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第25話 DT神から見放される

第24-5話 技術投入と状況の整理

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○ 新技術投入
「わたしのゴーストがそう囁くのよ」アンジーが嬉しそうにそう言った。
「わかりました。予感がするのですね」メアが理解してそう言った。
「おや通じるのね?」
「まえのご主人様がたまにつぶやいておられましたから」
「そうなの。一体いつの時代から来たのかしらねえ」アンジーがため息をついた。
「では、買い物に参りましょう」
 そうして大量の食料をこれでもかとリュックに詰め、さらにその上に荷物を載せて村を後にした。もちろん遊園地のある家を経由して今の家に戻る。家の居間にはレイが残っていた。
「おかえりなさい」扉から入りきらないほどの大量の食料の匂いを嗅いで、レイは椅子から飛び出し、メアの目の前に立ち期待に満ちた目で顔を見る。
「レイ、ステイ」
 メアが言うと。条件反射なのか、獣人化したまま膝をついてしゃがんだ。
「あら、そういうしつけをしているの?」アンジーがメアに皮肉めいた目で見て言った。
「いえ、あの目を見たらとっさに言ってしまいました。レイごめんなさい。椅子に座ってください。残念ですがこれはあなたの食事ではありませんよ。これはしばらくの間の食料です」
「ええーっ」レイの耳が残念そうに倒れている。
「この家の守りはあなたとエルフィだけになるからよ」アンジーがレイにそう言った。
「そうなんですか。頑張ります」椅子に座ったまま敬礼をする。
「まったくそんなことだけ憶えて。もう」
 アンジーが椅子に座って肘を立てて顎を乗せる。
 帰ってきた音を聞いて、私は、台所の脇にある地下室への階段からあがってきて、メアの手伝いをした。
「あらいたの。どこかに出かけているのかと思ったのに」
「手持ち無沙汰でして。それと以前作っていたこれを完成させていました」
 私は、メアの手伝いが終わったあと、首輪状の物を数個テーブルに置く。
「それってイヤホンみたいにも見えるけど。固そうだし、何かしら」
「まあイヤホンに近いものですね」
「ここには無線や電力はないわよ」アンジーが私とあきれた目で見て言った。
「なので、魔力で通信できるようにしました。もっとも私達限定ですけどね」
「脳内通信だけでいいでしょう」
「遠距離になるとユーリとメア、パムは厳しいですからねえ」
「これを首につけるのですか」
 メアが食料の片付けを終えて居間に戻ってきて、テーブルの上の装置を首に装着する。首輪ではなく、もっと首の付け根の方にのせる感じだ。完全な円ではなく、4分の3くらいに切れていて、両側の先端に丸いボタンがついている。
「どうして人数分あるのかしら」
 アンジーが数を数えてからひとつを手に取り、メアと同じように首につける。それを見てレイが真似をして首につける。
 私はすでにつけていて、そのボタンを長押しする。
「その首輪についている左のボタンを長く押してください」
「長押しですか」
「ええ、3秒くらい押しっぱなしにしてください」
「こうですか」
 メアが私の見よう見まねでボタンを押した。アンジーは、私と同じ世界にいたので要領はわかっているようで、すぐできました。
「どうですか。聞こえますか」私は声を出すと。全員がビクッと反応した。聞こえているようです。
「これは骨伝導ね」アンジーが私を見て、また余計なものを作ったわねという感じで言いました。
「アンジーさん知っていましたか」
「変な感じです。耳で聞いているのと同じ音が違うところから聞こえてきます」メアがものすごく嫌な顔をしています。
「すごく違和感あります」
 そう言ったレイも嫌そうだ。確かに耳が良いメアやレイは、耳と通信機の音にエコーがかかって聞こえているかもしれませんね。
「ここだと声が聞こえてくるので違和感があるでしょうけど、たぶん慣れますよ」
