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第26話 メアの事情

第26-6話 秘密の研究室と敵

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○探す研究室
 少しだけしんみりとしている馬車の中。
「おぬしさすがじゃな」モーラが嬉しそうに言った。
「ええ、名回答だったわ」アンジーも嬉しそうだ。
「何のことですか?」
「さっきの事件の説明じゃよ」
「受け答え完璧じゃない」
「お二人に鍛えられましたからねえ。特にアンジーには」
「なによそれ」変なこと言い出すわねえという感じで私を見る。
「「私は嘘は言わないの。都合の悪いことを黙っているだけ」なんですよね」私はちょっと口調を真似してそう言った。
「そうね、確かにそう言ったわ。でもあんた嘘も言ってたわよね」アンジーは私を冷たい目で見ていった。
 そうして、馬車に揺られながら街の周囲を囲んでいる縁石に沿って馬は進む。
「さて、どのあたりかのう」
「道を通らず丘に沿って走ればありそうですよ」
 レイが馬車を降りて獣化して走り出す。周辺の捜索に行ったようだ。
『聞こえますかレイ』
『はい、大丈夫です』ああ、街の外同士だと大丈夫なのですねえ。
『それらしい物を見つけても、何か仕掛けがしてあるかもしれません。注意してください』
『ラジャー』
 しばらくして、
『なんか朽ちた材木に草が生えている場所があります。ここでしょうか』レイから連絡が入る。
『さすがに埋もれて見えませんよねえ。掘り返すしかありませんね』
『確かになあ』
『他も探してきましょうか』
『そこにいてください。違ったら次に行きましょう』
 そうして、レイが獣人化して立っている場所に到着する。私は馬を下りて真っ先にレイに近づき頭を撫でる。
『こんな所をよく見つけましたねえ』レイは撫でられてうれしそうだ。
 そこは、広い範囲にわたってほんの少しだけ盛り上がっている。その盛り上がっている部分だけほんの少し植生が違って見える。近づいてみるとツタやら雑草やらが生い茂っていて、その雑草を無理矢理引き剥がすと、焼けたり朽ちたりした材木が折り重なっていた。パムとメアとレイがそのツタの絡んだ材木を次々と引き剥がしていく。
「メアさん。私、用事があるので家に戻ります」
 エルミラはそう言ってその場から立ち去った。
「昨日は、用事があるような話はしていなかったのですが」
 メアがエルミラの後ろ姿を見ながら不安そうに呟いた。
「若い方の魔法使いに何か言われたかのう」
「そうみたいですよ~」とエルフィ
 そう言いながらもみんなは手を休めない。持ち上げた木材を手渡しで横によけて行く。どうやらここで間違いないようだ。かなり広範囲にわたって家の基礎が見える。山の方に向けて家があったようで、研究室はまだ先のようだ。アンジーとエルフィは、手に持った小刀で周囲の草を刈って家全体の大きさを確認している。
「おぬし、これを何とかできんのか」
「土まで持ち上げていいのでしょうか。どう考えても地下に何かありそうですからねえ」
「ああ確かになあ」そう言ってモーラは地面に手を当てて何かを探っている。
「確かに深そうじゃ。しかも何か仕掛けをしていそうじゃ。慎重にやらないとまずいなあこれは」モーラが頭をかいた。
「あら、これは何かしら」アンジーがむき出しになった土台に何かのボタンを発見する。その横には、床板のような四角い扉があった。
「よくわかりましたねえ」
「そこだけ草の成長が変だったのよ。一度刈り取られているわねえ」アンジーがちょっと不審げにそう言った。
「エルフィどうですか?」地面に顔を近づけて匂いを嗅いでいる。
「たぶん一度刈り取ってそこを隠すように草をならしています。しかも最近ですよ~」エルフィが断言した。
「誰かが来たのか。そして中に入ったのか」モーラもちょっと緊張しています。
「ええ、その扉に草が噛んでいて、まだ枯れていませんから。たぶん」私は扉らしき物を見てそう言いました。
 確かにその扉には草が挟まっていていて、折れているところはまだ枯れていない。
 そうこうしているうちに家の基礎の全容が見えるほどになった。アンジーが見つけたスイッチと扉は、家の形の一番奥に位置している。手前には腐った本、本棚、ガラスの容器などが散乱している。
