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第8話 宝石の罠

第8-4話 DTお宝持ってお出かけ

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○ ゴーゴー荷馬車
数日後
「相手国との調整がつきました。荷物の鑑定と封印する方がこちらに到着次第、鑑定と封印を行っていただき、その段階で事情を説明して、先遣隊には荷物を持って出発していただきます。1日おいて、おとりの馬車を出発させて、時間をおいて私と封印した方が追う形になります。」
「わかりました。封印を確認されてお預かりした日の夜半にはすぐ出発できるように準備します。」
 すでに荷馬車の準備は万全です。慣らし走行も支障なく馬たちの馬具も負担が余りかからないように調整済です。
 そして、鉱山にある加工場から特上の宝石が届き、国から来た鑑定士が鑑定を行い、国使の方の目の前で箱が封印されました。
 その日の深夜。私達の乗った馬車がその封印した箱を乗せて街を出発します。
「先に出発します。このことを知っているのはどなたになりますか?」私は見送りの領主様と商人さんに尋ねました。
「宝石が先に出発する事を知っているのは、私と同行する国使の方だけになります。相手国には使いの者が、今日の封印後すぐに相手国の王に知らせるため出立しています。もっとも手紙を託した使いの者が盗み見ていれば別ですが。」
「荷物には封印をして、解除できるのは領主様以外できないようにしてありますね。」
「はい。これは私と相手国の国使の方が確認しています。」
「先に到着してお待ちしています。」
「わかりました。私たちは偽物を積んだ荷馬車より少し遅れて国使様と一緒に出発します。」
「ご無事で到着されることを祈っています。」
「そちらもお気をつけください。」
 そうして私たちは出発した。一緒に商人さんの懐刀を乗せています。
「道中よろしくお願いします。」
 そう言って挨拶したのは、傭兵団の団長さんです。御者台に座り、手綱を握ってくれました。
「こちらこそ。大変心強いです。」
 私はその隣に座って挨拶をしましたが、途中でメアさんと交代しました。荷車の方に移動して、モーラ達とひそひそ話しています。
「まったく、封印だのなんだの用意周到じゃのう。」モーラ、それは褒め言葉と受け取って良いのでしょうねえ。
「そうでもしないとこちらの正当性が担保できませんよ。」
「確かになあ。」
「で、急ぐのか?」
「そこそこですね。同行者もいますし。」
「そんなものでよいのか?」
「だって、早く着きすぎても問題なのですよ。いちゃもんつけられますよ。」
「むずかしいわね」アンジーがため息をつく。
「絶対安全な方法でというのなら、モーラの背中で行きますけどね。」
「道中に魔物に襲われるのも想定済か。」
「もしかしたら、そっちの可能性もありますので。」私は、第3者の入れ知恵の線を捨ててはいません。
 しばらく進んだ後、途中から左にある別な道へとルートを変える。事前にモーラに教えてもらっていた道だ。轍ができているのでかろうじて道だとわかるが、道の中央の草がやけに伸びていて、いかにこの道が使われていないかを示している。
 その道は、ハイランディスへの正規ルートより山側に迂回していて、地図上の距離はさほど変わらないが、同じ山岳路でも、高低差と迂回路が多く、実際には結構な距離を走る事になる。なので、その道に入ってから少しだけスピードを上げた。地面自体は硬い土で石があまりないことから馬が速く走っても支障がなさそうだ。
 そうして、明け方から昼過ぎにかかる頃御者台には、メアと団長さんが座っていた。日当たりも良く団長さんは居眠りしているようで、頭が斜めになっています。
『何か来ます。上空からすごいスピードです。』エルフィが叫ぶ。うちのレーダー担当はできる女ですね。3次元で正確に捉えています。
『速すぎて迎撃準備間に合いません。』エルフィの脳内通信の直後にドーンと言う音と振動とともに馬車が横倒しになりかける。
 荷馬車に乗っている全員で持ち上がった左側に体重を掛けて元に戻す。メアがとっさに団長さんに当て身を食らわせて、団長さんは御者台に倒れました。事前に段取りしていたとおり、荷馬車の中に連れ込んで、エルフィの魔法でそのままお休みいただきました。
 私は、入れ違いに御者台に行き、衝撃の原因を探るために馬車から降りました。
「いたたたた」そう言って地面に座り込んで腰をさすっている風のドラゴンさん。
 予定外のお客様です。咄嗟に考えたのは、団長さんが目を覚ましたら大きな石を踏んだことにしようということでした。現実逃避ですね。
「なんじゃ。わしらを襲いに来たのか。」匂いでわかったのかモーラも降りてきます。そして、風のドラゴンさんに手を伸ばして助け起こしました。
「違うわよ話をしに来たの。かっこよく馬車の中に入ろうと思ったのに、何よこれ。」風のドラゴンさんは荷馬車の幌を見上げてそう言った。
「ふふ、引っかかったな。ステルスのシールドじゃ。」胸を張ってモーラは私に聞いたとおりに言いました。わかって言っています?