「でも遠距離でも使えるとなると魔力をすごく使いそうですね」とメアが言った。
「魔力を充填する石を使っています」
「魔鉱石なんていつ手に入ったのかしら」アンジーがすかさず反応して私を見る。
「あの国で地下から拾ってきました。話すと自動的にスイッチが入り、声を出すのをやめると勝手に消えますから魔力消費がかなり少ないですよ」
「拾って来たって、それって許可もらってないから盗掘でしょう。あんた、そういうとこはちゃっかりしているわねえ。それで遠隔地での会話はちゃんとできるのかしら」おやアンジーさん妙に興味を持ちましたね。
「それはこれからですね。あと、最終的にはペンダントやブローチの大きさまで小さくするつもりです」
「今回のために、今作ったわね」アンジーが本当にジロリと私を見ました。
「いいえ。以前パムとユーリとレイが旅をした時に旅先で何かあったら困るので、心配で作り始めました。まあ、魔力をどう供給するかが課題でしたので、その部分だけ保留にしていました。ですから作ったのはしばらく前です。もっとも使う前に色々と事件が起きてしまい、使う機会はありませんでしたけど」
「相変わらず家族バカね。心配しすぎでしょう。あんたに子どもができたら心配しすぎで家から一歩も出さないような親になりそうね」アンジーああきれている。
「ご主人様なら確かにそうなるかもしれません。どう見てもご主人様は、子どもを溺愛して束縛するタイプにしか見えませんし」メアさんが頷きながら言った。
「まあ、親バカになりそうですが、今はそれは置いておきましょう。とりあえず私ひとりでは使うこともままならないので、ぜひ使ってください」
『あんたは真田さんですか。まあ「こんな時のために用意しておきました」とか言わないだけごにょごにょ・・・』
「何か言いましたか?あと、脳内でしゃべると脳内だけになって近距離の人にしか伝わりませんので注意してくださいね」
「僕のは、もう少し幅を広げて首輪のようにしてもらえませんか。獣化した時に毛の中に埋まりそうです」
「肌についてさえいれば、埋まっても使えます。あと獣化したらしゃべられませんからね。聞くだけになります。あと、幅を広くして首輪に見えるのは、デザイン的にだめでしょう」
「えー、首輪が良いのに」レイはちょっと残念そうに言った。だから首輪は色々ダメです。
「飼い慣らされていますねえ。困ったものです」
「ああモーラが戻ったみたい」
「お帰りなさいませ」メアが玄関の扉を開ける。
「ただいま帰った。ってなんじゃその首につけた面白そうな物は」モーラは私達が首につけている物を見て、即座に反応する。
「おやおや、世情には無関心なはずのドラゴンのくせに興味津々ね」アンジーがツッコミを入れた。
「なんじゃアンジー、わしにからむなよ」モーラは、私に渡された通信機をいろんな角度から眺めながらそう言った。
「アンジー様は、ご主人様との甘い生活の夢を壊されたことを思い出してちょっと怒っています」メアが余計なことを言う。
「ちょっとメア、そういうわけじゃ・・・」アンジーがアタフタしています。
「ああ、最初に出会った時にはそう言っておったなあ。すまなかったのう」モーラはそう言いながらも通信機に心がいっていて、答えに心がこもっていません。
「いや、謝られても困るわよ。今だって十分幸せだし」アンジーが真剣に答える。
「そうじゃな。こんな風にみんなと暮らせてわしも幸せじゃ。さてその首の物は何じゃ」
「通信機ですね」メアが言った
「脳内通信があるのに・・・ああ、今回の件では、リアルタイムの会話が必要か。確かにユーリとパムは厳しいのう」どうして使ってもいないのにそこまでわかりますか。
「何が起こるかわかりませんから、遠隔地同士での脳内通信は、魔力を消費しますので、無駄な魔力は出来るだけ使わない方が良いかと」
「ふむ。どう使うのじゃ」モーラはみんなの真似をして首につける。
「その左のボタンを長押ししてください」
「ふむ、どうじゃ聞こえるか。おお、なんじゃ耳からではなく体から聞こえるぞ」
