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第20話 魔族の子

第20-9話 ある人は楽しんでいた

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○お風呂の感想
「何から何までありがとうございます。風呂というのは本当に良いものですね、感動しました。ですがお湯を生成して潤沢にお使いになる。これはすごいことではありませんか?」元魔王様は、そう熱く語った。
「水はまあ、何とかなります。それよりも、ちゃんと薪を使ってお湯を沸かしたりもします。その方が湯冷めしづらいのですよ」私は偉そうにそう言いました。残念ながら薪を割ってくれているのは違う人ですが。
「なるほど。そういうことでしたか。普通のお湯と違ってなぜ暖かさが保つのか不思議でしたがそういう効果があるのですね」なぜか元魔王様が感心しています。そんな事はあまり覚えても参考になりませんけどねえ。
「はいそうなんです」私は、楽しそうに和んでいる元魔王様をちょっと醒めた目で見ています。いや、今はそれどころじゃないはずでしょう。
「この者の唯一の特技でなあ。日常生活を豊かにすることにかけては右に出る者はおらんと思うぞ。他はからっきしじゃがなあ」しかし、言葉とは裏腹にモーラは私を冷たい目で見ていました。
「そうでしたか。いろいろ教えて欲しいものです」
「新しい里に落ち着いてから、ぜひおいでください」
「残念ながら私はそこから出るつもりはありません。ですのでお手間とは思いますが、お越しいただければと思います」どうしてそこで冷静にリアルを返せるのでしょうか。
「死んでしまうのですから、別人であれば出てもかまいませんでしょうに」私は元魔王様が嬉しそうに村を散策している姿を想像していました。皆さん笑いをこらえないように。私の頭の中を覗いていましたね。
「そういえばそうですね。では、名残惜しいですが、あの洞窟に戻ります」元魔王様は、妻と娘を連れて家から出て行こうとしました。
「何かしら生活物資が必要であれば、モーラが訪ねていくと思いますので、その時にでもお願いしてください」
「しばらくの間じゃ何とかしよう」モーラもフォローしてくれています。
「重ね重ねありがとうございます。それではおいとまさせていただきます」ペコペコと頭を下げている様子からは、魔王の威厳を感じません。中間管理職のサラリーマンのお父さんを想像してしまいましたが、誰もついてきていませんね。ああ、アンジーはわかって爆笑していますが。
「私も帰るわ。本当に、どう言い訳しようかしら」エリスさんが頭を抱えています。
「それは私も同じです。どうせばれると思いますしね」ミカさんもそう言ってエリスさんと家を出た。
 しばらくは、皆さん沈黙してしまい家の中が静かになってしまいました。
「おぬしはまだ風呂に入っておらんのだろう。わしは湯冷めしたから、もう一度風呂に入りたいわ。どうじゃ?」モーラがそう言って私を見ました。
「かまいませんよ。では入りますか」
 夕食の片付けをするメアさんを手伝い。いつもどおり全員で入ります。湯気の中でみんなの顔を見るとなんとなく安心してしまいました。
「しかしなんじゃな。こうも都合よく使われるとは思わなんだわ」モーラがお湯をすくって顔を洗う。マナーではダメだったはずですが、まあ銭湯ではありませんしねえ。
「本当よね。これ幸いと利用された感じで悔しいわね」アンジーは後頭部を浴槽に当てて上を向きながらそう言いました。さすがにちっちゃい胸は水面にはあがってきませんねえ。私の心の声にアンジーはジロリと私を見ます。
「でもおかげで、とてもいい人と剣を交えられてうれしかったです」ユーリは嬉しそうに言いました。
「そりゃあユーリは嬉しかったでしょうね。後の2人は力量不足だったようだけど」アンジーは、同じ体勢のまま、首を動かしてメアとレイを見る。
「ユーリが決着がつくまで待っていて欲しいと言われなければ、瞬殺できました。残念です」メアがつまらなそうに言いました。
