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第14話 森を救え

第14-4話 ユーリとメアとその後のエルフィ

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○ユーリ最初の戦闘
 ついに魔族が到着してしまった。私が心配だったのは、もしかしたら知っている魔族が来て戦う事になるのではと思ったからだ。幸いな事に知り合いはいないようだ。よく見たおかげで、どちらかというとあまり知性がみられない低級魔族が送り込まれているようだった。だからといって意志ある者を殺すのはどうなのだろう。漠然とイメージしていた「不殺」にはほど遠いのかもしれない。
 ある時、私はあるじ様に尋ねた。正義のために戦わないのですかと。あるじ様は私にこう答えた。正義のために戦ってはいけないと。正義なんか立場によって変わっていくものだからと。
 ならば、あるじ様は何のために戦うのですか?と私は尋ねた。あるじ様は、「自分が失いたくないもののために戦うのだよ」と言いました。私にとって失いたくないものとは「家族」だから「家族を守るために戦うのです」と言われた。
 でもあるじ様。今回の戦いはそうなのですか?家族を守るためではなく家族が守りたいものを守っていますよね。家族が守って欲しいものを守って戦っていますよね。それは「自分が失いたくないもの」なのですか?
 今回のあるじ様は、間違いなく誰にとっても良い事で、正しい事をしています。でも今後、家族や家族が守りたいものを守ることが、世界を敵に回すことになる事だとしても守るのでしょうか?ああ、あるじ様ならきっと守るのでしょうね。たとえその事でこの世界を滅ぼす事になっても。その時に私はついていけるかどうか不安です。そこまで踏ん切れるのかと。
 最初にあるじ様に隷属した時には、私は盲目的についていくと決めていましたが、その時にあるじ様からは、道が違えばその時に袂を分かってもかまわないと言ってくれていましたね。今も私は変わっていません。その時まではついていこうと。いえ、共に歩いて行こうと思っています。
 私は、そんなとりとめのないことを色々考えながら剣をふるってた。心を無心に戦いたいけれど、低級とはいえ魔族を殺す事に抵抗があるからかもしれない。それでも今は、ただ向かってくる敵に剣を振るっている。複数いれば魔法を付与して敵を一掃して。いつまでこの戦いは続くのだろうと思いながら剣を振るっている。なぜか体力も魔力も気にならない。そんな投げやりな戦いをしていた。
 突然アンジー様の叫びが聞こえてくる。背にしていた不浄な感じが一瞬にして消えていく。魔族たちは簡単に戦いをやめてその場から逃げ去る。私は土の台の上で膝をついた。周囲には魔族の腕や足が転がっていて、よく見ると死体がない。ああ、深手を負っても魔族の回復力なら死なないんだ。と少しほっとしている自分がいた。
 これって結果的に不殺なのか?それが不殺と言う考え方で良いのか?そう自問自答していると、モーラ様が迎えに来ました。
 モーラ様の手の上にはエルフィがすでに乗っていて、私はそこに飛び乗った。モーラ様は、メアを迎えに行き、あるじ様のところに戻った。
 私は今、自分自身の心の状態がわからずふわふわしている。変なことを考えすぎたせいだろう。
 到着した場所は本当に何もなかった。この何もない世界を見た時に私は少し感動していた。想像を絶する白い空間。なぜか私はその風景が嬉しかった。よくわからない嬉しさだった。他の人たちは絶望しているというのに。