「スイッチのあるこの辺がこの家の研究室だったところらしいですねえ」私はそう言った。
「たぶんそうなのでしょうね」パムも同意している。
「あんたと同じで地下に潜るのが好きだったようね」そう言ったアンジーの言葉には毒があります。
「隠し部屋が、一番研究がはかどりますからねえ」毒を毒とは思いません。研究バカなんてそんなものですよ。
「で、このスイッチはどう思うの」アンジーが床のスイッチを指さす。
「まあ、押しちゃ駄目なスイッチじゃないですか?たぶんダミーじゃないかと。普通にこの扉の横にあるハンドルで持ち上がるような気がしますよ」
「無理矢理開けると何かあるんじゃないの?普通は」
「研究なんてする人は、面倒を嫌うのですよ。ですからこのスイッチを押すかに見せて、ただ、この扉を開くのではありませんかねえ」
「まあ、そう言うなら開けて見なさいよ」アンジーがむくれてそう言った。
「はいはい」私はそう言って、床にある扉に手を掛けて持ち上げるように開ける。扉が簡単に開いた。
「ほらね何も起きませんよ」
「じゃあボタン押してみましょうか」
「押さないでください。たぶん自爆スイッチです」
「やめてよ縁起でもない」アンジーが押しかけて思わず倒れ込みそうになる。
「さて入りますよ」
「レイ、すまぬがここを見張っていてくれ。よいか。周囲に警戒をしておけ、匂いや気配全部じゃ。見つけ損なうとわしら全員死ぬことになるかもしれん。注意を怠るな」
「ええ?頑張ります」
「ユーリは階段下でレイを監視じゃ。レイに何かあれば声を出すだけでよい」
「はい」
 私を先頭にしてモーラ、アンジーと続いて階段を降りていく。下に降りるとすぐに扉があり、そこにある取っ手を掴み静かに開ける。さすがに明かりがないので何も見えない。手に持ったたいまつに火をつけるが一瞬で消える。
「ここに入るには、工夫が必要です」私は一度廊下に戻りました。
「火が消えたのと関係があるのか」
「ええ、空気がありませんね。地下室のせいもありますが、たぶん機密性が異常に高くて空気がありません。中が見えれば、何か方法がわかるのでしょうけど」
「はいはい私が行くわよ」そう言って両手を胸の前で組むと体の周囲が光り出すアンジー。そして中に入って行く。
「なるほど、それってどういう仕組みなんですかねえ」私はしげしげと見つめる。
「いいから早く何か見つけなさい」
 私は、階段下で深く息を吸い込んでから中に入る。アンジーの光のおかげで中が見えている。入り口から入ってすぐの左の壁に制御盤のようなものがあったので、面倒なので全部スイッチを入れる。照明がついて明るくなり、コンプレッサーの駆動音のようなものがかすかに聞こえ始める。この時代にコンプレッサーですか?
 一度戻ってからたいまつに火をつけて中に入る。今度は火が揺らいではいるが消えない。
「大丈夫そうですね。アンジーさんありがとうございます」私はたいまつの火を消した。
「こういう使い方はしたくないわね」アンジーが面倒くさそうにそう言った。
 そうして、私は、床の上にうっすらと埃があって、その上に足跡を見つける。何かにぶつかった跡もある。
「誰かが入ったのは間違いないな」埃の状態を見てモーラが言った。
「あの男かしらね。私達全員の素性を暴いて回ったのかしら。悪趣味ねえ」アンジーが嫌そうに言った。
「それでは、タイミングがあいませんねえ。この旅を始めた時からなのではないでしょうか」
「確かに埃の足跡と草はそう言っているわね」
「なら、メアがホムンクルスではないのを先に知っていた事になるわね。ならばあえて何を調べていたのかしら」
「確かにそうじゃな。何かわしらに渡したくないものがあったのかのう」モーラがそう言っている間に床の足跡の位置をメアに覚えてもらった。
「さて、とりあえず何かメアさんの出生について、ヒントになるものを探してください」そこからやっとみんなで広くもない部屋の中を調べ始めた。
「それならここにあります」メアが机の上に置いてある一冊の本を開いてパラパラとめくっている。
「すでに誰かに見られているようですが、これは日記です。日記というよりは、覚え書きに近いものですが」メアが何ページか読んでいる。冷静そうに見えてもかなり緊張しているらしく手が震えている。

-抜粋-