「骨伝導と言うらしいですよ」レイが胸を張って言った。
「レイは言葉しか理解しておらんな。さて魔力はどのくらい使うのか」
「魔鉱石に魔力を充填するのでほとんど使わないそうですよ」さらにレイが言う。
「魔鉱石とな?どこから仕入れた。というか存在を知っている者などほとんどおらんし、希少な石だぞ」モーラが私を見て言いました。
「そうなんですか?それは失敗しました」
「あそこの地下で見つけたらしいわよ」アンジーが知らない顔をして言いました。
「おぬしは転んでもただでは起きんなあ」モーラがため息をついた。
「いや転んでいませんし」
「そこにはまだありそうか。というか、もしかしてこれを掘るために・・・魔法使いの里めやってくれたなあ」モーラは何か気付いたようでそう言いました。
「ああ!そういうことなのね。まったく!恩着せがましく協力とか言っておいて、私達は証拠隠滅を手伝わされただけじゃないの!」
「そうなんですか?」
「ああ土地の所有者との約定を元に地下の採掘をして残土で城を作ってそれでおしまい。崩落の危険については、天使があそこに囚われなかったら、知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだったな。自分たちは、希少な石を大量に採掘して価値を知らない国王や国民には黙って、自分たちだけ美味しいどこ取りというところか」モーラもちょっと怒っています。
「そして天使様のおかげで事が露見しそうになると、さっさと修復作業に協力してあたかも良いことをしたかのように証拠隠滅とか。やることが汚いわねえ」アンジーが怒り疲れたのかため息をついています。
「まあ仕方がない。その事実は、魔法使いの里とのこれからの交渉材料としてとっておこうか」モーラが結論をだしたようですね。
「そうね、この話を各地にばらまいただけで、魔法使いは全ての街にいられなくなるわよ。楽しみねえ」アンジーが腹黒さを顔に滲ませています。恐い。
「まあ、街の魔法使いが困るだけかのう。して地下にはまだありそうか?」
「私も地下の端の方に落ちていた、光っている石を拾っただけで、もう掘り尽くされているんじゃないですかねえ。でも、もっと深いところにはありそうでしたけど」
「そうか、今度はおぬしの力を使ってどこかの山に眠っている魔鉱石を大量に発掘して、価値を大暴落させてやろうか」
「そこまで考えますか」
「改めておぬしが異世界の者であることを認識したわ。こんな貴重な物を惜しげもなく使いおって」モーラはテーブルの上の他の通信機を見ながら言った。
「使ってしまったのですからあきらめてください」
「さて。この装置は、わしの体が大きくなった時のことも考えて作ってあるのじゃろうな」モーラは念のためと私に聞く。
「つながったまま2つに分かれて機能します。ただし」
「ただし?」
「その時には、モーラの魔力を使わせてもらいます。もっともモーラにとっては微々たる量ですけどね」
「ならば良い。わしは、これをパムとユーリに持って行けば良いのじゃな」
「その前にドラゴンの里での事を話せる範囲で教えてください」
「話せる事はあまりないぞ。今回の件は、ドラゴンの里の仕掛けたことではないし、他の種族も関与はしていない。もっとも魔族がそそのかしているかもしれないがそこはわからん。あと、あの辺一帯を縄張りとしているのは火の奴だった。なので今回あそこでおぬしらが何かしてもドラゴンは関与してこないはずじゃ」
「人間同士で戦っているのをずーっと見せられていれば、人間不振にもなりますねえ」私は顎に手を当ててため息をついた。

○魔王と話す今回の事件
「そうじゃな。アンジーどうだった」
「ああそうだったわ。あれを使うよう言われたの」
「ああ玄関に置いてあるあれですね」メアがさっと例の物を持ってきてテーブルに置いた。
「さて、ルシフェル様、聞こえていますか?」
「おうやっと使ったね。それでどうするつもりなのかな」
