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第23話 アンジー天界から用事を言いつけられる
第23-4話 親書は届くよどこにでも(先着順)3 エルフィとユーリ
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○ エルフの里あてにゆーびんでーす
次に到着したのはエルフィである。
「アーちゃん無理しないでー」
アは、エルフィの意を汲んで頑張っている。どうやらエルフィが最初に「一番早く親書を届けて旦那様から一番にちゅーしてもらうんだ~」と言ってしまったことによるらしい。
アは、3頭の中で年齢的にやや高めであり、体力的にはやや厳しい。その分経験があり、体力の配分はよくわかっている。給水・給餌の時間も自分である程度理解してエルフィに伝えている。しかし、それは他の2頭に比べての話である。一般の馬に比べれば格段に速い。しかも、どう憶えたのかわからないが、自分自身で脚に強化魔法をかける事ができるようになっていたからだ。もっともここぞと言う時に使っているので、そうそう使わないようにはしていて、自分の魔力量を考えながら、野獣や盗賊の気配をエルフィを通じて把握して、遭遇しそうな時に使っているようだ。
「ねえ無理してない?無理してない?」
エルフィは、アに気を使いながら道を駆け抜けている。休憩になると、アがエルフィに回復魔法をかけるように催促する。具体的には頬をすり寄せておねだりしている。
「だーめ。無理はしないの」エルフィは、回復魔法に頼って、休息を十分取らないと次の休憩までの時間が短くなることをよくわかっているからだ。もっともエルフィの体力も長時間の鞍上でかなり厳しいのもある。
休憩と睡眠と食事は、バランス良く取ればかなり効率よく移動が可能だ。以前に住んでいたビギナギルを越え、ハイランディスの領地をショートカットしロスティアの側を通り過ぎてひたすら移動する。それでも到着まで5日かかっている。森に入る前に念のため野宿をした。
「森よ。私を通してください」
エルフィは、そう祈ってからその森を通る。森を抜けるとそこがエルフの里だ。見慣れた木造の塀と櫓、そして砦が見える。扉の前に立ち、エルフィは叫ぶ。
「天界の使者アンジーの代理としてエルフィが来ました。この門を開けてください」
いつになく緊張してしばらく待った。
かなりの時間の後、扉は開かれ、案内役と思われるエルフが中へと招き入れる。馬を引いてエルフィは、中に入る。追い立てられるように長老の家に連れて行かれる。
木のやや上の方にある長老の屋敷に入る。
「お久しぶりです」
エルフィは、立ったまま軽く頭を下げて、あからさまに嫌そうな顔でそう言った。
「まあそう険しい顔をするな。座るがいい」
何を考えているのかわからない気持ちの悪い笑みだ。用心しながら座った。
「さて親書をもらおうかの」
エルフィは、テーブルの上にそれを置き、誰かがそれを長老に渡した。
「こればかりはな、親書をわしが受け取り、封蝋に触らなければ、事は終わらんのでなあ」
長老は、手に持った親書の封蝋に触れて、色が赤から白に変わった。
「これで確かに受け取った。それではここから立ち去るがいい」
「わかりました。それでは失礼します」エルフィはさっと立ち上がり、軽く一礼して踵を返す。
「家族には会わないのか?」
「血縁の者はいますが、残念ながらここには私の家族はいませんので」
エルフィは、振り向きもせずそう言った。そして、外に出る寸前に立ち止まって。
「そうそう一言だけ言っておきたいことがありました」
長老に振り返り、その目を見てエルフィは言った。
「恩知らず」
そして、長老の家から地上に飛び降りた。長老の側近達が何か叫んでいたがよく聞こえなかった。目から涙がこぼれ、感情がぐちゃぐちゃだったから。
血のつながった家族も当然出てくるわけがない。そういう親や兄弟だ。だから、馬を預けていた場所に走って行く。
「エルフィ!」
エルフィは、聞き覚えのある声に立ち止まり振り向いた。
「ああ、長老の息子のエルバーンね。何か用?私、用事が済んだから家族の元に早く帰りたいの」エルフィは見下すような目でその男を見て言った。
「あの森の時はすまなかった。あれから他の地域に住む者達から聞いた。大変なことが起きていたんだな。本当にすまなかった。そしてありがとう。君のおかげでこうやって我々は森に住んでいられる。本当にありがとう」エルバーンという男がそこで頭を下げた。
「あれを止めてくれたのは私の家族よ。私だけじゃ止められなかった」
「そうだったな。家族というのは?」その男は不思議そうに尋ねる。
「ここには私の家族はもう一人もいないの」振り向いたままそう告げるエルフィ。
「両親も兄弟もいるじゃないか」何を言っているのかわからないという風にその男はまた訪ねる。
「私達があの時、体力も魔力も尽きてここに戻った時、あの人たちは何一つしてくれなかったのよ。ねぎらいの言葉も長老からかばうこともしてくれなかったの。まあやっぱりって感じで、私を家族だなんて思っていないのよ。昔からね」エルフィは背中を向けて、顔を見せずにそう言った。
「・・・・そうか」
「今の言葉は、旦那様に伝えておくわ。きっと喜ぶから。じゃあ」エルフィはそう言って歩き出そうとする。
「エルフィ。ここにはもう戻ってこないのか?」
「自分から来る気にはならないわ。この事なかれな体質が変わらない限りはね。もっとも変わらないからこそエルフ族なんでしょうけど」エルフィは立ち止まり背を向けたまま言った。
「変わったら戻ってくるのか」
「あの長老がいる限りは無理でしょう。そして、長生きしそうだから500年は無理でしょう?変わったからといっていい方向に変わるかもわからないしね」
「・・・・」
「じゃあ行くわ」
「気をつけて行って欲しい。本当に気をつけて帰って欲しい。お願いだから」
「それは、族長候補としての責任感からなのかな?」エルフィが振り返ってそう言った。
「いや、君がうらやましいからかな。というより憧れだからなのか。少なくとも僕は失いたくないから」すごく切ない目をしてその男は言った。
「なるほど。私はこれから死ぬような目に遭うのね」エルフィは悲しそうな目で彼を見る。
「それは言えない。ただ帰り道に気をつけて欲しいということしか言えないんだ」そう言って彼は、目をそらしている。
「結局あなたもそこまでなのね。ありがとう。忠告感謝するわ」
「すまない。ふがいない僕を許してくれ」
「許すも許さないもないの。私にとってこの里はその価値もないから」吹っ切れたようにエルフィは走り出した。
「・・・・・」彼は、ひざまずいてうなだれたままそこに残された。
