。
「やっと私に手を出してくれるのねえ。待っていたわ」
魔方陣は、光り始めて下からライトを当てているように、彼女を浮かび上がらせ頭の方に影ができる。
「すごいわ、攻撃の仕方が陰険ねえ。下の魔方陣で光属性の攻撃をして、その光で天井に出来た上の影から闇属性の攻撃をするなんて。発想がひねくれているわ。普通、足下に影を作ってそこから闇属性の攻撃でしょう?」
嬉しそうにジョーがそう言った。
「そんな単純な攻撃では、簡単に見破られますからねえ。なので、これもフェイクですよ」
私はそう言って、彼女の左の横腹にできた小さな影から黒い針を作り出し、彼女を全方位から攻撃する。しかし、光属性の魔法ではじかれる。
「いいわ!そう!こういう戦いがしたいのよ。私はもうビショビショよ」
ジョーはそう言いながら本当に股間に手を這わしている。
私は、だんだん楽しくなってきている自分を反省しながらも、ついつい彼女と話をしながら攻撃している。しかし、私のシールドもそろそろ限界だ。私は、指を鳴らすふりで、そのワイヤーを切断する。
「ええ?そのワイヤーを切れるの。魔法属性を重ねて丹念に撚り混んだワイヤーを切ったの」
「だから、そのワイヤーで私のシールドを切っていたのでしょう?原理は同じですよ」
「一瞬で切ったわよね。私はあなたのシールドを一枚ずつしか剥がせていないのに」
「線と面の違いですよ。線で面を切断するには時間がかかりすぎます」
「確かにそうだわ。やっぱり頭の差は出るわねえ」
「あなた。それだけの知識を持っているのですから。あんな環境に生まれなかったら・・・」
「あんな環境って・・・あなた覗いたのね、私の頭を。見たのね・・・私の過去を」
彼女の楽しそうだった顔が、一瞬で凍り付き、そして驚き、悲しい表情になった。
「あれはあなたが私に見せようとしていたわけではなく、無意識に見せていたのですね。すいません。覗くつもりではなかったのですが、断片的に見えてしまいました」
私は、攻撃が止まった事を不審に思いながらも、話を続ける。
「それでもあなたの態度は変わらないのね」
タクトを持った手がだらりと下がり、うなだれて彼女は呟く。
「今のあなたが全てでしょう?もっとも前の戦いの時にあなたがしていた話では、この世界に来てから殺しすぎているようですが、そちらは私には見えませんでしたからねえ」
私は、彼女の様子がおかしいのに気づいても、近づきがたい雰囲気にその場に立ちすくむ。
「わかったわ。これで最後にする。あなたは私の過去とともに消えて。私は生き残って全てをリセットして生きていく事にするわ」
突然彼女は、微笑んでいる顔を上げてタクトを持ち上げて私に言った。
「リセットして生きるのですか」
私はちょっとだけ手を上げて応戦の構えを取る。
「ええ、私の元の世界での過去を知っているあなたを殺して、魔法使いの里で全ての記憶を消してもらう。封印ではなくて記憶を消去してもらうわ」
彼女は吹っ切れたような顔をした後になぜか少しだけ悲しい顔になった。
「私を殺すのはやめてもらえませんかねえ。それに記憶を消したら魔法使いとしての知識も無くなりますよ。封印で良いのではありませんか」
私は彼女の表情を見てもどう解釈して良いのかわからず、とりあえず説得してみる。
「人を殺した事を精算するわ。そして過去を知る者を殺すことで過去も精算する」
そう言って彼女はタクトをまた振り上げる。
「言っていることが滅茶苦茶ですよ。やめてくれませんかねえ」
「いいえやめないわ。だからお願い死んでちょうだい」
そう言って彼女は、真剣なまなざしで私に魔法を撃ってくる。その攻撃に殺意は乗っていない。ただ闇雲に私に向かって魔法を撃っている。元々が火の属性だからか、その威力はすごい。そして氷、水、雷、風の魔法も混ぜて攻撃してくる。
