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第19話 暗殺者など

第19話 暗殺者

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○日常はここまで
 やっとの思いで寒い地方から帰って来て、しばらく静かに暮らしていました。
 エリスさんの話では、悪い事が起こるという噂事態が流れていなかったらしく、そもそもそれは、ジョーが氷のドラゴンさんに噂が立っていると吹き込んだ事だったみたいです。
 なのでそれによって不利益を被ったのは、ユーリだけだったみたいです。
「納得いきません」ユーリは怒っていましたが、私と二人だけで村に行って、食事をして忘れたようです。
 そうしてしばらくはゆっくりとした時間が家にも村にも流れていました。

 その日は、朝食が終わって後片付けをして、天気が良いので洗濯物を干して、まもなく昼食かという頃でした。朝食の終わった後に、ユーリとパム、レイの3人は、森の中で移動しながらの戦闘訓練をすると言って、縄張りの遠いところに向かうと言って出ていきました。モーラとエルフィは居間でダラダラしています。
「ご主人様。買い出しに行って参ります。残念ながら今日は歩きで行ってきます」メアが丁寧なお辞儀をしてそう言いました。
「アとウンは散歩に行きましたか?」私は居間のテーブルに座っていて、洗濯物を取り込んだ後は、地下室に行って積み残しの研究の中から何をやろうかと考えているところでした。
「はい。朝早く2頭揃って出かけたようです」メアが見えない厩舎の方を見て言いました。
「最近雨続きで外に出られませんでしたからねえ」
「明け方早々に出て行ったみたいです」
「荷物持ちは必要ですか?」私はようやく声を掛けられた理由がわかりました。本当に鈍いですねえ。
「それはデートのお誘いと思ってよろしいのでしょうか」表情を変えずにメアが言った。
「デート。ええそう思ってもらってかまいませんよ」私はつい嬉しくなってそう言いました。
「ではお願いします」そう言ってスカートを少しつまみ上げてお辞儀をするメア。
「でしたら、普段着でお出かけしませんか?」私はメアの私服を見たくなってついそう言ってしまいました。
「確かに。戦闘服でデートはいけませんね」メアの表情が少し照れているように見えました。
「メイド服は戦闘服ですか」私はちょっとだけ肩がさがりました。
「はい。いつでも臨戦態勢です」メアは胸を張って言いました。
「さすがに今日は何も無いでしょう」
「そうですね」
「モーラ。メアさんの買い物に付き合って村まで行ってきますけど、何か欲しいものはありますか?」私は、テーブルの上にスライムのようにダラーっとしてるモーラに聞いた。
「愛じゃ」モーラがテーブルに突っ伏したままそう言いました。
「愛ですか?この家にはあふれていると思いますが」
「確かにな。どれ、わしも後で村に行こうと思うがかまわんか」
「メアさん」
「かまいません。隣には私が歩きますので」
「いや、おぬしらの邪魔をするつもりはない。時間もずらすが、おぬしらが帰ってきた時に家にいないかもしれんのでな」
「わかりました。アンジーは?」珍しくテーブルにアンジーがいないので、メアに尋ねます。
「いつもの定時連絡だそうです~パムとユーリとレイは~久しぶりに外で訓練できると言って~朝からいませんよ~」エルフィが眠そうにしている。
「エルフィは外出しなくて良いのですか?」
「昼過ぎからでかけます~昼は自分で作りますから大丈夫ですよ~」
「では、メアさん準備出来次第出発しますか」
「着替えて参ります」
「あれ~ウンだけ帰ってきましたよ~」そう言って窓を見ると、中を覗いている馬が見えた。
「どうしたのでしょうか。アに何かあったのでしょうか」着替えに部屋に戻っていたメアさんが私服になって戻ってきました。私服姿も新鮮でいいですねえ。
『気持ちがダダ漏れじゃな』
『お褒めいただきありがとうございます。声に出してもらえればもっと良いのですが』
