上 下
55 / 229
第9話 DT同居人が増える

第9-9話 再び旅立ち

しおりを挟む
○旅立ち
 - 私の瞳が濡れているのは~涙なのよ -
 今日は、ヒメツキさんもミカさんもこの家にはいません。キャロルは領主様のところにメイド見習いとして正式に住み込みました。
 これまでいろいろと準備をしてきました。ハイランディスまで使った馬車を長距離移動用にさらに大きくして、馬も買い戻し、薬屋への薬草の納品も少し減らして、今は次の場所に持って行く分の薬草を貯めています。
「そろそろ準備も整いますので、次の街に行きますか」私は夕食の後全員がくつろいでいるところで言いました。
「いつ言い出してくるのかと思っていたけど。いつ出発するの?」アンジーがお茶を飲む手を止めて私の方を見て言いました。
「後は皆さんのタイミングだけです」私はいつでもかまわないのです。皆さんの気持ちの整理がつき次第で良いのです。
「わしはここに居すぎたとさえ思っておるのでなあ。いろいろとあったので名残りは惜しいが、いつでもよいぞ」モーラは、お茶の入ったカップを見ながらそう言った。気持ちは伝わります。少し寂しいのですねえ。
「アンジーはどうですか?」私はアンジーの顔を見て言いました。
「もともと私のお願いから来ているのだから問題ないわよ。でもねえ、ここの街のご飯はどこもおいしかったからそれだけは心残りね」私の方を見て寂しそうに笑って言いました。
「私もこの街の雰囲気は気に入っておりました。ですが、出発するのであればご主人様のタイミングでかまいません」メアは表情を余り変えないように言いました。寂しそうに見えるのは私だけでしょうか。
「僕も長居することになった時には、どうかなと思っていましたけど、友達もできたので今はちょっと寂しいです。でも違う街も見てみたいと思っています。いつでも出発できます」ユーリは私を見て目をキラキラさせて言いました。
「あとはエルフィですね」私はそう言ってエルフィを見ましたが、エルフィは下を向いたまま肩をふるわせています。
「あーあ。もう泣いてしまったのね」アンジーが隣に座って頭をなでています。
「どうしますか?残ってここで冒険者をやってもいいんですよ?」私はエルフィと離れるのは寂しいですが、それでもまた会えるのですからそれは仕方が無いと思いました。
「行きます。私だけ残ってもそれはそれで寂しいと思うので。ご飯作れないし」エルフィは顔をあげてエヘヘと笑ってそう言いました。目が真っ赤ですよ。
「お酒ばかりじゃ体壊しますから」メアがそう言いました。
「でも、もう少しだけ待ってもらっても良いですか?」ちょっとだけ悲しそうに首をかしげて私にそう言った。
「どのくらいですか?」私はどの位余裕が欲しいのか気になりました。まさか1ヶ月とか言いませんよね?
「私が酒場のみんなに自分の口から言えるまで待ってもらえませんか」エルフィが意を決して私を見て言った。
「いつまで?」隣にいたアンジーが冷たく言った。
「え?えっとそのー」顎に人差し指を当てて上を向いてエルフィが言いよどみます。
「言うだけなら1週間ね」アンジーが横でツッコミを入れるました。ちょっと怒っていますね。
「そんなに短いんですか?」エルフィがびっくりしたように隣のアンジーを見ながら言った。
「あなたねえ!」アンジーがエルフィをあきれた顔をしながら見て言います。
「エルフィよ。アンジーがいつものように悪役をかって出てくれているがのう。これまで旅の準備を進めてきているのを見ているのだから、おぬしも薄々わかっていただろう?せっかくできた友達と離れたくない気持ちもわかるが、友達と家族、どちらかを手放さねばならないことは最初からわかっていたはずじゃ。もちろんここに残ってもいいのじゃ。いつでも会おうと思えば会える。両方とも手に入れるというのは無理な話なんじゃ」モーラはそこで一息つく。少しだけ静寂が訪れる。
「・・・・」エルフィは少し首をかしげて沈黙している。
「おぬしにとってこの街は、わしらとあの家で出会い、ともに様々な難題を解決して暮らしてきた良い街じゃ。難題だって後半は、むしろおぬしのアドバイスで解決していったと言っても過言ではない。じゃから、この街に対する愛着もまたひとしおじゃろう。メアもユーリも同じ時期に一緒になってはいる。それぞれが事情を持って一緒に暮らしていた。家族は永遠じゃ。もうしばらくおぬしがここにいるのならそうしても構わんぞ」モーラはそこで話を終えた。
「モーラは、私をここに残そうとしているんですか?」モーラの話を聞いていたエルフィは、さらに首をかしげてモーラに尋ねる。