そういえば彼女は、氷の城まで作っていたし、今では水の魔法も威力は弱いが使えているようだ。そして、変則的な魔法式を構築して雷撃も使えているし、風も起こしている。だが、攻撃全てが投げやりだ。単に知っている魔法を順番に撃っているだけだ。しかし、その攻撃は、徐々に威力を増していて、防御が厳しくなってくる。
「シールドに割いている魔力がまずい」
実のところ変化球の方が対処はしやすいのだが、こんな風に魔力量の勝負になると、こちらはかなり分が悪い。私の属性は重力。魔力量で無理して属性の違う魔法を強力なものにして使っている。そして今の魔力量では、シールドを解除して攻撃に転じられるほどの余裕はなく、相手の攻撃を防御するので精一杯だ。相手の魔力量はほとんど満タン。私は、さきほどブラックホールを作って魔力のほとんどを使っていて、いつ枯れるかわからない状態なのだから。
そしてついに彼女は、私に超特大の超圧縮した火球を作り、私にぶつけようとしてくる。それさえも殺意を感じないのだ。さらに生き残るための防御をする感じでもない。さっきの言葉とは裏腹に心中する気満々にしか思えない。
攻撃がやんだことで、私もシールドを解除して彼女に近づく。
「来ないで!来たらこれをぶつける」
そう言いながらも火球は、それ以上大きくなっていない。むしろ勢いが落ちている。
「いや、そんなものこの距離でぶつけようとしなくても爆発すれば同じでしょう」
私はそう言って彼女に近づく。彼女はイヤイヤをしながら後ろに下がり、壁にたどり着いてしまう。
「やめて!来ないで!もう私を困らせないで。お願い。いいえお願いします」
火球は、彼女の心のように徐々にしぼみ、やがて消失した。
「お願いだからそばに来ないで。私をこれ以上苦しめないで」
彼女は、壁に背をつけたままずるずると座り込む。
「先ほどまでの落ち着きはどうしたのですか。ちゃんと説明してください」
「できるわけ無いでしょ。恥ずかしいからよ」
「恥ずかしい?」さきほどまであれだけの痴態をさらしておいて今更ですか。
「今更よ!!」
おや、私の心の声が聞こえていますか。日本語がわかる転生者なら前は聞こえていました。でも、今は無理なはずですが。
「あなた。その通信機のスイッチ入りっぱなしよ。あなたの心の声がはっきり聞こえてきているわ。なんなのよそれ。私にあなたの心の声を聞かせて何の意味があるの」
彼女はそう叫んで両耳を手で塞いで震えている。
そういえば、家族に何かあったら連絡をとれるようにしていたのですが、それがあだになりましたか。
「そうよ。あなた、私の過去を知っていたのに私に対する対応が全然変わらないじゃない。どうしてなのよ」
彼女は私を見上げて涙を流しながら叫んだ。
「ああ、あなたの育ちを断片的に見ましたが、ゆがんでしまったのも仕方が無いなあと思いまして」
「それは同情?哀れみ?」
彼女はちょっとだけ冷静に聞き返した。
「別にどちらも感じませんねえ。だって、あなたの置かれた状況に実際自分がなってみないと、それが同情するべき事か哀れむべきものかなんてわかりませんよ」
「そういう事なのね。だからなのよ。あなたに過去を知られて、今までの自分を保てなくなっただけよ。恥ずかしくて」
「それで、過去を知る私を殺してしまえばと思ったわけですか」
「でも、それもできなくなったの。もしかしたらあなたが私の唯一の理解者かもしれないって思ったの。で、いっそのこと死んじゃおうかなって。でも一緒に死んだら、それも悲しいなと思って。今は心がごちゃごちゃなのよ。だからあんたなんか嫌い。大っ嫌い」
彼女は再び下を向いた。
「そうですか。嫌いですか。とりあえずこの勝負引き分けと言うことで、私はこの先に用事があるので先に進んでも良いですか?逃げても良いですか?」
「私の心の整理ができるまでは、生かしておいてあげる。だから先に行きなさいよ」
彼女は、両手で顔を覆い、そして肩が震えている。
「ありがとうございます。では失礼します」