「これから言うつもりでしたよ」
「冗談です」
 その間もエルフィは馬と会話している。いや、窓を開けて頭をつけて話をしています。ああ、人が倒れているのですね。
「わかりました。行きましょう。メアさんごめんなさい。埋め合わせは必ず」
「大丈夫です。行きましょう。エルフィはウンに乗って先に行ってください。治療をお願いします」メアさんが私より先に指示を出してくれました。メアの残念な気持ちと早く終わらせたい気持ちが伝わってきます。ことが済んだら2回はデートしましょう。
「ありがとうございます。では傷薬を持ちましたので、私も後を追います」いつの間にかメイド服に着替えたメアがそう言って出て行く。
「お願いします」
『あるじ様大変です。魔族が攻めてきました』今度はユーリからです。
『人数はどのくらいですか?』
『一人ですが、とても強いです。パムと私で防戦一方です。場所を教えにレイがそちらに向かっています』
「ここは、土のドラゴンであるモーラの管轄地ですよ。そんな狼藉が許されますか」
「まあ、制裁されることがわかっていても仕掛けてくるやつはおる」
「にしても唐突に現れましたね、どうやって侵入してきたのでしょうか」
「何かのシールドで隠れてきたか、空でも飛んできたかのう」
『メアさんそっちは大丈夫ですか。襲われていませんか?』
『レーダーによるとその気配もないようです』エルフィの名前くらい言ってあげてください。
『エルフィのレーダーにも感知されなかったみたいですから注意してください』
『了解しました』

○会敵
 その草原には、ユーリとパムが剣による打ち合いをしていた。まだ始めたばかりなのか、二人とも少しだが汗をかいている。
 パムは、ユーリとの打ち合いの中、一瞬の風景の揺らぎをユーリの後ろに見た。ユーリも気付いて、パムが気付いたのを見て、パムの視線の方向から少しだけ体をずらす。
 パムは、太ももに挟んでいた細い針をその揺らぎに放ち、そちらに向かって突進する。しかし、投げた針が跳ね返されてパムの頬をかすめ、前に進もうとする勢いをそがれて立ち止まった。ユーリも振り返り、パムと少し離れたところに立ち様子をうかがう。
「何奴!姿を現せ」頬を切られ血が出たまま、くないのようなものを構えるパム。脇を抜けようとする揺らぎをとっさに感じて右腕で何も無い空間を薙いだ。するとその薙いだくないをはじき返されまたもパムの頬をかすめる。
 刹那の攻防。相手はマントを脱いで姿を現す。魔族だ。精悍な体躯と端整な顔立ちが、高位魔族であることがうかがえる。ユーリもパムもその魔族の能力の高さを気配から読み取って動けずにいる。
「ここから先は私有地です。ご遠慮願いますか」パムは、敵を見定めるため声をかける。
「気配を消していた私に気付くか」その魔族は、パムの問いに答えずにこう言った。
「はい。残念ながら殺気が殺せていませんでした」
「なるほど丁寧だなあ。だがこちらも都合がある。通らせてもらうぞ」動こうとする魔族。
「ダメです、ご用事はなんでしょうか」動こうとする魔族の行く方向を遮るようにパムが足先を変える。どうやら何かを追っているため、その方向に向かおうとしているらしく、立ち塞がるように2人が立っているようだ。
 そこにレイが走り込んでくる。状況がわからずうなり声を上げてその魔族を睨んでいる。
「答える気はない。通るぞ」
「要件を告げられませんと通せません」
「やるか」
「やりたくはありませんが、仕方ありません」
「やりたくないなら通せ」
「私のあるじに何かあっては困ります」
「ならば押し通る」
「レイ、悪いけどあるじ様にここの場所を教えて」
『わかりました』すでに戦闘するつもりで獣化していたレイは、家の方向に向かって走り去る。
「ほう獣人か。ドワーフに人間?不思議な取り合わせだな。まあいい。いくぞ」その魔族は、剣を構えすぐさま突進してくる。
「パムさん」
「はい」