「かくかくしかじか、3国の戦争を膠着したままの状態で終わらせます」
「しこりが残りそうだが。あなたが調停役に回るのかい?」
「いえ、勇者様達に」
「なるほどね。勇者の名を高めさせるためにというところですか。うまいことを考えますねえ」
「ルシフェル様、今回魔族は何か手を貸しているのですか?」
「さすがにそれはないと思いますよ。確かに誰かが仕組んでいるかもしれないですが、わたしの知るところではありませんね」
「わかりました」
「さて、あなたの考えはわかりましたが、誰をどう説得するつもりなのですか?まあ、例の不死身の勇者は、あなたの子飼いみたいな者でしょうからやってくれそうですけど。俺様勇者は、成果は上げて少しずつ名声は上げていますが、まだひよっこなのです。王女は、父王は病に倒れ、戦争の当事者になっていますしね」
「賢王が倒れたのですか」
「ああ、あなたを倒しに向かわせたのも何か予感があったのかもしれないですね。今は意識不明らしいですよ」
「そうですか」
「おや、今の話で腹が決まったようですね。面白いですねえあなたは。情など切り捨てたと言ってはいても情に縛られている。敵なのだと割り切ることもできない。そんなことを続けていてはあなたの心が壊れてしまいますよ」
「残念ながら私の心は私の家族とともにあり、私の体は家族のためにあります。ですから・・・」
「そう言いながらも一度会って話した者には情をつなぎ、情けを掛けているでしょう。家族のように親身になっていませんか?本当にあなたは度しがたい馬鹿者ですねえ」
「・・・」
「それだけに愛おしい。私はあなたが愛おしいですよ」
「ルシフェル様・・・」アンジーが心配そうにそう言った。
「ああ、アンジーそういう意味ではないのです。私も天界にいた身です。人間には少なからず情がありますよ。特にこのような人にはね。私は堕天した身ですから、愛おしくたって殺せますよ。どんな人だって種族だって。今の私は魔族であって人ではありませんから。でもこの人はどうでしょう。どんな人でも知り合ってその人のことを知ってしまうと、その人のすべて背負ってしまう。潰されないでいられるのでしょうか」
「そのために私たちがいます」アンジーが立ち上がって強い口調で言った。
「こいつの心がもろい事なんてみんな重々承知で一緒にいるんですよ。生活ではこいつに背負われているかもしれませんが、少なくともお互い支え合って生きていますよ。大丈夫、こいつは折れません。折れてもすぐ立ち直りますし、ひとりで立ち直らなければ、私たちが立ち直らせます。そのためにみんなここにいます。ルシフェル様が気に病むようなことではありません」アンジーがなぜか演説しています。
「アンジー、声が大きいですよ。ちゃんと聞こえていますから」
「その話はもういいじゃろう。わしらも危惧はしているのでな。さて話は変わるが、こやつが魔王と呼ばれていることについてはどうなんじゃ。魔王として何か思うところはあるか?」モーラが話題を変える。
「結局それは噂に過ぎません。聞くところによると戦争の起きている国で魔王に戦争を止めてもらおうと嘆願書を持って来ているそうじゃありませんか。魔王に戦争を止められるわけがない。むしろ戦争を後押しするのが魔王ですよ。何を勘違いしているのかわかりません。きっと人の勇者と同等の扱いなのでしょう。気にはしていませんよ。まあ、魔王がやさしいと思っているなら、わからせなければなりませんがね。それはまだ先に取っておきましょう」
「わかった。魔王と勝手に呼んでいろと言う事でよいのじゃな」
「念のため言っておきますが魔王を名乗った瞬間に殺しに行きますけどね」
「他人が勝手に称するのは良いが、自称はだめということじゃな」モーラが確認する。
「まあ、子どもが僕は魔王だ~と言ったところで問題ありませんが、自称魔王が簡単に倒されて、魔王恐るるに足らずと言われるようでは困りますからね」どうしてそこにこだわりますか。
「なるほどな。まあそうであることが確認できて良かったわ」
「ルシフェル様ありがとうございました」