「早く行っちゃえ!ばかぁ」
私がそばを離れたのを感じたのか、下を向いたまま叫んでいた。
そうして、彼女との戦闘はあっけなく終了した。
私は彼女を残して、荷物を背負って検問の前に立つ。しかし、前回来たときには通してくれたその入り口は、
「一度通った者は、二度と通れません。お帰りください」と冷たい返事を返す。
「やはりそうですか。しかたがないですねえ」
私は、その入り口に向かってそうつぶやくと、また、なけなしの魔法を使って、空間を広げて、その先の曲がり角のところに空間移動する。そこにもマーカーを密かに置いておきました。ええバレないように。
「本当は、ここに直接飛んでも良かったのですが、あそこを通してくれるか、確かめたかったんですよねえ。そんな事をしなければ、こんな事にはなっていないのですが。とほほ」
私はそうつぶやいて、角を曲がり、転がっている石の中の椅子に座っている彼に近づく。しかし、前回とは違い石化は解けない。
「やはり、あそこの通路を通らないと石化は解けないのですねえ。石化解除の魔法を教えてもらっていて良かったです」
私は彼の石像の前に立って呪文を唱える。彼の足下に魔方陣ができて、彼の石化が下から上に解除されていく。
「おや、ずいぶんと早い来訪者が・・・ああ、あなたでしたか。それにしても服がぼろぼろですが、何かあったのですか?」
ボンヤリと私を見ながらアスターテさんが言いました。
「まあ、ここに来るまでに色々と意地悪されましてねえ。原因が逆恨みなのですが、しつこくて」
「そうでしたか、苦労が絶えませんねえ。それで私に何か用事ですか」
「助けに来ました・・というよりは、ここから無理矢理連れ出して、私の考えに協力させようと思ってここに来ました」
「ああそういうことですか。ここから出ろというのですね」
「代わりにこれを置いていこうと思います」
私は背負っていた荷物をドサリとそこに置く。
「私の代わりですか」
「人間を模して作ってありますが、所詮は作り物です」
私はそう言いながら、袋から取り出して椅子に座らせる。
「これはすごいですねえ。ほとんど人だ」
「人の成分ではできていますが、しょせんは作り物ですよ。あなたのようにホムンクルスを作れるわけではありません」
「最初は人間の元を使って娘の体を作ろうと思ったのですが、できませんでしたからねえ。それにしてもこれだけ精巧にできているなら、人の魂も定着させられそうですがねえ」
アスターテは、しげしげとその人間を模したものを見続けている。私はかまわず石化を始める。
「急ぎましょう」
私は、その人型を石化が完了した後に言った。
「ところでどこから出るのですか?」
「ここの前の部屋にひとり置いてきぼりにしたので、その子を連れて移動します」
私は、彼の腕をつかみ、指を鳴らす真似をする。一瞬でそこからかき消え、彼女のいる部屋に戻る。そこには、ぼーっと座り込んでいる彼女がいた。
「おや、可愛いお嬢さん。こんなところにどうしたのですか?」
アスターテが声を掛ける。
「ほっといてよ。私はここで考え事をしているの」
彼女は一瞬アスターテさんの顔を見て横を向いた。
「失礼ですが、お嬢さんここは危険だ。彼と一緒にここを出ませんか」
「変なおじさんも一緒なら行きたくないわ」
彼女は私とアスターテさんを見比べて、アスターテさんを見て言いました。ひどくないですか?
「失礼しました。私は、ブリュネー・アスターテというしがない魔法使いです。変なおじさんと呼ばないでくださいね」
アスターテさんはちょっと傷ついたようだが、そこは紳士的な態度は変えない。
「ブリュネー・・・アスターテ・・・。お師匠様の旦那さん。あ、元だけど」
ジョーは、ハッとしてアスターテを見上げる。
「ああ妻を、もとい元妻をご存じでしたか」
ちょっと困惑した表情のアスターテさんです。なにかまずいことでもありますか?