 この世界に来て、自分の能力に気付いてからやっとここまでたどり着いた。魔法使いの里とも利害が一致して、小さなモデル都市を構築した。そして、昔からの夢だった人類のDNAの解析を行い、魔法による改変ができるようになった。小動物から初めてついに人間のテストに入れる。

 今のところ不死には遠いが、老化を進めていく因子がわかった。ただ、因子の排除や、因子の停止は、体細胞を新しくしていく体内プログラムを止めることになるため、出来ないこともわかった。なので滅亡遺伝子の動きを遅くすることに切り替えた。
 不死は無理でも、延命は出来ることになった。人の遺伝子にある細胞の老朽更新を繰り返すサイクルをできるだけ遅延することで長命化を図る。そして、一度老化まで行き着いた細胞は、その再生回数をリセットすることで新しい再生回数を手に入れることができることもわかった。しかし、次の問題が発生した。成人の細胞をそのままリセットすると子どもの体まで戻ってしまう。たぶん細胞の自己防衛のためで、自己防衛をさせないままリセットすると、今度は、成長しすぎて体が老化して破壊される。今のところそれを打開できていない。
 概ね、ここでの実験は完成を見た。人間の長命化はほぼ出来たようだ。魔法使いの中には長寿の方法を自分で憶えられる一部の魔法使いだけが魔女になれる。しかし、魔法使いになるような者達は延命化を望む。そして自らを実験体として差し出す。そして一定の成果がでて、あとは検証のみとなった。
 娘が出来た。名をメアジスト。妻の中から娘が生まれた。それを生命の神秘と思ってしまうが、実際には単なる妊娠からの出産だ。でも、生まれてきた子どもは可愛い。これが庇護欲をそそるということなのか。研究に集中できず、娘の事ばかり考えてしまい、しばらく研究は中断せざるを得ない。
 メア、愛おしい私のメア。立ち上がり、言葉をしゃべり、愛くるしく笑うメア。私の心も研究に対する情熱も全て奪っていったメア。それでも研究は続けなければならない。
 メアが死んだ。なぜだ。私は人の生をも操れるはずなのになぜ娘を死なせてしまったのか。いや、娘はまだ生きている。体が死んだとはいえ脳はまだ生きている。そうだ、すでに長命化のテストに使用してきたホムンクルスの体を使い、魔力による体骨格筋肉内臓などを人工筋肉によるボディに入れて。それを魔法により稼働させる。すでに私の中では、魔法によって血液の酸素交換と栄養の補給。心臓による細胞単位で血液を浄化して循環させる脳と心臓を動かし続けて、魔力による動く体を用意できれば娘は復活するというプランができていた。そして、8歳の体に寄せたボディを作り成長させることとした。
 しかし、魔力の流れが上手く動作しない。妻は培養カプセルに入った娘に愛情をなくしている。これはメアではないと言い張る。なぜ妻はわかってくれないのだろう。
 妻が2人目の子どもを産んだ。私がふがいないばかりに妻にも悪いことをしたと思っている。残念ながらメアの妹は、私の子ではない。私と妻とはすでに何年も関係を持っていないのだから。その子を抱き上げようとした時、私の手は動かなかった。ああ、自分の子でないと思っただけで子ども抱き上げることも出来ないのか。メアは、培養カプセルの中で魔力による急成長を終えて成人の妻と同じくらいの体格になった。妻は、私の研究室に入ることはなく。いつしか別居していて、ついには私と別れたいと言って次女を連れて出て行った。もっともそれは仕方がない事だ。私の自業自得なのだから。
 私の家が焼かれた。この街がこうなったのはお前のせいだと言われた。そうだ、そのとおりなのだ。だが、人類が他の種族と対等に渡り合うためには、長命化は最初のステップなのだ。しかし、魔法使いの里もここに対して関心を失い、私の研究もここまでだった。
 家は焼かれても地下の研究施設には気付かないようで。私は近くに住んで大量の食料を持ち込み、研究に没頭し。ついに完成した。魔力により稼働するホムンクルス。しかし、正確にはサイボーグになるのだろう。脳と心臓と若干の血液。血液も足りなくなると生成して、魔力の循環により躯体の維持と栄養への変換を行うことが出来る。人間の体を模しながら魔力でも食事による栄養も摂取可能。ホムンクルスと違って脳への負担を軽減するために、稼働時間に制限をかけている。自己修復機能、脳への負担軽減のための補助脳などを用意している。
