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第26話 メアの事情

第26-7話 戦闘とことづて

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○装備の差
 メアが優男との間合いで止まった。
 風が起きたと思ったら、優男の姿が消えて、メアの右腕が何かを防いだ。
「ユーリ見えましたか?」私は横にいたユーリに聞きました。
「はい、左足の跳び蹴りを右腕で受け止めました」
「パムさんやレイもわかりましたか?」
「はいわかりました」パムが言った
「僕も見えています。本当にすごい人がいっぱいいますね」レイが感心しながら言っています。
「エルフィは?」
「見えてませんよ~聞こえています」
「モーラ、アンジー」
「わしは見えているがなあ」
「私は無理よ。あんたはどうなのよ」
「さすがに見えませんねえ。おっと」私に飛んできた石をかわす。
「なんだ見えているんじゃない」
「いや、自分に飛んでくる石は見えますよ」
「横で見ている時はそんなものか?」
「ええ、そんなものですよ」
 メアは動かず防御に徹している。
「どうしました動けませんか。それにしても私の反応速度についてくるので精一杯みたいですね」そう言いながら優男は、小刻みな攻撃をして、防御の隙を作ろうとしているようだ。
「いえ、今確認しているところです」
 メアは、殴りつつ走り抜けようとする優男の後ろ姿に蹴りを入れる。そしてその男は勢い余って動きが止まる。
「なるほど。では」優男はそう言って私の方に石を蹴り、瞬時にメアに向かって走り込む。しかし、メアは私の防御には動かず、優男の攻撃を防御している。
「卑怯な手を使いますね。まあ、ご主人様はあれくらいはかわせますが」メアは鼻で笑って言いました。
「なるほど、ご主人様の安全が最優先ではなくなったのですね」優男が頷いています。
「いいえ、選択できるようになっただけですよ。でも感情はそうはいきません」
 メアは、優男に一瞬で近づき、顔と顔を近づけて男の頬を叩く。男は呆然とそこに立ちすくんだ。しかし、頬を抑えた手が震えだして顔が怒りで満ちあふれる。
「よくも俺の顔を殴りやがったな。貴様!殺す!神は殺すなと言っているが殺す!」
 そう言って優男はそこから速度を上げた。メアは、さすがに防戦一方になり、顔から余裕が消えた。
「ほらほらどうした。所詮人間のスピードでは俺のスピードにはついてこられないだろう。このまま押しつぶしてやる」数秒間、優男は一方的に攻め続ける。しかしそれでも攻めきれない。
「おかしい、防がれている?」それでも男は攻撃をやめない。しかし、いなしかわされて決定打に至っていない。
「なぜだ、なぜまだこの速度についてくる」男の顔にあせりが見え始める。
「ああ、メアさんあの男で調整していましたね」パムが頷いています。
「そうですね。戦いが始まった時には、どうみても体の動きがぎこちなかったのですが、脳と補助脳とが連携して体を動かせるようにうまく練習していたみたいです」ユーリまでがそう言いました。
「あ~、メアさんが動きますよ~」エルフィがそう言った途端、メアが攻勢に出る。
 優男の先手を取るように相手の攻撃を止めるような動きで牽制して、攻撃をさせず、さらに攻撃のために動こうとする方向や範囲を限定して、彼に二の足を踏ませて、端から見るとステップを踏むように動き回らせられている。そしてメア自身も軽いステップで彼の周りをメイド服のスカートをヒラヒラさせながら、あたかも舞い踊っているように動いている。
「メアさん綺麗です」とユーリがうっとりとしている。
「いつにも増して優雅ですねえ」と私
「そうね、これは綺麗だわ」とアンジーも言った。
 そして、双方動きを止める。メアは優雅にスカートの裾を持ってお辞儀をし、相手は、なぜか息が上がっている。
「どういうことだこれは、もしかして魔力が吸い取られている?」優男は予想以上に体力を消耗している自分に違和感を持った。
「はい、その仕組みはご主人様から解説していただいた方がよろしいかと」おや補助脳に切り替わっていますか?それともつい?