 モーラ様はこの土地を復活させるために、ここで死につもりだったと言った。その言葉の意味を考えて、それって家族を失うことではないのか?そう思った時に、あるじ様の家族を守ると言う意味がわかったような気がした。いつもと違うあるじ様の動揺。ああそうか二度と会えなくなるということか。その事を想像しただけで私は震えた。怖くなった。そうだ。失うという事がやっと理解できて怖くなった。
 結局モーラ様は脱皮をすれば回避できるとわかり、私は胸をなで下ろした。脱皮をして無事にこの土地は復活を始めるのだという。しかしさらに問題も起きた。エルフィから魔族がモーラ様を殺すつもりで攻撃してくることを察知したのだ。私はモーラを家族を素直に守りたいと思った。先ほどの悩みなどすでに消えていた。
 今度は守る目的がはっきりしている。あるじ様とモーラ様を守るのだ。私の中に気力がみなぎってくるが、さきほどからモヤモヤしていた状態から晴れてみると実は満身創痍だったことがわかった。体力と魔力は目減りしていて、どの位持つのかわからない。

○ユーリ次の戦闘
 そして、あるじ様とメアさんと3人でその場所に残った。メアさんはブレない。もっともホムンクルスだからなのだろうけど、この状態でもブレないでいられるのをうらやましく思う。そしてあるじ様は色々な仕掛けをして魔族の襲来を待っている。
 なぜだろう。私はあるじ様と共に戦うというだけで気分が高揚している。先ほどまでの落ち込みは一体なんだったのだろう。そばにいると安心していられるからなのか。あるじ様は魔族が接近してもいつも通り私を気遣い、私も魔法に集中しているあるじ様を守っている。メアさんはたまにあるじ様を守ろうとして、自分が攻撃されそうになるのに気にもしていない。それに気付いた私がそれを助ける。メアさんもあるじ様だけではなく私の事も気にかけている。互いに気にしあっている。うれしかった。独りで戦っている時にあったあの悩みは、家族と一緒に家族のために戦うのはうれしかった。あるじ様の気持ちがようやくわかったような気がした。
 それでも私の体力も魔力も削られていき、この戦いがいつまで続くのかという不安な気持ちになる。あるじ様は本当にすごい。たぶん色々な魔法を遅延したり即発動したりと自分に近づくことをほぼ完璧に防いでいる。その攻撃の中、わずかにこぼれてたどり着いた魔族を私は倒していた。
 やっと攻撃が引いて安心したところにエルフィの脳内通信が響く。魔法攻撃の準備が始まったと。あるじ様は、私とメアを見て優しく微笑んだ。私は悔しかった。ずっと一緒にいたかった。そばで戦っていたかった。でもここまでだった。私はメアさんに肩を抱かれ、その場を後にして、アンジー様とエルフィのいるところに向かった。
 到着すると透明な樽の中に2人が詰められていた。ああ1人用に2人詰め込まれているのだろう。これはかなりつらい。以前のあるじ様の説明では、2人入っても余裕だと言っていたのに。その樽の横にはパムさんがいた。ああ、私達が魔族と戦っていた時にアンジー様とエルフィを守ってくれていたのですね。
 私は、アンジー様がエルフィの胸に埋まっているこっけいな姿に緊張の糸が切れてしまった。色々な感情がごちゃ混ぜになって私は泣いてしまった。まだあるじ様はこれから戦うというのに、私はあるじ様に置いて行かれたような寂しさを感じていたのだ。
「ユーリ。もう少しだけ頑張りましょう」メアさんにそう言われて、私は涙を手袋の甲でぬぐう。そうだこの手袋だってあるじ様が丁寧になめして作ってくれたものだ。そうだ忘れていた。私の身に着けている物は、ほとんどがあるじ様の手が入っている。私はあるじ様に守られているのだ。たとえ離れていてもあるじ様と一緒なんだ。
 そうしてメアさんとパムさんと共にアンジー様とエルフィの入っている樽を魔法攻撃の余波で飛んで来た石や木などから防いでいた。ここからは見えないあるじ様を心配しながら。

○私は誰?
