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第27話 錬金術師再び

第27-2話 モーラの友達達

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○ 入浴タイム
 そうして食事も終わり、お風呂に入る。
「途中で帰ってきたと言うことは、何かあったのじゃな」
「はい」私はそう言って体験したことを話す。
「ふ~む、どういうカラクリかのう」
「さっぱりわからないわねえ。脳に直接働きかける感じだけど、仕組みがねえ」アンジーが首をかしげている。
「それでこの後どうするのじゃ。ここで諦めるのか?」
「そうはなりませんよ。どうせここに残ったのは、何か理由があるのでしょう?モーラとアンジーには」
 私の問いにモーラとアンジーが互いに顔を見合わせる。
「さすが賢者様よくおわかりじゃな」
「ちょっと頭の回転よくなりすぎじゃない?」
「お褒めいただきありがとうございます。師匠が良いせいですかねえ」
「まあ、それもあるか」
「今回の件は非常にまずいと思ってな。おぬしが絶対行くのは間違いなかったから、里にその話をしに行ってきたのじゃ」
「私もね、どうせ止めても行くのだから勝手に行ったことにして、ルシフェル様を通じて天界にその話をしに行ってきたのよねえ」とアンジー。
「単にメアさんのお父さんを探しに行っただけですよ。そんなにまずいことをした覚えはありませんけど、どういうことなんですか?」
「里で長老と話をしたのじゃが、行こうとしている山は、入ってはならないと言われている山らしかったのじゃ。どうやらメアの父親はこの世界の禁断に触れたようなのじゃ。だから生きていたとしても会っただけでおぬしらも全員ここには戻られなかったと思われるのじゃよ」
「あの山にはそんな秘密があったのですか。それはぜひリベンジしないと」
「やっぱりまた行くつもりなのねえ。止めはしないけど」アンジーがため息をついた。
「おや、アンジーさん引き留めませんか」
「止めれば止めるだけ行きたがるだろうし。しかも私達に黙って勝手に行くだろうし。私としてもメアの父親が生きているのなら会わせたいしね」アンジーがメアを見る。そしてさらにこう続けた。
「あとね、一応あんたならこの世界の禁断に触れたところでふれ回ることもないだろうしねえ。天界にはそう説得して渋々了解させたわよ」アンジーは何でも無い事のようにそう言って。お湯をすくって顔を洗う。
「ああ、里にも念押しはしておいたわ」
「では、再度装備を整えて出発します」
「行くしかないみたいねえ」
「わしも一緒に行って、その地を縄張りとするドラゴンに挨拶しておこうかのう」
「そこは誰の縄張りなんですか」
「ああ、そういえば知らせてなかったな。光の奴だよ。もっともその手前までじゃがな」
「現在のドラゴンのナンバーツーじゃないですか」
「はあ?順番なんてないぞ、始祖龍様を除けばほとんどが対等なのでなあ、普通に話せる奴じゃよ」
「じゃあお手数でしょうけど私達を乗せてそこまで飛んで行ってくれませんか」
「それがのう、光の縄張りまでの間に住んでいるドラゴンが問題なんじゃ」
「モーラ様。モーラ様の気配を感じただけで、昔勝負を挑んできたドラゴンはほとんど襲ってこないと言っていませんでしたか?」ユーリが不思議そうに言った。
「まあ、そう言う意味では近づいてこない者がほとんどだとは思うが、こやつだけはのう、恨みに近いものを感じているらしくてなあ。わしにもどうにも出来ないのじゃ」モーラはうつ伏せに顎を浴槽のへりにつけて浮かび上がっている。尻がお湯から出てきています。はしたないですよ。
「そうなのですか」ユーリがそう言いながらもモーラの尻をひじで押して沈めている。