『つい習慣でこの口調になりました』あら、脳内会話状態でしたか。
「そこの魔法使い。どういうことだこれは、ここの場所に何か仕掛けでもしてあったのか」
「まあそう思いたくなりますよねえ。私はいつもそうしてきていましたから。でもずーっと見ていたんでしょ?私は何も仕掛けていませんよ」
「ならなぜ私の魔力が・・・そのメイド服」
「ご明察です」とメア
「ええ、このメイド服はメアさんに作ったワンオフなのですよ。そして、メアさんが放出した魔力を回帰吸収するように作ってあります。もちろん近くにある魔力も取り込むことが出来ますよ」
「つまり近接戦闘時に魔力を使って戦っている者は魔力を吸収されていくということか」
「そのとおりです。私はあなたの魔力を吸って魔力がリチャージされていくのです」またメアさんがスカートの裾を持って丁寧にお辞儀をする。
「勝てるわけないじゃないか。いや、近接戦では勝てないと言うだけか」その男はつぶやきながら、左右の手それぞれに光の球体を作り出す。ひとつは青くひとつは赤い。
「やめなさい。そんな事をしてもなんの意味もありませんよ」メアがそう言った。
「いいやある。私はお前に負ける訳にはいかないんだ」両手の光の球体は、どんどん膨らんでいく。
「そうでしょうか。これは装備の差です。裸で戦えばあなたの勝ちでしたよきっと」
「それでは意味がないんだよ。しかも相手にその技の正体まで明かされて。俺のプライドはズタズタだ」優男の顔は大きくゆがんでいていい男が台無しです。
「ホムンクルスはそもそもプライドなどありませんよ。人形なんですから。それとその球体を投げつけると絶対後悔しますよ」メアは静かにそう言った。
「ああそうだな。私には後天的に感情が芽生えたからな。だが感情で動くのは、これで終わりにするよ。この攻撃には耐えられまい」そう言って男はメアに両手の光の球体を右手からと左手から時間差で投げつける。
 メアは一つ目の魔法を受け止めて吸収し、そして打ち出す。男が後から投げた球体にぶつかり爆散して、男は、目の前の爆発によろけて倒れ込み、四つん這いになった。
「なんだと?何が起きた!」
「だからやめなさいと言ったではありませんか」メアは、男の体をスキャンしている。
「一体何をした!!」優男は四つん這いのまま、下を向いて地面に向かって叫んでいる。
「吸収して放出しただけですよ。ねえレイ」
「はい、僕のつなぎも同じ事が出来ます」
「なるほど、確かにそれは以前見たな」そう言ってその男は、四つん這いのままそこから消えた。
「まあしばらくは戻ってこられんじゃろうなあ」
「はい、あの攻撃に魔力をかなりつぎ込んでいましたから」メアがそう言って戻ってくる。
 そしてその場にいた住民を置いて私達はそこから移動することにした。

○再確認
 その箱を馬車に積んだ後、私は
「メアさん申し訳ありませんが、私と一緒にもう一度だけ中を確認しに行っていただけませんか」私は手戻りが嫌なのでもう一度確認しようと思いました。
「はいわかりました」
 そして2人で地下に入って行きました。メアは部屋を再度スキャンしているようです。
「大丈夫です、この下に地下室も横に隠し部屋も変な隠し扉も何もありません。」
「ありがとうございます。でもそのために2人になったわけではありませんよ」
「そうですね」隣に立っていたメアは私の手を握る。
「これで私は、本当の意味での自分になったのですね」メアが私を見て言いました。
「情報交換を常に続けていたのですね」
「ご主人様と一緒にいる間、補助脳は様々な感情を取得していました。鍵となる全ての感情を修得した時に私へのアクセスの鍵が開かれるようになっていたらしいです。その間、私の脳は同じ情報を受け取っていました。夢を見始めたのは、私が覚醒する機会が来た事を教えていたようです。