「僕は今回が初めての戦いだったのですが、あの服のおかげで魔法が効かず助かったのです。でも楽しかったですよ」レイが珍しく獣化しないで湯船につかっていた。
「レイ。あまり余裕を見せないように。今回は偶然相手との相性が良かったから余裕だったのよ。次があったら今回のようにはいかないわよ。余りなめてかからないように。もっともあなたの実力なら、ほとんどの相手でも勝てるでしょうけどね」アンジーは実際の戦いを見ていたからなのでしょうけど、結構言いますねえ。
「それよりも問題は、ルシフェル様が今回のこの件で、今まで保留だった抹殺命令を復活させるかもしれないのよ。そっちが心配だわ。そうそう、今回のユーリが戦った魔族が魔王軍の一翼をとか言っていたのよね?」
「はい言っていました。まだ強い人がいっぱいいるんですよね」
「魔王軍の一翼を担っているという事は、その魔族は本当に強い人なのよ。それと互角に渡り合うとか、人族の身としては本来ありえないのよ。勇者以外はね」アンジーは湯船の縁に頭をつけて上を見上げながらそう言った。
「そうですか。勇者ですか。私は勇者にはなれませんけれど、相応の実力があるというのならそれはうれしいですね」さらに嬉しそうなユーリです。
「はいはい、確かにその淡々としているところも勇者らしくないわね」アンジーはあきれたように言った。
「ご主人様、お願いがあります」メアが珍しく横に移動してきて私を真剣な目で見て言いました。
「メアさん何でしょうか」私はその勢いにたじろいでいます。
「実は戦闘中のスカートなのですが。短くして短パンのようにできませんでしょうか」
「確かに、長いので行動に制限がつきますね」あの格好であれだけ機敏に動けるものなのかといつも感心しているのです。
「いえ、暗器が取り出しにくいので」メアが言った。いやそれなら外側にポケットつけますか?
「足に怪我しそうなので、スラックスの方が良いのではありませんか?魔力の回収のためにも肌を隠した方が良いと思いますが」私としては、肌が露出するのは好ましくないと思っていますよ。
「なにやらご主人様から生足を出して戦って欲しくないと聞こえましたが」メアが微笑みながら言います。
「ええまあ。ケガをして綺麗な足に傷がついてもと思いましたので」一応私にも理由はあるのですよ。
「ありがとうございます。ですが魔法により生かされている私にとっては、傷はそれほど気にしていません。すぐに直ってしまいますから」おおっと私の腕をつかんで胸で押さないでください。ちょっと色々まずいですよ。
「しかし・・・」私は頭の中で他の理由を探していますが、言葉に詰まりました。
「生足は自分しか見られない方が良いといいたいのじゃろう。メア察してやれ」モーラがニヤニヤ笑いながら、私を見て言いました。
「いや違うんです。私が言いたいのは、傷が・・・」モーラが私の本心を見抜いたかのような事を言いましたが、傷がすぐ治るとはいえ、あの皮膚は換えがきかないものなのですよ。ひどい損傷になったら私では直しようがないのですよ。わかってくださいよ。トホホ。
「よけいな事を言いました。忘れてください」メアが来た時よりゆっくりと残念そうに戻っていきます。
「あるじ様、私はおへそを出したほうが良いですか?」今度はユーリが異な事を言う。
「はあ?何を一体」私は思わずユーリを見つめます。ユーリが真面目な顔で変な事を言い出しましたねえ。
「あるじ様の頭の中にある大剣を持っているショートパンツの女性は、たいがいおへそを出しているものですから」そう言ってユーリはおへそのあたりを手で触った。
「いやそれは、私の世界のゲームの話です。出さなくて良いです。というか勝手に頭の中を覗かないでください」確かに私の知っている格闘ゲームの女性は皆さんおへそを出していますねえ。
「わかりました。あるじ様のお好きな格好なのかと誤解していました」なぜかユーリはショボンとしています。その格好をしたかったのでしょうか。
「やれやれ」私はアンジーのように湯船の縁に頭をつけて、天井を見上げました。
「おぬしらもしかして、今回の事でこやつを惚れ直しでもしたか?」
「そうです」メアがそう言いました。
「はい」パムがそう静かに言いました。もしかしてのぼせてませんか?
