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第26話 メアの事情

第26-5話 この街を見守る魔法使い

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○噴水ある街
 馬車を止めた広場である。青い空が広がっている。モーラとパムが珍しそうに噴水の周りを調べている。時々、噴水の縁に座って何か話している。それにも飽きたのかみんなの所に戻って来た。
 そこには、光を浴びて幸せそうにアンジーが座っていた。広場に止めてある馬車に乗せていた簡易ベッドを引っ張り出し、みんなでそこに座ってひなたぼっこをしている。近くの店から串肉を買ってきて、みんなで頬張っている。周囲には子どもの姿は見られない。大人達も高齢の人がベンチに座ってのんびりしていて、こちらへの関心も薄いようだ。
「おかしくないですか?この街では、子どもが生まれなくなっているのに彼の子孫はちゃんと子を成しているのです」
 パムは串肉をユーリから手渡され、それを見ながら不思議そうにそう言った。
「まあ待て。この街が実験場とするなら、何かそういう因子を与えているのかも知れないではないか」
 モーラはアンジーから串肉を渡されてそれにかぶりつく。
「なるほど」そう言ってからパムも串肉をかじった。
「アンジー、他に教えてもらえる話はないか。というかこの話どこから仕入れたのじゃ?」
 モーラは串肉を頬張りながらアンジーを見て言った。
「それはねえ、ここに来た時に遠くに立派な鐘楼が見えたのよ。それで、もしかしたらと思って行ってみたら、本当に教会があったのよ。で、そこにいた神父らしき人に天の声だと思わせて聞いたのよ。だから、細かい話までは聞けなかったのよねえ」
 アンジーは串肉が固かったのか悪戦苦闘しながらかじり取ろうとしている。
「なるほどなあ。この街が教会があるくらい古いという事か」
 モーラが口に肉を入れてモゴモゴさせています。
「神の存在も天使の存在もないけど、精神的な安息には宗教というか、この手の施設は必要だものねえ。神にとっては迷惑な話だけれどね」
 アンジーがやっと肉をかみ切ってモグモグし始めました。
「そういうことか」モーラは串肉を食べ終えて串を楊枝のようにして咥えている。
「子どもが生まれなくなったのは、この街にかけられた呪いなのだそうよ」
 アンジーは最後の一切れをどうやってたべようか色々な角度から見て悩んでいる。
「ここの人と話をしてみましたが、やはり魔法使いは忌み嫌われていますねえ。年齢の高い人になればなるほど嫌っているようです」ユーリがそう言った。
「しかし、この街がこうやって整備されたのは、魔法使いの恩恵らしいですよ。どこからかお金を持ってきて上下水道工事、各家の新築、学校を作ったそうです」パムが付け加える。
「それがどうして忌み嫌われることになるのじゃ」
「まず、その魔法使いのせいで時間の流れが変えられたと思い込んだ事です。普通の人の十倍の時間を生きることになってしまったと。そして、子どもができなくなったこと。最後に生活に困らないだけの資金はあるが、それ以上に増えない事。まあ、簡単に言うともっとお金が欲しいというところですかね」
 パムがちょっと嫌悪感を持ってそう言った。
「税金はかからない、働いた分だけ貯まると言っていなかったか?」
「働く場所がないのでお金が余り貯まらない。少しずつ貯めてそのお金を持って外に出て行っても、違う土地で働いてお金を稼がなければならないわね。ここで楽して、趣味でお金を少しだけ貯めて生活していた方が楽なのよ。でも大金持ちにはなれない」
 アンジーが串をどうするか悩んで、その辺に投げた。いいのでしょうか?
