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第24話 襲来する厄介者達
第24-1話 遭遇する厄介者達
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○家出する者
「お父様、お母様、旅立つ不孝をお許しください。」そう書かれた手紙が彼女の部屋の机の上に置かれていた。見つけたのは母親だ。「文章がまるでなっていないわね。まるで遺書のようね。」そう言って母親は笑った。その手紙を持って父親の所に戻り、彼女の父親である夫にその手紙を見せた。
「やっぱりなとは思ったがやはり寂しいものだねえ」その父親はため息をついた。
「でも止められないでしょう?」母親の方は嬉しそうだ。
「里にいた友達も今では離れ離れになって遊び相手もいないし仕方がないか」
「子離れの時期なのですよあなた」そう言って母親は、父親の手を握る。
「そうかもしれないが寂しいね。そういえばいつも使っていたかばんは持って出たのかい?」
「はい、念のため例の水晶もつけてありますよ。それに手紙も入れてあります」
「家出をしても行くあてがあそこしかないというのもなあ」父親がまたため息をつく。
「かなりの距離がありますが、あの子ならきっと無事につけるでしょう」
「そうだな」
○出立する者
ここはビギナギル。ひとりの女の子が旅に出ようとしている。
私は定期的に街の薬屋に通っていた。あの方達が戻って来たかどうかを確認するために。今回も薬屋の豪炎の魔女さんと話をしたところ、大変な噂を聞いてしまった。
「家が壊されたのですか?」私はそう聞き返す。
「詳しい事はわかっていませんが、そういう噂が流れてきています」豪炎の魔女さんがそう答える。
都合など確認している状況ではない。そして自分にとってもようやく踏ん切りがついた。
この街を離れて旅に出よう。事前に許可は取っている。無事なら挨拶をして立ち去れば良い。自由になればそれだけあの方達と共に行動する機会も増える。ただ帰りを待っているのはもうやめるのだ。その思いだけが私をかき立てる。私は自分に言い訳をしてそれを信じさせて今回旅立つ。
「領主様お話がございます」私服姿のキャロルが領主の応接室を訪ねる。横にはメイド長が付き添っている。
「キャロルどうしましたか。まあ座りなさい」キャロルは応接セットの椅子に座り、メイド長は横に立っている。
「メイド長様からここで憶えることは何もないと太鼓判を押していただき、急ではありますが、おいとまさせていただたいと思いこちらにお伺いしました」キャロルはそう言って立ち上がり、深々と一礼する。
「太鼓判については、メイド長からは聞いていましたが、ここを出るというのは、どうしたのですか急に」
「ヒメツキ様からも私に足りないのは経験だと。旅をしてみてはどうかと言われておりました。それに・・」
「それに?」
「私の憧れの方々が、最近色々な事件に巻き込まれているようで、旅すがら可能であればご助力したいと思っております」
「あの方達ですか」
「はい。私では微力にもならないかもしれませんが」
「そうでしたか。メイド長。すまないが用意していたあれを持ってきてくれないか」領主様はメイド長に視線を向けてそう言いました。
「承知しました」同席していたメイド長が部屋をでる。
「申し訳ありませんが、できれば早く出立したいと思います」
「私としては、メイドをやめた後もここの傭兵団か冒険者組合の方を任せたいと思っていたのですが、やはり行ってしまいますか。その後は、やはり水神様のところに行かれますか?」領主は真剣な顔でキャロルに尋ねる。
「最終的にはそうしたいと思っておりますが、なにぶん世間を知らぬ身ですので、すぐには洞窟の方には戻らないかと思います」
ノックの音と共にメイド長が入っている。後ろに控えている者数人も入ってくる。
領主様は、大きな袋と細身の剣をテーブルに置く。
「これはなんでしょうか」キャロルは関心がなさそうにそう尋ねる。
「まず。お金の方はあなたが稼いだお金です」領主は、袋の口を開けて中に金貨が入っているのをキャロルに見せる。
「これは受け取れません。ここに置いていただいているお金としてお渡ししていたはずです」
「あなたが傭兵として冒険者として稼いだお金です。私は預かっていただけです。そして」
領主はもう一方の剣を指さす。
「この剣は、DT様があなたのためにお作りになった剣です。先日あなたがあの方の元に遊びに行った際、満足な刀を作れなかったが、今回やっと良い刀ができたと、お送りくださった剣です。今使っている剣が使えなくなったら渡して欲しいと言われていましたが、今渡すべきでしょうね」
キャロルはその剣を手に取って鞘から剣を抜いてみる。細身の剣で先が尖っていて両刃剣になっている。レイピアに近いが、それほど細くもない。キャロルの顔が驚きに変わる。
「こんなに手になじむものをどうやって」キャロルは軽く上下に振ってみてからそう言った。
「たぶん、その後の成長も想定してお作りになったようです」領主はそう言った。
「すいません、ちょっと立って振っても良いですか」なにか憑かれたように立ち上がり、その剣を振るう。
「ああこれです」恍惚の表情で剣を振るうキャロル。はっと気付いて恥ずかしそうに剣を鞘に収め、席に座り直す。
「とても気に入ったのですね」
「はい、でもどうしてこのような剣を作れるのでしょうか。あの方は本当にすごい。あ、いえ、ではこの剣については、せっかくですのでいただきたいのですが、お金はいただけません」キャロルは大事そうにその剣を膝に乗せる。
「このお金は、あなただけではなく、あの方々のために使っていただいても構いません。それでどうでしょうか」
「ありがとうございます。それではいただきます」キャロルは座ったまま頭を下げる。
「他はなんでしょうか」メイド長の横の者達の足下に箱が並んでいる。
「出て行くに際しては、いつ出て行くかわからなかったので。旅装を用意させていただきました」
「身に余る光栄です。しかし、こちらから恩義は感じてもこれだけのことをしてもらう理由がありません」