 しかし、ホムンクルスとしての活動をアシストする補助脳が本来の娘の脳の働きを阻害しているようだ。脳波も感じるし視覚神経などとのリンクも正常になっている。しかし、脳が覚醒していないのかもしれない。脳が眠ったままなのだ。本体の完成が遅すぎたのか。
 私の中の何かが壊れたのかもしれない。最初は、娘への愛情でホムンクルスを作ってきたが、最後の方は、人造人間を完成させることが、目的に置き換わっていたようだ。娘への愛情より完成した事への安堵感の方が強い。しかも、変化に富んだ会話を重ねるごとに学習し、行動表現、表情の変化までが自然になっていく。人形ではなく人間の反応に近付いているのがわかる。自分の才能に恐ろしくなると共に、この子の進化がどこまで進むのか興味の方が勝っている。なので、どこまで人間に近づけるのか、旅をして経験を積ませてみようと思う。
 旅の途中私は錯覚する。時折みせる悲しげな表情が妻に非常によく似ている。体は成長するわけではないので、妻と同じ成人の体格に成長を止めたのが災いしたのか。メアを見るのがつらい。どうしても扱いが雑になる。このままではいけないのだ。私は、メアの中の娘の感情や記憶を封印した。
 この日記とは言えないメモは、かつての研究所に置くことにする。そしてそれを探し出した者がメアを連れて来たならば、きっと私の研究成果を継いでくれるだろう。もし継がなかったとしてもそれは仕方がない。でも、メアを連れて来て、一定の条件をクリアした場合には、私の研究成果を見て欲しい。

 そこで日記は終わっていた。
 メアは、読み終わった後、日記を私に渡してくれた。
「お読みください。やはり私はホムンクルスではなく。魔法で作られたサイボーグでした」メアはそこで両手で顔を覆った。
「やはり人間でした。唯一のホムンクルスではありませんでした」顔を覆った手のせいで表情は見えない。くぐもった声は覆った手のせいだけではない。肩が震えていた。
「いや、わしは、これはとてつもなくすごい技術なんだと思うぞ。ホムンクルスを作るだけではなく、人間の意志を取り入れることまで可能にしているのだから」
「ええ、それを制御しているあなたもすごいわよ」
「そうでしょうか。補助脳に操られているだけにしか思えません」メアは頭を左右に振った。
 私は、パタリとその日記を閉じてメアに渡す。
「私は、あなたのお父さんを尊敬します。すごい錬金術師だったのですね。自分の目標を定めたら途中で投げ出さないで、最後までやり遂げて成果を出しています。例え他の世界から転生してこようと、この時代にある設備装備では到底なし得ない事をあなたのお父さんは成し遂げているのですよ。研究者として頭が下がります」私はそう言ってメアに向かって頭を下げる。
「はあ」メアとしては頭を下げられたところで意味もわからず、私に中途半端な返事をした。
「私としては、あなたを完成させてくれて、メアさんが私の元に来てくれただけで私は幸せです。どれだけの奇跡的な確率で私の元に来たのでしょうか。とてもうれしいです」私はメアを見つめてそう言った。
「さて、上の方が騒がしいぞ。何かやっているな」モーラが
 地上では、レイとユーリが剣を抜き、その男と対峙していた。顔は変えてもスリーピースの背広を着ている男は、こいつくらいしかいない。その名は、ジャミロッティ・アクスファイ。先の勇者会議を影で操った男。
「邪魔をしないでくれませんか。私も地下室に用事があるのですよ」
「通しません。今地下室は、あるじ様が使用中です」ユーリがそう言って横に移動しようとする優男を牽制する。
「だからですよ。DTさんと話がしたいんですよ。通してくださいよ」
「あるじ様からは、誰も通すなと言われています」
「違うでしょ・・・まあいいです。しかたないこの手を使いますか」その男は、空間魔法を使ってその場からいなくなった。ユーリの剣先は相手を失い、敵の姿を探して左右に揺れた。
 地下室では、その男が空間魔法を使って部屋の中央に出現する。私は土のクリスタルの樽を用意していて、その中に優男が転移してくる。
「やっぱりここに転移してきましたか」私は拍手をする。
「おお本当じゃ、確かに釣れたなあ」モーラが嬉しそうに言った。
「どうして私がここに来ると。いや、どうして転移の位置までわかっているのですか」優男は私を睨んでそう言った。
