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第20話 魔族の子

第20-5話 ここは通行止め

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○その後の生活
 そして数日間は何も無く過ごしている。買い物はもっぱらアンジーとメアが馬車で行っている。アンジーは、現魔王ルシフェルへの定時連絡も兼ねている。
 その日は朝から全員が家でくつろいでいた。そんな時にモーラが何かに気付いた。同時にエルフィも気付いたようだ。
「ふむ。獣人が追われているな」モーラが目をつぶって言いました。
「はい~私の方にも引っかかりましたよ~」エルフィが付け加える。
「メアさんレイ、行きましょうか」ユーリが椅子から立ち上がる。不安そうにあの子が視線を上げる。
「ユーリ、あなたはこの子を守りなさい」メアさんがそうたしなめる。
「いいえ行きます。最近「こころ」がなまっているようですので」そう言うとその子に向かい優しく微笑んでから、厳しい顔になり準備を始める。
「僕、先に出ます。匂いを追います」いつもは着るのを面倒臭がる戦闘服をメアに手伝って着せてもらい、獣化を開始するレイ。ええ?屋内でも大型化できるではありませんか。
「距離を取って私が続きますから、先走らないように」メアが優しく言う
「わた・・」パムが立ち上がるが、
「パムさん。今回は動かないでくださいね」メアの冷たい目がそれを拒む。
「はいそうでした」3人に見られてなぜかしゅんとするパム。一体何があったのでしょうか。
「敵に会ったら、状況がつかめるよう会話を長引かせて情報を引き出すのじゃぞ」モーラが念を押す。
「了解しました」ユーリ、メア、レイの3人が敬礼をする。いや、3人で敬礼するのやめませんか。獣化してしゃがんで前足をあげてもかっこ悪いです。
「アとウンもけが人を運ぶことになりますから、エルフィよろしくお願いします」メアが指示をする。
「わかりました~」ここでも敬礼ですか。みんなの間でプチブームですか?
「私も馬車に乗っていくから、空を飛ぶ敵の時は連絡してね」アンジーが声をかけて立ち上がる。
 ユーリは玄関に置いていた大剣を背負って、座っているその子に声を掛け、玄関を出てエルフィと厩舎に向かう。
 ユーリはクウに鞍をつけ、エルフィは、アとウンに話しかけている。
「じゃあ行こうか」クウはその白い体をゆっくりと、そしてしなやかに走り出す。レイを追っているメアさんの後をさらに追う。
「皆さん気をつけてくださいね」私は心配で厩舎まで見送りに行く。モーラも一緒だ。
「安心しろ。おぬしの家族は強い。魔族を相手にしてもな」
「確かにそうなんですがねえ」
 厩舎の中に入り、すでに荷馬車の馬具を装着した馬をエルフィが外に誘導しようとしている。私はアとウンそれぞれの顔に触れて気をつけるようにささやく。危険な場所にいるのに逃げ出さないこの子達にささやかながらおまじないをかける。
「それでは行ってきます」エルフィとアンジーが敬礼をして、エルフィは手綱をぴしりと馬に当てる。同時に2頭の馬が走り出す。方向を指示していないのに少し前に出発した3人の後を正確に追って出ていった。
 私はそうやって、馬車が視界から消えてもなお、しばらくその方向を見ていた。
 モーラは、その場で私に話しかけてくる。ああそうですか。家の中でパムに嫌な仕事をさせているのですね。
 メアがパムを残した意図はひとつ。魔族の子と2人きりになって話をすることだ。
 パムは、最近はあまり気が進まないと言っていました。だが、疑問に思うところは放置もできないのだからとメアが説得していたようです。
 家の中には、その子とパムが残っていた。