エルフィは、アのところに到着して、優しく頭を背中をなでる。
「ごめんね。昨日休んだ分これから厳しい走りになるかも」エルフィはアのたてがみを撫でてそう言った。
「ヒン」悲しそうなエルフィの言葉に悲しそうに応えるア。
エルフィがアを連れて、門のところまで行くと、見計らったかのように門が開かれた。
エルフィは、馬に乗り門を出る。すかさず門が閉められた。
「じゃあ行くよ~」エルフィはそう言って、手綱をかるく一振りして、アのおなかをやさしく蹴る。待ってましたとばかりに全力ダッシュを始めるア。
森の中は道があるようでない。とにかく道になっている方向に向かってひた走る。途中、弓矢や魔法が体をかすめる。幸い馬には当てるつもりが無いようで狙いも甘くなっている。
「どうせ私は里から縁を切られたとか聞かされて攻撃してきているんだろうな~」
エルフィは、なぜか楽しくなってきて、弓や魔法をかわしつつ、あぶみに脚を掛けたまま立ち上がり、1本だけ矢をつがえ弓を構える。ああ、これを作ってくれた旦那様ならきっとこう戦うんだろうな~。そう思いながらエルフィは目を閉じ、周囲の気配を感じながら弓を上に向け1本の矢を打ち放った。1本の矢のはずが6本の軌跡を作ってそれぞれの方向へ飛んでいく。今度は、目をつぶったまま、矢をつがえず弓の弦だけを引き絞り弓を上に向けて弦を弾く。今度は光の矢が8本になり、それぞれの軌跡を描いて飛びさっていった。
「これを森がどう判定するのかな~ちょっと楽しみ~」
静かになったその森をエルフィは、無事に駆け抜けた。
森の中では、その矢に打たれた者達が不思議な顔をしてたたずんでいる。枝にいた者達もどうやら打ち落とされて地上に落とされていたようだ。
「確かに魔法の矢で打たれた。しかし一瞬の痛みと共に何も起きなかった。どういうことだ?」そのエルフの男は、弓を持つ腕をさすって仲間達の所に集まりながらそう言った。
「里から出る時に足にけがを負っていた者は、その傷が治ったらしいぞ」その男は魔法使いらしく、折れた杖を持っている。
「回復魔法を矢にして打ったということなのか?」さら数人がそこに集まってきて顔を見合わせている。
「それはすごすぎないか。そばにいない味方が怪我をしてもこの魔法の矢で打てば治せるという事じゃないか。そもそもそんなことが可能なのか?」それを聞いて数人は首をかしげている。
「エルフィだから出来たのかもしれないな」その男はあきれた顔をして言った。
「すごすぎないか」あきれた顔の男を非難するような顔で別の男が言った。
「昔から彼女は我々の数段上をゆく弓の技術と魔法技術、そしてすごい魔力量を持っていたからできるのかもしれない」
「あんな化物どうやって倒せば良いのだ」
「無理に決まっているだろう。我々の弓矢は一切あたらなかったんだから」
「彼女は昔から、あのよく聞こえる耳で相手の位置をすぐ把握して反撃していたじゃないか」
「そうなのですか。本当にすごい人なんですね。でもどうしてそんな人が・・・」多分年上だろうと思われる風格のエルフに向かってそう尋ねる。
「それは、人の血が混じっているのと度が過ぎる能力で長老達は嫌っていたんだ」残念そうにそう呟く。
「そうなんですか。もったいない」
「我々も彼女をいじめていたから責められてもしかたがないんだよ」ばつが悪そうに別の男が言った。
「でも、長老の息子は見て無ぬフリをしていたんだよ。かばっても良かったのに」
「立場もあったんだろうが、あいつは、エルフィのこと好きだったらしいのになあ」
「そうだったのですか?」
「そういえば、最初に1本だけ本当の矢が放たれていたようだが」
「ああこれだ。何か紙がつけてあるぞ」
その紙には「こんなに弱いなら強い敵が攻めてきた時すぐやられちゃいますね~どうするんですか~ちゃんと戦闘訓練しないと死にますよ~」と書いてあった。
エルフィは、追っ手が無いことを確認して、アの速度を抑えた。
「アーちゃんもういいよ~逃げ切ったみたいだから~さ~帰ろ~」
「ヒン」
そうしてエルフィは、エルフの里を後にした。
「でもやっぱり一番最初に戻りたいよね~」
「ヒン」アは、その言葉に反応してさらに加速した。
帰りは、距離も大体つかめているので、ペース配分もでき、効率的に帰ることができた。もちろん魔獣の出現や盗賊の待ち伏せもあったけれど、すべて足に矢を打ち込んで動けなくしてその場を駆け抜けていった。もちろん回復魔法付きなので、矢が消えた後は傷も残らない。
「やったー一番乗り~」
よく知っている道に入り、村が近いことを知る。周囲の反応を見ても魔獣も盗賊もいない。たぶんこのペースで帰ってこられたのは私だけだろう。もっともモーラ様とアンジー様を除いて・・・
ドンッッッッッ!!!!
空気を震わす強い振動が、緩く長く続き、エルフィとアが進むのを阻んだ。横倒しにならなかったのが奇跡だ。道の中央に立ち止まり、馬から下り、地面がしばらく振動しているのを肌に感じながら立ちすくむ。
「ヒン!」何かを感じたのか、アが空を見上げる。
「なに・・・あれ・・・」
エルフィの目には、細く長く光の柱がそこには見えた。
光の柱が消え振動が収まった時、エルフィははっとして、アに叫ぶ。
「アーちゃん急ごう!」エルフィは叫ぶと同時にアに跨がり腹をやさしく蹴る。
そうして、疲れた脚に魔法をかけアは加速していった。
「旦那様・・・大丈夫だよね」
エルフィは心細げにつぶやいた。
○ 元魔王様あてにゆーびんでーす
次に到着したのは、多分ユーリである。
これまでひとり旅をユーリは経験していなかった。傭兵団なり、あるじ様なり、パムなりと複数人で旅をしてきたので、どうもペースがつかめずにいた。
クウとは、よく一緒に走っているので、長距離も苦ではないが。いつ休ませて、いつ水やかいばを与え、いつ野宿の用意をするのか、よくわかっていなかった。クウも同じように単独走が初めてなので、お互い相談しながら数日走り、やっとわかってきた。
クウは走るのが好きで、つい速度を上げようとする。その日は良いが、翌日にその分疲れていて十分な速度が出せなくて、無理をしようとする。一日の中でも休憩はこまめに取り、その都度給水しないとダメみたいだ。
ペースがつかめるとまさに人馬一体。風を切りながら道を疾走している。しかし、魔獣やら獣が出没するため、それをかわしつつ走ることになる。
もっとも魔族は、これまでの魔族との戦いの武勇伝に尾ひれがついて伝わっていて、魔族の領地のそばを走っている時でも、相手の気配を感じてもすぐに感じなくなる。複数でもかかってこないのは、やはり魔王の側近との戦闘の話が大きいようだ。
しかし女性のひとり旅である。魔獣はかわせても盗賊が執拗に襲ってくる。