「あなたねえ、埃の中を歩いたら足跡が残るんですよ。しかも、歩き回った足跡とは別に、途中で消えている足跡があるじゃないですか。ということは、ここから転移魔法で消えたと思いますよねえ。なら、そこに戻ってくるのではと思いましてね。この罠を用意しました」私は嬉しそうにそう言いました。
「おやおや、そんな簡単な推理に引っかかるとは私もまだまだですね」優男はため息をつく。
「ああ、なんか上手くごまかして置いてあったポイントマーカーは、私の手の中にありますから、次の転移はできませんよ」私はマーカーを手の中でもてあそぶ。
「そうでしたか、見つかっていましたか。それでは仕方ありません。そこまでバレているのであれば潔く撤退しましょう」そう言って優男は、そのシールドの中から一瞬にして消えた。
「ほほう、結界の中からでも転移できるのか」モーラが驚いている。
「それはすごいですねえ。たぶん違うポイントマーカーの所に転移したのでしょうね。さすがに追跡は無理ですね」
「さてメアさん。この鍵をお使いください」私はメアに鍵を渡す。
「これをどこに使えば良いのでしょう」メアは鍵を受け取り、部屋の中を見回す。
「私もわかりません。でもきっとこの部屋の中で使うものなのでしょうね」
 そう言われてメアは、部屋の中を見回す。鍵を持つとメアの視界の中に十字のポイントが表示されている。
「ご主人様、目の中に目印が表示されました」そう言ってメアは、その場所を指で指して、私に鍵を渡す。するとメアの目から十字のポイントが消える。
「鍵を手放すと消えます。やはりそういうことなのでしょう」
「メアの父もこざかしい真似をするのう」モーラが苦笑いしている。
「でもそうしないと秘密は簡単に奪われてしまいます」
 私は、渡された鍵を再びメアに返す。メアはその鍵を手に取り、再び現れた十字のポイントのある壁に近づく。
「でも、ぬし様どうしてメアさんに鍵を渡したのですか?」パムは不思議そうだ。
「いや、この部屋は私の部屋ではありません。メアさんのお父さんの部屋ですから。鍵を私が持っているのも変でしょう?」
「そんなものか?研究している奴らの思考なのかのう」モーラが訳がわからんという顔をしています。
 メアは壁の所に四角い線があるのを見つけて、そこを押す。はめ込み式になっていた壁の一部が外れ、中には鍵のかかった引き出しが見える。鍵を回すとその横に数字を入力するテンキーと数字が並んでいた。
「ご主人様。数字を入力する仕掛けが横についています」
「数字がイメージできますか?」
「はい、12桁あります。父と母と私の誕生日です」
「この街には暦があるのですね?」
「はい、この街にはあったのです。父が作りました。何もせず生きる人達に季節を教えるために」
「数字を入れてください」
「はい」そして12桁の数字入力で鍵が開き、そこには分厚い紙の束が入っていた。
 私はメアが取り出した紙の束を受け取り、ざっと目を通す。
「おぬしどうなんじゃ」モーラが興味津々です。
「ああやっとメアさんの体を作る方法がわかりました。でもこれでは、体は作れても頭を作れないのです。だって、頭はすでにあったのですから」
「この設計図は、無意味なのか?」
「メアさんの体のメンテナンスには必要なのです。それでもこの書類の中には、ホムンクルスの脳の設計図とメアさんの脳とホムンクルスの脳を切り替える仕組みの設計図がないのですよ」
「わしらには、それが一番大事なんじゃないのか」
「メアさん。他に何か入っていませんか」メアがさらに中をのぞき込み、手を入れて中を探る。
「ありました。センサーを使わないと見えない隙間が作ってありました」メアが隙間に手を入れる。
「それはまた面倒くさいことをするわねえ」アンジーがあきれている。
「まあ、こんな簡単な鍵と細工なら、盗みに入った者が見つけて破壊して持ち出そうと思えばできるからなあ。盗賊ならそれを持って、すぐに逃げることまで想定したのかもしれんな」モーラは納得したようだ。
 メアは、奥の隙間に手を入れて取りだしたのは、鍵とペンダントだった。
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「なるほどな。メアの生体信号に反応するように仕掛けてあるのか。そうなんじゃな?」