「ええ?そうではないのか?ここに残りたいのではないのか」ちょっとモーラが慌てています。確かに旅の話をするのにしばらく待つという話でしたからねえ。
「違うんです。実は、冒険者さん達や居酒屋の飲み友達に旅に出るのを言い出してみんなに騒がれるのが恥ずかしいのです」そう言ってエルフィは顔を真っ赤にして両手で頭を抱えて下を向いてしまいました。
「なんじゃそりゃあ」モーラは椅子からずり落ちました。
「はあ、怒って損した」アンジーがため息をついています。
「エルフィさん。それは自分からみんなに旅に出るというのが恥ずかしいと言う事ですね」メアが冷静に確認します。
「は、はい」メアの言葉にちょっと座り直して両手を膝の上に置きました。下を向いたままですけど。
「だったら黙って居なくなれば良いであろう」モーラもあきれている。
「それは・・・なんか裏切ったようで・・・違いますよ・・・うん」エルフィは顔をあげてモーラに言った。
「僕たちと旅をするのは良いのですね?」ユーリが尋ねる。
「はい」頷くエルフィ
「みんなに言うのは恥ずかしいと」私が尋ねる
「はい」頷くエルフィ
「それで待って欲しいと」メアが冷たく尋ねる
「はい、少しだけ時間をください」
「待てません」アンジーがきっぱりバッサリと言い放つ。
「だってきっとみんなで送別会とかしてくれちゃうんですよ。そうしたらわたし泣いちゃうじゃないですか。泣いたりしちゃったら恥ずかしいじゃないですかーーーー」エルフィが立ち上がってそう言います。すでにもう涙目です。想像しただけで感極まっているのですね。
「あーーーーそういうこと」アンジーが、いや全員が頭を抱える。
「別に泣いても構わないではないですか」メアが尋ねます。
「だって、つらいじゃないですか」エルフィは周囲の賛同を得ようと皆さんを見ますが、全員呆れています。
「みんなに笑って送られたいのですかねえ」私もちょっと考えましたが、恥ずかしがりすぎじゃないかなあと思い、ため息が出ます。
「もうどうしていいかわからないんですーーーー」エルフィはそう言って飛び出して行きました。
「あやつの心の中がごちゃごちゃだのう」モーラの言葉に全員が頷く。心がつながっているとこういうときには理解できてしまうものなのですねえ。
「きっと今までこういう経験がないのでしょうねえ」私は分析をしてみました。
「ああそういうことか」モーラもなんとなくわかったようです。
「これまで友達いなかったんですね」ユーリが言いました。
「里を出てくる時も出て行けみたいな感じだったと話してましたね」メアが言いました。
「あの子本当に寂しがり屋だものね」アンジーが頭を抱えている。きっとどう対処して良いかわからないのでしょう。
「さてそろそろ行ってきますよ」そう言って私は、席を立って玄関に向かいます。
「ああ頼んだぞ旦那様。あやつのおるところは・・・」モーラが私を見て言いかけました。
「ええ、馬小屋です」そう言って私は玄関を出て扉を閉めました。
 少し離れたところに背の高い小屋があります。馬小屋とは言っていますが馬はいません。たまに馬車をひくのにこちらに来て休憩させる時くらいです。本来の目的は薬草の保管庫として使っているのですが、馬小屋と言っています。
 小屋の一番奥には窓があって、今は星の明かりが小屋の中に差し込み、そこに人影がありました。星明かりが見える場所の壁にもたれかかって座っています。私に気付いてエルフィがチラッと私を見ました。
「おや泣いているかと思えば。もう大丈夫ですか?」私はそう言いながらエルフィの隣に座る。
「みんなの前でね~泣いちゃうとね~すっきりするの~」エルフィは少し笑って言った。照れ笑いですか可愛いですね。
「じゃあもう決めたのですか?」私は星空を見ながら尋ねます。
「明日ね、街に行ってきます」エルフィも星を見ながら言いました。
「一緒に行きましょうか?」私はエルフィを見ながら尋ねます。
「大丈夫~絶対泣かないから~」今度は私を見ながら答えました。またえへへと笑う。
「そうですか。でも挨拶に伺いたいところがありますので一緒に行きましょう」
「わーいデートだ」エルフィはそう言って私の腕と腕を絡ませて胸を押しつけてくる。そして少しだけ沈黙している。
「部屋に戻りませんか?」私はそう言って立ち上がりかける。
「もう少しこうしてていい?」私を見上げて腕を引っ張り私を座らせました。
「いいですよ」そうしてまた、ただぼーっとしている。私もそのまま黙って隣にいました。
 エルフィの様子を見るとそのまま寝てしまったので、私が抱きかかえて家に戻りました。
モ「まったく人騒がせなやつじゃ」
ア「本当にね。でも憎めないけどね」
メ「そのとおりです」
ユ「そんなところが、らしくて可愛いじゃないですか」