 もし、感情を手に入れられないままここに来ていたら、もしかしたら覚醒できなかったかもしれません。そして、ここにも来られなければ、メンテナンスマニュアルを手に入れられず、予備のボディも手に入らず、自分の中の自動修復装置のみで回復しなければならなくなり、致命的な損傷時に壊れてしまって修復できなくなっていたようです」
「使い捨てられると」
「どうやらそのようです。ありがとうございました。私を愛してくれて」メアが私に向き合ってジッと目を見る。
「メアさん。あなたが最初に私を好きになってくれたからですよ。そこから始まっています。私を好きになってくれてありがとうございます」
「私は、メアジスト・アスターテは、生涯あなたとともに生き続けます。これからずっと」
 そう言ってメアは私を抱きしめる。私もそれに答えて抱きしめ、メアは私を見る。潤んだ瞳がゆっくりと閉じて、私も目を閉じてキスをする。
『暖かいですねえ』
『はい』
 そうして、私達は唇を離してちょっと照れて笑ってしまう。
「行きましょうか。まだ旅は終わっていません」
「はい」

 そうして地下室を出る。扉の両隣にはモーラとアンジーが隠れていた。私が冷たい目で二人を見ると。
「あんた達が遅いから何かあったんじゃないかと思って様子を見に来たら・・・ねえ」アンジーはそう言って、モーラを見る。
「ああそうじゃ。入れなくなっただけじゃ。なあ」モーラもアンジーを見てそう言った。
「はいはい。そういう事にしておきますね」と私は言った。メアはすでに真っ赤になって階段を駆け上がって消えていた。

○次から次へと
 馬車に乗ろうとしていた時に地響きが伝わってくる。
「ああ始めよったか」モーラはそう言って私を見る。
「本当にやるとは思いませんでしたよ」
 そこにこちらにまっすぐ飛んでくる黒い物体があった
「あ、賢者様~」私を呼びながら、ほうきに乗った女の子が飛んできました。
「どうしましたか」
「お師匠様が街の中央の噴水の所に来て欲しいと」
「そうですか。急ぎましょう。レイ、パム、エルフィ、ユーリは、先に行ってください。アンジーは馬車をお願いします」
 モーラはすでにいなかった。
 アンジーに馬車を任せて私達は先を急ぐ。人々は混乱し、街から出ようと動き出していた。
 しかし、人々の動きは緩慢で、誰かに指示して欲しそうに右往左往して周囲をさまよっているだけだ。私達はその人達をかき分けるように街の中心にある噴水に向かっている。
 煙が出ている噴水を背にして優男が立ち、ヘリオトロープさんがそれに対峙するように公園の端に立っている。
「おや、皆さんお揃いで到着しましたか。ここは間もなく破壊されますから逃げたほうが良いですよ」優男はあっさりとそう言った。
「何をする気ですか。魔法使いの里からは、1ヶ月の猶予をもらったはずですよ」ヘリオトロープさんは、あせった様子でそう言った。
「それはいつの話ですか?私には直ちにこの街を破壊するようにと連絡がありましたよ」優男はそう返事を返す。
「そんなバカな話はありません。人は少なくとも保護して良いと納得してくれたはずですよ」
「残念ですが、そうはならなかったみたいですね」
「とりあえずこの破壊を止めなさい。というかどうやってこの街を破壊する装置の起動が出来たのですか。あれは、私と彼が持つ3つの鍵で管理することにしていたはずなのに。もしかして彼の家から手に入れたのですか?」
「この鍵ですか?」優男は、手に持っている3つの鍵を見せる。
「やはり彼の家から手に入れたのですね」
「残念ながら見つけられませんでした。でもね、この鍵は魔法使いの里から借り受けたものですよ」
「魔法使いの里が持っていたのですか」
「ええ、あなたと彼がこうやって阻止する事を想定していたのでしょうねえ」優男は笑いながらそう言った。
「あのー、お話の途中で申し訳ありませんが、この鍵のことですよねえ」私は鍵を手に持って見せる。