「はい、パープル・クロックワークさん。私のお師匠様です」
目を輝かせてジョーは言った。
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今度はジト目でアスターテさんを見るジョー。
「そうでしたか。それでもこの部屋から一緒に外に出るには、十分な理由になりませんか?」
「わかりました」そう言ってジョーは立ち上がる。
「知り合いなんですか?」
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「私のお師匠様の元旦那さんです」
「とりあえず、ここを出ましょう」
私達は、階段を下って最初の部屋に戻り、外につながる扉を出て、再び降り出した雪の中に降り立った。私は2人の手を握り瞬間移動した。到着した場所は、真っ暗な部屋です。私は立ち上がって手探りで明かりのスイッチをつける。まぶしい光に慣れて部屋の中を見渡すと、そこはセリカリナの地下室だったのです。
「ここに飛んできたのですか。もしかしてあの球をお持ちなのですか?世界に10個しかないあの球を。いや、もしかしてあの球を使わずに飛ぶ魔法を持っていらっしゃるのですか」
アスターテは私を見てビックリしている。
「ええまあ。球を見せてもらった時に覚えたのですが」
「あなたってやっぱりすごい人だったのね。これは、私が勝てる訳もないわね。あの戦闘の時に使われていたら私もどこかに飛ばされていたとのね」
彼女はそう言った。
「そんなことはありません・・・・ああだめそうです。ここで私は電池切れです。あなたの愛しい紫さんは、今は、ファーンと言う辺境の町のそばに住んでいるはずです」
それだけ言って、私はそこに倒れ込んだ。そして意識が遠のいた。
○そうして
意識が戻った私は、ベッドに寝かされていて、周囲を見渡すとそこは知らない部屋だった。周囲を見渡した後、上半身だけ起き上がり、頭を左右に振ってから、ベッドから立ち上がったが少しふらついた。かなり長く寝ていたのだろう。
「あ、起きたのね」そう言って、扉の向こうから女性が近づいてくる。私を見て少し顔を赤らめたのは、ジョーだった。普通の服を着ているせいか、ずいぶんと雰囲気が変わっている。
「ここはどこですか。あれから何日たっていますか」
私は、問い詰めるように彼女に尋ねる。
「あの地下室の近くの空き家よ。2日間も寝ていたわよ。それより体は大丈夫なの・・ですか?」
「あ、ああ大丈夫です。彼はどこにいますか?」
「とりあえず居間に行きましょう。食事を用意します」
その言葉に、強烈に空腹を感じている事に気付きました。エルフの森の騒動の時以来の空腹感です。そして、今ならその空腹感が、魔力がすっからかんだから感じるものなのもわかります。そして、目の前の彼女だ。本当にあの彼女かと言うくらいの変貌ぶりです。どうしたのでしょうか。
すでに用意してあった料理を温め直してくれたらしく、すぐに食事を持ってきてくれて、すぐに食べられました。柔らかい温野菜と柔らかい肉。そして、おかゆ状の米に似た何かを出され、マナーとか気にせず一気に食べました。そのそばでは、彼女が明るく微笑みながら私の食べる姿を見ています。食事を終え、彼女が食器を片付け、お茶を持ってテーブルに戻ってくる。
「2日間の事を教えてください」
「何もないわよ。地下室からあなたを連れ出したら、そこにはお師匠様が立っていて、この家まで連れてきたわ。お師匠様と元旦那様には、私の知っているこれまでの事を話して、お師匠様にはしばらくここにいなさいと言われただけ・・・です」
「私の家族には何か伝えたのでしょうか」
「あなたがあそこにお忍びで行ったのは知っていたから教えていないわよ。瀕死な訳でもない、ただの魔力切れだも・・・ですもの」
彼女はなんとか丁寧語を使おうと苦労していますが、語尾だけになっているのが少しおかしかったです。
「いや、恥ずかしいところをお見せしました」
「よくあそこまで保った・・保ちましたね」
「ええ、あなたと最後まで戦っていたらどうなっていたかわかりませんでしたよ」
「それを言わないでくださいよ。まあ、もう少しここにいてね!ダーリン」
ジョーが嬉しそうにそう言った。
「そうもいかないのです。ブリュネーさんと話をして今後のことを詰めておかないと」
「あなた何をするつもりなの。もしかして神と戦うの?」
