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第16話 DTモフる事を覚える

第16-3話 孤狼族

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○行動開始
 数日後に改めて氷のドラゴンさんと孤狼族の族長が訪れた。エリスさんも一緒だ。
「一族は説得した。いや、これまでも掟だからと死んでいった者達への償いはあろうが、これ以上殺傷することはしないことで収まったよ」先日の憔悴仕切った顔とは見違えるような晴れ晴れとした顔をして族長さんが言いました。
「そうですか。それはよかった。むやみに殺さないことになったのは良いことです。里から逃げたものも殺さないのですね」
「はい。入ろうとする者は警告し、去ろうとするものには何もしない。戻ってきたものは、長老会議に諮ることとしました」
「良いことですね」
「ありがとうございます。それで」
「命の保証がされたのですからもちろん行かせていただきます」私はそう言ってお辞儀をする。
「次の満月は、もうすぐです」メアが思い出したように言った。
「満月の暴走の前に、一度その子に会って状況を見たいのです」私はその子の事が気になっていたのです。だって、赤ちゃんの頃から人間のままで、獣人の中で暮らしていたのですよねえ。
「里には、お一人で来て欲しいのですが」怯えたように族長が言った。
「それはなりません。少なくとも誰か一名は同行させてください。最初に殺すことを黙っていたあなた達を信用しておりませんので」パムが立ち上がり、いつも出さないような大きな声で言った。
「あなた達の誰も同行はさせません。代わりに私が同行しますから」エリスさんは言い放ちました。
「しかたないのう」モーラは納得している。
「身の安全の保障は、エリス様がするということですか。孤狼族全員が攻撃してきたときにぬし様をお守りできますか?」パムがエリスを見て必死に言った。パムは最近エリスさんに会ったので確かに疑いたくもなるのでしょう。
「孤狼族が私に感じているはずの恩を忘れ、仇で返すというのならばそのようなことになりましょう。そうならないことを信じていますがどうですか?」今まで見たこともないような冷酷な目で族長を見るエリスさん。
「そのようなことには決してさせません。エリス様と一緒にお客人として扱わせていただきます」
「わかりました。ぬし様に何かあった場合は、全力を賭して孤狼族を滅ぼし、そしてエリス様に対し何かしらあるとお思いください」パムがそこまで言い切りました。
「信用されていないわね」エリスさんがパムを見て言った。
「残念ながら。先日のお話しの時にぬし様が殺される可能性を知っていてあえて口をつぐんでいたようにお見受けしております。私には信用できるものではありません」パムは殺意を持ってエリスさんを見ている。エリスさんは、涼しげな顔をしている。
「ああそういうことね。確かに気付くかどうか試していましたからね。まあ、結果的に孤狼族が全滅されても私は別に気にしませんけど」エリスさんがとんでもない事をサラッと言った気がします。
「ぬし様が殺されるわけではなく孤狼族が全滅されると思っていらっしゃいましたか」パムがあきれている。
「そうよ。あなたは毒を盛られても解毒できるし、不意打ちで首をはねても意識さえ残っていれば回復できるようなことを言っていたわよねえ」エリスさんが私を見て言いました。
「やったことはないので無理かもしれませんが」私は実際に試していないので、そう答えました。だって、死んだら怖いじゃないですか。
「なんと!そんな人族がいるのですか」族長が驚いています。いや、出来るなんて言ってませんよ。
「そうよ。この人を騙して殺そうとした時に、この人は本当に死なないのか、そして騙されたこの人が一族をどうするのか見てみたいと思ったのも事実なのよね」エリスさんが冷たく笑っている。
「あなたは、私たちを人族から助けてくれた恩人ではありませんか」族長が悲しそうな目で言った。
「あの時は、たまたまあなた達の行いを私が正しいと思っただけの事なのよ。あなた達のやる事を私が正しいと思えなければ助けたりなんかしないわ。自業自得ですもの」エリスさんの冷たい微笑みが怖いです。
「なんと、そういうことですか」族長がちょっとひいている。
「あら?そんなことを言ったら、私の命ともどもあなたの命が危なくなるのかしら」さらに追い込みをかけるエリス。
「いいえ決してそのようなことにはいたしません」
「あなた一人が思ってもねえ。一族の人族に対する憎悪は収まるのかしら」なんかいじめて楽しんでいませんか?