「あなたが助けた傭兵や冒険者達からの餞別と言えばわかってもらえますか」
「でも」
「キャロルさん。謙虚は大事ですが、やり過ぎはいけません」メイド長がたしなめる。その声は震えている。
「私とレイモンドからは荷馬車を送らせてください」
「ありがとうございます。大事にします」キャロルも下を向き、しばらく沈黙が続く。膝に置いた両手が震えていて、手の甲に涙が落ちている。
「私が言うのも何ですが、元気にそして生きて笑ってここに顔を出してください。それだけをお願いします」領主はそう言った。
「は・・い」
しばらくの沈黙の後、キャロルは顔を上げ、
「では行ってきます」そう言って立ち上がった。膝の上の剣を持ち、服の上に剣を下げるベルトをつけ、剣を腰に刺す。お金の方はメイド長が預かってくれた。
「それでは失礼します」
「いってらっしゃい」
旅装に着替える間もおしみ、玄関をでる。そこにはすでに馬車があった。馬に近寄り、乗り慣れた馬であることを確認する。
「テン、一緒に行ってくれるのですね」ニッコリ微笑むキャロル。馬は「ヒン」と啼いて視線を背ける。照れ屋なのだろうか。
その間に荷物が馬車に乗せられている。私物の入った箱が乗せられているのを確認して、玄関のところにいる領主、商人、領主邸の方々に挨拶をする。
「皆さんお世話になりました・・・ほんどうにじあわぜでした・・・一生忘れません必ず元気にここに遊びに来ます。ありがとうございました」言葉にならないまま頭を下げ続け、顔を上げずに御者台に乗り込み、振り向いて手を振りながら領主邸を出て行く。
外にも聞きつけた人達が手を振ってくれていたが、泣きながら手を振り大きくなった内門を出て行った。
「行ってしまいましたねえ」商人さんがそう呟いた。
「娘を送り出すというのはこういう気持ちなのですかねえ」領主は潤んだ瞳をハンカチで拭いながら言った。
「いいえ、娘の時よりも切ないです」メイド長がそう言った。
「良い子でしたからねえ」
「彼女の笑顔でどれだけの人が元気づけられ、彼女の言葉でどれだけの人が救われたのかわかりません」商人さんが言った。
「本当に養子に欲しかった。この街を継いで欲しかったと思いますよ」
「そこまででしたか」商人さんが驚いている。
「私は、キャロルに元気で幸せに生きてくれればそれでいいですよ」領主がそう続ける。
「本当にお父さんだったのですねえ」メイド長が言う。
「後半は親バカが入っていましたよねえ。危ないから行かせないとか、危険だから無理はさせるなとか私に色々言っておられました」メイド長はけっこう厳しい
「それは、・・・そうですよ」
そうしてキャロルは、ビギナギルを出発して旅を始める。最初の目的地はファーン。
あそこから移動させてね。とってこい
○エーネ迷う
置き手紙をして私は出てきた。
さすがに今回の家を壊されたという話は心配だった。無事だとは聞いたが不安だった。居ても立っても居られなくなり、家出と言う形で里を出てきた。
順調にファーンに到着してあの方の家に向かう。しかし家がどこにもない。家のあった場所は、野ざらしになっていて、家があった跡しか残っていない。一体どうしたら良いのだろうか。
○キャロル到着する
私はファーンに到着した。以前来た時から大分様変わりしていて、町の拡張に伴って道路がかなり横に移動している。そこを過ぎて右の方の森にあの方の家があるはずだった。
私は、挨拶を色々考えながらここまで来たが、最初は「こんにちは」と言う事に決めた。しかし、どこに家があるのでしょうか?以前家があった場所は、家があったであろう場所を囲むように土が深くえぐれている。中心の平らな部分には、何やら掘り起こした跡や土台のあった石などが残っているが何もない。
そこに馬車を停めて考えていると、道路の先の方から手に長い杖を持ち、フードをかぶった挙動不審な人が歩いてくる。キョロキョロと周囲を見回し、まるで家を探しているようだ。私の止まっている場所まで歩いてきて私に気付いて声をかけてきた。
「すいません。この辺に・・・」
その子は御者台にいる私を見上げながら声をかけてきたが、フードが後ろにずれて頭が見える。そこには角が生えていた。その子は慌ててフードを直そうとした。ああ魔族だ。私は一瞬にして剣を抜いてその魔族に向ける。その子はつらそうな顔で両手を前に出して首を左右に振る。杖はその場に取り落として。
「敵意はありません。私は家を探していたのです」
「家をですか?」そういえば、魔族はあの方の命を狙っていると聞いている。しかし、この子はどうもそんな感じではない。目を離さないようにしながら慎重に尋ねる。
「誰の家を探していますか?」
「あのう、もしかしてここに家があったのをご存じなのでしょうか?ここにあった家に住んでいた方の家を探しています」そう言ったその子は、私を見ている。ここで私が考えていたのを何か感じたのでしょうか。
「その方のお名前は何と言いますか?」私は言葉を選んで慎重に尋ねる。
「残念ながらお教えはできません。その方は色々な方に狙われていると聞いています。お名前をお教えすることはできません」その子はすまなさそうに頭だけ下げる。手は前に出したままだ。
「そうでしたか。失礼いたしました。私もその方を訪ねてきたのですが、あなたと同じようにここに家が無くなっていて困っていたところです」私は剣を鞘に戻した。しかし頭を下げることはできませんでした。私はその子の動きから目を離さないようにジッと見ています。
「そうなのですか?」なぜか目を輝かせています。どうやらお仲間だと思われたのでしょう。
「手を下ろしてください」私はそう言ってから自分も馬車を降りる。
「私はエーネと言います」そう言ってその子は頭を下げる。エーネ?そういえば名前に聞き覚えがある。ああ、元魔王の子の名前ではありませんか。
「私はキャロルと言います」私も頭を下げる。なぜか笑ってしまった。私が剣を向けた時に反撃されていたら、きっと剣など全く意味がなかったとふと思ったのです。
「キャロルさんですか!もしかしてビギナギルにいらっしゃる方ですよね」目を輝かせて私を見て言いました。もしかしてあの方達に何か盛大に盛られた話を聞かされていませんか?