 そして翌日。私は居酒屋にエルフィを置いて先に戻り、夕食の時間になっても戻らないのでメアさんが迎えに行って連れ戻してくれました。その時はきっと私のお迎えではダメだったのでしょう。エルフィが帰ってきた時にアンジーがどうだったか聞いたのですが、
「んー酔っ払っていたから憶えていな~い」と笑って言っていました。
 後で聞いた話では、泣かないはずもなく。女将さんの胸でわんわん泣いていたそうです。
 まあ、みんな予想していたことでしょうが、それは内緒にしておきましょうか。

○魔法使いのエリスさん
 最後の薬を納品に行き、これまでの代金を精算しました。
「どうもお世話になりました」私はお礼を言います。
「過去形ですか?これからもよろしくお願いしたいのですけど」外で会っている時とは違う、店長モードです。この店に支配されているのでしょうか?
「もちろんです。念のためお聞きしますが、魔法使いさん達からの要望は減ってきているんですよね?」
「あなた甘いわね。逆よ。少しずつ増えているのよ」店長さんはため息交じりにそう答えます。
「ええ?そうなんですか?一回りしたらおさまるはずじゃあ」
「それがねえ。噂が噂を呼んで宮廷魔法士さん達も欲しいそうよ」
「もう勘弁してください」
「ああいう手合いはそちらに渡さなくなると、一般市民から奪う可能性もあってね、扱いが難しいのよ」
「そんな広範囲に配りたくありませんよ。生産が間に合いません」
「そうなのよ。うちの街だけでもすでに一杯一杯なのにねえ。いろいろな圧力がかかるなんて私もはじめてなものでちょっと愚痴を言いたいくらいよ」
「申し訳ないのですが、しばらくは旅をしていますので、これまでの量を作れる保証はまったくありませんけど大丈夫ですか?」
「ああそれはね。だいぶ売り先を絞っているからしばらくは大丈夫よ。それでも在庫が無くなる前に連絡するからその時はよろしくね」
「ありがとうございます」
「ところで最近納入してくれた薬草なんだけど、この乾燥期に以前より納期が短縮していて、さらに効能があがっているのはどういう理由なの?」店長さんが怖い目をして私を見ます。
「はあ、薬効について私は何も改良を加えていませんが・・・ああそういえば水を変えましたね」
「どんな?」店長さんはずいっと前に体を出しました。
「乾燥期なので水の確保が難しくて、ある人に水を融通してもらったのですが、もしかしたらそれが影響しているのかもしれません」
「なるほど。この辺の水ではないのね」なぜか店長さんは納得しています。まあ、水のドラゴンと暮らしているのを知っているのですから、そこに行き着きますよねえ。
「はい少し違うと思います」
「水を分けてくれた人って、それってあの方でしょう?」店長さんもあえて名前は出しませんね
「ご想像にお任せします」
「まったく!謎が多い薬なのでいろいろ聞かれているわ。もちろん答えを知らないから答えられないけどね。あと、「製作者に会わせろ」がいちばんやっかいね。もちろん断っているけど結構しつこいのよ。他の薬草販売業者から聞かれたので、お茶を濁していたらいつの間にか言わなくなったんだけど、こういう話は噂になってしまうから気をつけてね」
「最近小分けで持ってきて欲しいというのはそういうことだったんですね」
「そうよ。それでも領主様もあの商人さんも露天商の元締めの人だって、あなたの薬だとは決して漏らしていないのよ。普通はどんなに秘密にしたって噂が流れるものなのにね。あなたは、あの人達から信頼が厚いからなのでしょうけど。もしかして脅しているの?」ちょっと笑いながら店長さんは言いました。
「そんなことはしていませんよ。断言できます」
「自分たちの所から情報が漏れたと露見すれば、自分の所に薬が回ってこなくなると考えたら黙ってしまうわよねえ。私もちょっとだけ融通して欲しいと言われれば、念を押して渡しているのもあるのかしら」
「適切な対応ありがとうございます。もしかしたら私たちがいなくなってしまったらばれますかねえ」
「そうかもしれないわね。でも少しずつでもこの街に販売されていれば大丈夫じゃないかしら?」
「何から何までご迷惑をおかけしていますねえ」
「いいのよ。本当に儲かっているから。ああ、値段は変えていないのよ。そこは良心的な値段で売っているわよ安心して。それとあの製造ナンバーという考えがなかったら管理できなかったかもしれないわ。ありがとうね」
「あれは苦情があったときにいつ作った物かわかるためにつけていたのですが、変なことに役立ってしまいましたね」
「最初に聞いたときは、なにを面倒なことをと思っていたのですけど、役に立つわねあれ。他の薬にも使っているわ」
「役に立って良かったです」
「そうね。ではこれからの連絡方法だけど。行き先の街にいる魔法使いに会ってくれれば良いわ」
「わかりました。そうします」
 そうして、エリスさんと別れの挨拶ができました。