ジョーは真剣な顔で私にそう尋ねる。
「私にはそんな力はありませんよ。それに、なぜか神を名乗る方も直接私を殺しもしませんので、かなり自由にさせてもらっています」
そこで、扉を叩く音がした。
「どちら様ですか」
「私よ、ああ私達よ」
「お師匠様」
駆け出した彼女が扉を開けると、パープル・クロックワークと、ブリュネー・アスターテさんが中に入ってくる。
「起きたようですね」
「はい、色々ご迷惑をおかけしました」
私は立ち上がってお辞儀をする。まだ少しふらふらしている。
「いえいえ、こちらこそ救出していただいてありがとうございます」
「ええ、本当に。昨日から話を聞かせてもらっていたけど、戻ってこられるような場所ではないのに、本当に無理矢理連れて帰ってきたのですね。ありがとうございます。それと娘の事も色々とお世話いただきありがとうございました」
「ああ、私にも正体を明かすのですね」
「娘にも話すつもりです。この人もようやく帰ってきましたので」
「家族で暮らせますねえ。よかったです」
「それは違います。あの子の家族はあなた達なのですから」
「しかし、せっかく親子そろったのですから」
「私達は、親子でなくなってからお互い長く離れて暮らしていたのよ。今更家族だなんて言われてもお互い違和感だらけだわ」
「残念ですが、父親と名乗りはしましたが、実感もないですねえ。そもそも娘が中にいると知りながら、自分のメイドとして扱うようなひどい父親ですので。それに、本人も望まないと思いますよ。絶対に」
「そうでしょうかねえ」
「100年単位の話ですから。それよりも、私のことを利用するためと言っていましたが、一体私に何をさせたいのですか」
「天文にお詳しいと前に聞きましたので、その関係の調べ物をしていただきたいのです。とりあえずは、石化していた期間のこの世界の出来事、知識、増えた魔法などを憶えてください。それからになります。ただ、こちらに戻られたことは、誰にも見つからないようにお願いしますね」
「わかりました。元々引きこもり気味でしたので問題ありません。それにそういうのもおもしろそうなので」
アスターテは子どものように笑って言った。
「本当に子どものままねえ。あそこに作った地下室なんてその最たるものじゃない」
紫はそう言ってため息をつく。家族にすれば、みんなそんなものですね。
「やはり地下室は男のロマンですよねえ」アスターテさんが私に同意を求める。
「いやまったく」私は相づちを打たざるを得ません。
「あなた達は・・・本当にねえ、どこに行っていたかと思えば、石になっていたとか笑えるわねえ」
「そういえば、お前、どうしてあのタイミングで地下室にいたのだい?DTさんが倒れる時には、ファーンにいると言っていたのに」
「それは、この街の移転の話の時に、DTさんがここを発見して誰かが来ていたと言うから。まあ、荒らされないようにこの地下室に仕掛けをしておいたのよ。これだけ私達があちこち動き回っていたら、その隙に誰かが盗みに入るのではと思ったからね」
「パープル。いや紫、仕掛けをしていたにしても、さすがにファーンからここにすぐには、来られなかっただろう」
「それは、ねえ」紫さんが私を見る。
「DTさん、あんた謀ったのか」
「まあ、女性からの依頼ですから、断るわけにも行きませんでしたから」
「男の友情は・・・」
「夫婦の愛情の方が上だと思いますよ」
「そうですか。色々と面倒をかけましたね」
「今は、地下室にお住まいですか?」
「あ、ああ、だが寝る場所がなのですよ」
「わかったわ、私の家にいらっしゃい・・・と言いたいところだけれど、ジョーが私の家にいらっしゃい」
「お師匠様。私をここに、DT様と一緒にいさせてください」
「DTさんが起きるまでは、ここにいてもいいですとは言いましたが、これからあなたと少しお話ししなければなりません。少なくともDTさんが帰られるまではね」
「そんな殺生な。私の望みを叶えさせてください」
「だめに決まっているでしょう。私はDTさんと家族のことを最近知りました。そして、DTさんが家族と、そういう関係になっていない事も知っています。そしてDTさんは、あなたのような人が軽々に手を出してはいけない存在なのです。それに、無理矢理関係を持ったりしたら、DTさんの家族に地の果てまでも追いかけられ、追い詰められて、あなた殺されるわよ」
「それでも、それでもいいです」