「・・・・」
「ならばこそ私を同行させてください。私は人族ではありません」パムが食い下がる。
「だめよ。里の位置を一番憶えやすいあなたではね。それはだめ」いきなり横から氷のドラゴンさんが口を出す。
「氷のドラゴンクリスタ様。私から念のために言っておきますが、この人やわたしに何かあったら、この土のドラゴンであるモーラが孤狼族を根絶やしにしますが、黙認するということでいいですか?」今度はエリスさんがなにやら物騒な気配を漂わせている。しかも氷のドラゴンの名前まで言いましたよ。ここまで誰も尋ねていないのに。
「それはしかたないわね・・・もちろんその後モーラとは決着をつけることにするわ」
「その時は、私がモーラに加勢します」
「なるほど。さすが交渉がうまいわね。わかった。私の名においてその男を守りましょう」
「ということよ。パムさん良いかしら」エリスさんがニコリと笑ってパムに言った。
「そこまでしていただけるのでしたら。出過ぎた真似をして大変申し訳ありませんでした」頭を下げるパム。
「あなたのこの男を思う気持ちは確かに伝わったわ。私はそういうのは嫌いじゃないのよ」エリスさんが笑っている。いや、怖いですよその笑い。
「相変わらず肝が冷える会話じゃな」モーラが引きつった笑いをしている。
「モーラあんたが言わないでよ。そこで殺意をまき散らしていたじゃない」エリスさんがタメ口なのはこれまでどういう関係だったのでしょうか。ちょっと気になります。
「まあなあ。さすがに一触即発の事態に黙って見ていられんからなあ」
「ではすぐにでも行きましょうか。その子が心配です」私は空気を読まずにそう言いました。
「本当にあなたは、自分の事には無頓着ね。それとも魔法を早く見たいのかしら」エリスさんはそう言って私にあきれている。
「それも少しはありますが、その子の体はきっと悲鳴を上げているのでしょう?早く見せてもらって、できることがあるなら早く何とかしてあげたいじゃないですか」私の正直な気持ちなのです。
「どうじゃクリスタ。変な奴じゃろう」モーラが笑いながらクリスタと呼んで話しかける。
「聞いていたとおり他人の事しか関心が無いのね」ため息交じりに言いました。
「おぬし、「名も無き魔法使い」よ。気をつけるように」モーラが言った。
「モーラ。なるようにしかなりませんよ。できればその子が無事に生きながらえる事を祈ってあげてください」私は準備する物は何もないので出かける気満々です。
「ふむ。祈るのはアンジーの領分じゃな」モーラがアンジーを見て言った。
「まあ、あんたの命の次くらいに祈ってあげるわよ。気をつけてね」アンジーは気のない風でそう言った。
「外に出ましょうか。そこで目隠しをしてクリスタ様に連れて行ってもらいましょう」
 そうして一同は外に出る。心なしか外の気温は低い。氷のドラゴンのせいでしょうか。

「では、目隠しする前にシールドを張りますので、それを持って飛んでもらいましょう。寒いのは嫌なので」
「そうね。防寒は大事だわ」そう言いながらもエリスさんは平気そうです
「では、行ってきます」
 そうして私は、ドラゴンの手の上にいる。でも寒いです。
「このシールド防寒対策がなってないわね。私は自分に魔法をまとっているから大丈夫だけど、あなたはいいの?」
「とりあえず、目隠し外してもいいですか?」
「まだ大丈夫だからいいわよ」
「では失礼して」エリスさんの姿をじっと見る。
「わかりました」
「あら?数秒しか経ってないのにいいの」
「意外に簡単でした。なるほど、体の周りにこう発生させるんですね。おわっ!あっちっち」
「なにやっているのよ」
「いや、魔法でなくシールド自体で纏おうとして失敗しました」
「まあ好きにすればいいわ」
「普通に発熱だけにすれば良かった。とほほ」
「すいません。そろそろ到着しますので目隠しをお願いします」私とエリスさんと一緒にシールドの中にいて、ちょっと怯えている族長さんです。
「ああ、はいはい」

 そしてしばらくの後、静かに降ろされた。
「こっちよ」エリスさんに手を引かれて少し歩くと目隠しを外された。里の入り口で人だかりならぬ獣人だかりができていた。一様に厳しい目をしている。
「あんた達がしたことをわしらは一生忘れない。あんた達は短命だ、すぐわすれて都合の良いことを言う」
「確かに短命で痛みをすぐ忘れてしまいますね」私は正直に言う。
「なのにまた繰り返そうとする」
「それが人間というものですね」私はそう言いました。
「どうしてそうなのじゃ」