「ユーリの代わりに私があなたと残ることになったのは、何か意味があると思いませんか」ぬし様が皆さんをお見送りに出たのを見計らって私はその子に話しかけた。
「はい。たぶん他の人には聞かれたくない、もしくはユーリさんに聞かれたくないことを質問しようとしているということですよね」その子は意外とあっさりそう言った。私は少し拍子抜けをしてしまう。
「そうです。あの時の事をもう一度聞かなければなりません。そして、ユーリには聞かせたくない事を聞くことになるからです」
「はい、覚悟はしています」しかし、この子の表情はあまり変わらない。少し奇妙な気がしている。
「もちろんわからなければわからないと、言いたくない場合は言いたくありませんと言ってください。強制はしたくないのです。これはメアさんと私が決めたことです」
「はい」
「まず難しくないことから聞きます。この村に転送されてきたのは、あなたの力ですか?」
「わかりません。幼少時からの記憶を誰かが封じていなければですが、使った記憶もありませんし、そもそも私にそのような能力があるとは思いません」
「ありがとうございます。ユーリは、昔の記憶を封印していましたし、私も記憶をいじられかけたことがあるのです。ただその場合でもこうして改めて聞かれてみると何か違和感があったりするものなのです。それもないのでしょうか」
「たぶん」
「では次の質問です。嫌なことを思い出させますが、ご両親が死んだふりをしたときにあなたが父親を刺した記憶があると言っていましたね。では、死んでいた両親とあなたが刺した両親、どちらが本当ですか」
「それは・・・」
「記憶にあるのか、ないのか、イメージは見えるのか、見えないのか」
「今となっては、どちらが本当なのかわかりません。どちらもイメージとして残っています」
「では最後の質問です。あなたは本当に元魔王の”息子”ですか?」
「どういうことですか」
「この家は、女性が多いのです。男性はぬし様とあなただけです。でも、入浴時には、ぬし様とあなたが一緒にお風呂に入ったことはありませんね?あなただけ時間をずらして、しかもシャワーだけですませていますよね」
「は、はい」
「私たちも魔族の子としか聞いていませんし、着ているものから男の子と思い込んでいましたが、どうなんですか」
「・・・」
「たぶんユーリは気付いていて、あなたの秘密を知っていて知らない振りをしていると思うのですが、どうなんでしょうか」
「私からお話しすることはできません」
「わかりました。ありがとうございます。それでかまいません。もしユーリに何か聞かれても、できればこの事は聞かれなかったと言ってください」
「はい」
「質問はこれだけです」
「ふーーーっ」2人とも深いため息をつく
「私が言う事ではありませんが、パムさんもおつらそうです」その子はまるで質問した側の心がわかるようにパムの心を察している。
「ぬし様からは、もう人を疑わなくても良いのですよ、と言われ、私自身そんな環境になじんでしまっていて、でも今回そういうことをしなければならなくなった時に、人を疑い、質問をするのがこんなにつらいものなのだと痛感しています。ただ、これがこの家族での私の役割なのだと心得ています」
「そうなのですか」
「皆さんと暮らしてみてわかると思いますが、みなさん清濁併せ飲みつつ生きておられます。しかもみなさん性善説のままで。ぬし様は、言葉では人間とは悪なる者がほとんどだと公言されていますが、実のところ人間の中の善の心を信じていらっしゃいます。実際、その人の中の黒い部分が表に出てきてそれに大して怒っています。でもなお、わずかでも人の心には善い心があるのだと思っていらっしゃいます」
「そうなのですか」
