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第6話 エースのジョーでしょうリターンズ

第6-5話 遺跡と宴会と

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○遺跡 2
 連日の訓練のせいで、村の人たちはかなり疲労していて、このまま訓練を続けると怪我をするかも知れないので、休息日を設けました。その日のことです。
 私は近くに生えていた薬草を採取して、訓練している村の人の疲労回復に使ってもらうために村に持って行きました。他の皆さんは、2人以上セットになって、村の中の露天を見て回って言いました。
 配り終わった後、帰ろうとすると村長に呼ばれました。
「わざわざ来てもらってすまんのう」村長の家の応接に座らされています。
「いえ、なんのご用でしょうか」
「頼まれごとなんじゃがなあ」
「はあ、難しいことですか?」
「怪しい男がうろついているのじゃ」
「はあそうですか」これはきっと依頼されますねえ。
「ベリアルへの道の途中にある洞窟に住んでいるらしい。別に何をするわけでもないのじゃが、そこを通行する村人たちが気味悪がってなあ。話をしようにも村人が話しかけても何も言葉を話さないらしい」
「ふむ、被害はないのじゃな」おや、別行動のモーラがいつの間にか後ろにいました。
「まあ、野生の獣が狩りづらくなっただけじゃ」
「おぬし行ってみるか」モーラに言われなくてもほとんど強制的ですからねえ。
「商隊が出発してしまうとしばらく男どもが少なくなるので村が心配なのじゃ。よろしく頼む」
「わかりました。ちょっと行って見てきます」私はモーラの手を引いて村長の家を出ました。するとすでに皆さんが待っていました。さすが全員で私の頭の中を覗いているだけあります。いや、最近頭の中にシールドかけるの忘れるんですよ。
 私達一行は、ファーンを出て途中の分岐点でベリアルへの道に入りました。ファーンから来てもベリアルから来てもこの分岐点はわかりづらいのです。分岐点をこえてベリアル方面に向かってさらに歩きます。しばらく歩いてようやく山側に何か見えてきました。
「あれらしいですねえ。かなりベリアル寄りですね」その洞窟は山の上の方にありました。草木が生い茂っていますが、山の中腹に洞窟の穴の上の方が見えています。さらにしばらく歩くと洞窟までつながっている獣道が現れました。
「道から洞窟までこんなに離れているなら村人も怖がらなくてもいいと思うのだけれどねえ」アンジーが首をかしげています。エルフィが何か感じたようです。ユーリもメアも気付きました。
「あるじ様。人が道をおりてきます」ユーリが大剣のスナップを外して背中から剣を下ろして構えました。
 小石を踏んで歩く足音が聞こえてきます。ゆっくりと。そして姿が見えるところで男が歩みを止めた。
 その男は着物に袴姿で、まるで日本の侍のような格好をしている。帯刀していて右手を剣の束にそえ、左手は鞘を握り、いつでも抜ける構えをしています。しばらくして男はその構えのままゆっくりと降りてきました。
「こんにちは。私はファーンから来ました。少しお話しさせてもらってよろしいですか。」私はまず声をかけました。しかしその男は、無言でその場に立ち止まり、再び腰を落として居合抜きの構えを取る。それに反応してユーリも剣を持ち上げ青眼に構える。
「まずお互い挨拶をしませんか?武道も礼に始まり礼に終わるのではありませんか」こうしてみると私は、どうも礼儀にうるさいのかもしれません。相手は私の言葉に反応しないで立っているだけで反応してくれないのがかなり嫌です。