「まあ、里にいた時の話じゃからもう忘れているかもしれんが、わしがこの地に縄張りを持ち、あやつが光のそばに縄張りを持った時にわしも安心したのじゃよ」
「そんなに因縁があるのですか」パムがビックリしている。
「わしも生まれたばかりで若かったからのう。何度倒されても向かって来るあやつに対して、最後の方は、かなり手ひどくやり返したこともあるのでなあ」
「何か向かってくるだけの理由があったのでしょうか」パムが尋ねる。
「今となってみると、わしのすぐ前に生まれて、ちやほやされていたのに急にわしが生まれて、長老達の感心がわしに向いたのが気に入らなかったのかもしれんな」
「それっていじめじゃないんですか」
「最初は、生まれたてでよう判らなかったから、わしも対応が中途半端でなあ、それも奴の怒りに火をつけたのかもしれんのじゃ」
「そのドラゴンさんて属性はなんなのですか?」
「影じゃ」
「影ですか」
「ああ、影じゃ」
「闇ではなくて?」
「属性は闇になるのじゃろうが、影じゃ」
「どんな魔法なのですか」
「そうじゃな。人の影の中に潜伏してそこから魔法で攻撃できたりする。影で作った針でな」
「日に当たって消えたりしないのですか」
「ああ、影の中で生成したものは、光に当たっても消えない。しかし影でしかない。日の光や月明かりがないと影は出来ぬ。その間は普通のドラゴンで存在する。わしが里にいた頃には、わしが地面を移動するときに影に混じっていたずらをされたりしたのだよ。あと、わしらが空を飛んでいても、地面にある影から直線的に攻撃できるので大変やっかいじゃったわ」モーラが思い出して苦々しいという表情をしている。珍しいですねえ。
「苦手だったんですね」レイがモーラの尻の上を泳いでいる。だから人面犬はやめてください。
「最初はよく腹に攻撃されて痛かったが、皮膚が堅くなってからは、鈍い痛みしか感じなくなったので、気にしないようにしていたからなあ。その次からは、鋭い針のような影で攻撃したり、ドラゴンの姿で直接攻撃してきたりしたわ。わしにとって、そやつの印象は面倒くさい奴という認識で、縄張りを持って別れた時には、本当にせいせいしたわ」
「では、行かない方が良いのではありませんか」
「光の奴には会っておきたいのでなあ。なので、手前で降りて地上を進むつもりじゃ。空を飛んでいる時に攻撃されたらおぬし達を落としそうだからのう」
「たいした攻撃ではなかったのでしょう?」
「それは小さい時の話だ。わしだって脱皮をしてかなり攻撃力を増しているであろう。あやつとて、それなりに成長しているであろう。どんな攻撃が繰り出されるかわからん。地面にいれば、少なくとも何らかの気配がわかると思うのでなあ」
「であれば、普通に馬車で参りましょう」パムが言った。

○新装備
「パムさんには、念のため皆さんの防寒装備を作るのを手伝ってもらいましょうか」
「わかりました。何を作りますか」
「以前は、オーバーだけでしたね。つなぎでは脱ぎづらいのでオーバーとズボンそして長靴と手袋ですね」
「とりあえず全員分用意しましょうか。どのくらいかかりますか?」
「メアさんと一緒に作れば2~3日かと。ぬし様はその間どうなさいますか」
「耐寒仕様の剣や弓を作ることになりますねえ。試作品の中から調整できそうなものを選んで直しましょう」
「何をするんですか~」興味津々でエルフィが聞いてくる。
「ああ、吹雪の中でも手が凍えないようにカバーをつけたり魔力を感じて剣や弓を中から暖めたりしようかと思いまして」
 そうして3日後には装備が整った。
「ここで着るとさすがに暑いです」ユーリの顔はすでに赤い。さすがにレイは着ていない。パムも着てみたらすぐ脱いでしまった。一番満足そうなのがモーラとアンジーです。
「二人ともうれしそうですね」
「あ、まあ、わしはこういう風に全身に服を着るのが初めてでなあ。なんかうれしいのじゃ」