突然、クウが足を止める。
「あ、気付いたんだね」
ユーリは、この先にある木立の中に数人の気配を感じていた。
「クウを傷つけられたくはないなあ」
人は何をしてくるかわからない。走り抜けるのは無理そうだ。
「ゆっくり走って行こうか」
「ヒン」クウは静かに啼いた。ゆっくりと進んでその場所まで来ると。
「そこの奴止まれ」
その言葉と共に囲むように人影が現れる。ユーリは馬を降りる。
「何の用ですか」
「その馬と持っている物を差し出せ」
「そうしたら、旅が続けられなくなるじゃないですか」
「死ぬよりはましだろう」
「親分、こいつ女ですぜ。捕まえて・・」
「馬鹿野郎。確かに盗賊に成り下がっちゃいるが、そこまで落ちぶれていないわ」
「ですが、ここでこの女を放り出したところで、誰かに犯られちまうのがおちですぜ」
「お前、馬に載せているあの大剣を見て何か思い出さないのか」親分と呼ばれた男が馬を見てそう言った。
「ああ、そんな物が・・・でも、今は獲物を持っていませんぜ」
「俺の背中には冷や汗が流れているんだよ。わかるか?」
言われた男はポカンとしている。しかし数人は、親分と呼ばれた男の言葉にうなずいている。
「女の子をこんなところに捨てて行くのは感心しませんが、それでも犯さないだけまだ性根は腐っていませんね。盗賊をしている理由が何かありそうですけど。聞かせてもらえませんか?」
ユーリは、後ろ手にしていた右手を前に出す。そこには、あるじ様から作ってもらった脇差しを握りしめていた。日本刀独特の刃のひらめきがきらきらと陽の光を反射している。
「やはいあんたは、あの時の3人のうちの一人か」親分と呼ばれた男は、剣を降ろした。
「いつの時かは知りませんが、いつの事でしょう」
ユーリは、あるじ様の真似をちょっとしてみた。
「ある村の領主の不正をあばいて、領主を追放した話を憶えているか」
「ごめんなさい。そんな事は何回もあったので、どれか憶えていないのです」ユーリが本当にすまなさそうに言った。
「そうか。俺たちも領主にだまされていたからな。しばらくはその時の金でなんとかしていたが、どこにも行く当てが無くて、このままどこかに行こうとしていたところだ。まだなにもしちゃあいねえ」
「それは、領主が悪いせいなのに割を食いましたねえ」
「いや、それについちゃあ、俺も薄々感づいていたんだが、見て見ぬ振りをしていたのも事実だからな」
「ではまだ、盗賊をしていないのですね?」
「ああ今回が初めてだ。まったく悪いことは出来ないものだな」親分と呼ばれた男はばつが悪そうに頭をかいている。
「そうですか。その言葉信用しましょう。少ないですがこのお金を差し上げます。そして、私が走ってきた方にファーンという小さい村がありますので、そこの傭兵団を訪ねてください」
「え?」話の意味がわからないのか反応ができなかったようです。
「仕事が欲しいのでしょう?」
「あ、ああそうだが。会ったばかりで、しかも盗賊しようとしていた俺たちを信用するのか」
「あるじ様がいつも言っています。まずこちらから信用しなければ信頼は生まれないと。あと礼節は大事だと。さらには、袖振り合うも何かの縁という言葉をよく使われます」
「そうなのか」なんかごまかされたようにポカーンとしている。
「ただ私は、あるじ様ほどお人好しではないので、もし嘘をついたらどんな目に遭うのか教えておきます」
「どんな目に遭わせるのか」
「私は目をつぶっていますので、全員で切りかかってください」
ユーリは馬から離れて道の真ん中に立つ。
「いいのか?」
「私が死んだらこのお金は全て貴方たちの物ですよ。私は傷つけられても絶対貴方たちを殺しませんから。さあどうぞ」そう言ってユーリは目をつぶる。持っているのは脇差しだけだ。
「いいんですかねえ」先程の男はそう言いながら剣を手に持って近付こうとする。わかっていない数人がユーリを囲み始める。
「お前にはわからないだろうが、誰かが前に出ようとすると、気配を察知してそちらの方に意識を向け、足先の向きが少し変わっている。わからないか?」親分と呼ばれた男はそう言いながらその様子を見ている。
「確かに。でも一斉にかかったら逃げられねえでしょう」
「剣というのはな、全員で斬りかかったって間合いが決まっているのさ。この人数で一斉に切りつけられはしない。できても5~6人。さらに相手が立っている位置を決めて一斉に上から切りつけることになる。そうすると逃げられたら逆にこっちが危ない。なので3人がせいぜいで、その位置は3方向しかないんだ。ただ横に薙いでくることがあるからそれを気にしているのだろう。だとしてもこの余裕は何だ?」
用心しているのか、周囲の男達はじりじりと間合いを詰めてはいるが、誰が一番最初に行くのか決めかねている。
「来ないのならこちらから行きますよ」
ユーリは、一番近づいていた男の方に向いて一瞬屈んでダッシュする。
「速い!」
ユーリが一瞬屈んだ時をのがさず、他の男達が間合いを詰めたが、すでにそこにはユーリはいない。すでに正面の男の首に脇差しの切っ先を当て、一瞬止まったあと、すぐ首から刃を離して背中に回り込み、その男を盾にして、間合いを詰めてきた男達の中に突っ込む。思わずさがる男達を尻目に、右側の少し離れていた男に一瞬で近づき、背中に回り込んで、やはり首に刃を当て、先ほど背中を押した男と切りつけようと集まっていた男達の中に飛び込み、お互いが傷つけないよう剣を動かせずにいるところを背中に回り込んで次々と首筋に刃を当ててそこから離れる。
「もういいわかった。やめてくれ」
親分と呼ばれた男が叫ぶ。目を開いたユーリが首をかしげる。
「どうわかったのですか?」
「今後悪事を働いたら、あんたが制裁に来ると言うことがよくわかった。どんなに人数を集めたってあんたにはかなわないだろう。全員殺されておしまいだ」
「そうでしょうか?私には、あるじ様のように3千人の兵隊相手にするだけの度胸はありませんが」
「あ、あるじがあの話の?魔法使いだと?」親分と呼ばれた男はその言葉に驚いている。
「あ、違います。いまのはたとえです。本気にしないでください」急に頭をかくユーリ。
「ああそうしておく。事実を知った者達は、皆消されると言われているからな」ユーリに視線をあわせないようにその男は答えた。
「そんな話になっているのですか?」
「ああ、その魔法使いの居場所を探しに行った者は、ほぼ全員行方不明になっているそうだ」
「話が変な方に歪んで伝わっていますね。おっと。その人とは関係ありませんが、私の訓練に付き合わせたことは謝ります」
「今のが訓練なのですか」
「不殺こそが私の到るべき高みですので」
その親分がいきなり土下座をする。それを見て十数人が全員土下座をする。