「あなたが・・・それは彼の鍵ね」
「はい、研究室で見つけました」
「あそこの地下にはまだ何かあったのですか。おやおやうかつでした」
「お願いです。急いでこの振動を止めないと街が崩壊します」
「どうすれば良いのですか?」
「噴水の外側に3カ所の扉があります。そこに鍵穴があって、北の鍵穴にまず差し込んで反時計回りに回して、次に残り2カ所の鍵穴を反時計回りに回す必要があります」
「ああ、そういう仕組みなんですね」私は納得してそう言いました。
「困りましたね、あなたには干渉して欲しくないのですよ。だってここは魔法使いの里のもので、住んでいる人も研究に同意の上で暮らしているのですから。そしてあなたは魔法使いの里のことに干渉するのですか?それは止められていますよねえ」優男は私にそう言いました。
「住民の同意の上なのですか?」私は驚いて優男に聞きかえす。
「ええ、ここで長生きの研究のモルモットになる。生活も保障する。出て行きたければもちろん自由。ただし研究で死ぬこともあるし、研究が終了すれば生活の保障はもうしない。今まさに研究が終了したのです。だから施設も壊す事になりましたよ。まあ、生活の保障をされて、急に保証がなくなれば働いてこなかった人達は、路頭に迷いそうですけどね」優男は三つの鍵を両手でもてあそびながらそう言った。
「なるほど、生活の保障をすることで、骨抜きにしましたか」
「別に働くなと言っていたわけではないですよ。単に住民達が働かなかっただけで」優男は蔑むような笑いをした。
「だからといって殺していいわけではないでしょう!」ヘリオトロープさんが横からそう言った。
「ここでこのまま餓死して死ぬのはつらいでしょう?だからいっそのこと死んでもらった方がお互い幸せでいられるでしょうが」
「実験の結果死ぬのと、殺されるのとでは大きく違います。それは契約違反じゃないですか?」私はそう尋ねる。
「確かにそうかもしれませんねえ。でも、死んだ方が幸せと感じる人のほうがきっと多いと思いますよ」
「まったく何を言いますか」それはちょっと違いますよねえ。
「それに建物は魔法使いの里からは言われているので壊しますよ。それによって死人が出てもそれはあきらめてくださいね」優男はそう言った。
「では、それは止めさせてもらいます」私はどうも約束を違える事に怒りを覚えるようです。
「あなたとは戦いたくないのですがねえ。神にも止められていますし。それにあなたは、ホムンクルスのスピードについてこられますか?」
「さあ、でもやってみないとなりませんねえ」私はそう言うと、一応両手をボクシングスタイルに構える。その瞬間、周囲の空気が固まる。ユーリやみんなは武器に手をかけている。魔女さんは弟子の女の子を、メアは、アンジーを優男からかばうように立った。
 沈黙の中、地面はまだ細かく揺れている。ふっとその男が消える。消えると同時に私の前に現れて、右手を手刀にして、私の顔を突き刺そうとする。しかし、そこにはシールドがあり彼の手は私の目の前で止まる。
「ああ、シールドを張っていたのですね」そう言うと彼はバックステップして間合いを取る。
「では、こちらから」私は指を使って彼に雷撃を放つ。しかし、雷が届く頃には彼はそこにはいない。
「魔法を打っても無理ですよ。届く前にかわせます」
「ではこれを」私は両腕をだらりと下に下げ、指の先から細い糸を繰り出し、手首を前後に振ってその糸を波立たせる。徐々に私から彼に向かって糸の波は近づいて行く。
「そんな遅い糸に引っかかるわけがない。かわせますよ。それにその技はすでに見せてもらっています」そう言ってギリギリまで近づいた糸をかわす。
「あなたには初めて見せたはずですが?」
「ああ、あの場所に私もいましたからねえ」優男はそう言って笑う。一体どこで見ていたのか?