「まあ、それは逆恨みではないのか。そもそもその原因が魔法使いの仕業と言ってしまっていいものかどうか」モーラがそう言った
「はい、その魔法使いが嫌われた直接の原因は命を弄んだからだそうですよ」パムが言った。
「弄んだと?」モーラは怪訝そうな顔でパムを見た。
「墓荒らしですね。死体を蘇らせる実験に死体を掘り起こしたとか、死んで間もない死体を解剖したとかです」
 パムも露骨に嫌そうな顔をしている。
「なるほどなあ。それで追放されたと」
「そういう話でした」
「それがメアの父親なのね」
「多分そうなのだろうと思います」
「この街を作るほどの巨額の資金を彼はどうやって手に入れたのですか」ユーリがパムに尋ねる。
「そもそもメアの父親がこの件にどの程度まで関わっていたのか。それもあるがな」モーラはちょっとだけ考えてからそう言った。
「ああ、ある程度まで研究成果が出て邪魔になって出されたということですか」パムが首をかしげて言った。
「その線が一番ありそうな気がせんか」
「そうよねえ」
 レイとユーリは、フリスビーで遊び始めました。ユーリがフリスビーを投げ、それを獣化したレイがキャッチするというシンプルな遊びです。そこにエルフィが参加し、レイが飛びつく直前でエルフィが魔力の矢をあてて軌道を変更して、さらにそれをレイがキャッチするという遊びです。まあ、訓練になって良いのでしょうけど。
「おぬしらあんまり変なことをして周りの人に迷惑掛けるなよ」
 モーラが声を掛けるもレイの目が血走っていてやめる気配がない。だんだん人が集まってきたので、そこから移動した。移動する時になぜか拍手が起きていた。どうやらレイの大道芸がひとつ増えたようです。
「まだ、潤いが足りないわ」太陽を見上げながら、アンジーがため息をつく。

○再びエリクソン家
「さて、彼の話はこのくらいしかありません。最初にお渡しする物があると話していましたが、彼はこの街に工房を残したままいなくなりました。ここから山の方にいけばあるはずです。今は朽ち果てて残骸しか残っていないのですが、もしかしたら何か見つかるかも知れません。そしてこれを」
 エリクソンさんは、後ろの戸棚から鍵を取り出して持ってきた。そして私に渡す。
「鍵ですか。めずらしいですね」私はその鍵をメアに渡す。
「ああ、メアジストさんにというか。彼のことを尋ねてきた人で、メアジストと共に来るか、メアジストさんの事を知っている人というのが渡す時の条件でした。それは、その条件さえクリアしていればどんな人でもいいと言っていました」
「であればご主人様。この鍵はお持ちください」メアから私に鍵が返される。
「ええと、その工房の鍵ではないのですね?」
「わかりません。たぶん工房の鍵だと思いますが、その時の口ぶりではそうでもないようにも感じられたのですよ」
「わかりました。この鍵の中身についてお知らせした方が良いですか?」
「まあ、話せる中身だったらでかまいません。私自身預かっていたことをずーっと忘れていたくらいですから」
「そうですか。何か関係のあるものであれば、お知らせしますね」
「ぜひ」
 そうして、私達はエリクソンさんの所を出た。
「さて、そろそろ日も暮れますねえ。宿屋に行ってみんなと合流して食事でもしましょうか。かまいませんか?」
「はい。うれしいです」エルミラがメアを見る。
「では、参りましょう」
そうして歩いている間も、彼女はメアと手をつないで歩いていた。
 宿屋に近づくと、みなさん宿から出て待っていてくれました。
「食堂がありましたので、そちらにしますか。それとも居酒屋に行きましょうか」
「それではエルミラさん、どちらが良いですか?」
「そうですね、どちらもあまり行ったことがないので、どちらでも良いです。あ、でも食堂の方でお願いします」
『メアがあの子に懐かれているわねえ』
『きっとひとりで暮らしていて寂しいのでしょう』
『年齢の割に幼いかもしれぬなあ。ここでしか暮らしてないと言っておったし』
『どうやらそうらしいわねえ』
『まるで母親にまとわりつく子どものようじゃなあ』
「さて、食堂につきました」おや?食堂というよりは高級レストランっぽいですねえ。エルミラさんがすでに緊張してメアの腕にしがみついている。
「かなり高級な店ではないか」
「こういう街にはおしゃれな店があるのですね」
「ドレスコードはあるのかしら」アンジーが妙なことを言い出します。あまり聞いたことがありませんよ。
「どうやらないみたいですが、奥の部屋を用意してもらいましたよ」入り口で交渉したパムが戻って来て言いました。
「高そうな部屋ですよね」
「よそ者は隔離という意味合いではないのか?」モーラはレルトランに入って来た時のウェートレスなどの様子を見てそう言いました。確かにそうかもしれませんね。
 メニューはビギナギルでも見慣れたものが並んでいました。もちろん値段も相当お高い設定になっています。
 マナーについては文句を言われないようです。ただ手づかみはしないで欲しいと言われました。レイは大丈夫ですかね。
 メアの両隣にレイとエルミラが座り、ナイフとフォークの使い方を教えながら食べている。他の人達は、テーブルマナーをメイド喫茶の時に習っていたので、知識としては持っているが、実際には経験していないので、見よう見まねになっている。私とアンジーは、そつなく食べている。
「おぬし達は、他の世界でこういう食べ方をしたことがあるのじゃな」モーラがナイフとフォークをおっかなびっくり使っている。
「そうね、私は見ていただけなのだけれど憶えているわ」アンジーはそう言って食べていますが、かなり慣れていませんか?