「感服いたしました。ぜひ部下にしてください」
「皆さん立ってください。というか立って!」
全員立ち上がる。
「訓練に付き合わせたことは謝ります。それに部下には出来ません。でももし、盗賊になるのを諦めて何か職に就きたいのなら、貴方たちには私の住んでいる村の傭兵になって欲しいのです」
「はあ」
「えっとですね。えー私の・・・ところはー田舎の村・・・なのですが、最近・・・活気が出てきまして、えーと、それを妬む国とかに狙うじゃない狙われそう・・そう狙われそうなんです。あ、まだ先のことですけど。なので、信頼でき?ああ、できそうな人を傭兵として雇い・・・雇いたいのです。そうそう。で、出会って・・えーと、出会って、良さそうな人がいたら勧誘してくれと・・・言われていたのです。(棒読み)あ、やっと全部言えた」
「はあ」
「ですからその村へ、ファーンへ行ってみてください」
「わかりました。どなたを尋ねて行けば良いですか」
「ああ、ユーリが紹介していたと言ってくれれば誰でもわかります。まあ、マッケインさんがいればすぐですが、いなければ出会った人に話せば、村長のところに連れて行ってくれます」
「わかりました。盗賊に手をそめないままでいられたことを感謝します」
「それはよかったです。でも、うちの天使様ならそれでも懺悔してくれて改心してくれれば、大丈夫だと思いますよ」
「その村には天使様がいらっしゃいますか」
「ええ、辛口で辛辣なことを言う人ですが間違いなく天使様です。でも普通の人は天使様って何ですかって言いますよね」
「私は信じていませんが、私の家には伝わっております。もっとも聞かされただけですので誰も信じないでしょうが」
「では忠告します。その村では天使様のことを悪く言ったりしてはいけませんよ」
「わかりました」
その時に人の匂いに誘われたのか森から魔獣が叫びながら走り出してきた。かなり大柄な魔獣だ。まるでシロクマのような体躯。見た目以上に足も速い。
「魔獣だ!!」魔獣の叫び声に反応してその姿を見た者が叫び、その視線の方向に振り向いた者も怯えている。
「でかいぞ!これは厳しいな」
一応剣を構えるものの、皆、緊張しているようだ。
「皆さん、けがをしますので離れてください」
ユーリは、馬の鞍に付けていた大剣のベルトを外して、背中に背負う。
「その大剣。やっぱりあなたでしたか」
「近づかないでください」
ユーリは、近づいてくる魔獣に向かって一直線に走って行く。魔獣は向かっていくるユーリに対してスピードを落とし、やがて止まって両前足をあげて迎え撃とうとする。ユーリが大剣の柄に手を掛けると背中のベルトが勝手に外れる。走りながらその剣を両手で水平に構えるとユーリはさらに加速して魔獣に突っ込んでいく。魔獣は、自分の間合いに入ったのか右前足を横に薙いだ。しかしユーリの姿は消えて、魔獣の前足は空を切る。ユーリは魔獣の右腕の振りよりもさらに早く魔獣の左脇腹を抜けて背中に回り込んだ。気配に感づいた魔獣が左足を軸にして回って、ユーリに対して正面を向いた時に、ユーリは魔獣の腹に剣を刺し、股間から腹部、顎、頭まで一直線に切り上げる。大剣は、背中の皮まで届かないように、頸椎までで止めている。その魔獣は、何が起きたかわからないうちに両前足は、だらんと下がり、ほどなく倒れ込む。
「ごめんね。ついいつもの癖でこういう切り方をして、毛皮としてできるだけ使える面積を増やすために傷つけたくないと言われているので」
そう言いながら、ユーリは、魔獣の死体に手を合わせる。あるじ様がいつもこうしているから真似をしているだけなのだが。
「一撃ですか」
近づいてきた親分がつぶやいた。
「これでしばらくは肉に困りませんね」
そう言ってユーリはにっこり微笑んだ。
「あ、ああそうですね」親分と呼ばれた男はドン引きしている。
「では先を急ぎますのでここで失礼します。ぜひファーンという村を訪ねてくださいね。もちろんその前にどこかで仕事に就ければそれでも構いませんので」
「いえ、ぜひその村に行ってみたくなりました。そうだな」
全員うなずいている。空気を読んでクウが近づいてくる。大剣の血糊や脂を拭き取って鞍の鞘に収め、ユーリは馬に乗った。
「それでは失礼します」
その場の全員は、ただ呆然と見送った。
「すげえ人ですねえ」先ほど親分と呼んだ男が言った。
「多分噂の魔法使いと7人の仲間の一人だろう。その中に一人だけ人族の魔法剣士がいると聞いた。亡国の姫だという話だが」
「マ、マジシャンズセブンですか。それなら納得です。でも、そいつらに会うと死ぬという噂もありますぜ」
「いや死んでも構わない。ぜひともその村に行って、傭兵団に入って、あの人に稽古をつけてもらいたい」
「そ、そうですね」
「さあみんな行くぞ・・・おっとその前に肉を解体して、食べるか。そして持てる分だけ持つぞ。魔獣よけの餌になりそうなでかい奴だからな。まあ、これを襲う魔獣に会ったらこの肉置いて逃げるぞ」
一方ユーリは、
「良かったのかなあ。とりあえず、ついでの方の目的を果たせたから良かった」
でもね。アンジーからは、帰り道でと言われていたと思いますが。あと、そのセリフ棒読みは練習しましょうね。
その後に現れる盗賊達は、いきなり襲ってくるので、一度は剣をおさめるように説得して、それでも聞かないので、全員の剣をたたき壊して去り際に「その剣で魔獣と戦ってくださいね」と言い残したそうだ。一応、あるじ様の助言をひたすらに守っているユーリだった。
そしてユーリは、指定された町に到着してた。すでに夕方だったので、宿屋に部屋を取り、その夜に宿屋の裏手で静かに人を待った。この時すでに6日が経過していた。
Appendix
アンジーの親書の受け渡しについて
連絡員の方ですか?ルシフェル様に連絡を入れてください。
はいそうです。親書を渡す手はずについては、時間を指定して側近に渡してすぐ戻ります。
そういう事でよろしくお願いします。
ああ、ルシフェル様、きっと連絡してくると思いました。
どうして通常の連絡ルートで親書の話をしたのかと聞きますか。
それは、今回の件はどうも引っかかるのです。ですからあえて連絡員を通して親書の受け渡し方法を言いましたよ。もしかしたら何かが吊れるかもしれませんので。
そう言う事か。どうも前回の国がおぬし達と戦争を仕掛けた峙も、誰かそそのかしている者がいたらしくてねえ。気になっているのですよ。
では、期日指定で側近にお渡しする事にしていますが、この連絡で変更したいと思います。
そうしよう。側近の者にも明日話すつもりだ。それで何か出てくるかもしれないねえ。
そうならない事を祈っています。
連れて行く前に教えてくれ、なぜ俺たちが偽物だと一瞬でわかった?