○領主さん
「どうもお久しぶりです」私は予約を入れてから領主様のお屋敷を訪ねました。
「ええ、何か問題でもありましたか?」領主様はなにか挙動不審です。怯えているようにも見えます。
「そろそろここを出て旅をしようかと思います」
「ついにその時が来てしまいましたか。それは残念です」領主様はそう言って片手を顔に当てて残念そうにしています。
「いろいろ良くしていただいたのにその恩も返せないままで申し訳ないのですが、近々出立します」
「いいえ、あの王国での件ではこちらこそ力不足でご迷惑をおかけしました。その後の大規模な魔族の襲来にも最前線で戦っていただきました。こちらが恩を感じることはあってもそちらが感じることではありませんよ」
「そうではありません。最初にこの街に来たときから、なにくれとなく私たちを気にかけていただいていたことは、私の家族からも色々聞いております。たまたま大きな事件があり、私たちが微力ながらお力をお貸しできたのは、まずもって領主様が温かく迎えてくれたおかげです。本当にありがとうございました」私はそう言って、椅子から腰を浮かせて頭を上げる。
「そう言われるとむずがゆくなりますが、それにしてももう少しいらっしゃるかと思いましたが、どうしたのですか?」
「最初にこの街に来たときにお話ししましたとおり、最初からこんなに滞在するつもりはなかったのです。色々事件があったり、家族が増えたりしまして、薬草を作ることもなかなかままならない期間もありました。例の件で冒険者の資格が取れたことでかなり生活資金がまかなえまして、薬の販売の分で十分旅費をためることができました。そういう意味でも感謝しております」重ねて頭を下げる。
「その件もですね。冒険者になっていただいてから野獣の討伐率があがり、盗賊の出現率も下がりまして、あなたのいた村への流通ルート以外にもいろいろなところへ安心して通行できるようになったのです。こちらとしては、もっと早く冒険者に登録しておけばと後悔していたぐらいなのですよ」
「ありがとうございます。ですので、当初の目的である人捜しの旅をしようと思います」
「そうでした人捜しの旅でしたね。次はどちらに行かれるのですか?」領主様は気になるのか尋ねてきました。まあ、会話の流れから聞くのが当たり前ですね。
「最初は娘が方角を示していましたが、今はその力もほとんどなくおぼろげです。ですが、最初に示した方角に向かって進もうと思います」
「それは?」
「北西です」
「それではあの国に?」領主様はあえて国名を出しませんでした。
「いえ、その横を迂回しようと思います」
「そうですか。あの国の周辺を迂回すると、その先の国に滅ぼされ、いえ、無理矢理統合されて放置された地域を通る事になります。そこは今でもあまり治安がよろしくないのです」
「そうですか。気をつけます」
「旅の無事を祈っております」
「ありがとうございます」