 ご主人様からの魔力の供給を断ります。当然です。私はご主人様を守るのが責務であってご主人様の負担になる訳にはいかないですから。なのになぜご主人様は私に魔力を供給しようとするのでしょうか。私は、魔力が切れればそこで停止して自閉モードになります。自閉モードに入れば、戦力が減る事になりますが、それまで間は全力で稼働させて、使い切ればいいのです。もっとも自閉モードに至れば、破壊される可能性もありますが、私は道具なのだから。私は、範囲を絞って魔法を効率的に行使していましたが、さすがに皆さんに比べて魔力量の少ないのでじり貧です。しかし、アンジー様の声が聞こえて潮が引くように魔族はいなくなりました。一段落でしょうか。
 思えば、最初の戦いは実に簡単でした。私はご主人様の物理・魔法防御シールドに守られて、ただただ周囲に魔法を打つだけでした。
 それでも接近する魔族を攻撃魔法で打ち倒すのにかなりの魔力を使っていました。そしてご主人様の元に戻ったところ、次の攻撃が来ると言います。私は当然のようにご主人様を守るためにその場所に立っています。これまでも一緒に戦い、今回も一緒に戦うユーリには何かを感じていました。そして、魔力はほとんど残っていないので、体力維持に回し、ご主人様を襲おうとする魔族を物理的に対処することに変更していました。それも命令されたからではなく自分で考えて効率的な方法だと考えたからです。その時私は、本来の目的の達成のための道具であれば、魔力を使い切るまで攻撃の手を休めない方が良かったのではないのか?そう自問自答しながら、戦闘をしていました。その後は、ご主人様を守る部分は自動制御で反応するように。それ以外の戦闘は自分もしくはユーリを守るという形に行動を変化させていました。それもおかしいのです。私はご主人様だけを守るべきはずなのにユーリも守っている。ああ、家族を失う事はご主人様を悲しませる事になると判断したのか?いやそうでもない。この考えは一体何なのでしょうか。

 そして、私は初めてご主人様に命令された。家族を守れと。命令には従わなければならない。もちろんそうだ。しかし一方でご主人様を守るという鉄則もあるのだ。あえてこれは命令にするとご主人様は言われた。私は反抗したい気持ちとさらに命令に従わざるを得ない寂しさを感じていた。感情のないホムンクルスのはずがなのに。
 そうして考えてみると、私に感情があるのなら命令違反をしたいと思わせるほどに私には優先順位があった。ひとつはご主人様。そしてその次に家族の皆さんがあるのだった。いやあった。
 エリス様の所にいる時には、そもそもエリス様は特に指示のないまま日常生活の様々なことをお願いされていた。その時にはエリス様と私であり、私の守る範囲はあの薬屋だけだった。以前の主人とは旅ばかりで、不思議なことに記憶があまりない。守るというよりも動作の不安定だった私を守ってくれていたような気がする。DT様になってからは、DT様そして家族を守る事が優先となる。しかし問題だったのは、DT様の家族の定義の広さだ。最初は、同居していたヒメツキ様、ミカ様、キャロル様だ。しかしそれにとどまらない事も起きている。ファーンの村。そして関わった獣人達。そして戦った魔族までがその範疇にあると推測される。今はここにいないがパム様もそうだ。これまでの優先順位や対応方法では難しい局面も想定されてくる。今回はもしかしたら世界なのだろう。DT様の守りたいもの。それは人でも魔族でもなく。自分と自分の家族。そして家族の守りたいものと自分に関わりのある人々とこの世界なのだ。人の手には余るのだと本人もわかっている。それでも自分の手からこぼしたくないと思っているのだ。私の作られた頭脳では考えの及ばない事なのだ。それだけにうれしい。知識としてそれらを記憶していくことが。そして自分の経験と共に身についてきていることもわかってきた。それに伴って感情も発生してきている。今知ったのは困惑そして興奮だ。この皆さんとの共同作業の一体感は何なのか?不思議な感覚を知った。
 さらには自分自身を覆す考えに至っている。自分は本当にホムンクルスなのか?と。自我が芽生えたのは良い事なのかと。前の主人からは、「お前は進化する」と、「単なる演算装置ではない」ことを言われていた。しかしそれは、「必ず突き当たる壁」だとも言われていたが、なぜ今なのかと思っている。