この人とは一度会っているもの。あんた達じゃオーラの出方が全然違うのよ。そこに気付かないあんた達は所詮3流なのよ。
続く
次に到着したのはエルフィである。
「アーちゃん無理しないでー」
アは、エルフィの意を汲んで頑張っている。どうやらエルフィが最初に「一番早く親書を届けて旦那様から一番にちゅーしてもらうんだ~」と言ってしまったことによるらしい。
アは、3頭の中で年齢的にやや高めであり、体力的にはやや厳しい。その分経験があり、体力の配分はよくわかっている。給水・給餌の時間も自分である程度理解してエルフィに伝えている。しかし、それは他の2頭に比べての話である。一般の馬に比べれば格段に速い。しかも、どう憶えたのかわからないが、自分自身で脚に強化魔法をかける事ができるようになっていたからだ。もっともここぞと言う時に使っているので、そうそう使わないようにはしていて、自分の魔力量を考えながら、野獣や盗賊の気配をエルフィを通じて把握して、遭遇しそうな時に使っているようだ。
「ねえ無理してない?無理してない?」
エルフィは、アに気を使いながら道を駆け抜けている。休憩になると、アがエルフィに回復魔法をかけるように催促する。具体的には頬をすり寄せておねだりしている。
「だーめ。無理はしないの」エルフィは、回復魔法に頼って、休息を十分取らないと次の休憩までの時間が短くなることをよくわかっているからだ。もっともエルフィの体力も長時間の鞍上でかなり厳しいのもある。
休憩と睡眠と食事は、バランス良く取ればかなり効率よく移動が可能だ。以前に住んでいたビギナギルを越え、ハイランディスの領地をショートカットしロスティアの側を通り過ぎてひたすら移動する。それでも到着まで5日かかっている。森に入る前に念のため野宿をした。
「森よ。私を通してください」
エルフィは、そう祈ってからその森を通る。森を抜けるとそこがエルフの里だ。見慣れた木造の塀と櫓、そして砦が見える。扉の前に立ち、エルフィは叫ぶ。
「天界の使者アンジーの代理としてエルフィが来ました。この門を開けてください」
いつになく緊張してしばらく待った。
かなりの時間の後、扉は開かれ、案内役と思われるエルフが中へと招き入れる。馬を引いてエルフィは、中に入る。追い立てられるように長老の家に連れて行かれる。
木のやや上の方にある長老の屋敷に入る。
「お久しぶりです」
エルフィは、立ったまま軽く頭を下げて、あからさまに嫌そうな顔でそう言った。
「まあそう険しい顔をするな。座るがいい」
何を考えているのかわからない気持ちの悪い笑みだ。用心しながら座った。
「さて親書をもらおうかの」
エルフィは、テーブルの上にそれを置き、誰かがそれを長老に渡した。
「こればかりはな、親書をわしが受け取り、封蝋に触らなければ、事は終わらんのでなあ」
長老は、手に持った親書の封蝋に触れて、色が赤から白に変わった。
「これで確かに受け取った。それではここから立ち去るがいい」
「わかりました。それでは失礼します」エルフィはさっと立ち上がり、軽く一礼して踵を返す。
「家族には会わないのか?」
「血縁の者はいますが、残念ながらここには私の家族はいませんので」
エルフィは、振り向きもせずそう言った。そして、外に出る寸前に立ち止まって。
「そうそう一言だけ言っておきたいことがありました」
長老に振り返り、その目を見てエルフィは言った。
「恩知らず」
そして、長老の家から地上に飛び降りた。長老の側近達が何か叫んでいたがよく聞こえなかった。目から涙がこぼれ、感情がぐちゃぐちゃだったから。
血のつながった家族も当然出てくるわけがない。そういう親や兄弟だ。だから、馬を預けていた場所に走って行く。
「エルフィ!」
エルフィは、聞き覚えのある声に立ち止まり振り向いた。
「ああ、長老の息子のエルバーンね。何か用?私、用事が済んだから家族の元に早く帰りたいの」エルフィは見下すような目でその男を見て言った。
「あの森の時はすまなかった。あれから他の地域に住む者達から聞いた。大変なことが起きていたんだな。本当にすまなかった。そしてありがとう。君のおかげでこうやって我々は森に住んでいられる。本当にありがとう」エルバーンという男がそこで頭を下げた。
「あれを止めてくれたのは私の家族よ。私だけじゃ止められなかった」
「そうだったな。家族というのは?」その男は不思議そうに尋ねる。
「ここには私の家族はもう一人もいないの」振り向いたままそう告げるエルフィ。
「両親も兄弟もいるじゃないか」何を言っているのかわからないという風にその男はまた訪ねる。
「私達があの時、体力も魔力も尽きてここに戻った時、あの人たちは何一つしてくれなかったのよ。ねぎらいの言葉も長老からかばうこともしてくれなかったの。まあやっぱりって感じで、私を家族だなんて思っていないのよ。昔からね」エルフィは背中を向けて、顔を見せずにそう言った。
「・・・・そうか」
「今の言葉は、旦那様に伝えておくわ。きっと喜ぶから。じゃあ」エルフィはそう言って歩き出そうとする。
「エルフィ。ここにはもう戻ってこないのか?」
「自分から来る気にはならないわ。この事なかれな体質が変わらない限りはね。もっとも変わらないからこそエルフ族なんでしょうけど」エルフィは立ち止まり背を向けたまま言った。
「変わったら戻ってくるのか」
「あの長老がいる限りは無理でしょう。そして、長生きしそうだから500年は無理でしょう?変わったからといっていい方向に変わるかもわからないしね」
「・・・・」
「じゃあ行くわ」
「気をつけて行って欲しい。本当に気をつけて帰って欲しい。お願いだから」
「それは、族長候補としての責任感からなのかな?」エルフィが振り返ってそう言った。
「いや、君がうらやましいからかな。というより憧れだからなのか。少なくとも僕は失いたくないから」すごく切ない目をしてその男は言った。
「なるほど。私はこれから死ぬような目に遭うのね」エルフィは悲しそうな目で彼を見る。
「それは言えない。ただ帰り道に気をつけて欲しいということしか言えないんだ」そう言って彼は、目をそらしている。
「結局あなたもそこまでなのね。ありがとう。忠告感謝するわ」
「すまない。ふがいない僕を許してくれ」
「許すも許さないもないの。私にとってこの里はその価値もないから」吹っ切れたようにエルフィは走り出した。
「・・・・・」彼は、ひざまずいてうなだれたままそこに残された。
エルフィは、アのところに到着して、優しく頭を背中をなでる。
「ごめんね。昨日休んだ分これから厳しい走りになるかも」エルフィはアのたてがみを撫でてそう言った。
「ヒン」悲しそうなエルフィの言葉に悲しそうに応えるア。