「私は、私が家族になるきっかけとなった事件の時にアンジー様に言われたのです。嘘を言っているのなら、今ここで正直に言いなさい。嘘をついていたと告白しても、ぬし様はあなたを守るから。ぬし様はあなたを守ると決めたら変わらないのだからと。だから嘘をついていたなら今のうちに言っておけと言われました」
「・・・・」
「ですから。嘘をついていたとしても、話したくない秘密を抱えていたとしても、ぬし様も私たちも決してあなたを裏切りません」
「ありがとうございます」
 そんな話をしていると、ぬし様とモーラが家の中に入ってきた。椅子に座ると沈黙が周囲を包んでいる。

○獣人の救出
 『到着う―』私の頭の中にレイの叫び声が頭の中に響いて、風景がイメージとして送られてくる。どこまでこの通信方法が進化するのでしょうか?レイの視界の情景がはっきりと映る。ああ魔族は3人。追われている獣人はひとり。獣化が解けて倒れている。魔族とはまだ距離がある。レイがその傍らまで行き、獣化を解いて獣人になって魔族達に向かって叫ぶ。
「ここは、親方様の領地内になりもうす。騒動を持ち込むことはまかりなりません。早々に立ち去られよ」レイはたどたどしくも誇らしげに魔族達にそう告げた。
 あれ?なんか時代劇っぽいのですが。私の頭の中からなにか引っ張りだしましたか。
「お前ひとりで私たち3人を止めるというのか。笑止。ケガする前に消えな」中央に立っている、サイに似た魔族が笑って言った。
「とりあえず警告はしましたからね」そう言うと獣化するレイ。あららレイはやる気ですね。
「やる気か。おもしろい。こいつは私が相手をしよう。手を出すなよ」他の2人は黙って頷いて、ひとりは持っていた剣をおろす。
 レイは、ゆっくりと走り出し、徐々に加速して相手に近づく。相手はそれを受け止めるため腰を落として剣を構える。スピードに乗ったレイがそのままの速度で近づく。瞬間、レイの姿がその魔族の視界から消える。
「なっ」その魔族は、気配を感じたのか左肩のあたり持ち上げていた剣を振り下ろして防御しようとする。しかし間に合わず、ドンという衝撃を腹に受けた。しかし、その魔族はお構いなしに持ち上げていた剣を腹のあたりめがけて振り下ろした。しかし空を切った剣は、地面に打ち下ろされ土を削る。土埃が巻き上がり、その煙が晴れたところ、レイの雄姿が現れる。
「やるねえ。しかもおつりまでおいていくたあ、どういう動きをしたんだい」その魔族は、手で頬をさすりながらそう言った。魔族の顔を見ると右頬に爪痕があり、血がにじんでいる。
「獣化していたら話はできないか。まあ良いものは見せてもらった。こっちも真剣にやらせてもらうよ」
 そう言って、その魔族は体に力を入れて筋力をアップさせている。レイは、その様子を見ながら少しずつ後ろに下がり、筋力アップにより広がった剣の間合いからはずれるようにジリジリと後ろに動いた。
「さてやろうか」地面に刺さった形となっている剣を持ち上げ青眼に構える。
 その時馬の蹄の音が聞こえる。メアとユーリが到着した。

○1対1×3組
「おやそうかい。これで3対3だ。提案だがそれぞれ1対1でやるというのはどうだい?それで勝ち残った者同士でさらに戦う。まあこちらが全勝してしまえばそれでおしまいだが、勝てたなら勝ってる者達で1対1でやる。どうだい、その方が負けても納得できるだろう」
「2人が勝っても2対1ではやらないと言いますか」ユーリがそう言いながら、牙をむきだして魔族に向かっているレイに近付いていく。その後ろにはメアが続いている。
「ああ。そんなのはつまんねえだろう。もっともこちらの全勝が見えてはいるが、誰かひとりでもそっちが勝てたら、その方がおもしろいだろう?」
「なるほど。戦う前に念のためお話ししておきますが、ここは土のドラゴンの領地。魔族がここでもめ事を起こすのは後々問題となりますよ」ユーリが努めて冷静に話している。