「そうですね~」エルフィが何かを浮かべながら言いました。相変わらず凶悪なそれは存在感ありますねえ。
「もちろんです」ユーリがなぜか自慢げです。
「いや、あんな恐いことを言っている私を怖がらなくてどうするんですか」
「言葉だけ聞いていれば本当に恐いわね」アンジーが普通に湯船に背をつけて座り直しました。
「そうですね。でも私たちには感情も伝わってきますので」メアが優しい目でそう言った
「この恐ろしさによって私たちも守り」パムがそう言って、それに続けてユーリが
「相手の事も守っている。そういうことですよね」ユーリが満足そうです。
「でも~あれでは~相手には伝わりませんよ~」エルフィは言いながら湯船の縁に後頭部をつけてグイッと胸を反らす。巨大な島が2つほど隆起してきました。獣化したレイがその上に乗っかって沈めましたが、反対にレイがはじかれました。それはそれですごいですねえ。おっと誰かが私の視界を塞ぎました。モーラやりますね。
「そうかもしれません。でもいつかわかるときが来ると思います。その時には、ぬし様の本当の思いが必ずや伝わるでしょう」パムがそう言って嬉しそうにしています。いや、普通は通じないと思いますよ。
「まあねえ。万人に善人であれとは、天使といえど言わないわ」
「私は大変わがままですが、自分の手に余る者まで守り切れないのです。限界がありますよ」私は自分の手を見て、ニギニギしながらそう言いました。
「それでもあんたは、あの元魔王が窮地に追い込まれれば手を貸すのでしょう?」アンジーが私を横目で見ながら言いました。
「まあそうじゃな」モーラも私を横目で見ながら言いました。
「旦那様はそうですね~」エルフィが嬉しそうに言います。
「はい。あるじ様は弱い者を見捨てません。絶対助けます。それがあるじ様です」なんか胸を張ってユーリが言いました。おっとユーリが怖い目で私を睨みました。いや、何も思ってませんよ。
「皆さんの評価が高すぎて、無理しそうになりますね。本当に私は何もしたくないダメ人間なのですが」
「まあ、かっこがよかったのはわしも認めるぞ。ああさすがにのぼせたのう。さてわしも洞窟に帰るとするか」
「お気をつけて」お風呂をみんなで出て、モーラは自分の洞窟に戻った。
『モーラ、明日にはこの家の結界を通常時に戻しますので戻って来ても構いませんよ』私はモーラを見送りながら脳内通信をしています。
『じゃがなあ、例のローブが気になってなあ』
『それは、明日早々に元魔王様達のいるあの洞窟の周辺に罠を仕掛けますので大丈夫ですよ』
『わかった。今日は自分の洞窟を整理して過ごすとしよう』
『モーラ気をつけてね』アンジーが言った。
『ああそうする』
 さて、寝ましょうか。さすがにみんな自分の部屋で寝ています。
 私はベッドに横になりましたが、興奮していて寝付けません。そしてこの先に起きる可能性を何通りもシチュエーションを考えてしまい、この事件の最悪のシナリオまで考えてそれを回避する方法まで考えていました。生産性はありませんでしたが、ようやく眠りにつくことが出来ました。

○罠の設置
 翌日、私とモーラは、元の洞窟の近くに行って周辺に罠を仕掛けています。家族達は、食料調達やら周辺の警戒をしているようです。
「今回の事件ですが、やはり納得いきませんね」私は、草を刈って道を作りながらそう言いました。
「おぬしも気付いたか。わしもなんとなくしっくりこないわ」モーラは私の作った道に手を当てて何やら作業をしている。
「ええ、この先も、私たちに汚名を着せるチャンスを窺っているかも知れません」私は昨日の夜に数百と考えた事を思いだしている。
「なるほど。元魔王殺しか」モーラが私の考えたものの一つを読み取ったようです。
「私達のこれまでの風評だと、元魔王殺しまでやりかねませんからね」私は、話しながらも手を止めません。