「体温が下がるとかありえないからこういう服を着るのは新鮮ねえ」
「さすがにメアさんは顔色を変えていませんね」
「はい、体温調節も出来ますので少し暑いなと思う程度です。でも、メイド服が隠れるのがちょっと寂しいです。まあ、補助脳のせいなのでしょうけど」
「さて、馬の世話は町の人にお願いしましたので、モーラの手に乗ってその影のドラゴンさんの縄張りの手前で降りて、そこから歩きになります。必要最低限の野宿の装備しか持って行きません。よろしいでしょうか」
 全員が頷く。
「では、行こうかのう」
 モーラの声に私の回りにみんなが集まり、私の作った箱形のシールドをドラゴンに戻ったモーラが持ち上げる。
『飛ぶぞ』グンっと急上昇する重力を感じたあと雲海を抜けモーラは飛び始める。
 そうしてしばらく飛んでいたが、やがてモーラが静止する。
『この辺で降りないとまずそうじゃ』
 モーラはそう言ってゆっくりと雲の中を降りていく。ほとんど地上に近づいて、森の上にさしかかった時、地上から細い針のような黒い影が多数モーラに襲いかかった。
『ここもやつの縄張りか』
 独り言のようにモーラは叫んで、その針を翼の風で飛ばしてから地上に降りた。私達を降ろして人の姿に戻る。
「人の姿に戻って良いのですか」パムが焦り気味に言った。
「わしの流儀ではないが、おぬしの流儀ではまず話し合いをするのじゃろう?」私を見てモーラが言った。
「ええまあ。でも今はそう言う状況ではないと思いますが」
「大丈夫じゃ。おぬしらには指一本触らせぬ。少しそこで待っておれ」
 モーラはそのまままっすぐに森の中を歩いて行く。その間にも数本の黒い針がモーラに襲いかかり、モーラはそれを細い土の壁で防ぎ、歩みを止めることはない。数回同じ事が繰り返された後、モーラは立ち止まった。
「すまんがここから先に進ませてもらうぞ」
「どうしてここを通る」少年のような声が森の中に響く。
「光の縄張りに入り、光に挨拶するためじゃ」
「勝手に通れば良いじゃないか。昔みたいに」
「里にいた時にはそれで良かったが、この世界に降りてきてからはそうではないことがわかったからなあ。どうじゃ通してはくれぬか」
「俺のことなんか無視して勝手に通れば良いじゃないか。好きにすればいいだろう」
「なにを言っておる。ドラゴンの掟では、その場所を通る場合には話を通す。通らなければ実力でとおるという掟があるではないか。じゃが、わしとおぬしとはちと事情が違うと思ってな、話を通しにきた。それはだめなことか?」
「おまえ変わったな。あいつのせいか」
「わしが変わったのは、わしが変わりたいから変わったのじゃ」
「あの男のせいなのだろう。あの魔法使いの」
「そうじゃな。確かにそのせいもあるな」
「そうなんだ。それを認めるんだ。やっぱり通さない。俺と勝負しろ。勝ったら通ってもいいよ」
「わしは戦いたくはないのじゃが、仕方が無い。今回はわしが勝負をしかけたことになるのであろう。勝負の方法を言ってみるがよい」
「俺の方が勝負だと言ったのに。まあいいよ。じゃあ勝負の方法は、俺の影針を1000本かわしきったら通してやる」
「そうか、それでいいのじゃな」
「!!そのいつもいつも落ち着き払ったその物言い。前から気に入らなかったんだ」
「おぬしも知っているであろう。老害どもに教え込まされたせいじゃろうが。おぬしも知っておるじゃろう」
「なんで、いつもいつも知った風なそして上から見下したような物言いなんだよ。俺の方が年上だろ。もっと言い方があるだろう」
「いや、わしは誰に対してもそうじゃ、始祖龍様に対してもな。もう戻せぬのでなあ勘弁せい」
「わかったもういい。いくよ」
「ああ」