 先陣はいつもどおりユーリが務める。相手と同じように剣を構え突進する。剣と剣が出会う刹那、相手の切っ先をかわそうとしたユーリは、体を数ミリ横に動かした。しかしその途端、その切っ先の軌道が少し変化した。それにあわせてユーリの剣の軌道が少し移動して、相手の剣をいなすような位置に動かした。さらに魔族は、それを見て剣の軌道を修正した。そのタイミングでユーリの姿が消える。変わってパムがその剣筋をかわして相手の懐に入り、ユーリは回り込んで後ろから切り込む。
 それでも魔族はパムの剣をかわし、ユーリの剣もかわし、パムの横から回り込むように位置を変えてパムに突きかかる。パムはスウェーしてかわし、その空間をユーリが魔人に向かって剣を突く。そんな攻防をバリエーションを変えて、幾度となく繰り返す。
「2人ともやるな。私の攻撃をこれだけしのげる奴はそうそういないぞ」何やらその魔族は嬉しそうだ。
「褒めていただけるなら、攻撃の手を止めてください」パムが静かに答える。その間も2人で攻撃を続けているが、こちらの反撃がまったく決まらない。
「いやいや楽しませてくれよ。今回の仕事はつまらない仕事だと思っていたが、どうやらアタリだったようだ」
「外れの時はどうしていたのですか」再びパムが声をかける。ユーリは話す余裕はないようだ。
「人族は、私を見たら反撃してこないから殺さないな。まあ、それでもかかってくる奴は警告をしてから殺す」余裕があるのか話しながら2人の相手をしている。
「なるほど。とりあえずは普通の対応ですね」パムもその割には、話しながら剣を交えている。いや、話しをつなげて有利な位置に持って行こうとしているが、あとちょっとのところでかわされている。
「ああ、弱いものを殺すのは性に合わん。しかし、それでもかかってくるなら倒すそれだけだ」その魔族は、口ぶりからまだ余裕があるようだ。
「その人達が戦わざるを得ない場合もありますよね。何かを守っている時とか。それでも殺しますか」今度はユーリが話し始める。パムの息が上がったから交代したのか、それとも会話の内容に、単に怒ったからなのかはわからないが。
「私の仕事は、裏切り者や逃亡者の捕獲か抹殺が仕事だからな。そういうことはほとんどないんだ」楽しそうに剣を交えているその魔族。ユーリは、会心の一撃を放ったがかわされている。そこでユーリは体勢を崩してしまった。
「同族は殺さないのでは?」ユーリのフォローに回って、再びパムが話し始める。
「ああ、これ以上の呪いは勘弁して欲しいが、一度呪われてからは、慣れてどうでも良くなるからな」その魔族もそろそろ終わりにしたいのか、少しだけ剣勢があがる。
「そんなものですか」しかし、パムもそれに合わせて少し剣の速度を上げる。
「殺される方に後ろめたさがあると、呪えるほどの気持ちもないみたいなのさ」本当に楽しそうに剣を交えている。
「なるほど勉強になります」
「おまえたち殺してしまうのはもったいないなあ。ここを通してもらえないか」
「気配を殺して、最初に脇を抜けようとしたのはそちらでしょう」
「それについては謝る。気付かれていないと思ったのに気付かれてな、とっさに手が出てしまった」
「ならば引いてください」
「だからいったろう?それはできないんだ」
「ならば引かせてやろう」上空に巨大な影が現れる。ドラゴン姿のモーラだ。
「おやドラゴンの縄張りか」その魔族は声に出した。空に浮かんだ影は、一瞬にして影がなくなり、小さな影がその魔族の前に降り立つ。
「わしの縄張りに何のようじゃ」モーラが子どもの姿でそう言った。
「裏切り者を追ってきた。この2人はあんたのところの者かい」その魔族は剣をさやに納めてそう言った。
「ああそうじゃ」
「それはすまなかった。お前達もそう言ってくれれば良かったのになぜ言わん」
「それは・・・」ユーリとパムはお互いに顔を見合わせる。
「軽々に主の名などださんであろう」モーラがフォローする。
「まあそうか。で、わざわざ出てきたという事は、簡単に渡してはくれないのか」
「わしとて、魔族に敵対などしておらんからな、事情が納得できるものなら考えよう」