○閑話 子ども達
 私たちの住む街は、治安があまりよくない。なので、みんな固まって遊んでいる。それでも、人さらいが出たりする。数年前くらいに起きた連続誘拐事件が大人にはまだ耳新しいのだそうだ。なので、悪い子にしていると人攫いに遭うよとよく言われていた。本当に人さらいも出る。さらわれそうになった子どもが出た時には、突然現れた姉妹が防いでくれた。どう倒したのかわからないけど、その悪人が跪いてうめきをあげていた。もう一人が大人を呼びに行っていた。それからはそんなことは一切起きなくなった。そしてその姉妹は度々現れては一緒に遊ぶようになった。
 その姉妹は似ていなかった。遊んでいたのは2人だけで、たまにお迎えに大きいお姉さんが何人か呼びに来ていた。その人達とも顔立ちが違う。一人は耳の形が違った。
 遊んでいるときに時々お菓子を持ってきてくれた。とてもおいしいお菓子だった。頻繁にはもらえるわけではなかった、その子達が来る時は少し期待していて、来るのが待ち遠しかった。
 でも、一緒に体を動かして遊ぶことはあまりなく、どちらかというとお話を聞かせてくれたり、文字とか数字を教えてくれたりしていた。2人とも良いところの子どもで頭がいいのだと思う。でも小さい方の子は、子どもの使う言葉をあまり知らないのでよくみんなで教えていた。
 途中からは、妹の方が数字や言葉を使ってイタズラや探検ごっこをしていた。いつの間にか文字を覚えていて親からびっくりされたりした。大きい方の子は、勉強を教えるときは、よくわかるように教えてくれた。でも勉強はつまらなくて、みんなお話しをせがんだ。作り話、想像の世界の話、魔法の話、ドラゴンの国の話、天使の活躍する話などだ。みんなわくわくしながら、魔法使いの冒険の話やドラゴンの活躍の話を聞いていた。でも、この街には、魔法使いは恐い者、ドラゴンも恐い者として言い伝えられている。だからなのか、恐いもの、触れてはならないものとして話してくれている。でも、すごくこわいものからちょっとやさしいけどこわいものになっただけだった。お話しは面白い。とくに天使の活躍の話とドラゴンの活躍の話は、まるで見てきたかのような感じでとてもおもしろかった。
 季節が一巡りする頃、あそんでいた姉妹は、いつの間にか来なくなった。あとから誰かが旅に出たのだ聞いたという。
 いつも、また明日ねということもなく、たまに会ってあそぶだけの姉妹。突然現れ突然消えた。
 ある子は、お姉さんのほうが天使様と呼ばれていたのを聞いたことがあり、どうしてなのかとその子に聞いた時には、小さい羽が生えているのと悲しそうな顔で教えてくれたそうだ。普段は見えないのだそうだ、でも服を脱ぐと生えているのがわかるのだそうだ。
 もう一人の方は、小さいくせに居酒屋に行って、お酒を隠れて飲ませてもらったりしていたという。子どものくせにおいしそうに飲むので、悪い大人がついつい飲ませてしまうと、そこのおかみさんが怒っていたんだとか。
 下の子は賢しくなるの典型だねえと噂するおばさん達もいるくらい、いろいろなところに行って話を聞いては何か言うのだそうで、その言葉がのちのち正鵠を得ていることがあってみんな驚いていたのだそうだ。
 全部後から知ったことで、遊んでいるときにはそんなところは全然見せなかったのにと思う。あとは、またあのおいしいお菓子が食べたかったのにそれが残念だった。