「そんなことはいいんだよ。所詮ドラゴンはこの世界に不介入だ。暴れた後、縄張りから逃げ切れば、そこで終わりだ。しかも俺らは魔族だが、誰の配下でもない流れ者だからな。ドラゴンが現魔王に文句を言ってもどうにもならないぜ」そう言ってニヤリと笑った。
「なるほど。魔族側ではあなた達に何かあっても知らぬ存ぜぬと言うことですね」ユーリは確認している。
「そういうことさ」
「ならばこちらも相応に戦いましょう」メアが腕に気合いを入れる。
「ほう。その魔力の流れ。人ではないか」その魔族はメアを見ながら言いました。
「ホムンクルスですがなにか?」
「おまえは人だな。魔法剣士か」ユーリに視線を戻して言った。
「はい」
「そして俺と戦ったやつ。魔法のオーラのすごい獣人か」今度はレイをしげしげと見て言った。
「・・・」レイは、牙をむきだしにして睨んでいる。
「ドラゴンというのは土のドラゴンっていっていたな」
「はい」
「はっハー!そうか。あんた達がそうか。いや会いたかったんだよ。現魔王が手出ししないで放置している勇者候補のパーティー。あのヤバい魔法使いを倒し、うちの3魔人を殺さず倒し、エルフの里の森を厄災から守ったうえに低級魔族とはいえ、軍勢の1割を倒したと噂のやつらか。なるほど。そのパーティーに新たに加入したという獣人であればあの動きも納得だ」なにやらその魔族ウンウン頷いて何か納得していますよ。
「だとしたらどうしますか。ここを立ち去りますか?」ユーリはそう質問する。
「ああそうか。ここがそうだったのか。なるほどおもしろい。お前達を倒して例の魔法使いを引っ張り出そうか」その魔族だけが嬉しそうに話しているが、他の2人はよくわかっていないようだ。
「そこまで知っているのにあなた達は流れ者だと申しますか」メアが聞いた。
「そういうことにしておいてくれ。でないとお前達と戦えないだろう。お前達が俺らと戦って生き延びても、ここを根城にしていることは、黙っていてやるから安心しな。そいつを捕らえて連れて帰るだけにしてやる」
「どうしても戦うと言いますか」メアがため息をついた。
「ああ、そいつを連れ帰らないとならないからなあ」本当に嬉しそうです。
「殺すのではなく連れ帰るのですか。てっきりここで殺すものと思いましたが」メアがさらに尋ねる。
「違うぜ。いろいろと吐かせなきゃならないからな」横にいたトカゲのような男がイライラしながら叫ぶ。
「吐かせる?この人が何を知っているんですか」メアは嬉しそうにまた尋ねた。
「行き先だよ」なぜかトカゲの魔族が答える。早く戦いたいのだろう。イライラしながら情報を吐き出す。
「おいおい、おしゃべりはそこまでだ。ほら味方が到着したぜ、加勢するならそれもかまわないぜ」その魔族の視線の先には倒れている獣人のところに馬車が到着したようだ。
「彼女らは、その人の治療に来ただけです。私たちとは関係ありません」馬車の方を振り向かずにユーリは言った。
「なるほどねえ。あくまで3対3だというわけか」
「はい。1対1同士でもかまいませんが、3対3でもよろしいですよ」ユーリは何でも無い事のように会話を続ける。
「なめられたものだ。こう見えても魔王軍幹部の一翼・・おっとっと元魔王軍の一翼を担っていたんだぜ。1対1でいいぜ、そうだなあ俺たちの誰か1人でも倒せれば引いてやるよ」
「わかりました。勝負はどちらかがまいったというか、意識が無くなり戦闘不能になるという事でいいですか」
「ああ、まいったと言う前に死んじまうかもしれないがな」横のトカゲ顔の魔族がニタニタ笑いながら言った。
「そうですか。わかりました。では誰と戦いますか?」ユーリがそう言った。
「おやおや、この期に及んでまだ余裕があるなあ。その気構えは賞賛に値する。そうだな、俺と話している魔法騎士。お前は俺とだ。いいかい?」