 静かに風が木々の葉を揺らしている。陽の光が地面に葉に枝に幹にいくつもの影を作り出す。その風で出来た日のきらめきの中、唐突に黒い影が飛びモーラを襲う。モーラは目をつぶり、その軌道を読み切り、足は位置を変えずそのままに体を動かす。しかし、飛んできた影針は、モーラが体を動かした先に軌道を変える。モーラは、目を開けて体を横に移動してその針をかわす。しかし、今度はモーラが移動したその場所にまるで待機していたように影針が現れモーラを襲う。瞬時にモーラは体勢を自ら崩し、地面に這いつくばるようにその針をかわした。
「なるほど置き針か。やるようになったな」
「そんな軽口たたけるのは今のうちさ」
 どこからか声が響き、第2陣の針が数十本、今度はゆっくりとモーラに向かってくる。
「ふん」
 モーラはその針に向かって左手で風を起こす。しかしその針は、その風を受けてもゆらりと浮き上がり元の位置に戻る。そして、まるでその風に乗ったかのように少しだけ加速した。
「なるほどのう。風に乗せたか」
 モーラは体の位置をずらす。しかし、モーラの方に軌道修正して進んでくる。
「面倒くさい針じゃなあ」
 モーラは、そう言って手の中に作った小石をその影針に投げる。しかし、その小石の風圧を感じた影針は小石をかわしてさらに加速する。
「しかたないのう」
 モーラは、地面から細い土の柵をその影針の下まで伸ばして待機して、その影針が真上に来た瞬間にその針を突き刺した。
「そんな精密なことも出来るようになったんだ。すごいね」
 相変わらず姿は見せず声だけが聞こえる。
「おぬしも風までつかえるようになっているではないか」
「じゃあ次だよ。今度はかわせないよ」
 その声が聞こえた直後、モーラの足下の影に影針が突き出てきた。まるでモーラの影を縫い止めるように。
「影縫いか。やるのう」
 モーラは体の動きを止める。
「やっぱりね。じゃあこれで僕の勝ちだね」
 その声と同時に数百の針がモーラの周りに現れ、動けないモーラの四方から降りかかる。
 土埃が舞い、モーラの影が見えなくなる。しかしそこにはモーラの形をした土人形が無残に崩れていた。
「のうおぬし。力はつけたがまだまだじゃなあ」
 モーラは宙に浮いて、横の木から伸びている影に向かって言った。
「どうしてここだとわかった」
 やはり姿は現さず声だけだ。
「わしが土のドラゴンである事を忘れているのか?土に影が出来てそこに何か異変が起きていることなどすぐに判るわ」
「じゃあそこにいないことも判るよねえ」
 その影が消えて、モーラの土人形を中心にして正反対の違う場所に人影が現れる。黒いタートルネックのセーターのような服にグレーのズボンをはいた小柄な男が立っていて、宙に浮いているモーラを見ていた。
「ああそうじゃよ」
 モーラはそう言った。その声の方向は、その男の背中から聞こえていて、その男は驚いて飛びすさんだ。その姿を悲しそうにモーラは見ている。
「勝負は負けだ。通って良いよ」
 がっくりとうなだれた男は、そちらに行けと手を横に伸ばした。
「すまんな」『おぬしらもう終わった。こっちに来ても良いぞ。』モーラは、私達をうながして、そこに立っている。
 私達が彼の横を通り過ぎた時に私に向かって針が飛んでくる。モーラはそれを土壁を使って防いだ。
「なぜなんだよ!」
 ふいに彼が叫んだ。私達はびっくりして足を止めその男を見る。彼は私をにらみつける。
「なにが「なぜ」なんじゃ」
 モーラはあわてて私と彼の間に割って入る。
「いやいい。早く行ってくれないか」
「ああ。なにかすまない。ではまたな」
 そうして少しだけ離れた時に彼はモーラに向かって叫んでいる。
「僕にもっと力があれば、こんな属性の力でなければ、君は僕を見て振り向いてくれたのかい?」
 しかし、その声に応える者はいなかった。聞こえているであろうモーラでさえも。

「ねえ、良かったの?」
 アンジーが心配そうにそうモーラに聞いた。