「そうじゃな。どこの里でも今回の件に関係していないことが確認できてよかったわ」モーラも重ねて言った。
「ところで魔法使いの里は動いていないのかい?」ルシフェルがそう尋ねる。
「ルシフェル様、魔法使いの里は、被害を被っている市民に対して、救護活動をすることにしているようです。なのでそれはないと思いますよ。これまであの里は、大規模な人同士の争いがおきれば調停してきていますけど、今回の戦争はそこまで規模が大きくないと思います。戦況が悪化してくるまでは、動かないと思いますよ。
 さすがに戦争なんて起きれば、自分たちが火消しに回らなければならないのにわざわざ起こすとも思えません。ただ、この戦争自体は静観していますね」
「確かにそうだねえ」
「でも気にはなるなあ。まさかとは思うが、わしらが動くのを前提として事を起こしてはいまいか?」
「そそのかして戦争を起こさせて何かメリットがありますか?」私は首をかしげる。
「調停役を降りたいとかですか、あとそれぞれの国の一般市民に魔法使いの里を知らしめたいとか?」アンジーが言った。
「だが、それぞれの街にいる魔法使いを見殺しにすることにならないか?それに、街に魔法使いがいなくなれば、世の中の情報を魔法使いの里が手に入れる手段がなくなるぞ」
「聞いたからと言ってはいそうですとは言わないでしょうしねえ」
「勇者に調停役を切り替えたらどうなります」
「魔法使いの里は、人に知られなくなるから今よりいっそう秘密主義になりそうじゃな」
「そうなるわよねえ。それが里の本意なのかもしれないわね」
「そういえば、あの国の時は、事の隠蔽を目的にしているとはいえ、簡単に現れたのにねえ、今回は動いていないわねえ」
「あれは一応、あの国との約定もあったから動いたのかと思いますけど。あと、一国の混乱であって人類の混乱ではないと言うことですか」
「確かにそうね。今回は確かに動くか動かないか微妙な問題でした」
「今回のも手を出さないほうが良いのでしょうか」
「第3の選択肢を探すべきかのう」
「それこそ今更ですねえ」
「考えつかぬわ。わしらが考えてもしようがなかろう」
「冷静に考えれば、今回の戦争は、私達が止めなくても良いのではないですか」ルシフェルがそう言った。
「やめましょうか。最悪、魔法使いの里がでてくるのであれば、無理しなくても良いかもしれませんねえ」私は、おもちゃに飽きた子どものようにそう言いました。
「どうした。さっきまでノリノリだったのに」
「パムさんもすでに動いていますから、勇者への接触までは行いますけれど、私が王女に会わなくても良いかもしれませんね」
「確かに2国から使者が出てくれば会わざるを得まい」
「一応、アンジーには、ユーリの所に行って勇者と接触したか確認して、近くにその勇者候補がいたのなら、接触して会談をもちかけてついでに神託の有無を確認してみてください」
「まあ、嘘なのかそれとも誰かが騙っているかのどちらかでしょうけど。私としては、ぜひとも確認しておきたいわねえ」アンジーがちょっと怒っているのです。
「勇者の意向を聞くまでは介入しましょう。その上で、勇者達が引き受けないと言うのであれば、無理強いまではしない。やると言ったらフォローはしましょう。やりたくないと言ったら引きましょう。どうですか」
「そうするか。わしらが裏で手を回したことがバレぬようにな」
「魔王様良いアドバイスをありがとうございました」
「おぬしらの行動の腰を折ってしまった気がするが、よかったのか」ルシフェルがすまなそうに言った。
「冷静な意見が欲しかったのです。ルシフェル様ありがとうございました」アンジーが言った。
「じゃあまたな」
 そうして通信は終わった。
「こうなってしまうと、誰が敵で誰が味方か全くわからんな。だれが魔王の噂を流し、嘆願書まで運ばせたのかそれが不気味じゃが」
「ルシフェル様でさえあんな感じでは、誰もみな敵と思うしかありませんねえ」アンジーがそう言った。
「そうなんですか?」私はびっくりしている。メアもレイもそうだ。