 そして私は、ご主人様の命令を守り、ユーリを連れてアンジー様とエルフィの所に向かっている。アンジー様とエルフィの詰められた樽をパム様が守っていた。私はなぜか嬉しかった。ユーリは泣き出している。感情が豊かなユーリをうらやましいと思った。私には泣く機能はついているが、使った事がないのだ。正確には泣き真似はしているから、機能は使った事があるが、本当の意味での涙は流した事がないのだ。

 回想終了-本編へ

○ エルフの里へ
 私たちは、本当にボロボロになった。ええ、そこに座り込むほどに。アンジーの話によるとシールドは、モーラが魔法として吸収したのだろうと。
 そこに馬車が勝手に戻ってくる。うれしそうに「ヒン」と啼いて、座っている私たちに近づいてくる。よく我慢したねえと頭をたくさんなでてあげる。
 元気なのはモーラと馬だけ。といっても、モーラも成長促進に魔力を持って行かれ、魔力はカスカスだから口だけなのだ。
 私たちは、魔力も枯渇し体力も無く。馬にゆられて一番近いエルフの里に向かいました。もちろんみんな眠りこけて。

 エルフの里が近づくと、行く前からエルフィが嫌がっていました。たぶん、私たちが危機を防いだのにそれを感謝するでもなく、むしろ危機は去ったからむしろ出て行けという感じになるだろうと。さらには、滞在したとしても他のハイエルフの女性たちが交代で私を奪おうと画策するだろうと。
 到着して経過を話しても、よその森であったことだと関心も薄く。しかも私を奪うと言うより子種を奪うために誘惑も多く、エルフィの言うとおりになってしまいました。なので、経過を報告しただけで早々に里を後にすることになりました。
 そうして、エルフの里から迷いの森に入ろうとしています。獣は当然モーラの気配に逃げます。先日の戦闘のおかげか魔獣も寄りつきません。もっとも迷いの森に獣がいるのかもわかりませんが。
「肉が食いたいのじゃ」モーラが真面目な顔で言いました。
「モーラは別に食べなくても良いじゃありませんか。私とユーリは、間違いなく食べたいですよ。魔力も体力も今はありません」本当にお腹がすいています。体力と魔力どちらも栄養を求めています。
「なんとかしないか」モーラが切羽詰まった顔で言いました。
「無理なものは無理です」私は素っ気なく言います。それよりも早く迷いの森を抜けたい。
「メア~」モーラは駄々っ子のように声をかける。
「私も今は、突発事態に対応するだけの体力もありませんので狩りは厳しいです」
「町はまだ~」アンジーがヘトヘトです。森の中では日光浴もままならないようです。
「ちょっと先に行きますね」エルフィが森の中を走り出す。
「お主も魔力がやばいじゃろう。離れるな」モーラが駄々っ子から転じて真面目な顔で言いました。さっきのは演技だったのですか?
「大丈夫です。この森は私の故郷ですから」そう言ってエルフィが手には弓矢を持って馬車を降りました。
 しばらく馬車で走っているとエルフィが手にウサギのような獣の耳を掴んで持って戻ってきました。
「なるほど、気配の外まで狩りに行ったのか。体は大丈夫なのか?」
「はい。魔力が大分回復してきています」そう言ったエルフィの顔がいつもとは全く違った表情になっています。
「さすがハイエルフじゃのう。さて、メア」そう言いながらモーラは馬車を降りる。次々とみんなが降りる。
「はい準備します」
「ちょっと待ってください。エルフィの様子が変です。何というか目が厳しいです。この獣に何かありますか?」私はただならぬ様子のエルフィを見ていました。
「この森で取れた肉を食べてもらえますか?」エルフィは、全員を見回して私達に尋ねた。
「ああ、その言い方は私たちを試しているのですね?」私はそう尋ねる。
「はいそうです」エルフィは私の問いにそう言って頷いた。
「エルフの里の食事は、野菜や果物が中心なのですよねえ。この森の動物の肉も食べているのですか?」
「いいえ食べません」エルフィは頭を左右に振る。
「でもあなたは、私たちと共に最初からお肉も食べていましたよね」
「私はイレギュラーですから。でも、その私でもこの森の動物は食べません」
「あなた達の森ですものね」メアが言う。
「はい。この森の動物は私たちにとっても私にとっても特別です」
「ではこの肉をあなたと分け合うという事はどういう意味を持つのですか?」
「はい。家族の証となる行為です」
 そう言ったエルフィは、獲物を持つ手が震えている。ああそうなんですね。その決意表明なんですね。
「断られてもいいんです。こんな重いことを押しつけているんですから。でも、この森を守ってくれたこと、エルフの里を守ってくれたことに私が返せるものは今はこれしかないんです」