「かまいません」
「俺にひと蹴り入れたお前。本当はお前ともやりたいところだが、おまえの脚力じゃ俺を倒すにはまだ無理だ。だからスピード勝負できるやつとやるがいい。魔族の速度領域を知るには良い機会だ。まあ、知った後すぐ死ぬことになるかもしれないがな」その魔族がそう言ったのを聞いてイライラしていたトカゲ姿の獣人が口を開けて笑った。
「そして、そこのメイド服とか言うのを来ている奴。残った者同士でやればいい」双方頷いている。
「それでは、互いの戦いに干渉しないように少し離れますか」あくまでも冷静にユーリが告げる。
「ああその余裕良いねえ。わかった少し離れようか。だがその馬車を囲むようにするぜ、戦っている間に逃げられても困るからな」
「逃げはしないと思いますが、いいでしょう」
『アンジーさんエルフィさんいいですか?』
『大丈夫よ、もう容態は安定しているし、とばっちりが来ても私の結界で何とかしのげるから安心して戦って』
『わかりました。気をつけて』
『あなた達もね』
『『『はい』』』
 いつもあなた達は心が揃っていますね。うらやましいです。
 そうして、その広い草原で馬車を中心にして、森に近いレイ。草原の真ん中あたりのユーリ、草原の横にある荒れ地にこぢんまりと隆起した高さ1メートルくらいの丘がある。その横にメアさんが移動した。
 荷馬車の幌の上にエルフィが座ってその戦いを見ている。その横にはアンジーが座っている。おや、獣人さんを放置しておいていいのですか?
 全員が静かに時を待っている。誰が合図するわけでもなくタイミングを計って待っている。そんな時に一陣の風が巻き起こり、砂塵が巻き上がる。荷馬車の上にいたエルフィはとっさに顔に手をかざして目をつぶった。それが開始の合図になった。
 キンッ 高い金属音が草原に響く。風と共にお互いが走り出し、剣と剣がぶつかる。ユーリが飛び込み、その上からその魔族が剣を振り下ろし、それを下でユーリが受けている。魔族との一合をユーリは受けきった。
「さすがだな、俺の一撃を止めるとは」そう言いながらゴリゴリと上から力押しをする魔族。直接対峙してみるとユーリより2回りは大きい。上から押し込むように剣を押しつけてくる。ユーリは、剣を使い表情を変えずにそれを受けている。足元の周囲の草までがその圧力につぶされている。やがて地面も悲鳴を上げてユーリの足が地面にめり込む。
「一体どういう仕組みだ?平然としてやがる」その魔族は、そう言い放つと力を弱めて後ろに飛び去ろうとした。その隙を逃さずユーリは前に出る。
「速い」その魔族は思った。先ほどの獣人よりも近づくスピードが速く感じる。そうか、押し込んでいく俺の力をため込んで、弱まった反動で一気に飛び跳ねたのか。だから後ろに飛んだ俺とほとんど距離がなく接近しているのか。
 さてと、どうするか考える。相手はまっすぐに顔を狙って、剣を向けて飛んでくる。対して俺の剣を持つ右手は、下に下がっている。さて、接近する切っ先をどうかわすか、顔をずらすのか、剣ではねのけるのか、体勢をひねるのか、相手はすでに空中だ、剣の切っ先に力を集中しているだろう、だからそれだけにかわしやすい。むしろ体を横にひねってかわし、真横から剣を打ち下ろす方が効果的だろう。
 そう判断して、体勢を変えようとしたところ、動こうとした方向に切っ先が移動している。いや、剣は動いてはいない。なるほど、による残像か。突き出した剣から顔の周囲に円周上に残像が見える。かなりの広範囲に切っ先の残像が残っている。滞空しながら連撃を行っている?いや、魔法か。魔法で切っ先を自分の少し前に残像として残し、自分の切っ先とあわせて進んでいるのか。どこに移動しても攻撃はあたるという寸法か。