「その金髪、その美しい顔立ちにスタイル。聞いていた以上です。お会いできてうれしいです」目を輝かせて私を見て言いました。確かに悪い気はしませんが、どうにも調子が狂います。
「あなたの方が私よりも美人だと思いますよ。お世辞ではなく」私もブルネットには少しだけ憧れがあるのです。その事を皆さんに言うと完全否定されますけれど。
「言われたことがないのであまりピンと来ていませんが、ありがとうございます」そう言ってその子は頭を下げる。悪い子ではないようだが、どうにも世間に慣れていないように見える。箱入り娘なのでしょうか。
「それよりもこの状態。困りましたね」私は横の家の跡を見ながらため息をついた。
「はい。親に黙って出てきたので帰るところがありません」ショボンとしたその様子が、どう見ても子犬です。見ていて可哀想になってしまいました。
「とりあえず立っているのもなんですから、私の馬に乗りますか?」まあ、これまでの間に何もしてこないのですから大丈夫でしょう。でもカイが大丈夫でしょうか。そちらが心配かもしれません。でもカイの様子は怯えているわけでもありませんね。大丈夫なのでしょう。
「良いんですか?」
そう言って私を見る目が眩しいです。ああ、その目に弱いのですよ。レイさんとは違った、期待に満ちた屈託のない純粋な目が。これがDT様がおっしゃっていた目の輝きなのかもしれません。
「おぬしら何をしておる」突然モーラ様が私たちの後ろに現れた。
「あっモーラ様」無邪気に駆け寄るその子。やはり知り合いだったのですか。
「お久しぶりですモーラ様」私は一礼をする。その子は途中で足を止めてモーラ様に頭を下げる。
「まあなんだ。家で話を聞こうかのう」モーラ様が頭をかきながらそう言った。
「はい」エーネはそう答える。この子は杖を落としていったのを忘れてるのではないだろうか?
「よろしくお願いします」私は改めてお辞儀をした。
「カイ。おぬし魔族を乗せられるか?」モーラ様がカイに声をかける。ああ、大丈夫そうでしたが、魔族はさすがに難しいのかもしれないのですね。
「ヒン」そんなものには動じないわという風に啼いた。あら私もわかるようになってきたかもしれないですね。
そうしてモーラ様とエーネを乗せてモーラ様の指示で道を進む。するとすぐに家が見えてくる。
「さっきも遠くから家がかすかに見えていたのに行きつかなかったのですが」エーネが不思議そうに言った。
「結界が張ってあるからなあ。特に高位の魔法使いや魔族や獣人なんかは道から中に入る事さえできぬ仕組みになっているらしいわ」モーラ様がそう言った。多分DT様が張られた結界なのでしょうか。さぞかし緻密にお作りになっているのでしょうね。
「そうだったのですか」
馬車を玄関に停める。そこにはエルフィさんが待っていた。
「キャロルとエーネちゃんお久しぶり~元気だった~?」嬉しそうにエルフィさんが声を掛けてきた。
「あ、エルフィさんお久しぶりです。元気でしたよー」エーネが返事をする。
「エルフィさんお久しぶりです。馬車と馬はどうしたら良いですか?」私は頭を下げてからそう尋ねた。
「カイ久しぶり~私が誘導するから~二人は中に入っていいですよ~」
「それではお願いします」私はそこで頭を下げた。
「エルフィ。おぬしは嬉しそうじゃなあ」
「久しぶりに会えたんですよ~嬉しいじゃないですか~」
「事前に連絡なしですからねえ」
「どう考えてもどちらも家出じゃろう」
「こちらからは確認の取りようもないしねえ」
二人とも椅子に座った。エーネが鞄の中から手紙を出した。
「来る途中で食べ物がないか鞄をひっくり返したら中に手紙が貼り付けてありました」
エーネが手紙を私に差し出した。封蝋などはない。普通の封筒に封は軽く糊付けしてあった。少し剥がすと簡単に開いた。
「なになに、この手紙を見つけたという事は、この鞄を背中に背負ってどこかに家出をしたのでしょう。どこへ行ったかは大体察しが付いていますが、行った先では、ご迷惑をおかけしないよう必ずお手伝いをしてください。それと、この手紙を見るであろう家出先の皆様。お手数とは思いますがしばらく置いてください 母より」
「よろしくお願いします」そう言ってエーネは頭を下げた。
私は手紙をモーラに渡す。
「世情に疎いので仕方がないとはいえ、バッドタイミングじゃなあ」モーラは一瞥すると私に手紙を返してくる。私は、今度はアンジーに手紙を渡す。
「きっとあそこの家族は、突き抜けて間が悪いのよ」アンジーも手紙をサラッと見た後、パムに渡した。
「こちらから連絡する訳にもいきませんからどうしましょうか」パムはメアに渡して、メアは私に戻してきた。
「できるだけ早く考えないといかんな」モーラがヤレヤレといった感じで呟いた。
「さて、キャロルはどうしました。あなたが連絡を入れないなんてどうしたのですか」
「旅に出ようと思い挨拶に参りました。というより、家が壊されたと聞いて何かお手伝いができないかと思い、こちらに参りました。実際には大丈夫だったのですね」
「色々ありましたが、家は無事で、こうして違う場所に移しました」
「先日お伺いした時には、皆さんご不在で村の魔法使いさんもいませんでした。どちらかで何かの事件に巻き込まれて、仕返しをされたのではありませんか。見たところ誰かに攻撃された跡に見えます。今後の事もありますのでできれば事情を教えていただきたいのですが」
「どうします?教えますか?」
○この家の事情
「何も言わず出て行けでは、キャロルも納得できないわよね。以前来た時にも私達の事情は話していたし、今回の事も話しておいた方がいいかしらねえ」アンジーがそう言った。
「モーラ」私はモーラにお願いしました。
「うむ。キャロル、そしてエーネ。おぬし達がここにきてしまったのは、やむを得ぬことではあるが、今後はここにうかつに近づいてはならぬ。これから話す理由も聞けば納得するであろう」
そう言ってモーラは、スペイパルでの天使を天界に還した事、天界からの依頼で各種族に親書を運んだ事。族長会議の座興で家を攻撃されたが無事だった事。この一帯が不可侵地域に指定された事を話した。
「かえって自由になって良かったのではありませんか?」エーネが屈託なく言った。反対にキャロルは頭を抱えている。
「キャロルはわかったようじゃな」モーラが嬉しそうにキャロルを見て言った。
「はい。何がここで起こっても後始末はモーラ様がしなければならないという事ですよね」顔を上げてモーラを見ながらキャロルは言った。
「そうよ。どんな厄介ごとを持ち込まれても知らないふりをされることになったわ」アンジーがエーネを見据えてそう言った。いや、エーネ相手にガン飛ばさないでください。エーネが怯えているじゃないですか。
「もしかして、以前より危険な場所になったということですか?」青ざめてエーネが言った。
「エーネもそこはわかったのだな」モーラは笑いながらエーネを見て言った。
「なのでせっかく来てもらって悪いけど、巻き込まれないように早く出て行った方がいいわよ」アンジーがキレッキレで言いました。
「どうしてそうなりますか」「どうしてそうなるのですか?」おお、揃ってその答えですか。
「私たちの関係者と知られた段階で、貴方たちがここから他の地域に一歩でも出た瞬間から何をされるかわからないからよ」ドスを利かせるような顔でアンジーが言いました。おおこわ!