○ルート設定
「北西に行くルートは決めたのか?」
「あの国の城塞都市を通るわけには行きませんので、その国と魔族との国境線にある外れの都市を通ろうかと思います。関所があるわけではありませんので脇を抜けて通過したいと思います」
「確かに最短距離ではあの国を通らねばならぬからなあ。してルートが決まったのなら、ちょっと連絡を取るかな」
「どこにですか?」
「あそこはなあ、草木のドラゴンの末裔の者が縄張りにしておるらしいのでな、事前に通行することを断っておこうと思ってなあ」
「ヒメツキさんを通してですか?」
「そうなるか。風の奴はどこをさまよっているやらわからんからな」
「では、お食事会にしますか」
「おお、そうであったな」
「ついでに風の方にもお世話になりましたので、お呼びしてはどうでしょうか、それともヒメツキさんとは仲が悪いのでしょうか?」
「そんな話は聞かないが。まあ、あいつに聞いてみようか」
「ええ、せっかくですから。ここの旅立ち記念なので」
「そういうことか」
「はい」

○ 団長さん
「旅立たれますか。どちらに行かれるのですか」
「例の国を避けて遠回りしながら北西に向かいます」私はいつも通りの答えを返します。
「では、あそこを通る事になりますね」団長さんはそう言いながら少し考え込んでいます。
「あそことは一体どこですか?何かあるのですか?」問題がありそうなら違うルートも考えた方が良いのでしょうか。
「いいえ何もありません。そこを通るのは運命なのでしょう。ユリアンの様子に気をつけてください」団長さんが私を真剣な目で見つめてそう言いました。
「どういうことですか?あ?あの紋章と関係が?」
「はい。さすがに顔は知られていないとは思いますがお気をつけください」
「はい気をつけます」

○お別れ会
 会と言っても質素なものです・・・・と言いたかったのですが、なにやら結構な人数になりました。というより居酒屋でやることになりました。ええ、領主様と商人さんのはからいで。
「それではアンジー様御一行の旅の安全を祈願してカンパーイ」すっかり大人気なアンジーさんです。当人はむくれていますけどね。
「そういえばアンジー教の信徒はどうしていますか?」私は居酒屋の中を見回す。
「参加しております。あの隅の方です。アンジー様が声を掛けに行っております」メアがそう言って目線でその先を指す。
「おやアンジーが声を掛けていますね。めずらしいですねえ」
「丁寧に頭を下げていますねえ。かえって信徒さんがあわてています」
「おや、ひとりずつと握手をしていますね。信徒さん達が感激で泣いてしまいましたよ。何を言ったのですかねえ」
 そうしてアンジーはこちらに戻ってくる。