「ずいぶん物騒な話をしていますが、関係というのは、その」
「そうです男女の関係のことです」
「お願いしますDT様、お情けを・・それできっと吹っ切れますから」
「残念ですが勘弁してください。私がそれを了解したと知ったら、多分私の身も危ういので」
「そうですか」
「ごほん、ではパープルとジョーが一緒に暮らして、わしとDTさんが一緒にここにいると言うことで良いかな」
「私も明日には、旅立とうと思っています」
「まだ、魔力が回復していないでしょう?」紫さんが私を心配そうに見る。
「それについては、少しだけなんとかできますから」
「魔力を吸収する素材を作れると彼女が言っていましたがそうなの?」
「ええ、効率はあまり良くないですが、可能な素材を開発しました。それを、メアさんに着てもらっています」
「そういえば、うれしそうに言っていたわねえ。私のためのオーダーメイドの服だとワンオフだと」
「ほかの家族にも着てもらっていますよ。もっとも用途は違いますが」
「私は、それをあの男から聞きました。相手の攻撃してきた魔法を服に充填して相手に反撃することができると」
「それは、レイに着てもらっている服ですね。獣人は獣化すると魔法が使えませんから、魔法を撃たれ放題なのですよ。かわいそうじゃないですか」
「エリスからも聞いていたけど、あなた本当に危険な人なのねえ。しかも、既存の魔法知識でも開発できるところが微妙ね。単純にあなたの発想力が元になっているのね」
「ここのルールにはあまり抵触しないようにしているつもりですよ」
「あの空間魔法はどう説明するのかしら」
「あの10個の転移魔法の球を作った魔法使いがいるのなら、この世界には他にも空間魔法が使える魔法使いがいてもおかしくないですよね?それに、私が空間転移の魔法を使ったところは、誰にも見られていませんし」
「そうねえ、使った証拠はないわねえ。まあそういうことにしておくわ」
そうして、パープルとジョーは帰っていった。
「一応ジョーは通り名なだけで、本名はあるの。それは、次に会ったときに教えるわね」
ウィンクをしてジョーは家を出て行った。
「ここに到着して、あなたが眠ったままになってからは、ずーっとあなたのそばを離れなくてねえ。私と紫もここにいたのだが、本当にそばから離れなかったのですよ。まあ、紫から彼女のことを少し教えてもらったので、警戒の意味をこめて一緒に見守っていたのですよ。しかし、何もしませんでした。紫によると、記憶を封印して里に戻されてからは、おとなしい、いい子だったらしいのです。前世に起きたことがなければ、こちらに来ることはなかったのでは、とも紫は言っていましたな」
「はあ」
「それで、私に頼まれて欲しいことを先に話していてもらいましょうか」
「ああ、そうですね、実はですね」
私達は、この世界の秘密を知る者同士として、この世界の問題点の意見交換をした。
「なるほど、神と名乗る者はかなりあせっているということですね」
「はい。ですから我々も急がなければならないでしょう」
「面白そうですのでその提案に乗ります。もっとも、私の存在が知られたのかどうか、しばらくは様子を見ることにしますが」
「よろしくお願いします。あとメアさんには」
「しばらくは隠しておく方が良いでしょう。私も心の整理をしたいという部分もあります」
そうして朝方まで話して私はその街を去った。
翌日の朝、その家の扉が突然開かれ、「DT様、私の名は・・・」ジョーが家に入ってきて自分の名前を告げようとした。しかしそこには、ブリュネーしか残っていなかった。
「ああ、もう行ってしまわれたのですね」
ガックリと肩を落とすジョー。
「そうだ。あの人は誰にも言えない運命を自ら背負ってしまったからねえ」
「運命を自ら背負う?背負わされるではなくてですか?言い回しが変ではないですか?」
「そうですね。ですがそうなのです。あなたも手伝いたければ、そばにいたいと思うのならば、自分の魔法をさらに高みに向かって磨きなさい」
「そうすればそばにいられますか?」
ジョーは悲しげにアスターテさんを見つめる。
「わかりません。ですが、そうしなければ近づくことさえできないでしょう」
「名前を・・・・教えたかったのに」
そう呟いて、すでにいなくなった扉の方を見つめるジョーだった。
続く
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