「どう考えてもやんわりと動かないよう誘導しているわよ、あれは」アンジーが私を見て言いました。あんたまだまだねという顔をしています。
「そうじゃな。わしらの話を聞いて賛成している振りをしてうまく誘導しよった」
「今回の件が見えざる手によるものだとしたら、私たちを毎回陥れようとしているのが良くわかるわ」
「その辺が僕にはよくわかりません」
 レイが首をかしげていった。私も、こんがらがっています。
「今回の件は、その前にロスティアが3千人の兵士を送り込んで、ひとりの魔法使いに敗れたのね、誰も死んでいないし、誰も殺していない。ただ、絶対的な力の差を目の当たりにして軍隊は戦わずに戻ったので、兵士の士気はかなり落ちているのは間違いないのよ」
「でもね。よく考えると兵士が誰も死んでいないということは、兵力はそのままで、単に士気が下がっているだけなのよ。そのロスティアに対して、兵力が少ない国がわざわざ戦争を仕掛けるのは無理があるのよ」
「・・・・確かに変ですね」
「ましてや今回の戦争はロスティアにとっては防衛戦よ。国を守る、市民を守るという大義名分があるのよ。士気は上がらないまでも自分の住むところがなくなると思えば、さすがに必死になるのよ。だから今のところ負けていない。戦争は膠着している」
 アンジーの話に、お茶を入れに行くタイミングを失って、お盆を持ったままメアが立っている。
「同じ時期に戦争を仕掛けたハイランディスにしたって、参戦の時期が早すぎるのよ。ある程度両国の戦争の様子を見て、ロスティアが負けそうだったなら、少なくとも引き分けになりそうだったら参戦すれば良いし、もっと言えば、戦争が続いてロスティアの兵力がそがれてから参戦すれば良かったのよ。それなのにマクレスタ公国がロスティアに宣戦布告をしたのとほとんど同時に宣戦布告しているみたいなのでしょう?まあ、仮に両国間で取り決めをしていたかもしれないけど、両国合わせた兵力でさえ、ロスティアにはとうてい太刀打ちできないくらいの戦力差があるのになぜ戦争を仕掛けたのかしら?結局どちらの国も膠着状態になってしまった。戦争は開始したけど、終わり方がわからず、まるで誰かにこの戦争を止めて欲しいと思っているかのような状態になっているわ」アンジーは「誰か」と言った所で私を見た。
「・・・・」
「まるでロスティアの3千人の兵士を相手にしてもひるまなかった魔王の登場を待っているかのように静かにしているの。しかもそれぞれの市民からは、この戦争を止めるために魔王の登場を願う嘆願書まで用意していたわ。パムの話では、戦争が始まってまだ1ヶ月に満たないのに、もうそんなことが始まっている。これでは戦争前から事前に準備していたとしか思えないわよね」
「なるほどな。魔王であるおぬしに表舞台に出てきて欲しい奴がいる。しかしそれを良く思わない奴もいるということじゃな」
「そうね、今、真の勇者に現れて欲しくない現魔王側や、魔族と人族の戦争を起こして欲しくない他の種族あたりは反対派なのでしょう。そうだとしたら、今の魔王や魔族と今すぐ戦う勇者が必要なのは誰なのかしら。少なくとも私は知らないわ。みんな平和を求めているもの」
「いや、魔王を滅ぼしたい者達もおるじゃろう。人間はそうではないのか」
「人間ですか?」
「ああ。迷いの森の事件について思い出してみるがいい。あれは、魔族側の仕業と思われているが、あの魔方陣を組んだのはもしかしたら人間で、それを阻止しに来るわしらを殺せると魔族を誘っただけかもしれないのじゃよ」
「どうしてそんな発想が飛び出しますか」
「それはねえ、魔族はわりと純粋なのよ。馬鹿とも言うけど」
「なんですかそれは」
「あの時、練習のためになのかわからないけど、最初にダミーの黒い霧が作られていて、その位置が六芒星に形取られていたじゃない。魔族はわざわざそんな小細工はしないわ。だって、目的が森の壊滅なら小細工をしないでとっとと発動した方が良いもの。でもね、わざわざエルフ族に疑問に思わせるように仕掛けをして、私たちが丁度そこに到着した時に本当の魔方陣を発動させているのよ」