「あなたの決意はわかりました。でも、その事によって何かを失ってしまうのではないのですか?」
 パムが思い当たることがあるかのようにあえて尋ねる。
「言い伝えでは、ここの森の動物を食べると、二度とこの森に入れなくなります」エルフィは、悲しそうに言った。
「おぬしが故郷に帰られなくなるということではないのか?」モーラが驚いている。
「はい。たぶんこの森自体が食べた者達を拒絶すると言われています」
「そこまでの覚悟なのですか」
「あの時私は、エルフの森から決別するためにこの森を通って里に行きました。でも、森の存続にかかわる事件だと知り、でも里の協力も得られず、私ひとりで解決しようとしていました。起きている事象の原因もわからず諦めかけた頃、皆さんが来てくれて、皆さんのおかげで解決しました」
「里では、そんな危機はなかったと結論づけたではないか。ならばおぬしがそんな覚悟をする必要も無かろう。そのような無理をしなくても良いのではないか?」モーラの言葉にエルフィが首を振った。
「そうではないんです。無かったことにして、しかも危機は無くなったから早々にいなくなれとか言う、あんな恩知らずな里なんかどうでも良いんです。本当は里なんて無くなっても良かったんです。私は、皆さんを危険にさらしてしまったことの方が嫌なんです。そして皆さんが、身を挺して里を救ってまでくれました。モーラさんにあっては、命まで賭けて」エルフィは泣かないように鼻をすすりながら少しずつ話しています。
「あ、あれはなりゆきじゃ。この森で無くても、他の地域だったとしてもわしは同じ事をしたのだ」モーラが慌てている。
「そうかもしれません。でも、エルフの森の側で起き、森が枯れ始めました。あそこの森が枯れるという事は、いずれ全体が枯れ始めて、この迷いの森も枯れて、エルフは里を追われる事になったでしょう」すでにエルフィは泣いている。里は嫌いでも里がなくなることは嫌だったのでしょう。
「私は、あの時皆さんに死んで欲しくなくて必死に戦いました。今までこれほど必死だったことはきっとないです。でももうこんな思いはしたくないのです。里とは縁を切り、これからは皆さんと一緒にいて、みんなの事だけを考えて生きていきたいのです」
「だからといってエルフの里との関係を絶つ必要はないのではありませんか?」私はそう言いました。
「・・・・」
「とりあえず、その動物は放してあげてください」
「いいえできません」
「あなたの決意はわかりました。ですが、私のように記憶のない者、天界を追われ戻れない者、故郷のない者達からすればもったいない話です」私はすこしずつエルフィに近づきます。
「だからこそ。みんなと同じになりたいのです」エルフィはイヤイヤをしながら後ろに下がろうとします。
「なる必要はないのです。たとえそれが嫌な思い出しかない故郷であっても。それは私たちには望んでも手に入らないものだからです」私は歩幅を広くしてエルフィにさらに近付きます。
「旦那様、わかってもらえませんか。どうしてわかってくれないのですか」エルフィはイヤイヤをしながらも足がおぼつかなくなってきている。
「私たちは、あなたが黙っていなくなって、あなたを探してここに来ました。その時にこの森は、どういう理由であれあなたへの道を示してくれました。それはもう、あなたと私たちが家族であると認めてくれたんだと思いますよ」私はそう言いました。エルフィは動けなくなっています。
「口を挟んで悪いがのう。エルフィそなたの気持ちも痛いほどわかる。決意もわかる。じゃが、こやつらみんなとお主の気持ちは、もうすでに一緒なんじゃ。意味が無いとはいわんが、こんなことで補強する必要なんかないんじゃ。わかってくれ」モーラの話の間に私はエルフィに近付いて抱きしめます。エルフィは、抱かれた途端大声で泣き始め、エルフィの手から力が抜けて獲物はするりと逃げました。エルフィは私を抱きしめて私の胸でしばらく泣き続けました。これで、本当の意味でエルフィの関わった里の事件は終わったのでしょう。

 その後、あっという間に迷いの森から抜け出せました。まるで私達の会話を待っていたかのように。まあ、エルフィが手綱を取り、私達は再び睡魔に襲われていましたからよく憶えていませんが、感覚的にはすぐだったようです。馬車の速度が少しだけ速くなったのに気付いた時には、すでに馬車の走った跡がある道を走っていました。