 しかし、いつその魔法を準備した?つばぜり合いの時か?その前か。ここに至る前にここまでの行動を予測していたという事か?ならば、再度後ろに引くか。
 そう思った瞬間、冷や汗と共に頬に熱い何かがかすめる。まだ剣先との距離があるのに何かがかすめた。剣先が届いたのか?魔法で剣の攻撃を加速しているのか?ここは、踏みとどまって多少のかすり傷は覚悟で剣で払うしかないのか。
 おれは、後に飛び跳ねた着地と同時に大剣を目の前で右から左に一度だけ振る。魔法による連撃の切っ先は霧散する。しかし相手はまだ、速度を変えずに文字通り飛んで近づいてきている。自分の剣は左に振り切っている。体勢が崩れているわけではないが、そこから切り返して相手を切るのは無理そうだ。まして、相手は何を仕掛けてくるかわからない。判断が停止したところに相手の切っ先が飛び込んでくる。
 意外にも仕掛けはなさそうだ。手品のタネはつきたのかもしれない。そう判断して振り回した剣を今度は左から右に振り、相手の剣を受ける。柄と柄が当たったようだが、音がしない。ぶつかり合った剣の柄を支点にして、体を回転させて足蹴りを放ってきた。そして腹に鈍い痛みが走る。つま先で腹に蹴りを入れられている。相手は宙返りをして着地した。蹴りを入れられたとはいえ、相手の剣を受けるために腹筋に力を入れていたからダメージは少ない。いや、鈍い痛みが続いている。なるほど、つま先に魔法で作った切っ先を仕込んで、蹴りと共に放ったか。やるじゃないか。傷は深くはないが、まだ血が流れている。
 対峙している距離は先ほどよりかなり近くなり、お互いの間合いの中で対峙する。
「なるほどこれはすごいな。ここまで一方的に攻撃されるとは思わなかったぜ。じゃあ本気を出さないと失礼だな」
「別に本気を出さないで負けていただいても構いませんよ」ユーリは冷静にそう言った。
「そうはいかないだろう。せっかく面白い展開になってきたんだ」魔族は再び剣の握りを引き絞る。
「それは残念です。このまま続けるとお互い死の領域まで続けることになりそうですが」ユーリも同じように腕の筋肉が引き締まる。
「まだまだだ。まだ足りない」そう言って魔族は、さらに大きくなっていく。持っていた大剣が普通の剣に見えるくらいに。
「さあ、第2ラウンドといこうか」その魔族は嬉しそうに笑った。
「この先は手加減できませんので、ご容赦ください」
「まだ何か隠しているのか。すごいなあ。うれしくて震えが来る。ならば行くぞ」魔族は最後の言葉が終わるか終わらないかのうちにユーリにダッシュして近づく。さっきの数倍速い。右手に持った剣がユーリを右から左に横に薙いだ。しかし、その下をかいくぐり相手に向かってまっすぐ突き進む。「ふん」片手をユーリの前に出し、炎の塊を打ち出す。ユーリはそれを切り落とし、こぼれた炎の塊が体にあたってはじけ散っている。そのままユーリは相手を横に薙ごうとするが、かわした剣が今度は上からユーリの胴体を狙って襲う。ユーリは剣の軌道の先をかわすように動いてさがり、相手との距離をとりながら剣先をかわす。互いにそこで動きを止め再び対峙する。
「その着ている服は不思議な服だな。火にも強いらしい」
「あるじ様が僕のために作ってくれた特別な服です」そこで、うれしそうにはにかむユーリ。
「そうか、良いあるじを持ったのだな」
「はい」
「さて、こちらも本格的に魔法を使おうか」
「かまいません」
「そうは言っても剣と魔法を同時に使えるわけではないからなあ」
「はあ」
「そういえば、魔法を使う直前に魔法術式を切ったと聞いたが本当か?」
「はい。詠唱が始まればわかります」
「なるほど」
「ですが、準備をされるのであればどうぞ」
「それでいいのか?詠唱中は無防備になるから攻めるには格好のタイミングだろう?」