「武道?真剣勝負に礼など必要ない。あるのは互いの間合いだけだ」その男はそう言って剣に手をかけて静かに間合いを計っている。
「互いの間合いって。今は一対一じゃないんです。そもそも真剣勝負をするために来たわけではありません。そんなのは後でもいいです」
「そんなのだと?」相手は少しだけ反応した。
「あなたの価値観に合わせるつもりはありませんよ。社会の常識の話をしています。真剣勝負がしたいなら後でいくらでも相手をしてあげますからとりあえず話し合いませんか。」
「真剣勝負を愚弄するな」男がなぜか怒っている。
「愚弄していませんよ。まず礼節を知りなさいと言っているのです。まずはそれからではありませんか」
「ふむ。分かり合えないようだ」
「とりあえず警告はしましたから。じゃあ私がまず相手をしましょう。えい」私はそう言って小石をぶつける。反応して石をかわしたが2個目までは気づかなかったようで、体に当たる。
「なっ何をする」
「間合いが大事とか言っているから先手を取られるのです。じゃあ一回リセットしますか。行きますよ」
 私は数歩歩いて「えい」と言って彼の間合いの外から石を投げる。
「いやあああ」その男は奇声をあげ、石をかわして一歩前に出て剣を横に薙いだ。しかし私は一歩下がってその剣を避ける。
「私は居合だ。今度は近づいてこい」そうして剣を鞘に収めて。私に向かって言う。なんでこんな無駄な茶番に付き合わなきゃならないのでしょうか。
「じゃあ行きますよ」私は足早に彼に近付いていく。その男の間合いに入った時、彼は一瞬で私を切った。満足そうに笑う男は、私が切られていないのを見て表情を変える。
「切ったはずなのになぜだ」
「まあ色々とね」
「ぐぬぬ」その男は剣を鞘に収めて肩を落とした
「さて、まず挨拶からですね。いきなり居合切りとは物騒ですが、なぜそのようなことをしていますか」
「わし・・・私には魔力がないのです。剣で生きていくしかありません。なので、練習になる人と手合わせをしたかったのです」
「それだけの理由ですか?」
「はい、それだけです。ですから相手が剣を持っていなければ威嚇して帰ってもらっています」
「どこかの村で剣を習えば良いのではありませんか?」
「この国では魔法剣が主流でして、魔力がないと習うことさえできないのです」
「ユーリ。この世界ではそうなのですか?」
「実際には剣を教える所もありますが、その場合は兵士として仕えることが前提になると思います。あとは、私のいた傭兵団とかですね」ユーリはそう言いながら大剣を背負いました。エルフィが手伝ってスナップを止めています。
「そのお方、居合いとか言いましたか。もう一度その型を見せてもらえませんか」ユーリが言った。
 その男は、私から少し離れて居合いの型を見せる。確かに早い。普通の人には剣を抜くところさえ見えないだろう。これは剣技を習う必要など無いように思えますねえ。
「あなたは剣を習う必要はありませんよ。充分強いです」ユーリが言った。
「ですが私はさらに高みを目指さなければなりません。しかし都会では未熟な私に稽古さえつけてくれる人はいないのです」
「勘違いをしていませんか?あなたに稽古をつけられるほど技量を持った人がいなかったのです」
「そんなはずはありません。師匠はこの世界は広い。武者修行をしてより高みを目指せと言ってくれたのに」
「魔法剣を相手にしろと言っているのではありませんか?」
「魔法剣では魔法を撃たれた時に防ぎようがありません。居合いだけでは戦えないのです。どうやって戦えば良いのでしょう」
「あるじ様」ユーリが私を見る。
「この田舎では、魔法剣を使うほどの手練れはいないと思いますが、防御魔法のお札を何枚かお作りしましょう」