「なにがじゃ」
「答えてあげなくて」
「「あいつに興味などハナからありませんでした」とでも答えてやれば良いのか?わしには無理じゃ」
「モーラ様、罪作りです」ユーリがぼそりと言った。
「わしが生まれて間もない頃の話じゃぞ。あやつは何かとちょっかいをかけてきて、長老共は突っかかってくるし。しかも長老達に何か尋ねれば急に怒るし、その理由を察し始めて落ち着いた頃にはすっかり全員嫌いになっていたわ。そんな者に恋愛感情など持つわけなかろう」
「恋愛感情ではなく~仲間とか友達とかが欲しかったんですね~」
 エルフィが頷きながらそう言った。
「可愛い妹でしょうか」
 ユーリがボソリと言った。
「でしょうねえ。でも性格のねじ切れた可愛くない妹になってしまいましたからねえ」
 私は自分で言いながらクスリと笑ってしまった。
「ああそういうことじゃ。あやつももう少しわしに対する行動を素直にしていたらこじらせなかったろうになあ」
 モーラは空を見上げながらそう言った。
「俺と言っていましたから、オス、男性だったのでしょうか」とはパムだ。
「たぶんな。ドラゴンはメスの方を優遇するから、長老達の心変わりもたぶんそうだったのではないか。もっとも成長すればどっちにだって変化できるのだから問題なかろう」
「女尊男卑ですか」
「ああ、卵を産める方が大事にされるに決まっておろう」
「確かにねえ」アンジーも頷く。
「これで堂々とここを通れるが、帰りはどうするか」
「また勝負になりますか?」
「いいやならん。さすがに格が違いすぎる。帰りは飛んで帰るわ」
「戦い自体は割と白熱していましたが」
「あやつの条件通り戦っただけじゃ。1000本の針をかわしきるだったからな。ちゃんと千本数えたぞ」
「そうなのですか?」ユーリが驚いている。
「あたりまえじゃ。それが約束じゃからなあ。おかげであやつの居所がわかってもこちらから手を出せずにいたからのう。しかも残り1本残しておいて、わしが空中に作った影にあやつは打ったのよ。その辺は抜け目ないわ」
「そこまで頭脳戦でしたか」
「ここまで意地の悪い仕掛けは、水とやった時くらいだな。あいつとの戦いがなければ、数もちゃんと数えんと、簡単に姿を現して、残り1本の餌食になっていたかもしれん」
「そこまで姑息な勝負をするのですか?」
 パムが首をかしげている。
「ああ、それでも勝った事実は変わらんからな。若いドラゴン同士では、俺はあいつに勝ったことがあるとか、自慢することが何か欲しくなるらしいぞ。でもそういうやつらは、結局その程度のレベルでしかないのだよ。決してその先を目指してはいないのじゃ」
 そうしてその森を出てしばらく行くと、モーラは立ち止まった。どうやら光のドラゴンの縄張りに入ったようです。
「すまんがここでしばらく野宿していてくれ。野獣もいるはずなので食料には困らないはずじゃ。では行ってくる」と言って、ポーンと垂直に飛び上がり、ドラゴンになって去って行った。
 私達は、そこの場所から少しだけ水辺に近い位置に移動して野営を始めました。テントは持ってきませんでしたので、土を使ってかまくらのようなものを作りました。
「8人が入るだけの大きさはなかなか大変ですねえ」
 私はそう言って中を確認します。8人が寝るだけのスペースは確保できています。かまどは外に作りました。
「イノシシのような獣がいましたので捕まえてきました。とりあえず解体しますか」パム、ユーリ、レイ、エルフィが戻って来ました。レイとエルフィの持っているかごには野草が入っています。
「本当にみんなサバイバルに慣れているわねえ。ありがたいことだけどね」アンジーが感心しています。
 獣の解体も終わり、干し肉を作るために干し場も作って、すでに良い匂いが即席のかまどから立ち上っています。
「そろそろ良いですよ」