「なるほど「考えよう」ね、情報を引き出す時の常套手段だ。残念だが私は何も知らないのだ。その者を見つけて捕まえるか、それでも逃げるようなら処刑しろとしか言われていないのでね」
「処刑じゃと。追っているのは同族ではないのか」
「今回は獣人だから同族ではないな。でも私は処刑人だから同族でも殺す」
「呪いをうけてもか」
「私にはたいしたことではない」その魔族は何でも無い事のようにそう言った。
「ドラゴン様、その方は呪いは殺される本人に恨みの心がなければ、たいした呪いにはならないと申しておりました」パムがそう答える
「そういうものなのか?」
「あまりおおっぴらにはなっていないが事実だよ。私が生きた証拠だ。これまで結構な数の同族を葬ってきたが、この通り生きている」その魔族はそう言って平然としている。
「わしは、実際呪い殺された者も見てきているが」モーラが釈然としていません。
「恨みの大きさだよ。私が殺しているのは裏切り者とか犯罪者でね。そいつらは殺されてもしょうがないと本人自身が思っているのさ、だから呪いにならない」
「ふむ確かに理にかなっているな」
「まあそんなことはいい。もう一度言うが私は何も知らない。ただ捕らえるか抵抗するなら殺せと言われている」
「ふむ。おぬしどう思う?」モーラはそう言って後ろから走ってくる人間と獣人を待つ。
「とりあえず、その獣人さんの話を聞いてみませんか?」レイを連れて私は駆けつけた。
「誰だよ」その魔族は不審そうな顔を向ける。
「通りすがりの魔法使いです」
「あとね。私を知っているでしょう」おや、アンジーさん村から直接こちらに来ましたか。
「ほう、ここが噂の指名手配犯のねぐらか。いいだろう。話を聞こうか」
 そうして全員家に戻った。

 居間のテーブルに全員が座る。玄関側にけがをした獣人を座らせて。
「それにしてもすごいメンバーだな。人族、ドラゴン、天使、エルフ、ドワーフ、獣人、それとたしかホムンクルスか。まさに異種族展覧会だな」なんだか感心しています。
「それで、殺す理由は知らされていないんですね」私は再度尋ねる。
「捕まえろとは言われたが、一応建前でね。だいたいは殺すことになる。連れて帰ろうとすると途中で逃げようとするからな」
「では、獣人さん逃げている理由を教えてください」
「教えた後、私を殺したりしないですよね」その獣人が怯えながらそう言った。
「そんなもの内容によるじゃろう。お主が悪いことをしていなければ大丈夫じゃ」
「たまたま通りがかりに聞いてしまったのです。大変なことを」
「一体何を聞いたのよ」アンジーも早く言えとせっついている。
「魔族の5大魔神と言われるお一人が、人族と結託して人族を滅亡させようとしていると」
「意味がわかりませんね。人族が人族を滅亡させようとしている。ということですよね」
「はい」
「獣人のお主がそんなことを聞ける状況にあったのか?」
「それが、気付かれていると思ったのですが、話を続けていました」
「聞かせられたかな?」
「ああ、スパイを殺すための理由かな」
「逃げ出せればその間に噂を広められて信憑性を高められますしね」
「おいおいあんた達。そこまで勘ぐるか」
「あなたも邪魔者を殺しに来るくらいの立場なら知っているでしょう?魔族の内部が分裂しているのよ。なので、どんな情報も嘘と真実が混ざっているかもしれないのよ」
「なるほど。この獣人が死のうが生きようがあまり変わらないんだ」
「その漏れた中身が広まったかどうかね。そもそもあまり信憑性のない話だし。一方で公然の事実とも言われている内容だしねえ」
「話していたのは、誰なの」アンジーが聞いた。
「ベヒーモスと言っていました」その獣人は怯えながらそう言った。
「おやおや、人間との共存主義の筆頭の名前じゃない。それはすごいことね。天地がひっくり返るわねえ。もっとも本当だとしたらだけど」アンジーが本当にビックリしている。
「わざと嘘だと思わせるということかもしれませんね」私は一応会話に参加してみます。
「それでもあえてその名前を出しますか」パムがそう言った。内情に詳しいのでしょうか?