「ステルスって何?目だけじゃ無く感覚にも反応しないの?」風のドラゴンさんはびっくりしたように言いました。
「そうなのか?」私を見るモーラ。あれ?自慢したのに仕組みがわかっていなかったんですか?
「今回のは通気性に配慮して細かい繊維状にしてかなり荒い網目状にしてみました。なので、視覚的にも魔力量的にも感知しづらい作りになっています。」
「相変わらずそういう小細工が得意じゃのう。」モーラ、その嫌みな目で見るのはやめてください。褒めて欲しいのですから。
「苦労しました。」いや本当に面倒臭いのですよ。
「皮肉もきかんな。さて風の。何を話しに来たのじゃ。」
「まあ中に入れてよ。」体についた土を風を起こして周囲に飛ばす。それも私たちにはかからないように風の方向を直前であり得ない方向に曲げています。単純に見えて緻密な魔法です。
「そうですね。はい。」私はそう言って出入り口から入れるようにしました。
「前のシールドだけ解除したのか。」
「確かに不便ですし。でも一体型のシールドに比べて強度が取れませんが。」
「よけいな話はいらんわ」
 生態系の頂点のドラゴンを二匹も乗せているのに馬達は淡々と道を進んでいます。今回は、エルフィが手綱を取っていて、団長さんは馬車の中で眠ったままです。
「水が、今回の件について調べたそうだけど。魔族とドラゴンがらみでは無いみたいって。」メアがいれたお茶を飲みながら風のドラゴンさんは言った。
「そうなのか。」
「ええ、それを伝えに来たのよ。」
「水のやつはどうしたんじゃ。」
「何をさせられているかわからないけど、忙しそうに里に行ったわ。で、伝言をお願いされたのよ。」
「なるほどな。」
「どうもきな臭いんだけど、証拠はなかったと言っているわ」
「なんでそんなこと調べたんじゃ?」
「まあ、うちの里も色々あってね。私も別件で飛び回っているのよ。里では他にもいろいろあるみたいですけど。」
「あんまりわしらに関わらないで欲しいのじゃが。」
「あなたが動き出したから、あいつらが活発に動き出したんですけど」風のドラゴンさん怒っていますねえ。
「わしは水の奴の尻拭いをしているだけなんじゃが。」
「水のためとはいえ、不動の土のドラゴンが動き出したんですからねえ。そりゃあみんな気にするでしょ。」
「まあわかった。事前の情報どおりということじゃから、少しは動きやすくなったわ。」
「あら?そうだったのね」
「じゃが確証が無かったのも事実じゃ。ありがとう。すまなかったな。せっかく来てもらったのにケガをさせて。」
「うわー土のドラゴンがうわーありがとうだって。人を気遣ってくれている。やっぱり熱でもあるんじゃないの?」
「最近みんなその反応なんじゃがもうやめんか!なんか傷つくわ。」モーラはそう言ってふてくされて横を向く。
「いい事じゃない。では確かに伝えたわ」
「すまんのう。」
「へ~。まあモーラのそんな顔が見られて楽しかったから一つだけ教えてあげるわ。この先に魔族と人の共存している区画を通るので気をつけてね。」風のドラゴンさんは人差し指を口に当ててそう言った。
「なんじゃと。それは静かに通り過ぎたいのう。やっかいごとが何かありそうじゃな。」
「ちらっと気配を感じただけで詳しいことはわからないからね。じゃあまたね。」
 そう言って風のドラゴンさんは、荷台まで移動した後ふわっと浮き上がり、つむじ風を残していなくなった。今度はシールドを抜けていったみたいです。どういう原理なのでしょうか。知りたいです。
「ふむ。それは困ったな」モーラがあぐらをかいて座って考え込んでいます。モーラあぐらはやめましょうよ。
「その集落ってそんなにまずいものなんですか?」ユーリが尋ねる。