 メアの言葉にみんながかまどの付近に寄ってくる。各自で食器に必要な分だけよそって、たき火のそばに作った土のテーブルを囲んで座った。
「ではいただきましょう」
 アンジーのお祈りに合わせてみんなで合掌しています。
 その時に羽ばたき音が聞こえて、モーラが戻って来ました。隣にすごく美形の男の人も一緒です。
「おおちょうど良かった。メア、もう一人分追加できるかのう」
「大丈夫です。その方は?」
「ああ。こやつが光の奴よ。名前は呼ばせないがよろしくな」
「大丈夫だから一応名乗らせてよ。昔はアポロと呼ばれていたこともあるからそれで。よろしくね」
「アポロ様。初めまして。よろしくお願いします。メアと申します」
「アポロ様こんばんわー。レイです」
「アポロ様よろしくお願いします。って、天使の私より輝いていらっしゃいますねえ」
 アンジーがびっくりしています。
「ああそうですか。少し光を落としますね」
「あれ?みんなには見えないのかしら」
「全然」
「ちっとも」
「まったく」
「あーそうなのねー。私と属性が同じだからなのかしら」
「そうですか、あなたがアンジーさんですね。よろしくお願いします」
 そう言ってアポロさんは微笑んだ。微笑んだ時に口元がキラリと光りました。歯が光るのはいい男の証なのでしょうか?
「初めまして。アポロ様、私は」
「パムさんですね。お噂はかねがね」
「どんな噂でしょうか」
 噂と聞いて怪訝そうな顔をするパム。まあ、噂はロクなものではありませんね。
「この家族で一番、まともな・・・いえ、冷静な方だと」
「そんなことはありません。どこからそんな噂が」
「水から聞いたんでしたねえ。モーラより頼りにしていると」
「あやつそんな話を。あいつとパムの接点はほとんど無いはずじゃが」
「まあまあ~あ~初めまして。エルフィです」
「あなたがエルフィさんですか。完全防御の酔っ払いさんですね」
「それは~ヒメツキ様ひ~ど~い~」なぜか両腕を上下にブンブン振っています。胸も振っていますね?
「初めまして。ユーリと申します」
「そうですか、あなたがお姫様ですね。よろしくお願いします」
「残念ながら姫ではありません。ただの剣士です」
「おや、風の話では、あなたの国がすでに出来ていると聞きましたよ?」
「残念ながら私の耳には入っていませんし、そんなことを了解した憶えもありませんので」
「そうでしたか。やはり噂は事実と違う場合もありますね。さて、あなたが噂の魔法使いさんですね」
「どんな噂か気になります。光のドラゴンアポロ様、初めまして、よろしくお願いします」
「実際にお会いして、立ち居振る舞いを拝見しましたが、噂とはだいぶ印象が違いますね」
「皆さん同じようにそう言います。私は私でしかありませんし、噂は噂でしかありません」
「必ずそう言うと皆に言われておりましたが、本当にそう言うとは思いませんでした。さすがにブレないですねえ」
 そう言ってアポロさんは笑った。そして歯がキラリと光りました。
「はあ」
「お食事がご用意できております。冷めないうちにどうぞ」
「ではいただきます」
「あなたがたの噂が方々から聞こえてきましてね。もちろん良い噂も悪い噂もですが」
「こんな辺境に噂など流れてこないであろう」
「そうでもないんだ。だから困っていたんだ」
「困っている?おぬしが何を困るというのじゃ」
「彼がドラゴンにとって敵なのか味方なのかというところだね」
「そうか?確かに噂だけでは判断がつかないわなあ。敵でも味方でもなかろう。実際に何もしていないんだし。なあ」
「そこなのですよ。ねえ、魔法使いさん。食事の後で良いから少し私の遊びに付き合ってくれないかい?」
「遊びですか。遊びと言っても、ドラゴン様の言う遊びと人間の言う遊びではかなり開きがありそうですけど」
「簡単だよ。私の質問に「はい」か「いいえ」で答えて欲しいのさ」