エルフィがアを連れて、門のところまで行くと、見計らったかのように門が開かれた。
エルフィは、馬に乗り門を出る。すかさず門が閉められた。
「じゃあ行くよ~」エルフィはそう言って、手綱をかるく一振りして、アのおなかをやさしく蹴る。待ってましたとばかりに全力ダッシュを始めるア。
森の中は道があるようでない。とにかく道になっている方向に向かってひた走る。途中、弓矢や魔法が体をかすめる。幸い馬には当てるつもりが無いようで狙いも甘くなっている。
「どうせ私は里から縁を切られたとか聞かされて攻撃してきているんだろうな~」
エルフィは、なぜか楽しくなってきて、弓や魔法をかわしつつ、あぶみに脚を掛けたまま立ち上がり、1本だけ矢をつがえ弓を構える。ああ、これを作ってくれた旦那様ならきっとこう戦うんだろうな~。そう思いながらエルフィは目を閉じ、周囲の気配を感じながら弓を上に向け1本の矢を打ち放った。1本の矢のはずが6本の軌跡を作ってそれぞれの方向へ飛んでいく。今度は、目をつぶったまま、矢をつがえず弓の弦だけを引き絞り弓を上に向けて弦を弾く。今度は光の矢が8本になり、それぞれの軌跡を描いて飛びさっていった。
「これを森がどう判定するのかな~ちょっと楽しみ~」
静かになったその森をエルフィは、無事に駆け抜けた。
森の中では、その矢に打たれた者達が不思議な顔をしてたたずんでいる。枝にいた者達もどうやら打ち落とされて地上に落とされていたようだ。
「確かに魔法の矢で打たれた。しかし一瞬の痛みと共に何も起きなかった。どういうことだ?」そのエルフの男は、弓を持つ腕をさすって仲間達の所に集まりながらそう言った。
「里から出る時に足にけがを負っていた者は、その傷が治ったらしいぞ」その男は魔法使いらしく、折れた杖を持っている。
「回復魔法を矢にして打ったということなのか?」さら数人がそこに集まってきて顔を見合わせている。
「それはすごすぎないか。そばにいない味方が怪我をしてもこの魔法の矢で打てば治せるという事じゃないか。そもそもそんなことが可能なのか?」それを聞いて数人は首をかしげている。
「エルフィだから出来たのかもしれないな」その男はあきれた顔をして言った。
「すごすぎないか」あきれた顔の男を非難するような顔で別の男が言った。
「昔から彼女は我々の数段上をゆく弓の技術と魔法技術、そしてすごい魔力量を持っていたからできるのかもしれない」
「あんな化物どうやって倒せば良いのだ」
「無理に決まっているだろう。我々の弓矢は一切あたらなかったんだから」
「彼女は昔から、あのよく聞こえる耳で相手の位置をすぐ把握して反撃していたじゃないか」
「そうなのですか。本当にすごい人なんですね。でもどうしてそんな人が・・・」多分年上だろうと思われる風格のエルフに向かってそう尋ねる。
「それは、人の血が混じっているのと度が過ぎる能力で長老達は嫌っていたんだ」残念そうにそう呟く。
「そうなんですか。もったいない」
「我々も彼女をいじめていたから責められてもしかたがないんだよ」ばつが悪そうに別の男が言った。
「でも、長老の息子は見て無ぬフリをしていたんだよ。かばっても良かったのに」
「立場もあったんだろうが、あいつは、エルフィのこと好きだったらしいのになあ」
「そうだったのですか?」
「そういえば、最初に1本だけ本当の矢が放たれていたようだが」
「ああこれだ。何か紙がつけてあるぞ」
その紙には「こんなに弱いなら強い敵が攻めてきた時すぐやられちゃいますね~どうするんですか~ちゃんと戦闘訓練しないと死にますよ~」と書いてあった。
エルフィは、追っ手が無いことを確認して、アの速度を抑えた。
「アーちゃんもういいよ~逃げ切ったみたいだから~さ~帰ろ~」
「ヒン」
そうしてエルフィは、エルフの里を後にした。
「でもやっぱり一番最初に戻りたいよね~」
「ヒン」アは、その言葉に反応してさらに加速した。
帰りは、距離も大体つかめているので、ペース配分もでき、効率的に帰ることができた。もちろん魔獣の出現や盗賊の待ち伏せもあったけれど、すべて足に矢を打ち込んで動けなくしてその場を駆け抜けていった。もちろん回復魔法付きなので、矢が消えた後は傷も残らない。
「やったー一番乗り~」
よく知っている道に入り、村が近いことを知る。周囲の反応を見ても魔獣も盗賊もいない。たぶんこのペースで帰ってこられたのは私だけだろう。もっともモーラ様とアンジー様を除いて・・・
ドンッッッッッ!!!!
空気を震わす強い振動が、緩く長く続き、エルフィとアが進むのを阻んだ。横倒しにならなかったのが奇跡だ。道の中央に立ち止まり、馬から下り、地面がしばらく振動しているのを肌に感じながら立ちすくむ。
「ヒン!」何かを感じたのか、アが空を見上げる。
「なに・・・あれ・・・」
エルフィの目には、細く長く光の柱がそこには見えた。
光の柱が消え振動が収まった時、エルフィははっとして、アに叫ぶ。
「アーちゃん急ごう!」エルフィは叫ぶと同時にアに跨がり腹をやさしく蹴る。
そうして、疲れた脚に魔法をかけアは加速していった。
「旦那様・・・大丈夫だよね」
エルフィは心細げにつぶやいた。
○ 元魔王様あてにゆーびんでーす
次に到着したのは、多分ユーリである。
これまでひとり旅をユーリは経験していなかった。傭兵団なり、あるじ様なり、パムなりと複数人で旅をしてきたので、どうもペースがつかめずにいた。
クウとは、よく一緒に走っているので、長距離も苦ではないが。いつ休ませて、いつ水やかいばを与え、いつ野宿の用意をするのか、よくわかっていなかった。クウも同じように単独走が初めてなので、お互い相談しながら数日走り、やっとわかってきた。
クウは走るのが好きで、つい速度を上げようとする。その日は良いが、翌日にその分疲れていて十分な速度が出せなくて、無理をしようとする。一日の中でも休憩はこまめに取り、その都度給水しないとダメみたいだ。
ペースがつかめるとまさに人馬一体。風を切りながら道を疾走している。しかし、魔獣やら獣が出没するため、それをかわしつつ走ることになる。
もっとも魔族は、これまでの魔族との戦いの武勇伝に尾ひれがついて伝わっていて、魔族の領地のそばを走っている時でも、相手の気配を感じてもすぐに感じなくなる。複数でもかかってこないのは、やはり魔王の側近との戦闘の話が大きいようだ。
しかし女性のひとり旅である。魔獣はかわせても盗賊が執拗に襲ってくる。
突然、クウが足を止める。
「あ、気付いたんだね」
ユーリは、この先にある木立の中に数人の気配を感じていた。
「クウを傷つけられたくはないなあ」
人は何をしてくるかわからない。走り抜けるのは無理そうだ。
「ゆっくり走って行こうか」