「山奥にあるということは、どちらかというと閉鎖的でな。あまりやっかいごとに関わり合いたくない感じの。そうそう隠れ里なのじゃ。わしらが通ろうとすると、何かやっかいごとを持ち込むのではと思われかねないのじゃよ。まあ、道があるからそれなりに町とは交流していそうだから、その道を使うしかないのじゃが、確かにそんなところに道がある時点で少し考えればよかったかのう。」
「それでは急いで行って、別な道を作りながら迂回しますか?」
「山の合間だからなあ。トンネルでも作らんことには難しかろう。というか、そんなことをしたら同行している団長にばれるであろう。」
「そうでしたねえ。さすがに団長さんをその間ずーっと眠らせておく訳にもいかないですしねえ。まあ、素性ばらして知らないふりしてもらうように頼みますか。」
「あなたのその旅は道連れみんな家族という考え方は良いのだけれど、少し自重してほしいものね。」アンジーが答える。
「でも、ユーリの団長さんだった方ですから。問題ないでしょう?」
「そうですけど、魔法を見せるのは問題あるでしょう?今更魔法使いでした~なんて」
「そうですねえ。」
「とりあえずその地域に行くまでは行きましょうか」メアがそう言って全員が頷いた。
「トラブルが起こりそうだから少し急ぎなさいよね。」アンジーが御者台にいたエルフィに言った。隣に座っていた団長さんが反応して
「何かありそうなのですか?」そう言って団長さんは心配そうな顔をした。
「ああ、何でもありません。山の天気は変わりやすいので、ぬかるんだら大変だなあと思いまして」
「雨は降りそうもない感じですが。」団長は周囲の空を見渡しながら言います。
「なら良いのですけど。」アンジーはそう言って荷馬車に戻った。
『エルフィ。気付かれないように少しずつ速度を上げてね』アンジーが脳内通信で言った。
『わかりました~』エルフィは軽くムチを馬に当てて、馬たちは少しだけ速度を上げた。

○ ユーリと団長
 ユーリが手綱を持って御者台にいる時に団長さんが隣に座った。
「一緒に旅するのは久しぶりですね」ユーリが団長さんに向かって言いました。
「そうだなあ。いつかはビギナギルを旅立ってしまうのだろう?」
「そうですけど、まだしばらくは街にいるはずです。」
「実は話しておかなければならない事がある。」団長は急に真剣な表情になって、いつもと違う口調になりました。
「なんですか?」ユーリは、口調が変わった団長の声を聞いて、どうしたのだろうと顔を見ます。団長の顔は、いつもの温和な感じでは無くとても厳しい顔になっていました。
「成人してからと思っていましたが、あなたのご両親のことをお話しします。」
「そうであれば、成人してからにしてもらえませんか?」ユーリの声に戸惑いが感じられます。
「そうもいかなくなりましたので。あなたの祖父。と言っていた男が死んでしまいましたので。」
「おじいさんがですか。というか、”言っていた”って何ですか?」
「実は、あなたの本当の祖父ではなかったのです。」
「そうですか。」
「あなたは、実は・・・・」
「聞きたくありません。」ユーリは頭を左右に振って、手綱を持った手で耳を塞ごうとする。
「そうですか。では、あなたのあるじ様に話しておきますので聞きたくなったら尋ねてもらえませんでしょうか。」
「それも・・嫌です。」ユーリは道を見るでもなく下を向いて言いました。
「私もいつ死ぬかわからないので。あなたのあるじ様ならそうそう死なないでしょう。成人したら話を聞けるようにしておきたいのです。だめでしょうか。」
「・・・何か聞くのが恐いです。」
「そうですか。ですが他の誰かから告げられるよりは良いかもしれないと思いますよ。」優しいようで突き放したような言い方で団長さんは言った。
「聞きたくもありませんし、知りたくもありません。」ユーリは再び頭を左右に振った。
「そうですか。なら何も言わないでおきます。私の胸に納めておきます。」