「仮に私たちの住むところに、事前に魔法をかけて攻め入ったらどうしますか。それでも戦うことになりますよね」
「なるほど。その技術は対魔法使い用であって、対打撃系用ではないと言う事か」
「そうですね」
「ははっ、なめられたものだな」あきれながらも少しだけ苛ついている様子が魔族からは見て取れる。
「なめているわけではありません。それが戦いだからです。ですから存分に言い訳のできないように魔法を使ってください」
「俺が言い訳をする?俺が負ける前提か」今度が怒りがその表情から見える。
「いいえ。私は負けられないのです。少なくとも引き分けなければなりません。あるじ様に勝たなくても必ず生きて戻ってくると約束していますから」そこでユーリは少しだけはにかむ。余裕ありすぎでしょう。
「なるほど。覚悟の程はわかった。ではいくぞ」そう言ってその魔族は、何種類かの詠唱を始める。体がさらにもう一回り大きくなり、皮膚の色が変わり、オーラが体を覆う。最後に剣に向かって呪文を掛ける。剣が炎に包まれる。
「さてやろうか」剣の柄まで炎に包まれていて、握っている手にまで炎が達している。
「はい」その間にユーリも詠唱を終えている。見た目にはほとんど変わっていない。
「こちらから行きます」
「こい!」相手の言葉が終わらないうちにユーリは飛び出した。3度目も変わらずまっすぐに突っ込んでいく。本当にまっすぐにだ。魔族は振りかぶり今度は利き腕の右から斜め下に剣を振り下ろす。さすがにこの間合いでは、かわすには無理がある。確実に肩口に剣が振り下ろされたと思った。しかし、ユーリはそこで消える。
「そうか後ろか」そこから左足を中心に旋回して、体勢を真後ろへと変え、下に向いている剣をあり得ない速度で剣を振り上げる。しかしそこにユーリはいない。空振りか?いや、確かに気配があった。実際に匂いも残っている。どうしていない?
 ドス・・鈍い痛みと共に腹部に振動が走る。顔を下に向けると先ほどつま先で傷ついた腹部に深々と剣が刺さっている。一瞬のうちにユーリは、魔族から離れる。傷口からは血が噴き出している。
「すごいな。でも曲芸だ」そう言うと腹に力を込める。しかし、血の流れは止まらない。
「なんだと?血が止まらないだと」その魔族は明らかに動揺している。
「はい。先ほどのつま先の魔法と合わせて傷口が治らないようにしています。戦闘中は傷口が開いたままです。失血死するかもしれませんのでご注意ください」何の感情もない言い方でユーリが言った。
「かまわんよ。こんなおもしろい戦い、血の一滴がなくなるまで続けるつもりだ。さあ次の手を見せてくれ。こちらも心してかかる」傷口は深いはずだがそれでもなお剣を構える。
「かまいません。どうぞ」ユーリの言葉に、その魔族は傷を受けた腹部をかばうことなく、右手の剣を前に突き出して詠唱を始める。ユーリはその詠唱を止めるため、深く踏み込み、魔族の右手にリングのように回り始めた魔方陣を切りにまっすぐに突っ込んでいく。体格差があるため、跳躍してその魔方陣にまっすぐに跳んでいる。
「ばかめ!おまえのその技はすでに知っているわ」腹部においた左手から炎が弾となって何個も打ち出される。滞空しているユーリは、呪文を唱えて、自分の前に土の壁を隆起させてそれを防ぎ、壁の側面を蹴って壁の横へと跳躍して、互いの視界に入った。魔族はそれを見て
「遅いわ」そう叫んで、すでに詠唱を終えていた魔法を発動させる。土の壁ごと、ユーリは炎に包まれ爆散したように見えた。
「たわいないな」そう言って土の壁を蹴飛ばして壊し、爆散した場所に近づく。布のようなものが周囲に落ちていく。