「ヒン」クウは静かに啼いた。ゆっくりと進んでその場所まで来ると。
「そこの奴止まれ」
その言葉と共に囲むように人影が現れる。ユーリは馬を降りる。
「何の用ですか」
「その馬と持っている物を差し出せ」
「そうしたら、旅が続けられなくなるじゃないですか」
「死ぬよりはましだろう」
「親分、こいつ女ですぜ。捕まえて・・」
「馬鹿野郎。確かに盗賊に成り下がっちゃいるが、そこまで落ちぶれていないわ」
「ですが、ここでこの女を放り出したところで、誰かに犯られちまうのがおちですぜ」
「お前、馬に載せているあの大剣を見て何か思い出さないのか」親分と呼ばれた男が馬を見てそう言った。
「ああ、そんな物が・・・でも、今は獲物を持っていませんぜ」
「俺の背中には冷や汗が流れているんだよ。わかるか?」
言われた男はポカンとしている。しかし数人は、親分と呼ばれた男の言葉にうなずいている。
「女の子をこんなところに捨てて行くのは感心しませんが、それでも犯さないだけまだ性根は腐っていませんね。盗賊をしている理由が何かありそうですけど。聞かせてもらえませんか?」
ユーリは、後ろ手にしていた右手を前に出す。そこには、あるじ様から作ってもらった脇差しを握りしめていた。日本刀独特の刃のひらめきがきらきらと陽の光を反射している。
「やはいあんたは、あの時の3人のうちの一人か」親分と呼ばれた男は、剣を降ろした。
「いつの時かは知りませんが、いつの事でしょう」
ユーリは、あるじ様の真似をちょっとしてみた。
「ある村の領主の不正をあばいて、領主を追放した話を憶えているか」
「ごめんなさい。そんな事は何回もあったので、どれか憶えていないのです」ユーリが本当にすまなさそうに言った。
「そうか。俺たちも領主にだまされていたからな。しばらくはその時の金でなんとかしていたが、どこにも行く当てが無くて、このままどこかに行こうとしていたところだ。まだなにもしちゃあいねえ」
「それは、領主が悪いせいなのに割を食いましたねえ」
「いや、それについちゃあ、俺も薄々感づいていたんだが、見て見ぬ振りをしていたのも事実だからな」
「ではまだ、盗賊をしていないのですね?」
「ああ今回が初めてだ。まったく悪いことは出来ないものだな」親分と呼ばれた男はばつが悪そうに頭をかいている。
「そうですか。その言葉信用しましょう。少ないですがこのお金を差し上げます。そして、私が走ってきた方にファーンという小さい村がありますので、そこの傭兵団を訪ねてください」
「え?」話の意味がわからないのか反応ができなかったようです。
「仕事が欲しいのでしょう?」
「あ、ああそうだが。会ったばかりで、しかも盗賊しようとしていた俺たちを信用するのか」
「あるじ様がいつも言っています。まずこちらから信用しなければ信頼は生まれないと。あと礼節は大事だと。さらには、袖振り合うも何かの縁という言葉をよく使われます」
「そうなのか」なんかごまかされたようにポカーンとしている。
「ただ私は、あるじ様ほどお人好しではないので、もし嘘をついたらどんな目に遭うのか教えておきます」
「どんな目に遭わせるのか」
「私は目をつぶっていますので、全員で切りかかってください」
ユーリは馬から離れて道の真ん中に立つ。
「いいのか?」
「私が死んだらこのお金は全て貴方たちの物ですよ。私は傷つけられても絶対貴方たちを殺しませんから。さあどうぞ」そう言ってユーリは目をつぶる。持っているのは脇差しだけだ。
「いいんですかねえ」先程の男はそう言いながら剣を手に持って近付こうとする。わかっていない数人がユーリを囲み始める。
「お前にはわからないだろうが、誰かが前に出ようとすると、気配を察知してそちらの方に意識を向け、足先の向きが少し変わっている。わからないか?」親分と呼ばれた男はそう言いながらその様子を見ている。
「確かに。でも一斉にかかったら逃げられねえでしょう」
「剣というのはな、全員で斬りかかったって間合いが決まっているのさ。この人数で一斉に切りつけられはしない。できても5~6人。さらに相手が立っている位置を決めて一斉に上から切りつけることになる。そうすると逃げられたら逆にこっちが危ない。なので3人がせいぜいで、その位置は3方向しかないんだ。ただ横に薙いでくることがあるからそれを気にしているのだろう。だとしてもこの余裕は何だ?」
用心しているのか、周囲の男達はじりじりと間合いを詰めてはいるが、誰が一番最初に行くのか決めかねている。
「来ないのならこちらから行きますよ」
ユーリは、一番近づいていた男の方に向いて一瞬屈んでダッシュする。
「速い!」
ユーリが一瞬屈んだ時をのがさず、他の男達が間合いを詰めたが、すでにそこにはユーリはいない。すでに正面の男の首に脇差しの切っ先を当て、一瞬止まったあと、すぐ首から刃を離して背中に回り込み、その男を盾にして、間合いを詰めてきた男達の中に突っ込む。思わずさがる男達を尻目に、右側の少し離れていた男に一瞬で近づき、背中に回り込んで、やはり首に刃を当て、先ほど背中を押した男と切りつけようと集まっていた男達の中に飛び込み、お互いが傷つけないよう剣を動かせずにいるところを背中に回り込んで次々と首筋に刃を当ててそこから離れる。
「もういいわかった。やめてくれ」
親分と呼ばれた男が叫ぶ。目を開いたユーリが首をかしげる。
「どうわかったのですか?」
「今後悪事を働いたら、あんたが制裁に来ると言うことがよくわかった。どんなに人数を集めたってあんたにはかなわないだろう。全員殺されておしまいだ」
「そうでしょうか?私には、あるじ様のように3千人の兵隊相手にするだけの度胸はありませんが」
「あ、あるじがあの話の?魔法使いだと?」親分と呼ばれた男はその言葉に驚いている。
「あ、違います。いまのはたとえです。本気にしないでください」急に頭をかくユーリ。
「ああそうしておく。事実を知った者達は、皆消されると言われているからな」ユーリに視線をあわせないようにその男は答えた。
「そんな話になっているのですか?」
「ああ、その魔法使いの居場所を探しに行った者は、ほぼ全員行方不明になっているそうだ」
「話が変な方に歪んで伝わっていますね。おっと。その人とは関係ありませんが、私の訓練に付き合わせたことは謝ります」
「今のが訓練なのですか」
「不殺こそが私の到るべき高みですので」
その親分がいきなり土下座をする。それを見て十数人が全員土下座をする。
「感服いたしました。ぜひ部下にしてください」
「皆さん立ってください。というか立って!」
全員立ち上がる。
「訓練に付き合わせたことは謝ります。それに部下には出来ません。でももし、盗賊になるのを諦めて何か職に就きたいのなら、貴方たちには私の住んでいる村の傭兵になって欲しいのです」