「魔法はそんな事もできるのですか」
「内緒ですけどね。それにこんな田舎ですから、ここで相手になるほどの敵を待っても誰も来ませんよ。来ても魔獣くらいでしょう」
「実はわかっておりました。でも、師匠の手前何もせずにはいられなかったのです」
「あるじ様、僕はこの方と戦ってみたいのですが」
「ユーリ。居合いとは、一撃必殺の極意で相手を切るか自分が切られるかなのですよ」
「ここで負けるようではそれまでだと思ってください」ユーリが何やら気合いが入っています。一体どうしたのでしょうか。
「ユーリあなたも大概頑固ですからねえ」私はため息をついてそう言った。
「あるじ様に似てしまい、すいません」そう言ってユーリはその男に向き直りこう言った。
「僕・・・私と一合だけ仕合ってくれませんでしょうか」ユーリはそう言って再び大剣を背中から下ろした。
「居合いはその一合で生死が決まる。そなたわかって言っておるのか」そう言った男の目には光が戻っている。
「はい。その覚悟でおります」
「小娘が。なめられたものだな。まあよい。ただしおぬしを死に至らせた場合、ほかの者達がわしを襲うのであろう?」
「それはさせませんし、しません。私の家族は決してあなたを殺しはしないでしょう。皆さんどうですか」ユーリは私を見てそう言いました。
「もちろんユーリが良いと言っているのです。あなたが勝っても私はあなたに何もしません」
「わかった。では参れ」剣の束に手をかけて腰を落として男は立っている。
「こちらから間を詰めていけばよいのですね?」
「そうだ」
 ユーリは大剣を青眼に構えてジリジリとその男に向かっていく。ある場所を境にユーリが止まる。そして数秒の後、ユーリが剣を青眼から上段に振りかぶり真っ直ぐその男を切りに動く。重量の分だけ剣が加速している。その刹那、男が横からユーリを薙いだ。
 ギン!ユーリの剣の根元と鍔がその男の剣の行く手を阻んでいる。ユーリの剣も男の頭の手前で止まっている。
「なるほど、私の剣速をおぬしの剣速がまさったか。本来ならこのままわしが切られて死んでいたな。わしの負けじゃ」その男は剣を鞘に収める。
「いいえ、あなたが最初にあるじ様と戦っていなければ、たぶん、僕・・・私が切られていたでしょう。初見かそうでないか。その差です」
「そう言う事か。すまぬな。言い訳までさせて」
「あるじ様、この方はファーンに必要なお方ではありませんか?」
「私もそう思います。ファーンは魔法を使う者を好ましく思っていませんから」
「この方の剣は、防御には最適だと思います」
「そうなりますか」
「盗賊ならばそのひと振りで相手もひるみましょう。」
「どうですか?あなたは高みを求めたい。しかしこれ以上の高みはもしかしたら望めないかも知れません。ならば、その技量を活かせる所に落ち着かれるのも良いとは思いますが。いかがでしょうか」
「今の立ち会いでどうやらわしの心はすっきりしたようです。あなたの言葉を信じてみる事にする。それとその者の剣技にも救われたような気がする。どこへなりと連れて行ってください」
 そうして、彼の荷物を取りに洞窟に向かう。
「あのう、話は変わりますが、この洞窟の中はどうなっていますか?」私はその男に聞いてみた。
「私は奥までは入っておりません。風が中から吹いてきますので、どこかにつながっているのではないでしょうか」
「なるほど」メアとユーリとエルフィを残して、私とモーラとアンジーはその中に入ってみました。入り口付近には彼の生活用品が置いてあります。奥の方は相変わらず光が届きません。真っ暗です。
『モーラなんか感じますか?』
『以前蜘蛛がいた場所と同じ感じがするぞ』 確かに湿気も少ないし、換気もされているようだ。