「まあ、私も大人になってから何度かは連れ回されましたし」
「ほほう、アキさんとやらにか」モーラがそう尋ねてきます。中年エロ親父みたいな口調はやめて欲しいものです。
「ええまあ」
「そそそそれってデートなの?」アンジーさんナイフとフォークをカチャカチャいわせないでください。マナー違反ですよ。
「いや違いますよ。姉弟でデートとは言いませんよ」私は少し思い出して照れている。すると全員から不穏な意識が流れてくる。いや、だから姉弟ですって。
 この世界では初めて、フルコースに近い物を堪能する。前菜からスープ、そして一品目の肉、そしてサラダから口直しのアイス、前菜、メインディッシュ、デザートと全8品がつつがなく終了する。
「この味はすごいわねえ。調味料を何種類使っているのかしら。しかもそれをどこから仕入れているのかしらねえ」とアンジーが呟いた。
「あとで聞いてみましょうか」私も同意して聞いてみようと思いました。
「たぶん全て魔法使いの里ですね」メアがさらっと言った。
「わしらの舌では複雑すぎてよくわからんかった。慣れればわかるようになるのか?」モーラが私を見て言った。
「とりあえずおいしかったですか?」
「ああ、ナイフとフォークの使い方が気になって味わっていられなかったが、それでもおいしかったぞ」
「他の皆さんはどうでしたか?」
「おいしすぎてつらいです」とはパム
「き、緊張しすぎて~味がわかりませんでした~」エルフィが怯えて言いました。そんなに?
「ぼ、僕もそうです。ナイフとフォークに集中しすぎてとても味どころではありません」とレイ
「私は、なぜか匂いは、食べ慣れたもののように感じました」とユーリ
「ああ、両親が食べていたのであろうなあ」
「エルミラさんはどうですか」
「き、緊張して喉を通りません。たぶんおいしかったと思います」
「メアさん」
「この味は記憶しました。家に帰ったらぜひ作りたいです」メアの鼻息が荒いです。
「調味料の調達からになりますね」
「確かにそうですね」
 そうして、食事は終わり、宿屋に向かう。
「エルミラさん、一緒に宿屋に泊まりませんか?」メアがそう言った。
「そうしたいのですが、やはり家に帰って寝ます」本当に残念そうにエルミラが言った。
「ルミさん。私がルミさんのところにお邪魔してもよろしいですか?」メアがそう提案する。
「いいんですか?本当に?」エルミラの瞳が輝いている。
「ええ、お話ししたいことが一杯ありますから」
「でもベッドが・・」
「一緒に寝るのはどうでしょうか。少し狭いですけど構わなければ」
「いいのですか。ぜひ」飛び上がらんばかりに喜んでいる。ああ、本当に飛んでいましたか。
「では、ご主人様、私はエルミラ様の所にお邪魔します。それと明日はお弁当を持って魔法使いさんのところにお伺いしたいと思います。食材を買って帰ることの許可をお願いします」
「メアさん構いません。朝にお手伝いは必要ですか?」
「今日のうちに下ごしらえをしておきますので。ああ、ルミさん台所をお借りしてもよろしいですか」
「一緒に料理!一緒に料理!」エルミラさんがうかれていますが大丈夫でしょうか。
「さて、それではまた明日。魔法使いさんの家には、そちらが近いので、宿を出て迎えに行きます。荷物持ちとして頑張りますからよろしく」私はそう言って二人を見送る。
「わかりました。おやすみなさい」メアが振り向きながら頭を下げる。
「おやすみ」
「おやすみ。無理するんじゃないぞ」
「おやすみ、何かあったら呼んでください」
「またあした~」
 そうして、2人と別れた。

「風呂はどうする?」モーラ。早速風呂ですか。
「ここは公衆浴場があるそうですので、そちらを使いましょう」パムが言った。
「さすがにここでは、男湯侵入はしないでくださいね」