「さあ、それが人間としかいいようもないですし、そんな種族とは付き合わないほうが良いと思いますよ」
「人族のお主が言うのか」
「ええそうです。それが人間ですから。良い人と悪い人の区別がつきづらい、良い人でもいつの間にか悪人に変わり、悪い人でも気が向けば善行をする。よくわからない種族なのですよ」
「おまえ変わった奴だな」
「それはよく言われます。でも人間とは距離をとって付き合わないといけません。普通、心の距離が近づくとお互い信頼関係を築けるはずですが、人間は心根が腐っていますので信用してはいけないのです」
「おまえだって、その人族の一人だろう」
「だから私のことも信用してはいけないのですよ」
「なるほど。人の中でも変わり者か。人のことが嫌いなのか?」
「そうですね。好きな人も嫌いな人もいます。裏切られて悲しい思いもきっとしていると思います。でも、できるだけ嫌いにはなりたくないですね。あとニコニコ笑って近づいてくる人は信用していませんし、嫌いかもしれません」
「ふつうだな」
「そうですね」
 私は、待たされている間、孤狼族の人達とそんな話ばかりずっとしていました。さすがに私がしたわけでもないことで恨み言を言われるのは滅入ります。
「お待たせ。さて長老会議の席に行きますよ」エリスさんは、私に目隠しを渡します。
「また目隠しですか」私はしかたなく目隠しをして、エリスさんに手を引かれて移動します。
「しかたがないでしょう。あなたはここを見てはいけないのだから」
「そうですか。長老会議の席なんかより、一刻も早くその子を見たいのですけど」
「あちらもね、一応挨拶したいらしいですから」
「はあ」
 そうしてとぼとぼと歩いて着いていき、ほどなく古民家風の屋敷に連れて行かれる。ええ、江戸時代ですか?奥座敷なのだろうか、靴を脱いで中に入り、きしむ廊下を歩いて到着したのが和室でした。そこには床の間のある方を背中にして数人の獣人があぐらをかいて座っている。その反対側に座らされた。正座しないとダメですかねえ。
「よくきたのう」
「目隠しは勘弁して欲しいのですが」
「あんたが噂の奴隷商人ですか」
「いや、そこから訂正しなければいけませんか」
「ほっほっほ冗談じゃ。わしらは長老達でな。族長と違って権限は全くない。ご意見番という所か」
「はあそうですか」
「さて。これまでいくつかの問題を解決していると言うが本当か」
「いいえ何もしていません」
「ファウデの壺の件は」
「あれは、流れの天使とそのご一行様が解決しています」
「エルフの森の件は」
「エルフが解決したのではありませんか?」
「さる街を襲った魔獣使いを撃退したのは」
「その街の冒険者組合ですね」
「なるほど。自分たちは関係ないというか」
「魔獣使いの時はその一員として戦っていましたが、それだけですしねえ」
「話すほどに変な人族であると感じるな」
「そうね、白々しいほどに変な人だわ」
「もういいでしょうか。その子のことが心配です」
「ああ、お主の人となりはよくわかった」
「変な奴という認識で間違いありませんよ」
「そうか、少し待て」
 しばらくぼそぼそと会話をしていたようだ。
「滞在を許可する。しばらくは族長の家にて過ごすが良い。家の中では自由にして良い」なんか族長より偉そうですねえ。族長の家の中での事まで許可が要るとは思いませんでしたよ。
「すまないが族長の孫をなんとかしてやってくれ。頼む」
「最善を尽くします」
 そして、再び目隠しをされ、エリスさんに手を引かれ族長の家に着くと目隠しを外された。先ほども思ったが、日本建築のような家で靴を脱いで上がるよう言われた。おや、獣人さんは靴を履くのでしょうか。
 なんでもこの文化は、一族単位で放浪していたのをやめた時に、家という概念を持ち込んで、あえて土足で上がることをやめたのだそうです。なので、玄関には水と足を拭く布が置いてあり、獣人姿で暮らすようにしたのだそうです。
「頼む」族長は、そう言って部屋に案内する。
 そこには普通の男の子が中央に正座していました。もちろん人の姿です。獣人化も獣化もしていません。
 私は「こんにちは」と声をかけ正面に正座する。
「どうも、わざわざおこしいただいてありがとうございます」その子は丁寧にお辞儀をする。私も釣られてお辞儀をした。そして私は膝歩きでその子に近づく。
「体調はどうですか」言いながら彼の体に触り始める。
「この体の時には何も無いのです」悲しみが張り付いたひきつった笑顔になっている。
「獣人化も獣化もしないのですか」