「もしかして、それで嘘を見破れるのではないのでしょうか」
 パムがちょっとだけ前に動いてそう言った。
「見破れはしないよ。だってドラゴンだろうと人だろうと心はどんどん変わっていくものだもの。それに抽象的な表現の質問に「はい」か「いいえ」で答えたら回答する側の捉え方で変わるし状況でも変わるでしょう?」
 パムの剣呑な雰囲気に気圧されるように身を引いてアポロさんはそう言った。
「確かにそうですが」
「例えば、あなたは嘘をついていますか?と質問しても、回答者がここにいない誰かに嘘をついていたとしても、はいと答えるだろうし、過去に一度でも嘘をついたことがあれば、はいと答える場合もあるじゃないですか。だからはいと答えたからと言って、嘘をつかれていると思い込むのは早計じゃないですか?」
「確かになあ」
「でもね、この中の誰かに嘘をついていますかという質問にはいと答えたらどうでしょう。それならちょっとは動揺しますよね」
 アポロさんはそう言って笑っている。
「それにしたって、どう回答しようと正解はないのであろう?」
「そうなのだけど。ねえおもしろくないかい?」
「おぬし・・・アポロよ、その質問であやつの何を知りたいのじゃ」
 モーラも怪訝そうな顔です。
「そうですね。単に興味があっただけなのですよ。そして質問は2つあるのですよ。質問を教えるからその問いに2つともはいと答えて欲しいのだけれどどうだい?」
「質問によりますねえ」
「そう!そこなのですよ。じゃあ食事後までに考えておいてね。まずひとつめの質問は、記憶が戻ったら世界を滅ぼしますか?」
 アポロさんは嬉しそうにそう言った。
「ふむ。直接的だのう」
「あとひとつは、この世界の事が好きですか?」
「抽象的すぎますねえ。わかりました。食後まで考えるまでもありませんが、少し考えて、食事後にお答えしましょう」
「そうかい、そうしてくれると助かるよ」
 そして食事も終わり、みんながなぜか緊張している。いや、リラックスしている人が2人ほどいます。アポロさんと私です。
「では質問をするよ。記憶が戻っているのに世界を滅ぼしたくなりませんか?」
「はい」私の頭の上に青色の光が差しているようだ。
「なるほど。嘘も言っていないし、記憶も戻っているのですね」
 質問を違えて事など気にした風でもなくそうアポロさんは言った。
「記憶が戻っているとはどういうことじゃ。それに質問は記憶が戻ったらではなかったか」
 モーラの方が慌てている。
「私の勘なんですけどね。これまでの彼の行動の話を色々聞いているのですけれど、この人の行動にはブレがない。記憶がない人にこれだけの意志のブレがないのはおかしいと思っていたのでね。では次の質問です」
「この世界が好きですか?」
「はい」
 私はすぐにそう言った。今度は、私の頭の上の光が少しブルーがグレーになっている。
「答えてくれてありがとう。参考になったよ」
「最後の質問に対する回答が、グレーがかった青だったのはどういうことなんでしょうか」
 パムが聞いた。
「そうだね。質問が抽象的すぎたんだね。たぶん彼は、この世界の全ては好きじゃないけど、好きなことは好きなんだと思うよ」
「記憶が戻っているはずとは」
「動揺を誘ってみただけさ。それでも動じないし動揺しない。すごく意志の強い人だというのが判ったね」
「そうなのですか」
 パムが納得が行っていない風に返事をした。
「それだけに少し怖いのさ。今のところこの世界が好きだから良いのだけれど、嫌いになったときにも意志がブレないので、この世界を壊しにかかるかもしれない。今のところそれが心配という所かな」
「じゃあ、この先に進ませないつもりなのか」