「モーラ飲み過ぎないでくださいね」私は少し暴れるモーラにちょっとびっくりしています。
「ヒメツキさん何とかしてください」私はついにギブアップしてヒメツキさんに助けを求める。
「まあ、昔から酒癖はわるかったのよねえ。暴れると手がつけられないのよ。今日はまだましなほうね」
「だから止めてください」私は騒ぎ始めるモーラを抱きかかえる。
「はいはい。とうっ」ヒメツキさんがモーラの頸動脈にチョップをいれる。一瞬で静かになりました。
「これでしばらくはおとなしくなるわね」そう言ってヒメツキさんは自分の酒を一気に飲みました。
「ユーリは・・・女の子達から囲まれていますねえ。その周りを男の子達がうらやましげに見守っていますよ」メアが実況中継をしています。
「あの冷淡な対応がまたいいのでしょうか。その女の子達が逐一私を見て睨むのだけは勘弁して欲しいのですけど。」
「ミカさんもモテてますねえ。もっともキャロルは逃げ回っていますが」
「それぞれ年齢層が違いますねえ。興味深いです」メアが家族ウォッチで楽しんでいます。
「はっ!わしはなにを!」椅子に倒れるように寝ていたモーラが起き上がって言った。
「ああ、アルコールも抜けましたか。大丈夫ですか?」私はモーラの様子を見ながら言いました。
「なんじゃおぬしひとり黄昏れておるなあ」モーラが私を憐れむように見ながら言った。
「みんなそれぞれこの街になじんでいたのですねえ」私はノンアルコールのジュースを飲みながらしみじみしている。しみじみ飲めばしみじみと~ノンアルですけどね。
「おぬしはあまり溶け込まなかったようじゃなあ」
「その機会がありませんでしたねえ」
「誰かと一緒に街に出ていたからのう。自分ひとりの時間はなかったか」
「それでも行きつけの店はできていたんですよ」
「その店の者は来ておらんのか」
「ええ人見知りなので、こういう場にはなかなか。なのでこちらから出向くと言っておいたのです」
「店をやっているのに人見知りとは?」モーラが首をかしげています。
「それは秘密です。ちょっと行ってきますね」
「早く戻れよ」
 そして私は宴会場の居酒屋を出ます。そして、薬屋さんのある薄暗い路地の方に向かい、いつもは壁しか無いその場所に扉がほのかな光を出しているのを見つけました。
 その店の扉を開く。暗い店内の奥のカウンターにだけほのかな薄明かりが見える。マスターはそこにすわってグラスを磨いている。私はそれを確認すると、いつも座っている一番奥の席にすわる。
「いつものを一杯」
「・・・・」
 マスターは何も言わずコーヒーカップに入った黒い液体が出してくる。淹れ立ての良い匂いがする。私は両手でカップをもてあそびながら少しずつその液体を飲む。
「行くのか」マスターは、私も見ずにグラスを磨きながらそう言いました。
「はい明後日出発します」
「そうか」
「また来ますよ」
「ああ、たぶん会える。どこにいてもな」そう言ったマスターの仏頂面が少しだけ笑って見えた。
「そうですね。必ず来ます」
「ふふ、本当に来られるのかな?」
「それではまた」
「ああ、良い旅を」
「あなたも」
 そう言って私はその店から外に出る。振り返るとそこにあったはずの店と扉は消え、壁だけがある。
『おぬしどこにいる』
『ああ路地裏にいますよ』
『連絡が取れなくて心配したぞ。大丈夫なのか』
『通信障害がたまにありますねえ』私はそういう言い訳を呟きました。
『まあ何も無くて安心した。しばらく帰ってこないからみんなが心配してな、探し始めるところだったぞ』
『すいませんでした』頭の中で会話しながら歩いているとモーラが走ってきました。
「ああここですよ」私はモーラに手を振る。
「まったく!不安になるではないか」私の手を握り引っ張って歩き始める。随分と早足だ。
「すいません。知り合いに会っていました。別れを告げに」
「そうかそれはすまなかった。でも連絡が取れるようにしておいてくれ。心配になるだろう」
「そうですね」
「宴会も終わりそうなのにおぬしがいなくては終わらないぞ。早く来い」
 私は裏口から居酒屋に入っていき、異様な光景を見ました。エルフィがジタバタしています。タオルを顔に当てて泣きながら。
「エルフィ、ここに残っても良いのですよ?」
「どうしてそんなにここに残したがるんですか。邪魔ですか?」大きいタオルを顔に当てて目を真っ赤にして私に詰め寄ります。
「ではどうして泣いているんですか」
「うれしいんです。みんなから励まされ旅立ちを祝ってくれてこんなにも私を気にしてくれている人がいるんです。それがうれしかったんです。自分がこの街で暮らしてきたことが無駄じゃ無かったって思えるんです。生きてきてこれだけ、みなさんにありがとうと言われたことも元気でまた会おうと言われたことも無いんです。うれしくて。別れはもちろんつらいですけど。でもうれしいんです」そう言いきった後、テーブルで寝てしまうエルフィ、誰かが頭をなでる。いつもなら反射的に手を払うのに今回はそれがない。我も我もと一言声を掛けて頭をなでる。一段落したところで私がかついで帰ることに。道すがら。
「さっきは起きていたのでしょう?」
「はい。うれしくて涙があふれて止まらなかったです」背負われてもまだタオルが離せないエルフィです。
「良い街ですねえ」
「はい」
 そうして、あっと言う間に家に戻りました。
 家の解体はしなくて良いと大家さんから言われたので、持って行けるわけもありませんので、テーブルやベッドなどもそのままにして行くことにしました。そのことでむしろお金をもらってしまいました。もちろんお風呂は壊しましたが。