「そうなれば、現魔王とてその復讐のために出て来なければなるまい」モーラは立ち止まって考え込んでいます。
「そうですよ。魔族は特に同族が殺されたら復讐をするといいます。私は、どんなことをしても殺されますよねえ」私はそこで腰に手を置きながら立ち上がる。私はじじいですか。
「魔王から聞いた噂どおりなら、下級悪魔はおぬしと戦うのは嫌がるだろうから向かってこないだろうし、上級魔族だって攻撃に参加して、怪我したくないだろう。もしかしたら殺される可能性だってあるわけだ。そうなれば、闇討ち、不意打ち、だまし討ち。なんでもありで殺しに来るな。それでもダメなら、希望者募って総力戦になるかもしれんなあ。しかもわしは手を出せないときている」モーラが頭をかいている。
「元魔王殺しにドラゴンが関わったとなったら、ドラゴンの里からも抹殺命令が出ますねきっと」
「ああ、ドラゴンの里と魔法使いの里の両方から出て来られたら、間違いなく全滅するだろうな」
「うまいシナリオですねえ。誰が考えたのでしょうか」
「さあなあ。今の魔王はそこまで考えてはおらんじゃろうしなあ。まあ、ここまで頭の回る奴なら尻尾は出さんじゃろう。そうだよなあアンジー」そこにいなかったはずのアンジーに声を掛ける。後ろを見るとアンジーがお茶の入った水筒とお弁当を持って来てくれていた。
「そうよねえ」3人でその辺に座ってメアの作ったお弁当を食べた。見上げると青空で少しだけ雲が流れている。いつも見る雲だ。
 その翌日。たぶんドラゴンの里と魔法使いの里に報告が届いたからなのでしょうか、縄張りの範囲ギリギリに、どこの勢力かわからない人達。主に魔族の監視が始まりました。監視は、私たちの家とモーラの洞窟です。いったいどこから情報が漏れるのでしょうねえ。意図的に漏らされているのでしょうか。
 数日後、メアが調達して元魔王の親衛隊に渡した物資を持って、親衛隊の人達が旧洞窟の中に入っていくと、我々への監視は手薄になり、そちらの監視を始めました。しかし、まだ誰も元魔王に手を出そうとはしていません。むしろ監視者同士が。お互いを牽制して、身動きが取れなくなった様に見えます。さらに数日が過ぎて、元魔王のところにあの時の獣人が新しい里への連絡が取れた事を知らせに来ました。
 私はモーラの新しい洞窟に行ってその事を報告しました。
「わざわざ来なくても良いじゃろう」モーラはドラゴンの姿のままで私と会話をしている。ここに洞窟を作った時にモーラの姿を見たはずでしたが、それよりもさらに大きくなっているように見えます。かなりでかいです。
「私達が脳内通信しているのを知られたくないので」元魔王様のところの獣人さん達は知っていますが、他の人たちに知られるのも問題がありそうですから。
「ああそうか。意外に早かったのう」モーラの顔が大きすぎて私からは顔全体が見えないので表情が読み取れません。
「定期的に指定場所を巡回しているようで、たまたま連絡がついたそうです。ただし、念のために、その連絡員が本物なのか確認するため、新しい里を確認に向かっているらしくて、まだかなりの日数がかかるとのことでした」さすがに私も上を見すぎて首が痛くなってきました。これでもモーラは頭を地面につけているのですがねえ。
「その者が本物の使者か確認していると?」
「そうらしいです。そのくらい用心しないとダメなのですね」
「まだ何の動きもないからいいが、じれて突っ込むバカが出そうな気がするがなあ」表情がちょっとだけ変化しました。おお、何か面白いかも。
「そんな雑魚なら大丈夫でしょう?」
「そうあって欲しいがな」
「では、戻ります」私は一礼してから帰ろうと後ろを向いた。
「そういえば、あの洞窟とは連絡がとれるのか?」
「連絡は取れるようにしてありますし、念のため転移できるようにしてありますよ」私はモーラに振り返りながら言った。
「転移の到着地点はどこにしているのじゃ」