「いいや、この先に進ませないなんて僕には出来ないのさ。ドラゴンはこの世界に不干渉だからね。もっともモーラに対しては、戦って止めることも出来るけど、それも面倒だしね。でもね、こういう予想外の事をすると、たいがい誰かが嫌がって何か干渉してくるものなのさ。だからそれは覚悟してね」
 アポロさんはそう言って笑った。
「その誰かとは、誰なんじゃ?」
「さあ?残念ながら僕の知らない者達だよ。でも準備している姿を見たんだ」
「そうですか。それはちょっと面倒ですねえ」
「さて、ごちそうさま。おいしかったよ。って言えば良いのだろう?実際においしかったしねえ。確かに族長達の気持ちもわかってきたよ。君は非常に危険だ。でも干渉もできない。むずかしいね」
「また一緒に食事しませんか?」
「そうだねえ。僕の立場としては、あまり人間に近づかない方が良いのだけれどね。また一緒に食事をしたいとは思ったよ。それでは良い旅を」
 そう言って光のドラゴンのアポロ様は、飛んで行ってしまった。
「まったく余計な事を言っていきましたねえ」
 私は、メアの入れてくれたお茶をようやく飲み始める。
「あるじ様」
「旦那様」
「ご主人様」
「親方様」
「ぬし様、私は、あの一つ目の質問の時に、モーラ様とアンジー様の様子が変わらないので、もしかして、ぬし様の記憶が戻っていることをお二人はすでに知っていたのではありませんか」
 パムが真剣な顔で尋ねます。
「皆さん落ち着いてください。良いですか、私の記憶は戻ってきてはいますが、完全ではありません。その事をモーラとアンジーには話してありました。「完全に記憶が戻っているわけではない」と。でも、このまま記憶が徐々に戻って行けば、私が一番恐れていた「皆さんのことを忘れることなく記憶が戻るかもしれない」という話をしていました。ですから、皆さんには話せずにいました。特に・・・」
 私はそこで一度言葉を止めた。
「特に、この世界にくるきっかけになった理由がまだ判っていないのです」
「それは、死んだ原因ということよね?」
 アンジーがフォローしてくれている。
「はい。まず、自分が死んだのだという事を認識していません。そして、転生における最大の要因の「強い未練や何かを成し遂げたいと思う心がある事」がわかっていません。
 さらに、生い立ちはあまりよくないですが、幸せな記憶までしかないのです」
「自分で記憶を押さえ込んでいるかもしれぬなあ」
「そうかもしれません。前の世界の名前も生い立ちも記憶が戻って来ましたが、結局以前の名前にはなじめずにいます。だから私の名前はDTのままで良いのです」
「死んだときの記憶がないのか」
「残念ながらありません。働き出した時まではあるのです。しかし、そこから、たぶん数年なのか十数年なのかその辺の記憶がまだ戻っていないのです。当然こちらに来る原因となった記憶もないのです」
「あるじ様は、昔からお優しい方だったのですね」
「生い立ちが少し不幸なのです。でも、血のつながらない両親や姉に育てられていますので、歪まないで済んだようです。だからなんですかねえ。家族に対して異常な執着といいますかこだわりがあります」
「そういえば、頭を打つと思い出すと言っていたわよねえ、ここでやってみない?」
「ここで無理をしても仕方がなかろう。帰ってからじゃなあ」
「そうですね。まずはひとつずつです」
 その日の夜は、みんなで土の中で寝ました。土葬されるってこういうことなのでしょうかねえ。

Appendix
ようやく来たみたいだぜ。やっと戦える
お前も恨みを晴らせそうじゃないか
それぞれ因縁を持つものもいるからな
私はそんなのないわよ。でも私に勝てるエルフなんているかしら
まあ、連携の訓練は十分してきている。負ける理由はほとんどないよな
ああ、最後には落とせばいい
そうだな

続く


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