「では、こうしましょう」私は両腕を大きく振って大きな糸の波を作り彼に襲いかからせる。
「だから無理ですよ」そう言って彼は簡単にその糸をかわす。しかし、かわした先に見えない網があり、絡め取られて逃げられなくなって、地面に倒れる。
「そんな、これはおまえの糸ではないな」
 そう、糸の先は私の手ではなかった。パムがその糸を操っていた。
「別な人ですか。相変わらず汚いですねえ。1対1ではなかったのですか」
「最初からそんなこと言っていませんよ。早いところあなたを動けなくしないと作業の邪魔ですから。ユーリ、レイ、エルフィこれを」私は彼らが走り出したそれぞれに向かって鍵を投げる。それぞれが鍵を受け取り、噴水に走って近づき、まずレイが鍵穴に鍵を入れて回し、次にユーリが、最後にエルフィが鍵を回した。しかし、一向に振動は止まらない。むしろ少しだけ振動が大きくなった気がする。
「止まらない?」
「あはは。そうですよ。すでに鍵では止まらないのですよ。鍵で停止できるタイムリミットを超えていたんです。残念でしたねえ」縛られて地面に倒されているのに笑い転げるその男。
「あなたわざと会話を長引かせましたか。やりますねえ」
「こんな簡単なことに引っかかる。やはり人間は愚かですね」
「そうでしたか。パム、彼の拘束を解いてください」私は、パムに言った。拘束を解かれた男は立ち上がり。
「どういうことだ」
「あなたを拘束していても意味がないですから。できるだけ多くの人を避難させるほうに考えを切り替えるしかないでしょう」
「私を殺さないのですか?」意味がわからないという顔をして優男が言った。
「そんな事をしても意味がないですから。目的は達成したのでしょう?さっさと消えてもらえませんか」私はそう言って優男を見る。
「それはどうもありがとうございます。爆発に巻き込まれずにすみますね。住民の避難を頑張ってください。できればまた会いましょう」
「会いたくないですけどねえ」そう私が言うと彼はそこから消えた。
「しばらくは戻ってこないじゃろうなあ」
「避難はどうするのですか」パムが戻って来た。
「あ?ああ、今のはお芝居ですよ」私はそう言った。
「お芝居?」ユーリが首をかしげる。
「もう良いのか?」モーラが私に尋ねる。
「さすがに周辺にはいないでしょう。良いのではありませんか」
「様子を見に戻ってくるじゃろう?」
「でしょうけど、彼が戻ってくる前に起爆装置の撤去をしないとなりません」
「何を言っているの?」ヘリオトロープがこちらに来てそう尋ねる。
「この街に来て、この噴水前で休憩していた時に気になっていたのです。水がどうやって供給されているのか。それで、この噴水を調べたのですよ。そしたら、すごい仕掛けを見つけましてね。この街を崩壊させる術式が組んであるんですよ。どう見ても私達に危害を加えそうな装置だったので、あらかじめ細工をしておきました」
「あなたそれを見抜いたのかしら。さすが解析の魔法使いさんね。もしかして、その術式を無効化したのかしら」魔女が驚いて声をかける。
「そこまでは出来なかったのです。とりあえず、鍵を回した時に微弱な地震が起きるようにだけしておいたのです。鍵はもとからあまり意味がなかったのですよ」
「わしが真っ先に駆けつけたのは、この仕掛けを使った者を見つけて、その目の前で地震を継続させて壊れるように見せかけるつもりでいたのじゃ」
「この事は、モーラと私しか知っていませんでしたからねえ」
「いや、合流したら普通話すでしょうそんな重要なこと」アンジーがちょっと怒っています。
「皆さんを不安がらせたくなかったですし、どこかで聞かれていたら違う手で来るかもしれなかったので。もっとも些細なことだったので言い忘れていただけですけどね」
「そういうことでしたか」ヘリオトロープさんがホッとした表情でそう言った。
「では、本格的な解体作業に入りたいと思います。ユーリ、先ほどの鍵穴のそばに水を止めるバルブがありますから反時計回りに回してください。噴水の水が止まるはずです」
 ユーリが言われたとおり、バルブを閉めると勢いよく吹き出していた水が止まり、池の中の水がゆっくりと引いていくのがわかる。
「パム、レイ、メアさん。申し訳ありませんが、それぞれの鍵穴のところに手を入れて待っていてください。私が魔法で持ち上げますので、申し訳ありませんが、それを持ち上げていてください」