「本当なら魔族の城か魔法使いの里にでもしたかったのですが、どちらの場所も知らないので、モーラの縄張りのギリギリ端の所です。その時は、そこで死んでもらおうと」私は再びモーラに向き直った。
「なるほどなあ」
「では、もうしばらく我慢してください」
「わかった。早く風呂に入りたいのう」
「うちに来て入っていけばいいんじゃないですか」
「その時に何かあってもなあ。洞窟にいない事がバレたら、その事で里につけいる隙を与えそうでなあ。けじめじゃな。今はやめておくわ」
「そうですか。ではこれを置いていきます」私は洞窟の片隅に魔方陣を設置した。
「なんじゃそれは」
「新しい家を作るときに簡易で作った風呂があったでしょう?あれを作る魔法を組んであります。1回の持続時間は30分くらいでですが、何回でも繰り返し使えます。もしよろしければお使いください」
「ああ助かる。そういえばあの姿にも久しく変わっていないのでなあ」
「ドラゴンでいることに慣れてしまったのですね」
「ああ、そういうものかもしれぬ」
「それでは」私は再び一礼してから洞窟を出ました。

○罠にかかる
「モーラはどうだった?」アンジーが、帰ってきた私を見てそう言いました。
「お風呂に入りたいと言ってましたよ。でも、ドラゴンのままで過ごしているので、元の姿に戻るのが面倒くさい感じでしたねえ」
「確かにね。あのでかい洞窟で人の形になっても広さを持て余すだけだしねえ」
 チリンチリンと窓辺に置いた鈴が鳴りました。横で目をつぶり耳を澄ましているエルフィが言いました。
「あ~罠に引っかかりましたよ~」エルフィが嬉しそうに言いました。
「ついに動き出しましたか。しかも昼間に。ずいぶん無謀ですねえ」
「さすがに~ケガをした人を抱えて撤退したようです~」
「とりあえず、第1ラウンド終了ですね」
「あのえげつない罠に引っかかって膝から下持って行かれても、まだ突進する根性があるかしらねえ」アンジーが鼻で笑っている。
「命令に背けない人達もいますから心配です」私はそう言いました。サラリーマンの宿命ですね。
「さすがに今日はこれで終わりですか」間者達が現れてから巡回をやめていたパムが言いました。
「また動き出しましたよ~」エルフィが逐次報告してくれています。
「罠に引っかかりました~さっきと同じ所です~」エルフィがちょっと楽しそうに言いました。
「一度起動した罠はなくなったと、普通思うわよね」アンジーも顔がニヤついています。
「罠が復活しているとか普通考えませんよ。あるじ様は意地悪です」ユーリが私を見てそう言いました。むくれた顔も可愛いですねえ。
「意地悪しているつもりはないんですよ。こういう罠は、相手がどう考えるかを想像して裏をかいて設置するものですからね。そうすると用心して近付かなくなるものなのですよ」
「あるじ様があの時「特定の方向に、幅1メートルで帯状に蟻の這い出る隙間もなく罠を設置しておく」と言っていたのは、たぶん意地悪だと思います」
「いや、それでも特定の方向だけですし、獣人なら飛び越えられる幅だし」私はとりあえず言い訳します。
「獣人が飛び越えた着地点には罠は仕掛けていないけど、次の一歩に反応して罠が作動しますよね」ユーリが嫌そうに私を見ました。まあそうなんですよ。
「レイ。あの時のテストに付き合ってもらってありがとう。大変助かったよ」私は近づいて来たレイの頭をなでる。
「どう考えても空を飛ぶくらいしか近づけないのではないでしょうか」レイはそう言いました。しかも頭を撫でられてもあまり嬉しくなさそうです。
「飛んだとしても、粘りつく糸が張り巡らされていて、落ちるしかないですよね」ユーリはこれでもかと私を非難しています。
「さすがに飛んであの糸の隙間を通ろうとは考えないでしょう」パムが言った。
「たった今引っかかりましたよ~片翼取れたように見えましたけど~」エルフィがびっくりして言いました。音だけでそんな事までわかりますか?