「はいお願いします。」そこで話は終わり、団長さんは馬車の中へ戻っていった。手綱を持ったままのユーリは、そこから動くこともできず一人で考えなければならなくなった。

- ユーリのモノローグ
 僕は、話が終わったときから恐かったのです。傭兵団にいた時には、あまり夢を見なかったのだけれど。皆さんとあの家に暮らすようになってからは頻繁に夢を見るようになり、夢の中で自分の知らない出来事が色々と起きています。
 自分の目の前で人が殺され、自分は誰かに抱き上げられ、そして抱えられて逃げているのだろうという映像が断片的に何度も夢に見ます。たぶんそれは夢では無く実際に体験したことなのではないか?と薄々考えてはいます。
 でも事実かどうかを知るのが恐い。それが事実なら、小さい時の記憶が戻ったら、どうしたらよいのだろう。両親を殺した人達を恨んで、復讐のために人を殺すことになるかもしれない。それが怖い。
 そう、僕は知りたくないのだ、夢なのにあまりにも具体的に思い出される艶やかな装飾の部屋、大きくて広い館、それらがなんであるのかを知りたくない。商人とかならまだわかる。でも、装飾があまりにも豪華で、周囲にいた人達も商人というには何か違っていた。でもこれは夢の中だから。そう夢だからと自分の中で思い込もうとしていた。


 その後、私が御者台に交代した時に団長さんが隣に座った。ひとしきり世間話をした後にこう言った。
「ユリアンから幼い頃のことを聞いたことがありますか?」団長さんがいつもとは違う悲しそうな声で言った。
「いいえ。本人も記憶が無いと言っていました。確か恐いことがあって忘れようとしたとか言っていましたが、何かありましたか?」
「そうですか。もしかして記憶が戻っていたのか?とも思っていたのですがそうではなかったのですね。」団長さんは少し残念そうです。私は何を言おうか悩んでいると、団長さんが言いました。
「本当なら、彼女が成人した時に、彼女の祖父を名乗っていた男が話すつもりでいたのです。しかし、そうも行かなくなり、先ほど私がユーリに話そうとしたのですが断られました。」団長さんは空を見上げてそう言いました。
「祖父を名乗っていた男と言うことは、血縁でないのですか。そして、”つもりでいた”ですか。」私は、念のため
「はい”つもりでいた”なのです。ユリアンにはさきほど死んだとしか伝えませんでしたが、実は殺されました。」
「ええ?」
「もしかしたら、次は私を殺しに来るかもしれない。」
「ユリアンは、狙われているのですか?」
「そうなります。さすがに私の所までは来ないとは思いますけれど、死んだあいつも私のことは話してはいないでしょうし、私の元にユリアンを預けたことも話さないと思いますので。」
「ユーリは、一体・・・」
「彼女に話そうとしたのですが断られ、さらにあなたへも話すなと言われていますが、こうなってしまうと誰かに知っていてもらわないと困ることになりそうです。」
「でもユーリがいらないと言っているのに聞かされるのはまずいですよ」私が知ったところでどうなるものでも、たぶんありません。
「そうなんです。でも、ユリアンのこれからのためには、知っていて欲しい事実なのです。」
「私に覚悟をしろと」
「申し訳ないと思っています。だが、あなたとあなたの仲間は信頼できると思います。だからこそ私は託したい。」
「ユーリに知られたら気まずいですね。」
「なので、話しはしません。まあ知ったからと言ってあなた達の関係が変わるとは思えませんけれども。」そこで団長さんは優しく笑った。
「わかりました。」
「これを持っていてください。」団長さんは皮の小袋を服から取り出し、綺麗に装飾された厚手の布に包まれた紋章を私に見せる。
「これは」
「見る者が見ればわかります。これを預かっておいてください。ただし誰にも見せないで。持っていてくれるだけでいいですから。」