「そうするわ」浮かない顔のアンジーです。
 宿屋に一度戻ってから、公衆浴場を目指す。
「アンジー様、浮かない顔ですが。もしかして、エルミラさんの事を気にしておられますか?」パムがそう聞いた。
「まあねえ、家族が増えるのは嫌ではないけど、減るのは寂しいでしょう?」アンジーが悲しげにそう言った。
「ああ、その可能性もありますか」私はそう言いました。
「それはないであろう。まあ、今後の成り行きでは、ないとも言えんが」
「でもね~ミラちゃんはこの街を離れられるかな~」エルフィの言葉が微妙に引っかかる。
「私達の本当の姿を知ったら、なかなか一緒にはいられないでしょうしねえ」と私
「多分、一緒にいると一番自分が重荷とか負担になるとか、考えるかもしれません」とユーリ
「ユーリ、おぬしも一時期そうなりかけたものなあ。でもちゃんと打ち明けたであろう」モーラがそう言った。
「はい、自分は必要だと言ってもらえて安心しました。でも・・・」
「一般人からみると違うとはいえ、長命であること以外は普通の人だからなあ」モーラも頭をかく。
「ファーンならそれでも暮らせそうですが、私達と同じように何か特殊な力を持っていると思われてしまいがちですよね」ユーリがそう言った。
「考えても仕方ありません。本人の意思次第ですから」パムがそう言い切りました。
「そうだな」
 そして、お風呂に入り、宿に戻ってそれぞれの部屋で眠りました。まあ、到着した時に気になっていたものを調べに夜中にこっそり抜け出したりもしましたが。

○魔法使いさんの家に
 翌日、馬車に乗って朝早くから魔法使いの家を訪ねました。メアとエルミラさんが一緒に作ったお弁当を持参しています。
 その草原に馬車から持ってきた大きなテーブルを二つ置いてそれぞれに椅子を用意する。
 エルミラさんのお相手は、サフィーネさんがしてくれていて、その膝にはレイがちゃっかり座っていて、背中を撫でられて大満足の様子だ。
「初めましてメアジストさん。私はこの街の魔法使いヘリオトロープといいます。本当に似ているわね、あなたの母親に」ヘリオトロープさんはそう言ってメアの顔をしげしげと見ている。
「初めまして、メアジスト・アスターテです。私は母に似ているのですね」
「たぶん、いや間違いなく似ていますよ。さて、解析の魔法使いさん。まず対価をもらいましょうか。あなたたちの話を聞かせてちょうだい。話して欲しいのは、黒い霧の事件と元魔王家族を助けた話と天使を天界に還した話ね。ああ、そうそう族長会議とそのあとの穴の話もできたらお願いね」誰もそばにいないのに、いつの間にかお茶の用意が出来ている。これが魔法ですか。
「ほほう、元魔王様家族を「助けた」話とな。それから族長会議のあとの穴の話とはなんじゃ?」
「あら、聞いていたでしょう?魔法使いの里に大穴を空けた話。カマをかけたのかしら?」
「いや、エリスから聞きはしたが、早耳じゃなあと思ってなあ。まだそんなに経っていないのにここにまで聞こえているのか」
「噂話の好きな魔法使いがいるのでね、むしろそういう話しか入ってこないのよ。しかも徐々に話が大きくなっていくからどこまでが本当なのか判別できないのよ」困り顔でヘリオトロープさんは言った。
「わかりました。では、お答えできる範囲でお答えしますね。黒い霧の事件の発端は、闇のドラゴンさんの魔法を誰かが盗んで、その森で練習して、私達が来るのを待っていたのです。そして、大きい魔法を発動して、その修復を土のドラゴンが行うだろうと魔族に教えた者がいて、土のドラゴンを倒すチャンスだと思った魔族が襲いに来たという話です」ざっくり話しました。
「ふんふん」興味深げにテーブルに両肘とついてそこに顎を乗せて頷いて聞いています。