「戻ろうにも戻れないみたい~血がたくさん出ていますよ~大丈夫ですかね~」と言うことは、エルフィ見えていますね。監視カメラのようなものを置いていましたか?
「親衛隊の人が洞窟から出てきて、その獣人を回収して回復させています。あれ?羽根は元通りになりましたよ?そんな簡単に大けがが治せるんですか?旦那様どうしてですか?」エルフィが私を質問攻めにしています。
「まあ、ケガが過剰に見えるように意識に作用させていますから」
「旦那様は~そんなこともできるんですね~」
「またやばいことを憶えたのね。ああ、ネクロマンサーの頭を覗いたときに知ったのね」アンジーがあきれている。
「そうです。あの人の頭の中は私の知らない魔法の宝庫でした。さすがに全部は見られませんでしたけど」
「あんたやりすぎよ。これじゃあ当初の目的の元魔王が襲われて悲観して自殺するところまでいかないでしょうが」アンジーが私を睨みました。
「あ、そうでした。罠を作るのが楽しくてつい」私は頭をかいてそう言いました。
「夜になったら罠を外しなさい」アンジーが私を指さして睨み付けて言いました。本当にすいません。調子に乗りました。
「今解除します」
「ここから遠隔でですか?」パムがビックリしています。
「ええ、あの洞窟にここから連絡を取れるようにした時に設置した糸を中継してあそこの罠とつないでいますから」
「だったらすぐ切りなさい。これは過剰防衛よ」アンジーがカンカンです。
「はい」私は、窓から数本垂らしてあった糸を使って罠を外した。
「終わりましたよ。これであの洞窟に近づいても罠は発動しません」
「まったく。いつもどおりにあんたね」いや、文章がおかしいでしょう。どういう言われようでしょうか。
「あるじ様。家庭内の力関係は、アンジー様が頂点ということでよろしいのでしょうか?」ユーリが突然そんなことを聞きました。慌ててアンジーが訂正する。
「違うわよ。こいつが一番なの。こいつとモーラの暴走を止める時だけ私なの」なぜかアンジーがアタフタしてそう言いました。いや、あなたが一番偉いですよねえ。
「はあ、そうでしょうか。それは私の認識不足でした」メアさんがため息をついている。
「僕は最初からアンジー様が一番偉いと思っていましたけど」レイが当然そうに言った。
「そうですか。力関係の把握は獣人の方がよく見て理解していますね」パムが感心して言う。私は念のためレイに尋ねてみる。
「レイ、ちなみに私の順位はどの辺にありますか」
「ええ?言っても良いのでしょうか。怒りませんか?」いや、わかっていますが念のため。
「やっぱり最下位ですか?」レイが言いづらそうなのでこちらから回答を言いました。
「・・・はい」その回答に一同苦笑している。
「理由は、何かありますか」
「親方様がエッチな事を想像した時に皆さんから一斉に攻撃されているからです」
「そうですか~」
「レイもしっかり女の子ですからね」パムがレイの頭を撫でている。トホホ

○シナリオの修正
 翌日は、誰もその洞窟には現れず。その翌日には再び攻撃が始まった。午前中だけでも数人単位で5度繰り返され、殺さない事が身上のはずの元魔王様が攻撃に転じて、向かってくる敵を瀕死にまで追い込んでいる。私に言われたのがかなり効果があったのか、かなり魔力が戻って来てるらしいです。でも、嬉しそうに攻撃しているのはどうかと思いますが。