「そうでしょうか?」その魔族は、ユーリの声が真後ろから聞こえ、思わず振り向きざまに剣を振るう。しかしそこには誰もいない。爆散した場所に背を向けたかっこうとなり、そこにユーリはいた。そして、魔族の背中に十字に切りつける。しかし傷は浅い。振り返り魔族は言った。「なぜとどめを刺さない」
「あるじ様からは、自分の命が危なくなるまでは、相手を殺すなと命じられていますので」そう言ってユーリはその魔族から間合いを取って剣を構える。
「俺は弱いのか?」その魔族は自問自答ともいえる言葉を呟いた。
「いいえ。今まで戦った方の中では一番強いと思います。初手から私の新しい技を繰り出さなければ戦えないほどに」
「このまま戦い続けたらどうする?後悔することになるかもしれないぞ」そう言って剣を構え直す魔族。
「あなたの戦意が消えているのがわかりますので、その問いは無意味です」ユーリはそう言って笑った。
「この戦いはこれで終わりかもしれないが、次の機会があれば後悔することになるかもしれないぞ」その魔族は急に優しい顔になって言った。
「その時までに僕もまた成長していなければならないのだと、あるじ様はそうおっしゃいました」
「すごいなそいつは」
「はい。今でもまだ追いつけそうにありません。その心にも技術にも」
「それがおまえのあるじである例の魔法使いか」
「はいそうです。僕の憧れの人です」ユーリはそう言うとニコリと笑った。
「ああそうか。ふん。おまえの言うとおりやる気が無くなった。俺の負けだ」そう言ってその魔族は剣を鞘に収めた。
「ありがとうございます。もう何段か上があるのでしょうけど、ここでやめていただきありがとうございます」ユーリはぺこりとお辞儀をする。そして、大剣をゆっくりと地面に下ろした。
「そこまでわかるのか」その魔族は驚いたように笑った。
「なんとなくですが、ここから2段先には、お互いの死地が待っている。そんな感じがしました。それはお互いに本意では無いと思いますが」
「わかった。そんなことを聞かされては完全に俺の負けだ。これ以上の戦いは本当に意味が無い。しかもたぶん俺は負ける。俺の中の本能がそう叫んでいる」
「本能がですか?」
「炎で爆散したはずのお前の声が背中から聞こえたときだよ」その魔族は、そう言って首のあたりに手をやり、そこを撫でている。
「それは、あるじ様が喜びます」
「考えたのは、その魔法使いなのか?」
「ええ、心を折るには、得体の知れない恐怖が一番だとおっしゃっていました」
「なるほどな。心を折られたのか俺は」
「でも、効果があるのは一度切りだとも言っていました。次に戦ったときには通用しないとも」
「確かにそうだな」なぜだか笑って魔族は言った。
「傷を見せてください。直しますので」
「すまない。名前を聞いてもかまわないか」攻撃の意志がないことを示すために横になる。ユーリは魔族の背中側から近づきしゃがんで傷の状態を見て、薬草を取り出した。
「はい、ユーリと言います。えーと、ユーリオブクイーンナイトと言えと言われていました」
「ふふ、クイーンナイトかチェスでは縦横無尽だな」
「チェスをご存じですか?」
「おっとこれは失礼。今のは聞かなかったことにしてくれ」
「はいそうします」
「さて、他の2組はどうなったかな」
『アンジーさんどうなっていますか』
『とりあえず、膠着しているわ。ああ、メアもレイも無傷よ』
「どちらも決着ついていないようです」
「そうなのか?誰が知らせてくれている?」
「馬車にいる方があわてていないので」慌てて言い繕うユーリ。視線の先にはアンジーもいるが、手を振っているだけだ。

『レイ、遊びすぎないように。ユーリは終わりましたよ』
『わかりましたー、終わらせまーす』
『では、わたしも決着をつけます』メアさんがそれに続けて告げる。

続く

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