 最後にカンウさん達とちょっとしんみりしたお食事会になりました。残念ながら風さんはこられませんでした。
「ミカ、お主はもう縄張りが決まったのか」
「はい。前から空白になっていた山になりました」
「そうか。住処は作ったのか?」
「はい、ドラゴンが住むには十分な洞窟が見つかりまして、ちょうど地下水が洞窟に流れていました。環境としては十分です」
「そうかそれはよかった」
「本当はもう少しここに暮らしたかったんですが」本当に残念そうにミカさんが言いました。
「どうせ、里のじじいどもがそんなところに居候しないで早く住処を見つけろとか言ったんじゃろう?早く里から離れた方がいいぞ。あいつらの文句に付き合うくらいならなあ」
「言われたら即いなくなった人の言葉は説得力があるわねえ」ヒメツキさんがそう言ってモーラを見る。
「なんでこう年寄りは人のやることにいちいち口を出すんじゃろうなあ」
「暇なのよ。それに里もしばらくは何も起きそうにもないですから」
「しばらくはって、火が動いているのか」
「水面下でちょろちょろとね。だから私たちには直接の被害が及んでないのよ。でも長老達はそれを調べろとかうるさいのよねえ」
「キャロルはどうですか?何かひどいことをされたりしていませんか」私はキャロルに尋ねる。
「はい大丈夫です」キャロルが他人行儀にそう言いました。やはり最後まで私には打ち解けてはくれませんでしたか。
「キャロルは素直で正直です。言われたことをそのままするところがあります。でも、悪意に対しても素直なので大丈夫なのかと思っていましたが。大丈夫そうですね」ユーリがフォローを入れてくれています。
「あそこのメイド達は非常に良い人ばかりでなあ。わしもかわいがってもらっておったから大丈夫じゃ」
「しつけの厳しいメイド長さんもさりげなくフォローしてくれていますよ」メアがそう言いました。
「孫みたいなものだしなあ」
「今時、このくらいの子がメイドに雇われることはそうそう無いですからね」
「なんかあったら助けを求めろよ。エリスにな」

Appendix 馬
「ついに出発やな。よかったやないか一緒に行けるようになって」
「それは嬉しいですけど不安もあります」
「なんや今更言うてみい」
「すごい事が起こりそうな気がします」
「ああ、その不安はたぶん当たりよる。わしもそう思っとるからな」
「怖くないんですか?」
「死にはせん。きっとな」
「ああそうでっか。安心しました。先輩これからよろしくたのんます」
「まあ、あんじょうよろしく頼むわ」
「それにしても全然馬具が痛くありませんな」
「あのあるじのすごいところはそれや。日常生活特化型魔法使いなんやて」
「それは便利グッズ満載ですなあ」

Appendix
これからこの街を出て移動します。
ええ北西の国を目指します。
ですが例の壺の国は迂回しますので、魔族との境界線付近を移動します。
連絡は不要ですのでお好きなように

「やっとあのドラゴンの縄張りから動き出すみたいだね。意外に長く暮らしていましたねえ。さてどうしましょうか」
「どうもしなくても大丈夫です」
「どういうことだい?」
「あそこの境界線沿いに数組の魔族が配置されています」
「ああそういうことか。わかった黙って見ていようかな」
「そうしてください」


続く
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最強と言われてたのに蓋を開けたら超難度不遇職

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:71pt お気に入り:887

Chivalry - 異国のサムライ達 -

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:88

中途半端なソウルスティール受けたけど質問ある?

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:14

クズすぎる男、女神に暴言吐いたら異世界の森に捨てられた。 【修正版】

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:739pt お気に入り:11

実力主義に拾われた鑑定士 奴隷扱いだった母国を捨てて、敵国の英雄はじめました

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,414pt お気に入り:16,603

魔剣士と光の魔女(完結)

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:16

龍魂

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:15

おちこぼれ召喚士見習いだけどなぜかモフモフにモテモテです

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:14pt お気に入り:67

処理中です...