「村の人はどうなのですか」キャロルが不満そうに言った。
「あそこはこれからはモーラが守るの。結界も張ってあるから余裕を持って対応できるの。本来不干渉だったけど、縄張り内に生活する者を守る大義名分がモーラには出来たの」アンジーがまだ怖い顔をして言いました。
「私たちは人質にされますか?」エーネが聞いた。
「可能性はあるわね。もっともこいつを良く知っている者なら絶対しないわ。人質ごと相手をせん滅しようとするから」アンジー。私まで睨まないでくださいよ。怖いですから。
「私だって人質ごとせん滅はしませんよ。一応救出するよう努力します。もっとも間に合わない時はあきらめてくださいね?」私は努めて冷静にそう言った。
「そういう事よ。わかったでしょう。人質にされた途端、貴方たちは死の一歩手前まで近づくわよ。だから関係者になって欲しくないわね」
「それでも関係者に。いえ仲間に。もっと踏み込んで家族になりたいと言ったらどうですか?」キャロルはムキになってそう言いました。
「あのう話の腰を折って申し訳ありません。本当に何をされるのかわからないのですか?」エーネがおずおずとそう言いました。
「あんたが一番わかっているでしょう? あなたの素性がバレた途端、貴方たちは魔族から問答無用に殺されそうになったでしょうが!」さすがにアンジーはあきれて言いました。
「でも元魔王家族は、そして息子は死んだことになっていますよねえ」首をかしげてエーネが言った。
「ああそうね! 建前上は死んだことになっているわね!」アンジーがキレた。
「建前上ですか?」エーネがなぜアンジーが激高しているのかわからず再び尋ねる。
「公式には、と言い換えてもいいわ。あんたたち家族が死んだふりをして、新しい里に行った時に、現魔王が側近を派遣して、元魔王の関係者には一切手を出さないと言っているのを聞いていたのでしょう?関係者全員が死んでない事を知っていてそう言っているという事なのよ」
「確かにそうでした。でもそれからこちらに遊びに来ましたけど何もありませんでしたよ?」悪意なくエーネがそう答える。
「あの時、ここはまだ安全だったのよ。あなたがここに遊びに来てもね。今は、モーラの所にいるからまだ安全だけど、道に出たとたん襲撃されて殺されてもその犯人が逃げきれば、誰も責任を問われないの!そして私達は何も出来ないの!」
「アンジー。説明してくれてすまんな。アンジーが怒っているのは、おぬし達のためじゃ。こやつはいつも自分を悪者にしてこういう物言いをする。わしらは家族じゃから感情まで伝わるから多少はその真剣さがわかる。おぬしらにはきつく聞こえるじゃろう?許してくれ。ただアンジーが言ったとおり、あれから状況が変わってしまったのでな。おぬしらが関係者でいるとおぬし達をわしらが守り切れぬ場面も出てくる。それが怖いのじゃよ」
「覚悟が必要という事ですか」キャロルがそう言った。
「例えば、おぬしの暮らしていたビギナギルの者たちが殺されてもわしらには関われん。そこの縄張りのヒメツキの問題じゃ。しかもドラゴンは不干渉。それでもそこのドラゴンは手を出した種族には文句を言って、制裁をしてもらう事ができるのじゃ。だから普通は手を出す者はいない。
だが、ここが不干渉になった為にここで何か起こっても、わしがドラゴンの里に文句を言ったところで、不干渉だから関係ないといわれ、わしにけりをつけろと言ってくるはずじゃ。しかもわしからは他の種族には手を出せない。もちろん犯人を捕まえられれば、そやつには相応の報いを受けてもらうが、わしができるのはそこまでになる。
しかし、それでは終わらん。どこかの種族が手を出していたとわかれば、誰が相手の種族や関係者を血祭りにあげるのかはわかるな。こやつの残虐非道は各種族に広まっているし、族長たちはわしら家族の戦闘力をすでに見せられているから軽々に手は出してこないじゃろうが、その種族が手を出したとわかった途端、その種族は一瞬で全滅させられるじゃろう。それでも手を出してきた時が問題なのだよ。
もし、一族の誰かが手を出そうとすれば、自分たちはかかわっていないと事前に連絡してくるはずじゃ。そうしないと誤解されたまま全滅させられる。自分の手の者でないと嘘を言っても、犯人の脳をかき回して事実をつかんで、うむを言わせず種族の里ごと滅ぼすじゃろう。もっとも魔族と天界、ドラゴンの里は場所がわからんが、こやつはしらみつぶしに調べてでも乗り込むつもりじゃから、他種族が手を出してくることは表面上はない。
だが、起きてしまったことは、仮に誰か死んでしまったならそれは元には戻らんのじゃ」
「DT様はそうなさるのですか?」キャロルは全員の顔を見まわす。全員が頷いているのを見てキャロルは絶句している。そしてエーネまでも同じように頷いている。
「どうして皆さんは、ここに一緒に住んでいられるんですか?死ぬ覚悟があるからですか?」
「そんなの簡単な事です。私達はご主人様に守られているのですから」メアが静かにそう言った。
Appendix
おう久しぶりやなあ
戻って来たわよ。でもまた旅だろうけどね
おまえも魔族乗せても大丈夫なんやなあ
当たり前でしょ?
そういえばあんた達の馬車にも魔族の匂いがついていたから、あんた達も乗せたのよねえ。
ああそうやで。7人くらい乗せて遠征したなあ
そうやな。途中面白いものも見られたしええ旅やったなあ
ほんまほんま、さすがに山の中腹をかき分けて走るとは思わなかったわ
それは面白そうねえ
しばらくおるんやろ、久しぶりに走りにいこか
そうやな
あんた達みたいにがっついてないわよ。今日は走り詰めだったから休ませて
どうしたんや
うちの子の気が急いているのがわかって、ついついペースが速くなってね、少し無理したのよ。あとねえ。馬具がいづくてつらかったのよ
ああ、確かになあ。ペース配分慣れている人だとちゃんとわかるのやろうが、それは難儀やったなあ
あと、馬具の調整はうちとこの旦那はんにしてもらっておけ。大分いいからなあ。
そうなのよねえ。だから明日から付き合うわ。それも2人乗せる事になるかもしれないから。
わかるんか?