「そうします。何も聞いてはいません。」
「はい。ユリアンにはあなたにも話すなと言われました。ですからそれは守ります。ただこれを持っていてください。」
「そうですか。わかりました。」
「さすがにこの旅では、私は死なないでしょう。しかし、このような仕事をしている以上、私はいつか死ぬと思います。むしろこれまでが幸運だったのです。ですが、祖父代わりだったあいつが殺されたことで、わずかですが私の身も危なくなってきました。よろしくお願いします。」
「何かよくわかりませんが、お預かりします。」
 私は、その小袋を預かり、最初に住んでいた家のお風呂の地下に埋めておこうと思いました。
 その後、ユーリに祖父の死を知っているかと尋ねると、さきほど傭兵団の団長さんに聞いたと言い、意外にも冷静でした。団長さんからは血縁では無いのだから墓に参ることも必要ない。葬儀も行われなかったからと告げられたと。
「この騒動が落ち着いたら、少しだけ祖父の事を知りたいと思います。」ユーリは寂しそうに言った。
「そうですね。本当はすぐにでも駆けつけたいところでしょうけど、いいのですか?」
「私の中では複雑ではあります。祖父はいつも厳しく、行儀作法、言葉遣いなどきつく叱られました。今思えば他人行儀にして私を必要以上に近づかせないようにしていたようにも今なら思えます。」
「でも、胸の中で眠ったと言う話もありましたよね。」
「祖父に対する良い思い出はそれくらいしかないのです。幼少時の記憶も曖昧で、一緒に暮らしていたときの記憶には全くありませんでした。行儀作法と剣術ばかりでしたから。今考えれば、血がつながっていないから当然だったのかもしれません。」
「確かに本当の祖父とは思えませんねえ」
 そこで会話は途絶え、馬の蹄の音だけが響いていた。

 うちの馬は、大変優秀なので、軽い荷物の時はかなり早い速度で、重い荷物の時でもそれなりに速い速度で走ってくれます。今回は荷物が少ないので、かなりのハイペースで進んでいます。
「あなたは馬の扱いが得意なのですか?」団長さんが急に尋ねる。
「最初の1頭は、なだめるのに苦労したんですけれど、実際には馬が私達に慣れてくれたみたいですよ。」
 ええ、モーラがいなければたぶん静かにならなかったと思います。でも、ビギナギルまで一緒に旅をして、その成長ぶりはめざましいものがありました。今では礼儀正しくしてくれています。最初の頃は、モーラへの恐怖から怯えていましたが、何もされないのがわかったのか安心したようです。
「もう一頭は、領主様から譲っていただいたのですが、大変優秀な馬ですね。びっくりしました」
 今回の旅のためにもう1頭必要になり、領主様から譲っていただいたのですが、エルフィがこの馬が良いと言ってくれたのです。その時に領主様と商人さん、団長さえもが本当にこの馬で良いのかと念を押されてしまいました。
「この馬を選ばれたときに領主様や商人さんと一緒に驚いていたのですよ。馬としての能力としては、桁外れに高いのですが、ものすごく気性の荒い馬だったのです。もっとも、あなた様の馬が厩舎で一緒になってからは、急におとなしくなりました。ええ、エルフィさんが来てからはむしろ従順になって、でも、相変わらず厩務員達の言う事は聞かなかったのです。もしかしたら、違う馬に変えてくれと言って来るのではないかと3人で心配していたのですが、あなたが2頭引きのために馬を連れて行って帰ってくるたびに厩務員の手も借りるほどには、おとなしくなっていきました。何かコツでもあるのですか?」
「エルフィのおかげではないでしょうか。私は何もしていませんよ。私がしている事と言えば、目を見て語りかけているだけです。仲良くしましょうと。言う事を聞けではなく、お願いはしていましたね。そうしたら徐々にわかってくれたんだと思います。」実際は、そうではありませんけどね。