「やはり魔族絶対主義派の工作でしょうか」私は想定できる疑問をとりあえず言いました。
「どうでしょうね」アンジーがそう言いました。
 少しだけ沈黙する。
「にしてもここまで良く逃げおおせたわね。あなた」アンジーがその獣人をジロジロ見ながら言った。
「そうじゃなあ。いつ頃から逃げておるのじゃお主」モーラもジロジロ見ながら言った。
「3日前くらいからです」2人に見られて怯えながらその獣人が言った。
「この森に来たのはさきほどではないの?」アンジーの質問に獣人は首を横に振る。
「誰かに送ってもらったのかな」アンジーが再度尋ねる。
「いいえ、そんな協力者はいません」その獣人は首を横に振る。
「はいダウトーー」アンジーが嬉しそうに言った。
「なんだい?ダウトとは」魔族がそう言った。
「うちで今、流行しているカードゲームですよ」私はとりあえず説明するが、よくわからなかったようです。
「それはそうとして、そこの魔族さん。あなたはこの獣人の言葉の証人として、それと獣人を殺したことで、その一族の恨みを買わされるところでした」
「どういうことだ?」
「つまり嘘の証人として引っ張り出されたのです」
「よくわからん。頭の悪い私に教えてくれ」
「この獣人は、最初から殺される前提なのです。今その獣人が言った嘘をあなたに告げてね」アンジーがそう言った。
「あなたはその嘘を知ったまま帰還すして、その話を報告する。そして、その噂されている人とともに疑われる。一方で今回の件を企んだ者は、無罪の獣人があなたに殺されたと宣伝する。あなたはその獣人一族に狙われる。最終的には呪いで命を落とすという感じですかねえ」
「ここに逃げ込んだ理由は、私がいるからですね」アンジーがその魔族と獣人にそれぞれ視線を合わせながら言った。
「ああ。ここに連絡係がいるからルシフェルに筒抜けだしな。そしてルシフェルの不安をあおる。疑心暗鬼にさせればそれでいいし、信頼関係を少しでもゆるがすことができるならいいと思ったんじゃろうなあ」
「残念ですねえネクロマンサーさん。そろそろ死体から死臭が発生しかけていますよ」
「ふん。そこまでばれていたか。ならばこのゲームは終了じゃ」その獣人はそう答えると小刻みに震えだした。私は思わずその獣人の回りにシールドを展開する。シールドの中で、獣人の震えがひどくなり、最後には爆散した。
「これは、魔族絶対主義派のちょっとした時間稼ぎですね」
「私は巻き込まれたという事で良いのか?」納得できていないその魔族はそう尋ねる。
「そうですね、しかも獣人との諍いの種にされて、そこから魔王様が獣人と調整しなければならなくなったでしょうから」
「姑息な事を」その魔族は怒りを顔に出してる。
「魔族絶対主義派もかなり追い詰められていますねえ」私はついつい言ってしまいました。
「とにかく時間が稼ぎたいのだろう」モーラも頷いています。
「ちなみに私はなんと報告したら良いと思う?」その魔族は逆に聞いてくる。
「何も・・・ありのままでいいんじゃないですか。そうですね、追いかけたドラゴンの縄張りに侵入してしまった。そうこうしているうちに獣人が爆散した。原因は不明で何も聞いていない。でどうですか」
「確かに嘘は言っていないな。お前達と接触したことは言ったほうが良いのか?」
「聞かれたら答えて下さい。ドラゴンとその配下には会った。話もした。その間に獣人は爆散した何も聞いていないでもいいですよ。うそは言っていませんよね」
「そうだな」
「私の方からルシフェル様には報告をしますので何も無いとは思いますよ。もし事実がねつ造されたらその依頼主が怪しい事になります。ますます反対派がまずいことになりますね」
「依頼主は、そんな事は知らない感じで聞いてくるじゃろうしな。大丈夫じゃ」
「まったく馬鹿げている。私がこんな事にかり出されるとはな」
「良いですか。組織に組み入れられるということは理不尽なこともあります。それに耐える必要はありません。後ろ盾が弱いのであれば逃げればよいのです」
「今更逃げ切れないだろう」
「そんなことはありませんよ。共存しているところもあります。もちろんここではありません。ここは個人的なつながりでしかありませんから。他にもっと大きな里があります」
「少し考えて見るよ」
「それにしても今度はネクロマンサーですか。もうなんでもありですね」
「魔族なのか獣人族なのか。たぶん魔族なのだろうな」
「そのまま外に出して死体処理しないとなりません」メアが嫌そうに言った。
「何か証拠になる物を持ち帰ってもいいか?、始末した証拠にしたい」その魔族が言った。