「はいできないのです。満月の夜、月が現れると勝手に獣人化を越えて獣化します。そして意識がなくなります。倒れるまで獣化したままらしいです。その後は人に戻ります」悲しい顔で一言一言噛みしめるように話してくれます。
「なるほど。その間記憶がないのですね」私は魔力の流れを感じようと頭から背骨へと手を当ててみる。
「はい。でも後から断片的に思い出すことがあります。祖父と戦って傷つけているところとかですが」それは、言いづらそうに話してくれました。
「ご両親のことを聞いても良いですか」
「2人とも人族に殺されました」意外にさらりと言いました。
「そうですか。それは大変申し訳ありません」私は頭を下げて言いました。
「頭を上げてください。私自身は悪い人間がいたということで、人間すべてを憎んでいるわけではありません。一族の皆さんは直接的に肉親を殺されているのを目の当たりにしているのでそうはいきませんでしょうが」その子破綻淡々とそう言った。
「恨んでもいいと思うのですが。殺したいと思わないのですか?」私はじっとその子を見る。
「私自身、今は人と同じ姿でこのような体質で周りを困らせていることもあってか、人族にまで怒りを向けている余裕がないのかも知れません」引きつった悲しい笑みを浮かべる。
「ご兄弟はいらっしゃるのですか?」
「双子の妹がいたのですが、いないことになっています」何か聞いてはいけない事情のようです。
「そうですか」私は足まで触ってから、族長の方に向き直りました。
「族長さんちょっとこちらへ」私は族長にこちらに来るようお願いしました。
「はい」獣人になっているので、族長もひざ歩きで近づいて来ました。
「申し訳ありませんが、この場で獣化してもらえませんか」私は族長にお願いします。
「この子の前でですか」もう今更という顔をしています。
「獣化を見せることでこの子にイメージを印象づけたいのですが」
「これまでも何回かしてきているのです」ことさら意味がないと族長が言いたそうです。
「このような状態になってからもですか」
「はい」
「では、私が族長を触りながら見ていますので、獣化してください」まあ、私がそうして欲しかったのです。
「わかりました」私は族長の背中に手を当てて、族長の獣化をじっと見つめる。そして族長の姿は、立派なオオカミになる。手の感触から伝わった魔力の流れがわかる。ああそうなのか。
 手の感触を確認して、今度はその子の背中に手を当て魔力を流し込む。
「どうですか?何か感じますか」私は魔力を流し込みながらそう尋ねる。
「いえ何も感じません」その子は残念そうに言った。
「なるほど。少しだけわかりました」
「何がわかったのですか」獣人化して服を着ながら族長が言った。
「この子の中に魔力の流れが全くないのです。これでは、獣人にさえなれませんでしょう。族長さん申し訳ありませんが、もう一度獣化してから獣人化してください」しかたなさそうに服を脱ぎ、私の合図で獣化して、私の合図で獣人化する。その間、私は族長さんの体に手を当て続けて今度は魔力の流れを分析してみる。
「はい。もう一度だけお願いできますか」私は、今度は背中を中心に手を当てながら魔力の流れを見てみる。そして、またその子の体に手を当てて、魔力を流し込みます。
「わかりました。これから毎日、擬似的に魔力の流れを作って、魔力を起こせるようリハビリしないとなりませんが、制御ができるのかどうかは、獣化した時でないとわからないと思います。その時までリハビリをして、満月の夜の獣人化まで待ちましょう」私はリハビリの段取りを考えながらそう言いました。
「彼の中の獣人化に対する恐怖。さらに強力な自制心が獣人化を妨げ、満月になると獣人化の力がこの子の自制心で抑えきれなくなって、獣人化を飛び越えてしまい、恐怖だけが無意志にの中に残って暴走するという感じなのかもしれません」
「わかるのですか?」
「感じるだけで確信はありません。ですので、先程言ったとおり、残りの日々をそのイメージ訓練に当てましょう」
 その日は、それから夕食までと夕食の後もしばらく私の魔力を流し込みましたが、その子の疲労で体調不良がおきてしまい中止しました。
 私は暇すぎるので、縁側に座って庭を見ていました。
「どうなの?」エリスさんが近づいて隣に座りました。
「人にもある程度あるはずの魔力の流れが、まったくないのです。魔力の流れを彼の強い意志が獣人化を拒んで止めているようなのです。しかし、満月になると強い意志で抑えきれないほど獣人化の魔力の流れが強くなっていのでしょう。魔力の解放と制御が同時にできないとなりません。ただ、一度出来るようになると簡単な気もします」