『同じ遺跡ではないのかしら』アンジーがそう言った。確かに雰囲気は近い気はします。
 メアが後ろから近付いて来てこう言った。
「ご主人様、村の人が様子を見にお見えになっています。原因がわかったのなら教えて欲しいと村長がお待ちだそうです」
「残念ですが遺跡探索はお預けですね」私はそう言いました。本当に残念でしたよ。ええ、本当に残念です。
「相変わらず村長はタイミングがよいのう」モーラもため息をつく。
「全くね。まるで見ているようだわ」アンジーが洞窟の上の方を見回しながらそう言った。いや、そこでは見ていないでしょう。
「それでは彼を連れて戻りましょう」
 帰り道、彼の話を聞くと、彼は、転生してきた人に剣術を習い、”ぱいおつかいでん”と言われたそうで、その直後にその転生者は亡くなったそうです。その時にこの着物と袴、日本刀を形見として手に入れたそうです。
「本当にそう言われたのですか?」念のため私は彼に聞きました。
「はい、ハッキリとそう言いました」彼は不思議そうに私を見ます。
「あきれたわ。この世界では誰も知らないとはいえ。ねえ」アンジーが私を見て言いました。
「彼は間違って教えていますよ。正しくは”免許皆伝”ですからね」私は繰り返し教えました。まあ、私の世界の私の国から転生した者なら一発でわかります。ああ、転生者を見分ける。そういう狙いもあったのかも知れませんね。
 そうして私達は彼を村長のところに連れて行きました。
「そうじゃったか。おぬしもそれは難儀なことじゃったなあ。できればここで剣術を教えて用心棒として働いてくれぬか」
「私のような者を置いてくれるのですか」
「この村は魔法が好まれていないのでなあ。できるだけ魔法を使わないで生活をしておる。もっとももうじき魔法も認めざるを得なくなるとは思うが。魔法を持たぬ村の人の自衛には必要じゃ。希望するなら嫁も紹介するぞ」
「ありがたいです」
「ただなあ、村で生活するとなれば、土木作業も草刈りも仕事もちゃんとしてもらわなければならん。嫁はそれを見極めてからじゃがな」
「ありがたき幸せ。粉骨砕身この村の仕事を頑張らせていただきます」
「あの~今更ですが私の時にはお嫁さんは紹介してくれませんでしたよねえ」
「おぬしはあの時、正体もわからぬ不審者じゃったろう。もっとも今でも村の”不振”者じゃがなあ」
「ああ、嫁の来るあてもない男性”不振”じゃな」
「しかも戻ってきたと思ったら、可愛い娘をたくさん連れて来おって、噂の奴隷商人とはおぬしの事じゃったとはなあ」
「この地方まで噂が広がっていたのですか。でも、アンジーの評判はいい評判なのになぜ・・・」
「日頃の行いではないのかな」村長は笑いながら言った。
「うむ」とはモーラ
「そうね」とはアンジー
「そうです~」とはエルフィ
「まあ、そう言われればそうかもしれません 」とはメア
「そんなことはありません!とも言い切れません」とはユーリ。あれ?ユーリが擁護してくれません。
「とほほ」
 とはいえ、この件はこれで一見落着です。

○ 壮行会という名の泥酔会
 出発の前々日は、盛大な壮行会になっていました、
 あなた達うかれすぎていませんか?大丈夫なのでしょうか。
 その日の夜は、大きい酒場で村長の発声で宴会が始まりました。
 持ち込まれた大量の肉は、遠征組の戦闘訓練で魔獣を狩って確保しています。しばらくは、村も安心でしょう。
 あとは、酒、酒、酒です。どこにこれだけの量が備蓄してあったのか!と思えるぐらいの量が宴会場に積んでありました。追加の樽が酒場の裏に積んであったようですけど、どんなに追加しても出てくる出てくる。その場で醸造していませんか? 