 その頃には、パムとユーリが元気を取り戻していて、イノシシみたいな獣を捕まえて川沿いの河原で休憩をして食事になりました。
「ごちそうさま。さて魔力が全然戻らんがこれからどうするのじゃ」
「モーラの魔力が一番戻らなさそうですよねえ。早く回復するにはどうしたら良いのでしょうか」
「縄張りに戻ってあの洞窟にいるのが一番良いのじゃが。今の大きさでは、あの洞窟に入れるかどうかも不安があるのだよなあ。にしても縄張りに行くのが一番効率が良いのは間違いがない。しかしここからでは遠いぞ?」
「どこかに隠れているよりもその方が良いでしょう」私は移動で発見される危険よりも回復の速度を優先した方が良いと思いました。
「道中が心配ですが」メアが言いました。
「どこにいても襲われたら何も出来ないのよ。だったら多少遠くても、あそこには結界があって見つからないじゃない?あそこに急いで逃げ込むべきじゃ無いかしら?」アンジーの言葉に皆さん納得です。
 ということでものすごい速さで家を目指しています。
 もちろん他のドラゴンの縄張りを通りますし、飛べば見つかる事は間違いないので、飛ぶ訳にもいかず。馬車を使っての長旅です。さすがにビギナギルにも寄りません。寄って居場所がバレるのはまずいという判断です。ですから、着の身着のままの野宿暮らしで馬を進めています。
「パムさんにはみんなの事などいろいろお話ししておくことがあります」馬車の中で私はパムさんに言いました。
「なんでしょうか」
「はい、私たちのことです。一度ちゃんとお話ししておきたいと思います」
「はい」
「その前に正式な儀式の解除をします」
「そうですね。あなた様に迷惑がかかってしまいます」
「実は、あの時の誓約の言葉が少し違うだけだったので、パムさんにかかっている隷属魔法の術式の修正をするだけでも大丈夫なのです」
「そうなのですか?」
「あれは、モーラがわざと間違った言の葉が教えられていたのです。ですから正しい言の葉で儀式をすれば、あのようなことは起こりません。そして、モーラの言ったように、あなたが瀕死の状態になれば、仮死状態になるのです」
「そうなのですか。それはよかった。私の魔力量が少ないから効果がないのだと里の長から言われていて心配だったのです」
「また変な事を言われましたねえ。そもそも隷属させるだけの魔力量を持つ人なら、そんな問題起きませんよ」
「安心しました」
「そこで。私たちから離れてドワーフの里に行くときに言ったように改めてあなたの気持ちを聞かせてください」
「変わりません。里に戻る事は考えなくなりましたし、むしろより一層皆さんと一緒にいたいとより強く思うようになりました」
「わかりました。でも、一度解除しようと思います。解除しなくても魔法式を修正すれば良いのですが、心の整理のためにもその方が良いでしょう?」
「もし修正ですむのならこのままでいさせてください」
「なぜですか?」
「あの正式の儀式の中で強い高揚感を感じていました。あなた様と一体となった幸せを感じたのです。しかしこれが解除された時には、同等の寂寥感を味わうのだということも同時にわかってしまったのです。今は、再び隷従したときに感じる高揚よりもたぶん解除される恐怖の方が嫌だと感じています。ですので、このまま修正いただけるのであれば、そのままにして欲しいのです」
「わかりました。そのまま修正します」
「ありがとうございます」
「あとですね、私たちのことについてお話ししていないことがあります」
「もしかして、天使様の件ですか?」
「はい。実は・・・」
「その事は里に戻るときに偶然知りました。噂の一行であることは間違いないと」
「そうですか。嘘をついたつもりはありませんが、裏切られたと思いませんでしたか?」
「いいえ。旅の途中でお助けした魔法使いさんに教えてもらいました。確かに正真正銘の天使様御一行であるのだと。けれどもその噂は一部誤解で彼らは巻き込まれているだけだと」
「そんなことまで教えてくれましたか。ちょっと問題がありますね」
「あなた様の所を離れる時に渡されたお金と共に入っていた薬草をその方に使ったのを見て、知り合いであるとわかって貰えて大体のことは教えてくれました」
「まったく個人情報をなんだと思っているんですか」
「でも、他の人からの情報も聞けて、より信頼感が増しました。これでよかったと」
「とりあえず一安心です。あとは魔力だけですね」