「魔法残滓を見てみたいので見てからになりますが」私はそう言いました。
「かまわない。魔力残滓を見てわかるのか?」
「見てみないとわかりませんが、何事も勉強ですので」
「そうなのか」
「パムさんとメアさん申し訳ありませんが、これを外に出してもらえませんか」
「はい」そう言ってその樽状の物を裏口から出した。玄関から出すには少し大きかった。
「ご一緒にどうぞ」私は玄関から出ようとする。
「あ、ああわかった。一つ聞いて良いか」
「なんでしょう」
「今更聞くことでもないが、俺が恐くないのか」不思議そうな顔で魔族が私に聞いた。
「家にまで迎え入れておいて怖がっていたら本末転倒でしょう。むしろこの次、あなたとどこで会う事になるのかと考えていますよ」
「そういうことを考えているのか」びっくりしています。まあそうなりますよねえ。
「ええ。出会いは縁ですから」私は笑いながら玄関からです。
「そうなのか」頭をかしげている魔族さんです。
「まあ普通は魔族を見て、怖がるよなあ」モーラが突っ込む。
「私はかなり怖がってますよ~」エルフィがさすがにびびっている。
「ご主人様の前でそのような姿は見せられません」メアさん外に出たはずでは。
「親方様に何もないよう攻撃態勢です。恐いけど」レイ尻尾が丸まっていますよ。
「あなたの剣には私達に対して殺意がないのです。恐くはありません」と平然としたユーリ。
「同意です。あなたに私たちに対する敵意はありませんね」と、パム
「ま、家に家主が入れた時点で客として扱う。そういうことよ」アンジーが最後を締める・
「おぬしそういうものなのか?」モーラがそう言った。
「まあ、最初は信用するところから始めませんと。でも家に招いたと言う事はそうなんでしょうねえ」私も最後は疑問形だ。
「はは、おもしろいな」
 そうして全員で外に出てその樽状のシールドを開ける。腐臭が一瞬だけ立ちこめる。
 私は近づいてその爆散した死体を棒でつついてみる。やっぱり並もわかりませんでした。
 その魔族は、名前も告げず、爆散した死体のうち洋服などわかりやすい物を持って帰って行った。
 見送る我々は、
「でもどうやって2人とも結界を抜けてきたんですかねえ」
「死体じゃからとは考えられんか?」
「3日前からでしょう?」
「あれは嘘ではないか。現にあの魔族は、気配がいきなり現れたぞ」
「あと、いつ殺して操っていたのでしょうか」
「ふむ、何か気配を消す道具があるのかもしれないな」
「気配を消す事ができるのなら是非知りたいです」
「ああ、わしもじゃ」
 そうして、ちょっとした事件はすぐ解決した。

○魔王城
 ここは魔王城。あまり明るくない、いやむしろ暗い城だ。その中の広い部屋の奥の方に大きい机があり、そこに立派な白い羽をたたんで、端整な顔立ちの顔の白い男が座っている。
「戻りました」さきほど戦っていた魔族の男です。
「会ってきたのか」
「はい、遠くから彼らを見張っていたのですが、他の魔族から、近くにいるならと人捜しを頼まれて、結界を越えて行ったら会えてしまいました。どうやって会おうかと思っていましたが意外に簡単でした」
「どう思う」
「考え方はまさに勇者ですね」
「やはりそう思うか」
「はい。ですが人間のための勇者ではないですね」
「だよなあ。いったい誰のためなのか」
「そうですね。ミクロ的には家族のための勇者。マクロ的にはこの世界の勇者ですね」
「この世界の勇者とな」
「はい。人族とか魔族とかを越えて、正義のために戦う勇者というところですか」
「そうみえるのか。ならそうかもしれないなあ」
「なので、ルシフェル様の考えている対魔族用人族の勇者ではありませんね」
「やっぱり使えないか」
「残念ながら」
「やっぱり消した方がいいのかなあ」
「今はやめておいた方が良いかと思います」
「なぜだ?」
「まだ、人間を間引くには時期尚早ですし、人間のための勇者をもう少し育てて魔族に矛先を向けさせる必要があります。そうしないと人間を間引きする理由ができないからです。
 さらには、他の種族と人族とを切り離す必要もありますし、他種族と魔族とが信頼関係を築かなければいけません。まだそこまでの信頼関係が築けていないので、今、事を起こすと他種族は魔族にも不信感を持ち今度は我々に牙を向けると思います。
 その中にあって、彼は勇者ではありませんが、彼の「縁」の力で種族を越えてつながりを作っています。本来の勇者ならこのまま野放しにすると、もしかしたらどんどん種族間の垣根を越えてつながってしまい、対魔族で団結する可能性もあったかもしれません」