「でもエルフの予知は一年以上前ですよ。そんな昔からあの事件を考えていたのですか?」
「だから、何かが起きるって予言されていただけで何が起きるかまで予知されていないの。確かに予言は当たったじゃない。実際に予言通りにあそこで事件は起こったもの。誰かが私たちを誘い出し、まんまと私たちはおびき出され、あの罠に引っかかり、瀕死の状態までになった。幸運なことに魔族は引き上げたけど、あの事件で一番割を食ったのは魔族。あのまま無理をして私たちに戦いを挑んでいれば私たちを殺せたかもしれないけれど、想定以上に私達が強くて、全滅させるつもりが送り込んだ低級魔族を全滅させられ、上級魔族でもう一度と思った時にモーラの復活を見てこれはやられると思って逃げた。もしかしてそこまでも想定の範囲内だったんじゃない?真の敵にとっては」
 アンジーはそこで一息ついた。いつの間にかメアがお茶を入れてきていて、そのお茶を飲んで喉を潤して一息ついている。メアさんいつお茶を入れに行きましたか。さすがです。
「でも、見えない手の思惑よりも魔族の戦力はそれほど減っていなかったのよ。魔族の内部抗争のおかげで戦力はそんなに駆り出せず、しかも低級魔族の一部しか排除できていない。なので、次の手として勇者を協力させて魔族と直接対決をさせるための準備に今回の事を仕組んだというのは私の考えすぎかしら」
「勇者達は結束するでしょうか」
「まあ、あのまま会談するだけなら無理だと思うわ。でもね、会談の際に魔族に対して敵意を向けるだけの何かをおこせば、結束するかもしれないわよね。例えば天界が私たちの家に打ち込んだ光の槍のようなものを人族のどこかの国の都市に打ち込み、それを勇者達の近くで見せ、しかもそのせいで人間が大量に死んだら、勇者は黙っていられないでしょう?「人間というのは共通の敵に対しては一致団結する」のだから」
「もちろん誰がやったのか調べるでしょう。でも誰も「わたしがやった」とは言わないわよね。そうすると消去法で魔族しか残らないでしょう?」
「やったのは魔族と誰もが考える。魔族だって自分はやっていないとは言い出せない。誤解は解きたいけどプライドがあるからね。まあ、言ったとしても信用しないでしょうけど。だから人族は信じ込む。魔族は敵だ。全滅させないと次に攻撃されるのは自分の町かもしれない。すぐに反撃しないと殺される。すぐに攻撃をして全て殺さないといけない。となっていくのではないかしら」
「なるほど。戦争のきっかけなんてそんなものだよなあ」
「そこまで人は馬鹿ですか」
「一部の人が疑問に思っても大多数が信じ込むから。そして疑問も全てうやむやにして、自分の都合の良いことを真実とするの。すりかえるの。だって、敵がわからないより敵は魔族の方が面倒くさくないものね」
「もしかしたら、そこであんたの出番かもしれないわね。この仕業は魔族ではない敵は別にいる。だから魔族と共闘して真の敵をあぶりだそうと言わざるを得なくなる。そして人間の敵はあんたに置き換わる。魔族をかばう魔法使い。ああ、このシナリオもありそうね。現に今も魔王扱いだし。そうすれば、人類の敵があなたになって、人族の全ての国が大義名分を振りかざしてあんたを襲いにくるでしょうね。人間にとっては、魔族よりもまずあんただと。あんたを殺して人間が一致団結できて、次は魔族と戦おうってね。もっとも、あんたがその力を誇示すれば、すごすごと帰って行くでしょうけど」
「それでも魔族への攻撃は収まりますよね」
「その後しばらくしたら、やっぱり魔族があの攻撃をやった。だから魔族は脅威だ。あの魔法使いは、人間には何もして来ないから、放っておいて先に魔族を攻撃だ~というところかしらねえ」
「どうあがいてもおぬしの行くところ死体の山が出来そうじゃのう」
 そこで一同沈黙してお茶を飲む。


続く
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