「そういう調教方法もあるんですねえ。」
「でも、領主様のところで飼われていたという事は、誰か乗られていたのでしょう?」
「厩舎につれてこられた時から暴れ者でした。ですが、足が速く、そして走る姿がきれいだったのです。」
「そうなんですか。馬の走る姿は美しいですものね。」
「この馬は特にそうでした。ですから、はみも鞍も嫌がってつけさせてくれませんでした。でも、今は、ちゃんと馬車を引いていますよねえ。」
「私としては、最低限の馬具しかつけていませんね。嫌がるので。」
「そういえば、普通ならブリンカーをつけたりしますが、つけていませんね。あと、牽引するところの馬具が、少し複雑になっていますね。」
「痛がらないように、引いたときの摩擦が少しでも和らぐような仕組みにしています。」
「それは今度教えてください。見習わなければいけませんね」
「私たちと一緒に旅をしてくれる家族ですから、できるだけ痛くないようにしてあげたかったのです。」
「そういう気持ちが伝わるんですかねえ。」
「わかりません。」
 そんな話を団長さんと話しておりました。
『なんじゃそのくだらない会話は』
『だって最初はモーラに萎縮して従っていて、何回かモーラを乗せて慣れてきたからなんて言えないでしょう。今回の馬は、エルフィが間に入ってくれて最初からモーラにも怯えないで乗せてるじゃないですか。』
『そうですよ~なんだかんだ言って~モーラは~怖い存在なんですよ~』
『そもそも馬と会話するとか馬の気持ちがわかるとかできる方がおかしいわ』
『確かに気持ちが感じられるのは、この2頭だけですからねえ。』
『そうなんですよ~アーちゃんに会いに行った時に~この子を紹介されて~飼って欲しいって言われたけど~まだダメ~って言っていたのです~だから~今回一緒に走れて嬉しいみたい~』
『本当なのですか?エルフィがこの事件を予知していたのですか?』
『違いますよ~ここを旅立つ時に必要だって思ってましたから~』
『確かに1頭では6人は厳しいですからねえ。』
『おぬしまで会話ができているみたいな話をしていたが、できるのか?』
『馬具を調整する時に馬の様子を見ていたら、痛いとか前につけた方が良いとかそんな感じで私を見ていたので、何回か試行錯誤をしていたら最終的に落ち着いてうれしそうにしていたので。』
『おぬしまで感情がくみ取れると。なるほど、この馬たちに魔法量がそこそこあるので、こちらで単純思考を読み取ることも馬の方がこちらの気持ちも感じることもできているのか。わしらにはつかめていないがなあ?』
『モーラは恐怖の対象ですしねえ。心に壁も作るでしょう。でも誰かが話ができた方が楽でしょう』
『そうです~どちらの馬も話せばわかってくれますよ~』
『だからと言って、あまり馬とは親密にならないでくださいね。感情移入しすぎると、とっさのときに切り捨てる判断ができなくなりますよ。』アンジー、それは違いますよ。すでに家族です名前もつけているんですから。
『そうですね~魔獣なんかに感情移入したら~こちらが殺されてしまいますね~』
『そういうことではありません。茶化さないでください。』
 でも、この子達もすでに私の大切な家族なのですがねえ。
 どうしてもうちの馬さん達は、走るのが大好きらしく頑張りすぎる傾向がありますので、御者として、抑え目に走ってもらわなければなりません。それに適度に休ませないと一気にバテてしまいます。それだけが注意が必要な点です。でも2頭とも賢いし、性格が違うのでうまくやれているようです。