「ならば、なおのこと早急に始末する必要があるのではないか?」
「本来の勇者ならです。残念ながら彼の繋がり方はいびつに思えます。家族を守るためにと言う部分が大きい。ですので、個人的なつながり方が絶対優先で、妥協や打算ともとれる契約を他の種族とするとは思えません。
 まあ、同盟なりの契約をしたとしても、相手側をだまして彼を裏切らせれば勝手に殲滅してくれると思います。ですから今のところは様子を見ていて、ある程度の種族と深くつながった段階で相手側から裏切らせれば、簡単に始末できると思います」
「それは、しばらくは泳がせておいて、こちらの都合の良いように使うコマとしてとっておくということか。確かにあれだけのメンバーをそろえていて、今の段階ですでに人間側からも魔族側からも疎ましい存在になってくれている。こちらの思惑通り、お互いの膠着状態の維持のためには最適じゃな」
「そうですね」
「そもそも信頼関係を築く可能性はほとんどないと思うがどうなんだ。人間を性悪説だと言っている男だぞ」
「だからこそ、彼は他の種族から信頼される可能性があるのです」
「ああ、逆もまた真なりということか。ちなみに魔族が彼の仲間になる可能性はどうだ」
「実のところ可能性はあります」
「お主もしや」
「ええ、ルシフェル様のお使いでなければなびいていたかもしれません。一緒に暮らしたいかというと別ですが、少しだけ興味がわきました」
「魔族も仲間になれるか」
「そうですね、仲間になれるかと言うとそうだと思います」
「歯切れが悪いな」
「あの家を監視していたときに彼が孤狼族の長との会話で見せたあの激情は、とても恐かったのです。彼は、家族、礼節という幻想にしばられ、それを壊さないようにするのが自分に課せられた義務みたいなところがあるようで。家族と礼節以外は、この世界などどうでも良いというのが見え隠れするのです。世界と家族を天秤に掛けられたら家族を選び、この世界を見捨てるでしょう。それが恐い。私が仲間になったとして、仲間と家族は違うと言われて切り捨てられそうな気がします」
「なるほど家族愛ねえ。見捨てたところで世界がなくなれば終わりのような気もするが」
「それでも彼は空間を操れると噂されています。そうなった時には、どうにかするつもりではないでしょうか。もっとも今の彼にはそこまでの力はないでしょうけど」
「人は何世代も交代して生きていて何度か滅亡しかけても文明をリセットされても生き延びている。すさまじい生命力であり精神力だ。生への執着もすごい。生存本能なのかもしれないな」
「そうでしょうか。彼をこの世界に送り込んだ者、仮に神としますが、神はいったいどういうつもりで彼をこの世界に送り込んだのでしょうか」
「この世界に生きる我々には思いもよらぬ理由なのだろうな」
「そうですね。あと、あの魔法使いについてもう一つだけ。対魔族用人族の勇者にする方法があります」
「ああそうだな、それは対魔族用と言うよりは対私用勇者ということだろう?」
「そうです。失礼しました。彼の家族の誰かひとり、もしくは全員を殺せば間違いなくこちらを殺しに来ます。でもそれでは、人族に恐怖を植え付けられませんが」
「その前に人族の勇者として持ち上げなければならんなあ。それは難しいのはわしにもわかる」
「単独で、都市国家とでも諍いを起こしそうですからねえ」
「逸材は適材ならずか。まだまだ見守らなければならんか」
「配下の者を交替で見張らせます」
「ああ、これから何が起こるのか楽しみになってきたよ」
「言ってはいけないのでしょうが、私も少し興味があります」

Appendix
成程、監視されていましたか。
はい。あのローブはすごいですね。気配も完全に消せるようです。
動いていないと~私も~気づけないくらいですからね~
でも匂いは消せません。間違いなくあの魔族でした。
それさえも消して彼は私たちの家を監視していたのでしょう?
どうやら位置を変えていたようです。
あそこは絶好の監視場所なのですがねえ。
そうです。こちらからも監視しやすいのです。
ちゃんとその辺まで考えられる人なのに今回の事は見抜けなかったのねえ
そういうものかもしれんなあ

Appendix
脱出の準備は進んでいるのか?
もう少しで整います。
急ぐ必要が出てきたといえ、こんな性急では移転する土地の選定は難しくないか?
それは何とかなります。
それなら良いのだがな。


続く

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