 御者台にひとり座っていたエルフィは、手綱を握っているものの、馬たちの勢いにまかせて走らせています。速く家に到着したくて急いでいるので、馬にペース配分を任せています。ウチの馬は賢いので疲れてきたら勝手に休みます。もっとも馬に任せていると、走りたいだけ走って次の日に影響が出るので、スピードを抑え気味にしなければならないのに、エルフィはぼーっとしています。そして、独り言をつぶやきました。
「あの時魔族が攻めてきたけど~最初の闇の魔法も魔族が仕掛けていたのかな~」
 私たちは、頭の中でそれを聞いて、同じように疑問に思っていたことを思い出しました。
「確かにあの魔方陣は、魔族のものではあったけど、範囲指定とか魔力量の調整とかは、魔族のでは無かったかもしれないわねえ」アンジーが思い出したように付け加えた。
「魔族からは、あえて「あれは私達では無い」とはさすがに発表はしませんよねえ」
「でも魔族は、モーラが現れた時に待ってましたとばかりに攻撃してきましたよ」
「確かにわしが狙われていたのは間違いないなあ」
「魔族が、六芒星を作ろうとしていたように見せかけるなんて、あんな細かい偽装をしてきますかねえ」
「まるで魔族がやっているように見せかけていたとも考えられるわね」
「それが途中で私達に邪魔されて作戦を早めたと言うところですか」パムが言った。
「にしても、風の登場といいパムの合流といいどうもタイミングが良すぎるなあ」
「もしかして、私が傷ついたのもすでに織り込み済みだったと言うことですか?」
「そうは思いたくないが、おぬしの魔力が十分だったらあそこであの魔族の重力振動の攻撃を受け切れたのではないか?」
「微妙なところですねえ。モーラがどのくらい魔力を吸収したのかわかりませんが、あの状態でもまだ魔力切を起こさなかったのです。もしかしたら受け切れたかもしれませんね」
「モーラが解析して復活するなんて、そんなことまで我々の行動が予測できますか?」ユーリは不思議そうに言った。
「そうなんじゃよ。でも、何らかの作為が見て取れるのは間違いないな」
「ちょっと待ってください~、そもそもこの話はエルフの里で1年前くらいに予言があったんですよ~」
「ああそうですね。そこに私たちが割り込むなんて想像できますか?」
「誰ですかそんなことができるのは」
「ああ、そんなことができたら神業じゃ」モーラがハッとしています。
「あ、もうこの件について考えるのはやめましょう。疑問が堂々巡りしてしまいます」アンジーが挙動不審になりました。
「そうじゃな。この話はこれで終わりじゃ」なんだか知りませんが、アンジーとモーラが急にこの会話を打ち切りました。


Appendix
全容がおおむね判明しました
あれは一体なんだったですか?
そそのかされたというのが結論ですが。
そそのかされた?
はい、土のドラゴンを倒す事が魔族の勝利への近道だと
なんですかそれは。
まあ、ルシフェル様への反旗を翻したかったのでしょう。
よくわからない行動ですね。
土のドラゴンを擁する転生してきた魔法使いと協調路線を取ったルシフェル様に
打撃を与えて魔族至上主義者達が権勢をとりもどしたいと言うところですか。
なるほど全くわかりません。誰にそそのかされたかわかりますか?
それがよくわかりません。
まあいいでしょう。魔族至上主義者達から戦力をそいだからよしとして、
ついでにわたしの基盤を固めるように動きましょうか。
そうですね。

Appendix
結果的にあやつらに守られたのは間違いないのじゃな
そうなります
まあ、あやつらが勝手にやったことだしな
と長老達は言っているがみんなはどう思う?
大きな声では言えないが、そんなことがまかり通るのが今のエルフ族なのか?
迷いの森を通ってきた者を客ともみなさず、
森を守ってくれた者に感謝もせずに追い返すなんて、エルフとしての誇りはどこに行ってしまったのか。
これまでも人には色々とされてきたけれども、これでは里も似たようなものではないのか。
ああ、細々と人や他種族と交流をしているが、ここまで非常識ではちょっとな。
今回のような事になった時にどうやって対処するのか、広い知見をもたないと駄目な時代になってきているのだと思わないか?
そうなると里を変えるか里を見限るかだが、今はまだ里を出ても我々だけでは生きていけないかもしれないから、まだ様子を見る時期なのかもしれないが、ここを出る準備は必要かもしれない。
そうかもしれないな。

続く
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