 基本、私たちとの付き合いが長い馬の方、名前を「ア」と言いますが、私たちにあわせてまったり走ってくれますが、新入りの馬の方、名前を「ウン」と言いますが、元気よく走ろうとします。なので、アがそのペースに引きずられることがあります。それでも、アの方が1日の走行ペースがわかっているので、逆に抑えるように後ろに引っ張りますから、新入りが午後からバテます。そうなると立場が逆転します。もっとも、基本どちらも能力値は高いので夕方まで休ませなくても走れるみたいですけどね。
 特に今回は、山岳地帯を抜けているので、上り下りが多くて荷馬車分の負担がかかります。道も獣道を少し広くした程度で、轍の部分の草がないくらいの道です。ゆっくり走らないと変な物を踏みかねないのです。賢い馬なので飛んだりしてよけたり、止まったりします。

 急に馬車の勢いがゆっくりになり、やがて停まりました。御者台にはエルフィがいて手綱を持って困惑しています。
「エルフィどうしました?」
「アーちゃんもウン君も突然止まっちゃいました~どうしたのかな~おなか痛いのかな~」珍しくエルフィがおろおろしています。
「とりあえず降りて様子をみてみましょう。」
「私も一緒に行きましょう。」心配そうな団長さんとともに御者台の所から降ります。
 馬を見ると、なぜか2頭ともにえらそうにふんぞり返っています。ほめてほめてと私を見ています。あたりを伺うと馬の足下にキラリと光る線が見えました。
「これは?光る糸ですか。」見ると足が引っかかる位置に細い糸が張ってありました。
「そうですね。光っているというか光を反射していますねえ」
 それなりの強度があれば、馬は引っかかって馬車ごと倒れてしまったかもしれないです。
「よく止まりましたねえ。」
 団長さんが感心しています。その様子を見て馬はまたふんぞり返っています。
「私たちでは、細すぎて見落としていたと思いますよ。」
 私は、立ち上がって馬の頭に手を伸ばし、馬もなでて欲しそうに頭を下げ、2頭ともになでてあげる。うれしそうに目を細めている。ええ、なで回してやりますよ。いいこいいこ。
「誰がこんなものを仕掛けたんでしょうか」その糸を触りながら団長さんが言った。
「私たちをこの先へ行かせないようにしたかったのでしょうか。もしかして私たちの動きが漏れていましたか?」
「それは考えられません。少なくともこのルートを使って走るというのはあなたの考えですよね。私も知りませんでしたし、領主様も知らないと思います。」
「そうですよねえ。」
「私も念には念を入れて、出発するときに先に出るとしか部下に言っていませんし、ここを通ることは、予想はしていましたが私もわかりませんでした。」
「予想はしていたという事なのですね。でも私が裏切ることは考えませんでしたか。」
「そんなことは一切考えていません。確かにこの宝石を持ち逃げはできるかもしれないとは考えましたが、そもそもあなたがそうするつもりなら、こんなことしなくてもできるじゃないですか。」
「そうですよね回りくどすぎます。」
「では第三者の仕掛けということですね。」
「この糸はケガをさせるためのものではありません」草の中からメアがその糸をたどりながらこちらに戻ってきました。
「メアさん見てきたんですか?」
「はい。たぶん誰かがここを通ったことを知らせる仕掛けかと思います。」
「この先には何かついていたのですか?」
「切られると音がします。」
「音?」
「はい。前にご主人様が見せてくれた笛のような物が鳴るようになっていました。」
「ああ、あの犬笛ですか。」
「たぶんそれに近い物だと思われます。」
「わかりました。このまま進みましょう。仕掛けに気付かなかったふりをしてその笛を鳴らします。」
「いいのですか?」私の言葉に団長さんは驚いています。
「その仕掛けは、近づいたことを知らせるものなのでしょう。ということは、事前にこの道を通る者を知らせて、通るのを監視するためのような気がします。これに気付くような一行であれば、相手は最初から私達を警戒してしまい通過できずに邪魔されそうな気がします。」