 宴会と言えば、ケンカもよくあります。でも今回は酔っ払いの小競り合い程度ですんでいます。もちろん険悪な雰囲気も何度かあったのですが、うちのドラゴンと天使様が間に入って双方を諫めるという役回りに徹してくれて、和やかな雰囲気で進んでいました。しかし、調子に乗ったモーラが飲み過ぎて酔っ払ったため、ちょっと迷惑な存在になってしまい、いわゆる絡み酒になりかけたので、酔っ払う幼女には早々に退場いただくことにしました。
「ユーリお願いできますか」
「はい、こんなモーラさん初めて見ました」
「まあ、モーラの正体なんてこんなものよ」アンジーがうそぶく。
「にゃにおう、わらしのなにがわかぅというのらぁ」いや、机たたいて叫んでも可愛いだけですから。
「ようしわかっら、ここでわらしのほんろうのすがらを・・・」そう言ってモーラが服を脱ぎ出そうとする。
「いやいや、ここで本当の姿さらしたら建物壊すでしょう」私は服を脱ごうとするモーラを羽交い締めにして、ユーリと一緒にモーラを抱えて外に出ました。アンジーにはあとよろしくと目で合図して。
「楽しかったんですねえ」酔いを覚ますために少し外で座っている。
「そうみたいです。景気づけだからとけっこうお酒飲まされていましたから」
「悪い大人が多いですね。モーラはお酒大好きなのでしようがないですけど」
「そうなんですか?」
「ええ、この姿になったのも飲み過ぎて暴れるのを防ぐためだと言っていましたから」
「そうなんですか」
「連れ出してしまって今更ですが、ユーリは残りたかったですか?」
「どうでしょう、お酒はあまり好きではないです。苦いので」
「そうですね。わたしもあまり好きではありませんよ。でも、傭兵団の方々は大好きでしょう?うまく避けられたのですか?」
「ええまあ。乾杯の後、具合悪いふりをしてよく逃げ出していましたから」
「そういうのはうまくなりますよね」
「あるじ様もそうだったんですか?」
「そうみたいです。でも、みんなが宴会で騒いでいるのを見るのは好きでしたよ。うらやましいなあって思って見ていたみたいです」
「僕も今なら皆さんと騒いでみたい気がします。でもお酒が・・・」
「お酒を飲まなくても宴会は楽しいですよ」
「そうですね」
「さて、モーラも眠ったようですし家まで戻りましょうか」
「いいのですか?」
「アンジーもメアさんもいるのでエルフィくらいでしょう?きっと大丈夫だと思います。それ女の子を夜に一人歩きさせることはできませんから」
「ありがとうございます。うれしいです。デートみたいで」ユーリが嬉しそうだ。
「では、手をつないで帰りますか」
「はい」私はモーラを背中に背負いユーリと手をつないで帰りました。

 その頃、宴会をやっている酒場では、次なる騒動が起きていました。
「いってぇ!」そう言って手を振っている男がいます。そのテーブルにはエルフィが寝ています。
「なんだよこいつは、寝ているので手を貸そうとしたらいきなり・・」
「おや下心が気付かれたね」宿屋兼居酒屋の女将さんが笑っている。
「いや、そんなことは・・・まあ少しはなあ」そう言って語尾が消える。
「どけよ俺が」その男がエルフィに手を肩に掛けようと触った瞬間。見えない手がそれをはらう。
「うわっ、なんだ手が見えねえ。起きてるんじゃないのか?」
「これはすごいな。条件反射じゃろうか」村長が笑ってみている。モーラじゃないよ。
「男はこれだから、どれわたしが」
 そう言って女店員が手をかけると。やさしく手を払った。
「なるほど。寝ながら悪意を判断しているのかねえ」女将さんが感心している。
「これはすごいですねえ」メアは感心して見ていたが、周囲はシーンとなってしまっている。まあ、この後どうなるのか興味深々というのが本当のところでしょうか。
「では、わたしが」メアが近づき、エルフィに手を掛ける。その手をエルフィが手を払う。その攻防が何度も繰り返される。どんどんスピードがあがり、お互いの手が見えなくなる。
「すごい!すごい速さだ」何でかは知らないが、見ている方から拍手がでて、拍手がだんだん大きくなって手拍子変わっていく。しばらくして、メアが手を止める。手拍子が止む。静寂が部屋を包む。