わからないけど。まあ女の勘ね
なるほど
続く
「お父様、お母様、旅立つ不孝をお許しください。」そう書かれた手紙が彼女の部屋の机の上に置かれていた。見つけたのは母親だ。「文章がまるでなっていないわね。まるで遺書のようね。」そう言って母親は笑った。その手紙を持って父親の所に戻り、彼女の父親である夫にその手紙を見せた。
「やっぱりなとは思ったがやはり寂しいものだねえ」その父親はため息をついた。
「でも止められないでしょう?」母親の方は嬉しそうだ。
「里にいた友達も今では離れ離れになって遊び相手もいないし仕方がないか」
「子離れの時期なのですよあなた」そう言って母親は、父親の手を握る。
「そうかもしれないが寂しいね。そういえばいつも使っていたかばんは持って出たのかい?」
「はい、念のため例の水晶もつけてありますよ。それに手紙も入れてあります」
「家出をしても行くあてがあそこしかないというのもなあ」父親がまたため息をつく。
「かなりの距離がありますが、あの子ならきっと無事につけるでしょう」
「そうだな」
○出立する者
ここはビギナギル。ひとりの女の子が旅に出ようとしている。
私は定期的に街の薬屋に通っていた。あの方達が戻って来たかどうかを確認するために。今回も薬屋の豪炎の魔女さんと話をしたところ、大変な噂を聞いてしまった。
「家が壊されたのですか?」私はそう聞き返す。
「詳しい事はわかっていませんが、そういう噂が流れてきています」豪炎の魔女さんがそう答える。
都合など確認している状況ではない。そして自分にとってもようやく踏ん切りがついた。
この街を離れて旅に出よう。事前に許可は取っている。無事なら挨拶をして立ち去れば良い。自由になればそれだけあの方達と共に行動する機会も増える。ただ帰りを待っているのはもうやめるのだ。その思いだけが私をかき立てる。私は自分に言い訳をしてそれを信じさせて今回旅立つ。
「領主様お話がございます」私服姿のキャロルが領主の応接室を訪ねる。横にはメイド長が付き添っている。
「キャロルどうしましたか。まあ座りなさい」キャロルは応接セットの椅子に座り、メイド長は横に立っている。
「メイド長様からここで憶えることは何もないと太鼓判を押していただき、急ではありますが、おいとまさせていただたいと思いこちらにお伺いしました」キャロルはそう言って立ち上がり、深々と一礼する。
「太鼓判については、メイド長からは聞いていましたが、ここを出るというのは、どうしたのですか急に」
「ヒメツキ様からも私に足りないのは経験だと。旅をしてみてはどうかと言われておりました。それに・・」
「それに?」
「私の憧れの方々が、最近色々な事件に巻き込まれているようで、旅すがら可能であればご助力したいと思っております」
「あの方達ですか」
「はい。私では微力にもならないかもしれませんが」
「そうでしたか。メイド長。すまないが用意していたあれを持ってきてくれないか」領主様はメイド長に視線を向けてそう言いました。
「承知しました」同席していたメイド長が部屋をでる。
「申し訳ありませんが、できれば早く出立したいと思います」
「私としては、メイドをやめた後もここの傭兵団か冒険者組合の方を任せたいと思っていたのですが、やはり行ってしまいますか。その後は、やはり水神様のところに行かれますか?」領主は真剣な顔でキャロルに尋ねる。
「最終的にはそうしたいと思っておりますが、なにぶん世間を知らぬ身ですので、すぐには洞窟の方には戻らないかと思います」
ノックの音と共にメイド長が入っている。後ろに控えている者数人も入ってくる。
領主様は、大きな袋と細身の剣をテーブルに置く。
「これはなんでしょうか」キャロルは関心がなさそうにそう尋ねる。
「まず。お金の方はあなたが稼いだお金です」領主は、袋の口を開けて中に金貨が入っているのをキャロルに見せる。
「これは受け取れません。ここに置いていただいているお金としてお渡ししていたはずです」
「あなたが傭兵として冒険者として稼いだお金です。私は預かっていただけです。そして」
領主はもう一方の剣を指さす。
「この剣は、DT様があなたのためにお作りになった剣です。先日あなたがあの方の元に遊びに行った際、満足な刀を作れなかったが、今回やっと良い刀ができたと、お送りくださった剣です。今使っている剣が使えなくなったら渡して欲しいと言われていましたが、今渡すべきでしょうね」
キャロルはその剣を手に取って鞘から剣を抜いてみる。細身の剣で先が尖っていて両刃剣になっている。レイピアに近いが、それほど細くもない。キャロルの顔が驚きに変わる。
「こんなに手になじむものをどうやって」キャロルは軽く上下に振ってみてからそう言った。
「たぶん、その後の成長も想定してお作りになったようです」領主はそう言った。
「すいません、ちょっと立って振っても良いですか」なにか憑かれたように立ち上がり、その剣を振るう。
「ああこれです」恍惚の表情で剣を振るうキャロル。はっと気付いて恥ずかしそうに剣を鞘に収め、席に座り直す。
「とても気に入ったのですね」
「はい、でもどうしてこのような剣を作れるのでしょうか。あの方は本当にすごい。あ、いえ、ではこの剣については、せっかくですのでいただきたいのですが、お金はいただけません」キャロルは大事そうにその剣を膝に乗せる。
「このお金は、あなただけではなく、あの方々のために使っていただいても構いません。それでどうでしょうか」
「ありがとうございます。それではいただきます」キャロルは座ったまま頭を下げる。
「他はなんでしょうか」メイド長の横の者達の足下に箱が並んでいる。
「出て行くに際しては、いつ出て行くかわからなかったので。旅装を用意させていただきました」
「身に余る光栄です。しかし、こちらから恩義は感じてもこれだけのことをしてもらう理由がありません」
「あなたが助けた傭兵や冒険者達からの餞別と言えばわかってもらえますか」
「でも」
「キャロルさん。謙虚は大事ですが、やり過ぎはいけません」メイド長がたしなめる。その声は震えている。