「最初から通る者を襲う気なのではないのでしょうか。」メアさんが言った。
「その可能性はありますが、こんな見晴らしの良いところに罠を置くくらいなら、もっと遠くに見張りを置いて、近づくまでに準備をした方が良いですし、最初から罠で馬車をひっくり返した方が楽なのでは無いでしょうか。仕掛けをわざわざおいて存在を知らせない方がいいんじゃないですか?」
「確かにそうですね、敵か味方か様子をみようとしているということですか。」団長さんは言った。
「そう思いたいです。」
「我々を襲うつもりだったときはどうしますか。」団長さんは心配そうだ。
「相手は奇襲に成功すると思っていますが、こちらはすでに戦う準備が整えられていますので、こちら側が有利だと思いませんか?相手の油断している隙をついて突破口を開きましょう。」
「囲まれたらどうします。」
「そうですね。とりあえず交渉します。だめなら突破するしかないですね。」
「わかりました覚悟します。」団長さんは腰に差した剣を握りしめる。
「ひとつお願いします。仮に戦うことになったときには、ここで見たことは領主様にも秘密にしてください。」
「もしかして天使様を使われるのですか?」
「いいえ。アンジーは本当に力が無くなっています。でも、かわりに私たちに力を授けてくださいました。それは、神の御技であって私たちの力ではありません。そして一時的な力とは言え私たちの秘密が知られてしまうので話さないようにお願いします。」
「そうですか。お力を分け与えられて自らの力を失われましたか。」
「その辺は私もよくわかりませんが、今回は魔族の襲撃も全くないので、もしかしたら力が戻っているかもしれませんが。」
「わかりました。そもそもそのような力をお持ちであることも知りませんでしたが、秘密にということであれば、そのようにします。」
『あ』
『まったく、しゃべりすぎじゃ』
『もう!』
「では、馬車に戻って先へ進みましょう。」
「はい。」
「私が引っかけて切ります。」メアさんが足に引っかけて仕掛けを切りました。もちろん何も音はしません。
 御者台には私が座り、隣に団長さんが座っています。草原をしばらく走ると左の山側にうっそうとした森が見え始め、道の右側には草原が少し広がり、その先に森が見え始めました。周囲を森に囲まれ始めた頃に少し雰囲気が変わりました。
『囲まれています。』エルフィレーダーに感ありですね。
『わかりました。声に出さないでくださいね、団長さんにばれてしまいます。』
『はい~でも~あまり悪意は感じませんね~』
「何かありましたか」団長さんが私に声を掛ける。さすがに危機察知能力は高いですね。
「わかりません。見張られているような気がします。」私は感じているふりをする。
「そうですね。魔物とも人間とも違う感じですね。」すごいですねえ、そこまでわかりますか。団長さんさすがです。
 でもおかしいですねえ、魔族と人間が共存していると聞いたのですが、違ったのでしょうか。
 道の右側に少し草原があるところにさしかかった頃に突然声がしました。
「そこの馬車とまりなさい」


続く

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3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
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俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

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