「はあ」
「えっとですね。えー私の・・・ところはー田舎の村・・・なのですが、最近・・・活気が出てきまして、えーと、それを妬む国とかに狙うじゃない狙われそう・・そう狙われそうなんです。あ、まだ先のことですけど。なので、信頼でき?ああ、できそうな人を傭兵として雇い・・・雇いたいのです。そうそう。で、出会って・・えーと、出会って、良さそうな人がいたら勧誘してくれと・・・言われていたのです。(棒読み)あ、やっと全部言えた」
「はあ」
「ですからその村へ、ファーンへ行ってみてください」
「わかりました。どなたを尋ねて行けば良いですか」
「ああ、ユーリが紹介していたと言ってくれれば誰でもわかります。まあ、マッケインさんがいればすぐですが、いなければ出会った人に話せば、村長のところに連れて行ってくれます」
「わかりました。盗賊に手をそめないままでいられたことを感謝します」
「それはよかったです。でも、うちの天使様ならそれでも懺悔してくれて改心してくれれば、大丈夫だと思いますよ」
「その村には天使様がいらっしゃいますか」
「ええ、辛口で辛辣なことを言う人ですが間違いなく天使様です。でも普通の人は天使様って何ですかって言いますよね」
「私は信じていませんが、私の家には伝わっております。もっとも聞かされただけですので誰も信じないでしょうが」
「では忠告します。その村では天使様のことを悪く言ったりしてはいけませんよ」
「わかりました」
その時に人の匂いに誘われたのか森から魔獣が叫びながら走り出してきた。かなり大柄な魔獣だ。まるでシロクマのような体躯。見た目以上に足も速い。
「魔獣だ!!」魔獣の叫び声に反応してその姿を見た者が叫び、その視線の方向に振り向いた者も怯えている。
「でかいぞ!これは厳しいな」
一応剣を構えるものの、皆、緊張しているようだ。
「皆さん、けがをしますので離れてください」
ユーリは、馬の鞍に付けていた大剣のベルトを外して、背中に背負う。
「その大剣。やっぱりあなたでしたか」
「近づかないでください」
ユーリは、近づいてくる魔獣に向かって一直線に走って行く。魔獣は向かっていくるユーリに対してスピードを落とし、やがて止まって両前足をあげて迎え撃とうとする。ユーリが大剣の柄に手を掛けると背中のベルトが勝手に外れる。走りながらその剣を両手で水平に構えるとユーリはさらに加速して魔獣に突っ込んでいく。魔獣は、自分の間合いに入ったのか右前足を横に薙いだ。しかしユーリの姿は消えて、魔獣の前足は空を切る。ユーリは魔獣の右腕の振りよりもさらに早く魔獣の左脇腹を抜けて背中に回り込んだ。気配に感づいた魔獣が左足を軸にして回って、ユーリに対して正面を向いた時に、ユーリは魔獣の腹に剣を刺し、股間から腹部、顎、頭まで一直線に切り上げる。大剣は、背中の皮まで届かないように、頸椎までで止めている。その魔獣は、何が起きたかわからないうちに両前足は、だらんと下がり、ほどなく倒れ込む。
「ごめんね。ついいつもの癖でこういう切り方をして、毛皮としてできるだけ使える面積を増やすために傷つけたくないと言われているので」
そう言いながら、ユーリは、魔獣の死体に手を合わせる。あるじ様がいつもこうしているから真似をしているだけなのだが。
「一撃ですか」
近づいてきた親分がつぶやいた。
「これでしばらくは肉に困りませんね」
そう言ってユーリはにっこり微笑んだ。
「あ、ああそうですね」親分と呼ばれた男はドン引きしている。
「では先を急ぎますのでここで失礼します。ぜひファーンという村を訪ねてくださいね。もちろんその前にどこかで仕事に就ければそれでも構いませんので」
「いえ、ぜひその村に行ってみたくなりました。そうだな」
全員うなずいている。空気を読んでクウが近づいてくる。大剣の血糊や脂を拭き取って鞍の鞘に収め、ユーリは馬に乗った。
「それでは失礼します」
その場の全員は、ただ呆然と見送った。
「すげえ人ですねえ」先ほど親分と呼んだ男が言った。
「多分噂の魔法使いと7人の仲間の一人だろう。その中に一人だけ人族の魔法剣士がいると聞いた。亡国の姫だという話だが」
「マ、マジシャンズセブンですか。それなら納得です。でも、そいつらに会うと死ぬという噂もありますぜ」
「いや死んでも構わない。ぜひともその村に行って、傭兵団に入って、あの人に稽古をつけてもらいたい」
「そ、そうですね」
「さあみんな行くぞ・・・おっとその前に肉を解体して、食べるか。そして持てる分だけ持つぞ。魔獣よけの餌になりそうなでかい奴だからな。まあ、これを襲う魔獣に会ったらこの肉置いて逃げるぞ」
一方ユーリは、
「良かったのかなあ。とりあえず、ついでの方の目的を果たせたから良かった」
でもね。アンジーからは、帰り道でと言われていたと思いますが。あと、そのセリフ棒読みは練習しましょうね。
その後に現れる盗賊達は、いきなり襲ってくるので、一度は剣をおさめるように説得して、それでも聞かないので、全員の剣をたたき壊して去り際に「その剣で魔獣と戦ってくださいね」と言い残したそうだ。一応、あるじ様の助言をひたすらに守っているユーリだった。
そしてユーリは、指定された町に到着してた。すでに夕方だったので、宿屋に部屋を取り、その夜に宿屋の裏手で静かに人を待った。この時すでに6日が経過していた。
Appendix
アンジーの親書の受け渡しについて
連絡員の方ですか?ルシフェル様に連絡を入れてください。
はいそうです。親書を渡す手はずについては、時間を指定して側近に渡してすぐ戻ります。
そういう事でよろしくお願いします。
ああ、ルシフェル様、きっと連絡してくると思いました。
どうして通常の連絡ルートで親書の話をしたのかと聞きますか。
それは、今回の件はどうも引っかかるのです。ですからあえて連絡員を通して親書の受け渡し方法を言いましたよ。もしかしたら何かが吊れるかもしれませんので。
そう言う事か。どうも前回の国がおぬし達と戦争を仕掛けた峙も、誰かそそのかしている者がいたらしくてねえ。気になっているのですよ。
では、期日指定で側近にお渡しする事にしていますが、この連絡で変更したいと思います。
そうしよう。側近の者にも明日話すつもりだ。それで何か出てくるかもしれないねえ。
そうならない事を祈っています。
連れて行く前に教えてくれ、なぜ俺たちが偽物だと一瞬でわかった?
この人とは一度会っているもの。あんた達じゃオーラの出方が全然違うのよ。そこに気付かないあんた達は所詮3流なのよ。
続く
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