「では、メアさんこのペンダントを首から提げてくださいね」
「はい。ああそうです。認証開始、意識の統合開始。記憶の封印全解除。補助脳のリミッター解除。正常終了。ご主人様、私の人格と補助脳の人格が統合しました」そう言ってから、一瞬倒れかけたメアを私は抱きとめる。
「大丈夫です。めまいがしただけです」そう言って顔を赤らめ横を向いて私から離れようとする。
「おや、メアどうしたのじゃ?」
「これまでの事が少し恥ずかしくなりまして」
「人格統合してもしゃべり方は変わらないのねえ」
「それは変わらないと思います」
「はい、そこでからかわないように。表情が少しだけ明るくなりましたね」私は顔を覗き込んでそう言いました。
「ありがとうございます。それでは鍵の方を」メアは、階段のある扉から正面にある机を手前に引っ張り出す。そして、首にかけていたペンダントを外して壁に当てる。どういう仕掛けなのか壁が開いて、その空間に下からメアの体が入った箱がせり上がってくる。
「おや、そのメイド服は」
「はい、最初に着ていたメイド服ですね。父はわざわざこれを着せたのですね」メアがあきれている。
「さすがに裸のまま置くのは忍びなかったのでしょうね」パムがフォローしている。
 そこには、予備の体とまた紙の束があります。その紙の束を私は手に取る。
「鍵のかかった扉の中には、メアさんの予備の体と予備脳の設計図ですか」
「確かに慎重な男なのじゃのう」
「さらに鍵が3つ入っていましたよ。これはかなり大きくて古びた鍵です。どういう意図で作られたのでしょうかねえ。とりあえずメアさんに必要なものは手に入りました」私は3つの鍵を手にしてそう言いました。
「さすがに他には何もありそうにないのう」
「では、メアさん周囲を見回して何も発見できなければ一度、その予備の体を馬車に移しましょう」
「はい」メアは周囲を見ている。意識するとセンサーによる解析状態が視界に表示されるようです。
「ああ、服のポケットに手紙がありますね」メアの目には、そこだけが光っていたらしく、予備の体の服のポケットに入っていた。メアがそれを取り出して、その封筒を私に手渡した。

―――
封筒には「この扉を開けることが出来た方へ」と書いてあった。私が封筒をあけると、中に数枚の手紙が入っていた。メアの横に並び一緒にその手紙を読み始める。
「この手紙を読んでいる人は、メアジストを所有物と捉えている人がいるかもしれませんが、彼女は人です。ホムンクルスではありません。その事が理解できる人がこの手紙を読んでいると信じてこれからいくつかのお願いを書いております。
 まず、彼女は私の娘です。この部屋に入ってここまでたどり着けたあなたなら彼女の中にある脳と心臓、それを維持するための機関、ホムンクルスとして生体を維持する補助脳があるとわかっているはずです。彼女には人権があります。なので、この研究成果を差し上げますので、どうか彼女を、私の娘を自由にして欲しいのです。もっともメアジストには、一定の好意を持ち、彼女を守れる能力がないと従属しないように術式を組み込んでありました。補助脳がお互いの愛情を数値化し、なおかつ補助脳の感情を全て手に入れてからここへ誘導しています。ですから、我が娘もあなたに対し一定以上の好意を持っていることはわかるのですが、この先は、ぜひ彼女の意思を尊重してください。
 最後に私の愛しい娘メアジスト。最初に起動した時は、補助脳と本人とのすりあわせが難しくて、補助脳がメインになっていた時があってあせったが、表情などが落ち着いた時にはそれはうれしかった。しかし、表情や声、立ち居振る舞いに妻の影を見てつらく当たった事。最後の数年、少しは優しくしたものの娘として扱ってやらなかったことを謝らせて欲しい。本当は、抱きしめて愛していると言いたかった。私の娘であると言いたかった。けれども、もしお前から「死なせて欲しかった」、「こんな姿にされたくなかった」などと恨まれるのではないかと、それが怖かった。不甲斐ない私を許さなくてもいい。それでも父親としてできるだけ幸せに生きて欲しいと思っている。絶望して死んだりしないで欲しい」
 メアの目から涙が流れる。そして首を左右に振った。
「私をホムンクルスとして生かしてくれてありがとうございます。ご主人様と出会わせてくれて、共に暮らすことが出来て私は幸せです」