「私とレイモンドからは荷馬車を送らせてください」
「ありがとうございます。大事にします」キャロルも下を向き、しばらく沈黙が続く。膝に置いた両手が震えていて、手の甲に涙が落ちている。
「私が言うのも何ですが、元気にそして生きて笑ってここに顔を出してください。それだけをお願いします」領主はそう言った。
「は・・い」
しばらくの沈黙の後、キャロルは顔を上げ、
「では行ってきます」そう言って立ち上がった。膝の上の剣を持ち、服の上に剣を下げるベルトをつけ、剣を腰に刺す。お金の方はメイド長が預かってくれた。
「それでは失礼します」
「いってらっしゃい」
旅装に着替える間もおしみ、玄関をでる。そこにはすでに馬車があった。馬に近寄り、乗り慣れた馬であることを確認する。
「テン、一緒に行ってくれるのですね」ニッコリ微笑むキャロル。馬は「ヒン」と啼いて視線を背ける。照れ屋なのだろうか。
その間に荷物が馬車に乗せられている。私物の入った箱が乗せられているのを確認して、玄関のところにいる領主、商人、領主邸の方々に挨拶をする。
「皆さんお世話になりました・・・ほんどうにじあわぜでした・・・一生忘れません必ず元気にここに遊びに来ます。ありがとうございました」言葉にならないまま頭を下げ続け、顔を上げずに御者台に乗り込み、振り向いて手を振りながら領主邸を出て行く。
外にも聞きつけた人達が手を振ってくれていたが、泣きながら手を振り大きくなった内門を出て行った。
「行ってしまいましたねえ」商人さんがそう呟いた。
「娘を送り出すというのはこういう気持ちなのですかねえ」領主は潤んだ瞳をハンカチで拭いながら言った。
「いいえ、娘の時よりも切ないです」メイド長がそう言った。
「良い子でしたからねえ」
「彼女の笑顔でどれだけの人が元気づけられ、彼女の言葉でどれだけの人が救われたのかわかりません」商人さんが言った。
「本当に養子に欲しかった。この街を継いで欲しかったと思いますよ」
「そこまででしたか」商人さんが驚いている。
「私は、キャロルに元気で幸せに生きてくれればそれでいいですよ」領主がそう続ける。
「本当にお父さんだったのですねえ」メイド長が言う。
「後半は親バカが入っていましたよねえ。危ないから行かせないとか、危険だから無理はさせるなとか私に色々言っておられました」メイド長はけっこう厳しい
「それは、・・・そうですよ」
そうしてキャロルは、ビギナギルを出発して旅を始める。最初の目的地はファーン。
あそこから移動させてね。とってこい
○エーネ迷う
置き手紙をして私は出てきた。
さすがに今回の家を壊されたという話は心配だった。無事だとは聞いたが不安だった。居ても立っても居られなくなり、家出と言う形で里を出てきた。
順調にファーンに到着してあの方の家に向かう。しかし家がどこにもない。家のあった場所は、野ざらしになっていて、家があった跡しか残っていない。一体どうしたら良いのだろうか。
○キャロル到着する
私はファーンに到着した。以前来た時から大分様変わりしていて、町の拡張に伴って道路がかなり横に移動している。そこを過ぎて右の方の森にあの方の家があるはずだった。
私は、挨拶を色々考えながらここまで来たが、最初は「こんにちは」と言う事に決めた。しかし、どこに家があるのでしょうか?以前家があった場所は、家があったであろう場所を囲むように土が深くえぐれている。中心の平らな部分には、何やら掘り起こした跡や土台のあった石などが残っているが何もない。
そこに馬車を停めて考えていると、道路の先の方から手に長い杖を持ち、フードをかぶった挙動不審な人が歩いてくる。キョロキョロと周囲を見回し、まるで家を探しているようだ。私の止まっている場所まで歩いてきて私に気付いて声をかけてきた。
「すいません。この辺に・・・」
その子は御者台にいる私を見上げながら声をかけてきたが、フードが後ろにずれて頭が見える。そこには角が生えていた。その子は慌ててフードを直そうとした。ああ魔族だ。私は一瞬にして剣を抜いてその魔族に向ける。その子はつらそうな顔で両手を前に出して首を左右に振る。杖はその場に取り落として。
「敵意はありません。私は家を探していたのです」
「家をですか?」そういえば、魔族はあの方の命を狙っていると聞いている。しかし、この子はどうもそんな感じではない。目を離さないようにしながら慎重に尋ねる。
「誰の家を探していますか?」
「あのう、もしかしてここに家があったのをご存じなのでしょうか?ここにあった家に住んでいた方の家を探しています」そう言ったその子は、私を見ている。ここで私が考えていたのを何か感じたのでしょうか。
「その方のお名前は何と言いますか?」私は言葉を選んで慎重に尋ねる。
「残念ながらお教えはできません。その方は色々な方に狙われていると聞いています。お名前をお教えすることはできません」その子はすまなさそうに頭だけ下げる。手は前に出したままだ。
「そうでしたか。失礼いたしました。私もその方を訪ねてきたのですが、あなたと同じようにここに家が無くなっていて困っていたところです」私は剣を鞘に戻した。しかし頭を下げることはできませんでした。私はその子の動きから目を離さないようにジッと見ています。
「そうなのですか?」なぜか目を輝かせています。どうやらお仲間だと思われたのでしょう。
「手を下ろしてください」私はそう言ってから自分も馬車を降りる。
「私はエーネと言います」そう言ってその子は頭を下げる。エーネ?そういえば名前に聞き覚えがある。ああ、元魔王の子の名前ではありませんか。
「私はキャロルと言います」私も頭を下げる。なぜか笑ってしまった。私が剣を向けた時に反撃されていたら、きっと剣など全く意味がなかったとふと思ったのです。
「キャロルさんですか!もしかしてビギナギルにいらっしゃる方ですよね」目を輝かせて私を見て言いました。もしかしてあの方達に何か盛大に盛られた話を聞かされていませんか?