「元魔王家族については、自殺しましたよ。そして遺体を運ぶのを手伝いました」
「でも魔族が動かなかったわよね」
「はい、自殺でしたから。もちろん証人は族長会議に出席しようとした族長代理達です」
「そういう事になっているのね」ヘリオトロープさんはため息をつく。
「はい。そういう事になっています。そして、魔法使いの里に大穴って何ですか?」
「あら、あなたが里に大穴を空けたってもっぱらの噂なのですけど」ヘリオトロープさんは笑ってそう言った。
「残念ですが、私は魔法使いの里に行ったことがありませんので場所を知りませんし、行ったこともないところに大穴を空けることは出来ませんよ」私はそう言ってごまかしました。
「普通はそうよねえ」その疑いの目は刺さりますねえ。
「実際にその穴を見たのですか?」
「確かに大穴が空いたと聞いたけど、実際に見てはいないわね」
「信頼している人からの言葉か、自分の目で確かめない事には、真偽は見分けられないと思うのです」私は適当な事を言ってごまかしています。
「今度行ってこようかしら。ああ、もう一つ良いかしら。あなたの家が天界に壊されたっていうのは本当なの?」
「天界が私の家を攻撃したのは本当らしいです。私は実際に見てはいませんが、家族が見ています。まあ、壊さなかったみたいですけど」
「天界が手加減したの?」
「でなければ家は壊れていたと思いますね」
「良いお答えね。ありがとう」ヘリオトロープさんは、嬉しそうにそう言った。
「いいえ、私が知っているのはこのくらいです。こんな話でよろしいのでしょうか」
「それでは私の方の対価を。メアジストさん話をしてあげましょう。あなたの父親は、この世界に転生してきた人だったのですよ。年代を超えてね」ヘリオトロープさんはメアを見て言いました。
「やはりそうでしたか」メアが頷いています。
「ええ、彼は、解析の魔法使いさん、あなたと同じくらいの未来からここに飛ばされてきたのよ。200年ほど前にね」私を見ながらそう言ってさらに続けてこう話した。
「あなたは、どちらかというと機械工学に知識が偏っていたのでしょうけど、彼の知識も偏っていたの。彼が得意とした分野は生物学だったのよ、主に繁殖や遺伝子、ハイブリッドなどに精通した人だったわ」
「神は、どうしてそのような人が必要で呼んだのでしょうか」私はそこが気になりました。
「たぶん人間の生存期間を延ばして、他の種族に対抗させるつもりだったのかもしれないわね。そして、私達魔法使いも永遠の命には興味があった。そこでこの地に街を作ったのよ」
「やはり魔法使いの里が関わっているのか」モーラが口を挟んだ。
「それはしょうがないのよ。魔族や天界ドラゴンの里には、記録という概念はなくて、つねに記憶がすり替わっていく。この世界で記憶のすりかえは人にとっても問題で、どうしても公正な記録のために長命は必要だったのよ」ヘリオトロープさんはそこでまたため息をつく。
「彼には、基本的な魔法を教えて、その基礎知識を高めてもらい、自分の能力をさらに鍛えてもらっていったのよ。その一方でこの土地に人が暮らしていく上で快適な環境を作って人を増やしていったの。そして、定住者が増えたところで、人類の延命計画は始まったの。50年ほどの実証実験を経て、安全性を確認した後、自ら延命の魔法を構築した魔女を除いた多くの魔法使いもこの街に住み始めたの」彼女はさらに続ける。
「彼もこの実験結果に満足して、この街で暮らし始めて彼女と出会ったの。ミスパープルとね。そして子を為した。それがあなたね、メアジストさん」ヘリオトロープはメアをジッと見てそう言った。
「その幸せも長くは続かなかった。あなたが8歳の時に原因不明の死があなたを襲った」そこでヘリオトロープさんは、視線を下げて、その先を続ける。