 メアは私に抱きつき肩をふるわせて泣いている。私は、その後に続く最後の一行が気になっている。
「最後にメアジストと共にここに来たあなたには、もう一度錬金術師のトミーに会って欲しい。そこであなたの旅は終わります。その後は自由にしてください」
 私は、メアが泣き止むまで抱きしめていて、メアが離れた時に私は、手紙をたたんで封筒に入れてメアに渡した。
 私は、予備の体の入っている箱の周囲を見る。特に何も仕掛けはないようです。
「では、申し訳ありませんがこの箱ごと外に出します。パムさんお手伝いをお願いできますか?」
 私とメアとパムで箱を横に倒して、私が重力制御で持ち上げて、左右が壁にぶつからないように2人に保持してもらっている。
「重力制御はおぬしの本来の魔法であろう。緻密な作業まで自分で出来るはずなのではないのか?」モーラがそう言って私をジロリと見て言った。
「今度練習しておきます」私は視線を合わせないように別な方を見ていいました。
「あんたは本当にダメねえ」アンジーのため息は深く長かった。
「とほほ」
 そうして、地上まで運び上げて馬車に乗せようとした時に周囲に人が集まってきた。
「それを渡してもらいましょうか」さっきの優男が戻って来たようだ。
「しつこいですねえ」私は、そう言いながら男を無視して馬車にそれを積み込む。
「だから渡してください。そうしないとこの人達があなたを襲いますよ。この人達は何も知らない人達で私に操られているだけですから」男がそう言って後ろにいる群衆をけしかけようとする。
『エルフィあれを』
『ラジャー』そう言ってエルフィは、荷馬車の幌の上に飛び上がり、弓を手に実体のない魔法の矢を天に向けて打ち出す。すると1本の光の矢が20本以上の光の矢に分かれて、近づいてくる人達に襲いかかる。次々と倒れていく人達。たった一瞬で周囲の人は全員倒れている。
「な・・何をしたのかな?」優男は呆然とエルフィに間抜けな質問をする。
「ひ・み・つ」そう言ってエルフィは、その男にウィンクをする。ああ、イラッとしていますよねえ、きっと。
「では、私も戦いましょう。大丈夫です殺しはしませんよ。残念ながら私は神の使徒ですから。ただ抵抗するならそれなりの怪我は覚悟してくださいね」そう言って優男は私を見てファイティングポーズを取る。
「では私が行きましょう」そう言ってメアがその男に近づいて行く。
「おやあなたが?まがい物のあなたが私に勝てますか」優男がファイティングポーズを解いて右手をあげてかかってこいという仕草をしました。
「さあ?でも、あの時は本当に気に触りましたので、あなたを倒してすっきりしたいと思います」メアはそう言いながらも手は下に下ろしたまま、自然体で立っています。
「ああ、やっと自分が人間であることを知ったのですね。良かったじゃないですか。私のようにホムンクルスとして作られたわけではなかったのですから」優男は蔑むような目で笑いながらそう言った。
「確かに。でもせっかくですから。ホムンクルスより強いことを証明したいのです」
「へえ、例え人が体を強化しても、反応速度は人のままですからねえ、勝てないと思いますよ」優男は再び、右手をあげて、かかってこいという仕草をする。
「ですから証明したいのです。人とホムンクルスとが統合された時により一層強くなることを」メアは自然体のまま優男に歩いて近付く。
「あきらめないんですね」
「はい。きっとそれが、父が私に求め、託したことですから」
「では、決定的な違いをあなたの体で味わってくださいね」
「どうぞ」メアがその男との間合いで止まった。風が起きたと思ったら、その男の姿が消えた。


続く
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ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

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第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

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