「その金髪、その美しい顔立ちにスタイル。聞いていた以上です。お会いできてうれしいです」目を輝かせて私を見て言いました。確かに悪い気はしませんが、どうにも調子が狂います。
「あなたの方が私よりも美人だと思いますよ。お世辞ではなく」私もブルネットには少しだけ憧れがあるのです。その事を皆さんに言うと完全否定されますけれど。
「言われたことがないのであまりピンと来ていませんが、ありがとうございます」そう言ってその子は頭を下げる。悪い子ではないようだが、どうにも世間に慣れていないように見える。箱入り娘なのでしょうか。
「それよりもこの状態。困りましたね」私は横の家の跡を見ながらため息をついた。
「はい。親に黙って出てきたので帰るところがありません」ショボンとしたその様子が、どう見ても子犬です。見ていて可哀想になってしまいました。
「とりあえず立っているのもなんですから、私の馬に乗りますか?」まあ、これまでの間に何もしてこないのですから大丈夫でしょう。でもカイが大丈夫でしょうか。そちらが心配かもしれません。でもカイの様子は怯えているわけでもありませんね。大丈夫なのでしょう。
「良いんですか?」
そう言って私を見る目が眩しいです。ああ、その目に弱いのですよ。レイさんとは違った、期待に満ちた屈託のない純粋な目が。これがDT様がおっしゃっていた目の輝きなのかもしれません。
「おぬしら何をしておる」突然モーラ様が私たちの後ろに現れた。
「あっモーラ様」無邪気に駆け寄るその子。やはり知り合いだったのですか。
「お久しぶりですモーラ様」私は一礼をする。その子は途中で足を止めてモーラ様に頭を下げる。
「まあなんだ。家で話を聞こうかのう」モーラ様が頭をかきながらそう言った。
「はい」エーネはそう答える。この子は杖を落としていったのを忘れてるのではないだろうか?
「よろしくお願いします」私は改めてお辞儀をした。
「カイ。おぬし魔族を乗せられるか?」モーラ様がカイに声をかける。ああ、大丈夫そうでしたが、魔族はさすがに難しいのかもしれないのですね。
「ヒン」そんなものには動じないわという風に啼いた。あら私もわかるようになってきたかもしれないですね。
そうしてモーラ様とエーネを乗せてモーラ様の指示で道を進む。するとすぐに家が見えてくる。
「さっきも遠くから家がかすかに見えていたのに行きつかなかったのですが」エーネが不思議そうに言った。
「結界が張ってあるからなあ。特に高位の魔法使いや魔族や獣人なんかは道から中に入る事さえできぬ仕組みになっているらしいわ」モーラ様がそう言った。多分DT様が張られた結界なのでしょうか。さぞかし緻密にお作りになっているのでしょうね。
「そうだったのですか」
馬車を玄関に停める。そこにはエルフィさんが待っていた。
「キャロルとエーネちゃんお久しぶり~元気だった~?」嬉しそうにエルフィさんが声を掛けてきた。
「あ、エルフィさんお久しぶりです。元気でしたよー」エーネが返事をする。
「エルフィさんお久しぶりです。馬車と馬はどうしたら良いですか?」私は頭を下げてからそう尋ねた。
「カイ久しぶり~私が誘導するから~二人は中に入っていいですよ~」
「それではお願いします」私はそこで頭を下げた。
「エルフィ。おぬしは嬉しそうじゃなあ」
「久しぶりに会えたんですよ~嬉しいじゃないですか~」
「事前に連絡なしですからねえ」
「どう考えてもどちらも家出じゃろう」
「こちらからは確認の取りようもないしねえ」
二人とも椅子に座った。エーネが鞄の中から手紙を出した。
「来る途中で食べ物がないか鞄をひっくり返したら中に手紙が貼り付けてありました」
エーネが手紙を私に差し出した。封蝋などはない。普通の封筒に封は軽く糊付けしてあった。少し剥がすと簡単に開いた。
「なになに、この手紙を見つけたという事は、この鞄を背中に背負ってどこかに家出をしたのでしょう。どこへ行ったかは大体察しが付いていますが、行った先では、ご迷惑をおかけしないよう必ずお手伝いをしてください。それと、この手紙を見るであろう家出先の皆様。お手数とは思いますがしばらく置いてください 母より」
「よろしくお願いします」そう言ってエーネは頭を下げた。
私は手紙をモーラに渡す。
「世情に疎いので仕方がないとはいえ、バッドタイミングじゃなあ」モーラは一瞥すると私に手紙を返してくる。私は、今度はアンジーに手紙を渡す。
「きっとあそこの家族は、突き抜けて間が悪いのよ」アンジーも手紙をサラッと見た後、パムに渡した。
「こちらから連絡する訳にもいきませんからどうしましょうか」パムはメアに渡して、メアは私に戻してきた。
「できるだけ早く考えないといかんな」モーラがヤレヤレといった感じで呟いた。
「さて、キャロルはどうしました。あなたが連絡を入れないなんてどうしたのですか」
「旅に出ようと思い挨拶に参りました。というより、家が壊されたと聞いて何かお手伝いができないかと思い、こちらに参りました。実際には大丈夫だったのですね」
「色々ありましたが、家は無事で、こうして違う場所に移しました」
「先日お伺いした時には、皆さんご不在で村の魔法使いさんもいませんでした。どちらかで何かの事件に巻き込まれて、仕返しをされたのではありませんか。見たところ誰かに攻撃された跡に見えます。今後の事もありますのでできれば事情を教えていただきたいのですが」
「どうします?教えますか?」
○この家の事情
「何も言わず出て行けでは、キャロルも納得できないわよね。以前来た時にも私達の事情は話していたし、今回の事も話しておいた方がいいかしらねえ」アンジーがそう言った。
「モーラ」私はモーラにお願いしました。
「うむ。キャロル、そしてエーネ。おぬし達がここにきてしまったのは、やむを得ぬことではあるが、今後はここにうかつに近づいてはならぬ。これから話す理由も聞けば納得するであろう」
そう言ってモーラは、スペイパルでの天使を天界に還した事、天界からの依頼で各種族に親書を運んだ事。族長会議の座興で家を攻撃されたが無事だった事。この一帯が不可侵地域に指定された事を話した。
「かえって自由になって良かったのではありませんか?」エーネが屈託なく言った。反対にキャロルは頭を抱えている。
「キャロルはわかったようじゃな」モーラが嬉しそうにキャロルを見て言った。
「はい。何がここで起こっても後始末はモーラ様がしなければならないという事ですよね」顔を上げてモーラを見ながらキャロルは言った。
「そうよ。どんな厄介ごとを持ち込まれても知らないふりをされることになったわ」アンジーがエーネを見据えてそう言った。いや、エーネ相手にガン飛ばさないでください。エーネが怯えているじゃないですか。
「もしかして、以前より危険な場所になったということですか?」青ざめてエーネが言った。
「エーネもそこはわかったのだな」モーラは笑いながらエーネを見て言った。
「なのでせっかく来てもらって悪いけど、巻き込まれないように早く出て行った方がいいわよ」アンジーがキレッキレで言いました。
「どうしてそうなりますか」「どうしてそうなるのですか?」おお、揃ってその答えですか。
「私たちの関係者と知られた段階で、貴方たちがここから他の地域に一歩でも出た瞬間から何をされるかわからないからよ」ドスを利かせるような顔でアンジーが言いました。おおこわ!