 そうして出来た空間に私は滑り込む。中にはこの街を制御するために術式を組み込まれた魔鉱石が水の管を中心にして円周上に敷き詰められている。
「なるほどねえ、ウンウン」私は、一つ一つの魔法陣を見ながら感動していた。
「あんた、あいつが戻ってきたわよ。急いで」
「おや、意外に早かったですねえ。まだ解除できていませんが戻りましょうか」
 私は、そこから這い出した。
「なるほど、良くもだましてくれましたね」優男の額に怒りのため血管が浮かび上がっている。
「帰ったのではなかったのですか?」
「少し離れたところに飛んで様子を見ていましたが、振動が止んで崩壊も始まらないので様子を見に来たのですよ。そしたら、噴水を持ち上げて、なにやらやっているではありませんか。あの振動はフェイクだったのですね」そう言って彼はモーラを見る。
「でもまだ解体は終わってないようですねえ」
「どうしてそう思いますか」
「だって、あれからすぐに手をかけたにしてもこんな短時間で解析して解除できるような簡単な魔法陣ではないでしょう?」
「あたりです」
「では、再度起動しましょう」
「ダメです。させません」
「私はあなたに騙されて、不思議な感情に目覚めました。悔しいとか恥ずかしいとかね。そして怒りです。これが怒りですか。それ故に、神の意志ではなく私の意志であなたを殺したくなってきました」
「いいのですか?神のお使いなんでしょう?」
「これが感情というものなのだとすれば、そして、それが育ってきているのなら。この行いもまた神の意志なのでしょう。もっともあなたを殺してしまって、神から何らかの罰が下されるかもしれませんがもうかまいません。今度は1対1で戦いませんか」
「そうですねえ、先ほどは失礼しました。作業を急ぐあまり、あなたを過大評価して接したのです。もちろん1対1をお受けしましょう」
「はっ、なめられたものです。では・・・」
「できれば、ここの建物を壊したくないのですが、いかがですか」私は噴水を指さして言った。
「いいかげんにしろ!・・失礼、いい加減にしてもらえませんか。これまであなたがノラリクラリと逃げを打ってきているのは十分承知しています。でもね、私の怒りは今すぐにでもあなたを殺したくてしようがないのですよ」
「おやそうでしたか。紳士的にありがとうございます。ではいつでもいいですよ」私はそう言って手を上げて、挑発的にこっちにくるように手を招いてみせる。
「くっ」その言葉と共に彼は消えて私に襲いかかる。手刀が私の左頬をかすめ、右の脇腹をかすめる。私は最小限の動きでそれをかわす。
「どうしてだ。なぜかわせる」そこで優男は私への攻撃を止めて私に聞いた。
「私から問いかけます。どうしてど真ん中を狙ってこないのですか?無意識に殺さないように動いているのですか?」
「おまえなんか、怪我をさせれば十分だろう」そう言って私に拳を向けて突進してくる。
「それが甘いのです。だから躱される」私は彼の腕を躱して、通り過ぎる優男を横からトンと押す。
「何?」また体勢を崩されて動きがとまる。
「そんな甘い攻撃では何も倒せませんよ。殺すつもりで当てにいってもなかなか倒れるものではないのですから。そんな甘い攻撃ばかりしていたら、魔族だって倒せませんよ。もちろん私もね」
「なんだと」向き直って私に低い姿勢で飛びかかってきてまた躱される。
「ほらそうやってすぐ怒りにまかせる。そうすると大振りになって隙が出来るんですよ」
 私は、手に握った空気玉を相手のそばに放つ。
「そんなもの」そう言って優男はそれをかわす。しかしその周囲に放っておいた無数の空気玉に触れて腕が焦げる。
「なるほど、冷静にならなければならないと」優男は、腕の焦げを気にしているが、すでに肩で息をしている。
「本当に弱い者としか戦ってこなかったんですねえ」私は、彼の攻撃をかわしながら、今度は雷を指先にためて、その指で彼の拳を受ける。
「う」電撃により優男の体が痙攣している。しかし表情が変わっていない。痛いと感じていないようだ。
「あなた、痛覚を遮断していますね」
「それがどうした。戦うなら当然だろう」痙攣がすぐ止まり私にそう言った。
「逆ですよ。痛みを知らずに戦っては、単なる無謀な攻撃になるのです。自分がダメージを受けないで、いかに相手を倒すか。だからあなたは、先を読まないで無茶な攻撃ばかりするんですねえ」
「はあ、言っている意味がわからない」