 昼過ぎにモーラが、一度周囲に隠れている魔族やら獣人やらに警告を発している。その場所からは撤退したが、モーラが住処に帰って行き、しばらくすると、また徐々に集まってきている。いたちごっこだ。
 たまに元魔王は、洞窟まで追い込まれたように見せて撃退しているのだが、楽しそうに演技していて、親衛隊の皆さんがあきれているようです。まあ、楽しそうなんでいいですが。でもそんなに楽しそうでは自殺するとかありませんよね。ちょっと自重して欲しいです。
 でも、こんなに元魔王様を攻撃する者が出るのは予想外でした。どうやら魔族の裏切り者ということにされて、それを旗印に攻撃しているようです。呪いは大丈夫なのでしょうか?ああ、殺さないのですかねえ。
 おかげであの黒い霧の時の恨みとばかりに、うちの家にも攻撃が行われ始めたので、今度はこちらから「ドラゴンの使いだ!」と言って元魔王を狙っている者達を含めて、まとめて先制攻撃をかけて、傷つかない程度に追い払っていました。
 しばらくは落ち着いた日が続き、その日は、朝にあの時のヒウマという獣人が家に到着するという知らせが事前に入ったため、家の罠を解除して到着を待っていた。元魔王様がこの地で発見されてから2週間ほど経過している。
「ごめんください」扉の向こうから声がする。
「あらこんにちは。ご主人様、獣人の方がお見えです」メアは扉を開けてそこに立っていた獣人さんを迎え入れる。
「無事に戻ってこられて良かったですねえ」
「かなり遠かったが、なんとか無事に戻ってこられたよ。さっそくですまないけれど、新しい里に行く手はずはようやくできたぜ。これで元魔王様も新しい里に行ける」獣人さんは嬉しそうにそう言った。
「そのまま、あの洞窟に向かってください。あと、シナリオを少し変えます」
「どう変えるんだい?」獣人さんは眉をひそめて聞いてきた。
「元魔王様一家はその里に入れないことを悲観して一家心中ということにします」
「一体どうしてそんな事になったんだい?元魔王様は了解しているのかい?」
「自分の行動を省みて、しようが無いだろうと言っていました」私は言われたとおりの事を話しました。
「自分の行動?」獣人さんは首をかしげている。
「攻撃が続いて追い込まれて精神をおかしくして自殺のはずが、楽しんで迎撃している姿が随所に見られまして。説得力に欠けるものですから」私はあきれてそう言いました。
「ああなるほど」元々の性格を知っているのか、その獣人さんはヤレヤレといった表情をしています。
「その事で、今後の住処をどうするか決めるため、ドラゴンの里と魔法使いの里から使者を呼ぶことにします。さすがに魔族領に戻す訳にもいきませんでしょう」
「新たな住処か。誰も受け入れなんてしないとは思うがなあ」その獣人さんはそう言いました。
「そこを利用します。それでは連絡が取れたことを伝えに行ってください」
「わかった。その後ここに寄ってもいいかい?」
「もちろん良いですよ。メアさん」
「はい。お食事をたくさん用意して待っていますね」
「ありがてえ、早速行って来るぜ」そう言って風のようにいなくなった。食事を気にしているとは、メアさんの食事をよほど気に入ったのですねえ。

Appendix
都市の市民をあおるなんて簡単な事ですよ
わかりました。小競り合いを起こせば良いのですね。
そしてあの国王の危機感をあおればいいのですね?
では、面白く小競り合いを起こしましょうか

続く
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