「あなたを溺愛していた彼は、嘆き悲しみ、ついには人が変わったようにある研究に没頭したの。まず最初にあなたの死を止めたのよ。彼は言ったわ。「脳は生きている。このまま生かして新しい体を作る」と」ヘリオトロープさんは、悲しそうな顔でさらに続けた。
「その後、奥さんに二人目の娘も出来たのにも関わらず、長女の死を拒み、あなたの体を作り生き返らせようとした。二人目の娘も自分の娘であるはずなのに、彼は抱いてもくれない。マダムパープルは泣きながら、別れると言って家を出たの。そして彼は、工房に籠もるようになった。食事とかの世話は、使用人を使ったようだけれどね」ヘリオトロープさんは寂しげな表情でさらに続ける。
「もう一方で、この街に暮らす人達にも異変が起きた。元々この街に住んでいるだけなら長命も問題ないのだけれど、一度外の世界に出て行くと、当然時間の流れが違いすぎて、ほとんどの人が帰ってくることになったの。これは誰のせいなのか?あの錬金術師を名乗る男のせいだとね。それと娘のために死んですぐの死体まで利用しようとしたの。これが一番の問題だったよ」彼女はそこでため息をついて、ひと呼吸おいた。
「そして彼は追放されたの。工房は焼き討ちに遭い、今はその残骸が残っているだけなのよ」まるでその家を見ているかのように遠くを見てヘリオトロープさんはそう言った。
「では、彼はどこでどうやってメアの体を作ったのでしょうか?」私はそこが知りたかったので、つい尋ねてしまう。
「それは私も聞きたいくらいだわ。そんな設備どこにも作ってなかったはずだし。ホムンクルスを作ったと噂では聞いていたから、それはメアジストさんだろうと思ったけど、ここには連れてこなかったし」彼女は困った顔でそう私に言った。
「なるほど、そういうことでしたか」
「さて、私が話せることはこのくらいかしらね」
「すまんが、この街を作ったのは、メアジストの父親なのだろう?さて、今ここを管理しているのは誰じゃ。まさか知らんとは言わんであろう」
「はいはい私よ。ここを管理しているのは私。まあ、すでにここはほとんど放置状態だから、管理というより見守りに近いわね」ヘリオトロープさんはヤレヤレという感じでそう答えた。
「この街の周囲を囲むように敷き詰めている石畳に魔鉱石を混ぜているな」
「わかっているなら聞かないで。そのとおりよ。それで外敵からこの街を守っているの。おもに魔族や魔獣からね。獣人とかは匂いでここには立ち寄らないわ」
「してお前の色は何色じゃ。魔女よ。ヘリオトロープと名乗っておったが。なあ」モーラのオーラがちょっとだけ見えます。脅してどうするのですか。
「なぜ私を魔女と呼ぶの?私は魔法使いだって言ったでしょう」モーラのオーラを感じてもなお、それをスルーできる胆力。いや、本当に魔女さんでしょう。
「魔女は7色の色でお互いを呼んでいるとさる男から聞いたぞ。なあ、ヘリオトロープちゃん、わしがちゃん付けで呼ぶ意味もわかっておるじゃろう」モーラがさらにオーラを増加させてそう尋ねる。
「そういう時だけドラゴンになるのね。はいはい、私は7色の魔女の一色「紫」。紫の魔女と呼ばれているわ。コードネームはヘリオトロープなのよ」諦めたようにそう言った。
「ああ、聞けてうれしいよ。原初の魔女」
「残念だけどその名前は返上するわ、私は今、里から追放された身なのよ。原初の魔女は名乗れないの。原初の魔女は今は違う人なの」
「はあ?紫色は原初の魔女と同義であるとわしは聞いたぞ?」モーラがそう言ってヘリオトロープさんを見る。
「いつの話かしら。この街が朽ち始めた時から原初の魔女は入れ替わったのよ。赤にね」
「この件の責任を取らされたのか・・・」
「色々あるけどそれに近いわね。ここにいる人達が死に絶えるまで管理するのが私の役目よ」