「攻撃されて当たったら痛いでしょう?腕が折れたら次の攻撃が出来ないでしょう?だから当たらないように避けて相手に自分の攻撃を当てようとする。次の相手の攻撃を読んでそれを逆手に取る。痛みがあるとそういう事が出来るようになるのに、あなたはそれをしていない。だから単純な攻撃をかわされて反撃されるのですよ。こんな風にね」
そう言って私は、その男の懐に入り、手のひらを胸に当てて魔法を打つ。
「がっ」彼は弾き飛ばされ、起き上がったところに私は火炎魔法で彼を焼く。しかし彼は、それでも攻撃の手を休めず、次々と襲いかかってくる。魔法攻撃をしてこないのは、どうやら魔力量も尽きかけているのかもしれない。私も仕方なくかわして脇に攻撃を当ててその男を吹き飛ばした。
「私はまだやれますよ」その男は立ち上がる。しかし体はケロイド、服はボロボロ。その状態でもなお立ち上がり戦う姿勢をみせるその男。
「私はもうやりたくないですね。これ以上は、私が一方的になぶって遊んでいるようにしか見えません。エルフィ申し訳ないですが彼に回復魔法を」
 エルフィは、近づいて彼に魔法をかける。彼はその姿が見る間に直っていく。服はボロボロのままだが。
「わかったよ。あんたはこの世界の脅威だ。神が扱いかねるほどのね。私はここで降参します。死ぬつもりで戦っていたけれど、残念だけどまだ死ねないようだ。ああ、私はホムンクルスだから「壊れる」ですが。だが、壊れるわけにはいかないようです。神はまだ必要としてくれているようです。残念ですがここまでです。さようならまた会いましょう」
 そう言って彼は消えた。私は、再び噴水を持ち上げ、3人に持っていてもらい、先ほどやっていた装置の解除を続行する。先ほどは中の魔法陣に興味津々だったが、今度は淡々とその魔法陣の解除をしていく。無言でそこから這い出して、元に戻し、ユーリがバルブを開くと噴水には勢いよく水が吹き出し始めた。
「この街をどうしますか?」私は、ヘリオトロープさんとその弟子の女の子に声をかける。
「私は一度里に行ってくるわ。魔法使いの里の考えをちゃんと聞いて、1ヶ月の猶予の間に何をすべきか考えることにする。たとえこの街が壊されなかったとしても、魔法使いの里が援助をやめると言うのであれば何かしなければならないですから」ヘリオトロープはそう言って、出かけていった。
「ひとつ忘れていることがあります」
 まるで、目の中にスケジューラでもあるのか。タスクを確認するようにメアが言った。
「手紙にはもう一度エリクソンさんに会うようにと書かれていました」
 私はメアと共にエリクソンさんのところに再び会いに行った。

○父の言葉
 エリクソンさんの家に着いて、声を掛けるとエリクソンさんが出迎えてくれた。
「あああんたか。地震は大丈夫だったのかい?」そう言ったエリクソンさんは、少し顔色が悪かった。
「ええ大丈夫でしたよ。実は、あの後工房を見つけました。そして手紙に・・・」
「私にもう一度会えと書いてあったのだろう」エリクソンはわかっていたのか深いため息をついた。
「そうです」
「入ってくれ。手紙を渡そう。そこに座っていてくれ。今持ってくる」
「わかりました」
 エリクソンさんの居間のテーブルに私達は座った。しばらくして、エリクソンさんは戻って来て、ため息をついて椅子に座った。
「手紙を渡す前にひとつ聞きたい」
「なんでしょうか」
「あなたは、メアジストをどうするつもりですか」
「どうするつもりと言われましても、これからも家族として一緒に生活していきます。メアさんもそのつもりですよね」私はメアを見た。
「はいそのつもりです。私はこの方と生涯を共にするつもりです」メアが嬉しそうに言った。
「それは、どちらかが死ぬまではということですか?」エリクソンは私とメアを交互に見ながらそう言った。
「もちろんどちらかが死ぬまでは、ずっと一緒にいたいと思います」私は当たり前のように言いました。
「はい私もです」メアは頷いた。
「そうですか。彼は奥さんと離婚しています。どちらが悪いわけでもなく。いや、事実だけを見れば奥さんの方が悪いのだが、そもそもあいつがパープルさんを理解しなかったから。いや、そういう事はどうでも良い。言いたいのは、家族でさえ絶対はないと。それでもなお死ぬまでと言い切れますか?」
「残念ながらそれは言えないと思います。気持ちがすれ違ったならそれを止めるすべはありません。ですからその時までは愛し続けたいと思います」