「時間がないけど大丈夫なの?」エリスさんが心配そうに聞いた。
「いきなり魔力を解放して暴走し始めて制御できなければ、そのまま獣化して暴走し続けるかもしれません。そうなれば魔力が尽きて倒れるだけで済まない可能性もあります。最悪そのまま死ぬかもしれませんよ」
「どっちにしても時間が決まっているわ」
「そうですね」私の言葉の後互いに何も話さないでしばらくは庭を見ていました。月がきれいなのですが、口にできませんでしたねえ。
 そして数日が経ち、満月は明日に迫りました。今日も午前と午後に慎重に魔力を起こす練習をしました。しかし、成果は上がっていません。反応はあるので、このまま続けるならあと1週間ほど欲しいところです。
「明日の夜ですか」ひとり庭でつぶやいてしまいます。はたして暴走を抑えきれるのでしょうか。抑えたとして、この蓋をこじ開けて大丈夫なのでしょうか。そして、殺さずに何とかできるのでしょうか。
 族長の家の縁側で庭を眺めていると、夕餉の支度が始まったようで、変わった匂いがしてきました。一応、族長の家の中は自由に歩き回って良いと言われていたので、その変わった匂いの方に歩いて行くと納屋がありました。納屋には何か面白そうな物がありそうなので、扉を開いて中に入りました。
 そこには、お皿からご飯を食べている子犬がいました。首輪をしているので飼われている犬なのでしょう。
入ってきた私を見るとうれしそうに尻尾を振って懐いてきました。
「そうこれですよ!これ!モフモフです」そう言いながら抱き上げて体中をモフモフしました。ここに来てから獣化した族長やら家の中の獣人さん達を見ていてブラッシングしたくてたまらなかったのです。
「全然ベタベタじゃありませんねえ。おやこんなところにブラシが」私は、棚に置かれたブラシを見つけて、全身の毛を丁寧にブラッシングしていました。するとその子犬は私の膝で眠ってしまったのです。
「ご飯の途中ですよ~眠っていいんですか~」小さい声で聞きましたが、答えがありません。
 そういえば、そもそも獣人ではない獣の魔力ってどうなっているのでしょうか。気になってしまい、つい手を当てて覗いてみました。すると、孤狼族と同じ魔力の感じです。ですが、族長と違って獣人化の回路が見えません。なるほど。獣人化と獣化では、回路の切り替えが必要なんですね。この子犬には獣人化の回路がないのでしょうか。意識を凝らして体内を見てみるとかすかに獣人化の回路が見えます。なるほど。退化していたのか未発達なのか。子犬には申し訳ありませんが、少し見せていただきましょう。そーっと調べていると中から魔力があふれています。この土地の犬は、もしかして潜在的に獣人化できる素質を持っているのでしょうか。少しだけその蓋を開けて見ました。しかしその子犬には何も起きませんでした。
「そうですね。やはり獣人化はしませんよね」私が言った独り言にびっくりしたのか、目を覚ましたその子犬は私の膝の上で私を見上げています。
「魔法使いさんはどこですか!あの子が暴れ出しました」
 あら、予定より早いというか、私が無理をさせたせいで早めてしまいましたか。それはまずいです。子犬を皿の所にもどして、
「ごめんね。少し魔法を使いましたので、もし何かあったら族長を通じて文句を言ってくださいね」そう告げて納屋を飛び出すと、エリス様に出くわし、そこからあの子を追って走り出します。
「ここで暴れさせるのはまずいです」私は走りながらそう言いました。
「そうね、こんなに魔力が肥大化しているとは思わなかったわ」エリスさんにはその子の魔力量が見えているのでしょう。
「族長さん。ここで押さえ込むのは里に被害が出ます。急いであの草原に誘導したいのですが」
「わかった。だがこう暴れていては、どうやって誘導すれば良いのか見当もつかない」
「エリスさん。草原の方がわかるのならその方向に向かって魔法を撃って、彼の意識をそちらに向けられませんか?」
「雷撃を撃てばそれを追うかしらね」エリスさんはそう言って、里の外に雷撃を撃つ。それを見たその子は、それに向かって走り出す。
「いけそうですね」
「族長さんとりあえず方向を示してください。エリスさんは、後ろから気付かれないように雷撃を遠くに撃ってください、私達は、その子の両脇を走って、方向がそれないように走りますから」
 そうして、その子を誘導しながら里を出ました。あっという間に回りは闇に包まれ始めました。


続く


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