「それで、里は合議制が保たれているのか」
「さあ?あなたたちを襲ったのも今の長が遊びで仕掛けたみたいだしね。それは知らないわ」
「享楽主義派が今の主流という訳か」モーラがため息をつく。
「それも知らないわ。内部抗争に興味はないの」本当に興味がなさそうに彼女はそう言った。
「おぬしが紫を剥奪されないのも変じゃないか」モーラが首をかしげている。
「それは、何かあった時に私を生け贄にするつもりなんじゃない?そんな言い訳は通用しないと思うけれど。もっとも自分からこの名前を捨てる気もないけどね」妙にそこだけこだわるのですか。
「すまんな。これだけこじれてしまうとどうにも敵味方の区別が付かないのでなあ」モーラは少しだけ頭を下げる。
「そうね、それはお互い様だわ」
「先ほど「ちゃん」呼びをしたことを許して欲しい。すまぬ」モーラは重ねて頭を下げる。
「私が怒るようなことですか?気にしていませんよ。土のドラゴンさん。昔の噂ではもっと尖っていたのだけれど。本当に丸くなったのね。あなたのおかげね」ヘリオトロープさんは私を見て言った。
「わかった、わかった、わしの黒歴史など今更ほじくり返さないでくれ」モーラが妙に慌てている。黒歴史は是非聞きたいですね。
「良くも悪くも人は変わっていくわ。ああ、「変わる意思のある者は変わっていく」の間違いね」
「そうだな」
「私から最後にひとつだけお尋ねしたいのですが」私は、ふいにそう言った。
「何かしら、対価にはないと思いますが良いですよ」
「あなたの本当の姿と名前は別にあるのですね」私は妙に強い口調でそう聞きました。
「それは2つの質問よねえ。まあいいわ。そう。どちらも違うわ」彼女は微笑んでそう言った。
「ありがとうございました」
「あんた達そろそろおいとまするわよ。支度なさい」アンジーが遊んでいた人達に叫んだ。
「は~い」
 帰り際にメアがヘリオトロープさんの前に立ち、手を差し伸べる。
「おや珍しい。握手ですか?初対面の私に」ヘリオトロープさんはちょっと困惑している。
「私にとっては、父に縁のある方でございます。是非握手をお願いします」メアはそうやって強く手を差し出す。
「あ、ああ、そうね。頑張ってね、メアジストさん。お元気で。また会いましょう」ヘリオトロープさんは戸惑いながらもその手を取ろうとした。
「またお伺いさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか」
「ええ、もちろんよ」
 そうして2人は握手を交わし、メアは手を握ったまま、もう片方の手で彼女を抱きしめた。しばらくそのままでいて、ゆっくりと離れた。どちらの目も真っ赤だった。
 片付けも終わり、みんなが乗り込む。エルミラもおっかなびっくり乗り込んだ。
「では、紫の魔法使いまた会おう。息災で」モーラが言った。
「あなた達もね」光の加減で顔が見えなかったが涙が光ったように見えた。
 馬車は去って行く。ヘリオトロープの隣で見送りの手を振っていたサフィーネは手を下ろして言った。
「お師匠様。彼女に本当のことを告げなくても良かったのですか?そして母だと名乗りを上げて抱きしめても良かったのではありませんか?」サフィーネは師匠の顔を見ながらそう言った。
「あいにく私は、あの子と彼を捨てて他の男に走ったのよ。そしてルミの祖母を産んだ。それについては、悲しかったけど後悔はないのよ。残念な事にね。だからあの子の母親はいないの。そうでなければ、あの人が浮かばれないのよ。でも抱きしめてくれた。きっとわかったのね」
 泣き崩れるヘリオトロープを優しく抱き留めたサフィーネだった。



続く
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