「私も同じです。なぜなら私の周りには魅力的な人達が一杯いますので。でも、私としては、そばにいるなと拒絶されない限り、一生そばにいたいと今は思っています」
「そうですか。お父様については、ブリュネー・アスターテについては死んだと思われますか?」エリクソンさんは探るような目で私を見て言った。
「「いいえ」」二人同時にそう言った。
「はは、仲がよろしいですねえ。わかりました。お預かりしているものをお渡ししましょう」
 そう言ってエリクソンは、ポケットに入れていた手紙を出してメアに渡した。
「さっきの質問は、私個人の質問でして、彼の意図ではありません」
 メアは手紙を読み終わった後、私に手渡した。私も読み始める。

 拝啓
 この手紙を読んでいるという事は、メアジストの予備のパーツも予備脳も手に入っているのだと思います。ここまで探求する意志のある方なら、これから私が書いている事について、少しばかり思い至っているのではないかと思います。
 私は、娘を連れて旅をした時に、この世界に初めて来た時の違和感をさらに感じる事になりました。そして、その違和感について、ある仮説を立てました。そして、その事を検証しに行こうと考えるようになりました。しかし、この旅に娘は連れてはいけない。私に対して従順なメアは、感情豊かになりかけていて、私は娘に抱く感情を再び思い出してしまったのです。実際、娘の脳と心臓は確実に彼女の中にあるのです。だから、危険な事にメアを巻き込んで、娘を殺してはいけない、多分いつか娘が表に現れるのだろう。その時まではボディが壊れないで欲しい。そう願うようになったのです。
 そして、私はメアをビギナギルの魔法使いの所に預けて、この世界の違和感を検証するために旅立ちました。時々は、この街に戻って来ていたのですが、やっと真実にたどり着きそうな所までこぎつけたのです。
 この手紙は、メアとそのあるじであるあなたに、私が死んでいない事を伝えるために、そして、この世界は虚構の中にあるという事、この世界を信じてはいけない事を知っていて欲しいと思ったからです。メアジストの事を本当によろしくお願いいたします。
敬具
ブリュネー・アスターテ

「この手紙確かに受け取りました」
 見せて欲しそうなエリクソンさんにその手紙を見せる。
「預かっていてくれて、ありがとうございます」メアも礼を言った。
「しかしこの手紙では、手紙を書いた時点では死んでいないだけで、今も死んでいないと証明できる訳ではないですよね」
 エリクソンは首をかしげる。
「この手紙に術式を込めているのでしょう。死んだら文面が変わるような術式を」
「そんな術式が付与されているのですか?」
「たぶんそうなのだと思います」私は、その手紙のサインの部分を示す。
「確かに何かありますが、彼は生体認証に造詣が深かったけれども、どこにいるかもしれないあいつの生死などわかるものでもないと思います。ああ、遠隔地の生体反応を探る実験をしていたから、もしかしたらそれの改変なのかもしれないな」
「そんなことを研究していたのですか」
「街にいる人達を監視するためだったような気がしますね。よく憶えていませんけど。とりあえず、私と彼の約束はこれでもうおしまいです。肩の荷が下りました」
「この街にはまだあなたを必要とされている人達がいます。まだまだ頑張らなければいけないのではありませんか?」
「そうなんですよねえ。これから用事もありますので、この辺でお帰りいただけませんか?」
「ああ失礼しました。それではまた」
 そうして私とメアは、エリクソンさんの家を出て宿に戻った。
「食事はどうしますか」メアが私に尋ねる。
「エルミラさんとサフィーネさんを誘って食事にしましょうか」
 しかしサフィーネさんは、すでに食事を用意していて断られ、エルミラは、地震が怖くて家から出てこなくなってしまった。
「あの子大丈夫でしょうか」メアさんが心配している。
「ついていてあげますか?」
「いいえ、どうも私も怖がられているようなので、落ち着くまで少し距離を置こうと思います」
 少し寂しそうにメアさんが言った。
 私達は、違う居酒屋に行き、食事を取ったあと風呂屋に行ってから宿屋で寝た。会話が進まなかったのは、モーラとアンジーが上の空だったからと思いたいです。



続く
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