「村の人はどうなのですか」キャロルが不満そうに言った。
「あそこはこれからはモーラが守るの。結界も張ってあるから余裕を持って対応できるの。本来不干渉だったけど、縄張り内に生活する者を守る大義名分がモーラには出来たの」アンジーがまだ怖い顔をして言いました。
「私たちは人質にされますか?」エーネが聞いた。
「可能性はあるわね。もっともこいつを良く知っている者なら絶対しないわ。人質ごと相手をせん滅しようとするから」アンジー。私まで睨まないでくださいよ。怖いですから。
「私だって人質ごとせん滅はしませんよ。一応救出するよう努力します。もっとも間に合わない時はあきらめてくださいね?」私は努めて冷静にそう言った。
「そういう事よ。わかったでしょう。人質にされた途端、貴方たちは死の一歩手前まで近づくわよ。だから関係者になって欲しくないわね」
「それでも関係者に。いえ仲間に。もっと踏み込んで家族になりたいと言ったらどうですか?」キャロルはムキになってそう言いました。
「あのう話の腰を折って申し訳ありません。本当に何をされるのかわからないのですか?」エーネがおずおずとそう言いました。
「あんたが一番わかっているでしょう? あなたの素性がバレた途端、貴方たちは魔族から問答無用に殺されそうになったでしょうが!」さすがにアンジーはあきれて言いました。
「でも元魔王家族は、そして息子は死んだことになっていますよねえ」首をかしげてエーネが言った。
「ああそうね! 建前上は死んだことになっているわね!」アンジーがキレた。
「建前上ですか?」エーネがなぜアンジーが激高しているのかわからず再び尋ねる。
「公式には、と言い換えてもいいわ。あんたたち家族が死んだふりをして、新しい里に行った時に、現魔王が側近を派遣して、元魔王の関係者には一切手を出さないと言っているのを聞いていたのでしょう?関係者全員が死んでない事を知っていてそう言っているという事なのよ」
「確かにそうでした。でもそれからこちらに遊びに来ましたけど何もありませんでしたよ?」悪意なくエーネがそう答える。
「あの時、ここはまだ安全だったのよ。あなたがここに遊びに来てもね。今は、モーラの所にいるからまだ安全だけど、道に出たとたん襲撃されて殺されてもその犯人が逃げきれば、誰も責任を問われないの!そして私達は何も出来ないの!」
「アンジー。説明してくれてすまんな。アンジーが怒っているのは、おぬし達のためじゃ。こやつはいつも自分を悪者にしてこういう物言いをする。わしらは家族じゃから感情まで伝わるから多少はその真剣さがわかる。おぬしらにはきつく聞こえるじゃろう?許してくれ。ただアンジーが言ったとおり、あれから状況が変わってしまったのでな。おぬしらが関係者でいるとおぬし達をわしらが守り切れぬ場面も出てくる。それが怖いのじゃよ」
「覚悟が必要という事ですか」キャロルがそう言った。
「例えば、おぬしの暮らしていたビギナギルの者たちが殺されてもわしらには関われん。そこの縄張りのヒメツキの問題じゃ。しかもドラゴンは不干渉。それでもそこのドラゴンは手を出した種族には文句を言って、制裁をしてもらう事ができるのじゃ。だから普通は手を出す者はいない。
だが、ここが不干渉になった為にここで何か起こっても、わしがドラゴンの里に文句を言ったところで、不干渉だから関係ないといわれ、わしにけりをつけろと言ってくるはずじゃ。しかもわしからは他の種族には手を出せない。もちろん犯人を捕まえられれば、そやつには相応の報いを受けてもらうが、わしができるのはそこまでになる。
しかし、それでは終わらん。どこかの種族が手を出していたとわかれば、誰が相手の種族や関係者を血祭りにあげるのかはわかるな。こやつの残虐非道は各種族に広まっているし、族長たちはわしら家族の戦闘力をすでに見せられているから軽々に手は出してこないじゃろうが、その種族が手を出したとわかった途端、その種族は一瞬で全滅させられるじゃろう。それでも手を出してきた時が問題なのだよ。
もし、一族の誰かが手を出そうとすれば、自分たちはかかわっていないと事前に連絡してくるはずじゃ。そうしないと誤解されたまま全滅させられる。自分の手の者でないと嘘を言っても、犯人の脳をかき回して事実をつかんで、うむを言わせず種族の里ごと滅ぼすじゃろう。もっとも魔族と天界、ドラゴンの里は場所がわからんが、こやつはしらみつぶしに調べてでも乗り込むつもりじゃから、他種族が手を出してくることは表面上はない。
だが、起きてしまったことは、仮に誰か死んでしまったならそれは元には戻らんのじゃ」
「DT様はそうなさるのですか?」キャロルは全員の顔を見まわす。全員が頷いているのを見てキャロルは絶句している。そしてエーネまでも同じように頷いている。
「どうして皆さんは、ここに一緒に住んでいられるんですか?死ぬ覚悟があるからですか?」
「そんなの簡単な事です。私達はご主人様に守られているのですから」メアが静かにそう言った。
Appendix
おう久しぶりやなあ
戻って来たわよ。でもまた旅だろうけどね
おまえも魔族乗せても大丈夫なんやなあ
当たり前でしょ?
そういえばあんた達の馬車にも魔族の匂いがついていたから、あんた達も乗せたのよねえ。
ああそうやで。7人くらい乗せて遠征したなあ
そうやな。途中面白いものも見られたしええ旅やったなあ
ほんまほんま、さすがに山の中腹をかき分けて走るとは思わなかったわ
それは面白そうねえ
しばらくおるんやろ、久しぶりに走りにいこか
そうやな
あんた達みたいにがっついてないわよ。今日は走り詰めだったから休ませて
どうしたんや
うちの子の気が急いているのがわかって、ついついペースが速くなってね、少し無理したのよ。あとねえ。馬具がいづくてつらかったのよ
ああ、確かになあ。ペース配分慣れている人だとちゃんとわかるのやろうが、それは難儀やったなあ
あと、馬具の調整はうちとこの旦那はんにしてもらっておけ。大分いいからなあ。
そうなのよねえ。だから明日から付き合うわ。それも2人乗せる事になるかもしれないから。
わかるんか?
わからないけど。まあ女の勘ね
なるほど
続く
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