 メアが「これで終わりにします」そう言って、周囲の空気が冷たく感じるほどの気合いを込めて、手を突き出す。それさえも反射的に止めたエルフィの裏拳をメアさんは受け止め、腕を決めつつ、脇からすくい上げ軽々と抱え上げる。そこまでされてもなお、相変わらずエルフィは寝ている。
「猛獣使い・・」周囲からはどよめきと共に言葉が漏れる。そして再び拍手が沸き起こる。
「いえ、そのようなことはありませんよ。酔っ払いの対応は初めてではありませんので。では、これにて失礼します。場の雰囲気を壊してしまったことをお詫びします」
「いやいや、結構な余興をありがとうございました。明後日はよろしくお願いします」村長が微笑んでいる。
「それでは失礼します」エルフィを抱えたままスカートの裾をつまんで膝を落としてお辞儀をして、扉を開けたアンジーの横を通って外に出て行く。アンジーはお辞儀をして扉を閉める。
「助かったわ。どうしようかと思ったもの」
「いえ、すでに酔いは覚めていると思われます」
「そうなの?」
「はい、肩に担ぎ上げるときには、すでに素直にしていましたから」
「エルフィ?起きてる?」
「・・・はい・・・」
「あれって条件反射なのよね」
「どうも、そうらしいんです」
「それは、これまで大変な苦労をしていたのですね」
「・・・は・・・い・・・恥ずかしくて起きられません。出発日までどうしたら・・・」
「誰も気にしてないわよ」
「でも、旦那様に知られたら・・・」
「ちょっと前に酔っ払ったモーラを連れ出しているから、気にしないと思うわよ」
「そうでしょうか」
「気になるなら黙っていてあげるわよ。でもお酒が好きでも弱くて、さらにすぐ醒めるってすごいわね」
「はい、でも、寝ているときの記憶が無いので、不安で。起きたら周囲が苦笑いしていることも多くて」
「それでもお酒が好きなのね」
「はい。お酒を飲んで寝てしまう時、そして酔いが醒めて起きだす時、周囲の雑然とざわついている雰囲気が好きです。周りに人がいてくれる安心感があって、なんだかうれしくなります」
「そうなのね」
「そろそろ降ろしてください」
「大丈夫ですか?」
「それよりも胸が苦しくて」
「抱え方が悪かったですね」
「ごめんなさい」
「謝る必要はありません。持てる者のつらさですね、参考になりました」
「とほほ。ないものの悲しさを感じるわ」アンジーが泣いたフリをしておどけてみせる。
「そうですね」
 そうして、3人には家に戻った。居間でみんなで寝ていたが、モーラのいびきであまり眠れなかったのです。ええ、モーラを最初から別な部屋に隔離したのにもかかわらずです。

Appendix 6-4
「転生者が着ていた着物と刀を見せてもらいました」
「こちらに転生してきて、こちらで死んでも持って来た物は残るものなのかしら」アンジーが不思議そうです。
「刀身はこちらの素材ですね。製法は確かに日本刀の作り方のようです」
「転生者が自らこの刀を打ったのでしょうか」ユーリも気になるようです。
「そうみたいですね。それが転生の時の能力だったのかもしれません」
「きっと魔力量もかなり持たされていたはずなのに、本人が剣技をよりどころにしていたために、魔力を使って魔法剣を使うことができなかったのでしょうかねえ」
「かもしれんなあ」
「でもこれで日本刀が作れます」私はワクワクしてそう言いました。
「ああ? 突然何を言い出すんじゃ」
「これで武器の製作に幅ができます」
「あんたは相変わらず技術バカね」
「日本刀は美しいのです。武器の中でも芸術品なのです。究極の美です」
「その発想を攻撃魔法に生かせといつも言っておるだろう」
「そんなのつまらないのですよ」
「つまる、つまらないの問題か!」
「はいはい。あ、そうだ包丁も切れるものが作れますねえ。メアさんに作ってあげましょう」
「はぁ・・・もうよいわ」

続く

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